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公安四課  作者: やん
37/52

FILE.36 答え合わせ

喪服(もふく)に身を(つつ)んだ参列者達が、曇天(どんてん)(もと)、左右に列を()す。

(かな)しみを(あま)さず吸い上げた真っ黒な雲が、その重みに()え切れなくなるのも時間の問題だった。


(りん)()らす僧侶(そうりょ)を先頭に、数人の男達が大きな箱を運び出す。箱は参列者達で作られた道を(とお)り、霊柩車(れいきゅうしゃ)へと入った。


「それでは、出棺(しゅっかん)(いた)します」

僧侶(そうりょ)()らす(りん)()曇天(どんてん)を刺激し、ついに驟雨(しゅうう)となって落ちてくる。


(かさ)()す親族とは対象的に、公安関係者達はずぶ濡れになりながら敬礼する。(にぎ)()めた(こぶし)から、雨粒(あまつぶ)絶間(たえま)なく(したたり)り落ちていた。



───同時刻。公安庁局長室。


「報告には目を(とお)したよ。立華(たちばな) 警視長(けいしちょう)は下がりたまえ」

天宮碧葵(あまみやみき)は、目の前の2人と視線を合わせる事無く、冷たく言い放つ。


「ですが、、、」

言葉を(さえぎ)るように、陽菜(ひな)(かた)に手を置くと、首を小さく横に振る、(あずさ)


数秒間、梓に心配そうな視線を向けるが、自分には何もできない事を(さと)り、視線を落とす、陽菜。そのまま、部屋を(あと)にした。


扉が閉まるのを確認し、口を開く、梓。

「どういう事ですか? まさか、この()(およ)んで"知らない"で通すつもりじゃないですよね?」


()めた目で詰問(きつもん)する梓に対し、天宮(あまみや)は目を合わせる事無く他人事(ひとごと)のように口を開いた。

「君達が報告に上げた、新宮那岐(しんぐうなぎ)の生存についてかね?」


「……。」

"白々(しらじら)しい" と出かけた言葉を()み込み、歯を食い(しば)る、梓。

神宮那岐(しんぐうなぎ)は、厚生大臣(こうせいだいじん)指揮下(しきか)特捜(とくそう)チームとやらが、『アメノヌボコ計画』の最重要検体さいじゅうようけんたいとして処分したんじゃないんですか? 局長、あなたが "二度と社会に出る事は無い" と言ったから四課(私達)は引いたんです。まさか、足元を(すく)われて(にが)した、なんて事はないですよね? 」

怒りを抑えようと(こぶし)に力が入る。


「口を(つつし)みたまえ。竹内梓(たけうちあずさ) 警視監(けいしかん)。言ったはずだ。公安庁は神宮那岐(しんぐうなぎ)に関する一切(いっさい)の捜査権を失ったと。君達も知っての通り、"神宮那岐(しんぐうなぎ)は社会から消えた"。それが無二(むに)の事実だ」

梓とは対象的に、感情の起伏(きふく)を見せない天宮(あまみや)は、相変わらず視線を合わせず淡々(たんたん)と言い放つ。


「では何故(なぜ)、消えたはずの神宮那岐(しんぐうなぎ)が、事件に関与しているんです?」

梓の確信を()く一言で、ようやく梓へと目を向ける、天宮(あまみや)


「それを調べるのが君達の仕事だろう? 」

天宮(あまみや)責任転嫁(せきにんてんか)にも等しい言葉が、梓の感情を逆撫(さかなで)する。


眉間(みけん)にシワを寄せながら、目を閉じ、静かに深呼吸をする、梓。怒りを何とか抑えつけ、口を開く。

「それでは、神宮那岐(しんぐうなぎ)を『国家特別指名手配こっかとくべつしめいてはい』に指定し、捜査(そうさ)します。当然、発見次第、即時執行(そくじしっこう)となりますが問題ありませんね?」


「"執行"というのは、エンフォーサーによる生体識別あってだ。識別スキャンの通用しない相手に対してはトリガーがロックされる。君達はそれを前回の暴動で学んでいると思っていたが?」

