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公安四課  作者: やん
40/52

FILE.39 応報

2110年9月───。

京阪都管轄四国地区( 旧愛媛県松山市 )某所。


新都市改革*¹により、各都が(かか)える整備の行き届かない特別管理地区*²が問題となっていた。この四方を森で囲んだ荒廃農地(こうはいのうち)もその1つ。広さにして約7ヘクタールの敷地中央に、野崎哲也(のざきてつや)は立っていた。


「ここに我らが宮殿(きゅうでん)(つく)られ、ここから(かおる)さんを中心とした新しい社会が(つく)られるのだ」

野崎(のざき)は、両手をいっぱいに広げ、野望を口にする。感慨(かんがい)(ひた)る、浅沼雄太(あさぬまゆうた)高田美菜子(たかだみなこ)は、無言ながらも小さく(うなず)き、賛同(さんどう)した。


3人が思い描く未来を写すかのように、沈み行く太陽は真っ赤な光で煌々(こうこう)と空を照らす。

そんなエモーショナルな雰囲気に水差(みずさ)すように聞こえる声。近づくにつれ、声から伝わる緊迫感が徐々(じょじょ)に増す。


「大変だ!!!!!」


3人の下に到着した千場泰明(せんばやすあき)は、両膝(りょうひざ)に手を付き、上がる息を押し殺すように、言葉を(しぼ)り出した。

「大変だ…。生教堂(せいきょうどう)が、、、生教堂(せいきょうどう)が!!!」

パニック状態も(あい)まって、内容を全て話し切るまで息が続かない。


「とにかく落ち着け。生教堂(せいきょうどう)がどうした? 」

浅沼(あさぬま)が渡した水筒を、一気に飲みあげる千場(せんば)。あまりの勢いに今度は(むせ)返ったが、高田(たかだ)が背中を(さす)ったことで何とか落ち着きを取り戻した。


(てつ)さん、生教堂(せいきょうどう)襲撃(しゅうげき)された…」


あまりの突飛報告に、野崎哲也(のざきてつや)は言葉を失う。


泰明(やすあき)、どういう事だ?」

浅沼(あさぬま)は、千場(せんば)の右肩に手を置くと、顔を(のぞ)き込むように問い掛けた。


「詳しくは分からない。でも、本堂(ほんどう)壊滅状態(かいめつじょうたい)だって……」

悔しさと怒りを(にじ)ませ、声を振り(しぼ)る、千場(せんば)。そのまま崩れ落ちるように、(ひざまず)いた。


「一体誰が、、、。いや、そんな事より、(かおる)さんは無事なの?」

野崎哲也(のざきてつや)動揺(どうよう)を隠し切れずにいた。だが、その状況下で真っ先に()ぎったのは、"(かおる)"という男の事だった。


安否(あんぴ)は分かりません…。ただ、(おみ)の連絡では、中にいた信者は皆殺しにされたって───」


同日、野崎哲也(のざきてつや)ら4人は帰京。生き残った数名の信者から、明幸生教(めいこうせいきょう)壊滅(かいめつ)、そして、教祖・中島薫(なかじまかおる)の死亡を知る。

数日後、野崎哲也(のざきてつや)を中心に、反国家・反政府組織である、天ノ智慧研究会てんのちえけんきゅうかいを設立。反国家、反国民管理システムを(かか)げたデモ活動を行うが、厚生省によりカルト団体として弾圧され、徐々に縮小。

しかし2120年、新宮那岐(しんぐうなぎ)による一連の事件と暴動をきっかけに、活動を再活発化。


そして───。



───2122年。現在。

藤沢鎌倉区228- 江ノ島シーサイドフロンティア。


「江ノ島は、再開発によって国内最大級、世界でも(るい)を見ないリゾート地として生まれ変わりました。本日はこのような素晴らしいオープニングセレモニーにお招き頂き、大変光栄であります。さて───」

