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公安四課  作者: やん
19/52

FILE.18 独裁支配のイデオロギー

随所(ずいしょ)で上がる炎は空をも()がし、夜空を(おお)った。(にお)いすらも熱を()び、まるで昼のように明るく街を包む中、仮面の連中と暴徒達は四課によって取り押さえられていた。


「このエリアはこれで全部です」

疲労の表情で、息切れしながら口頭で報告する、愛華(あいか)


「なんで俺達が捕まらなきゃいけないんだ。お前らが無能だから代わりに仮面の奴らから街を守ってただけじゃないか」

取り押さえられた市民は、暴徒として暴れていたと思えぬ程に面影(おもかげ)は無かった。


「それはそれ。これはこれよ。あなた達の行為は明らかにやり過ぎよ。あなた達が顔も分からなくなるくらい(なぐ)り殺した、あの遺体(いたい)を見ても同じことを言えるかしら」

陽菜(ひな)は、男の頭を無理矢理に遺体(いたい)に向けて言った。男は、"殺人"の事実から目を(そむ)けた。


周囲にはミツバチ型ドローンが何匹も飛んでいる。仮面を着けた連中、暴徒と化した一般市民、ともに数も勢いも圧倒的だったが、口約(こうやく)通り5分で改造したミツバチ型ドローンの活躍で、仮面の効果を阻害(そがい)し、エンフォーサーによる執行が可能となった事で形成は逆転した。仲間が目の前で執行される事で、(あらが)えない力による自分の"死"が明確化する。今、路上にひれ伏しているのは、国家権力を前にした、名も無き"市民"だった。


「人殺し」

一人の男が、愛華にそう言った。男はエンフォーサーで執行された遺体に(すが)り付くような体勢で、たくさんの涙を目に浮かべ、悔しさと怒りを(にじ)ませていた。


愛華は何も言い返せず、思わず目を()した。そして、自問自答する。エンフォーサーで執行した人は、元は善良な一般市民。仮面の連中が(あらわ)れなければ、暴動さえ起きなければ、傷付き、死ぬことすら無かった命だ。その命を自分は奪ったのだ。(かざ)した、治安という名の権力は本当に正しかったのか…と。


「一人一人に向き合いなさい。命を失った者達の為にも、決して事実から目を(そむ)けず、あなた自身が法の模範(もはん)として在り続けるのよ」

(あずさ)は愛華の肩を叩いた。愛華は無言で(うなづ)くと、静かに立ち上がった。


「彼らも被害者ね」

梓は、警務ドローンによって身柄を押さえられている者達を見て、一言(つぶや)いた。


「はい…日常に脅威(きょうい)(せま)らなければ、公安(私達)未然(みぜん)に暴動を押さえ込んでさえいれば、彼らが暴徒になる事なんて無かった…」

悔しそうな表情の愛華。


「そっちじゃなくて、仮面の連中よ。仮面を取ってみれば、虫の一匹すら殺せない顔をしてるわ。誰しもが抱えている心の(やみ)に付け込まれ、利用された彼らも、ある意味新宮(しんぐう)の手の上で踊らされていた、被害者なのよ」

陽菜の言う通り、仮面を外した素顔は、狂気に(おび)える弱者の顔、一般市民と何ら代わりは無かった。


「それにネット情報を見たんだけど、攻撃的な方向に(かたよ)ってるの。これも新宮(しんぐう)の情報操作で、仲間のハッカーがやっているのだとしたら…」

ハッカーにはそれぞれ(くせ)のようなものがある。陽菜はこれまでの事件を検証する中で、共通の"(くせ)"を見出していたが、今回の暴動にも同じ(くせ)が見て取れた。それは同じハッキングに精通した、陽菜だからこそ見抜けたものだった。


「私達、公安が各所に散って暴動を鎮圧(ちんあつ)するのも折込済(おりこみず)みってことになるわね」

梓はそう言うと、警邏車(けいらしゃ)に戻り、ホロマップを車内に展開した。陽菜と愛華が警邏車(けいらしゃ)に戻ったときには、マップに暴動の発生場所がマッピングされていた。


