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公安四課  作者: やん
41/52

FILE.40 貧しきリチャードの暦

『こちらは、公安庁 刑事課です。現在、国家公安法第14条に(もと)づく放送統制が適応中です。ご視聴中の方は、速やかに電源を落とし、識別スキャナーによる心理診断を受けてください。尚、履行が認められない場合は───』



藤沢鎌倉区228- 江ノ島シーサイドフロンティア。


馬鹿(バカ)な!? 公安だと? 何故(なぜ)、ここに入れた」

野崎哲也(のざきてつや)は、骨組みに(じゅう)を向けると、数発の銃弾(じゅうだん)()つ。(くう)を切って進む銃弾(じゅうだん)の先には、(あずさ)とエンフォーサーを(かま)えた遼子(りょうこ)の姿があった。

銃弾(じゅうだん)()れることなく目標へと進むが、全て鉄骨に当たり、散るように弾け飛ぶ。


梓がゴムボールのようなものを投げると、破裂と同時に白煙を巻き上げ、一瞬にしてステージ全体を包み込んだ。


直後、会場の出入口側から数匹の小型ミツバチドローンが、ブルーインパルスのような飛行機雲(スモーク)の尾を引いて飛ぶ。ミツバチ達は、梓が投げたものと同じゴムボールを2匹で1つ持ち、一般客の頭上(ずじょう)で投下。(たちま)ち、会場全体が白煙に包まれ、一般客はパニックに(おちい)った。


煙による視覚だけでなく、10万人の阿鼻叫喚(あびきょうかん)轟音(ごうおん)となって聴覚までも阻害(そがい)する中、天ノ智慧研究会てんのちえけんきゅうかい面々(めんめん)も混乱状態にあった。


目を凝らしても、50センチ先が見えない状況下で、野崎(のざき)にできる事は、四方八方に(じゅう)を向ける事だけだった。


白煙が会場全体を包んで5分。視界が鮮明になったことで目に入ってきた光景に、野崎は愕然(がくぜん)とした。


天ノ智慧研究会てんのちえけんきゅうかいのメンバー全員に、エンフォーサーが向けられ拘束(こうそく)されていた。


構図としては、(そら)浅沼雄太(あさぬまゆうた)、愛華が千場泰明(せんばやすあき)、遼子が高田美菜子(たかだみなこ)深月(みづき)岡千波(おかちなみ)、そして(しずく)が手負いの荻野拓真(おぎのたくま)(おさ)える形だ。


尚、一般客はというと、10万人全員が折り重なるように、その場で眠らされていた。理由は、ミツバチが投下したガスに睡眠誘発成分すいみんゆうはつせいぶんが含まれていたからだ。


そのような状況に、野崎(のざき)が抱く疑問は大きくなる。それは、"何故(なぜ)、この会場に外部から入ってこられたのか"という事だ。


野崎は、混乱する思考を必死に整理する最中(さなか)、ハッと我に帰った。公安が侵入するまで、確かに銃口(じゅうこう)を突き付けていたはずの伊達(だて)が、姿を消していた。慌てて探す野崎(のざき)に対し、チャンスとばかりに雫の(もと)へと四つん()い気味に駆け寄る、伊達(だて)


「お、遅いじゃないか」

伊達(だて)は声を荒げ、続け(ざま)に「私の事を命がけで守れ」なんて言うものだから、余程(よほど)雫の(かん)(さわ)ったのだろう。鬼の形相(ぎょうそう)(にら)み付けた(あと)荻野(おぎの)に向けたエンフォーサーを逸らす事なく、(むち)のような(しな)りの効いた右足で伊達(だて)()り飛ばす。

伊達(だて)身体(からだ)(ちゅう)に浮く程の威力。一撃でノックダウンした伊達(だて)に、雫は「クソが」と一言吐き捨てた。


()られて当然ね。あの男も言っていたでしょう? あなたに価値なんてないわ。第四課(私達)は、あなたを助けに来たわけじゃない」

伊達(だて)に一切の視線を向ける事なく、2メートル手前で野崎(のざき)にエンフォーサーを向けた、梓。


何故(なぜ)だ?」

諦めるように、(じゅう)を持つ手をだらりと()ろす、野崎(のざき)