登壇(とうだん)した政治家の演説に、拍手(はくしゅ)が巻き起こる。


まるで音楽フェスのような巨大な野外ステージが建設され、オープニングセレモニーを祝う関係者、一般人合わせて10万人が集結していた。ステージの両サイドには、会場上空を飛行するドローンによって映された映像が、ホログラム展開された巨大モニターにライブ中継されている。

当然、警備体制も万全を()している。公安庁からは、警務ドローン1万機、簡易識別スキャナー3万台の配置、民間警備会社もドローンを数千台投入している。まさに、死角は無い。


「それでは、伊達幹也(だてみきや) 幹事長(かんじちょう)、テープカットのご準備をお願いします」

伊達(だて)は、ご満悦な笑みを浮かべ、ホログラムで展開されたテープの前に立つ。進行役の女性からハサミを受け取ると、会場は一斉(いっせい)に静まり返った。


「私の"どうぞ"という言葉の(あと)にハサミをお入れ下さい。それでは参りましょう。江ノ島シーサイドフロンティア、オープンを記念してのテープカットです。どうぞ!」

進行の合図で、ハサミがテープに差し掛かった瞬間(しゅんかん)、事態は一変(いっぺん)する。


響き渡るサイレン音が、会場全体の聴力を奪い、展開された全てのホログラムは狂気の笑顔に統一された。笑顔はもちろん見覚えのある、"あの"マークだ。


突然の事態に思考が止まる伊達幹也(だてみきや)尻餅(しりもち)状態で、できる事は逃げ場を探す事だった。だが本来、(みずか)らで逃げ場を探す必要など無い事に気付く。

与党幹事長(よとうかんじちょう)たる伊達(だて)には、厚生省の護衛官(ごえいかん)がその任に()いていたはずだ。


「誰か! 誰かいないのか? 早く私を助けろ!」

サイレン音に()き消されながらも、必死に声を上げる、伊達(だて)

それが(こう)(そう)したのか。進行役の女性が小走りで向かって来きた。


「助かった」

安堵(あんど)しきった伊達(だて)は、思わず声を()らした。しかし、いつまで()っても()()べられるはずの手が無い。


(きみ)!」

(しび)れを切らした伊達(だて)が、語気(ごき)を強めて女性を呼んだ、その時、"カチャ"っという聞き()れない音とともに、顳顬(こめかみ)に"筒状の何か"が突き付けられる感覚を覚える。


「ど、どういうつもりだ」

()いに対し、女性の回答は無い。只々(ただただ)、下等生物を見るかのような(さげす)んだ視線だけが返ってくる。


伊達(だて)は、動けないながらも必死で自身の護衛官を探していた。(じゅう)を突き付けられ、逃げる事すらままならない状況下、頼みの(つな)は護衛官が女を射殺する事だった。


だが、どれだけ待っても護衛官が助けに来る事は無く、代わりに出てきた男2人組が、エリアストレスを増長させる。

男2人が引き()って来た、"黒い何か"を重い荷物を下ろすかのように、伊達(だて)の目の前で投げ棄てる。ドサッという鈍い音が重なり、"黒い何か"はステージ上に横たわる。(たちま)ち、"ソレ"から広がる真っ赤で粘り気のある液体は、円状に広がり、ステージを染め上げた。


"黒い何か"の正体は、伊達(だて)の護衛に()いていたはずの護衛官達だった。


会場全体から(とどろ)く、(おびただ)しい悲鳴(ひめい)我先(われさき)にと、出入口へと押し流れる10万人の(かたまり)は津波に等しい。転倒者が出ようと、その頭蓋(ずがい)を踏み付けては、"自分だけは"と助かろうとする(さま)。まさに、鬼才(きさい)として名高い、芥川龍之介あくたがわりゅうのすけの著書、『蜘蛛の糸』のラストシーンだった。人々の心の奥に眠る狂気が、恐怖によって無理やり引き()り出され、罵詈雑言(ばりぞうごん)乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)の嵐が巻き起こる。もはや、そこに秩序など無かった。


