FILE.24 陰謀の芽吹き
■■■ 2122年 ■■■
千代田区211-国防省本庁舎。
全ガラス張りのビルは、中央の支柱にエレベーターと部屋が設置されたドーナツ状の構造で、36階には大臣執務室や軍高官の部屋が集中している。
15:28。
本来聞こえるはずの無い36階で、何処からとも無く、モーターのような音が徐々に大きくなる。正体は小型ドローン。まるで、36階を監視するかのようにホバリングをしている。しかし、それは妙なことだった。国の中枢機関には対テロ用の妨害電波が放出されており、ドローンは近づく事ができないはずだからだ。数人がモーター音に気付き、視界にちらつく未確認飛行物体を見て騒き始めた瞬間、爆音と衝撃波が36階フロアーを襲う。煙炎と鋭利なガラス片が人々を襲い、地獄絵図と化すフロアー。
その様子をHMD越しに見ている男は、真一文字に口を結んだまま、コントローラーにかけた指を前に倒した。
指の動きにリンクするように、小型ドローンは爆撃を止めると庁舎に突っ込み、炎上する。男は、それを見届けると、ゆっくりとHMDを外した。
16:07。
規制線ホロが一帯に張られる中、野次馬を押し退けて一台の警務車がサイレンを鳴らし入ってくる。警務車は、規制線を越えた数メートルの場所で停車すると、機械仕掛けの背面ドアが音を立てて大きく開く。
スロープを降るスーツ姿の7人。指揮官と見られる1人の女性捜査官が数歩前に出ると、課員6人との間にホログラムを展開した。
「今から約1時間前、突如飛来した小型爆撃ドローンの襲撃によって、36階が壊滅。官僚や軍高官にかなりの死傷者が出ているわ。今のところ、犯人からの声明は無し。テロに使われた爆撃ドローンは、一般人の持ち出しが難しいということから、軍関係者または退役軍人による犯行も視野に捜査が必要よ」
背中まで伸びる黒髪に、変わらない美貌を持ち合わせた指揮官、竹内梓は、軽やかなデバイス操作でテロ発生時の映像が映し出した。
「ここまで大掛かりなテロを起こしておいて、犯行声明を出さないのは気になりますね」
通常、中枢機関へのテロ行為は、国家に対する主張を通す為に行われる。その為、犯行声明が行われるのがセオリーだが、それが無いことに違和感を覚えた、柚崎愛華。
「今回のテロ、標的は36階"だけ"だった。つまり狙いは、"国防軍"の権力者だね。そうなれば、右翼団体か政治犯も捜査範囲になるけど、見えてこないのは動機だ。社会への問題提起を目的としたテロなら犯行声明を出すはず…」
犯人像の見えないテロに一抹の不安を感じる、井川空。静かに溜息をついた。
「犯人への手掛かりは、残骸となった爆撃ドローンから掴むしか無いね。あの状態じゃ、ドローンを見つけたとしても、通信ログを復元しなきゃだろうけど。状況は最悪ね」
黒煙が覆うフロアー一帯を下から見上げる、森原遼子。
「うん。そう思ってミツバチドローンを先に現場に送っているわ。残骸は見つけてるんだけど、基盤が粉々でね。通信ログを復元するのには時間がかかるわ」
デバイスを操作し、ミツバチが見る映像をホログラムで映した、立華陽菜。現場は、陽菜の予想を超える劣悪さだった。
「マイナス要素はそれだけじゃない。不安を募らせた市民のストレス値が上がってる」
河下深月が指摘するように、庁舎を中心に恐怖によるストレス値が高まっていた。ホロ情報に表示されるストレス値は、折れ線グラフ状に表示されているが、上がり幅が時間に比例し急になっている。これは1年半前に起きた暴動と似通っていた。
「急いだ方がいいな。1年半前の暴動を切っ掛けに国民は"死への恐怖"に対して、アレルギー反応を示すようになった。暴動という今は昔の御伽噺が現実のものとなり、それまでの安全神話が崩れたからだ。人は一度受けた苦痛や恐怖を忘れない。犯人を逃せば、恐怖に晒された国民のストレスが高まり、やがて暴動へと繋がる。梓、千代田区を中心とした半径5キロ圏内に、ドローンを総動員して、強制スキャンプロシージャを発動すべき事案だ」
