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公安四課  作者: やん
27/52

FILE.26 散華

千代田区211-国防省本庁舎。


21:16。

中央省庁には"夜"というものが存在しないらしい。日は落ちているはずだが、光量的(こうりょうてき)には夕方のように明るかった。


現場検証(げんばけんしょう)を終えた陽菜(ひな)愛華(あいか)。待っていたのは、警務車(けいむしゃ)では無かった。


公安庁(こうあんちょう)刑事課捜査官(けいじかそうさかん)だな? 大人(おとな)しくご同行(どうこう)願おう」

短機関銃(たんきかんじゅう)は2人を(かこ)むように向いていた。


「何のマネですか? 公安に対する明確な越権行為(えっけんこうい)ですよ?」

愛華が反論(はんろん)する。


国防法(こくぼうほう)第3(じょう)(もと)づく、強制連行指示書きょうせいれんこうしじしょだ。(したが)わない場合、執行許可(しっこうきょか)も出ている」

国防軍の男は、デバイスから礼状(れいじょう)を展開した。これも、反戦同盟会(はんせんどうめいかい)襲撃(しゅうげき)と同じく、命令(めいれい)で動いているだけで、本質(ほんしつ)は知らされていないのだろう。


「愛華ちゃん」

陽菜は、愛華の(かた)をポンっと(たた)くと、両手を上げた。愛華も、不服(ふふく)ながらも続くように両手を上げた。


確保(かくほ)!!!」

数人(すうにん)がかりで女性2人を取り押さえる光景(こうけい)異様(いよう)だった。


冷たい手錠(てじょう)は、2人の手首(てくび)()め付けた。



千代田区356-国防省臨時庁舎 大佐執務室(たいさしつむしつ)


「お前にそれを知る権利は無い」

怒号は室内全体に(ひび)き渡る。


何故(なぜ)です? 今回のテロは、『ネックブリーカー作戦』に関わった者がターゲットにされている可能性があります。あの作戦のミーティングで、関係者の名前を見たが、今回のテロで犠牲(ぎせい)になった者と一致(いっち)しているんです。それに、テロの被害(ひがい)空軍関係者(くうぐんかんけいしゃ)しか出入(でい)りしないフロアーだった。明らかに内部事情(ないぶじじょう)を知っている者の犯行です」

机に両手を強く付くように前のめりになる、木戸章平(きどしょうへい)村西(むらにし)は、(いぶか)しそうに(にら)んだ。


「それで、"生きていた岩城(いわき)"の犯行だとでも言うのか? 馬鹿馬鹿(ばかばか)しい。(やつ)は、岩城祥一(いわきよしかず) 少佐(しょうさ)は、軍人として立派(りっぱ)に死んだ。これ以上でも以下でも無い 」

村西(むらにし)が何かを知っているのは明白(めいはく)だった。知っていて、有耶無耶(うやむや)にしようとしているのだ。


「だったら、どうして岩城(いわき)さんはスキャナーに検知(けんち)されるんですか? 大佐(たいさ)は、岩城(いわき)さんが生きていた事を知っていたんじゃないですか? 認知(にんち)の上で、国家に不都合(ふつごう)な存在だったから捜索(そうさく)を打ち切り、行方不明(ゆくえふめい)扱いにした。 『ネックブリーカー作戦』を隠蔽(いんぺい)する為に」

木戸(きど)追求(ついきゅう)とほぼ同時タイミングで、ぞろぞろと数名(すうめい)が入ってきた。


木戸章平(きどしょうへい) 大尉(たいい)国防法(こくぼうほう)第3(じょう)(もと)づき、ご同行(どうこう)願います」

部隊長(ぶたいちょう)らしき男が同行(どうこう)を求めると、木戸(きど)はキッと(にら)んだ。


(ことわ)る。俺は公安が捜査(そうさ)する、テロ事件の容疑者(ようぎしゃ)でもある。そういう(わけ)にはいかない」

キッパリと(ことわ)る、木戸(きど)


「つべこべ言わず(したが)え」

軍人5人()かりだ。あっという()(おさ)()まれ、首に何かを打たれる。直後、視界(しかき)(ゆが)み、ブラウン管テレビのようにプツりと真っ暗になった───。


***


ハッと夢から覚めるかのように意識が戻ると、見覚(みおぼ)えの無い場所にいた。身体は、歯科医院(しかいいん)にあるような椅子(いす)拘束(こうそく)され、頭と(まぶた)が何かの器具(きぐ)固定(こてい)されている。状況把握(じょうきょうはあく)ができていない中、視界(しかい)数人(すうにん)(かげ)(うつ)る。