しかし、これは序章に過ぎない。混沌(こんとん)の中、更なる絶望が会場を(おそ)う。

「えー…マイクテストぉ〜…マイクテスト」

突如、サイレン音が止まったかと思えば、スピーカーから音声テストが流れる。


無秩序に逃げ(まど)う一般客達も、突然の変化に逃げる事さえ忘れ、呆然(ぼうぜん)とステージに目を奪われる。


10万人の視線を集めたステージ上に、男女2人を引き連れ、筋肉質の男がステージへと出てくる。そして、ステージ中央に到着するや否や、両手を前に、片足を上げると、舌を出して(おど)けた表情を見せた。


「なんだよ。全員反応無しか。俺がスベってるみたいじゃねぇか」

溜息(ためいき)()きながら、横たわる護衛官の(えり)を掴むと、伊達(だて)の方へ放り投げた。


「ひぃっ」

変り果てた姿の遺体(いたい)と目が合い、思わず声を上げる、伊達(だて)


「今までお前を(まも)ってきたやつに対して、その反応は失礼だろ? こいつはお前のせいでこうなったんだからさ」

男は亡骸(なきがら)の後頭部に銃口(じゅうこう)を押し付け、ゼロ距離で数発()つ。(えぐ)れるように飛び散る肉片が、伊達(だて)にべっとりと垂れ付いた。


その異常な光景に、一般客は思い出すかのように逃げ(まど)う。


「はいはい、全員静かに!」

筋肉質の男の声がスピーカーから発せられるが、怒号の中に()き消される。


死を恐れ、恐怖を畏れ、生への固執が狂気を育てる。これが人間の本質。これが日本人。そして、自らもまた、そんな身勝手な人種で、"悪"そのものである事に(はなはだ)怨悪(えんお)する、男。


雄太(ゆうた)…」

男は、浅沼(あさぬま)の名前を呼ぶと、首を小さく縦に振り、合図した…。

直後、出入口上空を飛んでいた5機のドローンから真っ赤な閃光が一直線に落ちる。


直下(ちょっか)にいた一般客5人の足下には、直径3cm程の焦げ付きが見える。

そして、5人とも声にすらならない「アァァ…」と短い(うめ)きを(はっ)したかと思えば、瞳孔(どうこう)(かす)み、虹彩(こうさい)ごと上へと動く。

タイミングを(はか)ったかのように、一般客5人は、目や口、耳、鼻の穴という穴から血を流し、倒れてしまった。


数秒前まで()むことの無かった怒号(どこう)が、(うそ)のように静まり返る。

逃げる事ばかりに思考の全てを使っていた数分前までは、考えずに済んでいた"死"という事実。場が静まる事でじわじわと自身が置かれた状況を理解し、身が(すく)む。


「皆さんにようやく挨拶できる。はじめまして。国民の皆々様、そして会場に集まった皆さん。私は国家の不正を暴き、腐敗(ふはい)を正す者。天ノ智慧研究会てんのちえけんきゅうかい代表の野崎哲也(のざきてつや)と申します。以後、お見知りおきを」

会場の誰もが生死の狭間で逃げる事さえままならない中、野崎(のざき)は30秒間のお辞儀を深々(ふかぶか)とする。


その様子は、会場を飛ぶドローンによって映され、日本全国に生中継されている。全国民が国内テロの目撃者となっている状況で、心身に掛かるストレスはエリア単位で上昇していた。


「ご清聴下さり、大変嬉しいです。これでお亡くなりになられた5名の方も浮かばれるというもの。

さて、私共(わたくしども)天ノ智慧研究会てんのちえけんきゅうかいは、国民の皆さんに事実をお話し、是非(ぜひ)()わなくてはならない」

野崎(のざき)は、伊達(だて)の左肩を掴むと舞台花(ぶたいばな)へと投げるように引っ張った。伊達(だて)は、「うっ」という詰まる声と共に、ステージギリギリの位置に倒れ込んだ。