淡々と冷静な口調で意見する、女性捜査官。ハーフアップの黒髪に、キリッとした目付きはどことなく梓に似ていた。
「そうね…。圏内に網を張りつつ、三手に分かれての捜査が必要ね。愛華と陽菜は、現場検証と通信ログの解析。空と遼子は、右翼思想団体の調査。愛華と雫さんと私は、国防軍の調査。今回は、縦割りの弊害が生じる可能性があるわ。そこで、国家公安法34条*¹の適用を警視監権限で許可します。犯人像が見えない以上、次のテロが発生しうる可能性がある。早期にケリをつけましょう」
2台の運搬ドローンを前に揃って足を止める。重厚な蓋が開き、白煙と共に銃把が飛び出した。
各々が銃把を握り、エンフォーサーを取り出すと、三手に別れた。
国防省本庁舎36階。
ガラス窓は全損し、元の形が分からない瓦礫と化したフロアー一帯。無数の小型鑑識ドローンは足場のないフロアーを駆回っている。
「あったわ♪ 」
陽菜は、蜂マークのライトが照らされた場所に駆け寄る。そこにあった、バラバラの残骸を見ると、すぐ様スキャンし始めた。
「さすがにプロテクトが掛かっているわね」
ホログラム展開された画面は、プログラム言語でびっしりと埋まっていた。陽菜は、一度深く息を吐くと、相変わらずの様子で指を動かす。すると、みるみる何かが解除されていくのが、愛華でも理解できた。
「このドローンの使用者が分かったわ。木戸章平 空軍大尉。国防軍の関係者データベースにも同一人物の情報がある。本人が使用するもので間違いないわね」
陽菜は、使用者のプロフィール情報をプログラム展開した。恐らくは極秘情報。しかし、難無くやるところ、さすがだと愛華は思った。
「それじゃあ、犯人は木戸…ですか?」
足の付く軍ドローンで、使用者形跡を残したままテロを起こす事にいまいち納得がいかなかった、愛華。
「そうとも言えないかな。この機にはハッキングされている形跡があるの。木戸では無い、何者かの遠隔操作も視野に入れるべきね。今、みんなに木戸の情報と死亡した軍関係者のリストを送ったわ。捜査の役に立つはずよ」
情報を送り終えると、展開していたホログラムを全て落とし、ぐるぐると辺りスキャンし始める、陽菜。
愛華は、送られてきた、死亡者リストを見る。
「今回の襲撃による死者は58名の中に、幕僚参事官や空軍幹部までいますね。そのほとんどが即死です」
愛華は死者名簿をホロ展開した。
「大臣や統合幕僚長、高官は、揃って外出。テロを免れているわね。やっぱり出世には運も必要なのね」
皮肉混じりに溜息をつく、陽菜。
「ですが、ここまで破壊されていては検証も難しいですね」
愛華の困った表情に、フフフと微笑んだ陽菜。
「愛華ちゃんはリバース・メジャーメントは初めてだったよね? 最初はちょっと酔うかもしれないけど、我慢してね」
いつものようにニコやかに言うと、デバイスを指3本で叩く。
現場が一瞬、デジタル設計図のような線だけの表示になったかと思えば、すぐに事件後の状況に戻った。愛華は何が起こったのか分からずにいたが、直後、異変に気づく。足元にあった瓦礫の破片が動き出したのだ。ゆっくりと。巻き戻されるように。巻き戻しは瓦礫だけで無く、人までもが逆再生され、襲撃前に戻っていく。
「すごい…」
愛華は目を丸くして呟く。
「先に検証したミツバチはハニーが操作しているの。現場を分析して、何通りもの可能性を演算して最適解を導く。これがリバース・メジャーメント。正答率は97.843%。まだまだ、完璧じゃ無いけど参考にはなるでしょ?」
ドヤ顔の陽菜を他所に、愛華が逆再生の中から気になる光景を目にする。
「これって…。」
千代田区市ヶ谷466-反戦同盟会事務所。
「あなた方、公安がお越しになるような覚えはありませんが?」
