愛が無くても多くても…死にます。
死にました。
そして気がつくと、とある乙女ゲームのヒロインに転生してました。
さすがヒロイン。
鏡に映る女神のように美しい容姿の彼女に思わず見惚れて、
からの
「最悪だわ!よりによってこの世界!」
ドン底へジェットコースター。
私が転生した世界は魔法が存在する中世ヨーロッパ風の世界が舞台の乙女ゲームだ。
社交界で硝子姫と呼ばれているシーズン侯爵家令嬢であるヒロインが16歳になると婚約者候補の4人が現れ、婚約者を決めるために5人で暮らすことになる。
ひとつ屋根の下、それぞれの婚約者候補と距離を縮めていき最後に一人と結ばれるゲームだ。
ゲーム中、4つの選択肢が出るとその対象キャラの好感度メーターが現れる。
選択肢によって好感度がマイナス・ゼロ・プラス1・プラス5になり、マイナスの選択肢を選ぶと好感度が下がって攻略が難しくなりプラス5の選択肢を選ぶと攻略対象が甘々に口説いたり、攻めてくる乙女垂涎もののスチルが手に入る。
まあ、こう言うとありきたりな乙女ゲームだと思うだろう。
だがしかし、このゲーム。
プラス5の選択肢を選ぶと乙女垂涎もののスチルは手に入るが、ヒロインは死ぬのである。
ど う い う こ と だ ! ?
えぇ。初めてこのゲームをやった時、非常に混乱しましたよ。
乙女ゲームの神髄ともいえるスチル集めをするとゲームオーバーになるって!!意味不明すぎた。
なぜ一番好感度が高い選択肢を選ぶとヒロインが死ぬのかというと。
ヒロインは元々病弱の箱入り娘で姉以外の兄弟がいない上、父親が幼い頃に死去しており身近の異性が侯爵である祖父と使用人だけだった。
異性との接触が皆無だったヒロインが年の近い異性たちとの同居といきなりのステップアップをしたため、急な言葉攻めや接触に心臓がもたないのでる。
つまり、ときめいてキュン死するのだ。文字通り。
まさに硝子姫!
そんな訳でこの乙女ゲームはキュン死の恐れがあるため逆ハーレムエンドはないし、巷で流行りの悪役令嬢なんかも出てこない。
死因は攻略キャラなのだから悪役は要らないのだ。
そしてゲームの攻略は好感度ゼロとプラス1の選択肢を選んで、好感度を徐々に上げていく事なのだが。
攻略よりスチル集め!の私はゲームオーバーでもスチルは保存できるため、ヒロインを殺しまくってオールスチルコンプリートしましたよ。
……あれ?まさか私がヒロインに転生したのヒロイン殺しまくったせいじゃないよね?ヒロインの呪いとかじゃないよね?やだ、怖い!!
あ、ちなみに好感度マイナスや好感度ゼロの選択肢を一定回数選んでしまうと攻略キャラがヒロインに冷たい言葉や態度を見せるようになる。
そしてこのヒロイン、攻略キャラに冷たくされ続けると悲しみと寂しさで死ぬのである。ウサギかな!?
好感度が無くても多くても死ぬって本当面倒くさいヒロイン。
そして現在。そのヒロインは、私。
…詰んだ……完全に詰んだわ。
なぜなら先程キュン死の一歩手前を体感した。
ゲームのスタート時点、4人の婚約者たちとの初対面が先程あったのだが自己紹介しただけでヒロインの心臓がバクバクしすぎて意識を失ったのだ。
意識を失った拍子に前世の記憶を思い出したのだけど、生き残れる自信が全くない。
選択肢を間違えなければいいって?
えぇ、ヒロイン殺しまくっていたもの。全ての選択肢をポチっていたもの。正しい選択肢を全然覚えてない!
ゲームではヒロインのライフポイントが存在して5回までならゲームオーバーにはならなかったけど、リアルの私の心臓は1つだからね!やり直しがきかないからね!!
