表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公安四課  作者: やん
23/52

FILE.22 嘘に塗れた朝

昨日(さくじつ)から都内全域で同時多発していた暴動は、一夜(いちや)が明け、鎮静(ちんせい)へと向かっています。公安庁の発表によれば、暴動での死者は231人、重体は394人、重軽傷者は合わせて4,560人に昇るとみられています。この暴動では、少なくとも56人が逮捕されており、公安庁発足(ほっそく)以来、最悪の事態となりました。都民からは、「識別スキャナーが反応しなかった」、「公安が適切に暴徒を鎮圧できていなかった」といった声も上がっており、今後、公安庁の存在意義が問われる事態にまで発展すると予想されます。』


暴動関連のニュースは絶えることなく繰り返し流れ、事態の大きさを物語っていた。


通常であれば、通勤通学の人通りで()め尽くす都心街(としんがい)。しかし今朝(けさ)帰宅困難者(きたくこんなんしゃ)浮浪者(ふろうしゃ)のように(あふ)れかえり、一変(いっぺん)した朝を迎えていた。まるで、大震災(だいしんさい)から一夜(いちや)明けた朝のように、不安感と疲労が表情を(むしば)み、場の空気も重くしていた。



四課オフィス。

午後13時17分。


「これじゃあ、まるで震災(しんさい)直後だ。たった一人の首謀者(しゅぼうしゃ)によってこんなにも社会秩序が滅茶苦茶(めちゃくちゃ)になるなんて…」

ソファーでニュースを観ながら溜息(ためいき)()く、愛華(あいか)


目下(もっか)のところ、国民を24時間、途切れることなく管理する、識別スキャニングあってこそ、社会秩序(しゃかいちつじょ)維持(いじ)が約束されているわ。そこに例外(れいがい)は無い…そのはずだった。だからこそ、『新宮(しんぐう)』という有り得ないはずの例外に対処もできなければ、コントロールもできず、限りなく発生し得ないとされた『暴動』が起こった。これはもう"災害"と呼ぶに相応(ふさわ)しい事件だったのよ」

開く扉から、ギプスで腕を固定した(あずさ)が入ってきた。


梓はキッチンでコーヒーを()れると、ソファーに座る。


「もう身体は大丈夫なの?」

心配そうな梓。常に冷静()冷酷(れいこく)さを持っている印象があり、どこか人間味(にんげんみ)の無いクールビューティーさが近寄(ちかよ)(がた)さを演出(えんしゅつ)していたが、河下深月(かわしたみづき)銃弾(じゅうだん)に倒れて以降(いこう)、実は第四課で最も仲間想いで人間らしい人なんじゃないかと思うほどに、梓の感情を感じていた愛華。


「大丈夫です!私は皆さんに守られてばかりでしたから。それより、梓さんこそ大怪我だったのにもう大丈夫なんですか? せめて一日くらい休んでも…」

愛華は笑顔で即答(そくとう)する。


「今回の暴動で、ただでさえ少ない人員に大幅な欠員が出ている。身体(からだ)が動く以上、休むわけにいかないわ。それに、早急(さっきゅう)新宮(しんぐう)尋問(じんもん)する必要がある」

新宮(しんぐう)の名を口にした途端(とたん)、表情は消え、眼には深く冷酷(れいこく)な光がちらついていた。


「そうですね。第一課の木嶋(きじま) 警視と宮下(みやした) 警部補の行方は(いま)だに分かっていませんし、第二課は手塚(てづか) 警視が一命を取り留めたものの意識不明の重体、課員は全員死亡。第三課と第五課も負傷者多数で今の公安には動ける者がいないというのが現状です…。」

(うつむ)く愛華。


「正直、一課の失踪(しっそう)については全てがきな臭く感じてるわ。地下6階フロア全域に展開していた偽装(ぎそう)ホロ。突然の通信途絶(つうしんとぜつ)。そして失踪(しっそう)。どれも納得のいく説明ができる程の正当性が無い。それに、擁護(ようご)のつもりなんて無いけど、彼らだってプロよ。身の危険を犯す以上、生きて戻る手段を必ず用意するはず。それでも命を落としたというなら分かる。でも、生死も含め行方が一切不明っていうのは有り得ないわ」

机の上に展開された、新東京庁舎タワー地下6階フロアのホログラムを(なが)める、梓。早送りと巻戻しを繰り返すように、偽装ホロ展開時と解除後が切り替わり表情されていた。