何故(なぜ)って? もしかして、"どうやってこの会場に入ったのかという事かしら?」

梓は、見透かしたような笑みを浮かべる。


「後者の方だ。奴のシステム掌握(しょうあく)完璧(かんぺき)だったはずだ!」

間髪(かんはつ)無く答えを求める、野崎(のざき)

彼の計画にとって、(かなめ)は最後まで公安に邪魔されない事にあった。最後というのは、12年前の教団壊滅が、国家の違法な襲撃によるもので、国家の都合で引き起こされた虐殺という事実を、伊達(だて)の口から世間に公表させる事、そして、全国中継の場で伊達(だて)を公開処刑する事、その2つだった。


「奴っていうのは、スマイルマンと呼ばれるハッカーの事ね?」

腕のデバイスから展開したホログラムを(いじ)りながら、舞台袖から出てくる、陽菜(ひな)


「それは、ミツバチ(この子達)のおかげよ」

陽菜の人差し指に止まる、ミツバチ型小型ドローン。


「中継ドローンに搭載(とうさい)された人感センサーを、侵入者探知にも利用する発想は見事だったわ。

会場を飛行する5機のドローン。その役割は2つ。

1つは、会場を五分割に区切り、人々が発する放射熱を感知して、より熱量の高い場所を盛り上がりの高い場所と定義して撮影すること。それにより、ライブのような臨場感ある映像を生中継していた。

そしてもう1つは、入場時にスキャンした簡易情報とリンクして、不正入場を防ぐ役割。人が発する放射熱は、指紋と同じで双子じゃない限り同一なものは無いからね。

スマイルマンは、その人感センサーに使われる赤外線に目を付けた。不正に得た私達四課の情報を(もと)に、ドローンをシステムごとハッキングして検知感度を高めるようにプログラムしたのよ。そして見つけ次第、一般客を殺した赤い光(アレ)で殺害する予定だった」

陽菜の説明に、ぐうの音も出ず言葉が無い、野崎(のざき)


そして、陽菜は思い出したかのように話を続けた。

「あっ、そうそう! 赤い光(アレ)も赤外線の応用よね?

一般的に、赤外線は700nm(ナノメートル)から1000μm(マイクロメートル)の波長を持つ電磁波、つまり電波の事を言うわ。そして、光も電波の一種。

赤外線の指向性を限りなく高めれば、赤外線由来のレーザー光が作り出せる。高出力になればなるほど、威力を増すのがレーザー光よ。クラス4ともなれば、殺人兵器にだって転用できるわ。

ただ、ハッキングだけで、高出力転用は不可能。物理的な改良が必要なはず。それは、天ノ智慧研究会(あなた達)がやったのかしら? それとも…。

まぁ、それは今後の捜査で明らかになるわよね。それより、あなたの気になっている、"何故(なぜ)、人感センサーを(くぐ)り抜けられたのか"なんだけど、最初に言ったようにミツバチ(この子達)のおかげなの」

陽菜の周りにはいつの間にか、無数の黒くて小さな影が羽音(はおと)を鳴らし(まと)わりついていた。


「小型ドローン? そんなものが一体なんだってんだ」

いきり立つ野崎(のざき)に対し、冷静な陽菜。ポケットからフィルムキャスターを取り出すと、(ふた)()け、口を下にした。


中から粉末状の銀粉(ぎんぷん)が風に流れていく。野崎(のざき)は目を()いた。

「チャフを()いたのよ。電波欺瞞紙(でんぱぎまんし)とも呼ばれるこの銀粉(ぎんぷん)は、空気中に()かれた時、電波を反射する性質があるの。さっきも言ったように、人感センサーは赤外線を使っている。それなら、感知精度を著しく落とせばいい。わりと古典的な方法だけど、今でも使われる立派な軍事技術よ」


「それでこの会場に入れたとしてもだ。今みたいに風で流れる。その場しのぎにしかならないだろう」

納得のいかない野崎(のざき)。公安の介入まで計算に入れた計画は順調だった。特課(とっか)の存在も"聞いていた"し、対第四課に特化した作戦でもあった。なのに、破綻(はたん)したのだ。


