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公安四課  作者: やん
36/52

FILE.35 代償

どれほどの時間が()っただろうか。被害者21人と、首謀者(しゅぼうしゃ)橋本望(はしもとのぞみ)遺体(いたい)は、(あずさ)指揮下(しきか)でドローンによって運び出されていた。


「そういや、他の(モン)はどこに行ったんだ?」

項垂(うなだ)れていた安浦(やすうら)は、思い付いたかのように顔を上げると、(あた)りを見渡(みわた)した。


「他メンバーには、マスコミを撹乱(かくらん)してもらっています」

空の(こた)えに、眉間(みけん)にシワが()る、安浦(やすうら)


「どういう事だ?」


「この事件は終わっていません。もう1人、(つみ)(おか)した者がいます」

(そら)は静かに()げた。


「もう1人だと……」

刑事になって以来(いらい)様々(さまざま)な現場に足を()み入れてきたが、今回の事件は(るい)を見ないほど、心的負荷(しんてきふか)のある事件だった。最悪の結果とはいえ、(まく)は閉じたと思っていただけに、安浦(やすうら)にとっては地獄に()()とされた気分だった。


「こ、これ以上、(だれ)がいると言うんだ。橋本望(はしもとのぞみ)に"先生"と呼ばれていた男の事か? もうたくさんだ。これ以上…これ…以上はッ」

当たるように怒鳴(どな)る、安浦(やすうら)。メンタル汚染は(まぬが)れない状況下で、安浦(やすうら)は限界に(たっ)していた。


それでも空は、安浦(やすうら)(さと)した。

「落ち着いて下さい。らしくない」


「お前達が"らしさ"を口にするのか? らしくないのはお前達だろう。俺が捜査(そうさ)に加わってから、お前達の判断も行動も違和感(いわかん)だらけだ。

何故(なぜ)、状況証拠でしかない時点で、犯人では無い三島剛士朗(みしまごうしろう)を容疑者と断定(だんてい)した?

何故(なぜ)、3階では無く、体育館(たいいくかん)に被害者と橋本望(はしもとのぞみ)がいると分かった?

一体(いったい)何時(いつ)から、橋本望(はしもとのぞみ)が犯人だと目星(めぼし)を付けていた?」

()き出すような興奮状態(こうふんじょうたい)で、これまでの違和感(いわかん)を口にする、安浦(やすうら)荒息(あらいき)(ひそ)むのは、(おび)えだった。


不信感(ふしんかん)を持たせてしまった事は(あやま)ります。ですが、今回の事件、操作妨害(そうさぼうがい)になり()る、内通者(ないつうしゃ)の存在があった。その内通者(ないつうしゃ)によって、捜査官(そうさかん)しか知り()ない情報がマスコミに流布(るふ)され、拡散した。SS(ダブル)レート認定される程の事件で、これ以上の障害(しょうがい)排除(はいじょ)しなくてはいけない。だから、(すで)に死亡していた、三島剛士朗(みしまごうしろう)を容疑者に仕立(した)てた。

今頃、マスコミ各社のニュースは、土田真央(つちだまお)殺しの容疑者(ようぎしゃ)として、三島剛士朗(みしまごうしろう)の名が報道されている事でしょう」

空はデバイスを操作(そうさ)すると、各社の報道をホログラムで展開した。


捜査(そうさ)とはいえ、倫理観(りんりかん)すら無視した四課の行為(こうい)に恐怖を感じる、安浦(やすうら)


「自分達が何をしたのか分かっているのか? (あわ)れむべき被害者に汚名(おめい)()せたんだぞ! 到底、許される事では無い!!!」

安浦(やすうら)は、(いか)りを(あら)わにし、空の胸倉(むなぐら)を強く(つか)む。


その(いきお)いに、2、3歩(うし)ろに動かされる、空。ベテラン刑事の(いか)りと向き合うかのように、数秒間、無言で目を見つめ続けた。


承知(しょうち)しています。ですが、彼も犯罪者(はんざいしゃ)である事に変わりはありません。5人を自殺(じさつ)追込(おいこ)んでいる。自殺(じさつ)にまで(いた)らなくても、暴行被害(ぼうこうひがい)を受け、心に(きず)()った人は数多(あまた)(のぼ)ります。殺されたからといって、その(つみ)が消える訳では無い。彼自身、死んでも(なお)(つぐ)わなくてはいけないんです。社会に(さば)かれなくてはいけないんです」

