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公安四課  作者: やん
34/52

FILE.33 奈落の入口

千葉区532-住宅街。


『こちらは、公安庁です。このエリアは現在、国家安全法(こっかあんぜんほう)17条に(もと)づく、特別規制(とくべつきせい)の為、立入りが制限されています。案内に沿()って迂回(うかい)して下さい。なお、住民の立入りも禁止されています。規制解除(きせいかいじょ)まで、公安庁警務(こうあんちょうけいむ)ドローンの指示に(したが)って下さい。こちらは───』


真っ赤な警光灯(けいこうとう)が、住民のいない住宅街を()らしている。ホログラムの規制線が一帯(いったい)()(めぐ)らされ、禍々(まがまが)しい空気が満ちている。


「やっぱりお前さん()に任せる事になっちまったなぁ。すまねぇ」

安浦長八(やすうらちょうはち)は、バトンタッチをするかのように、(そら)(かた)をポンと(たた)いた。


(おく)では一課班長から引継ぎを受けている、(あずさ)陽菜(ひな)警光灯(けいこうとう)()らされていた。


「いえ、仕事ですから。それより、発見者の男子生徒達は?」

空は(あた)りを小さく見渡す。


「集中ケア中だ。あんなもん見ちまったんだ。メンタル汚染は(まぬが)れんよ。それに、(うち)1人は害者(がいしゃ)幼馴染(おさななじみ)だそうだ。最悪(さいあく)、山中リップハイマン症候群の発症も考えられるんだと。

あの(とし)(モン)は、良い事も悪い事もすぐに吸収する。それが思春期(ししゅんき)ってもんなんだろうが、こればっかりは、一生(いっしょう)()えない(きず)となって残り続けると思うとやり切れんよ」

安浦(やすうら)は、切ない表情で溜息(ためいき)()く。


公安が唯一(ゆいいつ)できない事。それは、被害者の心の(きず)を消す事だ。被害者にどれだけ寄り添い、どれだけケアをしようとも、一度(きざ)まれた(きず)は消える事なく残り続ける。刑事になって36年もの間、あくまでも対処療法(たいしょりょうほう)にしかならない刑事の職務に、牴牾(もどか)を持ち続けてきた、安浦(やすうら)。今回も変わらぬ結果に落胆(らくたん)を隠せずにいた。


「えぇ…。一課の皆さんは大丈夫ですか?」

空は、安浦(やすうら)の表情から心情を(さっ)すると話を切り替えた。


「ん? あぁ。俺達(おれたち)刑事(デカ)だ。そういうのには()れてる…と言いたいところだが、俺以外の(モン)相当(そうとう)(こた)えてるだろうな。ここまで全く進展が無かったにも関わらず、動き出した途端(とたん)にいきなりアレだ。さっき、全員のメンタルケア命令が局長から出されたよ」

苦笑いする安浦(やすうら)の奥には、生々(なまなま)しい姿となった被害者の遺体(いたい)があった。


井川(いがわ)、お前さんに言う事でも無いが、無理はするなよ? この歳になるとな、若くて有望(ゆうぼつ)(モン)(つぶ)れたり、死んだりするのを見聞(みき)きするのはキツい」

安浦(やすうら)は、再び空の(かた)をポンと(たた)くとその場を(あと)にした。

"若い者の死"。きっと"彼ら"の事を言っているのであろう。安浦(やすうら)痛嘆(つうたん)、空が()(はか)るには余り有るものであった。


空は、安浦(やすうら)の背中が見えなくなるまで見送ると、切替えるようにフッと強めに息を()き、180度身体(からだ)を回転させた。


「こりゃ想像以上に手が込んでるな」

遺体(いたい)の左半身をしゃがみ(ごし)(のぞ)き込む、(しずく)


「テカテカする薬品を使ってるからってことー?」

深月(みづき)(とい)に、雫は首を横に振る。

遅れてやって来た空は、遺体(いたい)を前にしゃがみ込み、手を合わせた。


筋繊維(きんせんい)沿()って皮が()ぎ取られてるんだよ」

遼子が口を(はさ)んだ。


「基本的に、刃物で皮膚(ひふ)()ぐ時に筋繊維(きんせんい)の方向を無視すると、筋繊維(きんせんい)(みぞ)皮膚(ひふ)の一部が残ったまま(はが)がれてしまう。イメージしやすいのは、シールを無理やり(はが)がした時に残る、シール(あと)かな。でも、この遺体(いたい)には皮膚片(ひふへん)が全く無い。

