FILE.2 邂逅
空間を舞う埃にカーテンの隙間から差す光が当たり、キラキラとチンダル現象を起こしていた。
「もう朝か…」
右手を額に当て、憂鬱そうな溜息を漏らす、柚崎愛華。配属初日に出動した事件現場が頭から離れず、フラッシュバックのように思い起こされる。抜けない疲労が目の下の隈を作っていた。
カーテンを開けると、まるで昨日の事など無かったかのように、普段と変わらぬ日常が広がっていた───。
10時間前───。
新宿区廃区画213-旧歌舞伎町。
「あ、あ、あの……」
負傷した空に言葉を掛けようとしたが、声が出ない事に気付く。みっともない事に、未だ全身の震えが止まらず、喉に力が入らない。
そんな愛華の事など気にも止めなかったのが、サイドテールの女性だった。
「にゃはっ! 完璧なタイミングだったでしょ♪」
褒めてと言わんばかりに、空に擦り寄るサイドテールの女性。
「あと数センチで死んでたけどね、俺」
呆れ顔で女性を遇うと、頭を喪った土宮愛緋の右手からエンフォーサーを取り上げた。
「それにしても、エンフォーサーを奪わせて油断を誘うだなんて、流石の判断力ね」
"また"背後から別の女性の声が聞こえ、振り向く、愛華。体育会系の見た目をしたその女性は、美人でもあるが、如何にも女性受けしそうな"カッコイイ"という言葉がぴったりだった。
そして、路地裏からまた更に別の女性2人が姿を現す。2人とも美人なのだが、そのうちの1人には、息を呑む程に惹き付けられる魅力を感じ、釘付けになってしまう。まさに、美人という言葉はこの人の為にあると言っても過言では無い。
その女性は、"カッコイイ"女性が発言した評価に対して応えた。
「それが空の良いところよ」
立ち竦む愛華の真隣を、背中まで伸びる美しい黒髪を靡かせた女性が通り過ぎる。10頭身はありそうなモデル顔負けのスタイルに、女性が憧れる綺麗と美人と可愛いの全てを総ナメにしたようなルックス。
ただ、彼女に見惚れた要素はそれだけで無い。修羅場を潜り抜けて来た人特有の余裕と自信が、他者を惹き付ける凄みとなっているのだろう。
そんな彼女こそ、紛れもなく"元"被害者・土宮愛緋に致命傷を与えた張本人だった。
土宮愛緋は、3発の銃弾に倒れた。内2発は、左右の肋からそれぞれ進入した銃弾が心臓を穿いたが、即死に至る致命傷にはなり得なかった。致命傷となったエンフォーサーの弾丸は、約45度上から前頭葉を穿き、延髄で破裂した。故に、苦しむ事なく即死した事だけは、土宮愛緋にとっては幸いだったのかもしれない。
それを狙ったのだとすると、"元"被害者の殺害という無い冷酷な判断で、この美しい女性が僅かに見せた慈悲だったのかもしれない。
「空、手当てするわ」
後ろを付いて来た応急ドローンから応急処置用の医療品を取り出すと、負傷した空の右腕を治療し始める、女性。土宮愛緋を執行した時の冷酷さは無くなり、別人のように表情穏やかだった。
廃棄区画だという事を忘れてしまう程、張りつめていた空気は嘘のように一変、まるで家にいるかのような和やかさに包まれていた。
そのギャップに緊張が解けた愛華は、全身麻酔を打たれてしまったかのように意識が遠のき、その場に倒れた───
───現時刻。
公安庁本庁 第四課オフィス。
憂鬱な表情を払うように、扉の前で深呼吸をする、愛華。意を決してホロIDを翳した。
『認証中───。』
扉が開くまでの僅か数秒がとてつもなく長く感じるのは、空が怪我を負う事になった原因が自分の行動にあるのを自覚していたからだろう。空を始め、第四課のメンバーに合わせる顔が無い。気不味さと自責の念で、1日前とは違う意味で足が竦んでいた。