「……よし、逃げよう」
前世から元々弱いおつむで考えてみたけど、それしか思いつかなかった。
幸い今いる屋敷は婚約者候補たちと住むための屋敷で私の実家ではない。実家は病弱のヒロインでもどうにか歩いていける距離にあったはず。
実家に逃げて、孫に甘い祖父を泣き落とせばなんとかなる…かも!
「日差しがあるから帽子は被っていかないと」
いそいそと逃げる準備をしていると、ふと入り口から視線を感じた。まさか攻略者か?
「お嬢様、どちらへ行かれるおつもりですか?」
「きゃっ!」
あわわ!私の口から超可愛い悲鳴が出たのだけど。私的には『ギィヤあああ!!』って言ったはずなのだけど。これがヒロイン補正というやつか。
ちなみに叫ばざるえなかった相手はこの屋敷での私の専属侍女だった。攻略者だったら私は死んでいたので命拾いした…ようでそうでもない気もする。
この無駄に美人の侍女はゲームにも出ていた。
婚約者候補たちの好感度をプレイヤーに教えたり、イベント発生のためのヒントなどをくれるお助けキャラだった。
しかし現在、この侍女は仕える私に向かって身慄いするほど冷たい視線を向けている。
「ちょ、ちょっと散歩をしようかと…」
「先程倒れられたばかりなのにですか?」
「うっ」
「まさか、お屋敷へ帰ろうなど思わないですよね?旦那様たちから婚約者が決まるまで帰ってはいけないと言われたのを忘れたのですか」
視線どころか声も心底冷たい。
考えを読まれて目が泳ぎまくる私をみて、はぁぁと盛大な溜息をついた侍女は私の手を取りソファに向かう。
「体調はどうですか?」
「え?あ、もう大丈夫よ」
私をソファに座らせて自分は床に膝をつき私の顔を見上げた侍女は一転して心配そうな表情だ。
あらやだ、なんて素敵な飴と鞭!
そうだ、この乙女ゲームはシステムは最悪だったけどキャラクターデザインや世界観、シナリオにスチル画も神レベルだった。
それがリアル世界なのだ、お助けキャラの侍女すらこんな素敵な飴と鞭を振るうのだからヒロインでなければ天国だった…ヒロインでなければね!!
「お嬢様、聞いていますか?」
「っえ?ご、ごめんなさい。何かしら?」
「…本当に大丈夫ですか?」
ゲームの事を考えてて話を聞いてなかったら、まだ具合が悪いと思ったようで侍女に両手を握られる。
その美しいお顔が手に近づくと握られた手から心地よい熱が送り込まれ全身が温かくなり、体が軽くなった。これは治癒魔法だ。
そういえば、このお助けキャラの侍女はライフポイントがある場合にキュン死すると現れてライフポイントを1つ減らしてヒロインを復活させる役目もあった。あれは治癒魔法を使っていたという事だったのか…という事は。
「気分はいかがですか?」
「とても良いわ、ありがとう。ひとつ聞きたいのだけど」
「何ですか?」
「その治癒魔法は止まった心臓も治癒できるのかしら?」
「それは死者を生き返らすって事ですか?」
「まぁ、そうね」
「流石に無理です」
「心臓止まりたてほやほやでも?」
「はい」
ゲームのように侍女がヒロインのキュン死を治癒できるなら難を逃れられたと思ったけど無理なのか。
「ただ、止まりかけなら魔力をかなり消費しますが治癒魔法は効きます」
「そうなの?」
「はい。ですから婚約候補者方としっかり交流して、早く婚約者決めてくださいね」
すっっごい麗しい笑顔で言ってるけど、死にかけなら治せるから体に鞭打って交流して婚約者決めてさっさとこの仕事を終わらせろって事ですよ、要は。
鬼か!悪魔か!!
