表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公安四課  作者: やん
30/52

FILE.29 限りなき願いを以て、魔女に与える鉄槌を。

「俺は指示を受けただけだ!」

両腕に手錠(てじょう)()けられた男は、必死(ひっし)形相(ぎょうそう)(うった)える。


(ほこり)っぽさが目立ち、お世辞(せじ)にも良い環境とは言い(がた)い室内の状況は、空間ホログラム()しにもはっきりと分かった。


(あずさ)深月(みづき)のいる取り調べ室と、男のいる拘置施設(こうちしせつ)は、空間ホログラムによる遠隔投影(えんかくとうえい)でお互いを写しているに()ぎない。実際には、数キロ単位で場所が離れている。しかし、それを感じさせないのは、テクノロジーの賜物(たまもの)だろう。


「つまり、犯行の目的も分からなければ、運んだ"遺体(いたい)"がどうなったのかも分からないと?」

対象的に淡々(たんたん)と取り調べを行う、梓。深月は、出入口の(かべ)にすがるように立っていた。


「そうだ。突然(とつぜん)、俺のデバイスに高収入(こうしゅうにゅう)()られるって、メッセージが来たんだ。最初はビビッたさ。指示通り、現場に行ってみりゃ死体があるんだからよ。でも、(カネ)は欲しかったし、半信半疑(はんしんはんぎ)で、指示通りに運んでみりゃ、その(あと)とんでもねぇ(がく)が振込まれてた。美味(うま)いと思ったよ。だから、無免許(むめんきょ)での運びは違法(いほう)だって分かってても続けるしかなかったんだ。俺は公務員(あんたら)みたく、良い生活ができてる訳でも無いし、ちょっとでも今の生活が変わればって。俺達(おれたち)、底辺の人間が、些細(ささい)な夢を見んのはダメなのかよ?」

机を(たた)き、正当性を主張する男。貧富(ひんぷ)の差の拡大により、犯罪に手を()める貧困層(ひんこんそう)が増えている事は、昨今(さっこん)の社会問題にもなっていた。


「同情はするわ。でも、罪は罪。あなたは(さば)きを受けなくてはならないわ」

梓の正論に言い返すこともできず、項垂(うなだ)れるように(うつむ)く男。


「それと、あなたのデバイスを解析(かいせき)したわ。でも、あなたの言う、メッセージを受信した形跡(けいせき)は残されていなかったわ」

デバイスに残っていたデータを展開する、梓。それを見て、我が目を(うたが)うかのように前のめりになる男。


「そんな馬鹿(ばか)な! たしかに俺はメッセージを受信して、そこに書いている通りに動いた。もう一度ちゃんと…」

男が立ち上がり大声を上げた直後(ちょくご)、空間ホロにノイズが走る。


異変(いへん)に気付いた深月が、取り調べ室と拘置施設(こうちしせつ)のリンクを確認している最中(さいちゅう)に、パチンという音と共に空間ホロが切れてしまった。すぐに復旧はしたが、前後で状況は一変(いっぺん)していた。


「ああああぁぁぁぁあ」

口から泡を()き、両目から血を流す男。藻掻(もが)き苦しみ、(つい)にはその場で倒れてしまった。予期せぬ緊急事態(きんきゅうじたい)に、梓は立ち上がると、(いそ)ぎ医療スタッフを手配する。しかし、医療スタッフが到着した頃には、男は(すで)絶命(ぜつめい)していた。そして、展開していたホログラムには、"あの"マークが表示されていた。



四課オフィス。


(そら)遼子(りょうこ)(しずく)愛華(あいか)がフロアーに集まっている。ローテーブルの上には、これまでの事件資料と、保護移送(ほごいそう)された、長谷川衿花(はせがわえりか)の情報が展開されていた。


