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公安四課  作者: やん
33/52

FILE.32 ダークトライアドの三角形

千葉区532-住宅街。


「てか、聞いた? (となり)のクラスで女子が消えたって(うわさ)

下校中の3人は、話に花を()かせていた。3人にとって何気無(なにげな)い会話で、何気無(なにげな)い日常。不穏(ふおん)噂話(うわさばなし)ではあったが、話題を振った男子生徒に別段(べつだん)意図(いと)はなく、思い付きのようなものであった。


「あーそれね。聞いた。ニュースにはなって無いけど、関東圏(かんとうけん)で女子生徒が何人も消えてるらしいんだよね。もしかしたら、その子も…」


「それって、都市伝説(としでんせつ)だろ? 真央(まお)は、消えたとかそんなんじゃ無いって。先生も体調不良だって…」

盛り上がり始めた噂話(うわさばなし)を、1人が否定する。どこか、必死さを感じる程に。


「ん? 真央(まお)? お前、土田(つちだ)とコレなのか?」

1人がニヤけ(ヅラ)で小指を立てた。


「そんなんじゃねぇって。幼馴染(おさななじみ)なんだよ。真央(まお)とは。だから、そういう(うわさ)が出回ってるのも知ってたし、真央(あいつ)が休むなんて(めずら)しいから、3日目に先生に聞いたんだ。そしたら、体調不良だって…」

恋人関係に関しては、強めの語気(ごき)で否定していたが、土田真央(つちだまお)安否(あんぴ)について話し出すと、自信を無くすかのように言葉尻(ことばじり)弱々(よわよわ)しくなっていく。


「てか、幼馴染(おさななじみ)なら直メ知ってんだろ? そんな心配そうな顔すんなら、本人にメッセージ送ればいいじゃん」

どんどん暗くなる表情を見て、心配になる2人。


「送ったさ。でも、返事が無いん、、、(いって)ッ!!!!」

何かに(つまづ)く。


「何だよ………。 えっ?」

見たものに驚愕(きょうがく)し、言葉を失う男子生徒。


「た…。けて……。」


(つまづ)いた男子生徒に()け寄る2人も、異様(いよう)に言葉を失う。

そして、遅れてやってくる恐怖に身体(からだ)(むしば)まれる感覚に(おそ)われる、3人。


目に映るのは、左半身の皮が()ぎ取られ、まるで人体標本(じんたいひょうほん)のようになった"人"。壁に背を付け座っている、ソレの目は(うつ)ろで、息は細い。"人"としての形は(たも)っていながら、"人"としてもう長く無い事は素人(しろうと)でも分かった。


「……ちゃん。…けて……」

か細く聞こえる声。だが、たしかに聞き思えある声だった。


「……ちゃん。…て……」

何度も聞こえる声に、男子生徒は絶望(ぜつぼう)した。その弱々(よわよわ)しい声で口にしているのは、自分の名前だったのだから。


そして、男子生徒は気づいてしまう。最悪な事実に。


「まさか…。真央(まお)……なのか?」


その(とい)に、ソレが答える事は無かった。



四課オフィス。


パンッ。パンパンッ。

破裂音(はれつおん)(とどろ)くキッチン。奥で起きている"事故"を(かく)そうと、暗躍(あんやく)する深月(みづき)がそこにいた。


そう、"事故"は四課で起きていたのだ。


大量に散撒(ばらま)かれたポップコーン。片付けようにも数が多過ぎる。証拠隠蔽(しょうこいんぺい)のキーとなる掃除機は、メンバーが集まるリビングの先だ。どうすれば、バレずに片付けることができるのか…。


