FILE.14 善と悪の境界線
「僕は、社会的弱者だ」
地方自治が分散していた都道府県制度を廃止し、社会全体が一極都市自治へと変わった、新都市改革。今では、5つの都が日本国家を形成している。東京も例外ではない。2074年に始まった、関東地区改革を皮切りに、関東全土の合併により、新東京都が発足した。だが、急成長と急改革は、国民の戸惑いを招き、様々な格差を生んだ。混乱状態は6年間に及び、後に"氷河の改革"と呼ばれ、新社会体制への負の一面として語られている。
───2104年5月。
「いっらっしゃいませ」
細々と発せられた言葉は、コーヒー豆の香りと共に、瞬く間も無く漂っては消えていく。
変わりゆく社会に取り残されるかのように、寂しく佇む喫茶店。レトロ風な店内は、近代的な洒落は無いものの、日常を忘れさせてくれるかのような落着きを醸し出していた。常連客が足繁く通い、店内は静かながらも賑わいを見せていた。
薄暗い店内で、煌々と年代物のテレビが光る。福祉制度改革に関するニュースがやっていた。
「石原くんも最近大変でしょ」
話しかけてきたのは常連客の中年女性だった。
従業員の男は、視線を合わせることなく、只管にコーヒーを淹れていた。
「"生活の最適解を創造する新社会システム"って事ある毎に謳ってはいるけど、これ以上、福祉が窮屈になったら、貧富の差も開くし、何が最適解なのか分からなくなるわよねぇ」
中年女性の愚痴は、賛同を求めるかのような口調だった。
「あ、そうだわ。石原くん。生活も大変だけど、この辺りも物騒だから気をつけてねぇ。昨日も野良猫や野良犬がバラバラにされてたっていうから」
恐怖を煽る中年女性の一言に、従業員の男は、ピタッと動きが止めたが、すぐに動き出す。
「石原くん、休憩入っておいで」
初老の店長の声掛けに、無言のまま頷く、従業員の男。
そのまま事務室に入り、椅子に座ると、緊張が切れたかのように、脚が痙攣し出す。慌てて5種類もの処方薬を口に頬張り、水も無く飲み込むと、次第に痙攣は治まっていった。落着きを取り戻し、安心したのか、男は机に伏せること無く、目を閉じ、眠りについた。
デスクに置かれた処方箋には、名前と年齢、病名が記されていた。
石原丈。27歳。カナー型ASD。
翌日。
カーテンを締め切った真っ暗な部屋で、足を抱えるように寝転びながら、古い映画を観る、石原丈の姿があった。混沌とした社会で、映画は時に何かを訴え、時に何かを風刺する。人々は作品に魅せられ、感情を揺さぶられ、行動を促される。これまでの人生の中で、石原丈もまた、一つの作品に魅せられていた。
映画を魅終えると、すぐ様支度し、くたびれた、老アパートを後にする。誰もいない部屋に残るのは手記だけだった。
石原丈は、外界をシャットダウンするかのように、常にイヤホンで耳を塞いでいた。それが、自己の精神を保つ為の対抗策だった。
その日は休日だったが、いつもの路地を曲がり、いつものルートを歩く。ルーティンを寸分違わずなぞるのも、彼なりの精神の保ち方だった。
だが、その日はいつもと違った。
男4人が、見知らぬ女性を強姦していた。それを食い入るように見ていると、男の1人が高圧的に話しかけた。
「おい。何見てんだよ」
石原丈は胸ぐらを掴まれ、路地の壁に押し付けられた。いつもと違う事象に、パニックを起こしていた。
「ぼ、ぼ、僕はいつもの通り道の景色を見ていただけで、そこに別の景色を入れてきたのは君達で、それに関して興味は無くて、でも…」
石原丈は、パニックのまま言いたい事をまとめきれずに思いついた言葉を必死に並べた。
「は?何言ってんのお前。挙動ってんじゃねぇよ」
男はそう嘲笑うと、石原丈を殴りつけた。初めて味わう衝撃に、なんの抵抗もできないまま、あっさりと身体は地面に叩きつけらる。その後も容赦なく、プレス機のように上から何度も足が降ってくる。
男による一方的な暴力は勢いを増し、それに釣られ、女性を強姦していた、男達のうち2人も加勢し、石原丈を蹴りつけた。
男達の表情は狂気そのものだった。そして、石原丈にとってはまさに理不尽。必死に精神世界に逃げようとするも、痛みと恐怖が一度に押し寄せ、現実に引き戻されてしまう。終わりの見えない苦痛に、死すらも意識した。
"死"
"死"
"死"?
