第6話 背中
「シ……ド……シャ……ミツ…………」
またこの夢か……。
振り向くと、二匹の魔物が私を見つめていた。目は黒っぽくなっていて、瞳がどこにあるのか分かりづらい。
周囲の、可愛い花が咲く草原に、似つかわしくない姿の彼らは、ゆっくりと歩きながら、食い入るように私に視線を向けつつ、近づいてきていた。
「誰?」
私の問いに、彼らは答えない。
「レェナ!」
視界の端から、一人の女性が走り寄ってきていた。お母さんだ。
彼女は、私の側に来ると、片腕で私を抱え、空いている手を二匹の魔物に向けて指差し、呪文を唱えた。
「魔法の矢!」
魔法の矢が次々と現れ、対象に向かって飛んでいく。一方、魔物達は手にしていた棍棒を振り上げ、叫ぶ。しかし、その言葉は私には分からない。
「……………………!」
再びお母さんは呪文を唱え、相当の数の矢が魔物達に降り注いだ。しかし、彼らもなすがままにされるわけではなく、反撃をする。
振り下ろされた棍棒が、お母さんの上半身のどこか……たぶん、頭に……直撃したのを感じた。どん、と鈍い音が聞こえると同時に、振動が伝わってくる。別の棍棒も、体のどこかに当たっているのかもしれない。
ぽたっ。ぽたっ。
私の着ている服に、赤い花が咲いていく。それは次第に、数を増やし咲き乱れ、一面に広がっていった。
どさっ。
お母さんは、立っていることができず、私を抱えたまま地面に座り込んだ。
「お母さん、顔が……真っ赤だよ……」
痛みをこらえているのか、目に涙が浮かんでいる。怯える私を落ち着かせようとしているのか、なんとか笑顔を作ろうとしていた。
「大丈夫……」
そう、お母さんは言って、両手で私を抱き締めてきた——
目が覚める。月明かりのみの、暗い部屋の中。天井付きのベッド。私は、涙を流して横になっていた。
思い出すのは、お母さんの笑顔だ。だからなのか、怖いとは思わなかった。その代わり、胸を締め付けるような悲しみが襲ってくる。
いくら拭っても涙が止まらない。
気分を変えよう、外の空気を吸おうと思い、部屋の外に出た。廊下は所々、明かりが灯されていて、歩きやすい。
しばらく歩き、外へと続くドアを開ける。ここは二階でちょっとした空中庭園になってる。
ベンチがあり、そこに腰掛けた。空には星空が広がっていた。満月に近い月が浮かび、私を淡く照らしてくれている。ひんやりとした空気が、少し肌寒い。
幸い涙は収まっていた。ふと、気付くと庭園の端に誰かがいることに気付く。私に気付かず、空をずっと見つめているみたい。その後ろ姿に見覚えがあった。
御影さんだ。
彼は、私には気付いておらず、ただひたすらに、首が痛くなりそうなほど真上に顔を向け、空を眺めているようだった。その格好は不自然だったのだけど、彼と、月と、星空と、庭園とで、とても絵になるような気がした。
御影さんの背中がやけに大きく、笑っているように見えた。
彼を見かけたとき、声をかけようと思ったのだけど、できなかった。うまく笑顔を作れる気がしなくて、今の私の顔を見せたら、また、迷惑をかけてしまうような、そんな気がした。
私は、彼が何か夢中になっていることの邪魔をしてしまいそうだったので、ゆっくり立ち上がると、引き返すことにした。
静かにドアを閉め、立ち去る。その時、彼が振り返った気がしたけど、私はそのまま自分の寝ていた部屋に戻った。体が、少し温かくなっていた。
シーツと掛け布団が、少し冷たい。不思議なことに、それがとても心地よかった。
「レェナ様。朝食の準備ができました」
部屋の外から、声が聞こえる。私は、そのほんの少し前に目が覚め、まどろんでいた。目をこすりながら起き上がり、手を突き上げて、思いっきり伸びをする。
「うーんっ」
気持ちがいい。結局、昨日、御影さんの姿を見た後は夢を見ず眠ることができた。だけど、少し寝不足な気がする。多分クマができていそう。
少しの眠気があるだけで、体は軽かった。すぐに、身支度をして部屋を出る。
案内された先は、昨日連れてこられたみんなが、揃っていた。それぞれの顔を見て安心する。
「あーレェナ! よかったぁ」
ユーユ達から、別行動で少し心配していたと声をかけてもらった。いろいろなことがあったけど、状況を確認し合った。でも、できるだけ手短に話を切り上げて、朝食と向き合うことにする。
パンにサラダに、スープがテーブルに並び、私の分が運ばれてくる。結構しっかりとした食事だ。美味しい。
喜んで食べていると、御影さんも話しかけてくれた。
「レェナさん、昨日の夜、もしかして……」
「あ、うん。ちょっと寝付けなくて」
「寝不足?」
「うん、少し。でも大丈夫だよ」
やっぱり、昨日の夜、私に気付いていたみたいだ。
「ならいいけど……話しかけてくれなかったのが、気になって……」
「夜空に夢中だった気がして、悪いかなって思った」
「あ、そっか。確かに、見入っていたなあ」
「ふふ、そうだね」
なぜ夜空を見るのが好きなのか、また夜にでも聞いてみよう。
「それでさ、レェナさんも、これから一緒に防衛機構に来ない?」
「あ……。ありがとう。でも、やめとこうかな」
「そっか。少し眠そうだしね。ここにいるなら安全かな」
「うん」
私を気遣ってなのか、誓約のためなのか分からないけど、誘ってくれたのは嬉しかった。でも、なんだかセアラと三人だと微妙な空気になりそうだし、なんとなく展開が読めた気がしたので、やめておくことにした。
ユノーナを見た。すると、また無言でサラダの野菜をフォークに刺して私に向けてくる。昨日から続くこれは、いったいなんの儀式なのだろう? やっぱり餌付け?
もちろん、遠慮なく食べるのだけど。
そうして美味しく幸せな食事をしていると、
「御影殿〜?」
と、昨日とうって変わったのんきな声で、セアラが御影さんを迎えに来た。彼は、すっと立ち上がり、彼女の元に歩いて行こうとする。
「今夜、時間があったら少し話そう」
私の横を通り過ぎるとき、御影さんが耳元で話してきた。私は、うん、と頷く。すると、彼は素早くセアラの所に向かった。
そして、そのまま二人は去って行った。
「ふぅ」
私は溜息をつくと、今日は何をしようかと、考え始める。
「さっきの誰?」
ユーユが聞いてくるので、軽く説明すると、彼女はとても驚いていた。なんでも、前見たときの印象と随分違うそうだ。
そう話しているともう一人、別の人物がやってきた。
「レェナ殿……セアラが来ませんでしたか?」
アルだった。そう言いつつも、席が一つ空いているのを見て、彼は全てを察したようで肩を落とした。
「遅かったか……まあ、いっか……。レェナ殿、ユノーナ殿、今日は何か予定がありますか?」
「いえ。特には」
本当のところは、父が寄りそうな所に行って話が聞けたらと思っていたのだけど、それは難しそうだなと感じていた。
「よかった。もしよかったら、私と一緒に少し歩きませんか? レェナ殿の父上の手がかりがあるかもしれません」
彼は、そう提案してきたのだった。