何故(なぜ)、国家を裏切(うらぎ)った?」

村西(むらにし) 大佐(たいさ)の声だ。必死(ひっし)視線(しせん)を声の方向に動かす、木戸(きど)


裏切(うらぎ)り? 何の事です?」

まだ、打たれた(くすり)身体(からだ)に残っているのか、全身だけでなく、声にも力が入らない。


「とぼけるな。お前は、国防省の機密(きみつ)にアクセスし、一部(いちぶ)漏洩(ろうえい)した。これは容疑(ようぎ)では無い。お前のデバイスにはその形跡(けいせき)が残されていた」

村西(むらにし)が持っていたのは、(まぎ)れもなく木戸(きど)のデバイスだった。


「身に(おぼ)えがないと言ったはずです!」


「あくまで(しら)()るか」

村西(むらにし)(はな)(わら)う。


「情報の流出先(りゅうしゅつさき)は7ヶ月前に特定(とくてい)し、対処(たいしょ)している。お前は、岩城華恋(いわきかれん)に情報を流していた」

村西(むらにし)が口にした、岩城華恋(いわきかれん)の名。点と点が線で(つな)がった気がした。


華恋(かれん)…。」

ハッとする、木戸(きど)。そう、村西(むらにし)は"7ヶ月前に対処(たいしょ)した"とそう言ったのだ。


「彼女は…。岩城華恋(いわきかれん)は、自殺(じさつ)…だった…そうですよね?」

木戸(きど)自身、(おそ)ろしいことを聞いている自覚(じかく)があった。その質問の回答は無い。


大佐(たいさ)は、"岩城華恋(いわきかれん)()()自殺(じさつ)だ"と言っていたじゃないですか!」

(いや)予感(よかん)()ぎっていた。(うわさ)を耳にしたことがあった。


7ヶ月前。岩城華恋(いわきかれん)が"自殺(じさつ)"した、一週間後(いっしゅうかんご)出回(でまわ)った(うわさ)身元不明(みもとふめい)遺体(いたい)空軍基地内(くうぐんきちない)で発見された、というものだ。遺体(いたい)損傷(そんしょう)(はげ)しく、内蔵破裂(ないぞうはれつ)筋肉断裂(きんにくだんれつ)骨折箇所多数(こっせつかしょたすう)。もはや人間としての形を(たも)っていなかったという。軍関係者(ぐんかんけいしゃ)可能性(かのうせい)が高いということで、捜査(そうさ)国防警務官(こくぼうけいむかん)が担当。その後の捜査(そうさ)がどうなったかは(だれ)も知らない。ただ、発見者の公表(こうひょう)も無く、遺体発見(いたいはっけん)事実(じじつ)でさえ曖昧(あいまい)なものであった為、誰しもが都市伝説(としでんせつ)だと思っていた。


「まさか…」

疑惑(ぎわく)確信(かくしん)、そして不信(ふしん)へと変わる。


「こんな事は(ゆる)されない」

(おさ)えきれない(いか)りと(かな)しみを理性(りせき)(やぶ)ろうと()き立つ。しかし、動かない身体(からだ)でできるのは(にら)む事だけだった。


(ゆる)されないのはお前のクーデターだ。現時点(げんじてん)においても、デバイスから外部(がいぶ)音声情報(おんせいじょうほう)送信(そうしん)されている。どこに送っている? 公安か?」


「まぁ、良い。答えないのであれば()かせるだけだ。頭に()いているその機械(きかい)、マイクロ波を流す装置だ。微弱(びじゃく)なマイクロ波を大脳皮質前頭前野だいのうひしつぜんとうぜんや()えず流すとどうなると思う。精神機能(せいしんきのう)(おか)し、自制心(じせいしん)崩壊(ほうかい)する。電子(でんし)レンジに(のう)を入れて加熱(かねつ)するのと同じだ。長時間であれば脳全体(のうぜんたい)への障害(しょうがい)もままならないだろう。だが、感謝してほしいものだ。お前は廃人(はいじん)となってこれからも生き続けるんだからな」