❶ 瞬間移動にも等しいスピードで掃除機を取りに行く。

正直(しょうじき)(あやま)る。

誤魔化(ごまか)しながら、処理を考える。


「ねーねー、ポップコーン食べる?」

深月は大声で()()けると、(みな)の気を()らす作戦に打って出た。❸を選んだようだ。


「気が利くじゃん。ちょうど始まるところだよ」

皿に盛られたポップコーンを机に置く前に、遼子(りょうこ)一摘(ひとつま)みして、投げるよう口に入れた。


深月は(すす)めるようにポップコーンを置くと、「飲み物も取ってくるね」と足早にその場から()ろうとする。


それを見逃さなかったのが、陽菜(ひな)だった。


「何かがおかしい…」

ジト目で(あた)りを見渡す、陽菜。その目がロックオンしたのは、怱々(そそくさ)とその場から逃げようとする、深月の背中だった。


「みー!!! どこ行くの! 何か(かく)してるでしょ」

深月は(あわ)てて事故現場(キッチン)へと逃げるが、そこは逃げ場の無い袋小路(ふくろこうじ)。つまり、八方塞(はっぽうふさ)がりである。

陽菜は、追っかけた先に広がる惨状(さんじょう)()の当たりにして、頭から(けむり)が立ち始める。


「ひ、陽菜…さん? これには(ふか)めな事情が…」


「深月ッ!!!!!」


この(あと)5分間、こってりと(しか)られたのは言うまでも無い。いつものドタバタ劇に、(あき)れた表情でポップコーンを(つま)む遼子と、苦笑(くしょう)する(しずく)


「2人とも、その(へん)にしておきなさい。始まるわよ」

(あずさ)は2、3度手を(たた)いて、2人を呼ぶ。


リビングの巨大ホロモニターに映る、(そら)。ノイズと共に、空の対面(たいめん)に、小太(こぶと)りの男がホロで(あらわ)れた───。



一課取調べ室。


「やっと会えましたねぇ」

空の第一声(だいいっせい)には微動(びどう)だにせず、(うむむ)いたままの男。


「こうして顔を合わせるのは始めてですよね。川東燐(かわひがしりん)さん。いえ、"リンリン"さんと呼んだほうが良いですよね」

空が口にした、"リンリン"というニックネームに、川東(かわひがし)はぴくりと反応する。


「あれ、分かりませんか? 僕ですよ。ロリ命! ロリマシーンです」

見たことの無いテンションで、ぐふふという()(かい)な笑い声を上げる空に、傍聴室(ぼうちょうしつ)愛華(あいか)は開いた口が(ふさ)がらない。


思えば、空の聴取(ちょうしゅ)を見学するのは始めてだった。(ゆえ)に、その(くせ)の強さに唖然(あぜん)とした。


「まさか、君がロリマシーン? 思ってたよりずっと若い。しかも、公安の刑事だったなんて…」

(おどろ)きのあまり目を()く、川東(かわひがし)。しかし、捜査官である事を理解し、落胆(らくたん)の表情と共に、再び(うつむ)いた。


「いーえ、僕も数時間前に連れて来られたんです。リンリンさんとの関係や事件について一通(ひととお)り聞かれました。まぁ、何も答えられなかったんですが…。何かリンリンさんの力になれればって、公安の人に無理言って面会させてもらってるんです。タイプの女の子も嗜好(しこう)も同じリンリンさんとは、通じ合ってるというか、親友だと思ってました。でも、いざ聞かれると何も知らない。情けないです」

(かた)を落とす、空。その目には涙が光っていた。


その様子に、川東(かわひがし)は再び顔を上げると、

「ロリマシーンは悪くない。君はコミュでお互いのタイプを(いつわ)り無く語り合える唯一の友だと今でも思ってる。だから、そんなに落ち込まないでくれ」

と、必死に言葉を返した。


「ありがとう。リンリンさん。あの…、リンリンは本当に女子学生を誘拐(ゆうかい)したんですか?」

心配そうな眼差(まなざ)しを向ける、空。


数秒の沈黙(ちんもく)があったが、重い口を開くように川東(かわひがし)(こた)えた。

「あぁ…」


「どうして? リンリンさんはあんなに、女の子は妄想(もうそう)()き立てながら見るものだって言ってたじゃないですか」

前のめりになる、空。


「そうだった。でも、彼女と出会って変わったんだ」

急に人が変わったかのように興奮気味(こうふんぎみ)に口を開く、川東(かわひがし)