野崎(のざき)脳裏(のうり)に裏切り者の影が()ぎり、エンフォーサーを突き付けられたメンバーを見る。


「頭が悪いわね。あなた。リーダーがその程度だと、部下が可哀想(かわいそう)よ?」

口を挟んだ梓は、嘲弄(ちょうろう)した。

「その(あいだ)に陽菜が逆ハッキングしたに決まっているじゃない」


馬鹿(ばか)な。短時間でそんな事…」

システム制御を行っているのは、ウィザード級ハッカーであるスマイルマンだ。それもただのウィザード級ではなく、四課のウィザード級にサイバー戦で何度も勝っているという、話を"聞いていた"。それだけに、短時間でサイバー戦が終わり、しかも負けるなど考えてもいなかった野崎(のざき)は、現実を受け入れるのに時間がかかっていた。


「できるから私達がここにいるのよ…って言いたいところだけど、陽菜もそこに関しては引っかかっていたわね」

陽菜のハッカーとしての実力を理解し、そこに疑いは無い梓も、ハッキングがあまりにもスムーズだった事には疑問を感じていた。


その疑問は、当然ハッキングをした当人も感じていた。

「うん。システムを乗っ取ると同時に解析もしたんだけど、防御プログラムが(ざる)だったの。私達公安を会場に入れない事が作戦の(かなめ)だった訳でしょう? 天ノ智慧研究会(あなた達)の計画を本気でサポートする気なら、システムへの侵入は許さないはず。スマイルマンらしさが無い…」


「いや、これこそ奴の目的だとしたら?」

空の(つぶや)きに、愛華が答える。

新宮那岐(しんぐうなぎ)ですね?」


「あぁ。新宮(やつ)はどんな犯罪においても、ワンサイドゲームにならないような仕掛けを仕込んでいた。実行犯が予期しない仕掛けを。この事件の背景に新宮(やつ)がいると仮定すれば、スマイルマンが協力しているのは天ノ智慧研究会てんのちえけんきゅうかいではなく、新宮那岐(しんぐうなぎ)。その前提であれば、ひーちゃんがシステムにハッキングする事も想定内だった。だから、()えて脆弱(ぜいじゃく)なシステムを作った…」

空は、新宮那岐(しんぐうなぎ)の思考に同調するかのように推理し、次の行動予測を頭の中で整理していた。


「な、何を言っているんだ……。有り得ない。だって新宮(あの人)は、天ノ智慧研究会(俺達)の目的や考えに賛同してくれていたはずだ。だから、(かおる)さんが殺された理由を教えてくれたし、改革にも力を貸してくれていた!

そ、そうだ。あの人だって国家を憎んでいた。だから、1年半前に起きた暴動の真実を、あの人は独自に調べ、それを教えてくれたんだ。国家による国民への裏切り行為を全国民に知らしめるために!!!」

命を賭けた革命行為が、新宮(しんぐう)にとっては(ただ)のゲーム。それが、どうしても認められずにいる、野崎。

パンク状態の思考では自制が利かず、話す予定になかった"暴動"についても口走る。


「暴動の真実? どういう事? 答えなさい」

梓は目を細める。

エンフォーサーを向けたまま、1歩、2歩、3歩と足を進め、ついに野崎(のざき)との距離は50センチまで近づいた。

腕を伸びせば、エンフォーサーの銃口(じゅうこう)野崎(のざき)眉間(みけん)に当たる。


逃げられない状況、いや、逃げる気など無い野崎(のざき)は、小さく短い溜息(ためいき)()き、真実を語りだす。


「1年半前の暴動。あれは、国家が仕組んだ暴動だと彼は言った。国内には(いま)だ、国民管理システムに懐疑的(かいぎてき)な者や、順応(じゅんのう)できない者が多くいる。そいつらは不穏分子の種だ。だから国家は、種が芽吹く前に()み取るため、識別スキャンを阻害(そがい)する仮面(マスク)()えて流通させた。そもそもよく考えれば分かる事だよな。この社会で、識別スキャンを阻害(そがい)するという事は、管理できない人物を作り出すという事。それを考えた時点で、反国家思想を持つ人物として、識別スキャンに裁かれる。作るなんて(もっ)ての(ほか)だ。だが、管理する側なら別だ。反国家思想だろうが何だろうが、国家が()なら、社会悪すら()になる。都合の良い言い訳か、誰かに罪を(なす)り付けてな。