村西(むらにし)から狂気を感じた。その直後、頭部(とうぶ)への生温(なまあたた)かさとキーンという強い耳鳴(みみな)りが(おそ)う。


木戸が、恐怖(きょうふ)(さけ)びをあげた瞬間(しゅんかん)(すべ)ての機能(きのう)停止(ていし)したように、室内は真っ暗となった。


耳鳴(みみな)りが()まると同時に、視界(しかい)が明るくなる。明順応(めいじゅんのう)により、視界(しかい)がぼやける中、聞き(おぼ)えのある声が聞こえた。


「こいつらを(とお)したのは(だれ)だ」

村西(むらにし)怒号(どごう)が飛び()う。


国家公安法(こっかこうあんほう)34(じょう)第5(こう)強制執行(きょうせいしっこう)プロシージャの行使(こうし)認定(にんてい)されました。村西鉄二(むらにしてつじ) 空軍大佐(くうぐんたいさ)及び、以下2名を執行(しっこう)します」

(あずさ)はエンフォーサーを向ける。


「ふざけるな。厚生省風情(ふぜい)が!!!」

村西(むらにし)怒鳴(どな)ると、背後(はいご)から拳銃(けんじゅう)を向ける、軍人が(あらわ)れた。


室内は、村西(むらにし)と部下2人だと思っていた。しかし、扉の(かげ)に1人(かく)れていたのだ。


梓に向けられた拳銃(けんじゅう)引金(ひきがね)の指に力が入る。


パンッ。

銃声(じゅうせい)(ひび)く。


銃弾(じゅうだん)は、天井(てんじょう)にめり込んでいた。


梓に向けた拳銃(けんじゅう)を持つ右腕(みぎうで)は、深月(みづき)によって天井(てんじょう)へと向けられ、身体(からだ)(ゆか)(おさ)()まれいた。身動(みうご)きが取れないよう、顔は足で()みつけられていた。


反逆行為(はんぎゃく)により、執行(しっこう)する」

深月は、足を少し首側(くびがわ)にずらすと、一発(いっぱつ)、エンフォーサーの引金(ひきがね)を引いた。


それに続く形で、(しずく)が部下2人にエンフォーサーの引金(ひきがね)を引いた。銃弾(じゅうだん)は部下2人の頭に直撃(ちょくげき)し、風船(ふうせん)のように割れ()った。


真横(まよこ)肉片(にくへん)となる部下。村西(むらにし)は、恐怖で引金(ひきがね)()けた指に力が入らない。


「き、貴様(きさま)らは、平和が一体誰に(もたら)されているのか知らんから、そう簡単に()みにじれるのだ。私達の作戦は全て、国益(こくえき)のため。国家のためだ」

大声を(あら)げる村西(むらにし)を、梓は冷めた目で見ていた。


「だったら、あなた達の行動は大臣に保証(ほしょう)されていたはず。プロシージャには、大臣が認可(にんか)しているわ。あなた達の行動は犯罪なのよ」

梓の糾弾(きゅうだん)に、(くや)しさを(にじ)ませると、入口へと逃げる、村西(むらにし)


梓は、溜息(ためいき)混じりに数秒間目を閉じた。直後、一発の銃声(じゅうせい)(ひび)く。


そこには、国益(こくえき)勘違(かんちが)いした、(あわ)れな権力者(けんりょくしゃ)が、肉片(にくへん)となって()っていた。



千代田区356-国防省臨時庁舎 会議室。


雫は、ペンライトで木戸の目を()らし、何かを確認していた。


「反応も問題なさそうだな。これなら、マイクロ波による脳への影響(えいきょう)も無いと思うが、念のため後で検査(けんさ)を受けろ」

雫は医師免許(いしめんきょ)を持っていた。


「ありがとうございます」

天井(てんじょう)見上(みあ)げたまま、(つぶや)木戸(きど)


「『ネックブリーカー作戦』ってのが相当(そうとう)ヤバかったようね。あいつら、急になり()(かま)わなくなった」

足を()み、椅子(いす)(すわ)る、梓。


「別で動いていた仲間が、不当(ふとう)(おさ)えられてね。手錠(てじょう)まで()けられちゃったものだから、公安庁の局長が動いたんだよね」

椅子(いす)でくるくる(まわ)り遊ぶ、深月。


「その人たちは? 」

心配するように聞く、木戸(きど)


「ん? 2人とも───。」

深月は、遊んでいた椅子(いす)()めた。



───1時間前。都内某所(とないぼうしょ)