「彼女?」


「あぁ。彼女は天使だよ。43にもなって童貞(どうてい)の俺に声を()けてくれる。俺なんかを見てくれる。期待してくれる。だから、ずっと俺を…俺だけを見ていてほしい。俺なら彼女のどんな願いも叶えてあげられるし、どんな期待にも応える事ができるんだ」

彼女というのは、恐らくは第一被害者の橋本望(はしもとのぞみ)の事を言っているのだろう。川東(かわひがし)のソレは、恋愛を通り越え、崇拝(すうはい)に近いものだった。


「だから彼女のために…」

冗舌(じょうぜつ)橋本望(はしもとのぞみ)への想いを口にしていた川東(かわひがし)だったが、急に(われ)に返ったかのように止まる。そして一瞬(いっしゅん)だったが、視線(しせん)を落とした。それを空は見逃さなかった。


「…だから、お、俺は、そう、彼女を誘拐(ゆうかい)した。俺の事を好きになってもらって、始めての相手になってもらって、結婚するために」

川東(かわひがし)は言い切ると、座り直す。


「それじゃあ、他の女子生徒もリンリンが?」


「うん。そうだよ。彼女を誘拐(ゆうかい)したんだ。2人目も3人目も同じだろ? 近づいて、道を聞く振りをして、デバイスのホロマップを見せた。彼女達がマップに見入(みい)っている(すき)に、催眠(さいみん)ガスを()きかけて、(ねむ)った所を車で連れ去ったんだ」

冷静な口調(くちょう)淡々(たんたん)(こた)える、川東(かわひがし)橋本望(はしもとのぞみ)について話している時とはまるで別人のようだった。それ(ほど)までに、橋本望(はしもとのぞみ)への執着(しゅうちゃく)があったという事なのか。


いずれにせよ、これ以上の情報を()る事はできないだろう。


「リンリンが連れ去った、23人は無事なんですよね? 今どこに?」

ダメ元だったが、最後に被害者の安否(あんぴ)を確認する、空。


「それを言っちゃあ、公安が彼女の場所を突き止めてしまう。俺の彼女だ。誰にも渡したくない。いくらロリマシーン相手でも言えない」

再び顔を(うつむ)く、川東(かわひがし)


「ありがとう。"川東(かわひがし)"。おかげでいろいろと確証(かくしょう)を得られたよ」

空の一言に、目を()川東(かわひがし)。何かを言い()ける(まえ)に、川東(かわひがし)を形成するホログラムが(くず)れ、空だけがそこに残った。


川東(かわひがし)の最後の言葉は、「どういう事だ」だろう。短時間であったが、空の正体を見誤(みあやま)る程度には信頼していたのだ。秘匿(ひとく)すべき情報を抜き取られているとも知らずに。


「お疲れさん。井川(いがわ)流石(さすが)演技力(えんぎりょく)だったな」

傍聴室(ぼうちょうしつ)から入ってきた、安浦(やすうら)


「いえ、彼にはあれぐらいしなきゃ口を割ることは無いでしょう」

いつもの笑顔で答える、空。


「え? ええ? 全部演技だったんですか?」

空が取調べでしていた一連(いちれん)の言動全てが、演技だった事に(いま)だに理解が追いつけない、愛華。


(じょう)ちゃんもまだまだだな。井川(いがわ)はな。聴取(ちょうしゅ)に入る数分前に、川東(かわひがし)に関するありとあらゆる情報に目を通している。その上で、川東(かわひがし)唯一(ゆいいつ)心を開くと思ったのが、ロリマシーン。だから、()えてロリマシーンを演じた。そうだろ?」