つまり、この遺体(いたい)の左半身は、皮膚(ひふ)を全ての筋繊維(きんせんい)沿()って綺麗(きれい)()ぎ取っているという事になるわ」

遼子は、両手を刃物と皮膚(ひふ)に見立て、実演してみせる。内容は、深月でも分かるような丁寧(ていねい)な説明だった。

それでも、深月が理解できているかは微妙(びみょう)なところではあるが、雫は絶賛(ぜっさん)する。

流石(さすが)、ナイフ戦術のプロだな」


「基本、筋繊維(きんせんい)は、1つの部位に一方向(いちほうこう)に伸びているが、部位が違えば、筋繊維(きんせんい)の方向も当然違ってくる。例えば、片腕(かたうで)には24の筋肉があるから、筋繊維(きんせんい)の方向は24通り。まず、その知識が無いと、この犯行は難しいだろう。

それと、発見当時の害者(がいしゃ)は生きていたと、第一発見者達が証言(しょうげん)している。となると、生きたまま解剖(かいぼう)したって事になるが、相手は抵抗するなり、恐怖で(ふる)えるなり動くだろう。そんな相手にここまで綺麗(きれい)皮膚(ひふ)()ぎ取りを行えるなんて、相当な医療技術(いりょうぎじゅつ)も持っているはずだ。その道で(さぐ)っても良いんじゃないか?」

雫は、厚生省医療庁こうせいしょういりょうちょうに登録済みの医療従事者情報いりょうじゅうじしゃじょうほうをホロ展開した。


医療従事者情報いりょうじゅうじしゃじょうほうには、今現在において医療現場(いりょうげんば)に身を置いている者だけではなく、現場からは(はな)れているが、医療庁(いりょうちょう)医療行為(いりょうこうい)を許可し、免許証を交付した者も登録されている。そのリストには、雫も名を(つら)ねていた。


「医療関係者って事ですね。でも、医療関係者がどうやって行方不明者(ゆくえふめいしゃ)23名を(かくま)いながら犯行を繰り返しているんでしょう」

リストを(のぞ)き込むように見る愛華は、疑問点をボソッと(つぶや)く。


「たしかに。医療従事者(いりょうじゅうじしゃ)は、医療(いりょう)見做(みな)される行為前には必ず、親指付け根に()め込まれているマイクロチップで、認証を行う必要があるわよね。

認証と言っても実質(じっしつ)、デバイスに手を(かざ)すだけの仕草で、医療従事者(いりょうじゅうじしゃ)患者(かんじゃ)の情報がリアルタイムで医療庁(いりょうちょう)のデータバンクに蓄積(ちくせき)される仕組みよ。それと、非公表だから一部の人間しか知らないけれど、マイクロチップは15分に一度、装着者(そうちゃくしゃ)の生体をスキャニングしているわ。仮に、認証を行わない医療行為(いりょうこうい)強行(きょうこう)すれば、非認証情報ひにんしょうじょうほうが自動送信されて、確実に御用(ごよう)のはず。

もし本当に医療従事者(いりょうじゅうじしゃ)による犯行なのだとしたら、(いま)だ22人の行方(ゆくえ)が分からないという事の説明がつかないわ」

遼子の指摘(してき)に、状況は茫漠(ぼうばく)する。


遼子、空、愛華、雫、深月の5人は、打開策(だかいさく)見出(みいだ)せずにいたが、沈黙は突如(とつじょ)として(やぶ)れた。

「前提条件が違うのか…? 」

空が(つぶや)く。


他4人は、意表を()かれたように、空に目を奪われる。


「この事件、固定観念(こていかんねん)を取っ(ぱら)うべきかもしれない。誰が犯人で、どうして被害者が見つからないのか、っていうね。

そもそも(ろん)、今回の遺体(いたい)が発見され無ければ、"医療従事者(いりょうじゅうじしゃ)による犯行の可能性" に(いた)らなかった。犯人にとっても、公安の捜査(そうさ)進展(しんてん)しないまま、未解決事件(コールドケース)化する方が都合(つごう)は良いはず。