8人乗りワゴン車が大量(たいりょう)警務(けいむ)ドローンに衝突(しょうとつ)し、停車していた。警務(けいむ)ドローンの数台(すうだい)は、ボーリングピンのように(たお)れている。


「手を頭の(うしろ)に回して、車を出なさい」

同乗していた5人に、エンフォーサーを向ける、愛華。


2人のエンフォーサーは拘束(こうそく)された際に、没収(ぼっしゅう)されたが、(あと)()ってきた警務(けいむ)ドローンが二丁分(にちょうぶん)持ってきていた。これも、拘束(こうそく)瞬間(しゅんかん)に陽菜が申請(しんせい)をしていたのだった。


並走(へいそう)していた他の車両(しゃりょう)からも、部隊(ぶたい)連中(れんちゅう)次々(つぎつぎ)と出てきては、警務(けいむ)ドローンに取り押さえられていた。


「どうして、、、ッ」

取り押さえられた、部隊(ぶたい)の1人が苦しそうに聞いた。


「"(そな)えあれば(うれ)い無し"と言うでしょ? (そな)えただけよ」

陽菜は、手を上げた形で車体(しゃたい)(おさ)えられている、部隊(ぶたい)の男の(うで)指差(ゆびさ)した。男が腕に()けているデバイスには、(はち)のマークが表示されている。拘束(こうそく)されている中、できる限り周りを見渡すと、デバイスだけでなく、資料のナビシステムも(はち)マークが表示されていた。


男はハッキングされていた事にようやく気付き、一言「くそっ」と(つぶ)いた───。



───現在。国防省臨時庁舎 会議室。


「国防軍がひた(かく)しにする『ネックブリーカー作戦』。独裁国家(どくさいこっか)中華大帝国(ちゅうかだいていこく)*¹による石垣島(いしがきじま)及び宮古島(みやこじま)への侵攻阻止(しんこうそし)名目(めいもく)とした、武力(ぶりょく)での防衛作戦(ぼうえいさくせん)。この作戦にあなたと岩城(いわき)は参加した。表向きは、国土防衛(こくどぼうえい)侵攻勢力殲滅しんこうせいりょくせんめつ目的(もくてき)だった。でも、本命(ほんめい)は、逆侵攻作戦ぎゃくしんこうさくせんだった。その足掛(あしが)かりとなる、石垣島(いしがきじま)は何としても奪還(だっかん)しなくてはいけなかった。(たと)え、犠牲者(ぎせいしゃ)を出したとしても。あなたの部隊(ぶたい)は、最初から作戦成功(さくせんせいこう)(ため)()(ごま)だった」

梓の説明に、組んだ両手を(ひたい)に当てる、木戸(きど)上層部(じょうそうぶ)から明確(めいかく)()(ごま)だと言われた事は無い。しかし、()(ごま)であることは、"あの命令"を受けた時から薄々(うすうす)気付(きづ)いていた。その時から、何か後悔(こうかい)のようなものを背負(せお)った()がしていた。


「この事は、軍上層部(ぐんじょうそうぶ)でも一握(ひとにぎ)りの者しか知らない、トップシークレットだった。それもそのはず。第二次世界大戦だいにじせかいたいせんでの敗戦(はいせん)をきっかけに、戦争放棄(せんそうほうき)(かか)げてきたからこそ、三大大国(さんだいたいこく)*²が崩壊(ほうかい)した、第三次世界大戦だいさんじせかいたいせんにおいても、日本は災禍(さいか)(まぬが)れた。そんな日本の武力侵攻(ぶりょくしんこう)暴露(ばくろ)されれば、国民の反発(はんぱつ)(はか)()れないわ」

梓は()えて"反発(はんぱつ)"という言葉を使用したが、起こりうるのは暴動(ぼうどう)にも(ひと)しい都市機能(としきのう)麻痺(まひ)だ。新宮那岐(しんぐうなぎ)が起こした一連(いちれん)の事件を当事者(とうじしゃ)として経験したからこそ、気軽(きがる)に"暴動(ぼうどう)"という言葉を使いたくなかった。