結果は、国家の目論見(もくろみ)通り、仮面(マスク)を手にした潜在的テロリスト達は暴走。狂気は一般人に伝染し、(あぶ)り出された不穏分子は、次々と公安の手によって執行された。

つまり、国家による人間選別なんだよ。あの暴動は!」

怒りのままに吐き捨てる野崎(のざき)に対し、梓は否定する。

「それは違う! あの暴動は、新宮那岐(しんぐうなぎ)によるテロ行為の結果よ。人の狂気に付け入り、人に罪を犯させる。それが新宮(しんぐう)という男の常套手段(じょうとうしゅだん)なの。

あなた達も同じよ。かつての遺恨(いこん)を利用されているだけなのよ」


「違う! 俺達は、俺達自身の意思で国家に(あらが)ってきた。あの人とは目的が合致しただけだ。

この(くさ)りきった独裁社会では、不要な人間は、徹底的に排除される。これまでそうやってどれだけの人間が命を失い、権利を封殺(ふうさつ)されてきた? かつて、天ノ智慧研究会(俺達)に向けられた国家の虐政(ぎゃくせい)は、今や全国民に向けられているんだ。最大多数の最大幸福? (わら)わせるな。そんな押し付けられた幸福に何の意味がある? 国家にとって国民は、都合の良い奴隷(どれい)でしかないんだよ」

咆哮(ほうこう)のように吐き切る、野崎(のざき)憤懣(ふんまん)に応えるかのように、陽菜によって制圧されたはずのシステムにノイズが走り、左右の大型ホロモニターの画面は切り替わる。


映し出されたのは、忌々(いまいま)しい笑顔のマーク。


「やられた」

陽菜は歯軋(はぎし)した。



****


『繰り返し…m…す。こ、、、は、公安ちょu...dす』

家庭用ホロディスプレイから街頭モニターに至る全てで、映されていた公安庁のアナウンスに、突然ノイズが走るとプツンという音と同時に画面が真っ暗になる。直後、ものの4、5秒でモニターは復旧したが、映されたのは、野崎(のざき)による暴露の一部始終。


その映像は、多くの国民の目に焼き付いた。


****


「ねぇ。ちょっとまずいかも…。この映像、ネットに上がってるよ?」

暴露が映る大型ホロモニターの真下で、時を同じくして動画配信サイトにも同じ映像がアップロードされている事に気付く、深月。

再生数は鼠算式(ねずみざんしき)に増え、あっという間に10万回を超えていた。


「まずいわね。国民にとってあの暴動はアレルギーよ。真偽よりも、被害者であり続ける理由として、インパクトの強い情報に魅了(みりょう)されてしまう」

偽情報(にせじょうほう)流布(るふ)されている状況下、国民への対処で公安にできる事は無い。遼子は下唇(したくちびる)を噛んだ。


その(かん)もシステム奪還のため、ホロキーボード叩く、陽菜。スマイルマンとのサイバー戦が、如何(いか)熾烈(しれつ)なのかを表すかのように、巨大モニターの映像は乱れ、暴露映像→公安庁アナウンス→スマイルマン→暴露映像というようにランダムで入れ替わり映る。


重大な暴露は放送されてしまっている。つまり、国民は見聞(みき)きしたのだ。

その状況に、エンフォーサーを突き付けられている高田(たかだ)は、不敵(ふてき)に笑む。

「形勢は逆転ね。刑事さん。良いのよ? このまま執行しても。私達、天ノ智慧研究会てんのちえけんきゅうかいの最低目標は達したわ」


「この場で執行すれば、その映像も流すんだろ? それを観た国民に、暴露(ばくろ)は事実で、公安が口封じの為に殺したと思わせられる。見え透いてるよ」

空は、高田(たかだ)の挑発を一蹴(いっしゅう)した。


「あなた達の最大目標は、かつて教団を滅ぼし、教祖、信者の殺害命令を(くだ)した幹事長、伊達幹也(だてみきや)の自白と処刑のはず。こんなデマ情報まで拡散して、何のつもり?」

