第121話:中間地点で(上)
ペースを上げたはいいものの最悪あと1㎞だけ持てばいいと考えざるを得ないほどまでに追い込まれたらどうしようかと思っていたのだが、どうやらこっちがスピードを上げたと同時に逆にあっちはそれを下げたのを見て
(まあ中間地点で毎年ほとんどの奴が約15分くらい休憩みたいなことをしていることを考えれば別に先頭と1~2分遅れで到着したところでって感じだしな。当たり前っちゃ当たり前の判断だけど…あれが寺嶋だったら間違いなく一緒にペースを上げてきてただろうな。しかも相変わらずの涼しい顔をしながら)
なんてことを考えるとともに我が部の体力お化けがこの競技に参加していなくて本当によかったと心の底から思っていると例の中間地点が見えてきたのだが
「あっ、ひ~く~~ん‼」
「………………」
さてここでクラス代表マラソン大会に伝わる伝説をご紹介しよう。
1. スタート地点から5㎞離れた場所。つまり中間地点には暗黙の了解として参加選手の現恋人およびその人に告白をしたい人のみが立つことを許されている。
2. 先頭を走っている選手が1㎞を通過した時点であそこに設置されているスピーカーの音量が実況側の方でギリギリまで下げられるためそれを合図に待っている側はモニターから少し離れた場所で後ろを向き目をつむり続け、現在選手同士がどういった状況なのかなどの情報を完全シャットアウトする。
3. そして自分の待ち人がちゃんと迎えに来てくれれば、その二人は運命の赤い糸で結ばれ続けるだかなんだか。
しかし我が彼女様はというと
(ちゃんと誠意をもって俺のウィンブレを着ずに手に持っていてくださいって伝言でとはいえお願いしたはずなのに思いっきり萌え袖状態で着てるわ、ファスナーは自分が一番かわいく着こなせる位置まで上げてるわ、しっかりフードまで被ってるわで人の頼みと一緒に運命の赤い糸伝説までをも絶賛ガン無視中。流石は我がお姫様…相変わらずのわがままさと強気な自信をお持ちのようで)
そんなわがまま彼女こと彩乃を含め中間地点にいる女子は全部で8人。それに対し今年の3年生は普通科が4クラスの工学科が3クラス。つまりこの競技に参加している人数は当たり前のことながら俺を含め全部で7人であり明らかに一人多いのは自明の理。
「あと少しだよひーくん! がんばって~♡」
(しかもどっちが先に手を出したんだか何だか知らねえけど…チッ、俺も余計なことに気付いちまったもんだな。とはいえアイツは彩乃の友達だし………過去に一度だけとはいえ助けたことがある手前この件に関してはどうしても放っておけないというか何と言うか…まあ悪い奴ではないんだよなやっぱ。別にあの時助けたのは俺じゃないけど。あとぶかぶかのウィンブレを着た状態でぴょんぴょんジャンプしながら萌え袖の部分をポンポンみたいに使ってるウチの彼女可愛すぎ)
我ながら支離滅裂なことを心の中で喋りながら息を整え終えるタイミングに合わせて中間地点に到着するようスピードを調節していた俺はこの場で何があったのか知らないが何故か少し頬を赤く染めている彩乃の前で足を止めると、さっきまでの応援はどこへやら今度は逆に大人しくなったかと思えば俺の耳元に自分の口元を持ってくるためか少し背伸びをした状態で軽く抱き着いてき…どこか艶っぽい声で
「(ねぇ、私が今着てるひーくんのウィンドブレーカー…早く取り返さないと他の人達来ちゃうよ?)」
「分かってるならさっさと返せ」
とは言いつつも彩乃がこんなところで人に抱き着いてきた時点で俺の後ろを走っていた奴らがここに到着するまでにはまだある程度の時間があることが分かっているだけでなく、イチャイチャしながらもしっかりとモニターの映像と実況の声にも意識を向けていることは確実なんだが
(この間の合宿の時の件があるから本当は自分でも情報を頭に入れ続けておきたいんだけど……チッ、こいつもしかしなくてもワザと俺がモニター側に背を向かせるように抱き着いてきただけじゃなく実況の声が聞こえないギリギリの場所で止まらせやがったな)
「(ひーくんの彼女は私だけだし、ひーくんの特別になっていい女も私だけなのに……他の女のためにここまで無理して走ってきたみたいだから嫌)」
そう彩乃が言った後、自分の左腕は俺の腰に回したまま右手のみを後頭部に持ってきたかと思えば…もう二度と他の女のところに行かせないためにあなたの主の印をこの場でつけてあげると言わんばかりに力を強めてき