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公安四課  作者: やん
25/52

FILE.24 陰謀の芽吹き

■■■ 2122年 ■■■


千代田区211-国防省本庁舎。


全ガラス張りのビルは、中央の支柱(しちゅう)にエレベーターと部屋が設置されたドーナツ状の構造で、36階には大臣執務室(だいじんしつむしつ)や軍高官(こうかん)の部屋が集中している。


15:28。

本来聞こえるはずの無い36階で、何処(どこ)からとも無く、モーターのような音が徐々(じょじょ)に大きくなる。正体は小型ドローン。まるで、36階を監視(かんし)するかのようにホバリングをしている。しかし、それは(みょう)なことだった。国の中枢機関(ちゅうすうきかん)には対テロ用の妨害電波(ぼうがいでんぱ)放出(ほうしゅつ)されており、ドローンは近づく事ができないはずだからだ。数人がモーター音に気付き、視界(しかい)にちらつく未確認飛行物体みかくにんひこうぶったいを見て(ざわつ)き始めた瞬間(しゅんかん)爆音(ばくおん)衝撃波(しょうげきは)が36階フロアーを(おそ)う。煙炎(えんえん)鋭利(えいり)なガラス(へん)が人々を(おそ)い、地獄絵図(じごくえず)()すフロアー。


その様子をHMD越しに見ている男は、真一文字(まいちもん)に口を(むす)んだまま、コントローラーにかけた指を前に倒した。

指の動きにリンクするように、小型ドローンは爆撃を止めると庁舎(ちょうしゃ)に突っ込み、炎上(えんじょう)する。男は、それを見届けると、ゆっくりとHMDを外した。



16:07。

規制線(きせいせん)ホロが一帯(いったい)に張られる中、野次馬(やじうま)を押し退()けて一台の警務車(けいむしゃ)がサイレンを()らし入ってくる。警務車(けいむしゃ)は、規制線(きせいせん)()えた数メートルの場所で停車すると、機械仕掛(きかいじか)けの背面(はいめん)ドアが音を立てて大きく開く。


スロープを(おり)るスーツ姿の7人。指揮官(しきかん)と見られる1人の女性捜査官が数歩前に出ると、課員6人との間にホログラムを展開した。


「今から約1時間前、突如(とつじょ)飛来(ひらい)した小型爆撃(こがたばくげき)ドローンの襲撃(しゅうげき)によって、36階が壊滅(かいめつ)官僚(かんりょう)軍高官(ぐんこうかん)にかなりの死傷者(ししょうしゃ)が出ているわ。今のところ、犯人からの声明(せいめい)は無し。テロに使われた爆撃(ばくげき)ドローンは、一般人の持ち出しが難しいということから、軍関係者または退役軍人(たいえきぐんじん)による犯行も視野(しや)捜査(そうさ)が必要よ」

背中まで伸びる黒髪(くろかみ)に、変わらない美貌(びぼう)を持ち合わせた指揮官(しきかん)竹内梓(たけうちあずさ)は、(かろ)やかなデバイス操作でテロ発生時の映像が映し出した。


「ここまで大掛(おおが)かりなテロを起こしておいて、犯行声明(はんこうせいめい)を出さないのは気になりますね」

通常、中枢機関(ちゅうすうきかん)へのテロ行為は、国家に対する主張(しゅちょう)を通す為に行われる。その為、犯行声明(はんこうせいめい)が行われるのがセオリーだが、それが無いことに違和感(いわかん)を覚えた、柚崎愛華(ゆずさきあいか)


「今回のテロ、標的(ひょうてき)は36階"だけ"だった。つまり(ねら)いは、"国防軍"の権力者だね。そうなれば、右翼団体(うよくだんたい)政治犯(せいじはん)も捜査範囲になるけど、見えてこないのは動機だ。社会への問題提起(もんだいていき)を目的としたテロなら犯行声明(はんこうせいめい)を出すはず…」

犯人像の見えないテロに一抹(いちまつ)の不安を感じる、井川空(いがわそら)。静かに溜息(ためいき)をついた。


「犯人への手掛かりは、残骸(ざんがい)となった爆撃(ばくげき)ドローンから(つか)むしか無いね。あの状態じゃ、ドローンを見つけたとしても、通信ログを復元しなきゃだろうけど。状況は最悪ね」

黒煙(こくえん)(おお)うフロアー一帯(いったい)を下から見上げる、森原遼子(もりはらりょうこ)