『ユーザー認証、厚生省公安庁第四課 柚崎愛華 巡査長。入室承認が得られました。お入りください。』
扉が開くと共に、空の姿を目で追う、愛華。しかし、空の姿はそこに無かった。代わりに4人の女性がそれぞれに寛いでいた。
そう。その4人こそ、土宮愛緋を執行した女性達だった。つまりは、井川空以外の第四課捜査官達。
何を話せば良いのか、そもそも部屋に入っても良いものなのか、躊ぐ愛華は、部屋と廊下の境界線で立ち竦む。昨日とは違い、その様子に誰かが声を掛ける訳でもなく、かと言って注目する訳でも無い。各々が好きなように過ごしているせいか、愛華の存在に気付いてすらいないようだった。
そんな状況を打開しようと、精一杯の声を絞り出した、愛華。
「あ、あの…」
細々とした声は、広い空間に掻き消える。居場所の無さを感じ萎縮しかけたが、昨日「そんな所に立ってても中には入れないよ」と言った空の言葉が甦り、境界線を踏み出した、愛華。
「昨日付けで第四課に配属となりました、柚崎愛華です。よろしくお願いします」
気合いが空回りしたのか、裏返った声が部屋中を駆け巡る。デジャヴを感じた愛華は赤面したが、部屋にいた各々の注目を集める事には成功した。
「ふーん。昨日、何にもできなかったから、自責の念で来ないかと思ったよぉ」
ソファーに寝転ぶサイドテールの女性は、シシシと苦笑するとスナック菓子を口に入れた。
「こーら。新人ちゃんなんだからしょうがないでしょ! 新人ちゃん、えっーと愛華ちゃんだよね? 気付かなくてごめんね。入っておいで」
4人の中で、一番物腰の柔らかそうなそうな女性が手招きした。愛華は、それに応じるように一礼すると、ソファーへと腰掛けた。
「あの、井川さんは? 」
ソファーに座ったのは良いものの、落ち着かず周りを見渡した愛華は、恐る恐る訊ねた。
「誰かさんを庇って大怪我を負った空捜査官は、今日はまだいませーん」
小馬鹿にした口調で答えたサイドテールの女性を、束にした資料で殴る体育会系の女性。
「空は腕の治療をしてから来るよ。大丈夫。重傷って訳でも無いし、空もそうならない様な怪我の仕方を心得てるから。心配しなくていいよ」
愛華に目を向ける事無く淡々と話す、体育会系の女性。抑揚の無い言葉に、まるで、"これ以上は喋らなくていい"と言われているような圧を感じた愛華は、「はい…」と一言返して俯いた。
重い空気に場が包まれる中、沈黙を破ったのは舎内に響く緊急アラートだった。
『出動命令。出動命令。首都圏を中心に多発している連続爆破事件の捜査中、第二課捜査官2名が負傷。捜査レートをSに引き上げ、第四課捜査官は直ちに急行してください。繰り返します───』
「応援ってこと? 第四課が? そんなの他の課にやらせればいいじゃん」
緊急アラートに逸早く反応したサイドテールの女性は、露骨な表情で不満を示した。
「負傷者を出しちゃったんだし、他課で当たるには厳しいんだよ。それに、場所と爆発の規模が大きくなっている。第四課に来るのも時間の問題だったと思うよ。
あっ、そうだ! 愛華ちゃん、私と一緒に行こっか! 良いよね、梓? 」
物腰柔らかい口調の女性は、満面の笑みで愛華の手を引いた。キラキラとした表情の問い掛けに、"梓"と呼ばれた黒髪の女性は「分かったわ。気を付けてね」と了承した。
手を引く女性は、部屋の出入り口に差し掛かった所で立ち止まると、思い出したかのように自己紹介を始めた。
「私、立華陽菜。よろしくね!」
渋谷区229- 道玄坂ショッピングモール。
かつて若者の街として栄えた一画は、未来都市計画によって区画整理と再開発が行われ、ドーム球場がまるまる入る程巨大な集合商業施設が鎮座していた。