「何者かに拉致(らち)されたという線はどうでしょう?」

愛華の疑問は最もだった。普通、生死不明の失踪(しっそう)となれば拉致(らち)を疑うのがセオリーだからだ。


室内空間には街中(まちなか)のドローン映像が次々と展開される。暴動が鎮圧(ちんあつ)して7時間が経とうとしていたが、帰宅困難者(きたくこんなんしゃ)が溢れかえり、消火しきれずに割れたガラス窓から黒い煙が上がっている光景が映し出された。


「それも(うす)いと思うわね。『アメノヌボコ計画』の産物(さんぶつ)新宮(しんぐう)は体質により識別スキャニングが反応しなかった。彼が(したが)えたテロリスト達は、生体波長(せいたいはちょう)をコピーして相殺電波(そうさいでんぱ)(はっ)する機械(マイクロチップ)でスキャニングを(あざむ)いた。でも、2人はそんな体質でも無ければ、機械(マイクロチップ)を持っている訳でも無い。仮に、暴動を起こしたテロリストの残党が、2人を拉致(らち)する際、機械(マイクロチップ)付きの仮面を着けさせたとしても、街中(まちなか)には識別スキャナーと同じくらいの防犯ドローンが設置されている。機械(マイクロチップ)視覚情報(しかくじょうほう)まで(あざむ)けないのは実証済みよ。街中に張り巡らされた"目"に映って無いなら拉致(らち)の可能性は無くなるし、何らかの理由による逃亡の可能性もほぼ無いわ」

どの映像をピックアップしても、捜査官2名の姿が映し出される事は無く、梓は不確定要素(ふかくていようそ)を消していくかのようにドローン映像閉じる。


「さっき、地下に行ったメンバーで唯一(ゆいいつ)生き残った、結城(ゆうき)に会ってきたわ。急襲(きゅうしゅう)を受けてからの記憶が無いそうよ。もちろん、2人が最後にどうなったのかも見ていない…」

梓は違和感(いわかん)を覚えていた。当然、2人の消え方が胡散臭(うさんくさ)いというのもあるのだが、引っ掛かっているのは消え方では無く別の"何か"。


「あ、それともう一つ。地下に行ったテロリスト達の行方(ゆくえ)も分かっていません。防犯ドローンの映像だと、ハッカーを先頭(せんとう)に24人いたはずなのに、地下フロアーで見つかったのはたった8人。数が合いません。彼らは機械(マイクロチップ)を付けた仮面を身に着けているので、逃亡も考えられなくは無いですが…」

愛華は、周辺のドローン映像を再び室内空間に出す。机の上にホログラム展開された新東京庁舎タワー地下6階フロアは、小さなピクセル状となって崩れ、押し上げるように新東京庁舎タワーを中心とした周辺の航空図(こうくうず)がホログラムで現れた。


「映像に全く映らないというのは難しいんじゃないでしょうか? たとえ凄腕(すごうで)のハッカーが、ドローン全機(ぜんき)の位置を把握し、システムを掌握(しょうあく)していたとしても、この街の目はドローン映像だけじゃない。公安の捜査官や厚生省が特別編成したという部隊の目からは逃れられません。そうなると、彼らは地下フロアーで姿を消したことになります。しかも、それは恐らく彼らにとっても想定外な事では無いでしょうか? 」



「有り得ない事象が同時発生していて、()矛盾(むじゅん)している。なら、前提条件が違うということになる。新宮(しんぐう)やハッカーの男は、国家最大秘匿(こっかさいだいひとく)の"何か"を狙っていると決め付けて捜査(そうさ)をしていた。でも、実際は逆で、全国民を支配している"何か"を(あば)こうと反旗(はんき)(ひるがえ)したけど、"何か"によって(はば)まれ、存在ごと消された…そう考えれば、街の防犯ドローンに映らず、まるで地下フロアーから忽然(こつぜん)と消えたのにも納得がいくわ。まぁ、16人もの死体をどう処理したかは謎だけどね」


