表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

七話『来客(後)』

「どうする?頭の奴外してるけど、アルとミクスは入らない様に言ったほうがいいかしら?」

「気にしなくていいわ。アル君のは『視て』しまったし、神さまは全く何も視えないから。それにミラ、私にアル君と合わせる機会は作るつもりだったでしょう?」

「流石『全てを視るトゥールウイユ』筒抜けね。」


 仕事部屋兼応接室にて、深緑の革で作られたソファーに座るや否や、長い付き合いの二人は普通に会話を始める。

 しかし、それでもいつも通りを装いながらも先ほどの出来事をミラリールなりに気にしているようだった。


「いえ、未来や過去そして今が見えるからって気持ちや思惑まで見えるわけが無いわよ。これはミラとの付き合いでの経験則からの推測よ」

「そ、それはそれで嬉しくもあり敵に回したくなくなるわね」

「敵に回す可能性があるような物言いね」

「どうだろう、コマタならそんな未来も視えてるのかしら?」

「あのね、私が目を出してるからって好き放題言って言い訳でも無いのよ。それにミラの未来が見えたところで分岐があっちこっち行きすぎて当たった事なんて一度もないっていつも言ってるでしょ?」

「あら、私の経験則からはこの程度を気にする女性だとは思っていなかったのだけど、見当違いだったかしらね」

「ほんっと不思議な人…いや、悪魔だわ。どっちでもいいけど。串刺しから花屋まで、ジャンルを問わず手当たり次第の物語の1シーンを見せられてる様な未来なのに、ミラはずっと変わらずミラなのだもの」

 そう言って微笑むコマタ。

 被りを取ったコマタは長い銀髪を下ろしていて、夜空色の瞳が一層輝いて見えた。

 そんな折、コンコンとノックの音が鳴る。

 ミラのルビーの様な瞳が一瞬、コマタの瞳の奥を覗くと微笑んだままで、ひとつ小さく頷いた。

「アル、入ってどうぞー」

 本人の心情を反映したのか、鈍い扉の擦れる音が遠慮がちに鳴りアルが姿を見せる。

 一度扉を開いてから台車を扉の前に運び、ティーカップとポットを乗せたお盆を手に部屋へと入った。

「私が淹れるから、アルは隣座って」

「でも…」

「いいから。それともコマタの隣がいいの?」

「ミラ。気持ちがわからないのもわかるけど、そういう言い方はただアル君を困らせるだけよ。ミラの隣がいいのよね」

 優しく微笑みかけるコマタだが、アルは未だ俯きがちに小さく首を縦に振った。


「ん…美味しい紅茶ね」

「でしょ、ミクスってさっきの執事服の奴が色んな種類の茶葉を封印しててね。これも収穫だけでいえば六十年前のらしいけど、賞味期限は全て控えて魔術で凍結させてるから大丈夫らしいわ」

「本当…?」

「わからないわ、少なくとも人間にはね。だからアルには最近街で仕入れさせた茶葉に分けてるの」

「あの、私も人間なのだけど」

「あら、貴女の口癖じゃない、『巫女も魔女も変わらない』って…なら魔術が掛かってようと生贄の煎じ茶でも大丈夫でしょ」

「まぁそうだけどさ…こう、気持ちの問題よ」

「巫女…?」

 アルが最後に呟くと「ん、そうね」と二人は話を切り替える。

「さっきも聞いただろうけど、この人はコマタ・シズオミっていう私の古い友人でね。 『全てを視るトゥールウイユ』という魔眼を持った巫女さんでね、曰く未来と過去、そして今を視れるそうよ」

「さっきは本当にごめんなさいね。ミラの言った通り、私の眼は『視て』しまうとその人の全てが見えてしまうの。 例えば――そうね、アル君の奴隷としての記憶とかね。そういきなり言われると気味が悪いでしょう? でもこれは制御ができなくて、眼をさらけ出さないようにしないと視えてしまうから…だから、私もなるべく人と距離を置くようにしているの。それでさっきは驚いてしまって反射的に突き飛ばしてしまって…ごめんなさい」