梓の訊問(じんもん)に対し、野崎(のざき)は突き付けられたエンフォーサーを左腕で()退()ける。

予想だにしない大胆な抵抗に、意表を()かれ、向けたエンフォーサーが()らされる。


「デマじゃない。事実だ。国民には今こそ立ち上がってもらう。腐り切った国家の真の姿を知り、本来有るべき正しい姿を取り戻すための行動を、我々とともに行うために。これはクーデターではない。独裁社会を根絶するための革命、いや聖戦なのだ」

自由になった野崎(のざき)は、演説の如く、身振り手振りを混じえ、国民へと(うった)えかけた。


「私は国民管理システムの正体を"知っている" 」

野崎(のざき)の発言に、四課全員の意識が向く。何故なら野崎(のざき)は、"国民管理システムの正体"と発言したのだ。つまり、開示されている、"量子コンピュータを利用した、生体情報を始めとする国民のデータを管理し、一人一人に見合った生き方を指し示すシステム"ではないという事だ。そして、四課メンバーでさえ、それ以外の本質を知らない。


野崎(のざき)は、数秒の()()け、口を開いた。

「国民管理システムとは───」


その(あと)の言葉が、何かに()き消される。何かというのは、別の音でもあり、物理的要因でもある。


梓の目の前で悲劇は起こる。野崎(のざき)頭蓋(ずがい)一方向(いっぽうこう)に弾け飛び、肉片が散らばった。


「狙撃!?」

梓は、弾丸の入射角から軌道方向を見るが、狙撃手を見つけることはできない。狙撃手の位置が特定できない以上、不用意に"伏せろ"とも言えない。仲間の命が危険に(さら)される中、悪夢は起こる。


パンパンパン…。


十数発の銃声(じゅうせい)


空、遼子、愛華の目の前で、拘束(こうそく)されていた浅沼(あさぬま)高田(たかだ)千場(せんば)の頭が弾け飛ぶ。頭だけでなく、左頸部(ひだりけいぶ)や左脇、左腹にも銃弾を受け、その衝撃で(わず)かに身体(からだ)ごと飛ばされる。目の前で起こる突然の状況に、目を()く、空、遼子、愛華。


「オブジェクト破壊。送れ」


ヘリから3人、両舞台袖から6人ずつ、計15人の特殊部隊に囲まれる、第四課。


「どういうつもり?」

(にら)みながら()う、梓。


「厚生大臣の勅命(ちょくめい)だ。以降は我々が引き継ぐ」

部隊長らしき男は、一言告げる。本来、こうした引継ぎ時は、構えた武器を下ろす。これは敵対の意思が無いことを表すものだ。しかし、部隊長を含めた全員が構えを崩さない。暗黙に"邪魔をすれば撃つ"と言っているのだ。


四課と特殊部隊の(にら)み合いで、場は異様な空気に包まれる。


深月にエンフォーサーを突き付けられていた(おか)は、双方が(にら)み合っている(わず)かな(すき)こそ、逃亡のチャンスと確信した。深月の視線が()れた一瞬、(かろ)やかな身のこなしで前転し、頭の無い遺体(いたい)となった千場(せんば)の足元に飛び込むと、落ちていた拳銃(けんじゅう)を取る。そして、拳銃(けんじゅう)を向け、舞台袖へと走り出したが、四方八方からの銃弾に、文字通り蜂の巣となる。意識などとうに消えているが、まるで生きる為に足掻(あが)くかのように、一歩一歩、足だけが舞台袖へと進む。しかし、舞台袖の手前で力尽き、そのままドシャという音を立てて倒れた。


「ひっ…うぁぁぁぁあああああ」

その光景を見た荻野(おぎの)も逃げ出すが、背中が穴ボコになるほどの銃弾を受け、倒れる。死して尚、荻野(おぎの)の目から涙が流れ出ていた。


(ひど)い…」

無慈悲(むじひ)、無意味な殺戮(さつりく)を前に、言葉が詰まる、愛華。


「パッケージをこちらへ」

部隊長の男は、雫の後ろで気を失っている伊達(だて)の身柄を要求した。それに対し、雫は不本意ながらも下衆(ゲス)男を守るように、右手を広げ、渡す意志がないことを示した。


そのタイミングで目を覚ます、伊達(だて)。周囲を見渡すと強襲してきたテロリストが全員肉塊(にくかい)になっている。伊達(だて)にとって、寝ている間に脅威(きょうい)が死滅し、自身の安全は確保されていた状況は、(わら)い話だった。下衆嗤(げすわら)いが口から漏れ出し、(せき)を切ったかのように吐き出す。