「うん。そう思ってミツバチドローン(うちの子達)を先に現場に送っているわ。残骸(ざんがい)は見つけてるんだけど、基盤(きばん)粉々(こなごな)でね。通信ログを復元するのには時間がかかるわ」

デバイスを操作し、ミツバチが見る映像をホログラムで映した、立華陽菜(たちばなひな)。現場は、陽菜の予想を超える劣悪(れつあく)さだった。


「マイナス要素はそれだけじゃない。不安を(つの)らせた市民のストレス()が上がってる」

河下深月(かわしたみづき)指摘(してき)するように、庁舎(ちょうしゃ)を中心に恐怖によるストレス値が高まっていた。ホロ情報に表示されるストレス値は、折れ線グラフ状に表示されているが、上がり幅が時間に比例し急になっている。これは1年半前に起きた暴動と似通(にかよ)っていた。


「急いだ方がいいな。1年半前の暴動を切っ掛けに国民は"死への恐怖"に対して、アレルギー反応を示すようになった。暴動という今は昔の御伽噺(おとぎばなし)が現実のものとなり、それまでの安全神話(あんぜんしんわ)(くず)れたからだ。人は一度受けた苦痛や恐怖を忘れない。犯人を(のが)せば、恐怖に(さら)された国民のストレスが高まり、やがて暴動へと繋がる。梓、千代田区を中心とした半径5キロ圏内(けんない)に、ドローンを総動員(そうどういん)して、強制スキャンプロシージャを発動すべき事案だ」

淡々(たんたん)と冷静な口調(くちょう)で意見する、女性捜査官(そうさかん)。ハーフアップの黒髪(くろかみ)に、キリッとした目付きはどことなく梓に似ていた。


「そうね…。圏内(けんない)(あみ)を張りつつ、三手(さんて)に分かれての捜査(そうさ)が必要ね。愛華と陽菜は、現場検証と通信ログの解析(かいせき)。空と遼子は、右翼思想団体(うよくしそうだんたい)の調査。愛華と雫さんと私は、国防軍の調査。今回は、縦割(たてわ)りの弊害(へいがい)が生じる可能性があるわ。そこで、国家公安法(こっかこうあんほう)34条*¹の適用を警視監(けいしかん)権限で許可します。犯人像が見えない以上、次のテロが発生しうる可能性がある。早期(そうき)にケリをつけましょう」


2台の運搬(うんぱん)ドローンを前に(そろ)って足を止める。重厚(じゅうこう)(ふた)が開き、白煙(はくえん)と共に銃把(じゅうは)が飛び出した。


各々(おのおの)銃把(じゅうは)を握り、エンフォーサーを取り出すと、三手(さんて)に別れた。



国防省本庁舎36階。


ガラス窓は全損(ぜんそん)し、元の形が分からない瓦礫(がれき)と化したフロアー一帯(いったい)。無数の小型鑑識(こがたかんしき)ドローンは足場のないフロアーを駆回(かけまわ)っている。


「あったわ♪ 」

陽菜は、(はち)マークのライトが照らされた場所に駆け寄る。そこにあった、バラバラの残骸(ざんがい)を見ると、すぐ様スキャンし始めた。


「さすがにプロテクトが掛かっているわね」

ホログラム展開された画面は、プログラム言語でびっしりと埋まっていた。陽菜は、一度深く息を吐くと、相変わらずの様子で指を動かす。すると、みるみる何かが解除されていくのが、愛華でも理解できた。


「このドローンの使用者が分かったわ。木戸章平(きどしょうへい) 空軍大尉(たいい)。国防軍の関係者データベースにも同一人物の情報がある。本人が使用するもので間違いないわね」

陽菜は、使用者のプロフィール情報をプログラム展開した。恐らくは極秘情報。しかし、(なん)無くやるところ、さすがだと愛華は思った。


「それじゃあ、犯人は木戸(きど)…ですか?」

足の付く軍ドローンで、使用者形跡を残したままテロを起こす事にいまいち納得がいかなかった、愛華。


「そうとも言えないかな。この()にはハッキングされている形跡(けいせき)があるの。木戸(きど)では無い、何者かの遠隔操作も視野に入れるべきね。今、みんなに木戸(きど)の情報と死亡した軍関係者のリストを送ったわ。捜査の役に立つはずよ」