「だから、岩城(いわき)さんが"生きている"という事実を認知(にんち)した上で、()み消した」

国家の都合(つごう)で、(ほか)りも命も()(にじ)られたのだ。木戸(きど)(くや)しさを(にじ)ませた。


「国防軍もまさか、離島(りとう)から戻って来れるだなんて思ってなかっただろうしね」

この帰還(きかん)に何かの(うら)を感じる、深月。


岩城(いわき)さんは、本当に生きていたんですね」

木戸(きど)の顔はどこか(せつ)なさを(にじ)ませていた。


「だけど、どうして岩城(いわき)はあんたを()()んだ? あんたが尊敬(そんけい)するように、岩城(いわき)もあんたを信頼(しんらい)していたんだろ?」

雫の(とい)に答えることができない、木戸。


岩城(いわき)は、(つま)華恋(かれん)の死の真相(しんそう)を知ったのかもしれないわね」

梓は(つぶや)いた。陽菜の調べにより、華恋(かれん)の死が自殺(じさつ)ではない事は判明(はんめい)していた。


「国家の陰謀(いんぼう)により最愛(さいあい)(つま)と子どもの死は事実。だが、きっかけがこいつにあったのなら、(うら)まれるのは必然(ひつぜん)ってことか」

雫は木戸(きど)を見た。


「あなたが最後に投下(とうか)した物資(ぶっし)。こちらの調べでは、搭載場(とうさいじょう)基地(きち)では無く、軍事科学研究所ぐんじかがくけんきゅうじょだった。そうですね?」

梓の質問に、ハッとする木戸(きど)


「はい。疑問(ぎもん)には思っていました。何故(なぜ)軍科研(ぐんかけん)なのかと」

(いや)予感(よかん)木戸(きど)脳裏(のうり)(よぎ)る。


「それは投下(とうか)したものがウィルス兵器だったからよ」

梓の眉間(ひけん)に力が入る。


「そ、そんな…。だってあれは救援物資(きゅうえんぶっし)だと…」

真実(しんじつ)()きつけられ、恐怖(きょうふ)に手が(ふる)えだす。


本来(ほんらい)作戦目的(さくせんもくてき)は、ウィルス兵器を使った敵軍(てきぐん)一掃(いっそう)だったのよ。そして、あなたこそが作戦の中軸(ちゅうじく)であり、あなたは作戦通(さくせんどお)り、(てき)だけでなく、味方(みかた)(ころ)した。岩城華恋(いわきかれん)(おっと)の死に違和感(いわかん)(おぼ)え、真実(しんじつ)(さぐ)るために国防省へ潜入(せんにゅう)。あなたのデバイスから情報を流出(りゅうしゅつ)させていたのは、(おそ)らく岩城華恋(いわきかれん)ね。だけど、彼女は潜入途中(せんにゅうとちゅう)で殺された。自殺に見せかけてね。岩城(いわき)は、生還後(せいかんご)一連(いちれん)出来事(できごと)を知ってしまった。だから、復讐(ふくしゅう)(ため)に、国家が(おか)した(つみ)(もっ)て、(ばつ)(あた)えることにした」

梓が()げた真相(しんそう)は、木戸(きど)にとって()(がた)いものだった。その場で泣き(くず)れてしまう、木戸(きど)


「俺は、、、、俺はッ、、、」

(くや)しさと(かな)しみ、そして自分への(いか)りで(ゆか)(なぐ)(つづ)ける、木戸(きど)(あわ)れなこの男もまた、国家に歯車(はぐるま)(くる)わされていたのだった。



軍事科学研究所。


扉の先には、凄惨(せいさん)光景(こうけい)が広がっていた。見張(みは)りの軍人だけでなく、研究員や職員までも皆殺(みなごろ)しにされていた。


ほぼ一直線(いっちょくせん)廊下(ろうか)を進むと、()(あた)りに東京ドームがすっぽりと(おさ)まる(ほど)巨大空間(きょだいくうかん)(あらわ)れた。右には戦闘機(せんとうき)数機(すうき)、左には()るされた軍艦(ぐんかん)一隻(いっせき)ある。そして、中央の巨大な制御装置(せいぎょそうち)の前に男はいた。


「よくここまで辿(たど)()いたものだ。流石(さすが)は公安の捜査官(そうさかん)と言うべきか。意外(いがい)なのはお前までいる事だよ。久しぶりだな、木戸(きど)

男は振り向きざまに、()みを()かべた。


岩城(いわき)さん…」

木戸(きど)(つぶや)いた。


岩城祥一(いわきよしかず)国防省襲撃こくぼうしょうしゅうげき並びに生物テロ計画の容疑(ようぎ)拘束(こうそく)する」

梓、深月、雫はエンフォーサーを向けた。


「悪いが邪魔(じゃま)をされる訳にはいかない」

岩城(いわき)()げた筒状(つつじょう)の物から閃光(せんこう)(はな)たれる。


光が消えたと同時に、岩城(いわき)(こぶし)が深月を(おそ)う。咄嗟(とっさ)に取った防御体制(ぼうぎょたいせい)直撃(ちょくげき)()けたが、エンフォーサーが(はじ)かれた。