出入口(でいりぐち)が開く。入室してきたのは、梓と深月だった。事態急変(じたいきゅうへん)により、拘置施設(こうちしせつ)急行(きゅうこう)していたのだ。


陽菜(ひな)は?」

入室早々(そうそう)(たず)ねる、梓。


「ハッキング解析中(かいせきちゅう)よ。責任を感じてるのよ、あの子」

ソファーに座る、遼子。表情に(せつ)なさを(にじ)ませていた。


「昨日も家に帰ってこなかったし、寝ずにやってるのかも…。あたし、声()けてくる」

普段であれば真っ先にソファーへ向かう深月だが、よほど陽菜の事が心配だったのだろう。身体(からだ)の向きは、陽菜のいる2階へと向いていた。


()めておけ。これは、陽菜自身で乗り越えなきゃいけない問題だ。それをあいつも良く分かっているはずだ。だから、今は気の()むまでやらせておいてやれ」

深月の(かた)に手を置き、動きを止める、雫。


「でもっ…。」

深月は何かを反論(はんろん)しかけたが、(うつむ)きソファーに座る。この中で、陽菜と一番長くいるのは深月だ。幼稚園(ようちえん)からの付き合い。だからこそ、お互いの(おも)いが痛いほど分かり合える分、今回の敗北(はいぼく)はショックだった。


重い空気を()つように、空が話題を切り出す。

「施設はどうだった?」


「例のハッカーに、拘置施設(こうちしせつ)のシステムが乗っ取られていたわ。拘置施設(こうちしせつ)では、犯罪者の反乱(はんらん)(ふせ)(ため)、緊急時には通風口(つうふうぐち)から毒ガスが排出(はいしゅつ)される仕組みよ。そして、施設内の環境は全てシステム管理されている。今回、そのシステムが乗っ取られ、ガスによって殺された」

梓は現地映像を出す。施設内では『Peace begins with a smile.』と(きざ)まれた、スマイリーフェイスのマークが展開している様子が(うつ)っていた。


「そんな。施設は外部との通信を遮断(しゃだん)した、言わばイントラネットなんですよ? 内部からのアクセスでない限り、ハッキングなんて事実上不可能なはずです」

現実離(げんじつばな)れした事象(じしょう)に、愛華は思わず立ち上がった。


「空間ホロか…」

空が(つぶや)いた。


「そうよ。流石(さすが)、空ね。(するど)い。

外部とのネットワークを遮断(しゃだん)したイントラネット環境において、内部システムへのアクセスには、愛華の言う通り、基本的は内部機器(ないぶきき)に直接、接続をしなくてはいけないわ。ただし、例外もある。"暗号化(あんごうか)された窓口"への接続よ。もちろん、アクセス元は許可された場所に限るわ。四課(私たち)は、取り調べをする際、この"暗号化(あんごうか)された窓口"を使ってリンクを確立し、遠隔(えんかく)でのリアルタイム投影(とうえい)をしているわ。ちなみに、"暗号化(あんごうか)された窓口"というのは、電話線のことよ。つまり、技術的には、ハッキングにより作られたバックドアとそう変わらないのよ。そして、四課(ウチ)では、この設定を行っているのが、陽菜よ」

回線図と電話線図をホロ展開する梓。建物に()(めぐ)らされた無数の配線は、まるで蜘蛛(くも)()のように(はり)(めぐ)らされ、素人目(しろうとめ)には、到底理解できそうになかった。


深月は(すで)にお手上げのようで、見ることすら(あきら)めている。


「じゃあ、今回は陽菜の構築(こうちく)したリンクに穴があって、そこを()かれたって事か?」

雫も、陽菜の技術力を(うたが)っている訳では無い。ただ、サイバー戦において最高峰(さいこうほう)の技術を持つ、ハッカー・陽菜が、ハッキング合戦(がっせん)で負けた相手だ。今後も負ける可能性がある。それを考慮(こうりょ)の上、捜査(そうさ)するには、誰かが切り出さなくてはいけない。雫は、()えて(うら)まれ役を買うつもりで、質問した。


「いいえ。今回、陽菜が構築(こうちく)したシステムに穴は無かった。ただ、陽菜を負かした相手よ。ウィザード級のハッカーである事は間違いないわ。(てき)も同じ方法でアクセスし、拘置施設(こうちしせつ)のシステムを掌握(しょうあく)したとしても不思議では無いわ」

梓が表示した、陽菜の構築(こうちく)プロットは、英語と数字の文字列(もじれつ)がズラッと並んでおり、システムに欠陥(けっかん)があるのか、無いのかを見た目で判断するのは難しかった。空を(のぞ)いては。


厄介(やっかい)な相手だね。ウィザード級である事以外、一切(いっさい)がブラックボックスだ。juːˈtoʊpiə(ユートピア)の有名ランカー7人の殺害(さつがい)と、24人の行方不明(ゆくえふめい)関与(かんよ)している事でさえ、証拠(しょうこ)が無い。おまけに殺害(さつがい)された7人の死因も特定できていないときた。正直(しょうじき)、お手上げだよ」

