第120話:その頃彩乃は
どうやら私達が電話をしている間の声は校長によってこっちにしか聞こえないようになっていたらしく適当に音声トラブルということにした○○は先程までの落ち込み具合を全く感じさせない明るさで謝罪をした後、サラッとひーくんの名前の部分だけ聞こえないように音量を調節したりと本当に反省してるの?
みたいな行動をしつつもあっち側では大いに盛り上がっているようなのでまあ今回は大目に見るか…とか一人で考えていると何故か私の隣にいる美咲がどこか心配そうな表情を浮かべながら
「(8割くらいは実況の子の勝手な暴走が原因とはいえ、これ完全に彩乃個人の問題だけじゃ済まなそうな雰囲気になってるんだけど大丈夫なの?)」
「大丈夫もなにもひーくんが凄くカッコいいのは周知の事実だし絶対に覆ることのない現実だし。それが気に食わない人達がいるのは仕方ないことなのだから……」
そこで一旦言葉を切った私は先程から小声で彼の悪口だったり不幸を願うようなことを言っている女どもを煽るようなトーンで
「だったらこのマラソン大会でひーくんが一位を取ればいいだけじゃん。なんて虎の威を借る女狐みたいなことは言わないし、文句があるのなら陰で彼のことを馬鹿にするんじゃなく直接私に言えばいいじゃん。まさか自分の彼氏に一つでも私の彼氏より劣っている部分があるからと勝手に劣等感を抱いているわけでもあるまし…ねぇ?」
そんな私の言葉を聞いた瞬間珍しく美咲が本気で怒ってことがハッキリと分かる顔をしながら目を合わせてき
「確かに彩乃がイライラしているのは分かるけどそれはちょっと言い過ぎ! あんたの彼氏である一之瀬君が異性を苦手としていることは彩乃が一番分かってるはずなのに、自分からそんな彼に危害が加えられかねないことをしてどうするのさ‼」
「………美咲」
「なに‼」
「美咲がひーくんのことを心配して怒ってくれるのは嬉んだけどさ……。もうそれ美咲も私と一緒に女狐どもに喧嘩を売ってるようなものだからね?」
『さあスタートの合図とともに速攻でトップに躍り出たのはもちろん一之瀬君‼ その少し後ろを走っているのがサッカー部の○○選手。そしてその他の選手はまずは様子見兼体力温存なのか若干遅めのペースで二人の後ろを走っているという状況で始まったマラソン大会ですが、これは例年以上に盛り上がりそうな予感がしますね○○先生!』
『まあ確かに陸上部の顧問兼長距離走の監督として言わせてもらえば一之瀬君は最初から飛ばしすぎだし○○君はそんな彼のペースに合わせて走っているのに対し、他の子達はあえて自分のペースで走るのではなくさっき君が言ったように様子見兼体力温存といった感じでスタートを切ったのは中々いい判断だし、その他にもいくつか注目点があることを考えると例年どころか歴代で一番の盛り上がりになるかもしれない―――じゃなくてだね! いきなり放送部の部長が『ちょっとこっちに来てください』って言いながら私の腕を引っ張ってきたかと思えばなんかこの椅子に座らされただけじゃなく、今度は当たり前かのように解説を要求されと毎年毎年…君達放送部では事前にお願い事をしてはいけない決まりでもあるのかい?』
『とかなんとか言いつつ毎年満更でもなさそうじゃないですか~、○○先生』
「って、いきなり美咲が話しかけてきたせいでひーくんのスタート直前の表情だったりスタートの瞬間だっりを見逃しちゃったじゃん! ぅ~ん、せっかく久しぶりに部活以外で本気な顔をしている彼を見られると思ったのに~‼」
「………あれ、これってもしかしなくても私が悪い…わけないじゃん!」
そう美咲が言った直後、現在先頭を走っているひーくんがそろそろスタートから1㎞地点の場所に着きそうになったらしく
『おっと危ない危ない。どうやら先頭の選手がそろそろここから1㎞先の地点に着くようですので中間地点に設置してあるスピーカーの音をギリギリまで落としますね~。ということでそちらにいる皆さんは伝説を信じるもよし、超強気にあなたの気になる人の様子を引き続き見続けるもよしって感じでよろしくお願いしま~す』
そんな○○の言葉通り音響関係を担当している人でもいるのか彼女は実況を続けているにも関わらず音量がモニターの近くにいないと聞こえないほどにまで落とされたと同時に、さっきまで私の隣にいた美咲を含め自分以外の女子全員がとある伝説通りの行動をしているのを見て
(なるほどね~。なんとなくだけどひーくんが菱沼に自分のウィンドブレーカーの上着をここまで持ってこさせた理由が分かったかも。ってことで取り敢えずスマホは没収っと)
『それにしても一之瀬君とその後を追いかけている○○選手の二人。スタート直後からかなりのスピードで走ってるにも関わらずまったくペースを落とすことなく1㎞地点を通過しましたけど、○○先生的にはどうですか?』
『今のところあの二人は1㎞あたり3分後半代で走っていること。そしてそのタイムを市民マラソンに当てはめると上級者レベルと言っても過言ではないが…いくらこの競技に参加している生徒達はみな長距離に自信がある・中間地点である程度の休憩時間があるとはいえ流石にこれはオーバーペース過ぎる。というかもしこのままゴールまで走り抜けたのなら全国大会で優勝することだって夢じゃないよ本当に』
(へ~、確かに普段の部活でやってるランニングの時より明らかにひーくんの走るペースが速いとは思っていたけれど…あの彼がそんなに無理をしてまでねぇ。さっきの美咲がひーくんの為に怒ったことはまあ納得できるけど、ん゛ぅ~~~、ひーくんのばか!)
