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公安四課  作者: やん
38/52

FILE.37 パレイドリアに霞む混沌

2時間前───。

中央区278-首都アンダーライン・銀座駅。


()もなく、首都アンダーライン外回り、新東京ステーション行きが到着致します。黄色い線の内側でお待ち下さい。』


アナウンスが(ひび)地下構内(ちかこうない)。休日という事もあってか、ホームにはそれなりの人数が電車を待っていた。


「あれ?」

電車を待つ乗客の1人は、急な異変に目を(こす)る。まるで度の合わない眼鏡(めがね)()けたかのように、一瞬にして視界がボヤケたのだ。暇潰(ひまつぶ)しでゲームをしていたからだろうか? 乗客の男は何度も目を(こす)った。


しかし、改善するどころか、視界の半分は真っ暗(やみ)に包まれ、直後に感じた嘔吐(えず)きから四つん()いになってしまう。


「だ、だれか…」

必死に(しぼ)った声で助けを求めても、(だれ)も気付いてくれない。なけなしの力で周りを見た時、助けてもらえない理由を男は理解する。

限られた視界に(うつ)ったのは、地獄と呼ぶに相応(ふさわ)しい光景だったのだ。


男は、その場で意識を失った…。



───現在。

中央区278-銀座中央通り。


(まち)の中心を(つらぬ)く、両側8車線の幹線道路(かんせんどうろ)歩行者天国(ほこうしゃてんごく)となる休日。この日も、左右にファッションビルや商業施設(しょうぎょうしせつ)()(なら)ぶ関係で、街全体がショッピングモールのように、人の往来(おうらい)(にぎ)わいを見せる…そのはずだった。


数時間前まで()っていた大雨で、(いま)だに道路が()れているにもかかわらず、毛布に(くる)まり座り込む人々。中には倒れている人までいる。道路の両脇(りょうわき)には、縦列駐車(じゅうれつちゅうしゃ)した救急車両が何台も停車しており、ただならぬ事態の様相(ようそう)(てい)していた。


(ひど)有様(ありさま)ね。国民は、再びテロの脅威(きょうい)(おび)えて()ごす事になるのね」

遼子(りょうこ)は、周囲を見渡す。


「はい。この光景、2年前と同じです」

愛華は、国民の攻撃感情(こうげきかんじょう)が再び(あお)られ、暴動へと発展する事態を危惧(きぐ)していた。


「それにしても、(みょう)だ…」

(しずく)は、何かの違和感(いわかん)を覚え、次々(つぎつぎ)と負傷者が出てくる、地下鉄入口の方へと歩み出す。


地下への入口は、防護服(ぼうごふく)()た国防軍の2人によって(ふさ)がれ、その手前25mには"接近禁止"と書かれたホログラムテープが()られていた。

そんな事などお(かま)い無しに、素通りする、雫。当然、()めに動く軍人は、雫の腕を(つか)もうとしたが、気付けば天を見ていた。何が起こったのか理解もできず、彼ら2人にできる事は、()()く雫の後ろ姿を目で追うことだけだった。


一方(いっぽう)の雫は、地下入り口で足を止める。口に(うす)ピンクのハンカチを当ててはいるが、毒ガスの種類も分からない中、危険だ。

それに気付いた愛華は、咄嗟(とっさ)に声を掛けた。

「ダメです。雫さん! 」


しかし、雫は愛華の声に耳を(かたむ)ける事は無く、無防備(むぼうび)にも当てていたハンカチを口から外し、(のぞ)き込む。


正気を(うたが)う行動を()の当たりにした愛華は、()け寄り、雫の(うで)を引くが、同時に愛華もその状況に違和感(いわかん)を覚えた。


「やっぱりな」

何かを確信したように(つぶや)くと、深呼吸をする、雫。


「なるほど。そういう事…」

(うしろ)から歩いて来た遼子は、雫と顔を見合わせ、何かを確信したように(うなづ)いた。そんな2人の様子に、ようやく愛華も気付く。


「その様子だと3人とも気付いたようね」

その声に、遼子、雫、愛華の3人は振り向く。(あずさ)だった。


梓は、先着(せんちゃく)していた第二課、第五課に加え、救命指揮(きゅうめいしき)()ってた消防庁(しょうぼうちょう)司令監(しれいかん)国防省(こくぼうしょう)陸軍少将(りくぐんしょうしょう)(まじ)えたブリーフィングに参加していた。