空にしては(めずら)しく、困った表情で、お手上げポーズを取る。


「死因は特定できたよ」

螺旋階段(らせんかいだん)の上から聞こえる声。フロアーにいる全員の視線(しせん)を集めたのは、陽菜だった。


「陽菜!」

深月が()っ先に声を出した。


ゆっくりと階段を下りてくる、陽菜。本人は気付いていないだろうが、笑顔は固く、目の下に(くま)を作っていた。


間脳(かんのう)への電磁パルス照射(しょうしゃ)による熱損傷(ねつそんしょう)。それが死因だったの」

ローデスクに脳のホログラム映像を展開する、陽菜。ホログラムを指でポンポンと2回(つつ)くと、脳の半分が消え、断面(だんめん)が見える状態で表示された。そして、一部分(いちぶぶん)が光る。その部分が"間脳(かんのう)"なのであろう。


「待て。脳への熱損傷(ねつそんしょう)であれば、現場でのスキャニングでは分からなくとも、司法解剖(しほうかいぼう)では特定されるんじゃないのか?」

雫の疑問(ぎもん)にも一理(いちり)ある。現代における死因の特定は、事件現場での鑑識(かんしき)ドローンによる簡易(かんい)スキャニング、分析ドローンによる司法解剖(しほうかいぼう)によるいずれかである。

司法解剖(しほうかいぼう)は、一昔(ひとむかし)前の法医学者(ほういがくしゃ)による解剖(かいぼう)ではなく、分析官(ぶんせきかん)操作(そうさ)する、分析ドローンが半自動で行う、分子レベルでの組織解剖(そしきかいぼう)である。

ゆえに、熱損傷(ねつそんしょう)となれば、組織へのダメージが検出され、とっくに死因の特定がなされるはずというのが、雫の考えであった。


「それは、"脳組織が損傷(そんしょう)していれば"の話です。

被害者7名全員の間脳(かんのう)には、(きわ)めて瞬間的(しゅんかんてき)部分的(ぶぶんてき)に、高強度(こうきょうど)のマイクロ波が照射(しょうしゃ)された痕跡(こんせき)が残っていました。痕跡(こんせき)と言うと、焼かれた状態をイメージしやすいですが、そうでは無く、"ある"機能がマイクロ波の照射(しょうしゃ)によって活動停止していたんです」

陽菜は、顕微鏡(けんびきょう)拡大(かくだい)した7人の脳組織(のうそしき)画像をホロ展開した。

展開された画像を(のぞ)き込むように見る、雫。


「ニューロンの信号伝導(しんごうでんどう)か」

雫はハッとしたように答える。


「そう。瞬間的(しゅんかんてき)だったからこそ、細胞にダメージを与える事なく、ニューロンの活動だけを停止させた。だから、細胞を分子レベルで検査(けんさ)する司法解剖(しほうかいぼう)では、死因の特定に(いた)らなかったんです」

陽菜の説明に、医学知識(いがくちしき)のある雫は納得(なっとく)していた。


「ん? マイクロ波ってことは、こないだの事件で、国防軍が木戸章平(きどしょうへい)にやろうとした事と同じってこと?」

普段は、こういった話に興味を示さない深月だが、(めずら)しく話に入ってきた。


「そうね。ただ、照射部位(しょうしゃぶい)と目的が(ちが)うわ。

マイクロ波には、ホットスポット効果っていう、電磁波(でんじは)内部反射(ないぶはんしゃ)干渉(かんしょう)を繰り返すことで、中心部が加熱(かねつ)される現象があるの。その現象で、電磁波(でんじは)は熱エネルギーに変換(へんかん)されるんだけど、その過程(かてい)でサージ電流が発生するわ。

サージ電流の事はみんなも知っているよね。公安庁に支給(しきゅう)されている、電磁パルスグレネードは、そのサージ電流を利用したものよ。

間脳(かんのう)にマイクロ波を当てると、サージ電流がニューロン結合(けつごう)阻害(そがい)し、ニューロンは機能を停止してしまう。そうなると、交感神経(こうかんしんけい)副交感神経(ふくこうかんしんけい)の制御ができなくなり、人は死に(いた)る」