「そんなに嫌なら断ればよかったのに」
「お嬢様が平気で治癒魔法が使えて護衛もできる人間は私しかいないのに断れるとお思いで?」
「そうだけど、急かすほど嫌ならその格好は断れたでしょう」
ゲームでは出てこなかった事実。
この無駄に美人な侍女の名はオフィユカス。
シーズン侯爵家の執事見習いでヒロインの乳兄妹。
ヒロインが普通に接する事ができる数少ない、唯一同年代の、お と こ なのだ。
「この格好より婚約候補者方に要らぬ敵意を向けられる方が煩わしいので」
「敵意?」
「嫉妬心ですよ」
確かにゲームと同じであれば婚約候補者たちはヒロインにべた惚れなので、自分たちは少しずつしか近づけないのにヒロインが唯一平気な男がずっとそばにいれば面白くないだろう。
しかし嫌々女装している割にクオリティー高すぎではないだろうか。ヒロインも女神のような美少女だけど隣にこれが居たら霞まないか?
実際、前世ではお助けキャラなのに多数ファンがいるキャラだった。
……ふむ。
オフィユカスに婚約候補者たちを誘惑してもらい、この同居をぶち壊すというのはどうだろうか?
「お嬢様?この格好が嫌だと知っていながら彼らを誘惑しろなんて考えてないでしょうね?」
「か、考えてないわ!?」
すっごい冷たい声!また考え読まれた!!怖っ!?
「では何を考え込んでいるのですか」
「え?あー…の、えっと…」
綺麗な笑顔を向けてるけど、目が笑ってない。
これは下手な事は言えないぞ。
考えろ、考えるのだ私!目の前の危機を避けつつ、命の危機を避ける方法を!!
…
……
………っは!?思いついた!
冷え冷えとしたオーラを発しながらも未だに床に膝をついているオフィユカスの手を今度は私が握って引き寄せた。
「オフィユカス、結婚しましょう」
そう!
私が平気な年頃の男と結婚してしまえば婚約候補者は必要なくなり交流しなくてすむのでキュン死回避の上、オフィユカスは逆玉の輿になるのだから怒るわけがない。私って天才!凄い!!
「……………は?なんと?」
自画自賛している間にようやくオフィユカスが反応したけど聞いてなかったようだ。もう、仕方がないなぁ。
「だから。結婚しましょう、オフィユカス」
顔を近づけ、目を見ながら再度伝える。
側からみる絵面は百合だけど、逆玉の輿だよ?さぁ、喜びたまえ!
ゴツっ
「痛っ!?」
頭突きを食らう。
予想外すぎて頭をさすりながら悶絶していると、スッと立ち上がり冷たい眼差しで私を見下ろしてきた。
あ、その視線ちょっとゾクゾクします。
オフィユカスが片手で私の両頬をぎゅっと掴むと自然と唇が尖るが、頭突きの痛みが取れたので治癒魔法を施してくれたのだろう、やり方酷いけど。
「バカだとは思っていましたが…真性の馬鹿ですね」
「ふぃ、ふぃほい!」
「はぁ…これが旦那様の血縁者だなんて」
冷たい眼差しが憐れみのものにかわるとヒロインの記憶がフラッシュバック。
シーズン侯爵家当主である祖父の話を尊敬の眼差しで真剣に聴きいるオフィユカス。
幼きヒロインが一生懸命話しているのを冷めた視線を時々投げかけ適当な相槌で聴くオフィユカス。
祖父が褒めて頭を撫でると、見たことのない無垢な満面の笑顔を見せるオフィユカス。
ヒロインが褒めると、さも当たり前の事だと鼻で笑いとばすオフィユカス。
その温度差は歴然。
オフィユカスは祖父信者だった。
「お嬢様、私はデネブ様に忠誠を誓う使用人です。お断りします」
そして私が振られたみたいになってるけど!
仕える令嬢に対する態度が酷くないか?
でも、さっきから薄々気づいていたがこの酷い態度にヒロインは喜びを感じている。
前世の性なのか、今世の性なのか………そこは考えないでおこう、うん。
しかし断られれば私は婚約候補者たちと生死をかけた交流をしなくてはいけないのだからこの完璧な計画を直ぐには諦められない。負けるものか!
