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第148話:休憩とプチ修羅場

彩乃が水分補給用に用意してくれた紅茶風味のスポーツドリンク? を受け取った俺はそれをストローを通してゆっくりと飲みながら、藤村のせいで乱された心を落ち着けていると


「はい、ストップ。それ以上はもう飲んじゃ駄目です」


彩乃がそんな言葉と同時に人の手から水筒を強制没収してきた。


「ちなみに他の飲み物は?」


「いつも言ってるけれど運動中に水分の過剰摂取は禁物&このドリンクは材料から一回に飲む量までの全てが完璧に計算し尽されているひーくん専用の物なんだから、そんなものはありません。分かったら少し大人しく休んでなさい」


ここで普段の俺なら『なにそれっぽいこと言ってるんだよ』と反論するところなのだが、一回彩乃の目を盗んで結構な量を一気飲みしたら吐き気はするは、頭は痛くなるはで散々な目にあったことがあるのでここは大人しく言うことを聞いておこう。


「俺専用って言うだけあってそれを飲んだ後は必ず普段以上のスポーツパフォーマンス? が出せる気がする、というか確実に出てると思うんだけど、マジであのドリンクって何入ってんの?」


「最愛の彼女に向かって何なのかな、その人を疑うような失礼な目は?」


「別にお前のことを疑ってるわけじゃないけどさぁ。材料はおろか家のキッチンで作ってるところすら見せてくれないじゃん。しかも本当たまにしか飲ませてくれないし」


「材料やレシピを内緒にしてるのはひーくんがそれを真似して勝手に自分で作らないようにするため。あとたまにしか作ってあげない理由は単純に飲み過ぎると体に悪いから」


そんな言葉に続けて彩乃は


『言っておくけど短期間の間に飲み過ぎれば体に悪いってだけであって、別に体に悪いものを入れてるわけじゃないんだから勘違いしないでよね』


と軽く釘を刺してきた。


「………………」


「………………」


「………………」


明日香から聞いた事前情報によれば例年の中間地点での平均滞在時間は15分前後とのこと。


そして俺以外の走者がこの場所に来てから実はまだ5分ほどしか経っていない。


つまり俺は他人のイチャイチャ×6組分を少なくともあと10分は眺めていなければいけないわけだが。


「彩乃、スマホ返して」


「今私がひーくんにスマホを返した後いったい何をするつもりなのかを説明して、それで私のことを納得させられたらいいよ」


「ただでさえ胸糞悪いのに自分の口で説明なんて無理。ということで拒否権を行使します。でもスマホは返して」


どうせ却下されることは分かっていつつも、これが俺の本音なので仕方がない。


ちょいちょい。


(ん? 今誰かにジャージの後ろ裾を引っ張られたか?)


そんな疑問を抱くくらい僅かな違和感だったものの、考えるよりも先に後ろを振り向いてた俺の目に入ってきたのは


右手の親指と人差し指の2本で弱々しくジャージの後ろ裾を摘まみつつ、身長差のせいで若干上目遣いぽくなっている藤村の姿だった。


「………………」


「ぁ……、あの、さぁ。良かったらこれ、食べない?」


新学期初日の一件以降、藤村が俺のことを避けていることは気付いていたし直接彩乃に確認したこともある。


しかし今こいつの元気がない理由は別にあることも知っている。


かといって再びあれを使う気にもなれず素の状態で


「ん」


とだけ返事をしつつ、可愛らしいデザートケースと子供用のフォークを受け取った。


そのまま俺は黙ってデザートケースの蓋を開けて中に入っていたレモンのはちみつ漬けを自分の口へと運んだ。


その間誰かが何かを言うわけでもなく、よく分からない空気が流れ続けていた。


「そのはちみつレモンは今日の朝、彩乃に教えてもらいながら私が作ったんだけど…どうかな? 美味しい?」


しかしそれも俺が3口目を飲み込んだタイミングで藤村が喋り出したことによって打ち切られた。


「ん」


「そっか、よかった~。私あんまり料理とかしたことなかったからちょっと不安だったんだよね」


(少し甘すぎる気もするけど彩乃が教えたってことは何か狙いがあってワザとそうしたか、単純に疲れてて味覚が馬鹿になってるだけなんだろうな)


なんてことを考えているうちに全部食べ終わった俺は最後に残ったはちみつを喉へと流し込ん―――


「んっ⁉ げほっ、ゴホゴホ!」


(このはちみつめっちゃ甘‼)


「ちょっ、えっ⁉ だっ、大丈夫一ノ瀬君?」


急に俺がむせたせいだろう。


反射的に体が動いたらしい藤村はそう言いながら優しく背中をさすってくれながら続けて、どこか心配そうな声で


「やっ、やっぱり美味しくなかった…とか?」


「ちがっ、ゲホ、ただはちみつが、ゴホゴホ、少し器官に入った、だけ」


(おい、これって本当に一から彩乃に教えてもらいながら作ったんだよな? 明らかにはちみつだけの甘さじゃねえぞこれ)


そう心の中で疑問を抱きながら横目で彩乃の顔を見ると、


¨あ~、やっぱりね¨


みたいな表情を浮かべていた。


(やっぱりね。じゃねえぞゴラッ! 最初から分かってたならいくらでもやりようはあっただろうが‼)


いくら他人の為に作ったものとはいえ、それを食べたのは俺である以上本人の近くで味の文句など絶対に言うわけにはいかない。


しかし面倒を見ていたはずの奴には一言文句を言いたいわけで、目だけでそう訴えかけたものの


「相手が誰であろうと私が教える以上いい加減なことは絶対にやらないし、やるからには常に本気。ということでそのレモンのはちみつ漬けは、レモンの枚数からはちみつの量までの全てを食べること前提でレシピを考えてるから安心して残りのはちみつも飲んでいいよ」


「………はい」






先程の彩乃の言葉に嘘が混ざっていることは分かっていた。


分かっていると同時にアイツはアイツで藤村に気を使ってああ言ったわけではなく、場所が場所なだけに俺が藤村の用意した物を口にしたことが気に食わなかったことに対する仕返しであることはすぐに察しがついた。


しかしどんな状況下、背景があったとしても人が作ってくれたものを残すなど絶対にあり得ない。


ということで気力と自身の中にある信念のみで激甘はちみつを飲み切った俺は、藤村から受け取ったペットボトルの水を数口飲んだ後


「ごちそうさま…でした」


「はい、お粗末様でした。って、え? なんでこの一瞬で一ノ瀬君はそんなに不機嫌そうな顔をしてるわけ? 私なんかした?」


俺に聞いたところでまともな回答が返ってこないと思ったのであろう。


藤村は彩乃に対してそう問いかけた。


「………………」


とはいえ今の彩乃の心情は火に油を注がれた状態のようなもの。


そんな彼女が素直に理由を教えるわけもなく、こっちはこっちでムスッとした態度でだんまりを決め込んだため


「別に」


俺は俺でただ一言だけそう返した。


「はぁ~、さっきまでは人に見せつけるかのようにイチャイチャしてたくせに、今度は二人揃ってむつけ出して。いったい私にどうしろと?」


藤村によるこの疑問に対して俺達二人は一切視線を動かすことなく、ただ一点を睨みつけながら


「彩乃、スマホ返せ」


「絶対に駄目。何かをどうにかしたいなら別の方法且つ、本来のひーくんの力だけでどうにかしなさい」


「………じゃあ今から一種目30秒のアップをいくつかしていくから30秒数えて」


「えっ、私⁉ えっ、ええ? 彩乃じゃなくて本当に私?」

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