『僕の生まれ育った家庭環境は、周りから見ると欠陥だった。自我が芽生えた頃には、母親はいなかった。後で知った事だけど、不倫の末、出ていったらしい。サラリーマンだった父は、僕に興味は無く、ロクな食事も与えてもらえ無かったので、冷蔵庫の中身を漁っては空腹を凌ぐ日々を過ごした。親の愛情? そんなものは都市伝説だとさえ思う。だけど、自分が可哀想だなんて思ったこと一度も無い。これが当たり前で、当然の日常、何ら不都合など無かった。それには理由がある。僕にはもう一つの世界があるんだ。そこでは、僕は王様で、みんな僕の言うことを聞くし、僕のお世話を楽しそうにする。だから、僕もその世界のみんなが大好きで、その世界が大好きだ。身体は現実にいても、心は僕だけの世界にいる。ずっとそれは続く。そう思ってた。
でもある時、父は儲け話に投資した。結果、多額の借金を背負い、借金を返すために借金を重ね、取立から逃げ回る醜態を晒していった。さらにタイミングを図ったかのように、リストラ通告を受け、精神は日増しに病んでいった。その頃からだったと思う。暴力を振りかざすようになったのは。その都度、僕の世界に逃げ込むけれど、痛みと恐怖で、強制的に現実へ引き戻された。それは僕の世界への干渉、侵略行為だとも思った。だから、僕は僕の世界とそこでの安寧を守るために、立ち上がったんだ。気づけば、父親は目の前で倒れ、僕の手は真っ赤な絵の具がびっしり付いていた。その頃から、僕の世界に色がついた。灰色だった世界は真っ赤に。<石原丈 手記より>』
石原丈を蹴り続けていた男達は異変に気づいた。さっきまで必死に抵抗していたのに動かなくなっていたからだ。ある一箇所以外は。
ケタケタという嗤い声が、狭い路地を乱反射する。不気味という言葉がこれほどまでに当てはまる状況はあっただろうか?狂気が恐怖を創り出し、その場にいる者全てに畏れを抱かせる。
深淵。嗤っているのは、石原丈だった。
男達は、恐怖から足が竦み、全身の力が抜けていくのを感じていた。"命"の危険を本能で感じていたのだ。男達3人は立っていられず、その場で腰を抜かしてしまった。
石原丈は、ゆっくりと身体を起こし、額から流れ出る血を袖で拭く。その後、両手親指を咥えると、口内に溜まった血をありったけ指に付け、精一杯笑顔を作ってみせた。耳まで伸びた血化粧で作られる笑みは人のものでは無かった。
「お前ら急に何静かになってんだ? そいつ殺ったら、こっちヤリに戻ってこいよ」
最後まで女性を強姦していた男は異変に気づかず、欲のまま楽しんでいた。終わりが背後まで近づいていることを知らずに。
そして。
仲間からの返事が無いことに気づき、振り向いた瞬間、目の前が真っ暗になった。直後、味わったことのない激痛が走る。
「ア"ァァァァァァア嗚呼アアあ"アア」
目を抑え、蹲る男。それを見てケタケタ嗤っているのは、石原丈だった。その手には、べっとりと血が付いた剃刀が握られていた。
痛みで藻掻き苦しむ男に馬乗りになる、石原丈。四肢を神経ごと削るように剃刀を捻り込む。
五体満足だった、身体が不自由になる恐怖を、抵抗もできずに味わっていく。泣き叫びながら、命が終わる恐怖は死の直前まで肉体と精神に刻まれた。
その残虐な光景が目の前で繰り広げられ、周りの人間も恐怖する。次は自分かも知らないのだから。
石原丈は、自らが他者の"命"を握り、潰していく行動に生を感じ、悦に浸っていた。血を浴び、肉を掴み、熱を感じ、高揚感を得たのは、父親を手に掛けた時以来だった。
だが、その悦も長くは続かない。首に当てた剃刀を悲鳴の中、一直線に引くと、男は動かなくなってしまった。
