表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公安四課  作者: やん
32/52

FILE.31 神隠しの本質

公安庁 四課専用戦術道場。


一面畳張(いちめんたたみば)りの一室(いっしつ)。300(じょう)もの広大(こうだい)な空間全てを、殺気(さっき)にも()た空気が支配している。


シラットによる一進一退(いっしんいったい)攻防(こうぼう)()り広げる、(あずさ)(しずく)。フェンシングのように(するど)く、正確な()きは、まるで閃光(せんこう)のよう。割り込む(すき)微塵(みじん)も無い。学生の頃から師弟(してい)として、(きた)え合い、(みが)いてきたからこその阿吽(あうん)の呼吸と言えるのだろう。刹那(せつな)油断(ゆだん)が、文字通り"命取り"となるような危険な組手(くみて)だった。


道場の入口では、全身黒のスポーツウェアに身を(つつ)んだ(そら)が、(かべ)(もた)()かるように立っていた。腕を組んで、2人の動きを目で()っている。


3人を呼ぶために道場を(おとず)れた愛華(あいか)だったが、目的を忘れる(ほど)、2人の動きに呆気(あっけ)()られていた。


同じく、武術指導(ぶじゅつしどう)を受けているが、2人の本気を()の当たりに、距離を感じる、愛華。どれだけ鍛錬(たんれん)を積み重ね、成長しようとも、2人の背中すら見えない(ほど)に開いた実力差。


それは毎度の稽古(けいこ)でも感じていた。雫に対し、どれだけ打ち抜いても軽々(かるがる)しく()なされては、カウンターに()される日々(ひび)()(すべ)を見い出せない時すらある。

稽古(けいこ)では反省の余地(よち)もあるが、これが実戦だった場合、そんなに甘い事を言ってはいられない。1つの間違いが死に直結(ちょっけつ)するのだ。戦闘技量が思うように上がらない中、四課に貢献(こうけん)できているのだろうか、とさえ思う。


もやもやとした気持ちが(ふく)らみ、無意識に(つぶや)く、愛華。

「私は強くなってるのかな…」


心の声が()れた事に気付き、赤面(せきめん)しながら(あわ)てる、愛華。


「あの2人を見ていたら、気が遠くもなるよね」

空も(つぶや)くように口を開いた。変わらず2人の組手を見つめながら。


意外だった。愛華からすれば、空も十分に活躍している。そんな、空が2人を(うらや)んでいるのだ。まさかの言葉に、意表(いひょう)()かれた、愛華。


「でも、あの2人に追い付く必要なんて無いんだ。だって、あの2人にとってアレが持ち味で、四課で発揮(はっき)できる力の一部なんだから。愛華ちゃんにだってあるだろう? 愛華ちゃん自身が、これだけは負けないって思える個性(こせい)が。それはたしかに、戦闘技術では無いし、リーダーシップ力や運動神経、ハッキング技術、超直感、プロファイリングでも無いと思う。でも、確実にあるはずなんだ。だからそれを(みが)いて、唯一無二(ゆいいつむに)のモノにすれば良いんじゃないかな。四課(うち)ではさ、それぞれの唯一無二(ゆいいつむに)で、各々(おのおの)の弱点を(おぎな)い合ってるんだ。俺も、みんなも、愛華ちゃんから助けられている事はたくさんあるよ」

微笑(ほほえ)む空に、勇気付けられる愛華。「はい」と返答する声に、もやもやとした気持ちは無かった。


改めて、空の(すご)さに気付く。一番欲しい言葉を的確に()けてくれるのだ。思えば、四課に配属されたあの日、入口の前で立ち(すく)んでいた時もそうだった。愛華にとって、空の存在は日増しに大きくなっていた。


数秒間だったが、見つめ合っていた事に気づき、愛華は再び赤面(せきめん)する。そして、思い出すかのように、話を変えた。

「そういえば、ここに来たのは、空さんを呼びに来たからでした」


「ん? 俺を?」

()れていた(かべ)から()(はな)す、空。


「はい! 一課の安浦(やすうら)さんが呼んでいまして」

"安浦(やすうら)"の名を聞き、微々(びび)ではあるが反応した事に、愛華は気付いた。


「やっさんが? なら、すぐに行かなきゃね」

(あご)を親指と人差し指で(つま)み、一瞬(いっしゅん)何かを考えたようだったが、ほぼ即決(そっけつ)で答える、空。


梓と雫の(すさ)まじい戦闘が()り広げられる中、空は(たたみ)一礼(いちれい)すると、2人の近くまで()を進める。


殺し合いと言っても過言(かごん)ではない2人の戦闘に割って入るなど、自殺行為(じさつこうい)だ。愛華は思わず、「危険です」と言いかけるが、それよりも早く、空は2人を前で1度大きく手を(たた)く。


