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一話『誰かの世界』

――人にはそれぞれの世界があると思う。


 例えば賢い大人たちが集まって世界をより良くしようと話し合う場所だったり、山の中で動物と野原を駆け回る生活だったり、全国の足の速い人たちが集まってその中で順位を競ったりとか、きっと人はみんな自分の見る世界があると思う。

 …きっと。


 同じように僕にも世界があった、薄暗く冷たい石の壁と鉄格子の部屋から向こうの壁に空いたわずかな窓を見て外の世界を思う――それが僕の…奴隷である僕の世界。


「ある所に…」


 真っ白な太陽の光が見える、では今日は晴れの日なのかな。

 今はもう声を出すことも憚れる事はなかった。何故なら、この一列に13の部屋があって対面の列も合わせて26の部屋があるE舎は既に僕しかいないからだ。

 最近はここに新しい奴隷が来る事がなくなり、今では僕だけが残っている。

 奴隷は商品だから、商品としての「ふかかち」?をまず調べる、まずは性別や顔立ちで分けられた後、運動能力や頭の良さ、僕のいるE舎はその中で一番落ちぶれた子が入る場所。

 売れないと判断されれば殺されてしまうか、殺されるに等しい事をされてしまうのでE舎にも来れるだけマシだと黒服の人は言っていた。

 頭も悪い、運動もできない、そんな僕がそれでもE舎にいる『理由は魔力耐性が高いからだ』と黒服の人は言っていた、『魔女のモルモットにはなるな』なんて、僕はその言葉の意味はわからないけど、僕にもなにかしら「ふかかち」はあるらしい。

 だからこのE舎22番が僕の世界なのだ。

 ここでこのまま死ぬか、いつか売れなくて殺されるか、それに近しい事を受けるか、その事を最近考えてしまう。

 でも仕方ないよね、僕はそういうモノ(・・・・・・)なのだから。

 外の世界の景色を想像しながら昔読ませてもらった物語を思い出す。


「ある所に…神に拾われた悪魔がいました…」


 文字を覚えるのは大変だった、勉強の時間に一生懸命この物語を読もうと頑張ったけど、結局読み終える前に僕は頭が悪いと言われてしまった。

 だから僕はいつも想像する、壁と右腕を繋ぐ鎖を一度だけ見た糸の楽器のようにカチャカチャ音を立てて、あの物語の最後を想像する。


 神様に拾われた悪魔は天界に住むことになるけど、他の天使から「悪魔だ」「悪魔だ」と虐められてしまう。

 悪い事をしたから悪魔な訳ではなく、悪魔に生まれたから悪魔なだけのその子はたくさん悩む。

「――何故自分を拾った」と父に。「何故わたしは悪魔なのだ」と顔も知らぬ親に。「何故悪魔だというだけで忌み嫌われなければならないのか」と天使に。

 そういった数多の苦労の先に自分の事を拾った神のもとへ向かう。


 確か、そこまでは読んだはず。

 だからその先を想像する、しかし何度考えてもわからない。

 悪魔に生まれたらそれはずっと悪魔なのだから仕方ないでしょう、奴隷に置き換えればもしも誰かに買われて外に出たとしても奴隷なのは変わらないのだから。

 首輪や手枷、足枷を外される事はなく、誰かの物として壊れるまで使われる。

 そういうものの筈なのだから悩む必要などない。

 わからない――悪魔は天使から嫌われ、除け者にされる、そういうルールなのだからそうして生きればいいのに。

 だからきっとあの続きだってそういうエンディングなのだろう…。

 だけど――だけど――物語なのだから考えてしまう、現実ではあり得ないけれど、あるいはあの悪魔が幸せに終わる結末だってあってもいいのではないか…と。


 ガチャン。


 そんな思考の最中、鈍い音が響き渡った。

(ご飯はさっき貰ったし、運動はしばらくなかった…じゃあ久々に?)

 奴隷の少年は一度、窓の奥に輝く青空を眺めてから膝を抱え俯く。

 四人分の足音が無音の中を軽やかに、真っ直ぐに彼のいる檻へと進んでいった。

 鉄格子を挟んだ廊下に彼の檻の前で四人が止まる、一様に全身を覆う黒いローブに顔を隠す仮面をした四人。

 その姿を見て少年は外への淡い期待を完全に捨てた。

 白い狐のお面をつけたのが二人、これは少年の持ち主である奴隷商人だ。そして両頬に赤い宝石が三つずつ並んだ鳥の白い面をつけているのが奴隷の買い手である。

「こちらは…従順で大人しいですが、特筆するべきところはあまりありません。強いてあげれば魔力耐性に高い数値を上げた事でしょうか。」

 彼を前にした奴隷商人はいつもと同じセリフを言う。

「…手を見せて貰ってもよろしい?」

「畏まりました。おい、ここに立て」

 少年は膝を抱えていた腕を離し、鉄格子の近くに立つと鎖の無い自由な左手を静かに鉄格子の隙間から差し出した。

  鳥の面をつけた一人がその少年の手を探るようにあちこちを軽く揉むように触り、そして最後に中指の腹から手首まで一本の線を引くように指でなぞった。

「うん…うん…決めた!この子を買う」

「よろしいのですか?先ほどご覧になった奴隷よりも質が低いですが」

「いいわよ、この以外は要らないもの。それとも売れないと?」

「いえ、失礼しました。では50万ルカナになります」

「ミクス。」

「はい、畏まりました。」

 後ろに控えていたもう一人の鳥の面をした人が契約書にサインを交わし始める。

「洗いなどは致しますか?」

「結構よ、なるべくこのままでお願い」

「畏まりました。では準備がございますので別室に移動をお願いします」


 そうして少年前から黒ローブの人たちは離れていく。

 ただ、一瞬だけ、少年を買うと決めた一人が彼の檻を振り返り


――あなたの血、とっても素敵。


 と、そう言ったのを少年は確かに聞き届けていた。


 この時から今はまだ名も無き少年の世界は大きく変化する。

 鉄格子と石の壁に囲まれた灰色の世界から、まだ見ぬどこかへと。

 奴隷は奴隷のままだと、そう考えている――いや、そう埋め込まれている少年とそれを買った誰か。

 新しく始める世界での生活は誰に何をもたらすのだろうか。

 なによりも少年自身が未だあっという間の出来事飲み込めないまま立ちすくむだけだった。


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