FILE.37 パレイドリアに霞む混沌
2時間前───。
中央区278-首都アンダーライン・銀座駅。
『間もなく、首都アンダーライン外回り、新東京ステーション行きが到着致します。黄色い線の内側でお待ち下さい。』
アナウンスが響く地下構内。休日という事もあってか、ホームにはそれなりの人数が電車を待っていた。
「あれ?」
電車を待つ乗客の1人は、急な異変に目を擦る。まるで度の合わない眼鏡を掛けたかのように、一瞬にして視界がボヤケたのだ。暇潰しでゲームをしていたからだろうか? 乗客の男は何度も目を擦った。
しかし、改善するどころか、視界の半分は真っ暗闇に包まれ、直後に感じた嘔吐きから四つん這いになってしまう。
「だ、だれか…」
必死に絞った声で助けを求めても、誰も気付いてくれない。なけなしの力で周りを見た時、助けてもらえない理由を男は理解する。
限られた視界に映ったのは、地獄と呼ぶに相応しい光景だったのだ。
男は、その場で意識を失った…。
───現在。
中央区278-銀座中央通り。
街の中心を貫く、両側8車線の幹線道路が歩行者天国となる休日。この日も、左右にファッションビルや商業施設が建ち並ぶ関係で、街全体がショッピングモールのように、人の往来で賑わいを見せる…そのはずだった。
数時間前まで降っていた大雨で、未だに道路が濡れているにもかかわらず、毛布に包まり座り込む人々。中には倒れている人までいる。道路の両脇には、縦列駐車した救急車両が何台も停車しており、ただならぬ事態の様相を呈していた。
「酷い有様ね。国民は、再びテロの脅威に怯えて過ごす事になるのね」
遼子は、周囲を見渡す。
「はい。この光景、2年前と同じです」
愛華は、国民の攻撃感情が再び煽られ、暴動へと発展する事態を危惧していた。
「それにしても、妙だ…」
雫は、何かの違和感を覚え、次々と負傷者が出てくる、地下鉄入口の方へと歩み出す。
地下への入口は、防護服を着た国防軍の2人によって塞がれ、その手前25mには"接近禁止"と書かれたホログラムテープが張られていた。
そんな事などお構い無しに、素通りする、雫。当然、止めに動く軍人は、雫の腕を掴もうとしたが、気付けば天を見ていた。何が起こったのか理解もできず、彼ら2人にできる事は、過ぎ行く雫の後ろ姿を目で追うことだけだった。
一方の雫は、地下入り口で足を止める。口に薄ピンクのハンカチを当ててはいるが、毒ガスの種類も分からない中、危険だ。
それに気付いた愛華は、咄嗟に声を掛けた。
「ダメです。雫さん! 」
しかし、雫は愛華の声に耳を傾ける事は無く、無防備にも当てていたハンカチを口から外し、覗き込む。
正気を疑う行動を目の当たりにした愛華は、駆け寄り、雫の腕を引くが、同時に愛華もその状況に違和感を覚えた。
「やっぱりな」
何かを確信したように呟くと、深呼吸をする、雫。
「なるほど。そういう事…」
後から歩いて来た遼子は、雫と顔を見合わせ、何かを確信したように頷いた。そんな2人の様子に、ようやく愛華も気付く。
「その様子だと3人とも気付いたようね」
その声に、遼子、雫、愛華の3人は振り向く。梓だった。
梓は、先着していた第二課、第五課に加え、救命指揮を執ってた消防庁司令監、国防省陸軍少将を交えたブリーフィングに参加していた。
同じ公安庁内でも、色眼鏡で見られる第四課。省庁間の垣根が厚い他組織ともなれば、煙たがれるのは当然だ。相当、四の五の言われたに違いない。
取分け、国防省は第四課の存在を面白く思っていない事だろう。何故なら、"国防省襲撃多発テロ"において、軍への強権発動と共に、クーデター容疑で軍高官を逮捕・執行しているからだ。
そういった蟠りや縦割り思想を何より嫌う梓にとって、ブリーフィングはストレスだっただろう。疲れの色が表情に出ていた。
「お疲れ。梓。と言う事は、やっぱり毒ガスっていうのはブラフなんだね」