馬鹿(バカ)め! 何が『国家に助けてもらえると思うな』だ。私は、お前達と違って、国家に必要な存在なんだよ。せいぜい地獄(じごく)(うらや)み、後悔しながら、絶望の汁でも(すす)っとけよ。ばーか」

有頂天(うちょうてん)嘲嗤(あざ)う姿は、狂気の化身そのものだった。


「さてと。お前達が迎えか?」

一通り(わら)い終えた伊達(だて)は、部隊長に問い掛けた。


「はい。先生をお迎えに上がりました」

その一言に、にやけ顔を見せると、ゆっくり立ち上がり、「どけ。役立たずが」と雫を()退()けた。


「お前ら公安の第四課だったか? 覚えていろよ」

捨て台詞(ぜりふ)を残し、特殊部隊の方に足を進めた、伊達(だて)。部隊長は、退路(たいろ)へ案内するかのように、手を差す。


伊達(だて)先生。お疲れ様でした───」


部隊長の一言は、(ねぎら)いの言葉ではなかった。ドサっという音を立て倒れる、伊達(だて)。不意討ちにも等しい殺害。殺される事など考えてもいなかっただろう。死相は、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。


四課一同が、その有り得ない状況に言葉を失う。


「状況完了。これより帰投しますが、公安はいかがしますか?」

誰かと通信する部隊長。質問の意味は聞くまでも無い。梓は太腿(ふともも)を指で2度叩いた。


「宜しいのですね? かしこまりました…」

部隊長の男はニヤリと微笑(ほほえ)むと、梓に向けて発砲(はっぽう)する。


だが、そこに梓の姿は無い。梓の姿を目視で探しながら、周囲を確認する部隊長の男。その時間、(わすか)か1秒にも満たない刹那(せつな)。しかし、その一瞬が、超大作映画のように長く、光景が脳へと焼き付く。

アサルトライフルによる連続した爆撃音が、周囲の音を掻き消す中、四課の中でも一際(ひときわ)小さい女性捜査官がコンバットナイフ片手に乱舞する。一人、また一人と確実に切り崩されていく。


非常識過ぎる光景に()まれ掛けたとき、無理やり現実へと意識を戻らされる。


右頸部(みぎけいぶ)に加わる強い衝撃。竹内梓による突きが直撃していた。いつの間に、突き(ソレ)が届く程、間合いを詰めたのか、考えても答えは出ない。

衝撃に耐え切れず、突きのままに身体(からだ)が飛ばされる。いや、突きの衝撃に逆らっては首が折れる。飛ばされたのは正しかったのかもしれない。


部隊長の男は左手で床に手を付くと、受身を取り立ち上がる。そして、勢いそのままに、梓へ向かって右、左とパンチを繰り出すが、シラットを極めた梓の防術に決定的な打撃を加え切れずにいる。それどころか、カウンターを仕掛けてくる梓の反撃に、手数(てかず)も体力も無くなっていた。


そんな好機を、梓が見逃す訳がない。部隊長の男が放つパンチの芯がブレた瞬間を見切り、一気に(たた)み掛ける。

右手で部隊長の男の左腕を払うと、突き落とした左肘(ひだりひじ)で男の肘窩(ちゅうか)を打つ。男の上半身が左下へと崩れたことで、全てのバランスは左足に集中した。この刹那(せつな)、男にできる事は倒れないよう、左足で平衡(へいこう)(たも)つに(てっ)する事だけだったが、梓がその左足を思い切り踏み付けたことで、重量のまま倒れる。