上半身を起こす伊達(だて)に、野崎(のざき)(じゅう)を突き付けると質問した。

伊達幹也(だてみきや) 与党幹事長(よとうかんじちょう)()う。12年前、壊滅した宗教団体、明幸生教(めいこうせいきょう)について知ってるな?」

伊達(だて)は目を()く。


「答えろ!」

野崎(のざき)は、伊達(だて)の左の顳顬(こめかみ)銃口(じゅうこう)を押し付けると、ハンマーを下ろした。


「し、し、知っている…」

震わせた声は、長らく"先生"と呼ばれてきた権力者のイメージとは掛け離れたものだった。


「12年前のあの日、教団に特殊部隊を送り付け、幹部だけでなく、何も知らない(おんな)子どもまで虐殺(ぎゃくさつ)するよう命令したのは、当時の厚生大臣であるお前だな?」

(ひとみ)すら動かせない状況下、(ひたい)から冷汗が(つた)う、伊達(だて)


伊達幹也(だてみきや)の口は重い。何故(なぜ)なら、教団員の全執行が当時も今も、違法に推し進めた非人道的な執行だったからだ。そして、何より教団に対する国家による強制執行について、真実を国民には開示していない。()()で、立入り捜査による解散命令という名目(めいもく)を報道させたのだ。

それ(ゆえ)に、国家が国民を虐殺(ぎゃくさつ)した事実を認めれば、自身へのバッシングだけでは済まされない。国民への裏切り行為の末路は、国家崩壊に繋がりかねない。


伊達(だて)は、喉元(のどもと)まで出ている真実を、必死に()み殺した。黙秘を(つらぬ)き、公安を待つ事だけが、伊達(だて)にできる命懸けの抵抗だった。


武力テロ。その緊急性は最高レートSSS(トリプル)だろう。そうなれば、特課(とっか)が来る。その目算で待つが、状況は進展せず、徐々に苛立(いらだ)ちと焦りを覚える。


「ハァァァァ…」

同じく野崎(のざき)苛立(いらだ)つ。深い溜息(ためいき)は、声まで漏れ出ていた。

そして、引金に掛かる人差し指に力が入る…。


パンッ。

会場に轟響(ごうきょう)した銃声(じゅうせい)は、一般客の精神を追い詰め、中には泣き出す者や、過呼吸により(ひざ)を付く者まで出始める。


「あぁぁぁぁぁぁああああ"」

左耳を押えて(うずくま)る、伊達(だて)。手では()き止められない量の血が(あふ)れ出る。


「騒ぐな。すぐには殺さん。だが、勘違いするなよ? 大方(おおかた)、時間を稼いで公安が来るのを待つ算段なんだろうけど、奴らは来ない。いや、この会場には入れない」

ニヤつく野崎(のざき)。深淵の如く、狂気が瞳に映る。

「それに、国家にとってはお前など(こま)に過ぎない。お前1人の命など、有象無象(うぞうむぞう)と同価値だ。国家が助けてくれると思うな? 」


「嘘だ……。そんなはずは無い。私は、国家にとって有益な…」

声を(ふる)わせて(つぶや)く、伊達(だて)。その(ふる)えは恐怖によるものなのか、出血によるものなのか、いずれにせよ、次第に大きくなる(ふる)えを自身では(ぎょ)し切れなくなっていた。


「おめでたい男だ。お前が国家にとって必要な人間なら、もう助けられている。これが現実だ。国家にとって都合の悪い人間は、消されるんだ。かつて、厚生省(お前)明幸生教(俺達)虫螻(むしけら)のように踏み殺したようにな。さぁ、楽になれ。お前は役目を終えた」