深月はエンフォーサーに目もくれず、()りを()()すが、岩城(いわき)左腕(ひだりうで)(ふせ)ぐ。その違和感(いわかん)()を取られ、(すき)()かれた深月は、右脚(みぎあし)を引っ張られて投げ飛ばされてしまった。


梓と雫は、その間もエンフォーサーを向けていたが照準(しょうじゅん)(さだ)まらない。(たん)戦闘(せんとう)のプロというだけでは説明のつかない動き。


梓はエンフォーサーをレッグホルダーにしまうと、()を空けることなく、岩城(いわき)背後(はいご)から飛び乗り、首を()める。しかし、人間離(にんげんばな)れした力に()り回され、梓も投げ飛ばされてしまった。


(いきお)いに乗った岩城(いわき)は、雫へと(こぶし)(はな)つ。そのパワーとスピードに圧倒(あっとう)されながらも、左手で()なすと、右手でカウンターを仕掛(しか)ける、雫。本来(ほんらい)であれば、喉元(のどもと)へのカウンターが決まっているはずだったが、まるで時を止めたかのように反応し、(かわ)す、岩城(いわき)


対して、雫も(ひる)む事なく、()きをメインに手数(てかず)を増やす。

その一撃(いちげき)次第(しだい)正確(せいかく)さを()し、岩城(いわき)急所(きゅうしょ)(とら)え始める。梓や深月も、対人戦闘(たいじんせんとう)のレベルは高い。しかし、雫の戦闘力は種類が(こと)なると言うべきか。例えるなら、戦闘データをリアルタイムで蓄積(ちくせき)し、学習するAIのようだった。


それもそのはず、本来(ほんらい)白羽衣雫(しらういしずく)武術家(ぶじゅつか)である。

学生の頃から、同じ門下(もんか)だった兄弟弟子(きょうだいでし)竹内梓(たけうちあずさ)井川空(いがわそら)にシラット指導(しどう)をしてきた。その(えん)で、第四課を創設(そうせつ)した、梓の要請(ようせい)で、専属(せんぞく)戦術顧問(せんじゅつこもん)となる。

元々(もともと)戦術顧問(せんじゅつこもん)では無く、刑事(けいじ)として勧誘(かんゆう)を受けていたが、(がら)じゃないという理由で(ことわ)っていた。

しかし、状況は変わる。新宮那岐(しんぐうなぎ)が起こしたテロを()()けに、エンフォーサーが使えない状況下(じょうきょうか)における、対人戦闘(たいじんせんとう)強化(きょうか)が公安庁としての急務(きゅうむ)となった。梓、空を始めとした、四課メンバーは、雫に刑事(けいじ)として第四課への加入(かにゅう)説得(せっとく)。当初は(ことわ)っていたが、説得(せっとく)(かさ)ね、(なか)ば折れる形で2121年2月に入庁(にゅうちょう)した。

加入(かにゅう)した雫は、持ち前の武術に合わせ、刑事の素質(そしつ)も十分に持ち合わせており、検挙率(けんきょりつ)執行率(しっこうりつ)向上(こうじょう)貢献(こうけん)史上最速(しじょうさいそく)での警視正拝命(けいしせいはいめい)となった。


そんな武術家も一進一退(いっしんいったい)の中、梓、深月と同様(どうよう)違和感(いわかん)(おほ)えていた。


「なるほど。パワードスーツか」

ニヤリと微笑(ほほえ)む雫。そして(つい)に雫の一撃(いちげき)岩城(いわき)(とら)える。岩城(いわき)左腕(ひだりうで)(つか)むと、右手で下から(あご)穿(つらぬ)いた。そのまま頭を右腕(みぎうで)()くように回すと、(つか)んでいる岩城(いわき)左腕(ひだりうで)を引っ張り、柔道(じゅうどう)でいう大腰(おおごし)のように投げた。


岩城(いわき)は、身体(からだ)正面(しょうめん)を地面に(たた)き付けられるような形で転倒(てんとう)。雫に左腕(ひだりうで)(かた)められ、身動(みうご)き取れない状態となっている。もっとも、岩城(いわき)抵抗(ていこう)するつもりが無いのか、大人(おとな)しくしていた。


