第12話 一(イチ)
「レェナさんは、一という英雄をご存じですか?」
一。そうだ。すっかり忘れていたのだけど、少し前に見た夢でお母さんが語っていた。世界を救い、カーラ村を作った始祖。私のご先祖様になる。
「はい。おとぎ話で聞いたことがあります」
「そうですね。歴史書でもしっかり記載されていて、伝説でもありますが、事実でもあると考えられています」
「事実……」
「彼は、白く美しい馬を駆り、戦場を駆け巡ったと。話によっては、それがペガサスやケンタウロスなど、伝説上の生き物になっていることがあります。そして最後彼はどうなったか?」
沢山の女性と共にカーラ村を作った……。その中にエルフもいたとお母さんは話していた。
「村を作った?」
「そこは最後はいくつか説があり曖昧になっていますが、一つだけ共通していることがあります」
「共通?」
「はい。彼は最後に、元の世界に帰って行ったとされています」
「!」
お母さんが言っていなかったことだと思う。つまり、彼は異世界から呼び出された人間だったということだ。
私は、御影さんのことが頭に浮かんだ。あれ? だとすると……召喚者は?
「ラルフさん……レェナさんのお父さんは、一のことを調べていたようです。特に、彼を呼び出した者……召喚者の最後を」
「……召喚者の最後?」
「はい。おとぎ話でも殆ど出て来ていない上、歴史書にも記載されていません。ただ、一が元の世界に帰ったということは、召喚者がいたはずだ、彼はそう言っていました」
「そうなのですね。確かにおとぎ話でも召喚者の話は聞いたことが無くて……」
「はい。ラルフさんは、いろいろな国を回ってそのことを調べていたそうです。召喚者のことは確信していらしたみたいですが」
召喚する方法は早い時点で分かったから、あの儀式の部屋があったんだろう。
「それで、碧の湖に向かったのは?」
「はい。結局召喚者の最後は掴めなかったようで……ここが駄目だったら、最後の希望としてそこに行こうと考えていると仰っていました」
「最後の希望?」
「その時の決意に満ちたラルフさんの顔は、本当に凜々しくて雄々しくて……」
あれ? この人、今、何か変なことを言ったような……。
ロラさんは、両方の手のひらを合わせ、頬を染め、キラキラした目で……あさっての方向を見ていた。
「あ、あの? ロラさん?」
「……あっ。失礼しました……」
我に返った彼女は、俯いてさらに赤くなってしまった。
……いったい、父と何があったのだろう。……すごく気になる。ロラさんと付き合ってたりした? もしそうならちょっと複雑な気分だけど……お母さんなら許すのかな……。
また、二人になったときに後で聞いてみよう。私は固く決心をした。
「確かにラルフ殿は、なかなか精悍な顔つきで、頼りがいがありそうでしたな」
少し私が考え事をしていると、フォゼオさんが何か言い出した。
「そうでしょう? 貴方も分かりますか?」
「あ、ああ……」
あれ、さっきまで冷たい態度だったのに……少しフォゼオさんに柔らかく接するようになったように見えた。
「ごめんなさい、話が逸れました。ラルフさんは、図書室とは別に他にも調べ物をしていたみたいです」
「別なところですか。どこなのでしょう?」
「それは、話して下さらなかったのです。恐らく、言いにくいところだったのでしょう。例えば、一般人が入ってはいけないところとか……そこで、その最後の希望の手がかりを得たのではと」
「そうですか……」
いずれにしても、次の目的地が決まった。父が訪れたのが一年前だとすると、まだ碧の湖の近くにいるのかもしれない。行ってみる価値はあると思う。
でもそこまでの道のりや費用とか、調べないといけないことが多い。かなりの距離だと思うので、ちゃんと準備しないといけない。
「あの、レェナさん、この後お暇でしたら、二人で甘い物食べに行きませんか? いいお店があるんで」
「特に予定は無いけど……ユノーナが……」
そう言ってユノーナを見ると、うとうととしていた。相変わらずだと思う。
「じゃあ、俺がこの子と一緒に迎賓館に戻ろう」
「いいですか?」
「うむ。あんなこともあったばかりだが……レェナさんは……一人でも大丈夫そうだな」
「はい? どういうことですか?」
「まあ、気にしなくていい」
「はあ」
そう言うと、ユノーナを起こそうとする。起きたものの、彼女は、とても眠そう。なので、だっこして返るみたいだ。その様は、まるで親子みたいだった。
「うちの娘よりだいぶ小さいな。昔を思い出すよ。じゃあ、レェナさんにロラさん、これで失礼する」
そう言って、彼とユノーナは帰っていった。
「じゃあ、レェナさん、あたし達も行きましょう」
「はい」
そう言って、私たちも店を出た。
******
王都の街中を歩いて行く。
街道には、たくさんのお店が並んでいる。食べ物を売っているお店。食べ物を売っているお店、食べ物を……
「ふふっ。レェナさん、王都は初めてですか?」
「えっ。いえ、小さい頃に両親に連れられて来たことがあるみたいですけど……」
「そうなんですね! ここは飲食店がいっぱいあるんですよ。ラルフさんと時々ご一緒することがありました」
「父と……あの……父とは……?」
「あ、ここです!」
ロラさんと私は、おしゃれな喫茶店に入った。私浮いてないだろうか? カーラ村にはもちろん、こんな可愛らしいお店はないし。ルセの街にもなかったと思う。
さすがに王都だと思う。
「ここの紅茶がとても美味しいんですよ。あとケーキも! これお勧めです。」
ロラさんの言われた通りに注文する。すると、ロラさんが少しだけ頬を上気させて言った。
「あぁ夢みたいです。ラルフさんの娘さんと一緒にこうやって……」
「はぁ……」
「いつか、三人でこのお店に来られたら……」
うっとりしつつも、やっぱり、あさっての方向を見ているような気がした。大丈夫かなこの人。
興奮すると、人が変わったみたいになるけど、普段はとても大人しいというか、静かに話す人だとは思うのに……。
そうしていると、ケーキと紅茶がやってきた。見た目もかわいいし、期待に胸が弾む。
「美味しい……!」
赤い小さな果実が添えられ、白いクリームに縁取られたスポンジケーキ。早速食べると、控えめな甘さがしっとりと口に広がった。果実の甘さの対比とで、いくらでも食べたくなる誘惑に負けそうになる。
紅茶もとても上品で、こちらもふわっと広がる香りがとてもいい。
「でしょう」
ロラさんが嬉しそうにしながら私を見ていた。歳は私より少し上くらいなはずなのに、お母さんのような目をしている。
うーん、この感じ……もしかして……。おもいきって聞いてみることにした。
「あの、ロラさん……貴方は父のことを……」
「うん……好き……ううん、愛していると言っていいと思います……」
きっぱりと、はっきり、迷いなく言って彼女は目を伏せた。普段は静かそうな人なのに、それだけは譲れないと、そんな迫力さえ感じる。
「父のどこがよかったのですか……?」
「あたしはね……」
ロラさんは、頬を少し赤らめながら、彼女自身のことを話し始めた。




