第2話 君の騎士
その時、なぜか御影さんの顔が頭に浮かんだ。頼りがいがあるような、どことなく、少し抜けているような。びっくりしたり、困惑する仕草が可愛いと思ったり、いざというときはすごい勢いで引っ張ってくれたり。
私の笑顔が好きだと言ってくれた……そんな彼の笑った顔が、思い浮かんだ。
ああ、私は、たぶん——。
そう考えていると、少し冷静になってきた。すると、いろいろなことが見えてくる。男性だと思っていたこの人、多分女性だ。
近くで見れば、触れれば分かる。胸の膨らみも感じる。声も、男性にしては細く、ちょっと高めだった。
まだはっきりしないし、御影さん以外に、こんな近くで触れられるのは、どちらにしてもイヤだから抵抗は続ける。
「あなた、女?」
涙を見たからなのか、この声かけがきっかけなのか、彼(彼女?)の動きが止まった。
私が、押さえられていた手に力を入れ、撥ねのけるのと、部屋のドアがドン! と大きな音を立てて吹き飛んだのは、ほぼ同時だった。
「レェナ!」
御影さんの声だ。私はそれを聞いただけで、安心してしまう。もうきっと、大丈夫。
「御影さん!」
「何をしている!!」
彼は、そう叫ぶと、騎士を引き剥がし、私との間に割り込んだ。その顔は、怒りに震えているみたいだった。あんな顔、見たのは二回目だっけ……?
「ふふ、君の騎士殿が登場したね」
引き剥がされたのに、悔しそうな素振りも見せず、さも当然のことのように、その人が言った。むしろ、満足しているようにも見える。
「そう、私は女だよ」
「やっぱり」
「え?」
私は納得したけど、御影さんは驚いたようだ。
「あなたは? 何故こんなことを」
「私は、セアラという。……何故かと言われると、そりゃレェナ殿が美しいから」
沈黙する私と御影さん。そして、それと同時に、もう一人、この部屋に割り込んできた男性が私たちの間に割り込んできた。そして……悪びれてないセアラさんを、思いっきり殴った。
ゴッという鈍い音と共に、彼女が吹き飛ばされる。
「ふごおおおお」
なんだか女性らしくない声を上げて、後ずさっていく。でも、倒れはしなかった。
殴った彼は、私の方に振り返り、言った。
「申し訳ございません。レェナ殿、御影殿。私はアルベールと申します。姉が、失礼をしでかしたようで」
本心から困っているのだろう。アルベールと名乗った彼は、暗い表情をしていた。いつも苦労しているのかもしれない。
謝罪するようなポーズをしながら、彼は続けた。
「とても怖かったと思うし、一発、いや何発でもいいから気が済むまで、セアラを殴って貰えないだろうか」
「えっ??」
なんだか、凄いことを言っている。私は、怖いという感情よりは嫌だという気持ちしかなかった。もう気持ちは落ち着いているから、事を荒立てるつもりもない。
「ほら、レェナ殿が困っているようだし、もうこの件は終わりで——」
「お前が言うな!」
弟さんの方がしっかりしているのか、力関係なのか分からないけど、アルベールさんが強く言った。
セアラさんの方を見ると、さっき思いっきり殴られたはずなのに、頬が多少赤いくらいで腫れてもいなかった。平然と立っているのが、少し、怖い。
「すいません、けじめとしてお願いします。見た目より頑丈なので、思いっきり力を入れても大丈夫ですから」
そう言って、セアラさんの両腕を後ろ手にして抱え、私の前に差し出すように立たせていた。
セアラさんは、私の顔を見て、小さな声で「とりあえず、平手打ちにでもして欲しい」と伝えてきた。
本人から言われているのだから、叩いてもいいのかもしれないけど……いいのかな?
困って御影さんを見ると、この際殴った方が良い、というような仕草をした。
皆が、そこまで言うのなら。私は、右手を振り上げ、彼女の頬に向けて手のひらを振り下ろした。
ぱぁぁぁん!!
盛大な音と共に、お姉さんは、さっきよりも速いスピードで、私の左側に吹き飛んでいき、どーんという音を立てて、部屋の壁に突き刺さった。
あ、あれ? おかしいな……なんでこんなことに……。
アルベールさんと御影さんの目が丸くなり、私と、セアラさんを交互に見た。
「あれ? れ?」
三人とも、言葉を発することもできずに、しばらく固まっていたのだった。
セアラさんは、割とすぐに壁に刺さった顔を引き抜き、痛そうに頭を押さえながら、普通に歩いて私たちの所に来た。
本当に、頑丈なのだろう。いったい、どういう訓練をしたらこうなれるのか不思議だった。
セアラさんとアルベールさんの謝罪を、私は受け入れることにした。二人は、また後で話そうと言い残し、去って行った。
部屋の入り口のドアが破壊されたし、壁にも穴が空いてしまったので、部屋を移ることになったと告げられる。
準備ができるまで、御影さんと別の部屋で待つことになった。
「あっ。ドレスのままだ……。着替えたいな」
「そういえばそうだね」
御影さんが、ドレス姿に気付いたみたいで、私の足下から、次第に上に視線を移動させた。そして、右胸の上の辺りを注視するように見た。
「私のドレス……変?」
「ううん……似合っててびっくりした」
彼の顔が、少し赤くなった。私の姿を見て動揺している姿が、少し新鮮。
肌を見られるのが御影さんなら、全然気にならない。でも、胸の辺り寄せてちょっと盛っているのを知られるのは、避けたい気がする。
「あまり、胸の辺りを見られると恥ずかしい……」
「いや、その右胸の上の辺り……怪我しているの? あのオーガにやられた時の?」
御影さんは、多分痣のことを言っているのだと思う。そういえば、話していなかったことに気付いた。
私は、肩に掛かる部分の布を少し開けて、肌に刻まれた痣の形を全て見せるように体を傾けた。
「えっ?」
目のやり場に困ったのか、彼が目を逸らそうとする。
「見て。これ……何だと思う?」
私は、御影さんに、痣のことを話し始めた。この事は、なぜか、とても大切なことのような気がした。
彼はもう照れず、真剣に私の話を聞きつつ、痣を見つめていた。




