第151話:後半5㎞(序)
彩乃ちゃんの方はこれで取り敢えずOKっと♪
そう心の中で一人呟きながら私はスマホの通話を切ると同時に再び通信用機器の電源を入れ、よーくんとの通信を再度繋げた。
「それじゃあ久しぶりに私達、姉弟の凄さをみんなに見せつけちゃおっか♪」
『見せつけるどころか…宣言通りこのクソ競技の関係者全員を絶望の淵まで叩き落としてやるよ』
「うんうん♪ それじゃあまずは校庭でこの生中継を見ながらよーくんのことを好き勝手言ってくれちゃってるみんなの度肝を抜いちゃおっか?」
「ふん…余裕」
私の挑発じみた言葉に対してよーくんがぶっきらぼうに返してきた直後、片耳に付けているイヤホンを通して風を切る音が聞こえてきた。
(よしよし、この感じだと素直に再スタートを切ってくれたみたいだね。そしたら取り敢えずは中継カメラの撮影範囲内によーくんが来るのを待ってと)
なんてことを考えながら他の選手の様子を確認するために手元のタブレットを眺めていると
よーくんの自転車で彩乃ちゃん達のところへ行っていたはずのひっしーが、何故か合宿でのランニング時と同等かそれ以上に激しく息を切らせながら私の隣へと戻ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はーーーあ。……やっと戻ってこられた」
向こうで何があったのかは知らないがかなり疲れた様子でそう話し掛けてきたものの、正直今の私はよーくんのこと以外あまり興味がない。
「遅かったね、ひっしー。どこに行ってたの?」
そのため視線を手元のタブレットから寸分も動かさないのは勿論のこと、それをスライドする手も思考も一切止めずに形だけの受け答えをすることにした。
(きっと彩乃ちゃんのことだからなんでよーくんが美咲ちゃんをアップの相手に選んだかの理由こと、復讐の一端を担わせるためっていう解説はバッチリでしょう!)
(ついでによーくんが昔から”ご馳走様でした”という言葉に対して¨お粗末様でした¨って返されるのが兎に角嫌いで、それを知っている人はみんな違う言葉で返してあげているっていう彼女マウントも取ってそうだけれど)
「どこも何も…クソ一ノ瀬に頼まれたおつかいをしに佐々木のところに行ったら、若干睨み気味でウィンドブレーカーをひったくられたどころかチャリまで持ってかれたっつうの‼」
「ありゃりゃ、それはお気の毒に。まあ大方ひっしーがよーくんのウィンドブレーカーを手に持っていたのが気に食わなかったってところだと思うよ」
(この感じだと今先頭を走っている人以外は全員勝手に自爆してくれそうだね。そして問題のその現在一位をキープしている人だけれど……まだ誤魔化しは効いているみたいだけれど、この様子だとよーくんが追いつく頃には限界寸前だろうしこれでウチの弟が優勝するのは確実っと♪)
「んだそれ…って言いたいところだけど、アイツならあり得なくもないんだよなぁ……。試合中に一ノ瀬とハイタッチしてる時とか、部活終わりに一ノ瀬とチャリで二人乗りして遊んでる時とか、ふざけて一ノ瀬のことおんぶしてる時とか、その他諸々、一之瀬と二人で何かをしてると絶対に佐々木の鋭い視線を感じるからな」
「ご納得いただけようでなによりです」
(まあ別に元々私と実況の子、あとは陸上部顧問兼長距離走の監督をやっている○○先生との見解が一致していた時点でよーくんの優勝は決まっていたようなものだけれどね~)
「………おい、そういえば一ノ瀬は今どこにいるんだ? 少なくともさっきから順番に映されてるカメラ映像にはどこにもいないぞ?」
「それはそうでしょ。中間地点を出てからまだ1分も経ってないんだもん。いくら前半4キロを約3分30秒、残りの1キロを約3分00秒で走ったよーくんでもカメラでの撮影が許可されている範囲に来るにはもう少しかかるでしょ」
(と言っても恐らく今のよーくんは1㎞/3分に近しいペースで走ってるだろうから、そろそろカメラに映り始めると思うけど)
「はぁ⁉ おい、それってどういうことだよ‼ 先頭を走ってる奴、そろそろ2キロ地点に着くぞ‼ こっから優勝するとなるといくらアイツでもかなり無理をさせないといけなくなるぞ‼」
「うん、そうだね。だから今からよーくんにはその無理をしてもらうに決まってじゃん」
(もちろんこの好条件がなかったとしても、私がサポートについている限りウチの子が負ける未来なんて絶対にあり得ないのだけれど)