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公安四課  作者: やん
29/52

FILE.28 笑む闇

時報音(じほうおん)と共に刻々(こくこく)と進む秒針(びょうしん)。その(はり)が0を()す時、重い(こし)を上げるかのように長針(ちょうしん)もまた0を()す。


juːˈtoʊpiə(ユートピア)*¹へようこそ。時刻は午前0時。今日も皆さんにとって素敵な一日でありますように…」


アナウンスが都市全域に(ひび)き渡る。街を()()うのは、"人"では無く、多種多様(たしゅたよう)な姿をした"アバター"。娯楽(ごらく)やショッピングを始め、金融機関などの行政システムまでもが集結(しゅうけつ)し、街全体がパッケージ化したコンテンツ。そう。ここは仮想世界(メタバース)。もう一つの現実───。



───13時間後。

街頭(がいとう)の巨大モニターには、MMORPGエムエムオーアールピージー関連のインタビュー映像が放映(ほうえい)されており、その下には何人ものゲームプレイヤー達が立ち止まっていた。


「システム補正(ほせい)完備(かんび)されている現在において、勝ち抜く為に必要なのはDEX(デクステリティー)*²でも無ければ、AGI(アジリティー)*³でも無いんです。それらに課金(かきん)した所で何の意味も無い。重要なのは事前の"情報"なのです。情報をどれだけ早く手に入れられるか。そして、その手段(しゅだん)を持っているかが(カギ)となる。この放送を()て、(あわ)てて情報を集め始めるプレイヤーもいるんでしょうけど、(すで)に遅い。"いま"、この時点で戦いはもう終わっているんです」

全身黒の装備を(まと)い、目には暗視(あんし)バイザーのような物を埋込(うめこ)んだ、レンジャー部隊風の男。自信の(あらわ)れなのか、パフォーマンスなのか、男は得意(とくい)げに話すと、既に勝利を確信しているかのように右手を強く(にぎ)り、天に(かか)げた。


ネット中継(ちゅうけい)ということもあり、男と女性司会者の背景は中継閲覧者ちゅうけいえつらんしゃの様々な意見がリアルタイムで流れている。


「さすがは、今やjuːˈtoʊpiə(ユートピア)に展開されるMMO(エムエムオー)の中で(もっと)もハードと言われる、『バレットオブマーセナリーズ*⁴』のトッププレイヤーだけあって、勝利への方程式(ほうていしき)構築(こうちく)済みなんですね」

和装(わそう)姿で獣耳(けものみみ)の女性司会は、前のめりにインタビューをする。


「いやいや、最高の(うで)を持ったプレイヤーが集まるのが、このBØM(ビーオーエム)ですからね。ただし、俺が意識しているのは3人以外いないと言っても過言(かごん)じゃない。だって、ほら、もうあなた方には銃口(じゅうこう)を突きつけているんだから」

自信を隠しきれない男は、右手で拳銃(けんじゅう)を形作り、()仕草(しぐさ)をする。


直後に賛否(さんぴ)、いや否定的なコメントが殺到(さっとう)したのは言うまでもない。ただの一言で民衆(みんしゅう)()き上がるというのは、それだけ注目度の高いゲームという証明であり、男の存在はゲームの顔としても共通の認識となっていた。


「さすがの自信ですね。当然、次回の大型イベント『ナイフアンドガンズ』も優勝を(ねら)っているということですよね」

(あお)るように確認する、女性司会者。


「そりゃ、もちろんですよ。優勝以外考えていませんね。まぁ、俺を倒せる人がいるなら出てきてほしいですけどね」

男は両手を広げ、天を見上げる。誰も俺を倒す事なんてできないと言わんばかりに。


その直後、刹那(せつな)に映像が(みだ)れる。ほんの一瞬、何かが映った。顔絵(かおえ)のようにも見えなくは無いが、それを認識した者は(ほとん)どいなかった。


何事も無かったかのように映像は復旧する。


「さぁ、この俺と命のやり…」

興奮(こうふん)のまま、閲覧者(えつらんしゃ)に向けてのメッセージを(さけ)ぼうとした瞬間だった。男は言葉の続きが出ないことに気づく。いや、出ないのでは無く、口が(しび)れて動かないのだ。全身から悪寒(おかん)冷汗(ひやあせ)()み出る。そして、その時はやってきた。