手を組み前屈みの状態でソファーに座る男は、社長のようなインテリ感を風している。指定政治団体とはいえ、男の風貌から部屋の作りに至るまで、如何にもな反社会組織や反政府団体のような雰囲気は無く、一般企業とまるで変わらなかった。
「3時間前、国防省の庁舎が襲撃されたことはご存知ですよね?」
机を堺に対面に座る、空と遼子。前置きも無く、単刀直入に切り出した空は、じっと相手の目を見る。
「まさかとは思いますが、我々をテロの実行犯と疑っているんですか? 確かに、我々は反国防軍を掲げて活動させてもらってますが、このタイミングでテロを仕掛けるような身の程知らずではありませんよ」
鼻で笑う男。
「1年半前の暴動、そして国防軍の新設。この1年ちょっとで国内情勢も大きく変わり、それまでシステムに言われるがまま生きてきた国民が疑問を持つようになりました。我々以外にも、国防軍への疑問を持つ者はたくさんいる。どうして、我々に白羽の矢が立ったのかお聞かせ願いたい」
男も目を逸らすことなく、空をじっと見ていた。
「"あなた方が起こしたテロ"とは一言も言っていません。ただ、知っているかと聞いただけです」
空と男は、視線を逸らさず、瞬きすらも無いままにお互いを探っていた。
「本日伺ったのは、あなた方"反戦同盟会"が多額の資金を投入し、情報を集めていたからです。資金の出先は、国際ハッカー集団、ディスクロージャー*²。購入した情報は、国防軍特殊部隊一覧、国防軍幹部情報、国防軍費の流れ、そして作戦中または終了したオペレーション…ですね」
いつにもなく冷たい視線を放つ、空。その雰囲気はやはり親族なのだろう。梓と似ている。
「どこからそれを…。」
男は一瞬目を剥くと、隠すように視線を逸した。
「公安にも、ウィザード級のハッカーがいましてね」
笑顔で答える、空。
「ただ、国外の犯罪組織を利用したことも、それで得た情報を使って今後何をするのかも、現状はどうでも良いんです。後日、然るべき手続きを踏んで、然るべき課が来ることでしょう。それまでに、言い訳を考えておけば良い。今回は、あなた方が入手した情報の一部、恐らくは国防軍が極秘裏に実行したオペレーションの情報を何者かのハッキングによって流失した件について伺いたいんです」
空の確信突く追及は、まるで心を覗いているかのようだった。男は嘘を付こうにも、全て見透かされているのではという疑心暗鬼に陥り、言葉が出ない。
何かを喋らなくてはという焦り。声を押し退け、荒息が口を支配する。言葉にならない声がようやく出かけた矢先、自体は動く。
乱暴に扉が開く音、そして4~5人が部屋にぞろぞろ入ってきては、空に拳銃を向けようと動いた。空はピクリとも動かず、顔色さえ変わることなく不敵な笑みを浮かべている。
何故、空が動じないのか、それを考える間も無く、幹部達は動きを止められていた。
「全員、今すぐ拳銃を捨てて、両手を頭の後ろに回しなさい」
遼子の怒号が響き渡る。エンフォーサーの銃口は、反戦同盟会代表の男の眉間に突きつけられ、引金には人差し指を掛かっていた。
「周りに置く連中の首は掴んでおくものですよ。これじゃあ、事実を必死で隠そうとするあなたが馬鹿を見ているようだ」
空は嘲笑うかのように、挑発する。
取り囲む部下達は、猛り立っていたが、遼子が人差し指に力を入れると、銃口を突き付けられた男が手で合図を送り、部下を鎮めた。
室内にカチャカチャと拳銃が落ちる音が鳴り渡る。そして、男は諦めたように溜息をついた後、口を開いた。
「あなたの言うとおりです。これが流失した情報です。我々の情報を流失したのは誰だか分かっていませんが、テロのニュースを見て、"利用された"と確信しました」
声に力は無く、脱力したように肩を落とす、男。男がデバイスを指で突付くと情報がホロ表示された。
情報にはいくつもの極秘作戦名と概要が並んでいる。空は、その中の一つを見て唾を飲んだ。
「りょーちゃん、梓姉にすぐ連絡して!みんなが危…」
空は叫ぶように言ったが最後は爆音によって掻き消される。