天宮(あまみや)の発言が、四課を案じたものでない事は明白(めいはく)だった。遠回しの牽制(けんせい)

だからこそ、新宮(しんぐう)殺害(さつがい)意志(いし)を、梓は明確に発言する。

「ええ。ですからエンフォーサーが使えないのであれば、他の手段で仕留(しと)めれば良いだけの話です」


「それは、法で許された領分(りょうぶん)を超えている。君達はテロリスト1人の為に、"殺人"を(おか)すと言うのかね? 」

天宮(あまみや)は目を細める。


「殺人を定義付(ていぎづ)けするのであれば、エンフォーサーでの執行も変わりません。アレも個々の判断で引金を引いている。その時点で、"殺人"に変わりない。そんな事、初めてエンフォーサーを手にした時から、自覚はできています。今さらですよ」

鼻で笑う、梓。


「ほう。君達四課の自覚は実に立派なものだ。しかし、勘違(かんちが)いをしているようだから"()えて"言葉にしておくが、神宮那岐(しんぐうなぎ)執行(しっこう)は認めない。彼は国家の計画が(もたら)した副産物(ふくさんぶつ)だ。一組織(いちそしき)や個人の意向(いこう)は許されないのだよ」

天宮(あまみや)は断言する。


それは、"神宮那岐(しんぐうなぎ)を処分するつもりが無い" という、国家の意思表示そのものであった。国家は、何らかの形で神宮(しんぐう)を利用するつもりなのだろう。それを本来であれば、前回の逮捕時(たいほじ)()し得るはずだった。しかし、新宮(しんぐう)は拒否し、逃亡した。

それでも(なお)、国家は新宮(しんぐう)(ほっ)し、存在に執着(しゅうちゃく)した。だからこそ、生存を認知した上で、暗躍(あんやく)黙認(もくにん)し、存在が浮上(ふじょう)した段階で"生きたまま確保"(など)という判断をしたのだ。


天宮(あまみや)は、国家の思惑(おもわく)を現実にする為、四課を(コマ)として選んだのだ。


梓は、国家の陰謀(いんぼう)に利用されている事実に(いきどお)り、不信感を覚える。


「つまり、"また"逮捕(たいほ)しろと?」


「それ以外の意味に聞こえたかね?」

天宮(あまみや)の見え()いた回答に、梓の怒りが臨界点(りんかいてん)を超える。

「ふざけないで! 何が逮捕(たいほ)よ。テロリストの処分すらまともに出来(でき)ないくせに」


天宮(あまみや)は、わざとらしく嫌味な溜息(ためいき)()く。


「君達、第四課が責務(せきむ)(まっと)うしないというのであれば、(いた)し方無い。四課の特課権限(とっかけんげん)剥奪(はくだつ)し、別動隊に移譲(いじょう)する(ほか)ない。そうなれば、君達を従来通(じゅうらいどお)りにさせておける保証はなくなる。班の再編も考慮しなくてはならないな。

さて、君は組織のリーダーとして重要な決断を(くだ)せるかな? 」

不敵(ふてき)な笑みを浮かべる、天宮(あまみや)


権限付与権(けんげんふよけん)は、公安庁トップである局長に(ゆだ)ねられている。梓に、特課(とっか)(こだわ)りは無くとも、四課として権限剥奪(けんげんはくだつ)による弊害(へいがい)は大きい。最悪、局長命令で、四課解体の可能性もあるのだ。誰よりも四課のメンバーを大切に(おも)う梓にとって、それだけは()けなければならない。


梓には、新宮(しんぐう)逮捕(たいほ)という国家都合(こっかつごう)の命令を飲み込むしかなかった。底無しの闇を前に、無力を感じる、梓。


()んだ、(くちびる)裏側(うらがわ)から血が(あふ)れ、口いっぱいに広がった。その味は吐気(はきけ)(もよお)す程、苦かった。



公安庁直轄病院 屋上。


入院服姿の井川空(いがわそら)は、街並みを(なが)めていた。

犯人死亡で(まく)を閉じた、女子学生(じょしがくせい)連続誘拐事件れんぞくゆうかいじけんから3日。(いま)だ連日のように、専門家やコメンテーターによる推測や考察が報道されるが、事実が報道される事は無かった。