 ミラの紹介にコマタが続く、申し訳なさそうに…自身のその眼を嫌悪するように瞼の上を指をなぞりながら、先ほどの事を改めて釈明した。

「い、いえ…僕の方こそ…ごめんなさい」

「責任は私にもあるし、コマタはそうそう怒ったりしないって知ってる。というか、そういうエネルギーを面倒に感じるタイプだもの、だからこれで謝るのは終わりにしましょ。」

 パン!と一度拍手をして、これでお終いとミラリールは切り上げる。

「それでね、巫女っていうのは誰かのその先の未来を占ったり、お祭りなどで神の使いとして人々の願いを聞き届けたりするのよね?」

「大まかにはそうね」

「だから、コマタの『眼』は巫女というお仕事にはうってつけってわけ。 とはいえ、ま、それなりに偉いお仕事をしてると思っていればいいと思うわ」

「お祭り?」

「そうか、アル君はお祭りを知らないのね。お祭りは色々な意味や伝統があるし、地域それぞれ神様それぞれだけど、どこでも同じなのは『みんなが集まってワイワイする』って事よ。是非、今度のオクニヌシのお祭りにミラと一緒に来てくれれば目一杯歓迎してあげるわ。ね、ミラ?」

 悪戯な笑顔をミラリールに向けるコマタとあからさまにその言葉に苦い顔を浮かべるミラリール。

「…はは…は…」

 そんな二人の表情に笑いを押し殺し、肩を震わせるアル。

「な、何よアル!」

「ごめ、なさい…ふふ…ミラ様もこんな顔をするんだなって…」

「ッ――!」

「あら、いいのよ、ミラ」

「な、何がよ!」

「アル君可愛いものね?」


 そう、それはこの城にきてから初めてアルが声を出して笑ったのだ。

 その姿に嬉しさと可愛さを覚えながらも、羞恥とコマタへのトゲトゲとした感情がぐちゃぐちゃに混ざり合いながら湧き上がってきて、ミラリールはどんな表情をしていいのか、今どんな表情なのか、訳分からなくなっていた。


「うん?恐ろしくニヤついているわよ。ふふふ」

「と、とにかく! …もう、何よ、アルまで…」

「私が来た理由ね」

「はぁ…そうよ。コマタはさっきも言ってたように、他人に眼を向けることが嫌いだから自然と仕草や動きなんかを見ないでも悟って、そしてそこから占えるの。 だから本当は眼を使わなくてもいいから雰囲気を見てもらうつもりだったのだけど…いや!アルは悪く無いから!」

 そういえば不思議な事を言ってた――と思い出していたアルにはミラリールのフォローは届いていないようだ。

「でも、こう言っては私の信用がなくなってしまうかもしれないけどさ。ミラのせいもあるのだろうけど、二人の視え方は似てる…本質的には全然違うけどね。 未来っていうのは大きな川の流れの中にいるようなもので、経験や目標、それらが複雑に絡み合った大筋の方向がある。生きると言う事は一見脈絡なさそうな結末になったとしても因果は必ず存在するの。」


 コマタの顔つきが変わる。それは彼女の仕事モードなのかもしれないが、その表情はどこか形容しがたいものを言葉にするような、難しそうな顔にも見えた。


「うーん、つまりね。 アル君は生物的には生きているけれど、社会の人間としては生きてないの。未来ってそもそも考えたことがないんじゃないかな。今日生きてることすら不思議に思ってるくらい…だから『未来』は全く見えないわ」


 ――でもね。


 コマタは席を立つとアルの側で腰を下ろし、その手を取る。


「アル君の今はとても綺麗に見えてるってわかるよ。 多分私の言ってることは分からないだろうけれど、わからなくていいの、アル君はただただ明日を少し楽しみにして今を目一杯感じればいい。でも、それも既にできてるから大丈夫…世界、広くなったよね。」