空の強い(おも)いが、安浦(やすうら)に通じたかは分からないが、胸倉(むなぐら)から手は(はな)れていく。


「ですが、これはきっかけに()ぎません。彼の(つみ)白日(はくじつ)(もと)(さら)したのは、他でも無い、この事件で暗躍(あんやく)していた、もう1人の"犯罪者"です。

捜査官(そうさかん)でありながら、情報をマスコミにリークした人物……」

足から伸びる(かげ)が、辿々(たどたど)しく引いていく。


「そうですよね? 安浦長八(やすうらちょうはち)さん」

空の表情には、切なさが(にじ)んでいた。


動機(どうき)は、(ゆが)んでしまったあなたの正義感。目的は、事件を(おおやけ)にし、国民の目を事件に向けさせる事で、犯人の動きを()めようとした… 」


「何の根拠があって言ってんだ?」

普段(ふだん)は余裕のあるゆっくりとした(しゃべ)り方をする安浦が、初めて(まく)し立てるような口調(くちょう)を見せた。


根拠(こんきょ)はあります…が、あなたの刑事(けいじ)としての真念(しんねん)()いたいんです。安浦(やすうら) "刑事(けいじ)"…」

空の()い掛けに、安浦(やすうら)(りき)みは抜けていくように、(うで)(ちゅう)()いた。


「お前は、俺が教えた(モン)の中でも、ダントツだった…。俺なんかをとんでもないスピードで追い()して行ったと思っていたが、いつの()にか背中も見えないくらい先へ行っちまっていたんだなぁ」

安浦(やすうら)(さみ)しそうに言った。(あきら)の表情は、犯行の自供(じきょう)(ほか)ならない。空は、心に(くや)しさが込み上げ、強く目を閉じた。


「いつから気づいていた?」

溜息(ためいき)(あと)()う、安浦(やすうら)


「それはどっちの質問ですか?」

空の言う"どっち"という問いに、ピクリの反応した(あと)(おだ)やかに()む、安浦(やすうら)


「どっちもだよ。だが、、、まぁまずは、橋本望(はしもとのぞみ)首謀者(しゅぼうしゃ)だと確信した根拠を教えてくれないか?」


「最初に川東(かわひがし)取調(とりしら)べた時です。川東(かわひがし)には、双極(そうきょく)と言える程の二面性(にめんせい)が見られました。まずは、これを()てください」

空は、取調べの映像をホロ展開した。


川東(かわひがし)橋本望(はしもとのぞみ)への(おも)いを話している時です。()ての通り、とにかく饒舌(じょうぜつ)なんです。それに、姿勢(しせい)。俺から視線(しせん)を一度も(はず)す事無く、前のめりで話していた…」


「なのに、この部分、、、」

川東(かわひがし)が『だから彼女のために…』と口にしたところで再生を止めた、空。


「言いかけた言葉を飲み込むように、言葉を変えた。それまでは、橋本望(はしもとのぞみ)への(たか)ぶる"(おも)い"や"感情"を(かた)っていたのに、一転(いってん)して、彼女に対する"行動"と"欲"を淡々(たんたん)と語るようになったんです。この変化の刹那(せつな)一度(いちど)視線(しせん)を落とし、座り直しています。恐らくは、自身と橋本望(はしもとのぞみ)の関係性を口走(くちばし)りかけたのに気付き、(あせ)って言葉を上塗(うわぬ)りしたんだと思います。

では、川東(かわひがし)が言いかけた、"彼女のため"という言葉にどういう意味が含まれているのか、という事ですが…。

そもそも、川東(かわひがし)(いだ)く感情は、崇拝(すうはい)に近い。"自分の行動によって彼女を喜ばせる"事を最優先事項(さいゆうせんじこう)としている。それは、橋本望(はしもとのぞみ)にとっても、一声(ひとこえ)で思い通りに動くのだから、都合(つごう)が良かったでしょう。お互いの需要(じゅよう)を理解しつつ、利用し合った。