でも、"()えて"発見させた。なぜなら、"事実"から目を()らさせ、"真実"という都合(つごう)の良い結果にミスリードを(さそ)いたかったから。

川東(かわひがし)自首(じしゅ)にしたってそうだ…。協力者を逮捕(たいほ)させて、足が着く状況を作る意味が不明()ぎる。

今の状況から、予想した結果全てがミスリードなのだとしたら、視点(してん)を変えなきゃ解決しない気がする」

川東(かわひがし)を取り調べた時から、"印象操作(いんしょうそうさ)されているような違和感(いわかん)"を(いだ)いていた、空。そして、その違和(いわ)となる要素を(はい)した時、浮び上がる"ある人物"こそが、今回の黒幕であることに薄々(うすうす)と感じていた。


「私も空に賛成(さんせい)よ」

引継ぎを終え合流する、梓と陽菜。


「だけど、どの視点から切り込むかが重要よ」

梓は、空の考えを確かめるように言った。


「うん。これまで焦点(しょうてん)が当たらなかった事件の盲点(もうてん)。被害者だ」



───翌日。

千葉区某高校 応接室。


「そうですか。つまり、学校側も失踪(しっそう)については認識が無かったということですね」

陽菜は聞き返す。その視線の先には、校長と学年主任、担任の3人が座っている。


「えぇ、親御(おやご)さんからも病欠だと聞いておりましたので…」

目を合わせない校長の(ひたい)には、大量の(あせ)が付いていた。


「センセーでもさー、その5ヶ月前にも松長優果(まつながゆうか)ちゃんって子が消えてるよね。しかも、今回見つかった土田真央(つちだまお)ちゃんと友達だったみたいじゃん。同じ学校で、友達同士の2人が消えるって、フツーに(あや)しくね?」

深月は、ソファーの背凭(せもた)れに、まるでバランスボールに乗るかのように座っていた。陽菜とは対象的な行儀(ぎょうぎ)の悪さだ。


「そ、それは…」

校長は口を(にご)らせた。いつの時代でも学校というものは、不祥事(ふしょうじ)やリスクへの対応が甘い。事態が起きてからも学校という施設としての適切なリカバー(りょく)が無いのだ。


「今、うちの捜査官が土田真央(つちだまお)さん、松長優果(まつながゆうか)さんの自宅へ訪問中です。土田真央(つちだまお)さんに関しては、残念な結果をお知らせする事になりますが、学校側との認識があっていればいいですね」

陽菜は微笑(ほほえ)む。その直後、陽菜と深月のデバイスからコールが鳴った。


「陽菜、今大丈夫? 」

遼子からの応答だった。奥には、母親を(なぐさ)める愛華も映っている。


「うん! それで、どうだった?」

やり取りする陽菜を前に、顔色が悪くなる教員3人。陽菜は、指向性音声からスピーカーに切り替えた。内容を()えて、目の前に座る3人の教員にも聞かせるために。


「母親は泣き(くず)れているわ。行方不明(ゆくえふめい)だった(むすめ)が変わり果てた姿で見つかったのだから当然よね。で、肝心(かんじん)失踪後(しっそうご)の動きなんだけど、帰りの遅い土田真央(つちだまお)さんを心配して、学校に問い合わせたそうよ。学校側からは、『公安に捜索願(そうさくねが)いを出す』という回答だったそうなの。でも、翌朝(よくあさ)になっても公安(うち)から連絡が無かったのを不審(ふしん)に思って、母親が公安(うち)に問い合わせたら、学校側からの捜索願(そうさくねが)いは受理していないって言われたそうなの。それと、最初、学校側に問合せた時、『公安庁の捜索に支障(ししょう)が出る可能性があるから、保護者からの捜索願(そうさくねが)いは出さないで欲しい』って言われたらしいの。今にして、すぐに公安(うち)へ連絡しなかった事を後悔しているわ」