遼子の確かめるような問いに、梓は小さく頷いた。
「まぁ、あの様子だと、私達以外で"その事"に気づいてる奴はいないだろうけどな」
雫は、立てた親指で後方を指す。指した先には、今尚、状況が分からず混乱した指揮官達の姿があった。
「彼らには教えてあげなかったんですか?」
愛華の問い掛けに、梓は無言で首を振る。
「無駄だよ。プライドの塊のような連中に、事実を話した所で煙たがられるだけさ。あいつらは、お門違いの対応に躍起になってればいいのさ。そうだろ。梓」
雫の言うように、ブリーフィングと銘打ってはいるが、各省庁の思惑が交差するあの場で、"協力"等という綺麗事は0に等しい。それを分かっていて、梓は情報共有では無く、情報収集をしたのだ。
そんなやり取りを他所に、遼子はデバイスで何かの操作していた。指を止めたと同時に、その場にいる4人の意識に分離が起き、目を開けるとお馴染みの空間内に全員が集まっていた───。
───四課電脳ワールド «APIS 2091 / 0524回線»。
深月は、両手を前にスクワットのような着地体制を取っていた。遼子による事前連絡のおかげか、心構えをしていたらしい。キメ顔を向け、アピールする深月を、誰一人相手にする事なく議題が始まった。
「───"呼ばれた"という事は、やっぱり毒ガスはブラフか…」
開口一番に状況を言い当てる、空。
「ええ。その通り。今回のテロは、毒ガスじゃなくて、集団心理。Open Scale*¹へのウイルス感染が原因で発生した集団ヒステリー*²よ」
遼子は結論付けると、指でテーブルの端を2度突いた。すると、事件現場となった銀座の街がリアルタイムでホログラム展開される。
「なるほど…。それなら感染経路は、改札ゲートね」
陽菜が、テーブル上に展開された街のホログラムを人差し指と親指の2本でピンチアウトすると、一気に構内の改札ゲートにズームインした。そして、改札ゲートを指差し、原因を指摘した。
「流石、陽菜ね。正解よ。
改札ゲートは、通過した人が身に着けているデバイスと相互通信する事で、入退場を記録し、料金を確定させる仕組みよ。つまり、通るだけで自動的にオンラインが確立されるわ。
今回はその過程を逆手に、ウイルスが仕掛けられた。デバイスに感染したウイルスは、Open Scaleのアプリプログラムを書き換え、光点滅を使って擬似情報を脳へと送信した。
脳が受取る全情報の87%は、視覚からと言われているわ。只でさえ膨大な情報量を受信する脳に、キャパオーバーの情報量を送り続けると、当然、脳は捌き切れず、パンクする。その結果、強烈な目眩や視力低下、吐気といった、神経ガス特有の中毒症状と類似した状況に陥る。
そして、Open Scaleの普及率は93%。今や第三の目と言っても過言ではないくらい、生活に必要な身体の一部となったわ。
流石に、報道されているような死者の発生は有り得ないけど、便利なテクノロジーに頼りきった現代社会の盲点を突いた、新しいテロよ」
遼子は、ホログラム展開された改札ゲートを摘み出すと、ウイルス感染の仕組みと、大規模テロとなった経緯を説明する。
ホロ映像を使った説明が分かりやすかったのか、キメ顔アピールを未だに続けていた深月が、「はい」という返事と共に、高らかに右腕を上げた。
「仕組みは分かったんだけどぉ、基本、改札ゲートって通るの、乗客だけだよね? なら、どーして改札ゲートを通らない駅員にまで被害が出るわけ?」
テーブルに両手を付き、身を乗り出す、深月。
「感染経路は改札ゲートに限らない…」
愛華の呟きに、反応した深月。「うんうん」と頷きを声にして、続きを急かした。
その勢いに圧倒されながらも、愛華は続きを推理する。
「そもそも、改札ゲートの通信システムにハックできる相手です。改札ゲートだけにウイルスを仕込んだと考えるほうが無理があるんじゃないでしょうか?
