第29話
「そこの怪しい奴、ちょっと止まってもらおうか」
ユーリが憲兵に声をかけられた。
怪しいなんて人聞きの悪い。
ちょっとフードを目深にかぶり、仮面をしているだけじゃないか。
「いやなに、先日聖剣の街で魔族が出ただろう? それがあって街の警備を強化してるんだ。その仮面、外してもらおうか?」
「この仮面は……事情がある。外すわけにはいかない」
「少し顔を見せてくれればそれでいい。荒事にはしたくないだろう?」
ユーリは観念して仮面を外す。
抵抗しても仕方ない。
「あ……ああ……勇者様!! これは大変失礼をば!! 勇者様とはつゆ知らず!」
馬鹿、失礼だと思うならそんな大声を上げるな。
「勇者様?」
「勇者様だって?」
「あの顔!! 本物の勇者様だ!!」
ほれみろ、気づかれたじゃねーか。
あっという間に人だかりができる。
「勇者様、握手!! 握手してください!」
「勇者様!! ぜひうちの店に!」
「勇者様、ぜひお話を!!」
そのまま群衆に連れ去られるユーリ。
死んだ魚の目をしている。
こうなってしまっては買い物は俺の仕事だな。
俺が店に行くと強盗と間違われたりするから嫌なんだがしょうがない。
あの魔族騒動。
事実はどうあれ、世間の認識はこうだ。
聖剣の街に魔族が出現、破壊の限りを尽くす。
あわや街が滅びるかという時、伝説の通りに勇者が誕生。
その聖なる剣をもって魔族を打倒した。
厄介なことに、この話は人から人への噂話やゴシップなんてものじゃ収まらなかった。
恐ろしき情報インフラ、新聞により世界中に広まったのだ。
ユーリの顔写真と共に。
この世界に新聞も写真もあったことに驚きだね、チクショウ。
なんでも活版印刷でなく、魔力転写っていう技術を使うらしいよ。
魔法ってすごいね、チクショウ。
それからというもの、俗世は勇者一色。
道行く人は勇者の話に花を咲かせ、その伝説に思いを馳せる
食料屋ではユーリの顔の焼き印をしたパンが売られ、道具屋では勇者印の商品が飛ぶように売れる。
俺達が一回しか行ったことのない店に勇者御用達の看板が掲げられ、ココノ街のギルドは勇者出身ギルドとして名物ギルドになっている。
“ナイフ舐め”に至っては、“勇者第一の舎弟”に二つ名を変えたとか。
あいつ俺の舎弟じゃなかったか?
勇者の影響はそれだけではない。
勇者が誕生したということは、魔王が復活するということだ。
各国は軍備の強化を決定し、あちこちで人や物を集めている。
今までは無視されていたような魔物の討伐依頼、放置されていた地域の調査依頼など様々な依頼も増え、冒険者は仕事に困らなくなった。
国が、冒険者が、民衆が、皆一様に金を稼ぎ、金を使う。
俗に言う勇者特需、勇者景気の発生だ。
もちろん俺は知っている。
ユーリは、伝説の勇者ではない。
聖剣は偽物で、聖なる光や聖なる翼は単なる偶然だ。
この事実を、俺達はちゃんと世間に訴えた。
いくつかの新聞組合に事情を説明したし、真実を報道してくれるよう脅……お願いもした。
しかし悲しいかな。
世間に巻き起こる勇者フィーバーの中、俺達の発信した真実は「まだ幼い勇者を魔族から守るための嘘」、あるいは「勇者が現れると都合の悪い魔族による陰謀論」、そのどちらかの解釈をされ簡単にあしらわれた。
ひょっとしたら、聖剣が偽物だとバレると都合の悪い連中からの情報操作もあったかもしれない。
とにかくそんなような事情で、ユーリは人前に出るだけで騒ぎになるようになり、日常生活に大きく支障をきたしていた。
一番の敵は魔物よりもパパラッチ、立ち塞がる障害は罪なき野次馬。
まったく、なんで俺達がこんな目に。
それもこれも、全部あの魔族のせいだ。たぶん。