新宮(しんぐう)はいつだって、何かの答えを問いかける犯罪を起こしてきた。今回の暴動も、暴動自体が目的では無く、何か別にあるとするならば、それは公安が暴徒鎮圧(ちんあつ)で散った先に手薄(てうす)となる場所が目的の可能性が高い…」

マッピングに違和感(いわかん)を覚えながら推察(すいさつ)する、愛華。


「そうね。陽菜、暴動発生場所のマッピングに合わせて、捜査官、警務ドローンの現在地を表示。その上で警備が手薄のエリア()つテロの標的になり得る場所をピックアップしてくれるかしら」

梓の指示が終わる間もなく、陽菜の指はホロキーボードを素早く叩いていた。


次々と見える化すればするほど、明確に穴となっている箇所が一箇所だけ浮かび上がった。


「今、警備体制が希薄(きはく)になっているエリア…新東京庁舎タワー。厚生省管理の(もと)、総務省、法務省、財務経済省、内閣省が集約されている5省一庁舎(しょういっちょうしゃ)。だけど、官僚(かんりょう)しかいない建物に何の用かしら。まさか、大臣や官僚の殺害…とは考えにくいけど」

推理をしながら、新東京庁舎タワーの防犯システムにハッキングを仕掛ける、陽菜。


「ええ、大臣や官僚の殺害程度が目的なら、わざわざ公安の戦力を分散する為に、ここまで大規模なテロを起こす必要がない。むしろ、非常事態の今、我先(われさき)に安全地帯に逃げる大臣や官僚が、庁舎タワーで仕事に(いそ)しんでいるなんて思えない。もぬけの(から)となった庁舎タワーを襲撃(しゅうげき)する理由は、別にある…。新宮(しんぐう)のこれまでを考えれば、行動の先には必ず一般市民への問い掛けがあった。今回も同様なら、例えば、建物内に社会秩序(ちつじょ)維持(いじ)する"何か"があって、それを破壊もしくは露呈(ろてい)することで、国民感情へ問い掛けるつもりかもしれない。もし、国民が受け付けないものであれば、国家は根底から成り立たなくなる」

梓は、黒幕が新宮(しんぐう)であるという前提で推測(すいそく)していたが、それには絶対的な自信があった。テロの計画、準備、実行には、識別スキャナーに引っ掛からない異分子(いぶんし)である必要性があるが、それに加えて、既存の常識に囚われない思考と知性、英雄的・預言者的資質(よげんしゃてきししつ)空間演出能力くうかんえんしゅつのうりょくの全てを(そな)えた、カリスマ性を持つ知能犯は新宮(しんぐう)以外に検討がつかなかった。そして、梓自信、新宮(しんぐう)と似ている所を見出(みいだ)していた。


「さすが、中央省庁ちゅうおうしょうちょうが集約しているシステムね。(かべ)(あつ)い。でも、梓の読みに間違いは無さそうだよ。既にサイバー攻撃を受けている形跡(けいせき)があるの。恐らく、テロリストの1人、凄腕(すごうで)ハッカーの仕業(しわざ)ね。当然、セキュリティへの攻撃もあるけれど、建物の構造を念入りに調べている。つまり、梓が言うように、建物内の"何か"が狙いね」

陽菜の目には、膨大(ぼうだい)な量のプログラム言語が映っていたが、陽菜には、彼女の眼として動くAI・ハニーが見ている景色が見えていた。それはまるで、入り組んだ迷路のような空間で、数々の防壁を突破していくかのようだった。


「奴らの真の目的は、新東京庁舎タワーで間違い無いようね。第四課はこれより、新東京庁舎タワーにおけるテロリスト集団の鎮圧、執行に移行。愛華、(そら)遼子(りょうこ)に連絡を」

梓の指示の直後、警邏車(けいらしゃ)はサイレントを鳴らし走り去る。暴徒の姿は無くなったが、破壊尽くされた光景と遺体(いたい)が残る一帯(いったい)は、暴動直後の異様な生々しさ染み付いていた。