そんな私のヤキモチなど知る由もないひーくんは一切ペースを落とすことなくそのまま走り続けること約7分。二人目の先生…つまりは4㎞地点の目印でもある人に彼が近づくと○○先生は凄い真剣な顔で
『おい一之瀬‼ お前ちょっと飛ばしすぎじゃないか⁉ そんなペースで走ってたら途中で倒れかねないぞ‼』
『お~っと、○○先生? 選手に対してそういった忠告をするのはギリセーフですけど本人の意思とは関係なく無理やり止めに入るのはルール違反ですので注意してくださいよ』
生徒に何か異常があった際すぐに対応できるよう各地点に立っている先生達は全員イヤホンで実況を聞くようにしているらしく放送部の○○がそう言うと解説役の先生がその人を納得させる意味も込めてか
『最近は駅伝の選手が体調不良等で途中で倒れても誰も止めに入らないどころか逆に頑張って走るよう声掛けをし、それに答えるかのように無理やり走りだせばまるで感動シーンかのようにテレビ中継などで流す。といった流れに対して批判的な意見が多い中でそんなことを言うのはどうかと思うけど…まだ一之瀬の走りのフォームが崩れているわけでもなければ顔色が悪いわけでもないので取り敢えずは大丈夫かと思いますよ。というか心配するのなら一之瀬のことよりも―――』
『はい、ストーーーップ‼ 私は放送部兼女子陸上部で長距離を専門にやっているので○○先生が今後起こるであろうあれの心配をしていることはよーく分かりますけど…ネタバレは駄目ですよ、ネタバレわ~』
取り敢えず現時点でひーくんの体に異常がないことが分かったとはいえ彼に忠告をしてくれた先生はそれでもどこか心配そうな表情を浮かべているというのに、そんなことお構いなしどころか後ろをチラッと振り返ったかと思えば更にペースを上げだしたの受けそれに並行して私のヤキモチ度合いも上がりだしたとともに
(そういえばひーくんって合宿でのランニング後だったり、去年のシャトルランの時そうもだったけど自分の限界を超える程の運動をした直後は若干乱暴になるというか…どこか人が変わるんだよねぇ。まあ多分アドレナリンが出てるからとかそういう理由からなんだろうけど………)
『おおっとここで4㎞地点までかなりのペースで走り続けていた一之瀬君が更にペースを上げ始めたのに対しその後ろをずっと追いかけていた○○選手は中間地点でのことを考えてか若干のペースダウン。その後ろで様子見をしていた他の選手達は○○選手と同じタイミングでそこに到着し振り出しに戻す作戦なのか一斉にペースを上げ始めました‼ この様子ですと一之瀬君が約3分後に、残り選手が約4分30秒後に到着といったところでしょうか!』
(これってもしかしなくてもこの状況を上手く使えばいつも彼が演技でしてくれる『キャラ変彼氏』じゃなく本物の『キャラ変彼氏』もとい俺様ひーくんが見れちゃうってこと?)
そんな可能性があることに気が付いた瞬間さっきまでのイライラやヤキモチなどどうでもよくなる程までに一瞬で気持ちが高まり………。