情報を送り終えると、展開していたホログラムを全て落とし、ぐるぐると辺りスキャンし始める、陽菜。


愛華は、送られてきた、死亡者リストを見る。


「今回の襲撃(しゅうげき)による死者は58名の中に、幕僚参事官(ばくりょうさんじかん)空軍幹部(くうぐんかんぶ)までいますね。そのほとんどが即死(そくし)です」

愛華は死者名簿(ししゃめいぼ)をホロ展開した。


「大臣や統合幕僚長とうごうばくりょうちょう、高官は、揃って外出。テロを(まぬが)れているわね。やっぱり出世(しゅっせ)には運も必要なのね」

皮肉(ひにく)混じりに溜息(ためいき)をつく、陽菜。


「ですが、ここまで破壊されていては検証(けんしょう)も難しいですね」

愛華の困った表情に、フフフと微笑(ほほえ)んだ陽菜。


「愛華ちゃんはリバース・メジャーメントは初めてだったよね? 最初はちょっと()うかもしれないけど、我慢(がまん)してね」

いつものようにニコやかに言うと、デバイスを指3本で叩く。


現場が一瞬、デジタル設計図のような線だけの表示になったかと思えば、すぐに事件後の状況に戻った。愛華は何が起こったのか分からずにいたが、直後(ちょくご)異変(いへん)に気づく。足元にあった瓦礫(がれき)破片(はへん)が動き出したのだ。ゆっくりと。巻き戻されるように。巻き戻しは瓦礫(がれき)だけで無く、人までもが逆再生され、襲撃(しゅうげき)前に戻っていく。


「すごい…」

愛華は目を丸くして(つぶや)く。


「先に検証したミツバチはハニーが操作しているの。現場を分析して、何通りもの可能性を演算して最適解を導く。これがリバース・メジャーメント。正答率は97.843%。まだまだ、完璧(かんぺき)じゃ無いけど参考にはなるでしょ?」

ドヤ顔の陽菜を他所(よそ)に、愛華が逆再生の中から気になる光景(こうけい)を目にする。


「これって…。」



千代田区市ヶ谷466-反戦同盟会事務所。


「あなた方、公安がお越しになるような覚えはありませんが?」

手を組み前屈(まえかが)みの状態でソファーに座る男は、社長のようなインテリ感を(ふう)している。指定政治団体とはいえ、男の風貌(ふうぼう)から部屋の作りに(いた)るまで、如何(いか)にもな反社会組織(はんしゃかいそしき)反政府団体(はんせいふだんたい)のような雰囲気は無く、一般企業とまるで変わらなかった。


「3時間前、国防省の庁舎(ちょうしゃ)襲撃(しゅうげき)されたことはご存知(ぞんじ)ですよね?」

机を(さかい)対面(たいめん)に座る、空と遼子。前置きも無く、単刀直入(たんとうちょくにゅう)に切り出した空は、じっと相手の目を見る。


「まさかとは思いますが、我々をテロの実行犯と(うたが)っているんですか? 確かに、我々は反国防軍(はんこくぼうぐん)(かか)げて活動させてもらってますが、このタイミングでテロを仕掛けるような身の程知らずではありませんよ」

鼻で笑う男。


「1年半前の暴動、そして国防軍の新設。この1年ちょっとで国内情勢(こくないじょうせい)も大きく変わり、それまでシステムに言われるがまま生きてきた国民が疑問を持つようになりました。我々以外にも、国防軍への疑問を持つ者はたくさんいる。どうして、我々に白羽(しらは)の矢が立ったのかお聞かせ願いたい」

男も目を()らすことなく、空をじっと見ていた。


「"あなた方が起こしたテロ"とは一言も言っていません。ただ、知っているかと聞いただけです」

空と男は、視線を()らさず、(まばた)きすらも無いままにお互いを(さぐ)っていた。


「本日(うかが)ったのは、あなた方"反戦同盟会"が多額(たがく)の資金を投入(とうにゅう)し、情報を集めていたからです。資金の出先(でさき)は、国際ハッカー集団、ディスクロージャー*²。購入した情報は、国防軍特殊部隊一覧、国防軍幹部情報、国防軍費の流れ、そして作戦中または終了したオペレーション…ですね」

