第18話 塔の管理者
「懐かしい。そういえば、ウチ達はそう呼ばれていたわね。でもちゃんと名前があるの。マガリって呼んでちょうだい」
そう言って、その妖精はウインクをした。彼女らはイタズラ好きで、なかなか人前には姿を見せないと聞いたことがある。彼女はユノーナに目を向ける。
「アナタはエルフなのね。随分ひさしぶり。もう、ここは見捨てられてもう来ないと思っていたわ」
「ここに来るのは多分初めてだよ?」
「そうなの? 他のエルフは? ここに最近来るのは人間ばっかり。あら、オニ族なんて初めて見たわ」
ピクシーは、珍しいものを見るような目でセイランを見た。一方、セイランは怪訝そうにマガリを睨むだけだった。
私は、マガリと名乗るピクシーに疑問をぶつける。
「あなたは、ここで何しているの?」
「あら……あなた、名前は?」
「私はレェナ」
「……レェナ? 思い出した。一年前、あなたのお父さんがここに来たわ」
「え?」
父が通っていたというのは、この塔のことだったんだ……。
「あの、父は……ここでいったい何を?」
「何も。管理制御室まで行きたかったみたいだけど、彼にはその資格がなかったの」
「管理制御室? 資格?」
「ええ。この塔の最深部にあるわ。そこにいる管理者シュツナに会って、昔のことを聞きたかったみたい。でも、それは叶わなかったの」
「そうなんだ……それで、何処に行ったのか分かる?」
「カーリアースに行くと言っていたわ」
今は碧の湖と呼ばれる所に父が向かったのは、間違いないみたいだ。
「なあ、君は管理者がいると言ったか? ここを出るために、入り口を開けて欲しいと伝えてもらえないか?」
御影さんがマガリに話しかけた。
「今は無理。さっき入ってきた人間が使った呪文が、よくないものだったみたい。シュツナの声が聞こえなくなっちゃった。あなた達の仲間なら、止めるように言ってもらえないかしら?」
「……いや、そいつは仲間じゃないな」
「ほんとかしら?」
マガリは御影さんを値踏みするように見た。そして、彼の周りをくるくると周る。
「あら……あなた……それにレェナと言ったかしら……」
次に私の方を見ると、くるくると私の周りを回る。いったい何をしているのだろう?
「あら! あら! なんてこと……!」
マガリは興奮気味に、顔を紅潮させてぶつぶつと喋った。彼女は風に舞う葉っぱのように、回転しながら空中を舞っている。
「誓約の印に、その守護者。二人揃うなんて! やっとこれで私も……!!」
不規則に部屋の中を飛び回っていた彼女は、どん、と私の胸にぶつかった。目を回しているのか、そのまま、ひっくり返って落ちそうになった。私は、慌てて彼女を抱える。
「大丈夫?」
彼女の顔を見るると、ぽかんと口を開け、瞳が小刻みに震えていた。反応が無いので、つんつんと頬をつつく。ぷにぷにして柔らかい。
「うーんん……ありがとう。久しぶりに、はしゃいじゃった」
気がついたマガリは舌を出してにっこり笑うと、掌から飛び立ち、私の肩に座った。
「あの?」
「ねぇ、ウチを地下四階まで連れて行って。そこに行けば、管理制御室まで案内してあげる。レェナ、あなたと、そこにいる、おじさんの二人だけだけど」
「私と御影さんだけ?」
「ミカゲっていうんだ。うん、レェナとミカゲ、その二人だけが資格があるの」
「資格?」
「それ以上は、シュツナに聞いて。ついでに、ここから出る方法も聞けると思うよ」
「わかった。シュツナさんって言うんだ……」
すると、御影さんが話しかけてきた。
「そもそも、その子は信用していいものか?」
「多分、嘘は言ってないと思う。私の父の行き先を知っていたし……今日、色々分かったの」
私は、ちらりとマガリを見て言った。彼女は、うんうんと調子よく頷いている。
「そうか……君がそう言うなら信じよう。マガリさん、一つだけ教えてくれ。さっきみたいなゴーレムは、まだ他にいるのか?」
「ううん。本当はもっと沢山いるんだけど、動いたのはあの一体だけだったから大丈夫」
「地下四階までは、危険か?」
「ウチがいれば安全にいけると思うよ?」
「そうか。じゃあ決まりだな。俺とレェナとマガリで地下四階まで行く。とはいっても……できれば全員で行きたい」
御影さんが、真剣な表情で他のみんなに聞いた。するとセアラさんが前に出て言った。
「だったら……途中の二階の祭壇にも寄って欲しい」
「そうだな。呪文も見ておきたいし、マガリさん、構わないな?」
「そうね。ウチももう一度見ておきたいし、あなたたちが認められれば直せるかも知れない」
こうして全員一致の元、二階に下りることになった。
「じゃあ、こっちに」
マガリが先導してくれたので、私たちはその後をついていくだけだった。
部屋を出て廊下を歩く。するとすぐ下に向かう階段が姿を見せたので、それを下っていく。地下二階につくと同時に階段も終点となった。
「このまま地下四階に行けないの?」
「行けないわ。必ず三階を通らないといけないの」
御影さんは、不思議な設計だな、と首をかしげている。
じゃあ仕方ないね、と私たちは地下二階を歩き始める。相変わらず、マガリが先頭だ。
「さあ、ついたわ」
そうマガリが言って扉を指差した。
マガリの次に続いていた私が近づくと、扉がすっと開く。
「これは……」
その部屋の異変に気付く。
中央の祭壇の上に、赤く染まった何かが置いてあり、その上の空中に小さな魔方陣が展開されている。部屋の照明の一部は赤く光っており、今だに異常な状態だと示しているようだった。
「レェナとミカゲ、祭壇の中央に、手をかざしてもらえないかしら?」
マガリが、事も無げに言った。それを聞いて、私と御影さんが祭壇に向かう。しかし……
「うっ……ぇぇ……」
私は、祭壇の上にあるものを直視してしまった。思わず目を背けるけど間に合わない。胃の奥からこみ上げるものがあり、口に手を当て、しゃがみ込む。幸い、食事をしてからかなりの時間が経っていたので、戻すことはなかったのだけど。
そこには、人の腕があった。切断面は既に乾いていた。血に染まり、周囲を真っ赤に染めている。
「大丈夫か?」
御影さんが呻いている私の背中を、さすってくれた。気分は変わらないけど、手のひらの暖かさにほっとする。
「……ありがとう」
「疲れているな。もう深夜だし、どこかで休憩をとらないと」
「うん」
私は立ち上がろうとしたけど、うまく力が入らない。あれ? と思いつつ焦るけど、ジタバタともがく羽目になってしまった。
そうこうしていると、ふっと体が宙に浮かび上がる感覚がある。
「えっ?」
私は、御影さんに両手で抱えられ、持ち上げられている。
「いいから。それにしても軽いなぁ。あんなに食べてるのになぁ」
彼が笑うような軽い調子で言った。私は茶化されたことに頬をふくらませつつ、御影さんの首に手を回した。セイランに抱えられたときと全然違う。伝わってくる体温が心地よく、かすかに感じる彼の匂いに妙な力強さを感じた。引き寄せられる感覚ががあって彼の胸に顔を寄せる。
抱えられた状態で祭壇まで近づく。私は御影さんの顔を見ると、視線を感じたのか彼は黙ってうなずいた。
私たちは、息を合わせて、祭壇に手をかざした。すると……
「ザー……認証……しました。ザー…………最高権限を……有しています」
聞き慣れない雑音と、抑揚のない女性の声が、頭の中に響いたのだった。