都内、別場所。


「よく二人で頑張ったね」

それは聞き覚えのある声だった。声の方向へボヤける視線を向ける、(そら)。そこには、小柄で、右の髪だけ(くく)った女性が立っていた。その姿を見て、安堵(あんど)の表情を浮かべる、空。


「お帰り。みーちゃん」

視線の先に、河下深月(かわしたみづき)の姿があった。空は涙ぐみそうな所をぐっと(こら)えた。それほどまでに嬉しい再会だった。


「ただいま。もう少し感動の再開に(ひた)りたいんだけど、まずはこいつらを何とかしなきゃね」

(せま)る暴徒の狂気など、指先で(あしら)うかのように、スタンバトンを使い身軽な動きで仮面を無効化すると、エンフォーサーの引金を数回引いた。エンフォーサーの銃弾(じゅうだん)は、仮面の有無に関係無く、暴力行為をしている数名の命を一瞬で()き消した。


「まだやるってんなら、いくらでも相手になるけど、死にたくなかったら今すぐ降伏(こうふく)しなさい」

深月の覇気(はき)ある一声(ひとこえ)で、その場の狂気は押し殺され、暴徒は一斉(いっせい)降伏姿勢(こうふくしせい)を取った。仮面を着けていたテロリスト集団は、仮面を外し、悔しそうな表情を浮かべ、暴徒と化した一般市民は不満そうな表情を浮かべたが、深月の一方的な暴力に、誰一人として異論を発することはできなかった。


刑務ドローンが次々と暴徒達を囲み、一人一人に手錠(てじょう)をかける中、深月は嬉しそうな表情で空の元にやってくる。空はゆっくりと起き上がり、()めてほしそうな深月の頭を2、3回ポンポンと優しく叩いた。


「急いでたから刑務車に乗って来たんだけど、医療設備も整ってるし、遼子も刑務車(そっち)に乗せちゃおっか!」

深月は刑務車を指差した。


「そうだね。ありがとう。みーちゃん」

空は立ち上がると、気を失っている遼子を抱き上げ、刑務車に入っていった。深月も乗ったところで刑務車の扉は閉まる。ガシャンという閉音(へいおん)は、暴動が嘘だったかのように静まり返ったその場で響いた。



都内 某廃棄区画。


新宮(しんぐう)さん。あんたとの道が生死の綱渡りだってことは分かっていた。でもね。それでもあんたについて行く道を選んだ。だって可怪(おか)しいんですもん。国民管理システムって。全国民を24時間365日、1秒間に68回も生体情報を監視し続けるなんて正気の沙汰(さた)じゃない。体温や健康状態だけでなく、思考と精神すらも数値化して、行動予測を割り出し、行動指針を提供する? そんな凄い技術は(うた)い文句だけで、実際はブラックボックスだ。こんな透明性の無い技術を受け入れ、常に監視されている生活を強制されることが当たり前となっている国民も大概ですよ。まぁ、それでも外国人の俺がこうして生きていける社会というだけでも、ありがたい事なんですが」

この時代には珍しく、自動運転でない大型バスをのハンドルを握る、劉睿泽(リュールイジェ)


「僕はここで育ったんだ。唯一の居場所が訳の分からない物に支配されているなんて、僕にとっては死活問題だよ」

一瞬、寂しそうな表情をした、新宮(しんぐう)


「こいつらもあんたと同じだ。そして、あんたが破壊した先の世界を見たいと思っている。きっと良い働きをするはずです」

バスの後部席には、50名ほどが座っていた。どれも、目の(あた)りに二つの丸い穴、口には横長の四角い穴が空いた、真っ白な面を着けていた。


新宮(しんぐう)は静かにフッと微笑(ほほえむ)む。その笑みは静か(ゆえ)に、不気味さも垣間(かいま)見えるが、本質はもっと深淵(しんえん)なるものであるのをバス内の全員が感じていた。