投げ飛ばされた、梓と深月も合流(ごうりゅう)し、岩城(いわき)へエンフォーサーを向ける。2人とも、落下地点(らっかちてん)にあった機材(きざい)がクッションになり、怪我(ケガ)()()んだようだ。


道理(どおり)反応(はんのう)もパワーも人間離(にんげんばな)れしていた(わけ)ね」

梓は溜息(ためいき)()いた。


「どうして…どうしてです。岩城(いわき)さん」

木戸(きど)(とい)に、顔を上げた岩城(いわき)


「『ネックブリーカー作戦』。お前ももう知っていると思うが、あの作戦の目的は敵勢力(てきせいりょく)撃滅(げきめつ)だった。そして、作戦成功(さくせんせいこう)(にな)中核(ちゅうかく)兵器は、木戸(きど)、お前が操縦(そうじゅう)する機体(きたい)搭載(とうさい)されていた」

岩城(いわき)告発(こくはつ)に、顔を(ゆが)める、木戸(きど)


「お前はウィルス兵器を投下(とうか)したんだ。コロナウイルスの感染力とエボラ出血熱(しゅっけつねつ)致死性(ちしせい)、インフルエンザの変異性(へんいせい)()()わせた新型ウィルス。投下直後(とうかちょくご)空中(くうちゅう)爆散(ばくさん)したウィルスは、石垣島(いしがきじま)全土(ぜんど)飛散(ひさん)。島にいた者全員が感染した。感染後1時間で発症(はっしょう)し、3時間で感染者の97%が死んだ。敵対勢力(てきたいせいりょく)壊滅(かいめつ)、ウルフ隊も俺を(のぞ)く全員が死んだ」

岩城(いわき)は一切視線(しせん)()らすことなく、木戸(きど)を見つめていた。木戸(きど)(たじろ)ぐ。まるで金縛(かなしば)りにでもあったかのように身体(からだ)は動かなかった。


()(ごま)にされた事は(うら)んでいない。兵士(へいし)ってのはそういうものだからな。だが、何故(なぜ)(つま)と子どもが死ななくてはいけない? なぁ、木戸(きど)。お前に(たく)したよな?」

初めて、岩城(いわき)の表情が変わる。悲しみの表情に木戸(きど)は言葉が詰まる。


「お前は、復讐(ふくしゅう)(ため)にテロを仕掛(しか)けたのか?」

岩城(いわき)を取り押さえる、雫が聞く。


刑事(けいじ)さんか。そうだな。復讐(ふくしゅう)だよ。国民は知らなくてはいけない。国家が何を犠牲(ぎせい)にして、この平和な社会を()しているのか。苦しみの中、友人、家族、恋人が目の前で死に、自分の死に恐怖(きょうふ)してな」

国家に裏切(うらぎ)られた男の狂気が(あふ)れ出す。


「そんなことをして何になる? お前の(あい)した者達は戻ってこないんだぞ」

雫は、何とか狂気を押さえ込もうとするが、一度死んだ男の怨念(おんねん)(しず)まるどころか、()(たぎ)るマグマのように暴発寸前(ぼうはつすんぜん)だった。


「分かっているさ。それでも、テロをきっかけに国家の醜悪(しゅうあく)を国民が知る。命と引き換えに。その前段階(まえだんかい)として国防省を襲撃(しゅうげき)した。お前のデバイスに(つま)が残したバックドアからクラッキングしてな。そして…」

岩城(いわき)(うで)に力が入る。異変(いへん)を感じ、雫は()め上げるが遅かった。パワードスーツの力によって雫が投げ飛ばされた。


「作戦で使われたウィルス兵器は、(すで)に国民へと向けられた。あと5分でウィルスがばら()かれる。だが、解除できるなどと思うなよ。俺の生体情報(せいたいじょうほう)とリンクして作動している」


「聞いてた?」

梓のデバイス通信先は陽菜だった。


「もちろん。愛華ちゃんがリバース・メジャーメントで見つけたウィルス兵器は、ここ国会議事堂(こっかいぎじどう)だった。岩城(いわき)証言通(しょうげんどお)り、生体起動式(せいたいきどうしき)。止めるには岩城(いわき)を殺すしか無い。でも、視認情報(しにんじょうほう)付加(ふか)されていて、誰でもいい訳じゃない。解除(かいじょ)キーは…木戸章平(きどしょうへい)よ」