「そうですね。それじゃあ…」

愛華は思わず口を閉した。梓の推測が正しければ、第一課2名の生死は言わずもがなであるからだ。


(しばら)く無言となる梓と愛華。

そんな中、梓は口火(くちび)切って立ち上がると、

「まだ、推測にしかなってないわ。陽菜(ひな)深月(みづき)には現地で検証させているし、僅かでも2人の足取りを追いましょう」

梓は、口元だけの笑みを見せると、スタスタと部屋を後にした。


庁内では、あんなにも嫌味(いやみ)を言い合い(いが)み合っていた梓も、2人が生きていることに賭け、動いていることが愛華は嬉しかった。


顔を両手で4、5回叩くと、自席に移動する。

「私だって公安庁の捜査官だ」

カタカタとホロキーボードを叩く音が部屋中に響き渡った。



新東京庁舎タワー 地下6階フロアー


「まるで機械室ね」

照明は点くが、それ以外に色味ある物が全く無い巨大フロアー。陽菜(ひな)は、電気系統のようなアクセスプラグにデバイスを接続しながら、高速で指を動かしていた。


「こんな場所で、どうすれば木嶋(オッサン)宮下(みやした)は消えるのかな。毎回嫌味(いやみ)ばっか言ってくるけど、刑事としての誇りは持ってる奴らだよ。そんなあいつらが手掛かり無しで突然消えるかな? じゃあって、拉致(らち)の線にしたって、外には包囲網(ほういもう)があった訳だし薄い…。」

壁を線続きでなぞり、歩き回る深月(みづき)


「そうね。でもそうなると、何らかの手段を持ちいた逃亡か、イレギュラーな第三者の介入による殺害…以外に考えられないわ」

陽菜の指は止まることなく、真っ直ぐモニターだけを見つめていた。


そして数秒間、時が止まったかのように間が開く。


感情論(かんじょうろん)だけど、やっぱり深月の言うように彼ら2人には刑事としての誇りがあった。逃亡は有り得ないよね」

陽菜は指を止め、深月に(うった)えかけるように言う。深月も同意するかのように足を止め、小さく(うなず)いた。


「それにしても痕跡(こんせき)が無さ過ぎるよ。ここに偽装ホロが展開されていたのは、あの時、遠隔で解除した私が一番知っている。なのに、その記録も痕跡(こんせき)も消えて無くなっている。しかも、あの時なぜか通信が途絶えたのに、Ul-Di(ウルディ)に異常は見られないし、通信エラーの要素が全く見当たらないの」

陽菜は、痕跡(こんせき)が全く無くなっていることに違和感を覚え始める。それと同時に、何故そんなにも徹底的に痕跡が消えているのにもかかわらず、"結城巧(ゆうきたくみ)だけは生きていたのか"ということに疑問を持ち始める。


「ねぇ。変なこと言うんだけど…」

陽菜の疑心が大きくなる中、深月が意味深(いみしん)面持(おもも)ちで口を開く。


私達(あたしら)が一課捜索に行こうとした時、何故か現場に局長が来たよね? しかもあのタイミングで。何か嫌な予感がするんだ」

深月は恐怖を感じた。それを誤魔化(ごまか)すように天井(てんじょう)を見上げる。真っ暗で濃い(やみ)が今にも()ちてくるかのように感じた。


言いしれぬ恐怖に本能が叫ぶ。『逃げろ』と。

考える間もなく、足が動く。深月は陽菜の解析を中断させ、スタスタとその場を後にした。



公安庁局長執務室。


「どういう事ですか!」

梓の怒鳴(どな)り声は、広い局長室でも()き消えることの無いくらいに大きく響いた。


「言葉の通りだ。竹内梓(たけうちあずさ) 警視長。公安庁は神宮那岐(しんぐうなぎ)捜査権(そうさけん)を失い、一切を放棄(ほうき)身柄(みがら)厚生省特務捜査こうせいしょうとくむそうさチームに移送し、大臣の指揮下(しきか)で適切に処理される」

机と水平に、椅子に(もた)れ掛かるように座る天宮(あまみや)は、視線を合わせることなく淡々(たんたん)と話す。その両手の間には、全面真っ黒なルービックキューブが浮いており、手を触れずにどう操作しているのか分からないが、梓の話など興味が無いとでも言うかのように遊んでいた。


第四課(私達)逮捕(たいほ)したテロリストですよ? 今回の暴動およびテロ行為は国家転覆(こっかてんぷく)目論(もくろ)んだ事案です。さらには、これまで第四課(私達)が捜査したいくつかの事件背景に、神宮那岐(しんぐうなぎ)関与(かんよ)濃厚(のうこう)です。それは公安で追求すべきです」