同じ公安庁内でも、色眼鏡(いろめがね)で見られる第四課。省庁間(しょうちょうかん)垣根(かきね)(あつ)他組織(たそしき)ともなれば、(けむ)たがれるのは当然だ。相当(そうとう)()()の言われたに(ちが)いない。

取分け、国防省は第四課の存在を面白く思っていない事だろう。何故(なぜ)なら、"国防省襲撃多発こくぼうしょうしゅうげきたはつテロ"において、軍への強権発動(きょうけんはつどう)と共に、クーデター容疑(ようぎ)軍高官(ぐんこうかん)逮捕(たいほ)執行(しっこう)しているからだ。


そういった(わだかま)りや縦割(たてわ)思想(しそう)を何より(きら)う梓にとって、ブリーフィングはストレスだっただろう。疲れの色が表情に出ていた。


「お疲れ。梓。と言う事は、やっぱり毒ガスっていうのはブラフなんだね」

遼子の確かめるような()いに、梓は小さく(うなづ)いた。


「まぁ、あの様子だと、私達(あたしら)以外で"その事"に気づいてる奴はいないだろうけどな」

雫は、立てた親指で後方(こうほう)()す。()した先には、今尚(いまなお)、状況が分からず混乱した指揮官達(しきかんたち)の姿があった。


「彼らには教えてあげなかったんですか?」

愛華の()()けに、梓は無言で首を振る。


「無駄だよ。プライドの(かたまり)のような連中に、事実を話した所で(けむ)たがられるだけさ。あいつらは、お門違(かどちが)いの対応に躍起(やっき)になってればいいのさ。そうだろ。梓」

雫の言うように、ブリーフィングと銘打(めいう)ってはいるが、各省庁の思惑(おもわく)交差(こうさ)するあの場で、"協力"(など)という綺麗事(きれいごと)は0に等しい。それを分かっていて、梓は情報共有では無く、情報収集をしたのだ。


そんなやり取りを他所(よそ)に、遼子はデバイスで何かの操作(そうさ)していた。指を止めたと同時に、その場にいる4人の意識に分離(ぶんり)が起き、目を開けるとお馴染みの空間内に全員が集まっていた───。



───四課電脳ワールド «APIS(あぴす) 2091(ニーゼロキューイチ) / 0524(ゼロゴーニーヨン)回線»。


深月(みづき)は、両手を前にスクワットのような着地体制を取っていた。遼子による事前連絡のおかげか、心構(こころがま)えをしていたらしい。キメ顔を向け、アピールする深月を、誰一人(だれひとり)相手にする事なく議題が始まった。


「───"呼ばれた"という事は、やっぱり毒ガスはブラフか…」

開口一番(かいこういちばん)に状況を言い当てる、空。


「ええ。その通り。今回のテロは、毒ガスじゃなくて、集団心理。Open(オープン) Scale(スケール)*¹へのウイルス感染が原因で発生した集団ヒステリー*²よ」

遼子は結論付けると、指でテーブルの(はじ)を2度(つつ)いた。すると、事件現場となった銀座の(まち)がリアルタイムでホログラム展開される。


「なるほど…。それなら感染経路(かんせんけいろ)は、改札ゲートね」

陽菜が、テーブル上に展開された街のホログラムを人差し指と親指の2本でピンチアウトすると、一気に構内の改札ゲートにズームインした。そして、改札ゲートを指差(ゆびさ)し、原因を指摘した。


流石(さすが)陽菜(ひな)ね。正解よ。

改札ゲートは、通過した人が身に()けているデバイスと相互通信(そうごつうしん)する事で、入退場(きゅうたいじょう)を記録し、料金を確定させる仕組みよ。つまり、(とお)るだけで自動的にオンラインが確立されるわ。

今回はその過程(かてい)逆手(さかて)に、ウイルスが仕掛(しか)けられた。デバイスに感染したウイルスは、Open(オープン) Scale(スケール)のアプリプログラムを書き換え、光点滅(ひかりてんめつ)を使って擬似情報(ぎじじょうほう)を脳へと送信した。