その1階、東エントランスフロアーが規制線ホログラムで封鎖され、中には数名の捜査官以外の人影は無かった。
「お疲れ様です。手塚 班長。応援に来ました。負傷した方の容態はどうですか? 」
現場に到着早々、陽菜が話し掛けた女性。センター分けの黒髪に鋭い目付き。公安庁でも"女帝"として名高い、手塚鈴華 第二課班長だ。
「来てもらって悪いわね。それなりの怪我はしたけど、命に関わるようなものでは無いわ。
不覚ね。犯人を見失った上に、爆発物が仕掛けられたこのエリアまで誘い出れるなんて」
悔しそうに眉間にシワを寄せ、誰にでも聞こえるような歯軋りをする、手塚。
「犯人は七瀬佑樹。37歳。職業は、"元"建築デザイナー」
手塚から受け取った情報をホロ展開した陽菜は、「元?」と聞き返した。
「えぇ。2ヶ月前、芸術の方向性を巡って建築会社と対立し、そのまま退職しているわ。その後は定職にも就かず、国民管理システムによる職業適性も受けていないわね」
手塚の報告通り、会社から追われる形で退職したのであれば、七瀬佑樹の鬱憤は相当なものだろう。そして、やり切れない気持ちを晴らす為に犯行へと駆り立てる。よくあるパターンだ。
「なるほど…。最初の爆破がちょうどその時期に被りますね。ちなみに、七瀬が勤めていた建築会社とはどういった点で対立してたんですか? 」
陽菜の質問に、手塚は幾つかのデザイン草案と設計図をホロ展開した。
「七瀬のデザインは先見的過ぎたのよ。今の常識に囚われない斬新なデザインを求めた。でも、保守的な立場の会社はそれを却下した。安全面を考慮した際、科学的に保証できないというのが理由なのだそうよ。実際、第二課でも検証したけど、お世辞にも安全とは言い難い結果が出たわ。
結局、両者の溝は深まり、居場所の無くなった七瀬は退職するに至った」
手塚の説明と展開されたホロ情報を見た愛華は、従来の建築物とは掛け離れ過ぎた破壊的なデザインを通して、七瀬佑樹の狂気的な執着を感じ取り、身震いした。
建築画とは言えど絵に変わりはない。恐怖を意図した絵であれば兎も角、本来感じる筈の無い負の念が宿っている事自体、異常なのだ。
愛華が本能的な嫌悪感を示す真隣で、陽菜は平然とした顔で、デザインに対する安全性を検証していた。結果は建築会社や第二課の検証通り、安全性は低い数値を示した。
「独創的な思考…。破壊的デザイン…か……。
手塚 班長、これまでの爆破事件の資料と識別スキャナーに検知された七瀬佑樹の生体情報および行動パターンのデータをください」
手塚から得た情報を独自のシステムにインストールした、陽菜。これまでに発生した爆破現場がマップ上にプロットされ、方角やら確率やらの数値が円グラフに示された。
数分間、そのデータと睨めっ子していた陽菜は、「やっぱり…」と呟くと、思い立ったかのように、「付いてきて!」と愛華の手を引いた。
しかし、陽菜の進む方向は、七瀬佑樹の逃走ルートと真逆。その事に気付いた愛華は、手を引かれながらも困惑していた。
「ちょっ…ちょっと、立華さん!? 」
当然、事件を担当してきた手塚鈴華も、理解を超えた陽菜の行動に困惑していた。
当の陽菜は、2人の困惑を他所に、自信満々な足取りでエントランスフロアーを後にした。
残された手塚鈴華は、「どうなってるの? 」と呟きながら、デバイスを見る。すると、陽菜が作ったマッピングが目に止まり、ようやく陽菜の行動を理解した。
「まさか…。そういう事…? 」
千代田区021- 新東京ステーションパーク。
