2481話 自分で自分の事が許せない
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腕を元に戻す激痛を感じながら、歯を食いしばって耐える。
動かされるたびに、抑えられるたびに、触られるたびに、激痛が走る。
シュリの時とは違い、完全に折れて曲がってはいけない方向へ曲がってしまい、治す際にも強引に動かさないといけない……そのせいで、昨日より痛みが激しく長く続く。
骨の折れた場所から痛みが和らいでいく。骨折の治療が始まった感じだな。
治療が終わり完全に元通り……やはり、違和感は拭えないな。仕方がない事だと思う。短時間とはいえ、ありえない方向に曲がれば、治った後でも多少の影響は出る。昨日の骨がズレただけでも違和感があったのだ。今日は完璧に曲がってしまったから、その影響は昨日よりも大きい。
折れた左腕をグーパーグーパーするが、思いっきり広げたり思いっきり握る際に、余り力が入らない感じがする。右手も使い指をそらしてみたり、両手を合わせて力を入れてみたりする。
右手で感じられる力では、しっかりと握れているので問題はないはずなのだが、それに意識が伴っていない感じだな。
ということは、訓練する分には違和感だけで問題がない。休憩した後すぐにシェリルと模擬戦を始めたから、体力的には全然余裕がある。違和感だけで時間を潰すのは良くない。俺はすぐに、シェリルにお願いして模擬戦を再開する。
先ほどの模擬戦を落ち着いて改めて考えた時、分かった事がある。
ステータスは俺の方が上だ。これは変わらない事実。それなのにステータスが俺より低く、体系も小さなシェリルが俺を浮かせた、これも事実。そして、シェリルがシュリより派手に俺の腕の骨を折った事も事実。
ここから考えてわかるのは、何かしらの工夫をして、鋭く速く重い攻撃をしたということだ。魔力による強化は行っていないのは、対峙していた俺が一番良く分かっている。
では何が原因か……それはおそらく、力の集約だと思う。
シェリルの拳はシュリの拳より一回りは小さい。それだけで力が集約する。骨を折った時の攻撃が拳ではなく掌底だった。掌底は掌全体で攻撃するわけではない。掌の下部、前腕の骨との付け根に当たる手根骨と呼ばれるあたりで攻撃するものだ。
なので拳と掌底では、掌底の方が力がかかる範囲が狭い。だからとっさに受けてしまった左腕がぽっきりと折れてしまったのだろう。
骨が折れた方はこれで間違っていないと思う。だけど、体が浮いた理由はこれではない。
力の集約は間違っていないだろうが、その方法が違ったということだろう。
通常人が殴る時、自分の力や体重を完全に伝えることは出来ない。もしそんなことが完璧にできる人間がいたとしたら、おそらくボクシングで階級別だがチャンピオンをとれるんじゃないだろうか?
攻撃する前にノックダウンさせられる可能性はあるが、全体重全膂力を体のコントロールで乗せられる人が、簡単にやられるとは思わないけどね。話は戻るが、もし全体重全膂力を乗せられるパンチが自由に繰り出せるなら、ガードが意味をなさないだろう。
関係ない話をしたが力を集約させる方法に、体のコントロールを使い可能な限り、ある程度の体重と全膂力を乗せた拳を俺に叩き込んだのだろう。
俺やシュリに技術がないとは言わないが、小さなシェリルは工夫をしないと、自分より体の大きな妻たちに勝てなかったのだ。考えに考え、訓練に訓練を重ね、体の動きを会得したのだろう。
一朝一夕で出来るものではない。訓練の賜物による、一種の完成された技術体系なのだろう。
シェリルの攻撃は、ガードしてはいけない。受けるとしても、掌で受けて力を散らす必要がある。手数を重視してスピードのある連打であれば別だろうが、ガードに合わせて重い攻撃をくらえばそれだけで負傷する……
あれ? これって俺の体調が万全でも、徒手格闘の模擬戦でシェリルに勝つのって難しくないか?
「シェリルちゃんの最近の戦績って、シュリさんに勝ち越してるんだよ!」
ネルの言葉で俺は、ハッとする。俺はいつまでシェリルを格下だと思っていた? 小さな体に騙されがちだが、徒手格闘に関しては認めていたはずだ。それなのに……
そこで俺の意識が完全に切り替わる。
シェリルを同格以上と認め、可能な限り全力を出すことを意識する。
切り替わった意識で見るシェリルは、実物より大きく見えた。
シェリルの動きは緩やかなのに速かった。分かっているのに受けが遅れ、ガードになってしまう。折られにくいように、衝撃は何とか受け流している。
反撃で体を刈り取る様な右足の蹴りを繰り出すが、狙った位置が高すぎたためかしゃがんで躱されてしまう。
あっ、右の脇腹が無防備に……
右肘をおろして左手で右肘の下をガードする。背中までは守れなかったが、少なくとも脇腹の骨折は防げる。背中なら、場所によっては耐久力が高いから何とかなる……はず。
シェリルの攻撃に合わせ、左へ飛ぶ。シェリルの攻撃が当たったのは、左手をガードに回したところだ。
攻撃された方向に飛び踏ん張らないことで、攻撃の衝撃を和らげたが、左手はしばらく使えなくなった。受けた衝撃が大きすぎて、左手が痺れてしまったのだ。
こんなにもすぐに不利な状況に陥ってしまうとは……まだまだ意識が切り替わっていないのかもしれない。
体の小さな相手に潜り込まれるような高い蹴りは自殺行為だな。やるなら刈り取るような蹴り、ローキックくらいなら隙を晒さずに済むかもしれないな。
俺が体勢を整える間に、さらに加速して攻撃を叩き込んでくる。
紙一重で躱し受ける。
俺はシェリルの動きを見て、驚愕した。
驚愕したと同時に、美しいとも思った。
シェリルの体格を考えれば、本来ならありえない選択だと俺は思う。普通ならスピードを生かした戦いをするのが、体の小さなシェリルの選択肢だと思う。それなのにシェリルは、無駄な動きを極限にまでそぎ落とし、最短最速で攻撃を当てるのだ。
少なくとも、俺には完璧に見えるくらい動きが美しく感じた。
シェリルの最速でこれをやられると、防ぐ術が無くなると思う。シェリルは、俺に合わせてくれているのだ。手加減をされているという事実に、俺は情けなくなってしまった。病み上がりだから仕方がないのかもしれないが、それでも手加減されているということが、どうしようもなく俺を打ちのめしてくる。
シェリルに頼み、一旦模擬戦を止めて、2人の前で俺は土下座をした。
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