「はい」

 それは珍しく、アルがはっきりと言えた返答だったかも知れない。

 彼女が何を言っているのかはやはり、理解できることは少ないけれど今の返事はただ流しただけのものではなく、しっかりとした少年の真っ直ぐな言葉だった。

 世界が広くなった――枷もなく、太陽の元で花を見て土と戯れ、暖かいお風呂に入り誰かと食事をする。

 そんな当たり前がアルの世界には存在しなことだった…この前までは。

 だからこそ、アルにとってそれが一番嬉しい言葉だったのだからこその返事だ。


「でもま、これじゃあ私の能力が嘘みたいに思われるのは嫌ね、仕事相手ならどうぞご勝手にと思うけど…友達にはね。 では一つだけ、アル君の探してる絵本は『悪魔よさよなら』だと思うわ」

「なに?それ」

「悪魔よ…さよなら…」

「もしかしたら、ここの書庫にあるかもね…ね?ミラ」

「ん…そうね、ミクスー来れるー?」

「はい、何でしょう」

 コマタの視線とアルのうずうずとした表情を汲んで、天井の方へミラリールが声をかけると扉が開かれ、執事服の男性――ミクスが現れた。


「書庫に『悪魔よさよなら』…だっけ? それってあるのかしら?」

「ええと、どうでしょう? 私にも分かりかねますが必要あらば…アル君探しに行きますか?」

 勢いよく頷きかけるも、開きかけた口を閉じてミラリールの方へと視線を向けるアル。

 その姿はまさに飼い主の許しを待つ子犬のようだった。 

「大丈夫よ、ありがとねアル。行って来なさい」

「は、はい!有難うございます!」

 それは朝日に蕾を開く花のように輝くような笑顔で、アルはミクスと共に部屋を出て行った。

 きっと彼に尻尾があったならば、それはそれは元気に振っていたことだろう。


「はぁぁぁ…」

 そんなアルとミクスが居なくなった途端にミラリールは浅い息を長く吐いた。

「可愛くてたまらないって感じね」

「コマタがいるうちは抑えるつもりだったのだけどね。バレてしまうのは知っているけれどそれでも。」

「良いことじゃないの。 ――それで、ミラは今日ここに私を呼んだの?」

 お互いに少し冷めた紅茶を飲み干し、ミラリールが注ぐ準備をし始める。

 とくとくとく…。黄金色の液体を濃度が均等になるように3回に分けて注がれた。


「あ、でも待って。その前に私から言わせて…ミラ、元気そうでよかった」


 長い付き合い、深い付き合い故か、珍しいコマタの言葉に一瞬目を丸くするミラリール。


「ありがとう。心配かけたわね」

「本当よ。でも、元気そうとは言ったけど限界みたいね。実際のところはどんな感じなの?」

「…苦しいね、こんなに苦しいとは思わなかった。ずーっと喉が渇いて歯が『あの』感触を求めている、何より魔力機関が熱を持ったままのせいで使い魔も呼べないし。」

「そっか…――ねえ、ミラ…アル君じゃなくても私でもいいのよ?」

 少し潤んだ瞳に銀髪が揺れる。それでも真っ直ぐとミラリールを捉えてはなさいその表情には、本気さを感じさせるものだった。

「…気持ちはありがたいけど大聖巫女様が悪魔と会ってるって時点で怒られそうなものなのに、牙なんて立てた日には世界中の魔女を吊るし上げて魔界まで霊清連盟の奴ら乗り込んでの大戦争よ」