その様子を見て、何故そうなったのか分からず不満を顕にする、石原丈。まるで、子どもが玩具を壊した時のようだった。
一通り駄々を捏ねたが、動かない玩具を諦め、次の玩具を探し出す。しかし、既に玩具は決まっていた。狂気の笑みが、絶望で座り込む男達3人に向く。
石原丈は、ゆっくりと立ち上がった。
「や、い、い、嫌だ。やめてくれ。許して」
声を震わせる男達。
しかし、先に狂気が向けられたのは、強姦されていた女性だった。目の前で起こる、非常識で異常な光景に思考は停止し、失禁していた。
「僕ガ助ケテアゲルヨ」
石原丈は、女性に馬乗りになると、剃刀を口に突っ込み、目一杯、左頬側に切り裂いた。
激痛のはずだが、女性は何故か嗤っていた。乱暴に続き、深淵を無理矢理に覗かされ、精神崩壊していたのだ。女性の嗤い声に共鳴させるかのように、石原丈も狂気の眼差しで嗤う。おぞましき嗤い声は、女性の命が消えゆくまで響いた。
全身で感じる悦の中、石原丈は理解した。精神世界も現実も変わらない。悦のまま生きるのが本来の在り方ということを。今まで精神世界で散々やってきたことを、現実でもすれば、苦しみも我慢もなく、自分らしく生きていけるということを。自分は堕ちたのでは無い。これが自分、自分らしさなのだ、と。
****
惨劇は、連日、ニュースで取り上げられた。当然、心的負荷の大きい内容のため、徹底した報道規制が敷かれたが、同一犯による犯行と示唆される殺人事件は絶たず、ネット上では、規制しきれない情報や憶測、陰謀論、都市伝説など多岐に渡り、情報が溢れかえった。
共通点は、"ピエロのような化粧を施し、笑顔で人を殺す"というものだった。
何時しか、一部でカルト的な人気へと繋がり、次々と目撃情報は寄せられた。その異常さから、古い映画に出てくる狂人になぞらえ、JOKERと呼ばれた。
───2120年。現在。
ピピピッ。
鉄骨が剥き出しとなった、建設中ビルのワンフロアで、デバイスの音が鳴り響く。
積まれた鉄骨に座る男は、床に落ちて割れたガラスを鏡代わりに、不気味にもニヤけた表情でピエロのメイクをしていた。真っ白な顔面に、耳まで裂けた真っ赤な口。瞳には狂気が光り、静かにその時を待っていた。
「仮面の効果は十二分に発揮したようですよ」
劉睿泽は、コンクリート支柱にもたれ掛かり、新東京MUM銀行での一部始終を見ながら不敵に微笑む。
「あぁ、そうだね。この国で"犯罪"と呼ばれる事象に、この街の目が反応しない。この事実を国民はどう受け止めるか。システムによって個々の安全が守られない世界で、"他者によって齎される死"が自己または身近で起きたとき、"善良"とされる人々は何を思い、どう動くか。楽しみだよ」
男は、開いていた本をゆっくりと閉じた。閉じた本の先にはピエロの面をした男が5人いる。
「さぁ、今度は君達が思う人生を謳歌すると良い」
男の言葉に、5人はそれぞれ部屋を出ていった。
大宮区006-新東京MUM銀行。
「酷いな。まさか客も従業員も関係なく、皆殺しとは」
足の踏み場も無い程に、一面が真っ赤に染まったフロアーの中心で井川空は静かに手を合わせた。
受付のデスクには首から切り離された頭がいくつも並べられ、その顔はどれも悲痛な表情で歪んでいた。恐らくは生きたままの犯行。これまで、数々の猟奇的事件を捜査したが、中でも指折りだと感じる光景だった。
「愛華ちゃん、大丈夫?」
陽菜は愛華を心配した。四課配属からというもの、起こる事件はどれも酷いものだった。そして、この猟奇無差別殺人。いつメンタル汚染に陥っても、おかしくない程、心はダメージを受けているはずだ。
「大丈夫です!現実から目を背けて、気持ち悪くなってる場合じゃないですから」
