パンケーキと出動命令
意識が覚醒する。どうやら夢を見ていたようだ。数か月前、僕は“僕”に出会った。僕とは正反対の、強い“僕”だった。
「やっと起きた。あんたの分のコーヒー、もう冷めちゃったわよ」
黒橋が不機嫌そうにコーヒーを口に運んでいる。起き上がると、そこがファミレスであるとすぐに気づいた。
「ここまで僕を運んでくれたのか?」
「シロ(こいつ)が、ね」
黒橋は顎で隣の席を指した。目を向けるとシロが黙々とパンケーキを口に運んでいる。
「シロ、お前がここまで担いでくれてたのか、ありがとな」
「問題ありません。男の子一人おぶって歩くことなど、造作もありませんから。シロは力持ちなので」
シロはそれだけ言ってまたパンケーキを口に押し入れ始めた。それを見た黒橋が苦虫を噛み潰した挙句丁寧に咀嚼しきったような表情を浮かべた。
「よくそんなに甘いものを食べれるわね。見てるこっちが胃もたれしそうだわ」
黒橋は甘いものが苦手なのだ。今飲んでいるコーヒーもブラックなのだろう。この二人は似ているようで正反対なのだ。シロは尚も手を休めようとしない。
「そういえば、偽田中は無事に消失させたんだったな」
「あんた見てたでしょ。倒れたショックで頭おかしくなっちゃたの? あーいやだいやだ。こんな奴がチームメンバーなんてホント先が思いやられるわ」
呆れたように黒橋は両手を前に突き出して見せた。ちょっとイラッとしたが、悪いのは僕だ。
「それにしては、先ほど明人さんが倒れた時にひどく心配してましたね。あたふたして取り乱していました。寝ているだけと気づいたときには安堵の表情を浮かべていましたね」
珍しくよく喋ったシロの言葉を聞いて黒橋はおもいきりコーヒーを噴き出した。ついでに僕の顔にかかった。白い服を着てなくてよかったよ全く。
「ちょっと! 何言ってんのあんたは! そ、そりゃあチームだしぃ、心配するのは当然ていうか! だ、断じてあたふたとかしてないから! 取り乱してないから!」
「急に大きな声を出さないでください。他のお客様に迷惑です」
黒橋は顔を赤くして「もうホントにかわいくないんだから! あんたを消失させてやってもいいんだから!」とかなんとかシロに激怒していたが、シロの「私の方が奈々子より身体能力は上ですし、なにより分身は分身にしか殺せませんから。しかし、痛いのは嫌なのでごめんなさい」の言葉を聞いて「まあいいわ」と言ってまた漆黒の苦汁に口をつけた。
それから田中はいじめられていたストレスから分身を生み出してしまったのだとか、いじめっ子はこれに懲りてもういじめは起こさないだろうなどという話をして、それから組織に成果報告をした。
「んんー、“危険種”だから始末するだけで済んだから楽だったわねぇ。今日はもう任務ないし、このまま解散しましょう」
伸びをしながら言った黒橋に同意して、そろそろ席を立とうとした瞬間、僕と黒橋の携帯が同時に鳴った。
「ええー。また任務―!? 今日は疲れたんだから勘弁してよね、もう」
「仕方ない、これから向かうか」
仕方ない、これから現場に向かうとしよう。なにせ、この町の担当は僕らだからだ。夏休みだというのに、休んでいる心地がしない。
メールを開き、内容を確認する。なになに、泣きながら道路に立ちふさがる男だって。またなんとも変な奴が現れたものだ。人に危害を加えていないから、“危険種”ではないのだろう。これは、本腰を入れる必要がありそうだ。本物も探し出さねば。
「えっと、場所は、あ、結構近いわね」
画像ファイルを開き、場所を確認する。今時Eメールってのも遅れてるな、この組織は。えっと場所はどこかな……。
表示されたマップを確認して、僕は一瞬固まった。
「魔の車通りだ」
ありがとうございます!あと四話です