序章・後1
白一色の俺の視界の光景にぼやけた他の色が混ざり始める。
失神から目覚めたような感覚に似ている。
程なく視界が鮮明になったので、周囲を見回してみると、そこはどこかの家の応接室のようだ。
自分以外に人の姿は見えない。
ふと気になって自分の体に目を向けると…
うん、手が見える。どうやらこれが転生のようだ。
女神曰く、転生自体はこの体の生まれた時点で終了しており、その後俺の記憶が蘇るんだったか。
さて、この後どうすればいいのか?と、考え込んだ瞬間に
―間もなく件の人買いが訪れます―
と頭の中に声が響いた。
この声…女神のペット、アニーの声だな。
なるほど、サポートというか、異世界ラノベのお約束ナビキャラという認識でよさそうだ。
(というか、この体の人物の名前はわかるか?)
頭の中に響く声を真似て、頭の中でアニーに問いかけてみるが、声に出さないと伝わらないかな?
―そのままで伝わります。それとその人物の名を今は知る必要がない…とのことです―
(それ、あの女神が言ったのか?)
―そうです。ですので私もその名は聞いておりません―
これからこの体で生きていく必要があるのに、名前を教えてもらえないとは妙な話だな…
まぁ「今は」というくらいだ。必要になったらその時に訊けばいい。
(この体の人物は金持ちという話だったが、使用人とかは居ないのか?)
―件の薬術師含めて数名おりますが、人買いの来る時間は薬術師以外は全員外出を命じられております―
確かこの人物…なんとなく俺と呼びたくない…は薬術師と共に、買い付けた奴隷の心身を壊す下種だと聞いている。
その薬術師も早急にどうにかしなければならない…
人買いについてもどうにかしたいところだが、今すぐには無理だな。
何より自分自身のことすら、何もわからない。
記憶喪失にでもなった気分だな…
(その使用人たちもこの体の人物や薬術師の所業は知っているのか?)
―この体の人物は、奴隷の買い付け自体を使用人たちに隠しております―
(隠し通せるものなのか?)
―薬術師が口封じの手段を持っています―
(それ、実験体という意味に聞こえるぞ…)
―そう申し上げました―
訊かなきゃよかった…
気を取り直して、間もなく始まるミッションタイムの事を考えよう。
(奴隷となったレイを買い付けて、頃合いを見て解放だったが…すぐに解放してはいけないのか?)
―その体の人物にとって、奴隷の解放自体があり得ません―
なるほど…あり得ない行動をとると今後に差し支えるか…
(そもそも解放とはどうすればいい?)
―後ほどお答えします。今は知る必要がないとのことです―
またか…何か情報を出せない理由でもあるのか?
(ところでレイの言語はどうする?解放したところで言葉が通じないならそのまま放置できないぞ?)
―主に確認しておきます―
…おい、重要だぞこれ…
…まぁいい、実際解放の瞬間まで知る必要がないのは確かだ。
(解放の頃合いとは?)
―通常、その体の人物は離れに奴隷を置き、夜伽の際に独りで離れに向かうので、そこで解放するのがよろしいかと―
なるほど、解放後は寝首をかかれて脱走したとでも言えばいいか?
…奴隷って寝首かけるのだろうか?
って、脱走したところで言葉…
そんなことを考えていると来客を示す呼び鈴の音が聞こえてきた。