梓は男の右手首を掴み押さえ込むと、即座(そくざ)にエンフォーサーを突き付けた。


隊員達も四課によって取り押さえられるか、息絶えていた。精鋭部隊、それも数では(まさ)っていただけに屈辱(くつじょく)を覚え、部隊長の男は歯軋(はぎし)り立てた。


「そこまでよ。誰の命令?」

梓の問い掛けに、男は(つば)()き捨て、(にら)む。

訓練を受けた特殊部隊だ。拷問(ごうもん)を受けたとしても簡単に口を割らないだろう。梓は、尋問(じんもん)が難航する事を予見し、溜息(ためいき)()いた。


テロの首謀、実行犯が全員死亡するという後味の悪い結果。特殊部隊の生残りが(こと)の究明に繋がるとは思えないが、手掛かりにはなるだろう。

連行の為、手錠(てじょう)を掛けようとしたその時、割込み通信特有のノイズが走る。


「旧アメリカにおいて建国の父として知られる、ベンジャミン・フランクリンは(いわ)く、"怒りと愚行は相並(あいなら)んで歩み、悔恨(かいこん)が両者の(かかと)を踏む"と自身の著書に残した」

聞き覚えのある声に、梓と空は"誰なのか"を直感で理解した。


第四課の通信網は陽菜が構築している。当然、割込む事などそう簡単では無いが、スマイルマンの出現以降、外部侵入に対するセキュリティーを一層強化をしていた。

「オフラインに割込むなんて…。まさか!」

デバイスで原因を探り始める、陽菜。数十秒と()たず、予想通りの結果が出る。


「近くにいるわ」

陽菜の報告に、メンバー全員が(あた)りを見渡す。


第四課の通信網は、プロトコルとアクセスキー、そして所属コードの3つが全て(そろ)う事で確立される、完全なオフライン通信だ。

しかし、通信時の電波は送受間の空間を飛ぶ為、半径5メートル圏内()つ、特定の機器であれば傍受(ぼうじゅ)する事は可能だ。本来は、傍受(ぼうじゅ)できたとしても、プロトコル、アクセスキー、所属コードが(そろ)わない事には、割込みができない仕組みだが、スマイルマンは特殊部隊の所属コードに目を付けた。所属コードとは、個人で作るものでは無く、総務省が発行するもので、第四課も特殊部隊も所属が厚生省なだけにコードも共有していた。

スマイルマンは、傍受(ぼうじゅ)した電波を(もと)に、特殊部隊の所属コードを使い、通信環境に侵入。侵入さえすれば、プロトコルをウィルスで改変し、数多の通りからアクセスキーを照合する事は不可能では無い。

もちろん、時間と技術があってこそ()せる(わざ)ではある。


特殊部隊の強襲(きょうしゅう)から、拘束に至るまでの過程で、"何か"が確実に変わっている。その"何か"を必死に探す、梓。そして、違和に気付く。


1人多い…。


急襲(きゅうしゅう)して来た人数は15人だった。しかし、目の前の人数は部隊長含め16人。


梓は再び見渡し、その1人を見つけ声を上げる。

「空!!!」


空の背後(はいご)から人の形をしたノイズが立ち上がる。梓の声に、空は振り向くが()に合わず、ノイズに左腕(ひだりうで)を取られると、そのまま倒される。空は抵抗を試みるが、完全に抑え込まれ、()(すべ)が無い。


ノイズの(よろい)は崩れ落ち、次第にその姿を見せる。


新宮那岐(しんぐうなぎ)…」

抑え込まれた状況で絞り出すように名前を口にする、空。


「やぁ、四課の諸君(しょくん)。余計な横槍(よこやり)はあったが、君達の動きは見事だった。久しぶりの再開だ。語り明かしたいのだが、生憎(あいにく)と用事があってね」

新宮(しんぐう)は不敵に微笑(ほほえ)むと、手に収まる程の筒状の物を取り出し、空の首へと突き立てた。


「なっ…」

何かしらの薬が注入されたのか、度の合わない眼鏡(メガネ)を掛けた時のように視界が(ぼや)ける。遠のく意識。視界が失われる中、瞳に映ったのは、梓が手を伸ばし走ってくる姿だった。


「貴様ぁぁぁぁ!!!!」

コンバットナイフを抜き、新宮(しんぐう)へと(きば)を向く。

あと数歩の所まで差し迫った直後、地面から大量の樹木(じゅもく)()え、波打つように地面が液状化する。木々(きぎ)が行く手を(はば)み、空の姿を消す。

まるで幻覚。


「空ぁぁぁぁぁ」

名前を叫ぶ以外、梓に為す術は無い。


幻覚が消えた時、空は新宮(しんぐう)と共に姿を消していた。呆然(ぼうぜん)とする、梓。崩れるようにその場に座り込んだ。



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