日本の首都・新東京の玄関口にして顔である、新東京ステーション。駅を中心とした高層ビル群は、かつては"丸の内"と呼ばれたビジネス街が今も尚、展開されている。国内、大中小様々な企業の10%がここに集中し、まさしく日本経済の心臓部と呼べる場所である。
その一画、経済とは無縁の広大な公園に警務車が停車した。陽菜と愛華が降車した直後に、カモフラージュの為かホログラムによって警務車は観光バスへと姿を変えた。
「あ、あの! 待ってください!!!」
見た目からは想像もつかなかったが、意外にも足が速い陽菜に、しがみ付くように付いて行く、愛華。渋谷から警務車を飛ばす事、約10分。陽菜の思い付きのような行動に、答えを見出だせない愛華は、ドタバタ劇のように振り回されていた。
「どうして、犯人は渋谷のモール街に逃げ込んだのに、こんな所に来たんですか? 」
愛華は、途切れ途切れの息のまま訊ねた。
「刑事の感よ」
満面の笑みと共に、待ってましたと言わんばかりのセリフを口にした、陽菜。揶揄われている事は明白だったが、犯人を取り逃すのでは無いかという焦りから困惑を隠せない、愛華。
「冗談よ。必要な情報を吟味し、検討した上での帰結だよ」
愛華の見せた表情に、流石の陽菜も少し反省したのか、具体的な説明をし始めた。
「まず大前提なんだけど、七瀬佑樹の目的は何だと思う? 」
「んーッと………、やはり自分の才能を認めようとしなかった会社、引いてはこの社会に対する復讐…でしょうか?」
愛華は、数秒間考え込んだ末に自信なさげに答えた。
「なるほど。でも、ハズレかな。空みたいに言うなら、30%正解。
確かに、自身の才能に目を向けず、社会から排除した建築会社に恨みが無いと言えば嘘になる。リストラ直後は復讐も考えたと思うわ。
でも、今の七瀬佑樹に他者を傷付ける意識は無い。その理由は、犯行の前後で検知した識別スキャナーのストレス値が殆ど変動していないからよ。本当に復讐が目的なら、人を傷付ける意識を持って行動する。そうなれば、これだけ広範囲で移動しているんだもの。各所で識別スキャナーに検知されるはずよ。つまり、死傷者の発生は、目的の副次的な産物でしかないってこと。
それじゃあ、七瀬の目的が何なのかって事になるんだけど、一言で言うなら承認欲求よ。
心の内に秘めた自己世界観を"作品"という形で曝け出す事で、他者の共感や賞賛を得たいと切望する…それが芸術家よ。そして、彼の"作品"とは、"出来上がっている物を壊した末の形"の事を指している。つまり、"破壊"こそが彼の芸術だった。だから、彼の描くデザインや設計図は、破壊的な要素が前面に出ていたし、他者が見ると生理的に受付けないものも多かった。
そして、会社を追われ、失う物が無くなった彼の心に芽生えたのは、自分の芸術を数多の目に映し、記憶として残したいという渇望だった。
そんな芸術家が、自身の作る"作品"を世に出す上で、気にする事って何だと思う? 」
陽菜の質問に答えが出ない、愛華。理由は明確だった。愛華自身、犯罪者でもなければ、芸術家でもない、至極普通の一般人だからだ。
陽菜は、愛華の心構えを見透かしていた。笑顔から一転、厳しい言葉で忠告した。
「一般的な思想に囚われて、理解を超えた者から目を逸らして否定するだけじゃ、いつか後悔する事になる。目の前の現象を事実として受け入れる。それが、成長の近道よ」
いつまでも重責に背を向けてはいられない…。
ようやく自分がもう"一般人"では無く、"刑事"である事に気付いた、愛華。他人の人生を変えてしまう立場。だからこそ、出来ない言い訳を並べ立てていられる程、余裕など無いのだ。
目を閉じ、七瀬佑樹のこれまでの行動を思い起こす、愛華。まるでブラックボックスに手を入れているような感覚。それでも、1つの答えに手を伸ばした。