呆然(ぼうぜん)(うずく)る、伊達(だて)野崎(のざき)の言葉が心に響き、波紋のように国家への疑心が忠誠心を(みだ)き乱す。


国家の意にそぐわない者が消えゆく(さま)を、政治家になって約30年、嫌という程に見てきた。伊達(だて)自身、その都度、弱者を切り捨ててきた。

だから、今回その矛先が自身に向いている事は、言われる(まで)もなく理解していた。当然、その理由に覚えがあった───。



1ヶ月前───。


「呼び立てて悪かったね。さぁ。座りたまえ」

料亭の一室。上座に座る男は手を()した。


「失礼します」

伊達(だて)一礼(いちれい)し、恐縮しながら下座に腰を下ろした。分厚く切った鯛の身が、光を反射して輝いている。一目(ひとめ)で分かる高級食材に目を向けることなく、単刀直入(たんとうちょくにゅう)に質問した。

石川(いしかわ)先生。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「そう慌てるな。君は政治家になって何年だ?」

石川(いしかわ)は、お猪口(ちょこ)を取るよう、徳利(とっくり)を向けた。


本来、目上の人間に対しては先に()ぐべきだろう。しかし、先に待っていた石川(いしかわ)のお猪口(ちょこ)は、酒で満たされていた。どのくらい待たせていたのかは分からないが、一口(ひとくち)も付けていない事などあるのか。多少、疑問に思いながらも、伊達(だて)は小さな会釈(えしゃく)を重ね、手を添えたお猪口(ちょこ)を向ける。

「都議時代も含めると34年でございます」


「そうか。君との付き合いも長い訳か…」

石川(いしかわ)は、思い出に(ふけ)るような溜息(ためいき)()いた。


「はい。石川(いしかわ)先生に政治家のいろはを叩き込んで頂きました。四方八方(しほうはっぽう)敵だらけの世界ですが、先生だけは父のように思っております」

伊達(だて)は、恩人にして恩師である石川と話すうちに、"何故、わざわざ呼んだのか"という些細(ささい)な疑問など、すっかり忘れていた。


「ハハハ。そうか。君を呼んで良かった。今日はとっておきの話があってね」

豪快な笑いの(あと)に見せる、石川(いしかわ)微笑(ほほえ)み。伊達(だて)は、その()みが苦手だった。人間味の無い、作られた表情。()みという形を(たも)った、国家の闇そのものを見ているようにさえ感じていた。


そして、向けられた()みに底知れぬ恐怖を感じたのは、あの時以来だった。そう、明幸生教(めいこうせいきょう)の抹殺を命令されたあの日。命令と言っても、言葉で指示を受けたわけではない。今回と同じく料亭に呼び出され、ただ一言、「分かっているね?」と言われたに過ぎない。限られた時間、限られた空間で、記憶以外のエビデンスは存在しない。

したがって、表も裏もなく、明幸生教(めいこうせいきょう)を抹殺したのは、当時の厚生大臣たる伊達(だて)である事以外に事実は無い。


「なに、難しい話じゃ無いんだ。伊達幹也(だてみきや)という存在を昇華させないか?といった提案だ」


「昇華……ですか?」

石川(いしかわ)が何を言っているのか、理解できない、伊達(だて)は思わず聞き返す。この行為が数分後には後悔へと繋がる事など、知る(よし)もなかった。


「そうだ。伊達幹也(だてみきや)という存在を国会議員として永久に残し続けるのだよ。君はこの先においても、我が党、そして国家の中心として有り続ける。いかがかな?」

()みを崩さない、石川(いしかわ)

話の内容としては荒唐無稽(こうとうむけい)さも(いな)めないが、権力の甘汁(あまじる)(すす)ってきた伊達(だて)にとって、これからも権力の座に居座り続けられる事は魅力だった。


「そ、それは素晴らしいお話です。私の意思がこの先も続くとは夢のようなお話です。それで、私は何をすれば良いのですか?」

伊達(だて)の前向きな意思を確認した、石川(いしかわ)の口角はさらに上がる。

しかしこの時、"永久に存在を残し続ける"という意味を十分に理解していなかった。


「君が特別な何かをする事は無いよ。外科的な手術はすぐに終わる。この(あと)にでもね」


まるでノイズに阻害(そがい)されたかのように、重要なワードを聞き漏らし、恐る恐る確認し直す、伊達(だて)