「で、でも!」

「――うまくいかないものよね、ほんと。」

「ミラ……それは魔界での事?それともアル君の事?」

「全部かしらね。よくわからないわ。 それと、今日コマタにきてもらったのはね…私に何かあったらアルをお願い、とそう言いたかったの」

「ふふ、むしろ何かをするのはミラだと思うのだけど…まぁいいわ、私にとっては数少ない友達の頼みだもの…そうね、命がけで守ってあげるくらいはしてあげる」

「ありがとう、コマタ」

「どういたしましてと先に言っておくけれど、返品してもらって結構だからね。 ――でも、ミラ、紅い月はもう直ぐよ」

「でしょうね…実際にどれくらいなの?」

「二日くらいかな」

「そ、大変ね」

「あなたがね」

 重たい話も近況の何気ない話も、二人の間では弾んで広がって共感する。

 とりとめのない、お互いにとっても久しぶりのなんの建前のない本音で話す時間。

 悠久の時間はしかして一瞬の様に流れていった。


「じゃあ、そろそろ帰りますね」

「そ、ありがとう、楽しかったわ。 まぁ確かに今日は用もあったけれどね、私はいつでもコマタとなら会いたいから、また来てよ」

 玄関に向かいながら廊下を歩く二人だったが、コマタへかけられた言葉が意外だったのか、目を丸くしてきょとんと立ち竦んだ。

「ふふ、今日は沢山のミラの一面を見られて楽しかったわ。私も同じよ、こっちにもいつでも来てね。 それと…きっとこれはわざとミクスさんは言ってないのかも知れないけれど」

「何?」

「あのアル君が渡した花あるじゃない? あの花さ…多分『ハルアイ』って言う花でね、花言葉が――貴方の願いを聞き遂げる、添い遂げる…って意味なのよ」

「ミクスはわからないけど、アルは知らないわよそんなの」

「そうね、でも…アル君は――いや、私が言うことでもないか」

「何よ、それ」

 笑い合う二人、全てが視える少女とその少女でも視えない少女。

 不可思議ながらもそれでも何故か通じ合う二人だった。



「お帰りですか?」

 玄関前、左右と本館全てを繋ぐ心臓の様な大階段を下りる二人にミクスとアルが並んで迎えた。

「そうよ、そっちは? 目当ての本はあったの?」

「全て見た訳ではありませんが、ひとまずは見つけられませんでした」

「そ、まあ、今度街の本屋も見てくるといいわ」

「ですね」

 玄関扉を開くミクスの横を抜けながら、会話をするミクスとミラ。

 その光景にコマタは不意に笑いを浮かべてしまう。


――ミラは本当、不思議。


「ん、なに?」

「いえ…ミクスさん、ミラ、そしてアル君、お邪魔しました。是非今度は私の家にも遊びに来てくださいね」


 真っ白な馬車がいつのまにか玄関前の噴水脇に停まっていて、コマタが近づくとひとりでにその扉が開かれた。

「じゃあね、コマタ」

「うん、またね」


 真っ白な馬車の、真っ白な馬がたてがみを振り上げ進んでいく。


「――。――――、――、――――。」


 馬が石畳を蹴る音も大きく、歌が響く。

 突き抜ける様な声量なのに、どこまでも綺麗で優しい歌に聞こえた。


「祝福の歌ね」

「…?」

 不思議そうにミラリールの顔を見上げるアル。

「これは祝福の歌だそうよ、結婚式や出産の儀礼で巫女が歌う新たな芽吹きの歌。」

「そう…なんですか…」

「じゃ、中に入りましょうか。文字の勉強をしましょう」

「は、はい!」


 風よ、川よ、大いなる自然よ、感謝します。

 暖かな太陽も、恵みの雨も、ふくよかな大地も、皆々連なる世界の音たちよ、感謝します。

 私たちはそれを胸に忘れることはありません。

 だが、今日だけは我らの仲間に幸福を。

 さらなる幸福を、今だけは願わせてください。

 鳥が運ぶ歌を我らが歌います。

 輝く泡沫に生きる我らの仲間に、友人に、隣人に、世界の愛を。

 海に帰った神達が授けた魂に感謝を捧げ、それでも我らは願います。


 ――その小さき明星よ、幸福であれ。


 森は広く、生きる生物の声も自然のもたらす音も絶え間ない。

 馬車の姿はとうに木々の中に消えた。

 しかし、紙にペンを走らせるアルと本を片手に教えるミラリールも、夕食の支度を始めたミクスも、紅く大きな斜陽と共にその歌が消えるまで、しばらく耳を傾け続けていた――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