脳が受取(うけと)る全情報の87%は、視覚からと言われているわ。(ただ)でさえ膨大(ぼうだい)な情報量を受信する脳に、キャパオーバーの情報量を送り続けると、当然(とうぜん)、脳は(さば)き切れず、パンクする。その結果、強烈な目眩(めまい)や視力低下、吐気(はきけ)といった、神経ガス特有の中毒症状と類似(るいじ)した状況に(おちい)る。

そして、Open(オープン) Scale(スケール)の普及率は93%。今や第三の目と言っても過言(かごん)ではないくらい、生活に必要な身体(からだ)の一部となったわ。

流石(さすが)に、報道されているような死者の発生は()り得ないけど、便利なテクノロジーに頼りきった現代社会の盲点(もうてん)()いた、新しいテロよ」

遼子は、ホログラム展開された改札ゲートを(つま)み出すと、ウイルス感染の仕組みと、大規模テロとなった経緯(けいい)を説明する。

ホロ映像を使った説明が分かりやすかったのか、キメ顔アピールを(いま)だに続けていた深月が、「はい」という返事と共に、高らかに右腕(みぎうで)を上げた。


「仕組みは分かったんだけどぉ、基本、改札ゲートって(とお)るの、乗客だけだよね? なら、どーして改札ゲートを通らない駅員にまで被害が出るわけ?」

テーブルに両手を付き、身を乗り出す、深月。


「感染経路は改札ゲートに(かぎ)らない…」

愛華の(つぶや)きに、反応した深月。「うんうん」と(うなず)きを声にして、続きを()かした。


その勢いに圧倒されながらも、愛華は続きを推理(すいり)する。


「そもそも、改札ゲートの通信システムにハックできる相手です。改札ゲートだけにウイルスを仕込んだと考えるほうが無理があるんじゃないでしょうか?

改札ゲートの大元(おおもと)である管制(かんせい)システムを掌握(しょうあく)すれば、構内全ての通信をコントロールできるはず…。そうなれば、構内いずれかのシステムを入口として、個々人(ここじん)Open(オープン) Scale(スケール)なんて簡単にハッキングできてしまいます」

推理(すいり)の末に出た結論が、予想以上の脅威(きょうい)である事実に、愛華は目を()く。


「なるほど〜。確かに、大元がやられちゃってるなら、被害規模(ひがいきぼ)こそ銀座が断トツだけど、各駅で同時多発(どうじたはつ)してるってのも納得かも…」

アゴを指で(つま)み、うーんと項垂(うなだ)れる、深月。説明には納得しているが、何かが引っ掛かり、眉間(みけん)にシワを寄せていた。


「ええ。それに、これだけの同時多発(どうじたはつ)、被害者の症状から(かんが)みても、過去の事例から見ても、(だれ)だって電車で毒ガスがばら()かれたと誤認(ごにん)するわ」

遼子は付け加えるように言った。


「ここまで確信があって、今更(いまさら)なんだけど、ミツバチに採取(さいしゅ)させていた駅構内(えきこうない)の大気成分結果が出てるわよ。

結論から言えば、毒ガスの検知はされなかったわ」

陽菜の報告に合わせて、テーブル上に事細(ことこま)かく分類された成分表がホロ展開される。これにより、毒ガスを使ったテロというデマは完全否定された。


化学兵器が使用されなかった事は、テロとしては不幸中の幸いだろう。四課メンバーは、安堵(あんど)する。深月を除いては。

深月ただ1人だけが、何かの引っ掛かりにモヤモヤしていた。何度「うーん」と項垂(うなだ)れれば気は晴れるのか。深月(いわ)く、(のど)の方まで出掛(てか)けているらしい。


「結局、このテロの本質って何なんでしょう…」

愛華が()らす疑問(ぎもん)(さえぎ)るように、「それだ!!!!」と大声を上げる、深月。


溜まりに溜まった火山が噴火(ふんか)するかのように、モヤモヤを一気に開放させた深月は、電脳ワールドだけでなく、現実世界でも大声を上げていた。

大声の被害を直接受けた空と陽菜は、不愉快(ふゆかい)耳鳴(みみな)りに目眩(めまい)さえ覚える。


「何? 急に大声上げて!」

耳を(おさ)え、阿修羅(あしゅら)(ごと)(にら)む、陽菜。普段の菩薩(ぼさつ)のような優しい表情は、大声と共に消し飛んでいた。


「ご、ごめん…。」

悪怯(わるび)れながら、大人(おとな)しく愛華の(となり)に座る、深月。

数秒の()(はさ)み、自身の疑問を口に出す。

「でも、ずっと変に思ってたんだ。事実と情報が違い()ぎる事に!