向け合った2人の右手の(あいだ)から、圧縮(あっしゅく)された空気が、瞬時に爆散(ばくさん)するのを、愛華は感じた。


お互いの右手を()きの状態で向け合ったまま、ピタッと止める、梓と雫。手と手の間は20cmほど空いている。まるで、反発し合う(きょく)同士(どうし)を向かい合わせた磁石のようだ。


「一課の安浦(やすうら)さんに呼ばれてるみたいだから、先に出るね」

空の申し出に、梓と雫は右手を下げる。その場を支配していた殺気(さっき)は、(うそ)のように消えていた。


「わざわざ、空を?」

何かを勘繰(かんぐ)る、梓。


「あの人に呼ばれているなら、空も断れんだろう。行ってこい。お前の稽古(けいこ)はまた今度だ」

梓を余所(よそ)に、GOサインを出す、雫。


「愛華ちゃん、一緒に行こっか」

予想もしていなかった空の(さそ)いに(おどろ)く、愛華。


「え? 私もですか?」


「うん! 伝説の刑事(デカ)。現場の鬼。公安庁発足以前(ほっそくいぜん)からとんでも無い難事件(なんじけん)をいくつも解決してきた人なんだ。やっさんの担当事件を聞いたら、愛華ちゃんもぶっ飛ぶと思う。きっと、何か得られるものはあるはずだよ」

空にそこまで言わせられる人は少ない。いや、四課メンバー以外では今までいなかった。同じ捜査官ではあるが、課を超えた交流というのはあまり無い。だからこそ、すれ違いざまに挨拶(あいさつ)こそすれど、他課(たか)のベテラン刑事(けいじ)の事を何も知らなかった愛華。


「ぜひ、ご一緒させてください」

愛華は、前のめりに(こた)えた。


空と愛華は、道場に一礼(いちれい)すると、その場を(あと)にした。



一課オフィス。


()によってここまで雰囲気(ふんいき)の違うオフィスになるのか、愛華は(おどろ)く。

高級マンションのリビングにも似た四課オフィスとは全く違い、オフィス机とホロボードしかない殺風景(さっぷうけい)一室(いっしつ)。部屋の()ん中は、大人2人が横並(よこなら)びに、両腕(りょううで)を広げた長さ(ほど)の空間があり、それを(はさ)むようにして、向かい合わせで席が6席、左右(さゆう)二島(ふたしま)ある。壁は黒塗(くろぬ)りで、窓は遮光(しゃこう)ホロによって閉ざされている。良い言い方をすればシックで洗練(せんれん)された部屋と言えよう。


「やっさん、お待たせです」

入室直後、空が声を()けた相手は、部屋の中央でホロボードに映し出された映像を見ていた。


背中からでも伝わる、ベテラン刑事の風格(ふうかく)。すれ違いざまに挨拶(あいさつ)する時とは別人のような、張り詰めた空気を(かも)し出す、安浦(やすうら)緊張(きんちょう)する、愛華。


「おう、来たか。井川」

ニコやかに振り向く、安浦(やすうら)。先程までの張り詰めた空気は、(うそ)のように消えていた。


安浦長八(やすうらちょうはち) 巡査部長(じゅんさぶちょう)公安庁(こうあんちょう)発足以前(ほっそくいぜん)から第一線(だいいっせん)活躍(かつやく)してきたベテラン刑事だ。"公安一課に安浦(やすうら)有り"。数々(かずかず)難事件(なんじけん)を解決してきた、安浦(やすうら)の名は、裏社会(うらしゃかい)にも(とどろ)(ほど)であった。

また、安浦(やすうら)は指導者としても優秀(ゆうしゅう)である。指導を受けた者の中には、屈指(くっし)の実力者を数多く輩出(はいしゅつ)しており、元第一課班長の()木嶋丈太郎(きじまじょうたろう)や、元第二課班長の手塚鈴華(てづかすずか)もその1人であった。

空も刑事としてのイロハを安浦(やすうら)から教わっている。


「お(じょう)ちゃん、井川(いがわ)を連れてきてくれてありがとうな。えっと、名前は…」

(うで)()けているデバイスを(たた)けば、情報はホログラムで空間表示されるこのご時世だが、(むな)ポケットからボロボロの手帳を取り出す、安浦(やすうら)