「はい。コミュニティでの言動(げんどう)から性格特性(せいかくとくせい)を割り出して、自白環境(じはくかんきょう)構築(こうちく)しました。おかげで欲しい情報は得られましたよ」

空は当たり前のように笑顔で答えるが、愛華には(おど)きでしかなかった。逮捕者(たいほしゃ)勾留者(こうりゅうしゃ)の情報だけでも膨大(ぼうだい)になる。だが、それに加えて、ネットコミュニティで関わりを持つ者全ての情報を、取調べ前の(わず)かな時間で頭に入れるなど、常人の沙汰(さた)では無い。さらに、それを演じ切るともなると、空の思考回路がどうなっているのか、愛華には理解できなかった。


「まず、川東燐(かわひがしりん)は、"黒"です。被害者達の拉致(らち)監禁(かんきん)の実行は間違いなく川東(かわひがし)によるものでしょう。ただし、犯行の指示役、つまり黒幕(くろまく)は別にいます。

次に、第二被害者の松長優果(まつながゆうか)以降の被害者は、残念ながら死亡もしくは重体の可能性が高い。そして、被害者の殺害(さつがい)川東(かわひがし)ではなく、黒幕(くろまく)によるものです」


「どうして断言できるんですか?」

愛華は(たず)ねる。


「理由は、聴取(ちょうしゅ)での川東(かわひがし)の反応だよ。

まず、川東燐(かわひがしりん)が"黒"という理由だけど、犯行内容を話す口調(くちょう)(まよ)いが見られなかった。冷静()ぎるんだ。まるで、ゲームのプレイ内容を話しているかのようにね。あれは、エピソード記憶*¹によるものだ。拉致(らち)監禁(かんきん)という、非日常()つ、精神的な負担が大きい経験は、瞬時(しゅんじ)に記憶され、忘れたくても忘れられないものだ。(かり)に、川東(かわひがし)が"白"だったとすれば、あの供述(きょうじゅつ)は、(うそ)か他人から聞いた物語ということになる。人は(うそ)非体験(ひたいけん)の情報を話す時、脳内の側坐核(そくざかく)が活発に働くんだ。そして、側坐核(そくざかく)の活動によって、人間は無意識下(むいしきか)で、視線のブレを始めとした、身体的反応(しんたいてきはんのう)(はっ)してしまうんだけど、川東(かわひがし)にはそれが見受(みう)けられなかった。つまり、あの供述(きょうじゅつ)は、思考(しこう)ではなく、記憶によるものということになる。

次に、"川東(かわひがし)(あやつ)黒幕(くろまく)がいる"という理由だけど、拉致(らち)した女子学生への欲求(よっきゅう)欲望(よくぼう)、実際にどうしたのかという記憶が(うす)()ぎる。第一被害者を除いてね。川東(かわひがし)執着(しゅうちゃく)するのは、第一被害者の橋本望(はしもとのぞみ)だけだ。言い換えれば、川東(かわひがし)には、他22人の被害者を拉致(らち)する理由も無ければ、他22人の被害者のその後に興味が無いんだ。でも、たしかに被害者22名を拉致(らち)したのは川東(かわひがし)だ。ここで行動原理に矛盾(むじゅん)(しょう)じるよね。何故(なぜ)川東(かわひがし)は、橋本望(はしもとのぞみ)を除く22名もの女子学生を拉致(らち)しなくてはいけなかったのか。

最後に、被害者が(すで)に死亡している理由だけど、聴取(ちょうしゅ)で被害者23名の安否(あんぴ)を聞いた時、川東(かわひがし)は、『"彼女"の居場所』と言った。普通は、"彼女達"だろ? (たん)川東(かわひがし)の興味が、第一被害者の橋本望(はしもとのぞみ)にしか無いと言えばそれまでだけど、生きているのが橋本望(はしもとのぞみ)、ただ1人という事実を認識していたからこそ不意(ふい)に出た言葉だとも考えられる。であれば、22名は(すで)に死亡していてもおかしくない。