陽菜の説明に合わせるように、展開したホログラムにシュミレーションが映し出される。


「そして、、、。サージ電流を発生させる程のマイクロ波は、juːˈtoʊpiə(ユートピア)ユーザーのHMDから照射(しょうしゃ)されていた」

結論付ける前に、言葉を()まらせる陽菜。何故(なぜ)なら、現代におけるHMDの必需性(ひつじゅせい)を理解していたからだ。


「犯人はHMDへのハッキングによってパルス出力をイジって、無防備(むぼうび)な相手をリモートで殺したってことだな? そしたらこの状況はかなりまずい」

思わず口を手で(おさ)える、遼子。考えうる、最悪の可能性に気付く一同(いちどう)


「あぁ。juːˈtoʊpiə(ユートピア)ユーザーで有る無しに関わらず、国民の8割がHMDを装着(そうちゃく)している。つまり、大多数の国民がテロリストの人質(ひとじち)ということだ」

空は、両膝(りょうひざ)両肘(りょうひし)を付き、組んだ手を(ひたい)に当てた。


事態は深刻だ。その状況に溜息(ためいき)()かずにはいられなかった。


HMDは(たん)なる仮想現実(かそうげんじつ)を展開するものでは無い。拡張現実(かくちょうげんじつ)、つまりARの機能も(ゆう)し、仕事を始め、マップ表示、割引クーポン券取得、健康測定(けんこうそくてい)、スポーツなど、デバイスと連携(れんけい)し、多岐(たき)に渡り生活と密着(みっちゃく)している。ゴーグル型もあれば耳掛(みみかけ)け型、カナル型など形も様々(さまざま)(ゆえ)(つね)に装着している者が多い。


「だけど、疑問(ぎもん)もあるわ。どうして被害者はjuːˈtoʊpiə(ユートピア)のランカーだけなのか、ということよ」

梓の言う通り、殺害(さつがい)された7人と行方不明(ゆくえふめい)の24人は、全員juːˈtoʊpiə(ユートピア)で何かしらのカテゴリーで有名になった者であった。


「それなんだけど、ちょっと興味深(きょうみぶか)い事が分かったわ」

遼子は、聴取(ちょうしゅ)した長谷川衿花(はせがわえりか)経歴(けいれき)をホロ展開する。


長谷川衿花(はせがわえりか)は、3年前、ある違法(いほう)ビジネスの会員だった。ビジネス名はSACRED(セイカレド)juːˈtoʊpiə(ユートピア)内において、実態(じったい)(さだ)かで無い企業が運営する、ブックメーカーサイトに登録させ、会員の登録手数料とサイト利用料の一部を会員全員で山分(やまわ)けするという収入モデルを展開していた、MLM式のビジネスよ。

"毎日自由な生活を送れるビジネス"を(もんく)い文句に、会員数を増やしていったようだけど、実際には(だれ)しもが簡単にリッチな生活を送れる訳じゃなかった。

説明会と(しょう)したセミナーでは、Aさんが3人、Bさん、Cさん、Dさんに紹介すれば、紹介されたBさん、Cさん、Dさんが会員となり、Bさん、Cさん、Dさんの登録手数料をAさんが得られる。そして、Bさん、Cさん、Dさんもさらに別の3人に紹介し、紹介された人が会員登録することで、Aさんは直接紹介していなくても手数料が得られる、つまり半永久的に連鎖的(れんさてき)な収入を得ていくという収入モデルを説明されていた。

だけど、現実的にはそう簡単にはいかない。(あや)しむ者も多い中、登録する人は(わず)かだった。いつまで()っても収入が()られず、(あせ)りを感じ、強引(ごういん)勧誘(かんゆう)をする者までいたようね。

問題はそれだけじゃなくて、入会金も30万円と高額(こうがく)で、クーリングオフなどの対応も杜撰(ずさん)だった。

そういった事もあり、金融省(きんゆうしょう)管轄(かんかつ)する消費者庁(しょうひしゃちょう)には問い合わせが殺到(さっとう)(のち)契約書(けいやくしょ)未交付(みこうふ)収入条件しゅうにゅうじょうけん隠匿(いんとく)なども判明したことで、SACRED(セイカレド)業務停止命令ぎょうむていしめいれいを受け、事実上、壊滅(かいめつ)(いた)ったわ」