だから、川東(かわひがし)は、橋本望(はしもとのぞみ)首謀者(しゅぼうしゃ)である事実をうっかり(しゃべ)りかけ、(あせ)ったんです。"その事実が(おおやけ)になる事を望んでいない"事を十分理解していたし、自身の不注意によってgive & takeのバランスが崩れてしまう恐怖感に(さいな)まれた」

空がデバイスを人指し指で(つつ)くと、ホロ表示していた取調べ映像はプツリと切れた。


「ですが、それだけでは橋本望(はしもとのぞみ)首謀者(しゅぼうしゃ)と決定付けるには(よわ)い。だから、橋本望(はしもとのぞみ)視点で事件を見てみたんです。すると、橋本望(はしもとのぞみ)他被害者(ほかひがいしゃ)明確(めいかく)(こと)なる(てん)あったんです。

それが、23人全員がアクセスしたサイトページ」

空が次にホロ展開したのは、被害者23人がアクセスしたサイトだった。


一見(いっけん)、違いは見られませんが…」

そう言うと、ホロキーボードを出し、何やらカタカタと打ち始めた、空。


「こうすると、ページを形作(かたちづく)るプログラムが表示されます。すると、見た目は同じ23サイトで、プログラム構成がかなり(ちが)うサイトが1つあります。つまり、このサイトが(おや)サイト、admin権限を持つマスターなんです。そして、このマスターサイトにアクセスしていたのが、橋本望(はしもとのぞみ)だった」

分かりやすくカラー化された差違部(さいぶ)をよく見ると、素人(しろうと)でも分かる(ほど)、別の文字列が並んでいた。


「待ってくれ。サイト作成者は三島剛士朗(みしまごうしろう)じゃなかったのか? ユニークIDがどうとかって…。まさか、それも俺やマスコミを誤認(ごにん)させる為の───」

疑問(ぎもん)に対して、行き着く疑念(ぎねん)を確認した、安浦(やすうら)。自身の行いを(かんが)みれば、情報規制(じょうほうきせい)の対象となるのも当然ではあるが、(さみ)しさが声から()れる。


「いえ、それは本当に三島(みしま)のIDです。ただし、三島(みしま)のデバイスはウィルス感染によって踏台(ふみだい)となっていました。つまり、()えてIDが残るよう細工(さいく)(ほどこ)されていた。恐らく、捜査(そうさ)過程(かてい)で、被害者の共通点であるサイトに行き着く事を見越(みこ)した、"何者か"の誘導(ゆうどう)でしょう。これも全て、橋本望(はしもとのぞみ)の計画であったのか、については疑問(ぎもん)ですけどね」

安浦(やすうら)疑問(ぎもん)一蹴(いっしゅう)するように、空は言葉を(かぶ)せる。


「話が()れたので戻しますが、もう1つの疑問にもお答えします。やっさんは、"何故(なぜ)3階を確認しなかったのか"と言いましたよね?」


「あぁ」


「それは突入前に状況が分かっていたからなんです」

空のカミングアウトに、理解が()いつかず言葉が出ない、安浦(やすうら)


「実は、この小型ミツバチドローン達が先行潜入(せんこうせんにゅう)していました。この子達の情報は、リアルタイムで送られ、俺達は警務車(けいむしゃ)にいながら、電脳ワールドで作戦を立てていたんです」

空が右手を上に向けると、小型ミツバチドローンが何処(どこ)からとも無く(あらわ)れる。


「なので、橋本望(はしもとのぞみ)と被害者達が体育館(たいいくかん)にいる事は分かっていましたし、被害者の"展示(てんじ)"や、(みずか)らを薬液装置(やくえきそうち)(つな)偽装工作(ぎそうこうさく)一部始終(いちぶしじゅう)も、この子達を(つう)じて現認(げんにん)していました」

空の周りを飛び回るミツバチドローンは、動きを止めると、目から潜入時(せんにゅうじ)録画(ろくが)した映像をホログラム展開した。

その映像を只々(ただただ)無言で()る、安浦(やすうら)


「ただ、最初にも言ったように、やっさんの目とマスコミを(あざむ)く必要がありました。なので、、、」

(さと)ったかのように、空の説明を(さえぎ)って答えを言う、安浦(やすうら)

