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第8話 大神殿

「俺が図書室で精霊の本を読んでいたら、彼のほうから話しかけてきたんですよ。調べ物をしていたみたいですね。よく通っていたようです」


 フォゼオさんが出会ったのは、およそ一年前。父とは何度か出会ううちに、話すようになったという。精霊教や、昔のおとぎ話について教えてくれと父から頼まれたのだという。

 そして、出会ってから一ヶ月後くらいに、急に父を見ることがなくなったそうだ。


「カーラ村出身者は珍しいですし、お互い妻や、子供の話で意気投合してね。彼は急にいなくなって、寂しい思いをしていたんですよ」

「そうなると、もう王都にはいないのですね……」

「あれから一年近く見かけていませんので、恐らくは。私はてっきり、カーラ村に戻ったものだと思っていました」

「そうですか」


 フォゼオさんは、残念そうに、そう話した。


「どこに向かったのか、分かりませんか?」

「いいえ。ただ、私以外にも話をしていた人がいるかもしれません。神官の方とか」


 アルは、その時カーラ村の者ということで引き留めていれば、と私に謝ろうとした。けど、こうなることを予想していたわけでもないし、父にも何らかの目的もあったようだし、仕方ないですよ、と伝える。

 馬車は、丘の上から都に下りていく。それにしても、王都は広い。アルの助けがなければ、この情報にたどり着けなかったかもしれない。



 しばらくして、とても大きい、一目で神殿だ、と分かる建物の前についた。カーラ村のそれとは随分違うけど、雰囲気がそう感じさせる。信仰を示す記号(シンボル)は、城壁外の神殿にあったものと同じだ。やっぱり、カーラ村と少し違う。


 私たちは、馬車を降りて神殿に向かう階段を上っていく。アルだけはフード付きのマントを羽織っていて、顔を隠している。王族だから……あまり目立つわけにはいかないのだろう。

 でも、大柄な騎士と美人がいて、私たちは十分に目立っている気がした。


「レェナ、そのペンダント、見せて貰えませんか?」

「えっ?」


 階段を上る途中アルが、そう話しかけてきた。ユノーナからもらったペンダント。少し躊躇したけど、痣のことを説明するのも抵抗があったし、王都の中なら大丈夫だろうと思い、渡すことにした。


「ありがとう。……この模様、神殿の記号(シンボル)と似ているけど、少し違いますね」

「そうですね。分かりますか?」

「いえ、私も詳しいことは……少しお借りしてもいいですか?」


 そうだった。この模様、前から気になっていたんだ。何か分かるといいな、と期待しつつも、体から離してしまうのは、少し心配だ。これは……黒目の者に対して痣から発せられる光のようなものを漏れないようにする力がある。

 でも、ここは王都で魔物はいないだろうし、と考えて条件付きで預けることにした。


「大切なものなので、少しだけなら」

「分かりました。すぐお返ししますよ」


 そう言って、アルはペンダントを懐にしまった。


 神殿の入り口で、十人くらいの集団とすれ違う。その人達は、全員暗い顔をしていて、泣いている人もいた。何かあったのかな、と思いつつも、その横を通り過ぎて大神殿に入った。



 接客室に案内された私たちの前に、初老の神官長という男性がやってくる。そして彼は、部屋に入るなり、アルに駆けより抱きついた。かなり親密な関係に見える。


「これは、アルベール殿下。お久しぶりです」

「その殿下っていうの、もうやめない?」

「いえいえ、こればっかりは、やめるつもりはありませんよ。いくら継承権を破棄されたといいましても——」

「長い話はいいから、本題な。ここにラルフという名前の男性が、一年前くらいによく通っていたみたいなんだが、何か知らないか?」

「相変わらず、せっかちですな。……しかし、ラルフさん、ですか。ちょっと記憶にありませんが……」


 知らない、と言われてしまうのは予想外。しょんぼりしそうになったけど、フォゼオさんが会話に割り込んでいった。


「こんにちは、神官長。私は、何度かここで会っていますよ。多分、図書室の方にいつもいたから、会われてないのかも知れませんね」

「おお、フォゼオ殿。あなたも久しぶりですな。そういうことなら、司書を呼びましょう。少々お待ちください」


 そう言って、彼は部下の神官らしき人に、何かを指示した。


「それで、こちらのお嬢さん方は? 殿下の、い(・)い(・)人(・)ですかな?」

「ぶっ。——いや、こちらは私の客人です。先ほどのラルフという男性の娘さんですね。レェナさ(・)ん(・)とユノーナさ(・)ん(・)です。

「ほう……」


 私とユノーナはそれぞれ挨拶をする。そして握手をするのだけど……。


「これは……? これは……」


 神官長は、私の手に触れて、目を丸くして、ぶつぶつ言っている。


「あの……?」

「いや、申し訳ありません。司書が来るまでの間、少々話をしましょうか」

「はぁ……」


 私たちは、席につき彼の話を聞く。


「レェナさん、あなたはカーラ村出身でしたな。我々は、精霊教を信仰していますが、カーラ村は少し違うことをご存じでしょうか?」

「はい、こちらに来てなんとなく違うのかな、と感じていました。カーラ村は聖(・)霊(・)教といいます」

「元々は同じものだったようですがね。風の精霊、水の精霊、火の精霊、土の精霊、この四柱が我々の精霊教の信仰の対象です」

「聖霊教には、加えて聖魔の精霊が、在りますね」


 そう言ったところで、早くも、うとうととしていたユノーナがぽつりととつぶやく。


「聖魔の精霊……」

「ユノーナ、知ってるの?」

「聞いたことが……あるような……」


 そう言ってまた、うとうととし始めた。かわいい。寝なくてもいい体質だと言っていたような気がするけど、私以上に寝ているような気がするのは気のせいだろうか?

 神官長は立ち上がり、ユノーナに毛布を掛けてくれた。


「退屈な話でしたかな?」

「いえ、どうしてあそこにもある、神殿の記号(シンボル)の形が違うのかなと思ってたので」


 私は、部屋にあった、神殿のシンボルマークを見て言った。精霊教は四つの精霊を示すマークがそれぞれ線で結ばれている四角形を形取っているのだが、カーラ村の聖霊教は、五角形を形取っていた。


「なるほど。精霊教の話は初めてだったのですな?」

「はい」


 アル達は、興味深そうに私たちの話を聞いていた。神官長との話が終わると、聖霊教についての話を、根掘り葉掘り聞いてくる。

 私だって、知らないことが結構あるので、いくつか質問に答えられなかった。ちょっと悔しい。


 そんな話をしていると、急に廊下に続くドアが、バーンと、勢いよく開いた。


「!!」


 全員が身構える。すると、一人の女性がおどおどしながら入ってきた。


「ロラ。何ですか、そのドアの開け方は。失礼致しました。こちらが、司書のロラで……」

「あの……皆さん……大人しくしてください……」


 神官長が彼女を紹介しようとするけど、なんだか様子がおかしい。どうしたんですか、と声をかけようと思った。しかし、彼女の後ろから、フードをかぶって顔を分からなくした人物が、数人、短剣を構えて、部屋に入ってくる。


 布と布の間から見えた彼らの目は、白い部分が無く、皆一様に、夜の闇のように黒かった。


「黒目……」


 私は、背筋に冷たい氷を当てられたような気分になって、身震いをした——

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