資料をホログラムで展開して説明する、遼子。ビジネスプランが複雑(ふくざつ)なだけに、深月は当然のこと、愛華や雫も資料が無いとちんぷんかんぷんの内容だっただろう。


遼子は話を続ける。

「ここで、面白い繋がりがあったんだけど、SACRED(セイカレド)の実質的なトップが、第一(だいいち)の被害者、前島岳(まえしまたけし)なの。それだけじゃ無くて、人気ゲーム・バレットオブマーセナリーズのトップランカー、DEADPOOL(デッドプール)こと藤田洸(ふじたこう)や、保育士アフィリエイターの米林穂海(よねばやしほのみ)SACRED(セイカレド)の会員だった。SACRED(セイカレド)壊滅後(かいめつご)は、後継組織(こうけいそしき)が名前を変えて暗躍(あんやく)していて、殺された7人と行方不明(ゆくえふめい)の24人、そして取り調べ中に死亡した、山口稜(やまぐちりょう)は、後継組織(こうけいそしき)違法(いほう)な収入を()ていたとされているわ。juːˈtoʊpiə(ユートピア)における人気も、組織的な違法行為(いほうこうい)によるものだったのかもしれない。

この(つな)がりを偶然(ぐうぜん)と言うには、ちょっと出来過(できす)ぎてると思わない?」


師匠(ししょう)は、一連(いちれん)の犯人が自己顕示欲(じこけんじよく)による犯行だと推測(すいそく)したんだよね?」

空は何かに気づいたかのように、雫に質問する。


「そうだ。報道件数や検索数に比例して、殺害(さつがい)間隔(かんかく)が短くなっていたからな。秩序型(ちつじょがた)であり、動機は使命型(しめいがた)快楽型(かいらくがた)だと考えたが…」

雫は、現状から考えられる犯人像を答えた。


「方向性は合っていると思う。でも、何か引っかかっていたんだ。どうして犯人はjuːˈtoʊpiə(ユートピア)のランカーだけをターゲットにしたのかって。で、さっきのりょーちゃんの説明でピンときたんだ。犯人は、自身の持つ正義感(せいぎかん)から、juːˈtoʊpiə(ユートピア)内に(ひそ)む、違法(いほう)ビジネス業者に鉄槌(てっつい)(くだ)しているつもりなんじゃないかな? 」

空の考えに、雫は「そうか…」と何かに気付いたかのように(つぶや)いた。


「そうね。犯人への突破口(とっぱこう)は、被害者から辿(たど)って行くのが早いのかもしれないわね。三課から後継組織(こうけいそしき)現存(げんぞん)メンバーリストを取り寄せるわ」

早速(さっそく)、三課へ資料提供を要請(ようせい)をする、梓。


三課からは10分程度で当該資料(とうがいしりょう)が送られてきた。本来(ほんらい)、各課での資料共有には、お役所的(やくしょてき)な申請の(ため)、時間を(よう)するものだが、そこは特課権限(とっかけんげん)なのだろう。まるで(つる)一声(ひとこえ)(ごと)く、必要手続(ひつようてつづ)きの一切(いっさい)(はぶ)いた要請(ようせい)にも、迅速(じんそく)な答えは帰ってくる。


ここからは陽菜の出番(でばん)だ。陽菜は、組んだ両手を前に伸ばすと、「よしっ」と(つぶや)き、ホロキーボードを(たた)き始める。


陽菜がやっているのは、リスト全員のjuːˈtoʊpiə(ユートピア)アカウントの割出しと、ハッキングによる制御(せいぎょ)である。


人によっては複数アカウントを持っていたり、裏垢(うらあか)と呼ばれるクローズアカウントを持っていたりと、個人とアカウントを紐付(ひもづ)けた特定(とくてい)は難しいものだが、陽菜にとっては子ども用のパズルを組み立てるのに等しい。


陽菜の指は止まることなく、次々と(あば)かれるアカウント。順調(じゅんちょう)に見えたその時、エラーと共に陽菜の手が止まる。


勝手(かって)に何枚ものウインドウホロが展開され、画面いっぱいにスマイリーフェイスのマークが表示されている。


一瞬、陽菜に動揺(どうよう)の表情が見えた。だが、それを(あわ)てて(かく)すように、指を動かす陽菜。クリアしても次々と現れるスマイリーフェイス。これが、犯人からの"邪魔(じゃま)をするな"という警告(けいこく)だという事は一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。