胸を引き締められる痛み。激痛が思考を停止させる。


男は苦しむ余裕も無く、目を見開きながら前へと(ひざ)まずく。


倒れると同時に、男のアバターは(くず)れるようにログアウトした。

司会者は(わけ)も分からず混乱し、コメントには様々な反応が殺到(さっとう)する。ただ、一つ確実なことは、誰一人として状況を把握(はあく)している者はいない、ということだった。



───3日後。

三郷区437-ヒルズガーデン三郷。


マンションの一室、16(じょう)隅々(すみずみ)を小型の鑑識(かんしき)ドローンが走り回る。


害者(がいしゃ)米林穂海(よねばやしほのみ)。23歳。死亡推定時刻(しぼうすいていじこく)は今から2時間前…。今のところ死因(しいん)は不明です。

彼女は、本職(ほんしょく)の保育士とSNSを使った広告動画配信こうこくどうがはいしん所謂(いわゆる)アフィリエイトで生計(せいけい)を立てていて、最近は、アフィリエイト収入が支柱(しちゅう)だったようです。一見(いっけん)病死(びょうし)にも見える状況ですが、あまりにも綺麗(きれい)過ぎる…。他殺(たさつ)、つまり一連(いちれん)の事件と同一(どういつ)だと思います」

柚崎愛華(ゆずさきあいか)断言(だんげん)する。遺体(いたい)を前に(どう)じず、冷静に観察(かんさつ)し、洞察(どうさつ)し、判断する様子は、新人だった1年半前とは別人だった。彼女は新宮那岐(しんぐうなぎ)の事件を()て、1年半、特課(とっか)としての経験を()むことで刑事として大きく成長を()げていた。


愛華は、しゃがみ(ごし)遺体(いたい)隅々(すみずみ)まで見るように(のぞ)き込む。一般的にデバイスでのスキャンがこの時代の主流(しゅりゅう)だが、昔ながらの目で見て判断する重要性(じゅうようせい)を愛華は第四課で学び、知っていた。


「私も他殺(たさつ)の線に同感(どうかん)だ。病死(びょうし)と言えば、心筋梗塞(しんきんこうそく)、もしくは脳卒中(のうそっちゅう)(あた)りが思いつくけど、(かり)に睡眠中の発病(はつびょう)だとしても、ソファーの上でこんなに綺麗(きれい)体勢(たいせい)では死な無いだろう。誰かに何かのトリックで殺された。つまり、これまでと同じ、"死因なき殺人"と考えるのが自然だ」

奥の部屋から出てきた、雫。黒髪長髪(くろがみちょうはつ)(なび)かせ、その(あと)からは良い(にお)いが(ただよ)う。スタイル抜群(ばつぐん)、キリッとした目つきから(まと)う、(りん)とした雰囲気(ふんいき)は、竹内梓(たけうちあずさ)何処(どこ)となく似ている。容姿(ようし)だけで言うなら、間違い無く男性人気は高いだろう。


雫はホログラムで展開した情報を、愛華に飛ばすようにデコピンする。情報はクルクルと回転しながら愛華の目の前で止まった。


「2時間前のログにjuːˈtoʊpiə(ユートピア)へのアクセス記録が残ってる。恐らくは自身が開設(かいせつ)したチャンネルにアクセスしてたんだろう。状況証拠(じょうきょうしょうこ)()ぎないが、現実認識ができないjuːˈtoʊpiə(ユートピア)へのアクセス中に殺されたんだろう。本人の意識は仮想世界(あっち)に置いたままだから、現実世界(こっち)で何が起こったのか分からない(うち)にお陀仏(だぶつ)ってことだな」

雫は手に持っていた耳掛(みみか)けタイプのデバイスを鑑識ドローンに渡した。ドローンは自分より少し大きいデバイスを蹌踉(よろ)めきながら受取ると、どこかへと持ち去って行く。


「さすがの観察眼(かんさつがん)ですね。白羽衣雫(しらういしずく) 警視正」

愛華は指先で小さく拍手する。その目には、白羽衣雫(しらういしずく)への(あこが)れが映っていた。


「こんなの観察眼(かんさつがん)なんて大逸(だいそ)れた代物(シロモノ)じゃないよ。状況証拠からの帰結(きけつ)だ。それと!いつも言ってるだろう。(あたし)を階級付きで呼ぶな、柚崎愛華(ゆずさきあいか) 警視!」

