第152話:後半5㎞(破)
私の返事に対してひっしーが正気かお前? と言いたげなオーラを全面に出しながら何かを言い返そうとした瞬間。
別によーくん以外の選手がほぼ一斉に後半戦をスタートさせてからの実況が手を抜いたものであったというわけではないが、副部長の子が何かに気が付いたのか今までとは比べ物にならない程のテンションの高さで
『おおっと、ここで他の選手に対して約10分ほど遅れる形で再び一ノ瀬君がカメラの前に姿を現しました‼ しかも前半とは違い今は半袖半ズボンの状態‼ つまりこれはガチモード中のガチ……ここから本気で優勝を取りにいくつもりであるという意思表示と受け取って問題ないでしょう‼』
否、興奮していると言った方が正しいだろうか。
よーくんが中々中間地点から出てこないことに対して好き勝手に言っていた奴らは全員最後までちゃんと見とけよ馬鹿共が! とでも言いたげな感じで、実に熱の入った実況が始まった。
つまりそれは同時に私達、姉弟が挑む…常人では不可能であるが故に端から挑戦しようとすら思わないであろう大勝負が幕を開けた瞬間でもある。
「OKよーくん。よーくんが再スタートを切ってからカメラに映り始めるまでに掛かった時間が約18秒だから、多分そこで丁度100mくらいだと思うんだけれど感覚的にはどう?」
『大体あってると思う』
(正直休憩時間が長かったから前半と同じペースで走らせるには少し時間が掛かるかもと思ったけれど、逆にそれのおかげで彩乃ちゃんが用意した紅茶とはちみつをベースにしているドリンクの効果が完全に出ているみたいだね)
ちなみに彩乃ちゃんがたまに作る”ひーくん専用ドリンク”だが、あれのベースはアイスティーと蜂蜜をベースに作られていたりする。
それぞれ紅茶にはカフェイン(運動能力を向上させる効果)が、蜂蜜にはビタミンB1(疲労回復効果)が含まれており、特に前者に関しては効果が凄すぎて2003年までは禁止物質に指定されていたくらいである。
つまり今のよーくんは疑似ゾーンに加え、合法ドーピング状態にあるということである。
「おっけ~♪ じゃあ取り敢えずそのままのペースで1.5㎞くらい走ろうか。そうすれば約4分30秒後にはよーくんが大っ嫌いな人以外は全員抜かせているはずだよ」
『んっ』
普段であれば間違いなく『そいつも一緒に抜かさせろ』と駄々をこねるはずだが、今のよーくんは絶対にそんなことを言わない。
つまりそれだけ今回の件は本気ということである。
(そりゃ~、彩乃ちゃんもヤキモチ焼いちゃうよね。かく言う私も人のことを言える立場じゃないんだけど…ね)