そもそも、何故(なぜ)川東(かわひがし)はこのタイミングで自首をした? 理由は、今さら川東(かわひがし)逮捕(たいほ)された所で、本来の目的に(なん)影響(えいきょう)を及ばさないからだ。そして、公安の目が川東(かわひがし)に向いているこの()に、黒幕は目的を果たそうと動くはずだよ」

空の推察(すいさつ)に、愛華は(おどろ)く。ほんの30分程度、しかも、あの(くせ)の強い取調べで、ここまでの情報が引き出せるとは思ってもみなかった。


「なら、その目的ってのは一体何だ?」

安浦(やすうら)(たず)ねる。


流石(さすが)に、そこまでは…。でも、川東(かわひがし)の自首は、黒幕(くろまく)策略(さくりゃく)だと思います。そして、出頭(しゅっとう)させたという事は、川東(かわひがし)はもう用済みとなった事を意味しています。それは、新たな拉致(らち)が不要となったのか、別の実行要員(じっこうよういん)がいるのか…。いずれにしても、犯人の計画は次の段階へシフトしているはずです。事態も大きく(うご)…」

空の言う、次の段階へと事態(じたい)が動いているのであれば、一課で対応できる状況を超えていることになる。(すで)に、Sレート事案の本件は、SSレートへの引上げ、つまり特課事案(とっかじあん)を意味していた。


「た、大変です!!!」

いつにもなく、(あわ)てた様子の結城(ゆうき)


「お前はいつも大変だろ。で、どうした?」

安浦(やすうら)はツッコミを入れながらも、結城(ゆうき)(あわ)てる様子に胸騒(むなさわ)ぎを覚えていた。


「22人目の被害者、土田真央(つちだまお)が発見されました」

息を切らしながら報告する、結城(ゆうき)


(なに)? 無事なのか?」


「い、いえ、発見時(はっけんじ)は息があったようですが、状態が悪く、救急搬送前に死亡が確認されました。(すで)にドローンが現着していますが、一課に出動命令が出ています」

言葉を詰まらせる、結城(ゆうき)安浦(やすうら)胸騒(むなさわ)ぎは最悪の結果として的中(てきちゅう)していた。


「呼んどいて悪いな。この件、四課(そっち)領分(りょうぶん)かもしれん。その時は頼むな」

足早(あしばや)に取調べ室を出る、安浦(やすうら)結城(ゆうき)


2人残された空間は、(しず)けさが包んでいた。


「とりあえず、戻ろう」

空はそう言うと、その場を(あと)にした。



四課オフィス。


空と愛華が戻ると、(すで)に事件の情報がホログラムで展開されていた。


「おかえり。空。愛華。流石(さすが)の名演技ね」

梓は、戻った2人をソファーに座らせた。


「皆さん、聴取(ちょうしゅ)を見てたんですか?」


「そだよー。ここでね」

深月が指差す先に、録画(ろくが)された一課での取調べ映像がホロ表示されている。


「陽菜がハッキングで、一課の回線に割り込んだんだ」

さらっと爆弾発言をする、遼子。違う課の回線に許可なく割込むところが四課らしい。最近は、そのフットワークの軽さが四課のチャームポイントに感じる、愛華。


「空に捜査協力だなんて、そのうち四課(うち)に来る案件だろうし、イザという時に動きやすいでしょ」

もっともらしい理由を口にする、梓。


「いや、お前が空の活躍を見たかっただけだろ。完全に職権乱用だよ」

雫は冷静にツッコミを入れた。


「な、雫さんだって一緒に観てたじゃない」

反論する梓は、いつにもなくタジタジだった。


はいはいと言わんばかりに、手を(たた)く、陽菜。


「現着のドローンから現場映像が来たよ」

陽菜がホロキーボードのエンターキーをタップすると、目を(おお)いたくなるような、まさに凄惨(せいさん)と言える状況が映し出された。


(ひど)い…」

思わず一言を()らす、愛華。そして、息を飲むメンバー一同(いちどう)特課(とっか)として、数々の凄惨(せいさん)な事件を(あつか)ってきたが、間違いなく指折(ゆびお)りの状況だと言えるだろう。