デバイスから聞こえる陽菜の報告は、広い空間に(ひび)き渡る。岩城(いわき)は、勝ち(ほこ)るかのようにニヤリと微笑(ほほえ)んだ。


「俺が、岩城(いわき)さんを…殺す…?」

理解が追い付かず混乱する、木戸(きど)


「どうした? お前は選ぶだけだ。俺か、国民か」

(なお)微笑(ほほえ)み、選択を(せま)る、岩城(いわき)(おそ)(おそ)る、木戸(きど)は、岩城(いわき)へと拳銃(けんじゅう)を向けるが、手の(ふる)えが止まらなかった。


まるで走馬灯(そうまとう)のように岩城(いわき)との思い出が映像となり、頭を(よぎ)る。その重圧(じゅうあつ)に押しつぶされ、涙が流れ落ちる。身体(からだ)の力が()けゆくのが分かる。


握力(あくりょく)の無くなった手から、拳銃(けんじゅう)が落ちかけた、その時。背中に強い衝撃(しょうげき)が走った。まるで(かつ)を入れられたかのような。木戸(きど)(ひとみ)(うつ)ったのは、深月だった。


「やればできるじゃないか。それでいい…」

優しい声が聞こえた。声の方を見ると、胸から血を流し倒れている岩城(いわき)の姿があった。


岩城(いわき)さん!」

重い足を無理に前へと進ませ、岩城(いわき)(もと)()()木戸(きど)。呼び掛けても返ってくる言葉はなく、人生を(まっと)うしたかような、清々(すがすが)しい顔で眠っていた。

木戸(きど)は、(かか)えるように、泣き(くず)れた。


泣き声に阻害(そがい)されながらも(ひび)く、陽菜からコール音。無情(むじょう)にもウィルス兵器解除(かいじょ)の知らせだった。



空軍基地 第三飛行場。


「逃げられませんよ」

(そら)遼子(りょうこ)()()めた先に、軍航空機(ぐんこうくうき)()にした、青木隆(あおきたかし) 空軍統合中将くうぐんとうごうちゅうじょう姿(すがた)があった。


「お前らには分からんのだ。我々(われわれ)国防軍が、平和な社会を実現するためにどれだけの犠牲(ぎせい)(はら)っていると思う。私は国家の安寧(あんてい)(ため)なら手段(しゅだん)(えら)ばん」

目は血走(ちばし)り、怒りのまま反論(はんろん)する、青木(あおき)。国防軍を私都合(しつごう)のまま(あやつ)っていた、男の狂気が(あふ)れ出ていた。


「そんな事を言われても困るな。俺は刑事だ。犯罪者であるあんたを執行(しっこう)しなくてはいけない」

狂気を前にしても、冷静に一蹴(いっしゅう)した、空。


()に乗るな。犬が!!!」

(ふところ)から出した拳銃(けんじゅう)発砲(はっぼう)した、青木(あおき)(いか)りというより恐怖(きょうふ)が狂気となり、青木(あおき)(まと)わり()いている。銃弾(じゅうだん)は空の(ほお)(かす)めた。


執行(しっこう)します」

空と遼子がエンフォーサーを向ける。青木は、恐怖から逃げるように拳銃(けんじゅう)を投げ飛ばし、背を向け走る。


パンッ。

2発の銃声(じゅうせい)と共に(はじ)け飛ぶ肉片(にくへん)


拘束(こうそく)して背後(はいご)を洗わなくて良かったの?」

遼子が(たず)ねる。


「それをしちゃあ、国防軍が(つぶ)れる。国家の(ため)にはこの(へん)手打(てう)ちだよ」

空はシニカルな笑顔を見せた。


「それもそうね」

地平線(ちへいせん)から(のぞ)く太陽が朝焼(あさや)けを演出(えんしゅつ)していた。まるで、事件の終わりを()げるかのように。



*¹ 中華大帝国:第三次世界大戦後、中華人民共和国が崩壊し成立した国家。共産主義国家で、国家元首は黎沢平(リーゼェァピン)

*² 三大大国:アメリカ合衆国、ロシア連邦、中華人民共和国の三国。第三次世界大戦により国家体制が崩壊し、それぞれが新国家樹立となった。

・アメリカ合衆国→新連合アメリカ資本主義国

・ロシア連邦→新ソビエト連合国

・中華人民共和国→中華大帝国



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