FILE.13 SHINGU
大宮区006-新東京MUM銀行。
銀行を老若男女が利用するのは、いつの時代も変わらない。サイバー化、AI化、電脳化といった、電子情報化社会がどれだけ進み、"人"の往来が減っても、人to人対応は無くならない。その一つが、銀行窓口である。かつての三大メガバンクは合併し、都市唯一の巨大バンクとなった。窓口、ロビーには、従業員も含め、100人はいた。
人の声が入り混じり、決して静かでは無い店内。突如として、ソファーに座っていた男が立ち上がり、天井に向けて突き出した拳銃を発泡した。
一瞬、店内を冷たい空気が包み、誰もが異常に対し沈黙したが、それはまたたく間に悲鳴と化した。
その男はピエロのような仮面を付け、冷静に入口へ拳銃を向けると、センサーを破壊した。
それにより入口が閉ざされたことで、客はパニックに陥った。
「しぃーーーーーー」
騒然とする店内に響く声。ピエロの仮面を付けた男が発した声だった。声に人々の視線が集まるのは一瞬で、再びパニックによる声が店内に鳴り響く。
「だーかーらー!静かにしろって言ったよね」
仮面の男は大声をあげると、拳銃を客に向け、2、3発発泡した。全ての銃弾が、向けられた客の頭を貫いた。
悲鳴がピタッと止み、恐怖が支配する空間。
仮面の男は、受付の机に飛び乗ると、従業員に防火扉を閉めるよう指示。
外の光が遮断され、恐怖はさらに掻き立てられる。
日中、不自然に閉まる防火扉は、恐怖を演出するかのように、音を立てていた。
公安庁本庁 第四課オフィス。
「私、やっぱり納得いきません」
大声を出したのは、愛華だった。
オフィスには、空、遼子、陽菜、愛華の姿があった。
「落ち着け。愛華。私らも納得いってないよ。だから、それぞれできることをしてるんでしょ?」
ソファーでコーヒーを飲みながら、ホロ資料を整理している、遼子。そこには、陽菜が揃えた渡辺香慧に関する抹消データが記載されていた。
「でも、、、」
反論する言葉もなく、不満そうな顔で、愛華は頬杖をつく。
「納得いかないから、あず姉も今、局長に事実確認をしているんだ。帰りを待とう」
空が見つめる先は、大雨だった。まるで、全員の疑念を映すかのように、絶え間なく降っていた。
公安庁本庁 局長執務室。
「全てお話頂けますよね。天宮碧葵 局長」
黒を基調とし、執務机と応接用ソファーしかない、簡素な部屋で、梓は事件の背景を問いただしていた。局長と警視長。上司と部下の立場で、本来は上司を問いただすなどあり得ないが、梓の性格とこれまでの成果がそれを成し得ていた。
「何を話すと言うのだね。竹内警視長。何者かの狙撃で死亡した、渡辺香慧の過去かね。それとも、君達が報告に上げている、"疑惑"についてかね」
座り心地の良さそうな椅子に背を預け、机とは水平に身体を叛いた状態で、視線だけを梓に向ける、局長。見た目は50代半ばであろうか。淡々と喋る口調には、微塵の感情も込められていなかった。
「射殺の意図と、彼女にテロを教唆した人物についてです」
いつも以上に、梓の表情も冷めきっていた。
「ほう。私に向かってわざわざ言うとは、渡辺香慧の死に、国家が絡んでいる、そう言いたいのかね」
暗に明言した、局長の言葉に空間が凍てつく。一瞬の間は、何百、何千にも濃縮され、二人の睨み合いは周囲の緊張感を高めていた。
「ええ。テロリストとなった、"元"捜査官・渡辺香慧は、捜査中に逃亡し、8年も行方を眩ませた。国家の指示で違法捜査に従事していた者の逃亡。国家にとっては都合の悪い存在だった。そんな、彼女が突如として捜査線上に浮かび上がった。国家としては、逮捕され、余計な口を開かれることを恐れたはず。だから、第四課を踏台に、渡辺香慧を殺害した。そうですよね?」
梓は嫌悪の表情で、局長に詰め寄る。
「ほう。そこまで言うのなら、確証はあるのかね」
目を細め、睨み返すかのように梓を見る、局長。
「当然です。渡辺香慧の情報は、不可思議過ぎる程に目立っていた。1つは、防犯ドローンの映像。何者かのクラッキングで破損した映像データは、国家にとって不都合の塊だったはず。であれば、破損ついでに完全抹消するのが定石です。なのに、これみよがしに残しておく意味が分からない。もう1つは、渡辺香慧の経歴。数日前、疑似情報に、セキュリティホールが発生し、実情報へのアクセスが容易にできるようになっていた。陽菜レベルのハッカーであれば気づく、丁寧な目印まで付けて。つまり、最初から、第四課に所在を追わせるために、映像を残し、セキュリティに穴を開けた」
「全ては推測に過ぎないな」
つまらない表情で吐き捨てた。見た目では分からないが、この話題を終わらせたいという、意思が見え隠れする。余程、渡辺香慧の存在が国家にとっては都合が悪かったのだと、梓は確信した。
「推測?本当に根拠も無く、妄言を並べていると思っていますか? 閲覧した情報には追跡プログラムが仕組まれ、位置情報の横流しもされていた。情報流出先は、狙撃を秘密裏に実行した、国家直轄の厚生省特殊部隊。ここまで特定しているのにも、訳があります。国家が仕組んだ追跡プログラムは、ウイルス感染していた。そのウイルスを頼りに、プログラムを解析し、流用先を特定すると、国家の番犬に行き逢ったというわけです。感染源は防犯ドローンの映像。並列化していた、渡辺香慧の経歴にも感染しているということには、誰も気づかなかったようですね。誰だか知らない凄腕ハッカーに化かされていたことに」