「被害者は、土田真央(つちだまお)。16歳。都内の高校に通っているわ。失踪(しっそう)したのは8日前。発見者は、同じ高校に通う同級生ね。1人は彼女の幼馴染(おさななじみ)だったみたいよ」

被害者情報を口にする、陽菜。その眉間(みけん)にシワを寄せていた。


幼馴染(おさななじみ)…。あたしらのような関係って事よね。(つら)いわね」

遼子は、深い溜息(ためいき)()いた。幼馴染(おさななじみ)の大切さを知っているからこそ、失う恐怖、喪失感(そうしつかん)を誰よりも感じていた、遼子。


「そうね…。この映像を見る限り、左半身の皮膚(ひふ)損失(そんしつ)筋繊維(きんせんい)露出(ろしゅつ)している。ここまで綺麗(きれい)皮膚(ひふ)だけが()ぎ取られているとなると、何かの薬剤(やくざい)()けられているわ。ドローン情報だと、死亡時刻は発見後。つまり、生きたまま薬剤に()けられて、皮膚(ひふ)()ぎ取られた、ということになるわ。被害者は、相当(そうとう)な恐怖と苦痛の中、じわじわと命が消えていくのを感じていたはずよ」

人体解剖学(じんたいかいぼうがく)にも精通(せいつう)している、梓は、被害者が受けた苦痛(くつう)を具体的に理解している。それ(ゆえ)に、(なみ)の人間であれば直視(ちょくし)できない現実だが、顔色一つ変えずに状況を客観視(きゃっかんし)しているところは、流石(さすが)というべきである。


「こりゃ、現着(げんちゃく)した一課もメンタル(たも)ってらんないかもね」

同情するかのような表情の深月。


一瞬(いっしゅん)の静けさを()き消すかのように、コールが()(ひび)く。


「はい」

梓が応答した。その声色(こわいろ)から、発信者はすぐに分かった。


竹内梓(たけうちあずさ) 警視監(けいしかん)。今すぐ局長室に来なさい」

一方的に命令されたかと思えば、()(とな)える(すき)も無い早さでプツリと通信は切れた。呼び出された内容については(おおよ)そ予想が付いていた。


「行ってくるわね」

梓はそう言うと、部屋を(あと)にした。



公安庁局長執務室。


「君達の事だ。もう()ぎ回っているのだろう?」

(きつね)のような(するど)い視線で、梓を見る、天宮碧葵(あまみやみき)


詮索(せんさく)はけっこうです。本題を」

梓もまた、冷たい視線で返す。


「第一課が追っている広域事件0514。現時刻を()って、レートをSS指定とする。全権を引き継ぎ捜査したまえ」

天宮(あまみや)の命令に無言で一礼(いちれい)すると、矢継(やつ)(ばや)に背を向け、歩き出す、梓。


「言うまでも無いが、本件は少々(しょうしょう)デリケートな内容だ。迂闊(うかつ)な行動で足元を(すく)われ()ねない。気をつけたまえ」

追い打ちをかけるように(はっ)した、天宮(あまみや)。足を止めることなく出口に向かう梓の背中を、じっと目で追っている。そして、梓が退室するのを確認すると、溜息(ためいき)()いた。


「さて、どうする?」

誰もいない部屋で不敵(ふてき)な笑みと共に(つぶや)く、天宮(あまみや)。その笑みに隠された、言葉の意味を、この時、誰も理解はしていなかった。




*¹ エピソード記憶:長期記憶に区分される陳述記憶の一つ。「個人が経験した出来事に関する記憶」であり、何をしたかなどの内容に加え、付随情報(時間・空間的文脈・自己の身体状態・自己の心理状態)と共に記憶される。記憶強度が強いほど、鮮明に残る。

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