雫はスタスタと愛華に近付くと、愛華の(ひたい)に力強く中指を(はじ)く。その痛さに涙を浮かべ、(ひたい)(おさ)える愛華だった。


「しかし、仮想世界(かそうせかい)へのダイブ中に殺害(さつがい)…。これで7人目です。しかも、(いま)だに死因(しいん)特定(とくてい)ができないなんて」

(ひたい)をさすりながら、ゆっくり立ち上がる。


「最近の行方不明者(ゆくえふめいしゃ)の中で、被害者である可能性が高い者も含めると、数は24人に(のぼ)る。広域事件(こういきじけん)になりそうだな。7人の共通点は?」

雫の(とい)に、愛華は被害者7人の状況をホロ展開した。


「7人ともjuːˈtoʊpiə(ユートピア)内での人気ランカーということです。ご存知の通り、juːˈtoʊpiə(ユートピア)は、各カテゴリー、各コミュニティーの集合体で、大規模なものや人気ランカーには大企業が出資(しゅっし)する程、莫大(ばくだい)市場規模(しじょうきぼ)(ほこ)っています。人気ランカーともあれば、巨億(きょおく)(ざい)()している場合もあります。羨望(せんぼう)の影には(ねた)()りとも言うぐらいですし、彼、彼女らを面白く思わない人も一定数(いっていすう)存在するばずです」

愛華が展開したのは、被害者に向けられた匿名(とくめい)誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)コメントだった。


仮想世界の普及(ふきゅう)(ともな)い、ネットは国家の閲覧対象下(えつらんたいしょうか)にあるが、規制(きせい)が追い付いていないのが実情(じつじょう)だった。国民管理システムによって心身(しんしん)(しば)られた国民が、ストレスの()(ぐち)にするのはネットだ。とりわけ、ネットでのマイナス感情の発散(はっさん)は、無意識状態の場合が多く、一時的なストレス軽減にも繋がっている。ネットでのストレス発散(はっさん)により、ストレスケアが必要な状態であっても、識別スキャナー計測時にはセーフ()となってしまう問題も、今日(こんにち)では指摘(してき)されている。


「つまりは怨恨(えんこん)の可能性だな…」

雫は溜息(ためいき)混じりで(つぶや)く。匿名性(とくめいせい)の高いネット世界での怨恨(えんこん)は、人物特定が難しいとされる。(ねた)み、(そね)みを向ける人物と向けられる人物の関係性が赤の他人である場合が多いからだ。


「はい。でも、私は(ぎゃく)(とら)え方もできると思うんです。犯人は、(うら)み、(つら)みを(かか)えた人の想いを利用して、(みずか)らの承認欲求(しょうにんよっきゅう)()たしているんじゃないでしょうか?」


「ずっと不自然に思っていたんです。怨恨(えんこん)の場合、相手に恐怖と苦痛(くつう)を与えて殺すのが一般的です。ですが、この遺体も、(まえ)6件も、遺体(いたい)と現場が綺麗(きれい)過ぎるんです。まるで、寝ている(あいだ)(おだ)やかな"死"が(おとず)れたかのように」

愛華は探偵(たんてい)のように指で(あご)(つか)みながら、ソファー周りをゆっくりと歩く。


「必要以上の苦痛(くつう)(あた)えていないという事か…。

陽菜(ひな)。この件に関して取り上げている、ニュースと検索ワードを1ヶ月まで(さかのぼ)ってグラフ()してくれ」

思いついたかのように、デバイスで陽菜に指示する、雫。


陽菜は二つ返事で返すと、1分も()たないうちにグラフ化情報が送ってきた。


「やっぱり、この犯人、"事件の情報が報道されることで、世間に注目される"ことに快楽を覚えるタイプかもしれない。ほら、報道数や検索数が増えれば増えるほど、殺害の感覚も短くなってきている。話題(わだい)になることが目的で、殺害自体は準備(じゅんび)()ぎない。だから、殺害時、不用意(ふようい)(きず)つける事はしない。秩序型(ちつじょがた)に分類できるわ。動機(どうき)使命型(しめいがた)と多少の快楽型(かいらくがた)が当て()まる。ただ、殺し方法が全く分からん」

雫のプロファイリングに、井川空(いがわそら)を重ねる愛華。


「それについてはごめんなさい。殺害方法(さつがいほうほう)死因(しいん)特定(とくてい)難航(なんこう)していて…。まるで、誰かの(てのひら)で転がされている気分よ」