「第四課、柚崎愛華(ゆずさきあいか)です」

咄嗟(とっさ)に答える、愛華。


柚崎(ゆずさき)さんだね。よっしゃ、覚えたよ」

安浦(やすうら)は、手帳に書き加えながら、(あたた)かみのある声色(こわいろ)で返答した。

積み重ねて来たものがまるで違うのは、先程の空気感で身に()みて理解はしているが、どこかおじいちゃんと話しているような感覚になる、愛華。


「やっさん、今回お願いがあって愛華ちゃんも連れてきたんです。捜査中(そうさちゅう)、愛華ちゃんに短期集中講義たんきしゅうちゅうこうぎをお願いしたいんです」

短期集中講義たんきしゅうちゅうこうぎという程、正式にお願いするものだとは知らなかった愛華は(あわ)てて頭を()げた。


「こんなロートルに有り難い話だよ。今回の捜査中(そうさちゅう)に教えられる事は教えよう」

笑顔を見せ、快諾(かいだく)する、安浦(やすうら)


「ありがとうございます」

愛華は再び頭を下げた。


「それで、本題(ほんだい)なんですが、今回俺が呼ばれたのは…」

空は話を切り()えた。


「そうだったな。今、第一課(俺達)()ってる事件(ヤマ)は知ってるか?」

安浦(やすうら)の何か含みのある言い方に、愛華は疑問(ぎもん)を覚えた。


「はい。女子学生(じょしがくせい)連続誘拐事件れんぞくゆうかいじけんですね? 」

空は答えた。基本的には、担当課以外で捜査進捗(そうさしんちょく)も含めた、事件の詳細(しょうさい)秘匿(ひとく)される。合同捜査(ごうどうそうさ)でない限り、"俺達が()ってる事件"のワードだけで、本来は何を()すのか、を空が言い当てられるはずはなかった。

しかし、"特課(とっか)"である、第四課は例外であった。公安庁が捜査権限(そうさけんげん)(ゆう)する事案は、課や地方の(わく)を超え、情報アクセス権と捜査権を有する。

つまり、空と愛華は知っていても問題ではないのだ。愛華は、それが特課(とっか)の特権とは知らなかったがゆえ、他課情報(たかじょうほう)を共有し合うのは当たり前だと思い、安浦(やすうら)(とい)に疑問を覚えたのだった。


「あぁ、そうだ。結城(ゆうき)。ちょっと、アレ出してくれるか?」

安浦(やすうら)は、"ホロ"という言葉が出てこないのか、必死に腕のデバイスを指で(つつ)いていた。


結城巧(ゆうきたくみ)は、「了解です」と元気良く答えると、意図(いと)も簡単に情報を展開した。


「事件の発端(ほったん)は、最初の行方不明者(ゆくえふめいしゃ)橋本望(はしもとのぞみ)の両親から捜索(そうさく)(ねが)いが出された事だった」

安浦(やすうら)口火(くちび)を切ると、合わせたように橋本望(はしもとのぞみ)の情報がホロ展開された。


橋本望(はしもとのぞみ)。16歳。国立・艶星学園(えんせいがくせん)(かよ)う、女子高生です。真面目(まじめ)大人(おとな)しい性格ながら、他人からの信頼は厚く、友人も多かったと、両親も周囲の人間も証言(しょうげん)しています」

ホロ情報には、生年月日、血液型などの生体情報(せいたいじょうほう)から、学年、成績、学歴、交友関係に(いた)るまでのステータスなど、結城(ゆうき)省略(しょうりゃく)した情報まで細く記載(きさい)されていた。


艶星学園(えんせいがくせん)といえば、国内唯一(ゆいいつ)のお嬢様(じょうさま)学校ですね。家柄(いえがら)もそうですが、かなりの偏差値(へんさち)(よう)する事でも有名ですし」

愛華は(おどろ)く。なぜなら、学園のシステム上、誘拐(ゆうかい)に巻き込まれる要素が限り無く無いからだ。


艶星学園(えんせいがくせん)の教育モデルは、"最高質(さいこうしつ)の創造"である。学園の()最高質(さいこうしつ)とは、知力、体力の文武(ぶんぶ)だけでなく、容姿、作法、能力、思考にまで(いた)るまでのステータス全て。全寮制(ぜんりょうせい)であり、在学期間は、悪影響(あくえいきょう)となる要因の一切(いっさい)(はい)したバックアップ体制が()かれ、学園外の対人関係については、監視(かんし)、指導をするまでの徹底(てってい)ぶりである。