いつにもなく冷たい視線を(はな)つ、空。その雰囲気はやはり親族なのだろう。梓と似ている。


「どこからそれを…。」

男は一瞬目を()くと、隠すように視線を(そら)した。


公安(うち)にも、ウィザード級のハッカーがいましてね」

笑顔で答える、空。

「ただ、国外の犯罪組織(はんざいそしき)を利用したことも、それで得た情報を使って今後何をするのかも、現状はどうでも良いんです。後日、(しか)るべき手続きを()んで、(しか)るべき()が来ることでしょう。それまでに、言い訳を考えておけば良い。今回は、あなた方が入手した情報の一部、恐らくは国防軍が極秘裏(ごくひり)に実行したオペレーションの情報を何者かのハッキングによって流失(りゅうしゅつ)した件について(うかが)いたいんです」

空の確信()追及(ついきゅう)は、まるで心を(のぞ)いているかのようだった。男は(うそ)を付こうにも、全て見透(みす)かされているのではという疑心暗鬼(ぎしんあんき)(おちい)り、言葉が出ない。


何かを(しゃべ)らなくてはという(あせ)り。声を押し退()け、荒息(あらいき)が口を支配する。言葉にならない声がようやく出かけた矢先、自体は動く。


乱暴(らんぼう)に扉が開く音、そして4~5人が部屋にぞろぞろ入ってきては、空に拳銃(けんじゅう)を向けようと動いた。空はピクリとも動かず、顔色さえ変わることなく不敵(ふてき)()みを()かべている。


何故(なぜ)、空が(どう)じないのか、それを考える間も無く、幹部達は動きを止められていた。


「全員、今すぐ拳銃(けんじゅう)を捨てて、両手を頭の後ろに回しなさい」

遼子の怒号(どごう)(ひび)き渡る。エンフォーサーの銃口(じゅうこう)は、反戦同盟会代表の男の眉間(みけん)に突きつけられ、引金には人差し指を掛かっていた。


「周りに置く連中の首は掴んでおくものですよ。これじゃあ、事実を必死で隠そうとするあなたが馬鹿(ばか)を見ているようだ」

空は嘲笑(あざわら)うかのように、挑発(ちょうはつ)する。

取り囲む部下達は、(いき)り立っていたが、遼子が人差し指に力を入れると、銃口(じゅうこう)を突き付けられた男が手で合図(あいず)を送り、部下を(しず)めた。


室内にカチャカチャと拳銃(けんじゅう)が落ちる音が鳴り渡る。そして、男は諦めたように溜息(ためいき)をついた(のち)、口を開いた。

「あなたの言うとおりです。これが流失(りゅうしゅつ)した情報です。我々の情報を流失したのは誰だか分かっていませんが、テロのニュースを見て、"利用された"と確信しました」

声に力は無く、脱力したように肩を落とす、男。男がデバイスを指で突付(つつ)くと情報がホロ表示された。


情報にはいくつもの極秘作戦名(ごくひさくせんめい)概要(がいよう)が並んでいる。空は、その中の一つを見て(つば)を飲んだ。


「りょーちゃん、梓姉(あずねぇ)にすぐ連絡して!みんなが危…」

空は叫ぶように言ったが最後は爆音によって()き消される。


部屋は元の面影(おもかげ)も無く瓦礫(がれき)と化し、倒れている数人に息は無かった。



千代田区214-国防省第二庁舎 4階会議室。


「失礼します」

ホログラムが完全に解除されていくまで、深々(ふかぶか)と頭を下げる軍服の男。その表情は、悔しさを(にじ)ませているようだった。


無音を(さえぎ)るように、開閉音が空間に鳴り渡る。


木戸章平(きどしょうへい) 大尉(たいい)ですね? 公安庁です」

梓は身分証明を見せた。


「公安? 自分に何か?」

一瞬、驚いた表情をした木戸(きど)。すぐに軍人らしい表情に戻ったが、梓はその表情を見逃さなかった。


「防衛省庁舎でのテロ事件、ご存知ですよね。今も、私達が入ってくるまでに、事件に関する報告をしていた、そうですね?」

梓の質問に、目を()らす木戸(きど)


「テロの事はニュースで観ました。もう国防省内で大騒ぎになっています。ですが、国防省内で起きたテロです。管轄(かんかつ)国防警務官(こくぼうけいむかん)が捜査をするなら分かりますが、公安庁の方々には関係の無い話ではないですか? それに、何故自分の元に…」

木戸(きど)は明らかに動揺(どうよう)していた。


「そういう訳にはいかないな。若干名(じゃっかんめい)、一般人にも死傷者が出ている以上、公安の捜査が優先される。それに、事件現場の残骸(ざんがい)からあんたのIDが登録された、爆撃(ばくげき)ドローンが見つかってる。あんた、テロ事件の容疑者(ようぎしゃ)なんだよ」