「芸術家が気にする事……。私がもしその立場なら……他人の反応です」
愛華が導き出した答えに、陽菜は再び笑みを浮かべた。
「そう。どれだけクオリティーを上げても、他者の記憶に刻まれなければ意味が無い。それを確かめるには、自ら事件現場に足を運んで客の反応を見なくてはいけない。
つまり、七瀬は、事件発生時に現場付近に必ずいたの。それは識別スキャナーにも検知されていた。爆破の規模と人口密度に合わせて、人々の反応を一番近くで観察できる場所でね」
目の前に広がる広大な天然芝。散歩やランニング、子連れで遊ぶ親子まで、老若男女がその場にいた。
「それじゃあ、ここに来たのって…」
あまりの広さと点在する人から犯人を特定する事に、絶望感を覚える、愛華。しかし、陽菜は迷わずある場所へと向かった。
「えぇ。七瀬が次に爆破を起す場所だからよ。正確には爆破の規模と人々の反応を確認できる場所且つ、爆破後はすぐに姿を消せるこの場所…」
陽菜がようやく足を止めたのは、新東京ステーションと人々の往来を一望できるベンチの背後だった。そのベンチにはバケットハットを深かぶりした、1人の男が座っている。
「チェックメイト。あなたが連続爆破事件の七瀬佑樹ね」
陽菜は、男にエンフォーサーを突き付けた。
「どうしてここだと分かった?」
七瀬は、失望の溜息を吐いた後、陽菜に訊ねた。
「この眺望が最適だから」
静かに答えた陽菜は、エンフォーサーの引金に指を掛けた。
「俺の負けだ」
七瀬はゆっくり両腕を後ろに回し手を組んだ。
────数時間後。
公安庁本庁 第四課オフィス。
オフィスに戻った陽菜と愛華を出迎えたのは、空だった。
「2人ともおかえり。今回は無事解決だったね! 柚崎さん」
笑顔を向ける空の右腕には、痛々しく包帯が巻かれていた。
「井川さん、その腕…」
自分のせいで空が怪我を負ったと、ずっと気に病んでいた、愛華。直視できず、思わず俯いた。
「あぁ、これ! 大袈裟だよね? ちょっと切ったくらいでさ! 心配させちゃってごめんね。
あの状況でエンフォーサーを捨てなきゃ2人とも刺されていた。腕一本で2人の命を守れたんだから、それは最善の判断だったんだよ。だからもう気にしないで」
空は、笑いながら包帯巻きの腕をブンブン回した。
「愛華さん。昨日、あなたは確かに恐怖に身が竦んでいた。刑事としての覚悟が足りなかったのも事実。だけど、あなたが慌ててエンフォーサーの引金を引いて、もしも空に弾丸が当たっていたら、今、空はこの場にいないわ。
死者、重傷者も無く、任務完了できたのは、あなたが慌てず、冷静に恐怖に向き合っていたからよ」
マグカップを持ってキッチンから出て来たのは、"元"被害者・土宮愛緋を執行した、"梓"と呼ばれた美人だった。
"梓"の評価に、涙を流した愛華。思い詰めていた憂鬱な感情が涙となって堰を切ったかのように溢れ流れているようだった。
その様子を見た空と陽菜は、互いに目を合わせて微笑んだ。
柚崎愛華をようやく第四課として迎え入れた雰囲気の最中、空は思い出したかのように手を叩いた。
「あっ、そうだ! 柚崎さんにみんなを紹介してなかった!」
空はソファーの方へと向かうと、座ったばかりの"梓"を紹介し始めた。
「まず最初に紹介するのは、昨日の柚崎さんを評価をしたこの人。癖者揃いのメンバーをまとめる第四課のリーダー・竹内梓。階級は警視長。
実は、俺と梓は血縁上の親戚なんだ。関係的には再従姉弟で、家庭の事情もあって幼い頃から1つ屋根の下、姉弟のように育ってきた間柄だよ。初対面だと冷たい印象を受ける人もいるみたいだけど、身内の事を一番に想っている心優しい人なんだ。だから、柚崎さんも身内のように接してくれると嬉しい」