デバイスの先から聞こえる、陽菜の声。1人目が発見されてから3週間が経過(けいか)する中、(めずら)しく()()まっていたのだ。


「いえ、いつも陽菜さんを(たよ)ってばかりなんですから、こういう時くらい刑事(けいじ)らしく、足で情報集めます!」

愛華は元気良く答えた。


「ありがとう。愛華ちゃん。私も数字ばっかりとにらめっこするんじゃなくて、"刑事らしく"足で突破口(とっぱこう)見出(みいだ)すわね!」

(やわ)らかい声色(こわいろ)に視線を向ける、愛華と雫。部屋の入口には、やる気に満ちた顔で、立華陽菜(たちばなひな)が立っていた。



船橋区378-船橋仲通り旧商店街。


古びた旧商店街は、日中(にっちゅう)にもかかわらず()の光が行き届かず、暗闇が(おお)っていた。暗い所には必然的にマイナスなものが集まると言うが、影に(ひそ)浮浪者(ふろうしゃ)のおこぼれをネズミが(むさぼ)っている。劣悪(れつあく)な環境だが、彼等(かれら)には、国家に(しば)られることの無い生活は快適なのかもしれない。そんな(やみ)の世界では、イレギュラーが日常茶飯(にちじょうさはんじ)なわけだが、この日はいつもとは違った(さわ)がしさが、一帯(いったい)の緊張感を高めていた。


「なんなんだよ」

息も()()えの男。ゴミ箱や道に落ちている物を()り飛ばそうとも、その足を止めることは無く、必死(ひっし)の表情で逃げていた。


背後(はいご)から感じる、猟犬(りょうけん)の視線と恐怖が、男の脳裏(のうり)に最悪を(よぎ)らせる。しかし、その最悪が現実のものとなり、男の足は止まる。


目の前には建物の壁なのだろう。行き場を(ふさ)がれた男にチェックメイトと言うように、背後で止まる2人の足音。


「嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない……」

言い聞かせるように何度も(つぶや)いていたが、恐怖は男の正気(しょうき)()み込み、暴走へと()り立てた。


(さけ)びながら、ポケットから刃物(はもの)を取り出すと、2人に向かって()き立てる。(やいば)が光を反射し、一閃(いっせん)を引くと、ドスっという(にぶ)い音が辺りに(ひび)く。


男はそのまま意識を失い、倒れた。視界がぼやける中、最後に見たのは女性2人組だった。



三郷区437-ヒルズガーデン三郷。


陽菜は、部屋へ上がるや(いな)や、被害者のHMDと自身のデバイスを接続した。


「相変わらず、お前は難しいことをやってのけるな」

雫は、(のぞ)き込むように陽菜のデバイスを見たが、表示されているのは、全く意味不明なアルファベットと数字の文字列(もじれつ)ばかりで、早々(そうそう)(あきら)めてしまった。


「被害者のHMDに残るアクセス履歴(りれき)解析(かいせき)してみようと思ってます」

お手上げの雫に、笑顔で答える陽菜。


「被害者・米林穂海(よねばやしほのみ)の運営者ページには、毎日多くのアクセスがあります。ただ、中には不自然(ふしぜん)な方法でアクセスをしている者もいます。例えば、複数のサーバーを()(だい)に、足跡(あしあと)が付かないようにしているとか。彼女、有名ですからね。(ねた)み、(そね)みで、足を引っ張ろうとする人間は必ずいるものです。それ自体はよくある事なんですが、視点(してん)を変えて、殺人をする上で必要になるものは何かを考えてみたんです」

陽菜の指の動きに合わせて、情報が大量に出てきては、整理されていく。


「そうか。個人情報か」

ハッとする、雫。


「そうです。出会い(がしら)無差別殺人(むさべつさつじん)でもない限り、相手を知った上で、殺人の計画立てるはずですからね。そして、パーソナルデーターへの不正アクセスは、痕跡(こんせき)が残りやすい。本来、ログインが必要になるなど、技術的(ぎじゅつてき)にアクセス制限されたディープウェブ上にありますからね。プロは、その痕跡(こんせき)を消そうと偽装(ぎそう)するけど、逆にそれが目立(めだ)つ場合もある。だから、そこから犯人に辿(たど)り着けるかもしれません」

陽菜の表情に自信が戻ってゆく。


そして、高速で動いていた指がピタッと止まると、深呼吸をした(のち)中指(なかゆび)でENTERを強めにタップした。


(しぼ)れたか?」

雫が聞く。


「ええ。対象は長谷川衿花(はせがわえりか)。33歳。歌手活動をしているようだけど、機会(きかい)(めぐ)まれず、アルバイトで生計(せいけい)を立てているようね。(すで)に、(そら)遼子(りょうこ)には位置情報を送っているわ」