「そうだ。俺からすると、この学校の仕組みは、異常と言える(ほど)過保護(かほご)っぷりよ。まるで、高級家畜(こうきゅうかちく)のような扱いだ」

安浦(やすうら)は、溜息(ためいき)混じりで皮肉を口にした。


「だが、そんな穴の無い学校体制で、橋本望(はしもとのぞみ)は消えた。学園での状況が、リアルタイムで保護者に送信される仕組みにもかかわらずだ。

ある日、(りょう)のセキュリティドローンに橋本望(はしもとのぞみ)帰寮情報(きりょうじょうほう)が登録されず、それを不審(ふしん)に思った保護者が、学校に()い合わせたそうだ。学校関係者は総出(そうで)捜索(そうさく)したそうだが、(りょう)はおろか、学外周辺にも姿は無く、不安に()られた両親が捜索願(そうさくねが)いを出したってのが顛末(てんまつ)だ。

そして、この一件を()に、13歳から20歳(ハタチ)までの女子学生が姿を消す事案が多発(たはつ)。今日までに、23人が姿を消している」

ホロボードには、行方不明(ゆくえふめい)となっている23人の顔写真が表示されていく。


半年もの(あいだ)にこれだけ数、未成年が姿を消しているという事実。同性で、比較的(ひかくてき)歳が近い愛華は、無事を願わずにはいられず、無意識に(こぶし)(にぎ)った。

安浦(やすうら)は、愛華の様子に気付きながらも説明を続ける。


「この事件が長期化している原因は、識別スキャナーと防犯ドローンに記録が残らない点だ。あの暴動みたいだろ?

だが、最初の行方不明者(ゆくえふめいしゃ)が出てから2ヶ月近く()った時、状況が進展した。行方不明者の家族の(もと)に、手紙が相次(あいつ)いで投函(とうかん)されたんだよ」

安浦(やすうら)は、部屋の奥へと動き出すと、証拠品が並べられている机の上から、一通(いっつう)の手紙を手に取り、空へ渡した。


手紙を受け取った空は、数秒間、安浦(やすうら)を見ると、静かに手紙を開いた。

カクカクと(かく)ばった特徴的(とくちょうてき)な手書き文字で、(しる)されていた。


空の視線が手紙の上から下へと移る。そして、静かに溜息(ためいき)()くと、愛華に渡した。


手紙を受け取った愛華は、代読(たいとく)するように口を開いた。


『お父さん、お母さんへ。

心配していると思うから手紙を書きます。

私が失踪(しっそう)して二ヶ月が()ったね。私は今、ある人の(もと)で生活しています。そして、これからも死ぬまで帰ることは無いと思います。だけど、絶望的な気持ちにならないでね。

この人と出会い、導かれ、今までの自分がどんな社会で生き、理不尽(りふじん)不条理(ふじょうり)を強制させられていたかを知りました。一度きりしかない人生、もっと人間らしい生き方をしたい、今はそう思っています。

私を導いてくれる人は素晴らしい人です。あらゆるしがらみから開放してくれるんです。身も心もこの人に(ゆだ)ねています。なので、これが最期です。ありがとう。さよなら。』


愛華が読み終わると、(みょう)な静けさが(あた)りを包んだ。


愛華は眉間(みけん)にしわを寄せ、手紙を持つ手を(ふる)わせる。そして、空を見る。


「これは、明らかに違うな…」

空が(つぶや)く。


「あぁ、そうだ。被害者本人じゃない。犯人が被害者になりすまして書いたものだ。()えて被害者本人が書いていないと分かるような字体で書いていやがる。被害者家族の感情を意図的(いとてき)逆撫(さかなで)するために。悪意でな」

安浦(やすうら)(けわ)しい顔で、証拠品が並べられている机から同じような手紙の(たば)を持ってきた。その数、今日(きょう)までの行方不明者数(ゆくえふめいしゃすう)と同じ23通。


被害者全員分ひがいしゃぜんいんぶん、内容は全部(おんな)じだ」

安浦(やすうら)は、ゴムを外すと、自席の机に投げるように手紙を置いた。手紙は勢いで、扇状(おうぎじょう)に広がった。


「こんなの…酷過(ひどす)ぎる」

()まらせながら口を開く、愛華。何とか怒りを抑えようとしていた。


「手紙の共通点から、Sレートの広域事件(こういきじけん)として、捜査本部(そうさほんぶ)を設置。一課主導で当たっていたが、今日(こんにち)まで行方不明者(ゆくえふめいしゃ)の足取りも、犯人の尻尾(しっぽ)(つか)めていないってのが現状だ。表向きはな」

含みのある言い方をする、安浦(やすうら)


「表向き…?」

意味深な言葉に反応する、空。


「実は、一昨日(おととい)、"自分が犯人だ"と言う男が出頭(しゅっとう)してきたんだよ」

安浦(やすうら)()した、ホロボードに、容疑者の男の情報と、リアルタイムの拘置施設(こうちしせつ)内の映像が映し出される。そこに映るのは、ベッドで胡座(あぐら)を組む、小太りの男だった。