たしかに、毒ガスに似た症状を(うった)えて、病院に運ばれている人は多いけど、まだ死者は出てないはずだよね? なのに、どうしてテレビでは死者の(かず)まで報道し始めてるの?」


深月はニュース映像を空間にホログラム展開する。現時点で死者8人。報道フロアーで速報を伝えるアナウンサーの背後(はいご)では、局員が(あわただ)しく動いていた。


「このままじゃ、テレビでしか情報を()られない国民はパニックになっちゃうよ」


「いえ、もうパニック状態よ。それも国民ではなく、国家機関がね。

本来、有事(ゆうじ)の情報伝達は、国家及び政府からマスコミ、国民へというのが正当(せいとう)よ。でも、現状は全くの逆。どういう訳だか、マスコミによって流れた情報を"(せい)"として、各組織が"動かされてしまっている"。情報コントロールすらまともにできていない、この事態は異常よ」

この異常事態に、国家存亡(こっかそんぼう)の危機感さえ(おぼ)える、遼子。


そして遼子は、遠くから見ていた、ブリーフィングを思い出す。公安、軍、消防の3組織が(そろ)いも(そろ)って、原因の特定もできずに錯綜(さくそう)する情報に翻弄(ほんろう)されていた状況下。遼子の目に(うつ)っていたのは、各指揮官(かくしきかん)(あせ)りだった。


「たしかに。今、軍や消防の現場指揮(げんばしき)()っているのは、各隊のお(えら)(がた)だ。公安(うち)で言うところの、梓や陽菜レベルのな。その高官(こうかん)(ひき)いてこのザマじゃあ、今度こそ暴動が起きればこの国はお終いだな」

雫は、(あき)れ返るように嘲笑(あざわ)うと、すぐさま真剣な眼差(まなざ)しに戻し続けた。

「だが、1つ()せないのは、他組織がいくら無能の集まりだとしてもだ。ここまで偽情報(にせじょうほう)翻弄(ほんろう)されっぱなしなんて事あるのか?」


(ある)いは、この事態を国家が()えて黙殺(もくさつ)しているとかね」

確信を()く言い方をする、梓。その目には瞳光(どうこう)が走る。


馬鹿(ばか)な!? 何のために?」

突飛(とっぴ)見解(けんかい)(おどろ)く、雫。


新宮那岐(しんぐうなぎ)…か…」

空は、口の前で手を組み、顔を動かすことなく視線だけを梓に向けた。


雫は、ハッとした表情で口を開いた。

「なるほど。(うら)で糸を引いているのが"新宮那岐(ヤツ)"なら、国内がめちゃくちゃになろうとも国家は静観(せいかん)するってか」

歯軋(はぎし)りの音が、その空間をさらに重くした。


「しかし、新宮那岐(しんぐうなぎ)にこれ程までのサイバーテロを起こせるでしょうか?

たしかに、彼は脅威(きょうい)そのものです。ですが、これまでの事件、彼は他者の狂気に付け入り、煽動(せんどう)する事で犯罪を演出してきた…。もちろん、彼自身が人とAIのハイブリッドである以上、今回のようなサイバー攻撃だって出来(でき)ないと否定はできませんが、だったら何故(なぜ)、前回の暴動ではハッカーと組んだんでしょう?」

愛華は、今回のサイバーテロに、今まで新宮那岐(しんぐうなぎ)が起こしてきたテロや事件のような、"意味"を見出だせずにいた。それゆえに、(いま)だに目的の片鱗(へんりん)すら見えていないという恐怖が、愛華の心を(しば)り付けていた。