「俺は国民管理システムの実態(じったい)血眼(ちまなこ)になって(さぐ)ってきました。主要都市に設置した、量子コンピュータを並列化し実現した、究極の国民生活支援システムってのが国家による(うた)い文句なんです。たしかに、全国民の生体情報を常に取得し、解析するともなれば、グリッドコンピューティングでの膨大な処理が必要となる。当然、数値化した情報はネットワークを経由させるはずなんですが、検証すればするほど、データの流れが可怪(おか)しいんですよ。データフローネットワークがどうやっても検出できない。そこで気づいたんです。取得した情報はネットワークを介してシステムに蓄積(ちくせき)するのでは無く、システムの完全なるスタンドアローンによって、各スキャニング機器との同一化をしているのではないか、と。そうすれば、全てに辻褄(つじつま)が合う。その証拠に、電力消費が異常値にも関わらず、検知直後に改竄(かいざん)されている箇所が一箇所だけありましてね。それが、新東京庁舎タワー」

劉睿泽(リュールイジェ)は、楽しみを前にワクワクを抑えきれない子どものような表情で語った。


不可視(ふかし)のシステム相手によくここまでの予測をつけたものだ。やはり君は天才だね」

新宮(しんぐう)もまた、高揚感(こうようかん)を抑えきれない表情をした。


不可解(ふかかい)なのはその性能ですよ。それはもう既存(きぞん)の量子技術を超えたスループットを発揮(はっき)していることになる。そんな超技術を一箇所に、それも目に付きやすい場所に置いておくなんて、リスクでしか無い」

ゆっくりとブレーキを踏む、劉睿泽(リュールイジェ)。停車したバスの前方には、ライトアップされた、新東京庁舎タワーがそびえ立っていた。


「となれば、リスクを犯してまで(たも)ちたい秘匿性(ひとくせい)がここにあるというわけだね?」

バスを降りた、新宮(しんぐう)の背後から、まるで(いざな)うかのように、タワー入口へと強い風が吹いた。


「その通り。明らかに胡散臭(うさんくさ)いシステムですよ。こうなれば、この目で確かめなくては気が済みませんよ。既に、AIがセキュリティを掌握(しょうあく)済みです」

その手には、小型デバイスが(にぎ)られていた。劉睿泽(リュールイジェ)には、全知全能の(はらわた)のように見えていた。


「さぁ、社会を映すという神の御鏡(みかがみ)が、(しん)に映しているものを一つ暴きに行こうか───」

入口を警備しているドローンは、新宮(しんぐう)の侵入を許すかの様に、入口を開けるように倒れた。



都内某高速道路。


(いま)だ、ブブゼラのような怒号(どごう)が鳴り止まず、火災で夜とは思えないほど明るい首都街(しゅとがい)。被害を(まぬが)れ、夜の暗闇が包む高速道路を、1台警務車と数台の警務ドローンがサイレンを鳴らし走っていた。


警務車内には、梓、空、陽菜、深月、愛華が座っていた。遼子はカーテンの向こうで、治療中だった。


「空と遼子にコールしたら、深月が応答するとは思わなかったわ───」


───30分前。回想。

普段以上に発信音が鳴り続き、心配になる愛華の想いを余所(よそ)に、応答した声は軽快(けいかい)だった。

「はーい!ん?その声は愛華かな?」

懐かしく、どんな状況でも前向きにさせてくれる温かい声。


「深月…」

梓は(つぶや)いた。


「深月…さん? 深月さんなんですか?」

愛華は涙を浮かべ確認した。


「そだよー。あたし以外に誰がいるのさー。まぁ、みんなには心配かけちゃったし、感動の再会をしたいんだけど、まずはこの暴動をなんとかしなきゃね」

深月の元気そうな声に、梓と陽菜は必死で涙を(こら)えていた。


「元気そうじゃない。深月。あなたの言うとおり、暴動を止めなきゃね。深月が応答したってことは、空と遼子とは合流したってことよね?」

泣き崩れる愛華の代わりに、陽菜が確認した。


「うん!でも、暴動の中心人物と戦闘になって、二人とも負傷(ふしょう)してる。空は(あざ)を作ってるけど軽傷(けいしょう)、遼子は命に別状は無いけど意識を失ってる。今、警務車(けいむしゃ)内の医療(いりょう)パックで治療中(ちりょうちゅう)よ」