体育館(たいいくかん)には直行(ちょっこう)せず、わざわざ1階と2階を捜索(そうさく)した…。そういう事か」


空は、一言「はい」と答えた。


橋本望(はしもとのぞみ)動機(どうき)は何だ? "物心付き始めた時から、(まわ)りとの(ちが)いに気がついていた"と言っていたが…」

溜息(ためいき)と共に()う、安浦(やすうら)


今更(いまさら)橋本望(はしもとのぞみ)が犯行に(いた)った動機(どうき)を知った所で、事実も結果も変わりはしないが、安浦(やすうら)なりに納得したかったのだ。


橋本望(はしもとのぞみ)は、家族や周囲から受ける印象や高評価(こうひょうか)にうんざりしていたんだと思います。彼女自身、"周囲が持つイメージ"と"本当の自分"が乖離(かいり)している事に、(おさな)い頃から気づいていたはずです。そして、成長に(とも)いそれは大きくなり、矛盾(むじゅん)の中で、孤独(こどく)とさえ感じる事もあったでしょう。

しかし、彼女の(おも)いとは裏腹(うらはら)に、環境がイメージ通りの偶像(ぐうぞう)を演じさせた。そして、演じ続けるうちに何が演技で、何が本当なのか、自分ですら分からなくなっていった。結果的に、イメージの乖離(かいり)を作っていたのが、自分自身である事に気付いた時、橋本望(はしもとのぞみ)(かせ)(はず)れ、犯行に()り立ててしまった。

また、両親の話によると、医学分野に興味(きょうみ)があり、医学誌(いがくし)学術論文(がくじゅつろんぶん)をよく調べていたといいます。秀才(しゅうさい)ゆえに、無際限(むさいげん)蓄積(ちくせき)された知識が、皮肉にも犯行を後押ししたのかも知れません。

本人が死んだ以上、真相(しんそう)を確かめる(すべ)はありませんが、この事件は、社会によって(つく)り上げられたとも言えるんじゃないでしょうか?」

空の推理(すいり)に、安浦(やすうら)(せつ)なくならざる得なかった。何故(なぜ)なら、社会()る限り、"社会悪"によって生まれる狂気は、一定数発生し()る事になるからだ。橋本望(はしもとのぞみ)一端(いったん)でしか無いのだ。


「そうだな…」

安浦(やすうら)(つぶや)きは、双者(そうしゃ)に無言の時間を与えた。


重苦しい空気を()き消すような深呼吸の(あと)、口を開く、安浦(やすうら)

「それじゃあ、次。情報を()らしたのが俺だと分かったのはいつだ?」


「最初からです。俺が最初、一課に出向(でむ)いた時から。あの時、いや、今も左腕(ひだりうで)にデバイスを付けている。時代に逆行(ぎゃっこう)してでも、デバイスを毛嫌(けぎら)いしていたのに…」

空の指摘(してき)で、気付かされたかのように右手で左腕(ひだりうで)を取る、安浦(やすうら)


「まぁ、その程度であれば、時計の代わりだとか、気分だとか、いくらでも言い訳が立ちますし、本当に気分で身に着けているって事だって()()る。だから、取調べの直前(ちょくぜん)四課(ウチ)立華(たちばな)室内通信網(しつないつうしんもう)を調べさせたんです。その結果、案の(じょう)、あなたのデバイスから捜査情報(そうさじょうほう)を流した痕跡(こんせき)が見つかった。それも、ウィルス感染などでは無く、意図的(いとてき)に。流出先は、週刊日報(しゅうかんにっぽう)のジャーナリスト・牧田慎吾(まきたしんご)。やっさんが()っていた情報屋の1人だ…。どうしてですか?」

眉間(みけん)にシワを()せ、懊悩(おうのう)の表情で()う、空。


流石(さすが)だよ…。そこまで完璧(かんぺき)(おさ)えられてりゃ、弁明(べんめい)余地(よち)すら無いな」

(うつむ)き、溜息(ためいき)にも近しい息を()く、安浦(やすうら)。しかし、その意味は窮途末路(きゅうとまつろ)によるものでは無く、むしろ開放感によるものだった。