部屋は元の面影も無く瓦礫と化し、倒れている数人に息は無かった。
千代田区214-国防省第二庁舎 4階会議室。
「失礼します」
ホログラムが完全に解除されていくまで、深々と頭を下げる軍服の男。その表情は、悔しさを滲ませているようだった。
無音を遮るように、開閉音が空間に鳴り渡る。
「木戸章平 大尉ですね? 公安庁です」
梓は身分証明を見せた。
「公安? 自分に何か?」
一瞬、驚いた表情をした木戸。すぐに軍人らしい表情に戻ったが、梓はその表情を見逃さなかった。
「防衛省庁舎でのテロ事件、ご存知ですよね。今も、私達が入ってくるまでに、事件に関する報告をしていた、そうですね?」
梓の質問に、目を反らす木戸。
「テロの事はニュースで観ました。もう国防省内で大騒ぎになっています。ですが、国防省内で起きたテロです。管轄の国防警務官が捜査をするなら分かりますが、公安庁の方々には関係の無い話ではないですか? それに、何故自分の元に…」
木戸は明らかに動揺していた。
「そういう訳にはいかないな。若干名、一般人にも死傷者が出ている以上、公安の捜査が優先される。それに、事件現場の残骸からあんたのIDが登録された、爆撃ドローンが見つかってる。あんた、テロ事件の容疑者なんだよ」
腕組みをしながら、椅子の背凭れに腰掛ける、白羽衣雫は、睨むように木戸を見ていた。
「私達があなたにエンフォーサーを向けないのは、容疑者ではあるけど、犯人は別にいる可能性が浮上しているからです。今回のテロは、特定の人物…例えば、禍根が残っているような極秘作戦に関わった人物がターゲットとなっている可能性が高いと考えています。そして、使われたドローンはあなたの物。何か、思いつく事でもあるんじゃないですか?」
木戸が反論できずにいるところで、入口の扉が開いた。
「そこまでだ。公安」
野太く、低い声の持ち主は、鋭い目付きの男だった。
「大佐…」
木戸がボソりと呟く。
「あなたは、村西鉄二 空軍大佐ですね。"そこまで"とは?」
梓は屹っと睨む。
「お前たちには捜査権が無いと言っている。国防省で起きたテロ事件だ。こちらで処理をする。お前たちが首を突っ込むことでは無い」
村西は、怒号混じりで声を荒げた。
「失礼ながら命令系統が異なります。それに、国家公安法34条を適応しての捜査です。捜査権は厚生省公安庁にあります」
梓は冷静に反論した。
「公安庁がその気なら国防軍にも相応の…」
村西を反論をしかけた、その時、部屋の外から大きな爆撃音が鳴り響く。
「梓!先生!」
真っ先に部屋を出た深月が大声を上げる。部屋の外では、2機のドローンによる爆撃で負傷者も出ていた。
「あとで必ず話を聞かせてもらいます」
梓は一言だけ残すように告げ、外を出ていった。
「車を付けている。来たまえ」
村西は、梓、深月、雫がドローンを追って遠ざかるのを確認すると、木戸に車に乗るよう指示した。
被害が出ていない裏口には、リムジンとまではいかないが車体の長い公用車が停車していた。扉が開くと、車内にはソファーとローデスクが設置されており、ちょっとした執務室のようになっている。そして、ソファーには見覚えある上官がどっしりと座っていた。
「入りたまえ」
先に入った、村西に言われるがまま、緊張ながらに末席に座ると、公用車は動き出した。
「命令通り、公安の口車に乗らなかった事は評価しよう。ご苦労だったな。木戸章平 大尉」
真っ先に口を開いたのは、先に座っていた軍高官だった。
「単刀直入に聞くが、8ヶ月前、貴様が実行した"例の作戦"。これを外部に洩らした事実は無いかね? 」
軍高官の言う、"例の作戦"。木戸の中で何かが繋がり、記憶が思い起こされる。
───8ヶ月前。
俺の精神は敵地にいる。
指に力を入れるだけで、敵地を潰し、敵兵を殺せるのだ。
まるで、ゲームのように。
そこには感情は無く、痛みも無かった。
卵型の球体が開く。木戸章平は、ゆっくりとHMDを外した。