陽菜が展開するマップには、赤い丸が点滅(てんめつ)しながら目的地へと移動していた。



越谷区369-メゾンプレステージ越谷4階。


古びたアパートが(なら)一角(いっかく)真昼間(まっぴるま)というのに、()()む光は(とぼ)しく、一帯が(さみ)しさを()びている。


扉の前で突入のタイミングを(はか)る、空と遼子。


「ロッククリア…」

(ささや)くと、手信号(てしんごう)で空に指示を出す。


3・2・1……


「公安庁刑事課だ。無駄な抵抗は()め、手を頭の後ろに組んで()せろ」

(とびら)を強く(ひら)き、空を先頭に室内へ()()む。


向けたエンフォーサーの先には、ガクガクと(おび)えながら床に()せる女性がいた。


何かがおかしい…。空の直感が(ささや)く。


その瞬間(しゅうかん)、エラー音と共に、デバイスからはホロウインドウが止めどなく飛び出した。


「何だこれは!?」

遼子は(おどろ)きと(とも)部屋中(へやじゅう)に展開された、エラーウインドウを見渡す。


直後、エラーを知らせる画面が、白黒テレビのようにプツリと消えると、切り替わるようにマークが表示された。

青ラインのニコちゃんマークに、右は白、左は青で()られたシンプルなもの。それ(ゆえ)に、笑顔には(おもて)(うら)混在(こんざい)し、心から(わら)えない()みを(つね)()かべているのだ、というメッセージ性が読み取れた。また、マークの(まわ)りをぐるっと一周(いっしゅう)するかのように、『Peace begins with a smile.』と(きざ)まれている。()の聖人、マザーテレサが残した言葉である。


マザーテレサは、45年にわたり(まず)しい人、()める人、孤児(こじ)終末期(しゅうまつき)の人達に()くし、信徒(しんと)(みちび)いたとされる、聖人であった。だが、一方(いっぽう)では、改宗(かいしゅう)強要(きょうよう)事前金(じぜんきん)不適切利用(ふてきせつりよう)終末期患者(しゅうまつきかんじゃ)への不衛生(ふえいせい)な医療など、黒い(うわさ)()えず(ささや)かれた。もちろん(うわさ)、都市伝説の範疇(はんちゅう)を超えないが、マークの直訳は、『平和は微笑(ほはえ)みから始まる』である。


「まさか、俺達は()められたのか…」

目を()く、空。何故(なぜ)なら、突入に(いた)った情報元は陽菜だったからだ。



警務車内では、エラー音が()()なく()(ひび)いていた。


(ウソ)……。」

何度も、何度もホロキーボードを(たた)く、陽菜。しかし、陽菜がロックを解除しようとすればするほど、エラー音に(はば)まれる。


(あせ)りから、より指の動きは加速するが、全く(こう)(そう)したようには見られない。


愛華は目を(うたが)う。(こと)、サイバー戦において、陽菜が苦戦(くせん)()いられる事など、今まで無かったからだ。


奥歯(おくば)が割れそうになるくらい、力が入る。


四方八方(しほうはっほう)に張り(めぐ)らされた(あみ)(おり)によって、陽菜のAI・ハニーは行き場を失う。まさに八方塞(はっぽうふさ)がりとなっていた。


必死で突破口(とっぱこう)()()けようとしていた陽菜に、(つい)にその時が(おとず)れる。


陽菜の(かた)に優しく手を置く、雫。それを見ていられず、口を手で(おお)う、愛華。



その様子はリアルタイムで、空と遼子にも伝わっていた。

「そんな、、、ひーちゃんが負けるなんて…」

信じられないという表情で立ち(すく)む、空。遼子は、涙を(こら)え、絶句(ぜっく)していた。


()()まないエラー音と共に、嘲嗤(あざわら)うかのように、微笑(ほほえ)みを()かべたマークが2人を見下(みお)ろしていた。




*¹ juːˈtoʊpiə《ユートピア》:一般向けに公開されている仮想世界。情報化した精神をアバターに投影し、五感を情報世界へ完全接続した技術を採用している。ショッピングや娯楽を始め、金融・行政機関まで集結している。

*² DEX:デクステリティの略。MMORPGにおいて、すばやさ、器用さ、命中率、クリティカルヒット率、回避率、生産成功率などに影響するステータス。

*³ AGI:アジリティーの略。MMORPGにおいて、敏捷(びんしょう)さ、回避率や命中率などに影響するステータス。

*⁴ バレットオブマーセナリーズ:通称BØM。近年で大人気のVRMMO。プレイヤーは傭兵となり、各戦場や戦闘に参加する。



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