腕組みをしながら、椅子の背凭(せもた)れに腰掛(こしか)ける、白羽衣雫(しらういしずく)は、(にら)むように木戸(きど)を見ていた。


「私達があなたにエンフォーサーを向けないのは、容疑者ではあるけど、犯人は別にいる可能性が浮上(ふじょう)しているからです。今回のテロは、特定の人物…例えば、禍根(かこん)が残っているような極秘作戦(ごくひさくせん)に関わった人物がターゲットとなっている可能性が高いと考えています。そして、使われたドローンはあなたの物。何か、思いつく事でもあるんじゃないですか?」

木戸(きど)が反論できずにいるところで、入口の扉が開いた。


「そこまでだ。公安」

野太く、低い声の持ち主は、鋭い目付きの男だった。


大佐(たいさ)…」

木戸(きど)がボソりと(つぶや)く。


「あなたは、村西鉄二(むらにしてつじ) 空軍大佐(たいさ)ですね。"そこまで"とは?」

梓は()っと(にら)む。


「お前たちには捜査権(そうさけん)が無いと言っている。国防省で起きたテロ事件だ。こちらで処理をする。お前たちが首を突っ込むことでは無い」

村西(むらにし)は、怒号(どごう)混じりで声を荒げた。


「失礼ながら命令系統が異なります。それに、国家公安法34条を適応しての捜査です。捜査権は厚生省公安庁にあります」

梓は冷静に反論した。


公安庁(そっち)がその気なら国防軍(こっち)にも相応(そうおう)の…」

村西(むらにし)を反論をしかけた、その時、部屋の外から大きな爆撃音が鳴り響く。


「梓!先生!」

真っ先に部屋を出た深月が大声を上げる。部屋の外では、2機のドローンによる爆撃で負傷者も出ていた。


「あとで必ず話を聞かせてもらいます」

梓は一言だけ残すように告げ、外を出ていった。


「車を付けている。来たまえ」

村西(むらにし)は、梓、深月、雫がドローンを追って遠ざかるのを確認すると、木戸(きど)に車に乗るよう指示した。



被害が出ていない裏口には、リムジンとまではいかないが車体の長い公用車が停車していた。扉が開くと、車内にはソファーとローデスクが設置されており、ちょっとした執務室のようになっている。そして、ソファーには見覚えある上官がどっしりと座っていた。


「入りたまえ」

先に入った、村西(むらにし)に言われるがまま、緊張ながらに末席(まっせき)に座ると、公用車は動き出した。


「命令通り、公安の口車に乗らなかった事は評価しよう。ご苦労だったな。木戸章平(きどしょうへい) 大尉(たいい)

真っ先に口を開いたのは、先に座っていた軍高官だった。


単刀直入(たんとうちょくにゅう)に聞くが、8ヶ月前、貴様が実行した"例の作戦"。これを外部に()らした事実は無いかね? 」

軍高官の言う、"例の作戦"。木戸(きど)の中で何かが繋がり、記憶が思い起こされる。


───8ヶ月前。


俺の精神は敵地にいる。

指に力を入れるだけで、敵地(てきち)(つぶ)し、敵兵(てきへい)を殺せるのだ。

まるで、ゲームのように。

そこには感情は無く、痛みも無かった。


卵型(たまごがた)の球体が開く。木戸章平(きどしょうへい)は、ゆっくりとHMDを外した。

座り心地の良さそうな座席に、意外にも圧迫感の無い空間。


「どうだね? 木戸章平(きどしょうへい) 大尉(たいい)

インカムから聞こえる声は、本作戦の実行団長だった。状況はリアルタイムで監視しており、当然、(かんば)しくない成果も知ってるはずだが、わざわざ状況を聞かれたことに(わず)かな疑問を(いだ)く、木戸(きど)


「はッ! 青木隆(あおきたかし) 中将(ちゅうじょう)敵軍(てきぐん)は、旧ロシア製の対空ミサイル『SЯ-65』を想定以上に完備(かんび)しています。空撃(くうげき)による無力化は難しく、敵の軍事力は如何程(いかほど)かに上方修正せざる得ません」