「652件。俺が刑事(デカ)になってからというもの、対処してきた事件の数だ。どれ1つ、忘れた事は()ぇ。事件の数だけ(つみ)(おか)す者がいて、それ以上に悲しむ者がいる。とれだけ社会システムが変わろうとも、この"()"が無くなることはない。36年間、何故(なぜ)無くならないかをずっと考えてきた。で、ある時思ったんだよ。未然(みぜん)に防げないのは、国民が事実を知らないからだって。朝起きて、(メシ)食って、仕事や学校に出掛(でか)けて、帰ったらまた(メシ)食って、風呂(ふろ)に入って、寝る。そんな当たり前だと思い込んでる日常のすぐ背合(せあ)わせで、命を刈取(かりと)るか刈取(かりと)られるかの理不尽(りふじん)が存在しているとも気付かずに。事実を知るべきだ。そして、心に(きざ)み、どうあるべきかを考えて生きるべきなんだ。いつだって自分が理不尽(りふじん)の当事者に()()るんだから。

今回の事件だってそうだ。行方不明(ゆくえふめい)になったのは未成年だってのに、(だれ)しもが他人事(ひとごと)だと思っている。自分の(むすめ)が被害者になる可能性だって0(ゼロ)じゃ無いっていうのによ。

だから、マスコミにリークしたんだ。国民にその目で、その感覚で事実を認識させるために」

犯行理由を話す安浦(やすうら)の目には、強い覚悟と意志が(うつ)っていた。空に(あば)かれて(なお)、自身の(おこな)いは正しいと信じているのだ。


「それでも、法を守り、法で(さば)く立場のやっさんが、法を(おか)してしまっては本末転倒(ほんまつてんとう)ではないですか? やっさん、さっき言ったじゃないですか。"事件の数だけ悲しむ者がいる"って。やっさんの(おこな)いで悲しむ人の事を何故(なぜ)考えなかったんです!

マスコミによって(さら)し者にされた被害者と家族は、今や憶測(おくそく)報道(ほうどう)のネタになっている。どれだけの綺麗事(きれいごと)で取り(つくろ)っても、あなたの浅はかな(おこな)いは許されない」

咆哮(ほうこう)(ごと)糾弾(きゅうだん)で、(うった)()ける、空。しかし、その想いが安浦(やすうら)に届くことはない。


「そうだな。お前が正しい。だがな、それは理想論(りそうろん)だよ。今回の報道で、悪影響(あくえいきょう)を受けた人達には同情するよ。だが、その反面、救われた人達がどれだけいると思う? 法に(したが)っていては救えなかった人達だ。この世界では誰かが必ず傷付く。多いか少ないかだ。多少の犠牲(ぎせい)で最悪を()けられるのなら、そうすべきなんだ」

(さと)安浦(やすうら)


「お前さんにも、今に分かる時が来る」

哀愁(あいしゅう)()みを向ける安浦(やすうら)に、首を横に振る、空。


「残念だよ」

安浦(やすうら)()き捨てるように言うと、(むね)ポケットから拳銃(けんじゅう)を取り出し、銃口(じゅうこう)を空に向ける。


空は微動(びどう)だにせず、静かに目を閉じた。


「どうしてだ。お前なら俺が(かま)えるより早くエンフォーサーを向けられたはずだ」

(いま)だにエンフォーサーを抜かない空に、安浦(やすうら)怒号(どごう)を飛ばす。


「やっさんは、俺を()てないからです」

ゆっくり目を開く、空。


馬鹿(ばか)言うな。これはアネスシーザーじゃ無く、ホンモノのリボルバーだ。引金さえ引けば、お前を殺せる」

人指し指に入る余計な力のせいで、手が(ふる)えていた。その事に、安浦(やすうら)は気づいていない。


「殺せませんよ。教え子を二度と失いたくないと思っているあなたには、到底(とうてい)できないはずだ。

それに殺すつもりなら、ハンマーはもう引いているはず。それじゃあ、どれだけ力を込めても引金は引けない。もう、()めにしましょう。やっさん…」

空は、一歩、また一歩と前へ進み、手を()し伸ばす。


安浦(やすうら)は、(あわ)ててハンマーを引くが、銃口(じゅうこう)はブレて(さだ)まらない。


「く、来るな!」

銃口(じゅうこう)を自身の顳顬(コメカミ)に当てる、安浦(やすうら)。息は荒く、過呼吸寸前だった。


「お前の言う通りだ。俺にはお前を殺せない。こうするしか無いんだ」

安浦(やすうら)は目を(つぶ)り、人指し指を力強く引く。空は、手を伸ばし、声を上げた。刹那(せつな)、まるで時間の流れが遅くなり、無音となる空間で、一発(いっぱつ)銃声(じゅうせい)だけが(ひび)く。


