FILE.25 毒に根付く華
■■■四課 電脳ワールド■■■
四課オフィスと変わらない風景。視覚、感覚、聴覚だけで無く、嗅覚や味覚まで再現された、0と1の空間。
空間に5つのノイズが一瞬生じたかと思えば、転送されてきたメンバーの姿が足下から現れる。
「みんな、急な呼び出しごめんね。情報を共有しておきたくて」
今回の招集者は、陽菜だった。
「ん? 空と遼子がいないな…」
雫は、ソファーの肘置きに脚を組んで座ると、違和感に思ったのか辺りを見渡した。
陽菜は再度招集シグナルを発するが、2人が呼び掛けに応じることは無かった。
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千代田区市ヶ谷466-反戦同盟会事務所。
爆破による砂埃と閃光手榴弾によって視聴覚が奪われる中、レーザー光が室内を刺している。
「こちらセイバー。聖杯の破壊は未確定。繰り返す。聖杯の破壊は未確定。送れ」
閃光音の影響が落着き始めると、数人の足音と無線機のノイズが微かに聞こえた。砂埃舞う空間が徐々に鮮明さを取り戻していく。
爆破によって吹き飛んだソファーは、壁の隅に立て掛けた状態となり、左右をラックが重なっている。僅かな隙間から様子を見る、遼子。空は反戦同盟会代表の口を塞ぎ、「しーっ」とナイショポーズをした。
室内に突入した数は恐らく5名。重火器の構え方、無駄のない突入の動き。国防軍の対テロ特殊部隊だろう。
遼子は静かにナイフを取り出す。空が手信号を送ると、遼子はじりじりと狙いを定めた肉食獣のように隙間から身を出す。まさにメスライオンの如く。
ほんの一緒だった。男の野太い悲鳴が聞こえたのは。機関銃から放たれる銃弾は、砂埃がスモッグの役割を果たし、線香花火のように散っていく。
反戦同盟会代表の男は、圧倒的な力を目の当たりにし、自分達が相手をしていたのは怪物だったと悟る。そして、その光景を美しいと思った。
時間は掛からなかった。部隊の全員が捻じ伏せられ、そして"生かされて"いた。
空に引っ張られ、隙間から出た反戦同盟会代表の男は抵抗も無く、呆然のままに手錠をかけられた。
「さすが。りょーちゃん!さて、皆が待っている。応答しようか」
空は笑顔で言った。
空と遼子はグータッチをした後、それぞれのデバイスを操作した。
■■■四課 電脳ワールド■■■
陽菜が最初に呼びかけてから10分は経過していた。どんな状況下でも、招集に応じない事など無かった2人。メンバーに不安が過る。
「遅れてごめん」
遼子の声だった。ノイズと共に、2人が姿を現すと、全員が驚いた。
「2人とも、その姿どうしたんですか?」
真っ先に口を開いた愛華。2人とも、まるで火事現場から出て来たかのようにボロボロだった。
「見たまんまよ。反戦同盟会の代表を尋問中、襲撃されたの。幹部達は全員死亡。代表の氷見吉史は生きてるけど、腰椎損傷で重傷よ」
遼子はざっと状況を話すと、肩の汚れを払い除ける仕草をした。
2人に怪我が無いことに、ホッとした一同。
「襲撃者はたぶん、国防軍の特殊部隊だ。所属や作戦背景はこれからの尋問で見えてくるだろうけど、そう簡単には口を割りそうにないだろうね」
空はハハハと苦笑いをした。
「第五課の調査通り、反戦同盟会は、国防省への大規模デモを計画していた。その為に必要だったのが、国防軍が極秘裏に実行したオペレーション情報だ。当然、国家機密。情報にはいくつものプロテクターが掛かっていて、並の方法じゃ入手できなかった。そこで利用したのが、国際ハッカー集団・ディスクロージャー。多額の資金を用意し、反戦同盟会は情報を手に入れた。だけど、入手した情報は何者かのハッキングによって奪われ、その5日後に国防省へのテロが発生した…。