(ひたい)に巻いた包帯は痛々(いたいた)しいが、それ以上に(いた)む心。記憶に焼き付く、安浦長八(やすうらちょうはち)最期(さいご)が、脳内で繰り返し再生される。


───回想。


ツーという切電音。時間にすればたったの数秒間。その一瞬(いっしゅん)に、空は"神宮那岐(しんぐうなぎ)と思わしき男"の言葉を思い返す。


「生きていた時……。」

無意識に(つぶや)く、空。その言葉の意味が引っかかる。1秒が何倍にも感じる濃密(のうみつ)刹那(せつな)で、ループされる(ごと)に形作られていく真意。まるでパズルのピースを組み立てるように、それは鮮明になっていく。


「ま、まさか!? しまッ!!!!」

振り返った瞬間、時は正常に動き出す。スタート音に相応(ふさわ)しい、爆音(ばくおん)と共に。


爆発は、周囲から中心に向かって起きている。逃げ場を無くし、確実に殺すよう計算されたものだ。


(すで)に、体育館の四方八方(しほうはっぽう)爆炎(ばくえん)包囲(ほうい)している。逃げ場の無い空は、死を覚悟する。自分の命を諦めた途端(とたん)に心に残ったのは、梓や仲間達の安否(あんぴ)だった。心配しようとも、爆炎(ばくえん)に飲み込まれれば、安否(あんぴ)を確認する方法など無いのだが。


「みんな悲しむ…かな…」

爆音(ばくおん)が耳元まで(せま)る。空は、静かに目を閉じた───。



「!?」

目を閉じた直後だった。左腕から身体(からだ)全体にかかる衝撃(しょうげき)。だが、これは爆発に巻き込まれたものでは無い。


目に映ったのは、安浦長八(やすうらちょうはち)の姿だった。


安浦(やすうら)は、両手で空の左腕を(つか)み、力強く振り回す。エンフォーサーで()ち抜かれた右手は、激痛(げきつう)でまともに力が入らないはずなのに、その痛みを()してまで、目一杯(めいっぱい)の力で振り投げたのだ。

その顔はまるで、『諦めるな。生きろ』と言っているような(きび)しい顔つきだった。


空の身体(からだ)(ちゅう)を浮く。手を安浦(やすうら)へ必死に伸ばすが、届かない。


安浦(やすうら)は、空の安全を確信したのか、笑顔を見せる。そして、最期(さいご)教示(きょうじ)()げ、爆炎(ばくえん)に姿を消す。


「国家を信用するな」


───現在。


以降、空に記憶は無い。(あと)から聞いた話だが、投げ飛ばされた身体(からだ)は、フロアーとコンクリート土間(どま)隙間(すきま)で発見された。


この体育館のフロアーは、組床式(くみゆかしき)という(つく)りで、コンクリート土間(どま)から伸びた幾多(いくた)もの支持脚(しじきゃく)に、大引(おおびき)根太(ねだ)格子状(こうしじょう)に設置し、その上にフロアーを()いた構造になっていた。


爆発によってフロアーが(えぐ)られ、()き出しになったコンクリート土間(どま)支持脚(しじきゃく)鉄鋼類(てっこうるい)も爆発によって破壊され、フロアーから見ると、ちょうど支持脚(しじきゃく)の高さ分、陥没(かんぼつ)したようになっていた。

また、体育館は高床式で、2階にアリーナのある構造だ。それもあってか、フロアーとコンクリート土間(どま)(あいだ)の高さは、通常の2倍以上だった。


そのおかげで、瓦礫(がれき)()もれはしたが、爆炎(ばくえん)からは(のが)れたのだ。(まった)くの幸運だった。


「やっさん…あんたは国家の何を知ったんだ」

溜息(ためいき)混じりに(つぶや)く、空。


「ここにいたんだ! 探したよ〜」

聞き覚えのある声に振り向く、空。声は深月(みつき)だった。(うし)ろから、遼子(りょうこ)陽菜(ひな)も入ってくる。


「病室にいないから心配したんだぞ」

両肘(りょうひじ)を持つように腕を組む、遼子。奇跡的に目立った外傷(がいしょう)も無く済んだのだが、爆発に飲み込まれているのだ。1つ違えば死んでいたかもしれない。心配するのも無理は無い。