愛華は笑顔を作ってみせた。空、陽菜、遼子は、彼女の成長に驚くと同時に頼もしく感じた。
「What to next sacrifice?…"次は何を犠牲にするのか?"第四課への問いかけね」
血で殴り書きされたメッセージを見て、溜息をつきながら腕を組む、遼子。
「そうね。この間の毒ガステロ未遂。仕組んだ元凶は、第四課を試した。爆弾を取り付けられた、都議会議員 金丸保典と証券会社役員 篠原拓斗の命を取るか、都民全員の命を取るか、国家による秩序と権威の維持を取るか。結果、公安は多数の命と国家の体裁を護る選択をし、代償として、金丸と篠原の命を捨てた。つまり、公安では、全ての脅威から国民を守り抜く事ができないという事実を曝されたことになる。だから、その上で今回は"何を犠牲にするのか"を試されてる」
入口からゆっくりと入って来た梓に、四課全員が振り向く。
「映像見れる?」
梓の問いかけに、陽菜は次々と映像を空間展開した。
「ピエロ…」
遼子は思わず呟く。それもそうだった。四課襲撃事件で、遼子と空を襲撃したのは、ピエロの化粧をした男だったからだ。
「うん…でも奴とは違う。奴は完全に道化師になりきり、現実は精神世界に侵されているような奴だった。その象徴に、素顔を捨て、ピエロである自分が本来の姿と言わんばかりにメイクをしていた。でもこいつの安っぽい仮面には、その主張がない。こいつのは動きは付け焼刃で、第四課の気を引くためだけ。ピエロでいることに意味がない」
犯行自体の不気味さよりも、ピエロ本人の不気味さに違和感を持った、空。
「直接対峙したからこそ感じた違和ってことね…。やっぱり映像はこの通り残っているけど、スキャンはダメね。殺される被害者達のメンタルアウトはしっかり認識されているから、識別スキャンの故障では無いわ。仮面の男だけ、存在すら認識されていない。視覚情報としては捉えられ、生体情報としては存在レベルで捉えられない。まさに【SHINGU】と同じよ」
溜息混じりで答える、陽菜。"SHINGU"という言葉に少し驚く、梓。
「みんなも辿り着いていたのね。その話は後でするわね。現場状況は?」
周囲を見渡す、梓。鑑識ドローンをありったけ駆り出しているが、広すぎる現場に検証が難航している様子を見て、溜息をつく。
「この有り様ね。だけど、不自然なのは無差別殺人の意図。映像からも分かるように、金銭目的の強盗じゃない。このやり口、もっと個人的な、そう、銀行に対する私怨だと思う。その証拠に、並べてある頭は全て従業員のものばかり。自分を敵に回したことに対してのメッセージ性が強く出ている。でも、それなら客を巻添えにする必要性が無い。3人を除く、殺された客の遺体には無数の銃痕があるの。つまり、即死を避け、痛みと恐怖をわざと与えて殺しているということになる。まさか、客一人一人に恨みがあって、たまたま恨みを向ける相手が都合良くここに集まってたなんて考えられない。そうなると、殺人による欲求解消、快楽殺人の要素もあるってことだけど…」
腕を組み、回収しきれていない客の遺体に目を向ける、遼子。
「例外の3人が一発で殺された理由が分からなくなります。映像を見る限りだと、一度沈静させる素振りを取っていることから、思い通りにいかず、衝動的に殺害しているようにも見えなくはないんですが、それなら1人で十分効果はありますし、天井へ撃って威嚇すればいいはずなんです。それに、3人を殺した後は冷静に防火扉を閉めさせているのに、他の客を殺しているときは、右足を小刻みに揺らして、苛立っているように見えます」
空間に出ている映像を拡大したり、縮小させたりしながら推察する、愛華。
