序章・転3
『ひっ…!』
びくりと体を震わせた女が俺から離れるように後ずさる。
『まあ気持ちはわかるが、一応暴力は反対だよ?…一応私も我慢してるんだ』
会った時から一切変わらぬ穏やかな笑顔で大主が俺を止める。
俺、初めてひとの笑顔が怖いと思ったぞ。
『大体の事情はわかった。マナト。きみはどうするかな?』
「まず、その女に腹パンかませて…」
『その話ではなく、今後についてだよ?』
「今後か…いっそ、その女を奴隷にでもして…」
『望むなら、のし付けてきみにあげるから、一旦その女から離れようね』
あ、俺に向ける大主の笑顔が怖くなった。
冗談はそろそろやめておこう。
頭を切り替えて、俺は先ほど観た映像を思い出す。
「結局レイの解放は失敗だったんだな?」
『奴隷解放が目的なら成功だけどね…きみが望む結果ではないよね』
しばらく俺は顎に手をあてて考え込むが、その顎と手がふと気になった。
「今の俺の外見ってどうなってるんだ?」
『元の世界のきみの、若いころの体を持った姿だよ』
「この姿のまま転生することは可能か?」
『転生というよりは転移だけど、もちろん可能だよ』
なるほど。ならば考えは決まった。
「レイが人買いに奴隷にされるより前の時間に転移したい」
『奴隷にされる前に人買いをどうにかしたいというなら、それはやめて欲しいね』
「理由を聞いてもいいか?」
『例えば奴隷になったことで避けられた物事が、奴隷にならなかったために避けられなくなる…とか
人買いを放置しておいて起こりえなかったことが、人買いをどうにかしたことで起こってしまう…とかね』
「バタフライエフェクトってやつだな」
大主がその通りだとばかりに頷く。
時間逆行モノのテンプレだな。
「それがあるからそのつもりはない。レイの解放後も異世界生活は続くだろ?
…今度は処分とかでなく」
ならば、解放後のための生活環境や社会的関係性は整えておきたい。
『そういう事なら了解だ。必要な常識等の知識もどうにかするよ』
「あと、レイの言語能力もなんとかしたい」
『そちらも対応策を考えておくよ』
「それと…」
俺はちらりと傍らの女に視線を向け
「のし付けてもらっても、嫌な予感しかしないから要らない」
『…了解だよ』
初めて大主の穏やかな笑顔が苦笑に変わった。
こいつが心入れ替えて、少しはマシになるようなら
考えてやってもいいが、まず無いだろう。
『ところできみは異世界チーレムが希望だったかな?』
「王道だと言っただけで、実際にもらっても手に余りそうなチートは
欲しくない。とくにレムの部分は興味ない」
奴隷遊びのあの人物もチーレムに溺れて存在をなかったことにされたくらいだ。
『なるほど。ならばこちらで適当に付与能力を見繕わせてもらっていいかな?
悪いようにはしないから』
「わかった。あんたを信じよう」
俺の返事を聞いた大主は満足げに頷くと、光の壁で俺を囲んだ。
『では転移の準備に入るから、この中でしばらく待っててもらえるかな?』
俺が頷くと、光が強くなり俺を完全に包み込んだ。
程なくして俺は二度目となる異世界転生…
いや、初めての異世界転移を行った―――




