早く注文してくれよ
流行っていない俺の店に似つかわしい年齢層のオッサンがやってきた。
オッサンは、店を軽く見渡したあとで
「新聞ない?」
と聞いてきたので教えると、それをひったくってテーブル席に座ってしまった。
こういうオッサンは、大体新聞に夢中で注文しない。俺は催促せず、のんびり待った。
オッサンが新聞を読み終わるのを待っていると、唐突に俺は呼ばれた。
「なあなあ」
「はい」
「可望舞が未成年なのに酒飲んで引退したって?」
「そうらしいですね」
「娘が好きだったんだけど、俺は嫌いだったからざまあみろって思ったよ」
「はあ」
うちは酒場じゃないんだ。世間話なら博打仲間とやれ。
という憤りを胸に秘めつつ、俺は厨房へと戻ろうとする。が、お客は帰してくれない。
「ちょっと」
「なんでしょう?」
「ここって、築何年?」
「二十年くらいだったと思います」
「お店は?」
「七年目になります」
「そうか、頑張ってるね。ありがとう」
いや、そうじゃなくて注文を。
と言う前にオッサンがまた新聞に没頭したので、俺は仕方なく厨房に戻った。
一時間くらいは経った。
いくら暇だからって、注文なしで居座られるのは気分悪い。
力ずくで注文を聞きに行こう。俺は立ち上がった。
「あー、いい?」
自分から行こうとしたのに呼び止められて、腹が立ったが、我慢した。
「はい」
「お冷もらえる?」
「セルフサービスです」
あら本当と、オッサンはへらへらしながら、自分でコップに水を注ぐ。
この期に及んでまだ注文しないのか。
「あと、いつ注文聞きに来るの?」
「……ご注文は」
理不尽な客を相手にしても、店の人間はキレてはいけない。
お客様は神様ですというのは、こういう店にこそ相応しい標語だ。
まあ、これでオッサンから金を貰えば、俺の仕事は終わる。我慢だ。
「スパゲティ一つ」
……え?
「うち、ラーメン屋なんですけど」
「マジ? 騙されたー!」
「騙されたじゃないですよ! のれんにもラーメンって書いてあるでしょ?」
俺は、のれんをわざわざ取ってきて、客に見せ付けて訴えた。
悪びれた様子のない客は
「仕方ないな」
と、出口へ向かった。くそ、お冷の出し損だ!
がっかりしつつ、のれんを戻しに扉にいくと、お客は出たところで振り返って言った。
「スーパーでスパゲティ買ってくるから、後で厨房貸して」
「二度と来るな!」
1000文字シリーズ三段。そろそろまた手応えがなくなってきたので、また今度は別の鍛錬方法を考えつつ続行しようと思います。
ちなみに僕はこういう接客業はやったことありません。
気づけば四十作目。