まるで自分たちのことは棚上げして話す、梓。
「狙撃手への命令内容を把握の上で聞きますが、ターゲットは渡辺香慧だったということに間違いありませんか? まさか、都合が悪ければ、第四課も消した、なんてことは無い、という認識で良いんですよね?」
核心を突く梓の発言に、局長はフンと鼻で笑う。その様子に呆れながらも、梓は続ける。
「まぁいいです。本当に気になっているのはそこじゃありません。彼女と映っていた"男"の存在です。第四課は、スキャナーで識別できない"男"の存在を認識した。そして、タロットカードに纏る一連の事件に、"男"は何らかの形で関わっている。それを裏付ける捜査の過程で、たまたま渡辺香慧が捜査線に上がった。いいえ、前提が逆でしたね。その過程でないと、渡辺香慧は浮上しなかった。当然、映像に小細工を施した、国家、公安上層部は、"男"の存在を知っていることになる」
梓の投げかけに、椅子を回し、机に肘をつく、局長。
「君達、四課が知るより以前に、識別できない"男"の情報と正体を上層部は掴んでいる、と? 君は国家と平和が維持された社会のシステムに疑念を口にしているが、その意味を理解しているのかね」
まるで、闇そのものが片鱗を見せたかのように、梓を覆う。梓は、その空気に押されることなく、凛として、局長を睨んでいた。
「良いだろう」
深い溜息を吐くと、一つの情報をホロで出す、局長。
「これは、ある男の情報だ。本来は君の立場で閲覧は許されていないが、余計な詮索で良からぬ藪を突いてもしょうがないのでね」
空間上にホロ情報が立ち上がり、厳重なセキュリティのロックを解除する、局長。
「課員には共有します」
一歩も引かない梓。
「良いだろう。だが、四課以外の者には他言無用だ。何よりも高度な案件だ。ここまで譲歩するのには、これまでの四課が国家に貢献してきた実績と、君への私なりの信頼。その辺の親心は理解してもらいたいものだ」
一つの情報が梓のデバイスに転送され、空間に展開される。梓は、その情報に目を剥いた。
公安庁本庁 第四課オフィス。
部屋の中心にある、ガラス机にはいくつもの情報がホログラムで展開されていた。その中心に陽菜はいた。
「まだ、梓は戻ってきてないけど、渡辺香慧のデバイスに記録されていた情報を解析したわ」
「え、何者かの狙撃を受けた直後、厚生省の役人とドローンによって、渡辺香慧の身に着けていた物ごと、持っていかれて、私たちは触れることすらできなかったはずじゃ…」
愛華は、思い出すような素振りで回想した。都市への大規模なテロを実行しようとした犯人、とはいえ、厚生省の役人がわざわざ現場の権利を奪うなど、前代未聞だった。四課の誰しもが違和感に思っていた。
「VX散布爆弾を遠隔操作するために使われていた特殊電波をハッキングした時に、情報を抜きとっておいたの」
陽菜の技術は凄いが、何度も桁違いの技術力を目の当たりにしていたため、愛華ですら最早驚かなくなっていた。
「陽菜の技術力を見せられすぎて、もう何をやっても、愛華は驚かないぞ」
敢えてツッコむ遼子に、悔しそうな表情を見せる陽菜。まるで姉妹のようなやり取りを見せられ、愛華は久々にほっこりした。
「で、本題は渡辺香慧のデバイスに記録されている情報だよね」
苦笑いの空は、話を戻した。
「うん。結論から言うと、渡辺香慧も根は刑事だったってこと」
"元"とはいえ、テロリストととして死んだ、渡辺香慧を今更、刑事だったと敢えて言うことに、3人は違和感を持った。
「自分がテロリストとして生きた8年間、どこに潜伏し、誰と接触、行動をしてきたか、記録されていたわ。テロリストに転じてからの最初の5年間は、憎いはずの国家に対し、身を売っていることも記録されているの。主に政治家の汚職や国家権力の手駒になって、表沙汰にできない汚れ仕事をしているわね。彼女に汚れ仕事をさせているリストよ」
リストをホロ情報で出す、陽菜。先程とは一転し、国家の腐敗を冷めた表情で見ていた。
「時の政治家を筆頭に、法の番人から国家運営に欠かせない大企業の社長、役員クラスまで、"大物"がゴロゴロいるな」
遼子の言葉にも、嫌味が混じっていた。重要人物が如何に、自分の手を汚すことなく、権力維持のために、犯罪を支配していたか、その情報は国家腐敗の決定的な証拠になり得た。
「過去の未解決事件や失踪事件にも、いくつかにも関与してたなんてね。彼女は元公安。プロだ。手掛かりを残さないなんて目を瞑っていてもできる。彼女が関わった汚職やそれらに関しての事件で、公安第五課が手を焼くのも無理ないね」
立ち上がり、関与した事件の記録に目を向ける、空。その表情は同情しているようにも見えた。
「そうだね。でも、それだけならこのタイミングでみんなを集めない。この画像見て」
陽菜が取り出した画像は、隠し撮りのような煽り角度から撮影され、画質は荒かった。屋外カフェのような場所だろうか。奥には一般客が、午後のお茶を楽しんでいるようにも見える。
だが、この写真を見た、空、遼子、愛華の顔は急に強張った。何故なら、そこに映る人物は四課全員の脳裏に焼き付いているからだ。
そして、画像には名前が登録されていた。
【SHINGU】