「スマイルマン…」

陽菜は(つぶや)く。


juːˈtoʊpiə(ユートピア)の一件で、随分(ずいぶん)とお世話になった奴ね。たしかに新宮(しんぐう)(つな)がっていても可怪(おか)しくは無いわ。juːˈtoʊpiə(ユートピア)の件も新宮(しんぐう)創造(そうぞう)し、スマイルマンが実行していたなら、苦戦を()いられたのにも納得がいくわ。もし、今回もそうなら、愛華の言った疑問点も解消(かいしょう)するわね。

そういえば、遼子が出してくれた報告書、あれには違和感について書いていたわよね」

思い出したかのように遼子へと(たず)ねる、梓。


「うん。そもそもあの事件、終始(しゅうし)違和感(いわかん)だらけだった。試されているような、そんな感じ。それに、追い詰めた時、スマイルマンは『"あの人"の言う通り』って言っていたわ」

スマイルマンが発した、"あの人"という言葉は、遼子の脳裏(のうり)に強く刻まれていた。あれ程までのハッカーに、誰が後ろ盾するのか、と。しかし、その後ろ盾が新宮那岐(しんぐうなぎ)であれば疑問では無くなる。他人の狂気に付け入り、犯罪心理を()き立てる新宮那岐(しんぐうなぎ)の手法。それにスマイルマンも影響されたのであれば、突如(とつじょ)として現れたという事にも説明が付く。


新宮那岐(しんぐうなぎ)黒幕(くろまく)は、まだ確定に足る証拠すら無い状況だが、"逃亡していた"事実も明るみに出た現在、有力な可能性となった。


「これが新宮那岐(しんぐうなぎ)の計画したテロなら、情報を使った印象操作、いえ、プロパガンダよ」

新宮那岐(しんぐうなぎ)(てのひら)で転がされていると思うだけで、生理的(せいりてき)拒絶反応(きょぜつはんのう)から深い()(いき)が止まらない、梓。


「あぁ。だが、もし俺が新宮(ヤツ)なら、こんな悪戯(いたずら)で終わるはずがない。パニックの裏で必ず本命を仕掛(しか)けてくるはず…」

前屈(まえかが)みに座る(こし)を折り、考え込むように(うつむ)く、空。


空は、サイバーテロの本質を見落としている気がしていた。四課ですら、何かの情報に(おど)らされているような。


「俺が新宮(ヤツ)だったら……」

新宮那岐(しんぐうなぎ)のこれまでの言動が、情報の欠片(カケラ)として頭を()(めぐ)る。

まるで、無数に()らばったジグソーパズルのピースを手に取っては組み合わせるような、途方(とほう)も無い、(しか)して確実に形造(かたちづく)られていく、そんな感覚。そして、ある時俯瞰(ふかん)して見る事で、違った形が姿を現す。


空は、ハッとする。

「そうか。やられたッ…。」


その(つぶや)きに、全員の視線を集めた。そして、梓は促すように「空…。」と名前を呼んだ。


「俺達は、新宮(ヤツ)を完全に見誤(みあやま)っていた。少なくとも、新宮那岐(しんぐうなぎ)に対する国家の考えを知ってからは、余計な固定概念(こていがいねん)(とら)われていた。

だが、新宮(ヤツ)は人間だ。そして、限りなくプレイヤー思考だって事を、俺達は忘れていた…」

空は、ゆっくりと顔を上げる。そして、固定概念に囚われ、盲目(もうもく)になっていた自分を()じるかのように、深い()め息を()いた。


「愛華ちゃんの言った通り、新宮(ヤツ)はこれまで、他者の狂気に付け入り、煽動(せんどう)する事で犯罪を演出してきた…。と思っていた。

でも、それは結果に過ぎなかったんだ。本質は真逆、新宮(ヤツ)自身が犯罪を実行する過程(かてい)で、結果的に周囲の者に影響を及ぼし、刺激された狂気が犯罪を成立させていた。

新宮那岐(ヤツ)は、誰よりも真摯(しんし)に犯罪を計画し、誰よりも正確に実行する。それは、一種の魅力(みりょく)と言っても良いだろう。

新宮(ヤツ)に協力していたハッカーやJOKER、ペストマスクの男のような生まれながらの犯罪者は、新宮(ヤツ)魅了(みりょう)され、今度は(みずか)らが犯罪を惹起(じゃっき)する存在へと昇華(しょうか)した。