時間が動きを取り戻し、音は振動し始める。最初に認識した音は、拳銃(けんじゅう)が地面を打ち付ける音だった。


「ァァァアアアア"」

声にもならない(うめ)きを上げ、右手を(かば)うように(うずくま)る、安浦(やすうら)。真っ赤に()れた拳銃(けんじゅう)には、人指し指だけが掛かり、地面に落ちている。


空は、視線を約20メートル後ろのギャラリーに移す。そこにいたのは、エンフォーサーを(かま)えた、(あずさ)だった。完璧(かんぺき)()つ的確な狙撃(そげき)だ。


空の視線に気付き、手を振る梓。今回ばかりは梓に助けてもらいっぱなしだっただけに、感謝も込めて小さく手を振り返す、空。

梓は満足そうな顔で、その場を(あと)にした。


空は、(うずくま)安浦(やすうら)の前でしゃがみ、口を開いた。

「あなたを逮捕(たいほ)します」


逮捕(たいほ)執行(しっこう)しないのか」

顔を上げる安浦(やすうら)に、空は強い目で(こた)える。

「あなたは生きて(つみ)(つぐな)うべきだ。生き(はじ)(さら)す事になったとしても、あなたは向き合うべきなんです」


空が手錠(てじょう)を取り出した、その時。安浦(やすうら)のデバイスからコールが()(ひび)く。デバイスには、Unknownと表示されていた。


「やっさん…?」

空は安浦(やすうら)の異変に気付く。明らかに"何か"に(おび)えていたのだ。


空はデバイスを連動させ、録音ができる状態にすると、安浦(やすうら)のデバイスを勝手に操作し、応答した。


「誰だ?」


「こうして直接話すのは初めてだったかな? 井川空(いがわそら) 刑事」

落ち着きがあり、安心感を錯覚(さっかく)させるような声色(こわいろ)。初めて聞く声ではあるけれど、(さっ)しはついていた。


「お前は新宮那岐(しんぐうなぎ)だ」

感情を押し殺すような声で名前を呼ぶ、空。


「ずっと"見ていた"。見事だったよ。相変わらず、君達四課とのゲームは楽しいよ。それに比べ、安浦長八(やすうらちょうはち)さん、あなたには失望した。与えた道具はろくに使いこなせず、無様(ぶざま)逮捕(たいほ)され、生き死にすらも自分で決められないとは」

賞賛(しょうさん)する四課に対し、安浦(やすうら)を冷めた声で蔑視(べっし)した、新宮(しんぐう)明白(あからさま)な変化は、同一人物かを疑う程だった。


「お前にやっさんの何が分かる。他人に犯罪行為を(そそのか)すだけの三下(さんした)が、(えら)そうにするなよ。何かを語りたきゃ、誰かを(おど)らせるんじゃなくて、お前が舞台に降りてこいよ」

(めずら)しく感情をコントロールできず、苛立(いらだ)ちを見せる、空。


「フフッ。その通りだよ。だがね。着眼点(ちゃくがんてん)が違うよ。井川空(いがわそら) 刑事。その男は、(そそのか)されて犯罪に手を()めた訳では無い。最初から持ち合わせていたんだよ。僕は、きっかけを与えたに過ぎない。まぁ、徒労(とろう)だった訳だが、"最期(さいご)"はせめても華々(はなばな)しく()るよう期待しているよ。

井川空(いがわそら) 刑事。君とはもっと語り明かしたいが、それは君が生きていた時に取っておこう。楽しみにしているよ」

一方的に切られた通話。冷静さを取り戻す中で、空は異変に気付くが、もう遅かった。


体育館を含む、廃校舎(はいこうしゃ)仕掛(しか)けられた爆弾が一斉(いっせい)に爆発する。一瞬(いっしゅん)瓦礫(がれき)の山と()した廃校(はいこう)。真っ赤な炎と真っ黒な(けむり)は、天空(てんくう)()がした。



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