大切な
シロは握っているナイフを“僕”へ突き出した。が、“僕”はそれを間一髪でかわし、シロの手首を掴んだ。相当な力なのだろう。シロが振りほどこうとするがびくともしない。
「おやおや。君は“私と(ゲ)同じ(ンガー)”だな。何故彼らの味方をする? 仲間殺しをさせる組織を。今こちらに寝返れば彼らに勝機はないぞ。君も晴れて自由になれるというものだ」
“僕”はナイフをシロの顔の前に突き出した。もし切られれば……想像したくもない。
シロは顔色こそ変えないが、先ほどよりも必死に抵抗している。
「さあ、どうする?」
「シロ(わたし)は……」
「シロ!」
突如飛び出してきた黒橋が“僕”へ切りかかった。護身用に携帯しているナイフだ。消失せはしないものの、致命傷を与えることはできる。当然僕も所持はしている。振るう勇気はないのだが。
黒橋のナイフは“僕”の肩を一突きし、さらにシロの手首を掴んでいる腕を切りつけた。見ているだけで痛々しい。
「くっ、やはり痛いな」
“僕”は一瞬痛みに表情が歪んだが、すぐさま笑みを取り戻し、後方へバックステップした。
「君も武器を“そのナイフ”を所持していたとは。分身のみ有効な特殊合金だな。今のは効いたぞ」
血が出ている。普段僕らは大抵シロが一刺しで絶命させるところしか見ていない。消失とき以外は血を出すのか。恐らくシロは知っていたのだろう。一瞬怯んだ黒橋とは違い、冷静に黒橋を抱えて“僕”から離れる。
「奈々子、なぜ、私を助けたのですか? あなたはシロが嫌いなはずでは……」
シロが不可思議なものを見るように黒橋を見た。
「そんなの……あなたは大切な家族だからよ!」
黒橋が顔を赤らめながらそう叫んだ。
「か、ぞく?」
シロはいつもより目を一段階大きくして黒橋を見る。理解できないというよりは、必死に言葉の意図をくみ取っているように見える。なんにせよ、こんなシロの顔は今まで見たことがなかった。今思えば、いつもの無表情(あの顔)は無表情などではなく、どこか悲しそうにしていたように思える。
「シロは、あなたの分身です。あなたの顔、あなたの声、あなたの体。私はあなたの偽物でしかない筈……。奈々子は、そんな私を家族と呼んでくれるのですか?」
「あたりまえでしょ!」
張り裂けそうな声が響いた。
「だって、あなたは私の偽物なんかじゃない。あなたは、“シロ(あなた)”なんだから! 私の大切な、たった(変わ)一人しか(の)いない、家族なんだから!」
シロの瞳から水滴がこぼれた。シロは一瞬驚いたように頬に手を当てたが、すぐにそれが、“涙”だとわかった。生まれて初めて流した、人間の流す、涙だと理解した。
「だから、私はあなたに死んでほしくない」
黒橋は顔を赤くし、涙を流しながらシロに言った。いつもの不機嫌そうな顔ではなく、笑顔で。
「わかりました」
シロはナイフを構え、“僕”の方へ向き直った。
「生きて帰りましょう。奈々子。一緒に戦ってくれますか?」
「もちろんよ」
この時、全く同じ二人の顔が、少しだけ違って見えた。
ここまで読んでいただけるとは!本当にうれしい限りです!残り二話、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!