座り心地の良さそうな座席に、意外にも圧迫感の無い空間。
「どうだね? 木戸章平 大尉」
インカムから聞こえる声は、本作戦の実行団長だった。状況はリアルタイムで監視しており、当然、芳しくない成果も知ってるはずだが、わざわざ状況を聞かれたことに僅かな疑問を抱く、木戸。
「はッ! 青木隆 中将。敵軍は、旧ロシア製の対空ミサイル『SЯ-65』を想定以上に完備しています。空撃による無力化は難しく、敵の軍事力は如何程かに上方修正せざる得ません」
「なるほどな」
青木が一言呟くと、一瞬、インカムの奥でノイズが入り、直後、通信音が鳴った。木戸は、現地潜入の部隊に通信を繋げたのだと理解した。
「アインスウルフ。応答せよ」
「こちらウルフ」
ノイズ混じりの音声がインカムから聞こえてくる。
「現時刻を以て、ファーストフェーズを終了。時刻一九一〇より、セカンドフェーズとする。まずは、ホークワンに地点デルタにて物資を届けさせる。受取り次第、状況を開始せよ」
青木が伝えた、セカンドフェーズとは、現地敵兵との交戦を意味していた。これまでの援護作戦とは段違いで危険度が増し、戦死の可能性も必然的に高くなる。木戸は、言い知れぬ不安に駆られた。
「了解」
迷いの無い即答を聞き、木戸は思わず口を開く。
「ホーク部隊は、物資投下後、ウルフ部隊を援護します」
「だめだ。ホークワンは物資投下後、直ちに帰投。別命あるまで待機せよ」
木戸の言葉を遮るように、命令を下す、青木。
「待って下さい」
必死な木戸に待ったを掛けるような声が聞こえた。
「大丈夫だ。心配するな、木戸。この作戦、必ず成功させて帰る。だからお前に一つ頼みがあるんだ。嫁さんには俺が帰らなかった時、お腹の子どもと一緒に元気に生きていけるよう、見守っていてほしい」
「これ以上、奴らに会話させるな」
2人の会話を聞いていた、村西は苛立ち混じりて指示を出す。
突如、プツリと途絶えた通信。
「ウルフ!応答してください!アインスウルフ…岩城さん!!!」
木戸は何度も名前を呼び続けたが、不通音が無情にも鳴り続けた。
数日後、知らされたのはウルフ部隊8名のMIA=行方不明ということだった。事実上の戦死を意味していた。
───現在。
「はい。外部漏洩に関しては、身に覚えがありません」
木戸は俯きながら答える。
「なら何故、軍のデータベースから『ネックブリーカー作戦』の情報が流出し、それに関わった者達が、今回、貴様のドローンに襲撃されているのだ? 」
語気を強める、青木隆。
「わ、分かりません。しかし、情報漏洩など…一体…」
躊ぐ木戸を見て、青木は眉をひそめる。青木の反応から、公安だけでなく、軍上層部からもテロリストの容疑者として睨まれていたことを理解した、木戸。
青木の大きな溜息は、不穏さを象徴するかのようだった。
「木戸。軍人としての責務を果たせ」
村西鉄二の一言が突き刺さる。保身の為に、国防軍に利用されるだけの傀儡となれ、と言われているのにも等しい言葉だからだ。何も組織に背く事などしていない。だが、こうして悪として処理されようとしている状況を打開する術も無い。木戸は、「はい」と一言返答した。
「重大な嫌疑が掛かっている貴様には、公安の刑事が張り付くだろう。そこで、公安庁が何を知りたがっているのかを逐一報告しろ」
青木の命令に目を剥く、木戸。
「それは、スパイ活動をしろということですか?」
「違う。これは国防軍の正式な作戦だ」
青木の言葉に納得も安堵も無い。しかし、従う以外の方法も無く、木戸は目を落とし、一言返す。
「了解…しました…」
公用車は3人を乗せたまま、都心部へと消えていった。
*¹ 国家公安法34条:国家の維持を揺るがす国内事件に際して、各省庁の事務的権限を撤廃し、厚生省公安庁が権限を有する。
*² Disclosure:国際的ハッカー集団。開いた本から言語が飛び出し、その上に目が描かれたマークがエンブレムとされる。