第14話
俺はユーリを抱え走っていた。
目の前の壁が猛スピードでせり出してくる。
横っ飛びをして躱す。
天井から大量のガレキが降ってくる。
右手で吹き飛ばす。
床から無数のトゲが飛び出してくる。
跳びあがって躱す。
俺が動くたび、ユーリが顔を歪める。
結界石の指輪を使っているが、それでもかなり衝撃が来るようだ。
ダンジョンは冒険者を喰らう魔物なり。
あれは比喩でもなんでもなかった。
財宝で冒険者を誘い出し、殺し、自らの糧とする。それが“ダンジョン”。
その巨大な魔物は今、明確な意思を持って、俺達を殺そうとしている。
この状況はヤバイ。間違いなく俺の人生で一番の危機だ。
一刻も早く、このバケモノのハラから脱出しなければ。
俺は目ビームで天井を破壊し、力いっぱい地を蹴る。
とにかく地上へ。
俺を逃がすまいと柱が触手のようにうねり、鞭のように攻撃してくる。
壁という壁が高速で飛び出してくる。
それらを一つ一つ蹴り壊し、上階の足場に手をかけると……俺をあざ笑うかのようにその足場は崩れた。
落下先に大量の毒霧が噴き出してくる。
解毒ポーションを悠長に飲んでる暇はない。瓶ごと咥えて噛み砕く。
今一度跳び上がろうと足に力を込めると……そこには既に床がなかった。
再び自由落下。
チートがあろうと空を飛ぶことはできない。
一体何メートル落とされた? 地上は今どれくらい遠い?
絶えず激しく動く床と壁で、自分がどのあたりにいるのかすら分からない。
ピシリとユーリの結界にヒビが入る。
まずいな。結界石の指輪はあとどれくらい持つ? 解毒ポーションは? 明かりはまだあるのか?
「アル、私を置いていくべき……。アルだけなら、きっと脱出できる……」
ユーリが弱々しく呟いた。
「馬鹿! そんなこと出来るわけないだろ!」
「もとはといえば、ダンジョンに行きたいと言いだした、私のせい……。アルだけでも……」
「違う! 誰のせいというなら、ダンジョンを掘ろうとした俺のせいだ! 絶対に置いていくものか!」
どうする。考えろ。
一か八か、全力爆破でダンジョン全て吹き飛ばすか? ユーリが耐えられるはずがない。
ダンジョンの端から横へ脱出するか? 崩落で生き埋めになるだろう。そもそも端まで行かせてもらえるか?
考えろ。何か手があるはずだ。
考えろ。
考えろ考えろ考えろ。
………。
「ユーリ、もう少しだけ耐えてくれ」
そう言って、俺は地面を全力で殴った。
床が崩れ、落下する。
落下先に無数のトゲが生えている。
気にせず殴りつける。
再び床に穴が開き、俺は落下を続ける。
次の床もそうして殴る。その次の床も。その次も次も次も。
そうしてどれだけ深くまで落ちただろうか。
そこは、これまでと明らかに雰囲気の異なる場所だった。
殺風景とも思えるほど何もない空洞。
中央にポツンと置かれた台座には、何やら怪しげな模様が刻まれている。
台座の上には、藍色に光る液体の入った簡素な瓶。
「竜神の……秘薬……」
ズシンとひと際大きな音が響くと、四方の壁が俺達を押しつぶさんと迫ってきた。
時間はない。
ユーリはその台座へと全力で駆け寄ると、瓶の中身を一気に飲み干した。