改札ゲートの大元である管制システムを掌握すれば、構内全ての通信をコントロールできるはず…。そうなれば、構内いずれかのシステムを入口として、個々人のOpen Scaleなんて簡単にハッキングできてしまいます」
推理の末に出た結論が、予想以上の脅威である事実に、愛華は目を剥く。
「なるほど〜。確かに、大元がやられちゃってるなら、被害規模こそ銀座が断トツだけど、各駅で同時多発してるってのも納得かも…」
アゴを指で摘み、うーんと項垂れる、深月。説明には納得しているが、何かが引っ掛かり、眉間にシワを寄せていた。
「ええ。それに、これだけの同時多発、被害者の症状から鑑みても、過去の事例から見ても、誰だって電車で毒ガスがばら撒かれたと誤認するわ」
遼子は付け加えるように言った。
「ここまで確信があって、今更なんだけど、ミツバチに採取させていた駅構内の大気成分結果が出てるわよ。
結論から言えば、毒ガスの検知はされなかったわ」
陽菜の報告に合わせて、テーブル上に事細かく分類された成分表がホロ展開される。これにより、毒ガスを使ったテロというデマは完全否定された。
化学兵器が使用されなかった事は、テロとしては不幸中の幸いだろう。四課メンバーは、安堵する。深月を除いては。
深月ただ1人だけが、何かの引っ掛かりにモヤモヤしていた。何度「うーん」と項垂れれば気は晴れるのか。深月曰く、喉の方まで出掛けているらしい。
「結局、このテロの本質って何なんでしょう…」
愛華が漏らす疑問を遮るように、「それだ!!!!」と大声を上げる、深月。
溜まりに溜まった火山が噴火するかのように、モヤモヤを一気に開放させた深月は、電脳ワールドだけでなく、現実世界でも大声を上げていた。
大声の被害を直接受けた空と陽菜は、不愉快な耳鳴りに目眩さえ覚える。
「何? 急に大声上げて!」
耳を抑え、阿修羅の如く睨む、陽菜。普段の菩薩のような優しい表情は、大声と共に消し飛んでいた。
「ご、ごめん…。」
悪怯れながら、大人しく愛華の隣に座る、深月。
数秒の間を挟み、自身の疑問を口に出す。
「でも、ずっと変に思ってたんだ。事実と情報が違い過ぎる事に!
たしかに、毒ガスに似た症状を訴えて、病院に運ばれている人は多いけど、まだ死者は出てないはずだよね? なのに、どうしてテレビでは死者の数まで報道し始めてるの?」
深月はニュース映像を空間にホログラム展開する。現時点で死者8人。報道フロアーで速報を伝えるアナウンサーの背後では、局員が慌しく動いていた。
「このままじゃ、テレビでしか情報を得られない国民はパニックになっちゃうよ」
「いえ、もうパニック状態よ。それも国民ではなく、国家機関がね。
本来、有事の情報伝達は、国家及び政府からマスコミ、国民へというのが正当よ。でも、現状は全くの逆。どういう訳だか、マスコミによって流れた情報を"正"として、各組織が"動かされてしまっている"。情報コントロールすらまともにできていない、この事態は異常よ」
この異常事態に、国家存亡の危機感さえ覚える、遼子。
そして遼子は、遠くから見ていた、ブリーフィングを思い出す。公安、軍、消防の3組織が揃いも揃って、原因の特定もできずに錯綜する情報に翻弄されていた状況下。遼子の目に映っていたのは、各指揮官の焦りだった。
「たしかに。今、軍や消防の現場指揮を執っているのは、各隊のお偉方だ。公安で言うところの、梓や陽菜レベルのな。その高官が率いてこのザマじゃあ、今度こそ暴動が起きればこの国はお終いだな」
雫は、呆れ返るように嘲笑うと、すぐさま真剣な眼差しに戻し続けた。
「だが、1つ解せないのは、他組織がいくら無能の集まりだとしてもだ。ここまで偽情報に翻弄されっぱなしなんて事あるのか?」
「或いは、この事態を国家が敢えて黙殺しているとかね」
確信を突く言い方をする、梓。その目には瞳光が走る。
「馬鹿な!? 何のために?」
突飛な見解に驚く、雫。
「新宮那岐…か…」
空は、口の前で手を組み、顔を動かすことなく視線だけを梓に向けた。
雫は、ハッとした表情で口を開いた。
「なるほど。裏で糸を引いているのが"新宮那岐"なら、国内がめちゃくちゃになろうとも国家は静観するってか」
歯軋りの音が、その空間をさらに重くした。
「しかし、新宮那岐にこれ程までのサイバーテロを起こせるでしょうか?
