第136話:どうにかされるはずが…… (彩乃視点)
(私が着ている上着って、それはひーくんが貸したウインドブレイカーであって美咲の物じゃないでしょうがっ! って一言文句を言いたいところだけれど…まあ今回はさっきの件を反省をしてか大声を出さなかっただけじゃなく、傍から見ても分かるくらいに弱々しい力で引っ張ったにも関わらずちゃんと気付いてあげてくれたからそれについては目を瞑ってあげるけれども……)
「ぁ………」
たったの一言。それも例え隣にいたとしても最初から全意識をひーくんに向けていないと聞き取れなかったような小さな声であったにも関わらずそれをしっかりと聞き逃さなかった美咲はこういう時私がよく彼にやるお姉ちゃんキャラではなく
母親で言えばまだ自我の芽が生え始めたかどうかくらいの時期の子に接するような、保育士で言えば泣いている幼児を落ち着かせながらその子の中にある気持ちを引き出してあげようとするような感じで
「んっ、どうしたの? ………って、あっ、あれ? なにその膨れっ面が似合いそうなくらい可愛い不機嫌そうな顔は。というかさっきから表情だったり感情だったり何だったりとコロコロ変わり過ぎじゃない? なに、実は私遊ばれてる?」
「あーあ、美咲がひーくんのことを馬鹿にするから機嫌を損ねちゃったじゃん。ただでさえ時間がないっていうのにこれ以上面倒なことにしてどうするのさ、まったく」
「………自分では気付いていないみたいだから親切心で教えてあげるけれど今の彩乃、言ってることと顔が全然一致していないどころか性悪女丸出しって感じで口の端が吊り上がっているけれど大丈夫? 主に一之瀬君の前でって意味で」
(おっとと、自分で美咲のことを何とかしなさいと言ったとはいえ…目の前で見ていたせいかついヤキモチを焼いちゃった♡)
「佐々木彩乃という女はそこらの上っ面だけ良い子ちゃんぶりっ子女とは違って彼氏の前であっても素の自分でいるし、それを普通に受け入れてくれるのが一之瀬陽太君こと私の彼氏っていう自慢は置いといて……実は泣いてるひーくんを見て可愛いとか思ったでしょ? 自分が今いる場所や状況なんてお構いなしにあれこれしたいって、こういう男の子と付き合うのも悪くないかも♡ とか考えちゃったでしょ?」
「―――――っ⁉」
(ほんの一瞬ひーくんを狙うような怪しい雰囲気があったとはいえ私の完璧な布石の前では手も足も出なかったのに加えて、何よりもあの彼が自分のために頑張ってくれているんだって考えたら嬉し過ぎて正直そんなことどうでもいいのだけれど……たとえ未遂であろうとも人の男にちょっかいを出そうとしたことに対する仕返しをする機会が巡ってきたともなれば)
なんてここまで『全然気にしてないし』みたいなことを言いながらも実際本心ではかなりイラッときていたらしく、自分が想像していた以上に冷たい声で
「変態」
そう相手を軽蔑するかのような感じで一言呟くと
「っ~~~!」
その一言がかなり効いたらしく美咲にしては珍しく顔を真っ赤にしながらその場で俯いてしまったの受け内心ちょっとだけ満足感に浸っていると、そんな私達を横目に絶賛不機嫌モード中のひーくんが小声で
「(いや、そういう彩乃も変態だろうが)」
「ん~、今お姉ちゃんに向かって何か失礼なことを言わなかったかなぁ…ひーくん?」
「ふん」
「ふ~ん、ひーくんはお姉ちゃんに向かってそういう態度をとるんだ? じゃあもうここでは何があっても一切助けてあげないし、ついでにいきなり泣き止んだだけじゃなくご機嫌斜めになちゃった&今もそれが継続中ではあるけれど何故か悪化はしていないという秘密の理由を美咲に教えちゃおうかな~♪」