プロローグ
眩い光が四方八方を埋め尽くしているブルーライトより目に悪そうな空間に一人の女神と、一人の男が向かい合っていた。
女神の名はチトアタエル、可憐な容姿とあどけなさと僅かに残る幼さを併せ持つハイブリッド美少女女神である。クリーム色の長くふわふわとした髪の毛に僅かに入った黒のメッシュがチャームポイントで、胸はわりかし揺れる方だ。
そんなチトアタエルと向かい合っているのは何裳為人二十八歳。髭が濃くモミアゲが長い事以外は、太った不細工の一言で済むおっさんである。
何の関係性も無さそうで実際何の関係も無い二人の会話からこの物語は始まる――。
「つまり……チトアタエル様は割と可哀想な人間の中からオレを選んでくれて、サービス精神旺盛な女神の
ご慈悲で異世界を冒険できるチャンスをあげちゃうって話な訳やな」
「結構あっさり今の状況を受け入れるんですね……。話が早いのは助かりますが、正直もう少し驚かれるかと思いました」
「いやいや驚いとるで?チトアタエル様はオレの人生で見た事ない位にべっぴんさんやし、この年齢になって少年時代の憧れが現実になるとか、もう驚愕で腰今日ガクガクやでホンマに」
「貴方のセンスを疑う下らないギャグはさて置き、違う世界で旅をするに当たり貴方のそのままの能力では開幕即死もいいところでしょう」
「否定はできひんなあ」
「なので最近、巷で流行りの全知全能万能最高なチート能力を授ける事にしました。ありがたく受け取りなさい」
「あ、ごめん。それは要らんで」
会話が終わった、しかし物語は終わらない。
物語は終わらないが変わりに部屋の空気が終わった。
『……』
両者の間に友達の友達と二人きりになってしまった時に近い雰囲気の沈黙が流れる。
「要らんで」
「……」
先に口を開いたのは為人の方だったが、口にしたのはまさかのダメ押し、まるで押しかけセールスマンを相手取ったかの様なキッパリとした口調でそう告げる。
対して、言われたチトアタエルは冷静ではいられない。おろおろわたわた、きょどきょどびくびく、もひとつおまけに汗びっしょりと酷く動揺した様子である。
「あの……」
「要らんで」
二度ある事は三度ある、拒否も積もれば女神が曇るといった具合かダメ押し3度目、為人渾身の先制攻撃が炸裂した。
「異世界を冒険させてくれるちゅうんはもの凄い嬉しいし、ありがたい申し出や。丁度、暇やったし是非受けさせて貰いたい。それに何とゆうても宇宙と異世界は全男児の憧れの的やからね」
「でもその折角の胸ドキ異世界冒険記もチートが無ければ、直ぐにあの世行きでゲームオーバーまた来てね☆ってなっちゃうかも知れないんですよ!?」
「死んだら霊体だけにはいクリアってやつやな、いだだだだほっぺ引っ張らんとって!?」
「面白くねえギャグかましてないで、さっさと受け取りやがりなさい!この、可憐で!美しくて!すっごい女神であるわたしがあげるって言ってんですから、貴方はありがたーーくこの力を授かってれば良いんです!!ご理解してます!?」
最初の冷静な口調は何処へやら、もの凄い剣幕でチトアタエルが捲し立てる。その間、為人の頬はむにょんと伸びてはぱちんと戻って、むにょんと伸びてはぱちんと戻ってを繰り返す。
「ハッ!?あわわ、い、今のは違うんです。つい口が滑ったっていうか本音が漏れたっていうか……」
「ほ、ほっぺが物理的に落ちるかと思うたで」
しばらくして伸びきった頬を抑える為人を見てチトアタエルは正気に戻った。
「そ、そうです!こうなったら為人さんの転移先をレベルマックスのモンスター共が犇めく激戦区に設定してチートを受け取らざるを得ない状況を作り出せば……!!」
いや戻ってはいなかった。小賢しい作戦を据わった眼でブツブツと呟く様はさながら悪魔の様である。
「いやいや、それはズルイでー自分。今にもバナナの皮でズルッといってまいそうな位にズルイでー」
「すみません。例えが解り辛い上に全然面白くないです。っていうか今の台詞、笑い所は何処なのですか?」
「あら辛辣!」
為人のお寒いギャグで急激に熱が冷めたチトアタエルは冷静に返す。
正気に戻ったのは結果オーライではあったが、為人的には寂しいものがあった。
まあ、それもこれも自分のギャグがつまらないのが悪いのだが。
「まあ、そういう訳やからそのごっつい力は別の人にあげてぇな。オレはそのまま異世界に降ろしてくれればええで。あ、ちゃんと初めての人にも優しいトコに降ろしてや?」
「……解りました」
「親切で言うてくれとるのにごめんな」
「……こーなったら貴方がわたしの施しを受け入れるまでとことん着いて行きます!わたしの人類が欲して止まないスーパーありがたいチートスキルがこのまま三十手前の不細工おやじに“要らんで”の一点張りで拒否されたとかそんなの癪です!!癇に障ります!!」
癇癪を起こしているのはチトアタエルの方なのだが、ヒートアップした本人はそれに気付く事なく、顔を真っ赤にして為人に詰め寄った。
「え、着いて来てくれるん!?正直心細いとこあったし、めっちゃ嬉しいわ」
が、あっけからんとした感じで返されチトアタエルは思わずぽかんとしてしまう。
余談だが、この時為人の顔が髭の濃い不細工でさえなければ、もう少し良い雰囲気になっていた筈だとチトアタエルは後に語る。
「ケッ!!おととい来なさい、この不細工!!」
「着いて来てくれるんちゃうの!?」
そんな訳で、今二人の壮大なのかそうでないのか微妙なラインの冒険劇が幕を開けようとしていた――。
「ほんならこれからよろしゅうな、チトアタエル様」
「……変な名前じゃなければ、適当に短くして呼んでくれて良いですよ」
「じゃあチトさんで」
「チトさん!?」
軽くつまめる感じの雰囲気でやって行きたいと思います。よろしくお願いします。