「え、えっと…。外科的…? 手術…? 私の理解が追いついておらず申し訳ありません。身体(からだ)にメスを入れるということでしょうか?」


的外れな質問に溜息を漏らす、石川(いしかわ)

「何を言っている? 不死にでもなれると思っていたのかね? 存在を永久的に残す。これ(すな)ち、伊達幹也(だてみきや)の記憶をデータ化する事だよ。肉体と意識は消失するがね。だが、君は国民から広く認知された存在だ。だから、伊達幹也(だてみきや)という"存在"を今後も国民の目に映るよう、アンドロイドと入れ替わるという事だよ」

数分前までの微笑(ほほえ)みが(うそ)のように、冷たい表情に変わっている事に気付く。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。私の意思がこの先も続くと、そう(おっしゃ)ったではありませんか!」

机に両手を付き、身を乗り出して(うった)える伊達(だて)に対し、再び()みを浮かべた石川(いしかわ)。それを見て、ハッとする。


「そう。私は君の意思が永劫(えいごう)有り続けるとは言っていない。国家(我々)にとって必要なのは、君という"存在"と"記憶"だけだ」

狂気に満ちた()みは、伊達(だて)の知る"父"ではなかった。


「あなたは…一体誰ですか…? 」

思わず漏れた()い。だが、直後に愚問(ぐもん)だということに気付く。何故(なぜ)なら、そもそも最初から石川憲一(いしかわけんいち)という人物は存在しないのだから。目の前にいる人物も、出会ってから政治家としての指導をしてくれた人物も、石川憲一(いしかわけんいち)の記憶をデータとして受け継いだ存在(アンドロイド)なのだ。


腹の底から湧き上がる恐怖は、毒のように全身に回る。気が付けば、その部屋から逃げ出すように出ていた。


───現在。


「わ…わ……私が………私が明幸生教(めいこうせいきょう)の教祖および信者の虐殺を命じた」

荒い息と共に自供する、伊達(だて)


国家への叛逆(はんぎゃく)。しかし、心は不思議と軽かった。ずっと背負い続けた重荷を下ろした気分だった。そして、いつの間にか(ふる)えが止まっていることにも気付く。

正面を見れば、人質状態にある一般客が見える。自己の事ばかりを考えていた先程までとは違い、一人一人の表情までもがよく分かる。

軽蔑(けいべつ)厭悪(えんお)怨嗟(えんさ)。怒り。その場全ての人の負が伊達(だて)に向けられる。当然だ。人質となった一般客らは、伊達(だて)(くだ)した命令が元凶で、命を(おびや)かされるに至ったのだから。それでも尚、伊達(だて)の心は清々しく、晴れやかだった。


「理由を聞こうか」

野崎(のざき)は、再び銃口(じゅうこう)を押し付けた。


「当時、明幸生教(めいこうせいきょう)は、新興宗教としては異例なスピードで組織を拡大していた。教団が掲げた、"精神の救済処(きゅうさいどころ)"というキャッチコピーは、国民管理システムによって居場所を失った人々にとって魅力だったのだろう。だが、"反国民管理システム"思想を持つ教団の拡大は、国家にとって脅威(きょうい)でしかなかった。だから、国家は明幸生教(めいこうせいきょう)をカルト教および反社会的勢力として指定し、徹底的に弾圧する事にした。

その一つがマスコミを使った情報操作だった。教祖の独裁運営、精神洗脳、社会からの断絶、反社会的言説、身体保全の損傷、法外な金銭要求など、教団に不利な情報を流し、社会的に排除していった。