「前提条件が逆なんだ。毒ガステロと同じ。私怨で従業員を殺害したのは、映像や状況から見ても揺るがない事実。であれば、違和感にこそ事実が隠れている……。きっと仮面の男は快楽を目的としていない。ここは実験場…」
髪をかき上げ、珍しく額を見せる、空。その目つきはいつにも無く鋭かった。
「その順序で間違いないわね。"善良な市民"は、恐怖を煽られるとどう動くか。あの男はいつだって試していた。そして、全てに問い掛けがあった。"毒ガステロから救われた多数の国民は、どこまで善良でいられるか"。いや、そもそも『護るべき"善良な市民"とは一体何を指すのか』…こっちの方が問われている。問いの対象は公安であり、国家。前回の答え合わせをしようとしている…」
真相を手繰り寄せ、一つの答えを導き出した梓だが、後手に回るように仕組まれた状況に苛ついていた。
「ひなちゃーーん!!!!大変だよー」
重い空気を切り裂くように、突如割り込みが入った。陽菜のミツバチ型AI・ハニーだった。
「ハニー!? どうしたの?」
人間特有の"空気を読む"ということすらできるハニーが、空気も読まず割り込んだということは、相当緊急性が高い状況を意味する。そんな事は今まで無かっただけに、陽菜は驚いた。
「新東京MUM銀行での事件映像が、ネットのあちこちに流出しちゃってるよ!」
ハニーの報告に、陽菜は一斉にネット検索を掛けた。
「5分前に動画共有サイトにアップロードされているわ。今確認できただけでも49のサイトで公開されているけど、鼠算的に拡散するから止められないわ」
拡散予測を計算する、陽菜の顔が曇る。
「たった5分で閲覧数が10万を超えてる…当然だけど、不安視するコメントばかりね。総務省に緊急措置申請を打診するわね」
溜息混じりに、閲覧制限の申請を行う、遼子。
"虐殺野放しじゃん"
"スキャナー無反応とかやばくない???"
"怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い"
"デマ映像だろ"
"乙wwww"
"やべぇ日本終わりじゃん"
"公安無能かよw"
"自衛しろ!"
"やられる前にこっちからぶっ殺せ"
「動画のコメントがすごいことになってます。どうしてこんな…」
不安そうな表情でコメントを見る、愛華。
「ハニー、流出元は特定できてる?」
「特定済みだよ!流出元は公安庁データベース。外部からのハッキングではなく、内部流出の記録が残ってるよ。念のため、公安庁とのリンクを切断。防衛措置レベル7に繰上げ中〜!」
「まさか、国民の信頼性を破綻させるような情報を、公安庁が意図的に流すなんてあり得ないよ」
「その通りよ、空。流出原因を特定したわ。渡辺香慧のテロでも暗躍してた、ハッカーの仕業よ。並列化でウィルスを仕込んだ時に、公安の防御プログラムにも別のウィルスを仕込んでたみたい。防御プログラムがウィルスを破壊することで、感染するようにね。発症すれば、外部からのアクセスでは無く、内部からの操作によって流出させることができる。外ばかりに網を張ってる、公安のシステムじゃお手上げね。仮に、ハニーで公安の全データベースを突けば見つけられたけど、流石にそこまでの権限は下りない。組織的なセキュリティホールを突かれたって事よ」
止まることの無い、陽菜の指。悔しさから唇を噛む。
「この映像を不特定多数に見せて、何を……まさか、これまで"他者に齎される死"という脅威など、知らない一般市民に敢えて曝すことで、人間としての本質を剥き出しにするつもり?」
梓が予見した最悪の結末は、この社会に生きる人々の"善"と"悪"が揺らぐものだった。
『ピビピピッ───』
不穏な空気が淀む中、4人のデバイスが一斉に鳴った。それはまるで、不吉を知らせる警告音のように。