出頭(しゅっとう)してきた男は、川東燐(かわひがしりん)。43歳。独身。鉄工所のアルバイトで生計を立てているようです。逮捕(たいほ)経緯(けいい)ですが、一昨日(おととい)の13時35分、川東(かわひがし)が公安庁に突如出頭(とつじょしゅっとう)警務(けいむ)ドローンによって逮捕(たいほ)されています」

結城(ゆうき)は説明に合わせて、逮捕時の映像をホロボードに投影(とうえい)した。


そこには、小太りの男が5分(ほど)警務(けいむ)ドローンに何かを必死に(うった)え掛ける映像だった。男の要望に終始(しゅうし)、無反応だった警務(けいむ)ドローンだが、急に人が変わったかのように反応すると、3台で男を取り囲み、逮捕(たいほ)にする様子が映っていた。


「ん? 入口の前で警務(けいむ)ドローンに逮捕(たいほ)された?」

映像にある逮捕の瞬間に、明らかな違和感(いわかん)を覚える、空。


「はい」

結城(ゆうき)が空の疑問に答えるように返事する。


「おかしいな。警務(けいむ)ドローンは自首(じしゅ)の申告を受け付けない。自首(じしゅ)を含め、あらゆる申し出、問い合わせは、庁舎内のインフォメーションドローンに申し出るのが一般常識だ。

そもそも、警務ドローン(アレ)逮捕行動(たいほこうどう)に出るのは、簡易(かんい)スキャンによって()た情報から犯罪思考が認められた場合と、捜査同行時(そうさどうこうじ)限定解除(げんていかいじょ)された時だけのはず。だから、警務(けいむ)ドローンによって逮捕(たいほ)されたという事は、既定値超(きていちご)えの思考異常を検出(けんしゅつ)していた事になる。だけど、川東(かわひがし)は、街頭(がいとう)スキャナーにも、公安庁舎(うち)正門警務(せいもんけいむ)ドローンにも引っかからず、入口の真ん前まで来ている。という事は、少なくとも、逮捕(たいほ)直前までの解析結果(かいせきけっか)は正常値を検出していたという事。そんな事有り得るのか?」

空は、検出データそのものに違和感と類似性(るいじせい)を見出していた。その脳裏(のうり)には、"かつての事件"が(よぎ)る。


「井川さん。一応、川東(かわひがし)の識別スキャン情報があります。ですが…」

結城(ゆうき)は、出頭(しゅっとう)するまでの経路にある街頭スキャナー情報と正門、入口前の警務(けいむ)ドローンでスキャンした情報をグラフにして表示した。


「これは、妙過(みょうす)ぎる」

空は目を()く。


「はい、入口まで安定している脳波と心拍数が、逮捕直前になってこんなにも急激な振り幅を示すなんて…」

愛華が言うように、心電図のような折れ線グラフは、入口前の警務(けいむ)ドローンに何かを(うった)えている時はほぼ直線だったのに対し、逮捕直前に急激な上昇へと変化していた。

これは、本来、急激なストレスを感じている時に出るもので、例えば、自殺など、"死"という結果が分かっている行為の前に見られる兆候(ちょうこう)である。


「いや、そこもだけど、そこじゃない。あまりに綺麗すぎるんだ」

空が目をつけたのは、安定時のスキャン結果だった。


流石(さすが)だな。一課(うち)で気付いた者はいなかったよ。俺もお前さんを呼ぶ前に気付いたくらいだ」

感心するようにガハハと笑う安浦(やすうら)は、空の(かた)にポンと手を置いた。


「で、お前さんに見てもらいたいのは聴取映像(ちょうしゅえいぞう)だ」

安浦(やすうら)がそう言うと、他のホロ情報は瞬時に消え、映画のフルスクリーンのように聴取映像(ちょうしゅえいぞう)が展開された。


一課捜査官の質問に淡々(たんたん)と答える、川東(かわひがし)。だが、ある質問で言葉に詰まる。


"誘拐(ゆうかい)した女子学生は今どこにいますか?"


空はこの映像の違和感に気付いた。


「やっさん、俺にやらせたい事っていうのは、この男のプロファイリングですね?」

空は、静かに安浦(やすうら)を見る。


「頼めるか?」

安浦(やすうら)は、一言返事をした。


早速(さっそく)、この男と話をさせてください」

空はいつも以上に強張(こわば)った表情で言うと、安浦(やすうら)の案内で取調べ室に入って行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