311 宿屋よ 私は 帰ってきた
…副隊長にボディスラムで、叩きおこされた…
「副隊長……お前、もう少し優しく降ろしてくれてもええやんか……」
俺は、そう抗議の声をあげたのだが副隊長は、
「そもそも、いきなり貴様を背負わされたと言っただろう?
宿まで背負ってやっただけでもありがたく思え!」
などと言いながら振り向きもせずに宿に入って行った。
やれやれだぜ……
「ミラも、副隊長を叩き起こして背負わすくらいなら、
いっそ俺を〔物置〕にでも放り込めばよかったのに……」
「それなんですが……
マナトさまを背負うと言ったのは、副隊長ですよ?」
「え?そうなの?」
「この私が『主をお運びする』という大義を
副隊長などに譲るわけがないではないですか」
あぁそうか……
最近、頻繁に主従逆転するから忘れがちだけど、
ミラは基本的には忠誠心の塊だったっけな…
「それに、私は副隊長を叩き起こしてもおりませんし…」
「え?……そうなの?part2!」
聞けば、副隊長はミラが起こさずとも、
自力で目覚めて〔物置〕から這い出てきたらしい。
そこで『宿で起こったこと』や『鬼ごっこ』の顛末を、
かいつまんで説明したところ、
副隊長自らすすんで、俺を背負いだした……
とのことだった。
それなら、なんでわざわざ
『ミラに叩き起こされていきなり俺を背負わされた』
なんて言うんだよ……
「むしろ『冒険者ランク至上主義者』の副隊長らしい
物言いではありませんか?」
『冒険者の価値はランクが全て』
『『むしけら』はゴミムシだ』
『『ゆうしゃ』は冒険者ギルドマスター以上の立場』
……という『冒険者ランク至上主義者』の考え方でいけば、
降格したとはいえ一応『ゆうしゃ』の副隊長なら、
確かに『ぶっ倒れてる『むしけら』の俺を背負って運ぶ』
……などというマネはしないだろう。
にもかかわらず副隊長が自ら、俺を背負うと申し出たという。
そしてそれを、
『ミラに押し付けられたから仕方なく』
ということにしたのだとしたら…
「副隊長……お前ツンデレか!」
思わずツッコミを入れてしまったが、
もちろん宿にさっさと戻ってしまった副隊長の返事は無い。
『やれやれ…素直じゃないやつだ』
とばかりに生暖かい笑みを浮かべつつ、
俺も宿内に入ってみると……
な、なんと!
宿のオヤジが満面の笑みで、未だにアニーにほおずりしているではないか!
オヤジ…まだやってたのか!
アニーは、その目からハイライトを失って完全に放心状態となっている。
俺は『生暖かい笑み』を『引きつった笑い』に変えながら、
アニーの救出計画を立案し始めていた。
この時の俺は、
『俺に殺意を抱く者の存在』を完全に忘れていた。
少しでも記憶の片隅に残っていたら、
あんなことには、なってなかっただろう…