遼子からの報告を、3人の教員はどういう思いで聞いているのだろう。


「了解よ。私達もここでの聴取(ちょうしゅ)を終えたら、合流するわ」

陽菜はそう言うと、通信を切った。冷ややかな視線を教員達に向けながら。


「おっけー」

深月は通信を切ると、ニタニタ顔で教員達を見た。


「結構やんちゃな事してるじゃん」

そう言うと、ソファーの背凭(せもた)れから飛び降りると、ゆっくりと歩き出す、深月。


「2人目の行方不明者(ゆくえふめいしゃ)松長優果(まつながゆうか)ちゃん。クラス内で相当(いじ)められてたそうじゃん。しかも、(いじ)めてたのはクラスメイトと担任。クラス一丸(いちがん)となって、1人を(いじ)めてたわけだ。クラスの(きずな)は最強ですって? ウケるんだけどwww」

ケラケラと笑う深月。だが、その目に映るのは、軽蔑(けいべつ)だった。


「家庭にも問題あって、父子家庭(ふしかてい)優果(ゆうか)ちゃん、父親から毎日のように虐待(ぎゃくたい)を受けてたみたい。手首切って自殺未遂(じさつみすい)までしてんじゃん。ホントなら、学校が守ってあげなきゃなんないのにね。

でも、1人だけ心の()り所があった。それが、土田真央(つちだまお)ちゃん。クラスは違ったけど、屋上から飛び降りようとしたところをたまたま見つけて救った。それからというもの、真央(まお)ちゃんは、優果(ゆうか)ちゃんにとっての心の支えとなった。でも、そういう正義感って、(いじ)めてる側からすると厄介(やっかい)よね。しかも、学校側にも改善の意見を出すもんだから、学校としても目の上にたん(こぶ)。もしかして、文科省(もんかしょう)への告発(こくはつ)でも持ち出された?

だから、今度は学校と生徒が一致団結(いっちだんけつ)して、土田真央(つちだまお)ちゃんを(いじ)めた」

校長の横に着くと、歩みを止め、(あわ)れにも保身を考えているのが見え見えな教員達を見下(みくだ)す、深月。


「そ、そんな事は…」

冷や汗が止まらない、校長。


「だったら、校内全員に識別スキャンを行ってもいいんだよ?」

校長の胸倉(むなぐら)を引っ張る、深月。


「深月!」

陽菜は、深月を静かに(なだ)めた。深呼吸をして、突き放すように校長の胸倉(むなぐら)から手を引く、深月。


優果(ゆうか)ちゃんは、真央(まお)ちゃんが(いじ)めの対象になった事を知ると、恩人への(いじ)めを何とかしたくて、いろいろ考えただろうね。そして、ある日突然、姿を消した」

落ち着きを取り戻した深月。心無しか(さみ)しさのある声だった。


「深月が受けたコールも、仲間の捜査官が聞き込みをした結果報告です。最初に聞き込みをした父親からは有力な情報は得られなかったようですが、もう1ヶ所の文科省(もんかしょう)で今の情報を得られたようです。学校は信用できない。そう思い、土田真央(つちだまお)さんは、国の機関に直談判(じかだんぱん)していた。私は彼女の行動を賞賛(しょうさん)すると共に、あなた達には幻滅(げんめつ)せざる()ない。残念です」

陽菜はスッと立つと、深月にアイコンタクトを送る。


そのまま、2人は部屋を出た。


教員3人は顔を上げられずに、その空間に取り残される。生徒2人の失踪(しっそう)、そして1人の死亡という結果を(まね)一因(いちいん)は、間違いなく学校側にある。それを通知するかのように、校長のデバイスには文科省(もんかしょう)からの家宅捜索礼状かたくそうさくれいじょうが届いていた。



千葉区某高校 正門。


陽菜と深月は目を(うたが)う。正門の外には多くのマスコミが押し寄せていたからだ。


「どうしてマスコミがこんなに。報道規制はどうなったの?」

陽菜が(おどろ)くのには無理もない。土田真央(つちだまお)遺体(いたい)となって発見された事がきっかけとなり、この学校に来ていた2人。公安ですらやっと辿(たど)り着いたこの学校に、情報規制によって遺体発見(いたいはっけん)どころか、行方不明の情報すら知らないはずのマスコミがいたのだ。