たしかに、彼は脅威そのものです。ですが、これまでの事件、彼は他者の狂気に付け入り、煽動する事で犯罪を演出してきた…。もちろん、彼自身が人とAIのハイブリッドである以上、今回のようなサイバー攻撃だって出来ないと否定はできませんが、だったら何故、前回の暴動ではハッカーと組んだんでしょう?」
愛華は、今回のサイバーテロに、今まで新宮那岐が起こしてきたテロや事件のような、"意味"を見出だせずにいた。それゆえに、未だに目的の片鱗すら見えていないという恐怖が、愛華の心を縛り付けていた。
「スマイルマン…」
陽菜は呟く。
「juːˈtoʊpiəの一件で、随分とお世話になった奴ね。たしかに新宮と繋がっていても可怪しくは無いわ。juːˈtoʊpiəの件も新宮が創造し、スマイルマンが実行していたなら、苦戦を強いられたのにも納得がいくわ。もし、今回もそうなら、愛華の言った疑問点も解消するわね。
そういえば、遼子が出してくれた報告書、あれには違和感について書いていたわよね」
思い出したかのように遼子へと尋ねる、梓。
「うん。そもそもあの事件、終始違和感だらけだった。試されているような、そんな感じ。それに、追い詰めた時、スマイルマンは『"あの人"の言う通り』って言っていたわ」
スマイルマンが発した、"あの人"という言葉は、遼子の脳裏に強く刻まれていた。あれ程までのハッカーに、誰が後ろ盾するのか、と。しかし、その後ろ盾が新宮那岐であれば疑問では無くなる。他人の狂気に付け入り、犯罪心理を掻き立てる新宮那岐の手法。それにスマイルマンも影響されたのであれば、突如として現れたという事にも説明が付く。
新宮那岐=黒幕は、まだ確定に足る証拠すら無い状況だが、"逃亡していた"事実も明るみに出た現在、有力な可能性となった。
「これが新宮那岐の計画したテロなら、情報を使った印象操作、いえ、プロパガンダよ」
新宮那岐の掌で転がされていると思うだけで、生理的な拒絶反応から深い溜め息が止まらない、梓。
「あぁ。だが、もし俺が新宮なら、こんな悪戯で終わるはずがない。パニックの裏で必ず本命を仕掛けてくるはず…」
前屈みに座る腰を折り、考え込むように俯く、空。
空は、サイバーテロの本質を見落としている気がしていた。四課ですら、何かの情報に踊らされているような。
「俺が新宮だったら……」
新宮那岐のこれまでの言動が、情報の欠片として頭を駆け巡る。
まるで、無数に散らばったジグソーパズルのピースを手に取っては組み合わせるような、途方も無い、然して確実に形造られていく、そんな感覚。そして、ある時俯瞰して見る事で、違った形が姿を現す。
空は、ハッとする。
「そうか。やられたッ…。」
その呟きに、全員の視線を集めた。そして、梓は促すように「空…。」と名前を呼んだ。
「俺達は、新宮を完全に見誤っていた。少なくとも、新宮那岐に対する国家の考えを知ってからは、余計な固定概念に囚われていた。
だが、新宮は人間だ。そして、限りなくプレイヤー思考だって事を、俺達は忘れていた…」
空は、ゆっくりと顔を上げる。そして、固定概念に囚われ、盲目になっていた自分を恥じるかのように、深い溜め息を吐いた。
「愛華ちゃんの言った通り、新宮はこれまで、他者の狂気に付け入り、煽動する事で犯罪を演出してきた…。と思っていた。
でも、それは結果に過ぎなかったんだ。本質は真逆、新宮自身が犯罪を実行する過程で、結果的に周囲の者に影響を及ぼし、刺激された狂気が犯罪を成立させていた。
新宮那岐は、誰よりも真摯に犯罪を計画し、誰よりも正確に実行する。それは、一種の魅力と言っても良いだろう。