「ごめん。考え事していて」


神宮那岐(しんぐうなぎ)の事?」

陽菜は()い掛ける。


「それもあるけど…」

空の発言が(さえぎ)られるように、意識の"二分化(にぶんか)"が起こる。空を含めた4人は、その"感覚"を知っている。心が2つに裂かれたかのように、屋上での意識を(たも)ちながら、もう一方の意識が()まれる感覚。それは、水の上に仰向けで浮かんでいた身体(からだ)が、ゆっくりと水中へと引き込まれる感覚に近い。


目を開けると、そこには梓、(しずく)愛華(あいか)の姿があった───。



───四課電脳ワールド。


「びっくりしたー!!! 急に呼ぶのは心臓(しんぞう)に悪いって!!!」

深月はブーブーと不満を()れる。


「ごめん。でも、(こと)(こと)だったから緊急で招集(しょうしゅう)したの」

ソファーに座り、足と腕を組む、梓。


「あれ、これってAPIS(あぴす)2091(ニーゼロキューイチ)/0524(ゼロゴーニーヨン)*¹……。」

陽菜は通信規格の違いに気付き、"緊急"と言った梓の言葉の意味を理解する。


「えぇ。使わせてもらっているわ」


「どういう事? ここは、いつもの電脳ワールドじゃないってこと?」

周りを見渡す、空。見た目ではいつもの電脳ワールドとの違いは気付けなかった。


「そう。ここは本庁も知らない、完全秘匿回線かんぜんひとくかいせんなの。知って"いた"のは、私と開発者の陽菜だけ。まぁ、使ったのも初めてだし。誰にも傍受(ぼうじゅ)されたくなかったから、みんなを呼んだの。まずは座って」

梓の手招(てまね)きで、空、遼子、深月もソファーに座る。


「あたしらにも知らせてなかった回線を使うんだ。内容は当然、神宮那岐(しんぐうなぎ)絡みの事なんだろうけど。梓、、、局長の所で何があった? 」

雫は目を細めて、梓を見る。


「事実から話すわね…。まず前提として、神宮那岐(しんぐうなぎ)は、この社会で自由の身となっている。そして───」

梓は、局長室での一切(いっさい)を話した───。



「そ、そんな…。国家は、神宮那岐(しんぐうなぎ)を処分するつもりが無いなんて……。あの時、私がちゃんと…」

口を(おさ)え、涙ぐむ愛華。

あの時、唯一(ゆいいつ)新宮(しんぐう)殺害(さつがい)できたのは、愛華だった。しかし、殺害(さつがい)しなかった事が、結果的に新宮(しんぐう)によるテロの脅威(きょうい)と、国家による陰謀(いんぼう)助長(じょちょう)していた事実に、悔悟(かいご)する、愛華。


「愛華のせいじゃない。全員が本質を見抜けなかったんだ。あの時は、あの判断と結果がベストだった。悪いと言うなら、私達全員の責任だよ」

遼子は、(ふる)える愛華の身体(からだ)を寄せる。


「そうか…。やっさんのあの言葉…」

空の(つぶや)きに全員が反応した。


「空、話して」

梓の求めに、空は小さく(うなず)くと、両膝(りょうひざ)両肘(ひょうひじ)を立て、組んだ手に(あご)を乗せた姿勢で話し始める。


「ずっと考えていたんだ。やっさんが最期(さいご)に言った、『国家を信用するな』という言葉。今の梓姉(あずねぇ)の話で、ようやく理解したよ。

国家は、社会秩序の根幹(こんかん)に関わる、非人道的(ひじんどうてき)または非倫理的(ひりんりてき)な"何か"を秘匿(ひとく)し、運用している。そして、唯一(ゆいいつ)神宮那岐(しんぐうなぎ)だけが、その正体を知っている」