宗教団体に潜入していた渡辺香慧(わたなべ よしえ)や一課のやっさんのように、信念を揺るがされた者は、(かく)れていた狂気が(もろ)くなった信念を()(つぶ)し、気づいた時には次の犯罪の(にな)い手となっていた。

虫すら殺せない一般人は、新宮(ヤツ)の狂気に(さら)される事で、犯罪衝動(はんざいしょうどう)傾倒(けいとう)し、理性の(かせ)(はず)れた。そして、それは伝染病のように伝播(でんぱ)して、2年前の暴動は起こった」


空の推測に、寂しそうな表情を向ける梓。そして、梓は口を開いた。

「空の推測はたぶん正しい。あの暴動、私は都庁で新宮那岐(しんぐうなぎ)と殺し合いをしたわ。そこで、新宮()が放つ言葉一つ一つに()み込まれかけたのも事実よ。そして、空。あなたと近いものを感じたの」

梓の言葉に驚く、空。


「私達は今回のテロ、そして新宮那岐(しんぐうなぎ)に関して検討違いな捜査をするところだった。でも、さっきのあなたの一言で、ここにいる全員がその認識を変えた。いえ、変えさせられたと言っても良いわ」

梓の寂しそうな顔は、空と新宮那岐(しんぐうなぎ)の本質が同じという事に気付いた、(うれ)い顔だった。元から持ち合わせていた素質なのか、刑事として行動する過程で発揮していったものなのか、実際には分からない。しかし、刑事でなければ、表に出る本質では無かった事は明白だった。そして、空を刑事に誘ったのは梓だ。これは変えようのない事実だ。もし、刑事に誘わなければ、普通の生活の中で狂気とは無関係に過ごせたのでは無いかと、梓は後悔していた。


そんな梓の様子に気付き、空は言葉をかける。

梓姉(あずねぇ)。自分のせいだって思ってるならお門違いだよ。たしかに、俺と新宮(ヤツ)は似ているかもしれない。でも、明確に違う事もある。俺は刑事(デカ)で、新宮(ヤツ)犯罪者(テロリスト)だ。似てるっていうなら、その共通点をとことん利用して、新宮(ヤツ)を追い詰めるだけだよ」

空は笑ってみせた。その言葉に心を打たれ、目頭に涙が貯まるのを感じる、梓。長年共にしている遼子、陽菜、深月や、武術の師である雫だけなら涙を流していただろう。しかし、愛華もいる中で、弱さは見せられないと、梓は両頬(りょうほほ)を強く叩く。


「そうね。必ず私達で追い詰めましょう」

梓の言葉に、いつもの強さが戻った。


「空の推測をベースに、今回のテロも新宮那岐(しんぐうなぎ)による犯罪の結果なのだとしたら、スマイルマン以外に、このテロを毒ガステロに見せかけている奴がいるはず」

梓は、改めて新宮那岐(しんぐうなぎ)による犯罪という条件の(もと)、捜査を立て直し始める。


「でも、他に(あや)しい人物って…」

愛華の(つぶや)きに、遼子が答える。

「被害者ね。私達はまだそこに視点を当てていない」


「陽菜、鉄道会社と消防庁のサーバーに割込んで、鉄道利用者と被害者を全員割出して」

梓の指示よりも早く、陽菜の指はホロキーボードを叩いていた。


「もうやってる…。出たよ。テロ発生時に銀座駅を利用している乗客の中で、救急搬送の情報が無い人物」

該当人物の情報を空間上にホログラムで展開した、陽菜。


その人物の情報には、メンバーの記憶にも深く残っている、ある団体の名が(しる)されていた。




*¹ Open Scale:拡張現実、すなわちARを実現する装着型の機器。耳掛け型、イヤホン型、首掛け型など、形は様々。特殊な電気信号を用いて、装着者の脳と視神経へと信号を送り、装着時であれば、現実空間に様々なデジタルコンテンツを視認する事ができる。


*² 集団ヒステリー:一定の集団内で多数の人に痙攣、失神、歩行障害、呼吸困難などの身体症状または興奮、恍惚状態などの精神症状が伝播すること。


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