ここからは、俺の推測なんだけど、テロ首謀者と反戦同盟会から情報を奪った人物は同一人物じゃないかと思うんだ。
首謀者は、とあるオペレーション情報を入手する必要があった。一方、反戦同盟会にとっても、国家の弱みとなる情報は喉から手が出る程欲しかった。だから、首謀者は、反戦同盟会に近づき、" 情報を使ったデモの実行 "を焚き付けて、情報を入手させた。情報さえ手にすれば、反戦同盟会は用済みだ。口封じに、情報漏洩の事実を国防省にリークして、国防軍に反戦同盟会を殲滅させた。国家の内部事情と裏社会の状況をある程度知ってなきゃ出来ない犯行だ」
「なるほど。たしかに筋は通っている。だが、口封じってんなら、もっと早いタイミングがあっただろう? 公安が動けば首謀者の動きも封じられ、足が付く可能性だって高まる。テロ実行前に国防軍へリークしておけば、公安が出るまでも無く、国防軍と反戦同盟会のゴタゴタで済む。そうすれば、国防省の管轄になり、その後に発生したテロとの関連性が疑わしくとも、公安は簡単に手が出せない。これだけの緻密な計画をやる犯人だ。そのくらいの手を打たない訳がないと思うが…」
眉間にシワを寄せたまま、空を見る、雫。
「公安もターゲットってことね」
梓が割って入るかのように口を開く。
「何?」
雫は梓を見た。
「首謀者の目的がテロじゃないとすれば辻褄が合うと思うの。
第一、第二のテロは、公安の目を本来の目的から逸らすための揺動なんじゃないかしら。だからこそ、目的達成まで公安の足を確実に止める必要があった。ただ、テロだけでは班を分けられ、余力を向けられる可能性を犯人は考えた。だから、証拠隠滅ついでに、捜査の手が及んだ反戦同盟会に国防軍を仕向けた。捜査官に死傷者が出れば人員的に操作の手が及びにくくなる。出なくても、テロとの関連性ばかりに目が行っている間に目的を成就できるわ」
梓の説明で、雫も「たしかにな」と思わず呟く。
「じゃあさ、首謀者の目的って?」
深月には難しい話だったようだ。考え過ぎてオーバーヒートしたのか、完全に頭から煙を出している。
「首謀者が入手した、オペレーション情報が鍵となるんじゃないでしょうか? 首謀者は、非合法のオペレーションによって何らかの被害を被った。そして、入手した情報を目にして真実を知った。だからこそ、目的は2つ。1つ目は、テロによる関わった高官の殺害です。これは個人への復讐です。2つ目は、国防省の違法性の公開です。公開された情報で国民感情を掴み、クーデターが起これば、国防省、引いては国家への復讐になります」
愛華の説明は宛ら、板書を綺麗に書き写したノートのように、要点が纏まり、丁寧だった。かつて、授業嫌いで学生時代を過ごした深月も聞き入っていることに、他一同は感心していた。
「流石に説明上手ね。教師にもなれそう」
遼子の褒め言葉に、「そんなー」と頬に手を置き照れる愛華。そんな愛華のリアクションにはツッコミせず、続ける遼子。
「愛華の言う鍵は、恐らくこれよ」
遼子は、氷見から押収した情報を全員に送信した。
その情報を見て、陽菜と愛華が驚いたように目を合わせた。
「リバース・メジャーメントで愛華ちゃんが見つけた、"アレ"。まさか国防軍は───」
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千代田区214-国防省第二庁舎 1階フロアー。
「今までどこに?」
梓の鋭い視線。その先には、木戸章平の姿があった。
「命令に無いことは話せません…」
視線を下に逸らす、木戸。
「やめときな。あんたみたいなのにスパイ行為なんて難過ぎるから」
深月は、木戸の全身をスキャンするように、ゆっくりと木戸の周りをぐるっと歩いた。
深月を目で追う木戸の額からは汗が滴る。何故、スパイ行為を命じられた事がバレたのか、まさか心を読まれたのか、と自問していた。