状況が飲み込めない中、梓からコールが鳴る。

「陽菜、深月。裏手(うらて)にルートを確保したわ。その場から離脱(りだつ)して」


「了解よ。だけど、どうして…」


「分からないわ。でも、空と雫さんが向かった文科省(もんかしょう)、遼子と愛華が向かった土田真央(つちだまお)さん宅、そして公安庁舎(こうあんちょうしゃ)にもマスコミが押し掛けているわ。とりあえず全員、現地離脱(げんちりだつ)して、(うち)に集合よ」

梓の通信はプツリと切れる。


指示通り、マスコミにバレないよう裏手(うらて)に回ると、自動操縦車(じどうそうじゅうしゃ)が止まっていた。

2人は乗り込み、その場を(あと)にした。



某マンション。


初めて入る愛華は息を飲む。梓、空、遼子、陽菜、深月の5人が一緒に暮していることは聞いていたが、いざその空間に足を踏み入れると、緊張(きんちょう)する。


まるまるワンフロアが居住スペースになっていたとは(おどろ)きだ。もしかすると、四課オフィスより広いんじゃないかとさえ思う、愛華。


半円の螺旋階段(らせんかいだん)の上には、5つの部屋があり、それぞれの個別スペースになっている。


梓、空、陽菜、深月、そして雫は(すで)にソファーに座ってニュースを()ていた。


「私達が一番最後みたいだな」

遼子は(つぶ)くと、コーヒーを取りにリビングへと向かった。


「うちへようこそ。オフィスだと思ってくつろぎなさい」

梓は手招(てまね)きする。緊張気味(きんちょうぎみ)に「はい」と返事すると、ソファーに腰掛(こしか)けた。


ニュースでは、大々的(だいだいてき)に事件について取り上げられていた。行方不明者(ゆくえふめいしゃ)22名の顔写真や、いつ、どこから撮影したのかが分からない、土田真央(つちだまお)遺体(いたい)が、モザイク処理されてはいるものの映し出されていた。


当事者でも無ければ、専門家でも無いコメンテーターが独自の意見を述べ合っている事に、愛華を始め、四課全員が違和感と抵抗感を覚えていた。


「ということで、どこからか情報はリークされ、真偽に(かか)わらず拡散されてしまったわ」

溜息を()く、梓。


「被害者の権利は無しかよ」

被害者の情報が公開されている事に、雫は怒りを覚えていた。


「なってしまった事は致し方無いよ。マスコミの目を(かわ)しながら捜査するのは骨が折れるけれど、とにかく状況を進めなきゃだ」

手を叩き、空気を切替える、空。


「ひーちゃん、聞き込み結果の共通点出せる?」

空の質問に二つ返事で情報を出す、陽菜。


「やっぱり、失踪(しっそう)した被害者23名は共通して、(いじ)めや家庭内暴力(かていないぼうりょく)引篭(ひきこ)もり、自殺未遂(じさつみすい)など、自己(じこ)を中心とした生活環境で何かしらの問題を(かか)えていたんだ」

空は、黒幕(くろまく)(つな)がる自身の立てた仮説(かせつ)が、この情報から確証に変わった事に、手放しで喜べないでいた。


「陽菜、23名の失踪(しっそう)日から3ヶ月前まで(さかのぼ)ったアクセスログを出して」

腕と足を組みながら指示する、梓。


空間にホロ表示された、膨大(ぼうだい)な量のアクセスログを目で追う、梓だったが何かを見つけ確信したのか、目の動きをピタッと止めると口を開く。

「その中のウェブプロトコルで、SSL*¹を使っていない情報をピック。さらに、特定のユーザーのみに開示され、利用後にDelete(デリート) Programs(プログラム)がバッチ処理*²されている、ダークウェブをピックして」


梓の指示通りに、次々(つぎつぎ)とホロ情報が消えては整理されていく。


そして、残った1つのアクセス先。跡形(あとかた)もなくデリートされていた情報が、陽菜の手により復元されていく。


「"貴方(あなた)の居場所"…か」

復元されたページのトップに記載された、タイトル。


空は、無意識にそのタイトルを口にすると、ホログラムで表示されたページの"入口"を指でタップした。すると画面が切り替わり専用ページに遷移(せんい)。真っ白な背景に、短い言葉とURLが書かれている。