陽菜の呼吸は(あら)くなり、(ひたい)から冷や汗が出てくる。


何度キーボードを(たた)いても、凌駕(りょうが)するウインドウの出現に、手詰(てづ)まりに(おちい)る、陽菜。


対処不能となるのに、そう時間はかからなかった。


(くや)しさでホロキーボードを強く叩くと、ホロキーボードは割れるように消えていった。


「陽菜さん…」

愛華が(つぶや)いた。


どうすることも出来ない無力感、絶望感、敗北感に(さいな)まれ、呼吸が荒くなる。そして、陽菜はその場で倒れてしまった。

目からは静かに涙が(つた)った。



───20日後。


「ようこそ。juːˈtoʊpiə(ユートピア)へ」

アナウンスと共に、巨大な(とびら)が目の前に出現する。(あた)りを見渡(みわた)すも、(とびら)以外のモノは無く、真っ暗な空間が無限に広がっている。目は見えるのに、自分の手や足を見ようとしても見えないのは不思議な感覚だ。


juːˈtoʊpiə(ユートピア)は、あなたの為に存在するもう一つの居場所です。アクセスはお持ちのHMDから簡単に行うことができます。では、あなたもこれからjuːˈtoʊpiə(ユートピア)の世界を体験してみましょう」

感覚だけを(たよ)りに、力いっぱいに扉を押すと、(まばゆ)いばかりの光に(つつ)まれてしまった。


「まずはあなたのアバターを設定しましょう。アバターとはこの世界における、あなたの分身です。容姿や服装など、あなたの思うままに着せ替えできます。おや、随分(ずいぶん)とかわいいアバターができましたね」

再び目を開くと、何やら自分の姿を決めるよう指示される。(タマシイ)の入れ物。現実世界においても、もしかすると肉体は(タマシイ)の入れ物に()ぎないのかもしれない、そう思いながらアバターを選ぶ。


まん丸の目をした、ウサギのようなアバターが出来上がった。


「あなたの個人情報は、juːˈtoʊpiə(ユートピア)の世界一高度なセキュリティによって、厳重に守られます。安心してこの世界を楽しみましょう」



どこからともなく美しい歌声が(ひび)き渡る。

「おい!始まるぞ!!!」

「え? ゲリラライブ?」

「これぞ歌姫」

「もしかして生配信なの?」

「やばい!最高」

「歌声きれい過ぎ」

歌声に()せられるように、juːˈtoʊpiə(ユートピア)(まち)全体が(さわ)がしくなる。


全体のボルテージが最高潮(さいこうちょう)を迎えた時、一瞬(いっしゅん)にして真っ暗になる、juːˈtoʊpiə(ユートピア)(まち)喧騒(けんそう)(うそ)だったかの様に静まり返る。


そして…。

バンッと明かりが()くと、上空(じょうくう)に巨大な白鯨(はくげい)が舞う。

白鯨(はくげい)の上には、人々を魅力(みりょう)し、優雅(ゆうが)に歌う1人の姿があった。そう。彼女こそ、juːˈtoʊpiə(ユートピア)の歌姫・LUNÄ(ルーナ)


『♪ 目を開くと映るのは 自分視点で広がる世界。

私は()おう どうしてこんなにも暗くて冷たいの


子どもの頃に思い描いた未来図は

ただの御伽話(おとぎばなし)だったなんて とても寂しい


学校では教えてくれない

親も教えてくれない

適齢(てきれい)になると(ほう)り出されるだけ

そういうシステムだから

国も 親も 友達も

誰一人として助けてくれない

何故(なぜ)なら 他人に私の苦しみを理解することなんて出来ないのだから


私は十分に(あらが)ったじゃない

せめて自分自身で()めてあげないと

(むく)われないじゃない

そうやって また現状に目を閉じる』


大歓声(だいかんせい)()き上がる。


彼女の正体は誰にも分からない。 17日前に突如(とつじょ)として(あらわ)れ、その圧倒的な歌唱力(かしょうりょく)に、人々は魅力(みりょう)されていった。(あらわ)れてからたった5日で、2,500万人のフォロワーを獲得(かくとく)した、稀代(きだい)歌姫(うたひめ)は、今、最も注目されている一人であった。



一方、juːˈtoʊpiə(ユートピア)にも(やみ)が存在する。ルールの穴を()いた、違法(いほう)な取引や仕事、情報売買(じょうほうばいばい)実在(じつざい)するのも事実。


立ち上がるスレッドに、一つの疑惑(ぎわく)が書き込まれる。


『 謎の歌姫・Lは、詐欺(さぎ)ビジネス・PROTO-STAR(プロトスター)の会員である。 』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