「心を読んだ訳じゃないわ」
梓の一言に、ハッとした表情で振り向く、木戸。
「ノンバーバルコミュニケーション。人が無意識に発信するサインのことよ。あなたの表情、顔色、視線、身振り手振り、姿勢、それに生理現象…等々を判断材料に、さっきまでいた大佐と一緒に消えた状況も考慮に加えた帰結です。深月はその上で直感にも優れてるわ。その反応じゃあ、当たっているようですね」
梓は見透かしたように鼻で笑った。木戸は俯き口を噤んだ。
「あんたが黙秘を続けるのは勝手だが、こちらもそれなりに情報を得ている。岩城祥一 元空軍少佐を知っているな?」
雫は焦れったくなり、確信となる名前を出した。
「何故、岩城さんの名前がここで…」
岩城の名前に思わず口を開く。
「現場で発見されたドローンを解析したところ、電波の発信源が特定された。そして、テロ発生時、付近の識別スキャナーに岩城が検知されていた。当然、防犯ドローンにもだ」
雫は、防犯ドローンの映像を展開した。それを覗き込むように見た、木戸は目を剥いた。
「そんな…馬鹿な…。岩城さんは作戦中に行方不明となったはずです。事実上、戦死に近いと聞かされています」
木戸は言葉を失った。
木戸にとって岩城は、自衛官時代から道を示してくれた、恩人であり、敬慕すべき先輩だった。岩城もまた木戸を信頼し、弟分として可愛がっていた。だからこそ、『ネックブリーカー作戦』で、結果的に岩城を見捨てたことに自責の念に囚われ、死を受け入れる事ができなかったが、"生きていた"ことに、喜びの反面、動揺する自分がいた。
「でも、こうして検知された。識別スキャナーに検知されたという事は、"生きていた"ということになります。そして、あなたのIDが登録されたドローンをわざわざハッキングしてまでテロを実行した。あなたを陥れるために」
梓は、防犯ドローンの映像を切り替えた。そこに映るのは、岩城らしき人物がコントローラーの様な物を操作している場面だった。
「違う! 岩城さんは、他人を陥れる様な汚い手を使う人じゃない!!!」
梓の指摘に、苛立ちを抑えられない、木戸。
「じゃあさ、ここに映るのは誰さ? この男は人気の無いこんな場所で何をしてるのさ?」
深月は、容赦無く追求する。
「それは…」
返答に言葉が詰まる、木戸。
「では、質問を変えましょう。帰還した岩城祥一が最初に立ち寄るとするならどこだと思いますか? やはり家族、配偶者の下でしょうか?」
梓の質問に、再び顔色を曇らせる木戸。
「岩城さんには、華恋という配偶者がいました…」
少し間を置き後、重い口を開く木戸。
「"いました" ということは…」
梓は確認する。
「はい。7ヶ月前に死にました。自殺だと聞いています」
後悔しきれない思いを抱えているかのように、目を強く瞑る木戸。
「華恋と自分は、防衛大時代からの同期でした。卒業後は2人とも同じ部隊に配属。自分はドローン機操縦、華恋は作戦オペレーターでした。彼女は、先輩であった岩城さんと結婚し、退官。お腹には子どもがいたと聞いています。しかし、2人の幸せは続かなかった───」
───7ヶ月前。
「突然呼び出してごめんなさい」
開口一番は謝意だった。
「いえ、、、」
彼女の絶望に満ち溢れた顔を見て、それ以上の言葉が出ない、木戸。彼女こそ、岩城祥一 少佐が愛し、健やかに強く生きる事を願った、妻・華恋だ。
「一昨日、軍関係者が来て、夫が行方不明、事実上の戦死だと聞かされたわ」
華恋の口から出た、"戦死"という言葉が重く響く。軍部による配慮なのか、妻に対する敬遠なのかは分からないが、作戦の数日後にはウルフ部隊8名のMIAを判断していた国防省。夫の生還を願い続けた妻にとって、一ヶ月、待たせるだけ待たせて、知らされた事実は無情だった。
