第147話:そのままのあなたが一番
藤村にいきなりジャージの裾を後ろから引っ張られたことで気が付いたのだが、どうやら他の奴らが続々と中間地点に到着していたらしい。
その証拠にどこぞの彼女とは違いちゃんと伝説通り自身の想い人をジッと待ち続けていた女子達は、その相手に迎えに来てもらえたことが心底嬉しかったのであろう。
人によっては少し大胆なスキンシップを試みている奴も少なくない。……まあ全てにおいてウチの彼女には遠く及ばないけど。いい意味でも悪い意味でも。
なんてことを一人で考えていると再び藤村に後ろ裾を、今度は強めに二回引っ張られたのを受け
(んだよ、俺はエスパーじゃねんだから何か言いたいことがあるなら口で喋れよ。って言いたいところだけど…昔それで明日香に怒られたことがあるからな)
「………………」
昔の反省をいかし黙って周囲を見渡すこと数秒。
(なにこの不快感。なんで俺が他人の問題にこんな気持ちを抱かなきゃいけないわけ)
この陽キャマラソン大会の参加者は俺を含め全員で八人である。
そしてたった今七人目が中間地点に到着した。
つまりこの場にはまだあと一人到着していない奴がいることになる。
しかしこの人物には二つ程おかしな点がある。
まず一つ目はそいつがさっきまで二位だったはずのクズであるということ。
そしてもう一つは…もう少しで中間地点であるにも関わらず不自然なまでにゆっくりと、まるで何かを入念に確認するかのように走っていること。
つまり藤村はあのクズがこちらに向かってきているのが見え、それを俺にも気付いてほしくてジャージの裾を引っ張ってきたってところであろう。
「ねえ彩乃。俺今凄い気持ち悪いんだけど。なんで?」
「それはひーくんが優しい心を持っているっていう証拠。だからそんな不安そうな顔しないの」
そう言いながら彩乃がぎゅっと俺の手を握ってきてくれたと同時に、先程よりも強い力でジャージの裾が引っ張られた。
その瞬間、自身の中に生まれた不快感に耐え切れなくなってしまった俺は小さい頃明日香に禁止されてからは仕事で必要な時と、彩乃以外には使っていなかった疑似多重人格のうちの一つを脳内にある引き出しの中から出し
「……なあ藤村。あの頭脳プレイ(笑)でお前がこの場にいないことを確認し。たった今俺達の目の前を通り過ぎていき。笑顔で浮気相手のことを後ろから抱きしめている○○に対して何かしら仕返しをしたくねえか?」
そんな悪魔の囁きのような言葉に対し、藤村は自身の存在が○○にバレる可能性があるにも関わらず俺の目の前へと出てきたかと思えば
「んぅっ⁉」
そのまま何かが刺さったフォークを無理やり口に押し込んできた。
「うん♪ やっぱり一ノ瀬君はいつどんな時でも自分の気持ちに素直な反応を見せてくれる、無邪気な男の子の方が素敵だよ」
「っ~~~ぅ‼」
「そうそう。自分を誤魔化して苦手な異性と普通に話している一ノ瀬君よりも、そうやって恥ずかしがっている一ノ瀬君の方がかわい、ひっ⁉ ひひゃいひひゃい! いひありおおほいっあなひでおあひゃお!(いっ⁉ 痛い痛い! いきなり頬を引っ張らないでよ彩乃!)」
「はいはい、あんまり大声を出すと他の人達に美咲の存在がバレるかもだから静かに私達の後ろで隠れてましょうね~」