二人の状況に安堵(あんど)する、梓と陽菜。思わず、二人揃って"良かった"と声が()れる。


仕切り直すように、少しの()を空け、梓は方針を切り出した。

「テロの首謀者(しゅぼうしゃ)は、何らかの目的で新東京庁舎タワーに侵入、そして占拠(せんきょ)するはず。私達も現地に向かっている。深月達も向かって。エリアK6で合流できるはず。まずは合流よ」


───現在。

「───まだ、意識が戻っていないって思ってたから」

ペスト医師姿の男との銃撃戦(じゅうげきさん)で、梓を(かば)い、意識不明の重体(じゅうたい)(おち)っていた、深月。梓は少し引け目を感じていた。


「ホントはもっと早くに目は覚めてたんだけど、復帰できる身体(からだ)じゃ無かったから、せめて歩けるくらいには回復してから顔を見せようと思ったんだよね。心配させちゃったし、誰のせいでも無いのに、自分を責めてる子もいるからさ」

深月は穏やかな顔で梓をみる。その表情には、これ以上自分を責めるなというメッセージが込められているようだった。何か吹っ切れたかのように、大きく深呼吸をすると、首謀者・新宮(しんぐう)の目的を推論ではあったが説明した。


「───なるほど。梓の読み通り、建物内にある何かしらの"秩序の破壊"が奴の狙いなら、暴動で収まらず、内乱へと発展する。つまり、国家転覆(こっかてんぷく)、クーデターを起こす気ね」

奥から絞り出すような声で出てくる、遼子。陽菜は、無理をさせないように静かに座らせた。


「そうだね。組織的で無く、ほとんど単騎(たんき)でここまでのクーデターを起こそうとするなんてね。群集(ぐんしゅう)煽動(せんどう)し、罪の意識を感じさせることなく犯罪に加担(かたん)させる…公安庁始まって以来のカリスマだな。そんな男が何を潰すつもりだ?」

痛々しい痣と切り傷を付けた、空。いつもよりも険しい表情をしていた。


「答えは目の前よ。あと数分で着くわ」

陽菜の指摘通り、そびえ立つタワーがみるみる大きくなっていく。


「空、遼子、無理はしないで。車内待機でもいいよ?」

梓は念の為確認したが、杞憂(きゆう)だった。二人はさっさとエンフォーサーに銃弾を詰めていた。


新東京庁舎タワーへ一直線に走る車内。それは突然だった。目的地を目の前に、回転を(ともな)う強い衝撃(しょうげき)が全員を(おそ)う。

遠心力さえ感じられる衝撃(しょうげき)が落着くと、警務車(けいむしゃ)横転(おうてん)していた。


幸い全員怪我無く、開く背面ドアから辺りを警戒しながら出てくる面々(めんめん)。そして、原因はすぐに目に映る。


「命中だ」

背後から聞こえてきたのは、狂気に狩られた男の声だった。赤いスーツに、特徴的なピエロのメイク。間違いなく"JOKER"だった。男は、直線距離で500メートルはあるであろう、前方を走る警務車(けいむしゃ)の車輪に、大型トラックを運転しながらスナイパーで狙撃し、命中させたのだった。


大型トラックはそのまま四課メンバーに突っ込み、警務車(けいむしゃ)諸共、数メートル押し()いた。四課メンバーは全員、難なく交わすが、絶望はそれだけでなかった。


「まさか、警務ドローンにもハッキングしているなんてね」

陽菜の言葉の先には、先程まで引き連れていた、警務ドローンが武装体制でじわじわと取り囲んでいた。陽菜はホロキーボードを出し、何かのコードに打ち込んでいる。その画面には、警務ドローンの構造図が映し出されていた。