『このサイトは、社会から孤立し、(しいた)げられて来た貴方(あなた)だけに用意した、貴方(あなた)()るべき場所へと案内するサイトです。もう苦しむ必要は無いのです。』


「まるで宗教(しゅうきょう)のような文言(もんごん)ね」

溜息(ためいき)混じりに、感想を口にする、遼子。今回は全員が女子学生だ。遼子にとっての学生時代には、()の思い出がある。かつての自分がこの言葉を目にしたらと思うと、言い知れぬ不安に支配されるような気がしたのだ。


「そうですね。でも、否定され続けてきた人にとって、肯定(こうてい)の言葉って救いになるんだと思います。だから彼女達も…」

愛華は(つぶや)く。


「たしかに、耳障(みみざわ)りの良い言葉ってのは、良くも悪くも人を盲目(もうもく)にするからな。

カルト教や詐欺(さぎ)ビジネス、テロ組織に()まる一般人が(あと)()えないのも、こういう背景が起因(きいん)している事が多い。

本来、全ての言動は自己責任だ。他人の肯定(こうてい)()たければ、行動で勝ち()るしか無い。だけど、越えられない(かべ)が立ちはだかった時、人は言い訳として"ソコ"に傾倒(けいとう)してしまう。このサイトもそういうのを利用しているのかもしれないな。空は(くわ)しいだろ?」

雫の意見は(きび)しくも正当だ。しかし、誰しもが強い訳では無い。そういう人達が、人生から転落する前に何とかならないものか、と思い(うつむ)く、愛華。


「うん。マズローの欲求のピラミッド*³。その第三階層Social needs / Love and belongingだ。これは、社会に必要とされ、(みずか)らも()たせる社会的役割があるという『社会的欲求』と、情緒的な人間関係や、他者に受け入れられている、どこかに所属(しょぞく)しているという『愛の欲求』からなるカテゴリーだよ。このカテゴリーが満たされないと、人は社会不適応(しゃかいふてきおう)重度(じゅうど)病理(びょうり)孤独感(こどくかん)社会的不安(しゃかいてきふあん)鬱状態(うつじょうたい)(おちい)るという。彼女等(かのじょら)も現状の脱却(だっきゃく)を願い、このサイトに行着(いきつ)いたのかもしれない」

空は、ページに記載されたURLを指でタップした。


「場所のようね。ここに被害者達を(おび)き出し、待機(たいき)していた川東(かわひがし)拉致(らち)させたと言う事かしら」

マップには星印(ほしじるし)がマークされていた。梓は立上り、ホロ表示されているマップの前に立った。


「待って。これは誰のアクセス記録?」

梓は何かに気付いたかのように、陽菜に確認した。


「発見された土田真央(つちだまお)さんだけど…」


「他の被害者達も出してもらえる?」


「待ってて」

陽菜がカタカタと指を動かすと、破損データがみるみる復元されては表示されていく。


マップは全て別の場所を(しめ)し、共通点が無いように思えたが、超直感の()える深月は違和(いわ)に気付く。

「ねぇ。マップじゃ無くて、そのマップの送信元ってどーなの?」


「そうか…。流石(さすが)、深月!」

陽菜は前のめりになり、ホロキーボードを打つ。その様子を見て、深月はニシシと笑っていた。


ほんの1〜2分程度だっただろうか。静まり返る室内には、ホロキーボードを指で叩く音が(ひび)く。


そして、新たに展開されたマップに(はち)マークがマッピングされると、周辺マップへと急拡大する。


「ここに黒幕(くろまく)と被害者がいる」

空の目に映るマップには、廃校(はいこう)となった小学校が表示されていた。




*¹ SSL:WebサーバとWebブラウザとの通信においてやりとりされるデータの暗号化を実現する技術。通信の途中で、情報が盗み見られることを防いだり、電子証明書により通信相手の本人性を証明したりできる。


*² バッチ処理:あらかじめ登録した一連の処理を自動的に実行する処理方式。


*³ マズローの欲求のピラミッド:心理学者アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したもの。



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