空の推察(すいさつ)に、1人を除く一同(いちどう)が目を()く。

国家による国民への背信(はいしん)の可能性も突飛(とっぴ)だが、四課ですら知り得ない国家機密をテロリストが知っている可能性はさらに深刻だからだ。

そんな中、局長室でのやり取りをする中、最悪の状況を考えていた梓だけは、動じること無く、(あし)(うで)を組み座っていた。


「それが全て事実だとして、話を進めるにしても、神宮(しんぐう)は、いつ、どうやってソレを知り得た?」

溜息(ためいき)(あと)、雫は()う。


逮捕後(たいほご)よ」

誰とも視線を合わせることなく、一点を見つめる、梓。


「そう。推測(すいそく)だけど、神宮(やつ)には国家から(なん)らかの要求があったはずだ。四課(俺達)ですら知り得ない、国家機密(こっかきみつ)開示(かいじ)と引き換えに。それ程まで、国家はその存在を(ほっ)したんだろう。理由は、『アメノヌボコ計画』の副産物として生み出された神宮那岐(しんぐうなぎ)は、この社会のパーツと()()る存在だったから。

ただ、国家にとっての誤算(ごさん)は、神宮(やつ)の逃亡だ。国家とて馬鹿(バカ)じゃない。要求を(こば)まれた時の布石(ふせき)は打っていたはずだ。だけど、それすら出し抜いた神宮那岐(しんぐうなぎ)に、ますます執着(しゅうちゃく)した。だからこそ、逃亡後の暗躍(あんやく)黙認(もくにん)されたし、四課への命令は身の安全を保証する"逮捕(たいほ)"だった…。」

空が前置きした通り、証拠(しょうこ)の無い推測(すいそく)だが、その推測(すいそく)奇妙(きみょう)(ほど)辻褄(つじつま)が合っていた。


「つまり、私達(あたしら)は、国家の茶番(ちゃばん)に付き合わされてるって訳だ。これまでも、これからも…」

ソファーで胡座(あぐら)()く、深月。"茶番(ちゃばん)"という単語1つで、見事に四課が置かれている状況を端的(たんてき)に説明していた。


「それを、安浦(やすうら) 刑事(けいじ)も知ってしまったんですね…。だから…」

涙を(こら)えようと口を閉ざしていた愛華が、ゆっくりと口を開いた。目は薄っすら()れていた。


「そうだね…。どういう経緯(けいい)なのか、今となっては分からないけれど、やっさんは新宮(しんぐう)接触(せっしょく)した。そして、聞かされた真相は、30年以上、正義(せいぎ)(つらぬ)(とお)した刑事が、国家への信頼を失うのに十分過ぎるインパクトだったんだ」

空は、安浦(やすうら)への同情心(どうじょうしん)誤魔化(ごまか)すかのように、組んでいた手を(ほど)き、右手で(かみ)()き上げた。


「だから、『国家を信用するな』か…」

遼子が(つぶや)く。


「もちろん、ほとんどが推測(すいそく)(いき)を出ない以上、妄信(もうしん)すべきではないけれど、国家を信用し続けたまま動くのは危険だと思うんだ…」

確証が無い以上、飼主(かいぬし)である国家への猜疑心(さいぎしん)は、見方を変えれば国家背任(こっかはいにん)見做(みな)されてもおかしくはない。(みずか)らの発言がきっかけで、メンバーが不利になる状況だけは()けたいという思いから、言葉尻(ことばじり)が小さくなる、空。


その姿を見た、梓は口を開く。

「これより四課は、神宮那岐(しんぐうなぎ)執行(しっこう)(およ)び、国家機密(こっかきみつ)剔抉(てっけつ)に動く。当然、公安庁を始めとする、国家に反する行為よ。みんなに危険が(およ)ぶかもしれない…。だから、今ここで決めてほしい。私と一緒に動くか、()りるか。判断はみんな次第…」