空の紹介に、顔を赤らめた梓は、咳払いで誤魔化すと自己紹介を始めた。
「第四課へようこそ。愛華。第四課は、公安庁の中でも他課が手に負えない高度な事件を取り扱う。危険もあるし、難しい判断を迫られる事も多いわ。だからこそ、第四課の強みであるチームプレイで乗り越えてきた。あなたも気負わず、力を貸してほしい。
あと、ここでは名前で呼び合ってるの。だから私の事も梓と呼んでほしい」
微笑んだ梓の容姿は、これまで出会ってきた誰よりも美しく、優しく、羨望するものだった。
握手を交わす際には、思わず見惚れてしまい、それに気付いた空は柏手を打った。
「次はもうお互いに自己紹介は終わっていると思うけど、第四課の参謀・立華陽菜。階級は警視正。
彼女は第四課の頭脳だよ。物腰の柔らかい口調と容姿からは想像できないだろうけど、特A級ハッカーでもあり、エンジニアなんだ。今日の事件も犯人逮捕に至ったのは、彼女の技術力あってだよ。そのうち凄い技術を目にする事も多いはずだよ」
「改めてよろしくね! 愛華ちゃん。私の事も陽菜って呼んでね」
1つの事件を共に解決した2人。お互いに、愛華にとっては憧れであり目標となり、陽菜にとっては期待を寄せる存在となった。
「マグカップを持って座っているのが、森原遼子。階級は警視。
彼女の強みは卓越した運動神経で、ナイフを使った近接戦闘術と射撃が得意だ。
口数少ない上に、時々毒舌な所もあるけど、身内を想う気持ちが強くて、一番頼れる存在でもあるんだ。相談毎があれば頼ると良いよ」
「私、人見知りもあるから素っ気無く感じる事もあるかもしれないけど、諦めず接してくれると嬉しい…」
顔を赤らめ、自己紹介通りの人見知りを見せた遼子は、手を差し出した。笑顔で応じた愛華も手を差し出し、2人は握手を交わした。
「最後に紹介するのは、ソファーの上で胡座をかいている河下深月。階級は警視。見た目通り、第四課の猪突猛進だよ」
空の紹介で他のメンバーもクスクスと笑い出す。対して深月は、猪突猛進にツッコミを入れた。
「誰が猪突猛進だ!!!」
苦笑が大笑いに変わり場は和む。一通り笑うと、空は気を取り直して紹介を続けた。
「彼女は小柄な体格を活かした機動力に優れていて、そういう意味では近接戦闘は遼子にも引けを取らない。強みは他にもあって、超直感の持ち主だから、彼女の直感で事件解決することもあるんだ」
「よろしく! 愛華。あと、今日は意地悪言ってごめん。第四課に新しく人が入る事自体初めてだったから、どんなやつか探りたくって…」
反省した様子を見せた、深月。実は、連続爆破事件の出動要請を受けた陽菜と愛華が出た後、梓と遼子にこってり叱られていた。
知る由もない愛華は、「いえいえ」と謙遜しながら深月とも握手を交わした。
「以上が公安庁第四課だ。さっき、梓とは姉弟のような間柄って言ったけど、遼子、陽菜、深月とも中学生の頃からの付き合い。言わば幼馴染の関係なんだ。そんな俺達だからこそ、阿吽の呼吸とでも言うのかな? 言葉にしなくても通じ合えていた。
そこに新メンバーの柚崎さんが加入する事になって、俺達からしても特別な存在だし、柚崎さんからしても只でさえ特殊な環境なのに、出来上がったグループの中に入れられて戸惑う事もあると思う。
だから、困った時は遠慮なく言ってほしい。俺達も柚崎さんの想いに応えていきたいから」
笑顔の空を見て、迎え入れて貰えた事に誇りを抱いた、愛華。
厚生省公安庁第四課。
一般常識の通用しない高度な犯罪を取り扱う、特別捜査権保持課。これは、発展を遂げた日本社会に巣食う闇と戦う、彼、彼女らの物語である。