満腹病と追い薬湯
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おー、つぶつぶもお茶飲む年頃になったんだねえ。
ちょっと前まではジュースとかシェークとかばかり飲んでた気がしたんだけど。いやー、こんな姿を見るときがやってくるなんて。
お茶といい、コーヒーといい、ビールといい。大人になると、やけに苦みを摂る人が増えるなあって、私はしばしば感じてる。
一説によると、苦みって喉の細胞にいい影響を与えるらしいのよ。活性化を促し、渇きをいやすとか。
それに人生経験値を積んだ大人なら、お茶のカテキン、コーヒーのカフェイン、ビールのアルコールが、身体もしくは心の調子を整えることを知っている。「適量なら」って条件付きだけど、愛飲している人は知らず知らずのうちに、この身体の知識に任せているんじゃないかしら?
飲み物類だって、程度によっては薬になり、毒になる。この飲む物の研究について、最近、ちょっと不思議な昔話を聞いたんだけど、耳に入れてみない?
むかしむかし。あるところに住む男が、にわかに奇妙な症状に見舞われたわ。
それは満腹病とでもいうべきもの。食事を口にする前、いくらお腹を減らしていたとしても、その空腹はおにぎりひとつ足らずで、すっかり収まってしまったそうなのよ。
食料も貴重な時代だったこともあり、当初は少食になった自分を喜んでいた男だけど、ほどなく、大いに身体の不調を訴えることになる。
それは血尿だったと伝わっているわ。
大小を問わず痛みも伴わない。彼は用を足すときに、局部からさも当然のように漏れ出してくる自分の血と、嫌でも顔を合わせる羽目になったわ。
どこか裂傷のたぐいがあるのかと、男は友人に恥を忍んで見てもらう。けれども目立った外傷はなく、原因は内側に存在するのでは、と思われたらしいの。
この病気が表に出て来るまでは、並の男くらいの食事を彼は摂っていた。「もしや、病のせいで食欲が失せただけでは」と、満腹感を押して詰め込んでみたけれど、苦しさだけが増す結果となったわ。
その晩はひたすらに排泄を耐えた男だけど、その分、食べたものが腹の中で暴れている。よく噛まずに飲み下したものが、まるでとどめを刺し損ねた獣のように、胃の中を跳ね回ってはあちこちの壁にぶつかる。そんな感覚を覚えてしまいそうだったとか。
どうにか喉の「出口」を封鎖し、口も手で押さえながら彼は横になり続ける。うかつに起きると、せっかくの封が外れかねなかったから。必然、またぐらも閉じ気味になってしまう。
結局、寝付けないまま夜を明かした彼だけど、夜明けを迎える少し前には、急激に胃の中がおとなしくなっていったわ。
もっとも、眠りにつくかのごとき穏やかなものじゃなかった。急にぐっと肩が張って、その張りが腕を駆け下り、手首に吸い込まれながら激しく熱を発していく……そんな奇妙な消え方だったとか。
これは何かがまずいと、彼はあらゆる仕事を任せられる人に任せ、手近にいる医師たちへあたっていったわ。
昨晩、寝ずにずっといたことで、医師たちのところを尋ねる時には、すでに爆発寸前でいる。そのことを察した医師たちは、すぐに採尿の準備を始めたわ。尿を見ることは医術において重要なことだと、医師たちはすでに知っていたから。
さすがに普段より人の生き死にや、外科に携わる者たちなだけある。彼自身の顏より、なお真っ赤な色をした尿が器の中へたたえられていく様を見ても、眉ひとつ動かさず、冷静に見つめていたそうよ。
医師たちの動きは早かった。彼を寝かせ、休ませる数名の者をのぞき、すぐさま各々が持ち寄った道具の中から、草や茎、花や小動物の干物のようなものを取り出していく。あるものはすりつぶし、あるものはわずかにちぎって混ぜながら、水と一緒に薬缶の中へ詰めていったの。
薬缶が囲炉裏の真ん中へ吊るされ、火であぶられている間に、周りの医師たちが彼の病状について語る。
彼の身体は、血を抜かれている状態だと。人でも虫でも、ましてやまじないのたぐいでもない。自分自身が食べたものによって、身体中の血が外へ追い出されていると。
「血は身体中を通るもの。そのどこかが滞っただけで、大きなほころびが生じます。それこそ米粒ひとつの大きさの、栓ができただけでも。
発見が早くて何よりでした。もし今しばらく遅ければ、どこかの管で血をせき止め、命さえ奪っていたかもしれません」
ぐらぐらと煮立ち、湯気を吐き出した薬缶に対して、医師たちは「ひとーつ、ふたーつ」と声に出しながらゆっくり数え始める。それが、やっつとここのつのちょうど間くらいまで来たとき、さっと薬缶の取っ手に鉄棒が差し入れられ、火からどかされたわ。
同時に、これまで介抱にあたっていた医師たちは、ばっと散ったかと思うと、彼の四肢へ飛びついた。彼は大の字になり、首さえも仰向けを向かされたまま固定され、強引に口を開かされた。
「尋常ならざる事態には、尋常ならざる薬がいる。
今より、この湧き立つ薬湯を口より注ぎます。待ったは聞きません」
ぐらっと、傾けられる薬湯。一歩間違えば、中身の熱湯があちらこちらに飛び散りかねないのに、注ぎ口から飛び出したひと筋の湯は、あやまたず彼の口の中へ。
熱さよりも、痛さが勝った。
歯や舌にかすることなく注がれた湯を、まともに受け止めたのは喉の奥。跳ねたものが目に回ってきたのか、まばたきせずとも涙がにじんでくる。
吐き出す間もなく、胃へ肺へと注がれて、一気に内側が熱くなったかと思うと、止まることなく彼のまたぐらへ集まってくるものがある。
局部から赤くないものが飛び出したのは、数日ぶりだった。どろりどろりと前後の穴を問わずに姿をのぞかせるは、泥を思わす不定形。便とも言いがたい白みを帯びたそれのところどころに、溶けかけた米粒の頭が浮かんでいたとか。
その瞬間を、彼自身は見届ける余裕はなかった。すでに薬湯の注ぎは終わっていたけど、受け続けたのどの粘膜の痛み、ひりつき。舌の根と頬の内側にいまだへばりつく、強い苦みを飲み込まんと、必死に神経をこらしていたから。
最終的に彼が確認できたのが、自分の足から腰まで埋まってしまいそうなほど、こんもりと積もった、溶けかけの食べ物たちだったとか。
以降、彼の排泄物に血が混じらなくなり、食欲も元通りになったそうよ。