「なるほどな」

青木(あおき)が一言(つぶ)くと、一瞬(いっしゅん)、インカムの奥でノイズが入り、直後、通信音が鳴った。木戸(きど)は、現地潜入の部隊に通信を繋げたのだと理解した。

「アインスウルフ。応答せよ」


「こちらウルフ」

ノイズ混じりの音声がインカムから聞こえてくる。


「現時刻を(もっ)て、ファーストフェーズを終了。時刻一九一〇(ひときゅーひとまる)より、セカンドフェーズとする。まずは、ホークワンに地点デルタにて物資を届けさせる。受取り次第、状況を開始せよ」

青木(あおき)が伝えた、セカンドフェーズとは、現地敵兵との交戦(こうせん)を意味していた。これまでの援護(えんご)作戦とは段違いで危険度が増し、戦死の可能性も必然的に高くなる。木戸は、言い知れぬ不安に()られた。


「了解」

迷いの無い即答(そくとう)を聞き、木戸(きど)は思わず口を開く。

「ホーク部隊は、物資投下後(ぶっしとうかご)、ウルフ部隊を援護します」


「だめだ。ホークワンは物資投下後(ぶっしとうかご)、直ちに帰投(きとう)。別命あるまで待機せよ」

木戸(きど)の言葉を(さえぎ)るように、命令を下す、青木(あおき)


「待って下さい」

必死な木戸(きど)に待ったを()けるような声が聞こえた。

「大丈夫だ。心配するな、木戸(きど)。この作戦、必ず成功させて帰る。だからお前に一つ頼みがあるんだ。嫁さんには俺が帰らなかった時、お腹の子どもと一緒に元気に生きていけるよう、見守っていてほしい」


「これ以上、奴らに会話させるな」

2人の会話を聞いていた、村西(むらにし)苛立(いらだ)ち混じりて指示を出す。


突如(とつじょ)、プツリと途絶えた通信。

「ウルフ!応答してください!アインスウルフ…岩城(いわき)さん!!!」

木戸(きど)は何度も名前を呼び続けたが、不通音が無情にも()り続けた。


数日後、知らされたのはウルフ部隊8名のMIA=行方不明ということだった。事実上の戦死を意味していた。


───現在。


「はい。外部漏洩(がいぶろうえい)に関しては、身に覚えがありません」

木戸(きど)(うつむ)きながら答える。


「なら何故(なぜ)、軍のデータベースから『ネックブリーカー作戦』の情報が流出(りゅうしゅつ)し、それに関わった者達が、今回、貴様のドローンに襲撃(しゅうげき)されているのだ? 」

語気(ごき)を強める、青木隆(あおきたかし)


「わ、分かりません。しかし、情報漏洩(じょうほうろうえい)など…一体…」

(たじろ)木戸(きど)を見て、青木(あおき)(まゆ)をひそめる。青木(あおき)の反応から、公安だけでなく、軍上層部からもテロリストの容疑者(ようぎしゃ)として(にら)まれていたことを理解した、木戸(きど)


青木(あおき)の大きな溜息(ためいき)は、不穏(ふおん)さを象徴(しょうちょう)するかのようだった。


木戸(きど)。軍人としての責務(せきむ)を果たせ」

村西鉄二(むらにしてつじ)の一言が突き刺さる。保身(ほしん)の為に、国防軍に利用されるだけの傀儡(くぐつ)となれ、と言われているのにも等しい言葉だからだ。何も組織に(そむ)く事などしていない。だが、こうして(あく)として処理されようとしている状況を打開する(すべ)も無い。木戸(きど)は、「はい」と一言返答した。


重大(じゅうだい)嫌疑(けんぎ)()かっている貴様には、公安の刑事が張り付くだろう。そこで、公安庁が何を知りたがっているのかを逐一報告しろ」

青木(あおき)の命令に目を()く、木戸(きど)


「それは、スパイ活動をしろということですか?」


「違う。これは国防軍の正式な作戦だ」

青木(あおき)の言葉に納得も安堵(あんど)も無い。しかし、(したが)う以外の方法も無く、木戸(きど)は目を落とし、一言返す。

「了解…しました…」


公用車は3人を乗せたまま、都心部へと消えていった。




*¹ 国家公安法34条:国家の維持を揺るがす国内事件に際して、各省庁の事務的権限を撤廃し、厚生省公安庁が権限を有する。

Disclosure(ディスクロージャー):国際的ハッカー集団。開いた本から言語が飛び出し、その上に目が描かれたマークがエンブレムとされる。


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