393裏 『らしい』
それにしても、マナト殿は一体何を考えて、
『ワシが二人を発症させた』
などと言い出したのだろうか?
……本当にわけのわからない御仁だ……
だが……
今この場で、マナト殿に言われるまで考えもしなかったが、
ふたりが発症したのは、
『出入口がひとつしかない『迷宮核設置場所』』で、
そこには『ふたり以外に出入りしたもの』は居なかった。
【身体に宿った『生成素材成分』が失われた場合】
に発症する『獣化病』だが、
『迷宮核設置場所』は、
この街でもっとも多くの『素材成分』が残存する場所であり、
もっとも『発症しにくい場所』なのだ。
そんな場所で、ふたりが発症したのなら、
なぜふたりから『素材成分』が失われたというのか?
……まぁ、今さらその答えを知ったところで、
『ふたりが発症した』という過去を変えることはできないのだが……
さて、ワシらが『引きこもり部屋』に、
踏み込んだところまで話を戻すが、
『上半身がくろいぬと化した』我が兄がワシらに気が付くと、
最期のちからを振り絞り、
全身の『くろいぬ化』に抗いながらも、カシスの側に歩み寄ると、
彼女を『選ばれし者』に任命するかのように、
【英知の守護神】を伝授すると、
『我が人生に一片の悔い無し』
とでも言わんばかりに肉球を突き上げた……らしい!
そこで力尽きたのか、
兄の全身が『くろいぬ』へと変貌した……らしいのだが……
「オーナー殿? なんで『らしい』んだよ?」
「……実はその時、
『くろいぬ』へと変貌する最中……と思われる兄の頭上に、
『強大な魔力の塊』が出現していて、
ワシもカシスもそちらに気をとられてしまい、
ある意味で兄の人生最期の瞬間を、まったく見ていなかったのだ!」
「……だから『らしい』のか……」
「もっとも『獣化病発症者』は、
【その身体だけが変わるだけで、精神は元の人間のまま】
なので、兄の命が尽きたわけではないのだが……」
「……それって、つまり……」
-『人生に悔い無し』とか、勢い任せでカッコつけて迎えた最期の姿を、
誰にも見てもらえなくて盛大にスベッた挙句、
『スベッたことを自覚してる』ってことだよね?-
……アニー殿が言っているのが正解かどうかはワシにはわからない。
だが、ひとつだけ確かなのは、
ワシらが気付いた時には兄の姿はもはやなく、
【代わりに恥ずかしそうに物陰に隠れて、
凄まじい勢いで拗ねる『くろいぬ』の姿があった】
ということだけだ……