「お楽しみはこれからだ」

タバコを吸いながら、運転席から出てくるピエロの男。その両腕には切られた手錠が付いていた。


「逮捕じゃ足りないらしい。今度こそ執行してやるよ」

空と遼子はスタンバトンを振り、前に立った。


「みんな、ひーちゃんがドローンをクリアしたら、先に行ってくれ。ここは、俺とりょーちゃんでやる」

直後、警務ドローンが次々と倒れだした。それとほぼ同時に踏み出す、四課。その足は徐々に早くなり、タワーへと走り出していた。


ピエロの男はゆっくりと胸ポケットからラガーナイフを取り出すと、一直線に投げつけた。


ナイフは真っ直ぐ、愛華の眉間(みけん)貫通(かんつう)するように進んだが、突き刺さる寸前、遼子によって叩き落とされた。


空はピエロの男の(ふところ)に入ると、スタンバトンを左下から振り上げる。ピエロの男は、好敵手との再会を喜ぶようにニヤリと笑みを浮かべ、スタンバトンを持つ空の右手を抑えると、左手でナイフを突き立てようとした。空も左手を抑え、まるで、暴動地での組合を再現するかの構図(こうず)となった。


梓、陽菜、深月、愛華は、その隙にタワーへと走っていった。その様子を見届けると、組合を力強く振りほどき、間合いを取る、空。遼子は空の横に立つと、静かに構える。双方の(にら)み合いは空気を一変(いっぺん)させた。


そして、3人は同時に踏み出す。互いに明確な殺意を持って。



新東京庁舎タワー 1階フロアー。


「お二人は大丈夫でしょうか」

ピエロの男との対戦は過去二度とも怪我を負っていただけに、愛華は心配だった。


「大丈夫だよ!今回は!二人とも強いし、今度は逮捕しないから」

深月の言葉に影が垣間見えた気がした。


「あれ、四課の皆さんじゃないですか」

間抜けそうな声の先には、第一課の木嶋丈太郎(きじまじょうたろう)結城巧(ゆうきたくみ)の姿があった。


「てめぇら何でここにいんだよ」

露骨(ろこつ)なまでに嫌味(いやみ)ったらしく突っかかる木嶋(きじま)に、誰もが分かるほどの嫌悪感(けんおかん)を出す、梓。


「テロの首謀者がここにいるんだよー」

売られた喧嘩(けんか)を買う子どものように、舌を出す深月。それに対して喧嘩腰(けんかごし)で睨み、お互いの目からは火花が散っていた。


「どうしてお二人はここにいるんです?」

愛華は、深月と木嶋(きじま)(なだ)めながら問い掛ける。


「俺たちは元々近くの暴徒を鎮圧(ちんあつ)してたんだが、ここの警備システムがダウンしたのを察知して、俺らもさっき来たんだ。官庁ビルは、システム異常が発生した場合、公安庁へ緊急アラートが入るだろ?」

奥からタバコの煙を(ただよ)わせて出てくる、宮下直也(みやしたなおや)


「防犯映像をハッキングしたわ。新宮(しんぐう)と数名で侵入しているけれど、3階エレベーターで二手に別れてる。新宮(しんぐう)は上、もう一人は下。おそらく、もう一人がおそらくハッカーね」

ハッキングした映像を空間に展開する、陽菜。


「ちょうど、二手(ふたて)に別れられるわね」

梓の一言に、木嶋(きじま)はすぐに応える。

「なら、お前らは上に行け。そいつが首謀者ってことは、お前らと因縁(いんねん)あるんだろ? 」

いちゃもんを付ける割には、人情味(にんじょうみ)ある木嶋(きじま)の言葉に、梓と深月は珍しい程に優しい表情を送った。


木嶋(きじま)さん、遠隔(えんかく)でのサポートは任せてください」

陽菜の心強さに、木嶋(きじま)も安堵の表情を浮かべた。


「気をつけろよ」

木嶋(きじま)は一言(つぶ)くと、宮下(みやした)結城(ゆうき)を引き連れて、脇にあるエレベーターを向かっていった。


梓、陽菜、深月、愛華も、玄関ホール正面の階段を駆け上がる。クーデターの最深部へと。


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