当初は反論するに(とど)めていた教団も、苛烈(かれつ)を極める弾圧に耐え兼ね、過激な抵抗を見せるようになった。そして、八王子で発生した異臭騒ぎを皮切りに、政務官(せいむかん)襲撃(しゅうげき)や大臣主催の講演会場(こうえんかいじょう)爆破(ばくは)、ついには、「被害者の会副会長殺人事件ふくかいちょうさつじんじけん」を起こしてしまった。

そして、大規模テロの可能性が浮上する事になる。潜入捜査していた公安の女性刑事からの角度の高い情報だった。私は教団の抹殺命令を下し、そして後は君たちの知る通りだ…」

自供を聞き、襲撃時の記憶がフラッシュバックする、野崎(のざき)を始めとした天ノ智慧研究会てんのちえけんきゅうかいメンバー一同(いちどう)荻野(おぎの)に至っては、怒りから伊達(だて)に視線を向ける事すらできずにいた。


「表向きはな」

突如、伊達(だて)が付け加えるように発した言葉に一同は驚く。


「どういう事?」

高田(たかだ)は聞き返した。


「言葉の通りだ。今話した教団壊滅の経緯全てが、閲覧規制の掛かる記録だ。だが、事実であって真実ではない。真実というのは記録にすら残らない。関わった者の記憶にのみ残っている」

1ヶ月前の提案こそが、記録に残らない真実=情報の抽出だったのだとようやく気付く、伊達(だて)。同時に自身の価値がその程度しか無いことに諦観(ていかん)した。


「君たちは国民管理システムが(もたら)す、"最大多数の最大幸福"の本質を考えた事はあるかね? あれは国民管理システムの独裁世界で、人々をプログラム通りに強制させるものだよ。個々の思考や意思などは不要。つまり、明幸生教(めいこうせいきょう)などという教団が発生すること自体、国民管理システムからすればバグなんだよ。国家にとって不利益な芽は摘み取る。"君たち"は不利益な存在だったんだ」

ニヤリと笑みを浮かべる、伊達(だて)。"君たち"の中には自身も入っている自覚からか、目から一粒の涙が(つた)う。


異様な空気が流れる中、荻野(おぎの)は早歩きで伊達(だて)の方へ歩を進めると、拳銃(けんじゅう)を向けた。


「お前のせいだ。お前がいなければこんな事にならなかったんだ!!!」

止めどなく大粒の涙を流し、荻野(おぎの)は一気にトリガーを引いた。


パンッという銃声が会場に(とどろ)く。

直後、業魔のような(うめ)き声が響いた。


()ち抜かれた右手を押え、藻掻(もが)き苦しんでいたのは、荻野(おぎの)だった。


「クリア」

弾丸軌道上、ステージ左の骨組みから狙撃(そげき)したのは、遼子(りょうこ)だった。


「各員、状況開始」

(あずさ)の号令は、猟犬(りょうけん)による狩りを知らせる警笛(けいてき)となった。




*¹ 新都市改革:1074年から始まった都道府県制度を廃止し、5つの自治都市を形成した都市改革。

・関東地区改革:東京、神奈川、千葉、埼玉→新東京都。

・関西地区改革:大阪、京都、兵庫、奈良、滋賀、和歌山、三重→京阪都。

・中部地区改革:愛知、静岡、岐阜→東海都。

・九州地区改革:福岡、熊本、鹿児島、宮崎、長崎→九州都。

・北陸地区改革:仙台、福島、山形、秋田→東北都。


*² 特別管理地区:日本を形成する五大都市が管轄する地区。一部を除き、基本的に一般人の居住はなく、研究施設や行政施設が設置されている。

・新東京都管理:島根県

・京阪都管理:中国地区(鳥取、広島、岡山)、四国地区(愛媛、高知、香川、高松)

・東海都管理:北陸地区(石川、富山、福井、新潟)、北関東地区(長野、群馬、山梨)

・九州都管理:山口、沖縄

・東北都管理:栃木、岩手、青森、北海道


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