新宮に協力していたハッカーやJOKER、ペストマスクの男のような生まれながらの犯罪者は、新宮に魅了され、今度は自らが犯罪を惹起する存在へと昇華した。
宗教団体に潜入していた渡辺香慧や一課のやっさんのように、信念を揺るがされた者は、潜れていた狂気が脆くなった信念を喰い潰し、気づいた時には次の犯罪の担い手となっていた。
虫すら殺せない一般人は、新宮の狂気に曝される事で、犯罪衝動に傾倒し、理性の枷が外れた。そして、それは伝染病のように伝播して、2年前の暴動は起こった」
空の推測に、寂しそうな表情を向ける梓。そして、梓は口を開いた。
「空の推測はたぶん正しい。あの暴動、私は都庁で新宮那岐と殺し合いをしたわ。そこで、新宮が放つ言葉一つ一つに呑み込まれかけたのも事実よ。そして、空。あなたと近いものを感じたの」
梓の言葉に驚く、空。
「私達は今回のテロ、そして新宮那岐に関して検討違いな捜査をするところだった。でも、さっきのあなたの一言で、ここにいる全員がその認識を変えた。いえ、変えさせられたと言っても良いわ」
梓の寂しそうな顔は、空と新宮那岐の本質が同じという事に気付いた、憂い顔だった。元から持ち合わせていた素質なのか、刑事として行動する過程で発揮していったものなのか、実際には分からない。しかし、刑事でなければ、表に出る本質では無かった事は明白だった。そして、空を刑事に誘ったのは梓だ。これは変えようのない事実だ。もし、刑事に誘わなければ、普通の生活の中で狂気とは無関係に過ごせたのでは無いかと、梓は後悔していた。
そんな梓の様子に気付き、空は言葉をかける。
「梓姉。自分のせいだって思ってるならお門違いだよ。たしかに、俺と新宮は似ているかもしれない。でも、明確に違う事もある。俺は刑事で、新宮は犯罪者だ。似てるっていうなら、その共通点をとことん利用して、新宮を追い詰めるだけだよ」
空は笑ってみせた。その言葉に心を打たれ、目頭に涙が貯まるのを感じる、梓。長年共にしている遼子、陽菜、深月や、武術の師である雫だけなら涙を流していただろう。しかし、愛華もいる中で、弱さは見せられないと、梓は両頬を強く叩く。
「そうね。必ず私達で追い詰めましょう」
梓の言葉に、いつもの強さが戻った。
「空の推測をベースに、今回のテロも新宮那岐による犯罪の結果なのだとしたら、スマイルマン以外に、このテロを毒ガステロに見せかけている奴がいるはず」
梓は、改めて新宮那岐による犯罪という条件の下、捜査を立て直し始める。
「でも、他に怪しい人物って…」
愛華の呟きに、遼子が答える。
「被害者ね。私達はまだそこに視点を当てていない」
「陽菜、鉄道会社と消防庁のサーバーに割込んで、鉄道利用者と被害者を全員割出して」
梓の指示よりも早く、陽菜の指はホロキーボードを叩いていた。
「もうやってる…。出たよ。テロ発生時に銀座駅を利用している乗客の中で、救急搬送の情報が無い人物」
該当人物の情報を空間上にホログラムで展開した、陽菜。
その人物の情報には、メンバーの記憶にも深く残っている、ある団体の名が記されていた。
*¹ Open Scale:拡張現実、すなわちARを実現する装着型の機器。耳掛け型、イヤホン型、首掛け型など、形は様々。特殊な電気信号を用いて、装着者の脳と視神経へと信号を送り、装着時であれば、現実空間に様々なデジタルコンテンツを視認する事ができる。
*² 集団ヒステリー:一定の集団内で多数の人に痙攣、失神、歩行障害、呼吸困難などの身体症状または興奮、恍惚状態などの精神症状が伝播すること。