梓は納得できず、語気(ごき)を強める。


「君達、第四課には特別権限である即時量刑判断権そくしりょうけいはんだんけん*¹が与えられている。その特課(とっか)たる権限を行使(こうし)し、犯人の逮捕、もしくは執行しているはずだが、過去の事件資料に神宮那岐(しんぐうなぎ)関与(かんよ)(ほの)めかす記述(きじゅつ)はされていたかな? 無いとするならば、報告不足か捜査ミスとして、第四課の管理体制を()わなくてはならない事案だよ?」

天宮(あまみや)はルービックキューブの動きを止めると、少し顔を向け冷たい目線で言い放つ。


「もし第四課(私達)の判断が間違っていると指摘(してき)するのであれば、第四課に特課権限を与えた、局長、あなたの判断が間違いということになりますが。」

(てのひら)(つめ)が食い込むほど、(こぶし)を握り締める、梓。売り言葉に買い言葉だが、自身の家族にも等しい四課への批判に梓は(だま)っていられなかった。


(にら)み合う2人。


戯言(ざれごと)だな。(いず)れにせよ、神宮那岐(しんぐうなぎ)は『アメノヌボコ計画』の最重要検体さいじゅうようけんたいとして社会に二度と出ることなく処分される。本来、国家プロジェクトにより発生した産物(さんぶつ)だ。国家が権利を有するものであり、省庁(しょうちょう)が権利を有することは無い」


「それより、君達、第四課にはある嫌疑(けんぎ)()かっている」

事実上、第四課による神宮那岐(しんぐうなぎ)の捜査打切りを明言(めいげん)した天宮(あまみや)は、()り替えるように切り出した。


嫌疑(けんぎ)? 何の事だか心当たりがありませんが」

目を細める、梓。


「第一課捜査官、木嶋丈太郎(きじまじょうたろう)宮下直也(みやしたなおや)消息(しょうそく)()った事案(じあん)だ。2名の捜査官はテロリスト逃亡に加担(かたん)し、自らも逃亡した疑いが持たれている。君達、第四課はその事実を知りながら、幇助(ほうじょ)したのではないか?」

(へび)のような視線で、全ての不都合(ふつごう)改変(かいへん)し、都合良く第四課と消えた第一課に(なす)り付けようとする意図(いと)は、誰が見ても明白だった。


神宮那岐(しんぐうなぎ)(あば)こうとした"何か"は、第一課の捜査官を抹消(まっしょう)しなくてはならない程に秘匿(ひとく)すべき国家の(やみ)である事実を確信する、梓。


逃亡幇助(とうぼうほうじょ)ですって? 言語道断。お話にもなりませんね」

鼻で笑い、吐き捨てる、梓。そして、くるっと背を向けると、怒りを(こら)えながらスタスタ入口へ歩き出す。


疑惑(ぎわく)否定(ひてい)に最も有効なのは、()にもならない弁解(べんかい)などでは無く、行動に(もと)づく結果だ。せいぜい頑張りたまえ」

ニヤリと笑みを浮かべ、去る者に追討ちする、天宮(あまみや)深淵(しんえん)すら(おのの)く国家の(やみ)が見え隠れしていた。


「ええ。あなた方がそうまでして隠したい、国家の汚点ごと、第四課が証明させて頂きます」

入口で一度止まると視線だけ向けて一言返す、梓。言い終わるとほぼ同時に部屋を出ていく。



扉が閉まる音は張り詰めた空間で響く。天宮(あまみや)は背中を背凭(せもた)れに深々(ふかぶか)と預け、溜息(ためいき)と共に口を開く。


「あぁ。確かに厄介(やっかい)ではあるが、(いま)だに利用価値はある。もう少し(およ)がせておいても良いのでは無いだろうか」

一人しかいないはずの空間で、まるで何十人もの人数と会話をするかのように話す、天宮(あまみや)


所詮(しょせん)は、国家成し得る為の(こま)に過ぎない。使えなくなれば処分すればいいだけのことだ───」

右手中指で机をトンと叩き、ホログラムで情報が出した、天宮(あまみや)。それを見ることもなく、再度中指で机を叩くと情報が下から消えてゆく。


消えゆく情報には、木嶋丈太郎(きじまじょうたろう)の写真が映っていた───。




*¹ 即時量刑判断権:特別捜査権保持課(特課)にのみ認められている権限。捜査の過程で、国民管理システムでは無く、捜査官が量刑を決定し執行することが可能な権限。現在は第四課のみに与えられている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