華恋は言葉を詰まらせながら、何とか悲しみを飲み込もうとしていた。木戸は見ていられず、思わず顔を背けた。
「ねぇ。木戸くん。たった一ヶ月よ? 一ヶ月しか経っていないのに捜索打ち切りなんて…。木戸くんは何か知ってるんじゃないの?」
堪えきれない涙が堰を切ったように溢れ出す。行き場の無い感情をぶつけるかのように、木戸の胸に何度も拳を叩き付けた。
木戸の絞り出すような「すみません」という一言に、華恋の心が死んでいくのが分かった。一縷の希望すら絶たれ、絶望の底へと堕ちて逝く表情が木戸の脳裏に焼付く。それ以後、彼女がどんな顔をしていたのか、思い出すことさえ困難な程に。
───現在。
「その2日後、華恋はマンションから飛び降りたと聞きました。お腹の子と一緒に。即死だったと…」
奥歯を噛み締める音が響く。
「あんた、また後悔するの?」
深月は、木戸の周りをぐるぐると歩いていた足を止め、胸ぐらを掴んだ。
「先輩の岩城が行方不明になった時も後悔。同期で先輩の妻が自殺した時も後悔。あんたはずっと後悔だけして、何も決めない。何も動かない。そんで今度は生きてた先輩がテロリストだと知って、何もせず後悔しようとしてる。楽だよな。後悔だけしてれば傷つかないんだから。岩城がどうしてテロリストになったかは分からない。でも、このままじゃ、また多くの犠牲者が出る。それこそ、一般人にだって出る可能性は高い。あんたの先輩は誇り高くて、誰もが尊敬する軍人だったんじゃないの? だったら、あんたが止めてやんなきゃいけないんじゃないの?」
胸ぐらを突き放す、深月。一喝が木戸にどれだけ響いたかは分からないが、ハッとした表情で木戸は口を開いた。
「もしかして、華恋の死は……。」
ボソっと呟くように言った、木戸。
「今回のテロ事件、場所は本庁舎36階と第二庁舎4階でしたよね?」
何かを思い付いたように、確認する、木戸。
「そうよ。むしろそこ以外の被害は無いわ」
梓は、被害状況のマッピングデータをホログラムに出した。
「ネックブリーカー…」
木戸は目を剥き、呟く。
「何?」
いち早く反応したのは、雫だった。
「すみません、自分は上官に確認しなくてはいけない。失礼します」
血の気が引いたような顔をしながら、足早にその場を去る、木戸。
「おい、待て」
雫が呼び掛けた直後、デバイスからコールが鳴る。
「みんな聞こえる?」
指向性音声を使って聞こえる、空の声。
「特殊部隊を差し向けた人物が分かったよ。青木隆 国防軍空軍統合本部中将。表向きの作戦目的は、内乱分子の殲滅。"その場にいる者、全てに内乱罪を適応し、執行せよ" というのが命令だったようだね。隊長以下5名は、作戦の本質を知らされていない。
気になるのは、"制圧"ではなく、"即時執行"ということだ。可能性の話だけど、青木 空軍中将は、反戦同盟会殲滅が、テロ首謀者によって仕向けられている事も承知の上で、乗っかったんじゃないかな? 国防省にとっての不都合を揉み消すために。そして、その背景には、愛華ちゃんが見つけた、"アレ"があると思うんだ」
空の報告により、不透明だった全貌が見えてくる一同。
「どちらにせよ、公安への越権行為と捜査妨害を看過することは出来ない。場合によっては、国防軍によるクーデターに繋がりかねない。私達は、青木を追うわ」
遼子から送られてきた、国防軍への強制捜査礼状に迷う事なく許可をした、梓。
「了解よ。陽菜、聞こえてる? 」
「もちろんよ!」
梓の呼び掛けに、すかさず応じる、陽菜。
「陽菜と愛華で、反戦同盟会から押収した情報を基に『ネックブリーカー作戦』の詳細と"自殺"した岩城華恋の死因を調べて」
梓の指示に、陽菜と愛華は口を揃えて「了解」と返答した。
各自の通信がプツリと切れる。切断音と共にテロ事件の収束に第四課は動き出すのだった。