水臭(みずくさ)いよ。梓。空。あたしら5人はずっと一緒にやってきたじゃない。どんな事があっても、この先ずっと一緒だ」

梓が言い終える前に割込んだ、遼子。その眼差(まなざ)しはブレる事の無い強さが映っていた。


「そうよ。私にとって、みんなといるココが居場所なの。今さら仲間外れなんて(イヤ)よ。それに、国家を相手にハッカーは必要でしょ? 」

陽菜も、いつものように笑顔で(こた)えた。


「てか、これがあたしらだよね。上等(じょうとう)じゃん。あたしらのやり方で、悪者(わるもの)全員(ぜんいん)(あば)いてやろうよ!」

悪戯(いたずら)っ子のように笑う深月は、グーパンチを前に()き付ける。


梓と空には、遼子、陽菜、深月の意思は聞かずとも分かっていた。それだけ長く、親密な時間を共に()ごしてきたのだ。互いに家族以上の(きずな)が結ばれている。だが、()えて言葉として聞くことで、安心からか、梓は表情を(やわ)らげた。


「お前達だけでどう対処していくって言うんだ」

一瞬の(なご)やかな雰囲気(ふんいき)一蹴(いっしゅう)するように、雫は水を()す。


「師匠…」

空は思わず、(つぶや)いた。


「テロリストに、国家の(やみ)。お前達がそんなもんを相手にするのを余所(よそ)に、安全地帯でぐっすり()てられる程、あたしは安眠型(あんみんがた)じゃ無いんでね」

空と目が合い、()(かく)しするように(うで)を組み、顔を(そむ)ける、雫。


「私も、私だって、四課の一員(いちいん)です。皆さんほど一緒に()ごした時間は長くないですが、時間なんて気にならないくらい、皆さんのことを想っているつもりです。危ない橋なら一緒に渡りたい。私も一緒に行動させてください!」

愛華は立ち上がる。強い信念を()めた、良い()をしていた。そこにいるのは、もう新人ではなく、立派な刑事であり、四課メンバーの1人だった。


「ありがとう。みんなの意思は、確認するまでも無く1つだったのね…。

この事は私達だけの極秘事項(ごくひじこう)よ。電脳ワールド(ここ)を一歩でも外に出れば、表向きはこれまで通り、公安第四課として、命令通り神宮那岐(しんぐうなぎ)逮捕(たいほ)を前提に動く。良いわね?」

梓の確認に、全員が(うなず)いた。


四課としての方向性が明確になったところで、改めて疑問を投げかける、雫。

「しかし、国家は神宮那岐(しんぐうなぎ)を使って何をするつもりなんだ」

モヤの中にある答えを、手探(てさぐ)りだけで確かめているような感覚だった。解決の糸口さえ見つからず、時間だけが過ぎていく。


しかし、突如(とつじょ)として、沈黙は破られる。


「みんなーーー!!! 大変(たーいへん)だよ〜」

どこからともなく(あらわ)れた、AI・ハニー。相当な慌てっぷりで、ブンブンと飛び回る。


「落ち着きなさい。ハニー。どうしたの? 」

陽菜が(いさ)めると、陽菜の前でピタりと止まる、ハニー。


「現在、首都地下環状線しゅとちかかんじょうせんで毒ガステロが発生している模様。死傷者多数(ししょうしゃたすう)と報道ありです〜」

ハニーの報告とほぼ同時に、ニュースの速報画面がホロ表示された。航空ドローンによる映像で詳細は分からないが、多くの人と何台もの救急ドローンで一帯(いったい)()()くしていた。


「始まったわ」

梓の一言を最後に、電脳ワールドでの意識もプツリと切れた。




APIS(あぴす)2091(ニーゼロキューイチ)/0524(ゼロゴーニーヨン):陽菜の独自開発による通信規格。完全非公開で、外界通信とは一切が遮断されている為、量子コンピュータを用いたとしても外部からのアクセスは不可である。開発者の陽菜、梓以外、存在を知る者はいなかった。



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