「そう言わず結婚して、お願い!」
「無理です」
「…結婚すれば逆玉の輿よ?」
「お断りします」
「……め、命令よ!」
「パワハラですね、旦那様に言いつけます」
「………お祖父様の孫になれるのよ?」
「………」
おっと!ようやく迷いが生じたようだ、さすが祖父信者。
このまま畳みかけようと口を開いた瞬間、オフィユカスは私の目前に懐中時計をかざした。
「お嬢様、3時です」
「え?そ、そうね。それがどうかしたの?」
「お嬢様が自己紹介だけで倒れられたので婚約候補者様方と相談しまして、お嬢様との交流は順番に一対一で行うことに決まりました。つきまして本日のアフタヌーンティーはスプリング伯爵家のトーラス様とご一緒になります。そろそろ準備を始めないと間に合いませんので侍女を呼んできます」
畳みかけるはずが畳みかけられた。って!
しれっと退室しようとしたオフィユカスの腕をガシッと掴んだ。
こいつ、私のプロポーズ有耶無耶にして逃げるつもりだ。
「無理よ!死んじゃうわ!!」
「大丈夫です。心臓止まる前に治癒魔法使いますから」
「それ、大丈夫って言わないわ!何のために逃げようとしていたと思ってるの!」
「やはり逃げようとしていたのですね」
「あっ…」
しまった墓穴をほった。
オフィユカスが冷ややかな表情を浮かべた。
「そ、そもそも…そう!あなたが結婚してくれれば逃げる必要ないのよ」
「なるほど、プロポーズの目的はそこですか」
っく!またしても墓穴を!
「純情な私の心を弄ぶなんて、酷いですよお嬢様」
「自分で純情とかいう!?」
「お断りします」
「そこをなんとお願い……っきゃ!?」
私が食い下がりオフィユカスの腕にしがみついていると腕ごと体を押されて体がソファに深く沈む。掴まれていない方の手が私の真横につく。
壁ドン…いや、背もたれドンだ!!
ちなみに今も『んぎゃ!』って言ったはずなのに、可愛い悲鳴になりました。
「手伝う侍女を呼ばせないなら私が着替えさせますよ、ポラリス」
オフィユカスは耳元で囁きながら、膝で私のスカートの裾をゆっくりあげていく。
や ば い ! !
これは色んな意味でヤバい!
まず、この乳兄妹がヒロインを名前で呼ぶ時は怒っている時だからだ。なぜ怒ったのから皆目見当がつかないけど、奴は激おこだ。
次に、この状況に貞操の危機を感じる。この世界では父親と旦那以外の異性に素足を見せる事は非常識だ。だというのにいくら女装の麗しい男とはいえ女性の脚を晒そうとしているのだ。しかもヒロインは美少女なのだから…そうなってもおかしくない!
そして、もう一つ。唯一平気なはずのオフィユカスのこの接触にヒロインの鼓動が速くなってきているから。恐怖なのかトキメキなのかはわからないけど、このままオフィユカスが平気でなくなった場合プロポーズも無意味になる。
死因を増やすメリットはないのだ。
っく!仕方がない。
めくれ上がってきたスカートをガバッと押さえ込み、そのまま上体も膝につくほど折った。
「ご、ごめんなさいぃ!!」
「……分かればいいのですよ」
顔を下げているのでオフィユカスがどういう表情をしているかは分からなかったけど、私から離れる気配がして横にあった腕が私の首筋を掠めながら引かれた。故意か偶然か……考えるのはやめよう、また鼓動が速くなる気がする。
「それでは着替えを手伝う侍女を呼んできます。馬鹿な事をしていて時間がなくなりましたから早急に準備をしてくださいね」
「うぅ、本当に助けてよ?」
「もちろんです。危なくなったら手を挙げてください。すぐに助けますから」
痛かったら手を挙げてと言ったのに挙げてもやめてくれない歯医者あるあるが頭をよぎった。
あれ?これ助けてくれないやつじゃない?
「お、オフィユカス?本当に本っっ当にだいじょ…ちょぉっと!?」
私の問いかけに聞こえないフリして奴は一礼して出ていってしまった。
…詰んだ……やっぱり詰んだわ。
こうして、私の命がけの婚約者選びが始まった。
こんな乙女ゲームは嫌だ、その2。その1は連載終わったらいずれ。
連載の筆休めなので、続きはないです。