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それはファンタジーじゃなくていい  作者: 異羽ようた
第二章 Go on an adventure!
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第二章 第二話

――アルマディナの北の方にその店はあった。


大通りから外れた、小路の途中。ひっそりと佇む様にその建物はあった。

落ち着いた色調に塗られた木材で出来ており、アットホームな印象を感じさせる。


ハクトが入口に入ると、ドアベルが音を立てた。

同時に店内に声をかける。


「……すみませ~ん」


しばしの静寂。

その間に店内を見渡す。入ってすぐは店になっている様で、武器・防具・薬・その他の道具……様々な者が並べられている。


――と。

カウンターの奥からドタバタという音が近づいてくる。

どうやら奥が工房になっている様で、そこに人が居たのだろう。


やがてカウンターに女性が姿を現した。

茶の長い髪。顔だちは端正でありながら愛嬌を感じさせる。

服装はウエイトレスの制服を連想させるもので、白の三角巾にエプロン、淡い青のワンピースという装いだ。


「いらっしゃいませ~……」


ハクトの姿を認め、女性は言葉を途切れさせ、ジッとハクトを見つめてくる。


――なんか、この流れ前にもあったな。


何て思いつつ、何故か滴る汗を頬に感じた。


「…………ぁあ」


「え、はい?」


「……ぅうわぁ」


「――何?」


全く会話になってないが、言葉を交わす度、猛烈に嫌な予感が沸き上がる。


そして――唐突にガクンと女性の上半身が傾く。


驚愕より不安が先に出、心配の声をかけようとする。その前に。


「――ぅうわぁあ!! 見つけましたよ最高の素材っ!!」


――それは見事なルパンダイブだった。いや、服は脱げてないが。《冒険者》のステータス補正もあいまり、見事な放物線を描き、その女性はハクトへ飛び込んできた。


ハクトは何故か、『きつねに小屋の隅に追い詰められたうさぎ』を脳内で幻視し。


――悲痛な絶叫を上げた。




  ◇




「……なんだ今の痛ましい悲鳴は」


『いきなり知らない人間が入ると驚くだろうから、まず僕が挨拶してくるね』と、無駄に気をまわしたハクトに外で待たされていたシュウはそう呟いた。

それから数分も経っていないはずなのだが、どういう状況になればそうなるのか。


「とりあえず中に入りましょうよ」


「ああ」


キリカを伴い、店内に入る。


――そこにはバニーメイドが居た。


ギリギリの――何がギリギリかは深く言及できないが――黒いミニのワンピースに、白のエプロン、首には首輪に似たリボン付きチョーカーと、頭にはうさ耳。至る所にこれでもかという程のフリルがあしらわれている。ご丁寧に、白レースの靴下に黒のハイヒール、どうなってるのか深く考えたくはない太ももから見えるガーターベルト……と、下半身まで徹底されている。

勿論、それを着ているのは我等がハクトだった。


彼の眼からは輝きが失われており、『これが二次元で言うレ●プ眼か……』と他人事の様にシュウは呟く。


傍らには、こちらは大人しめのエプロン姿の女性が、ハクトに頬ずりしている。

恐らく、彼女がこの事態の元凶だろう。


繰り返すが、ハクトが店内に入ってから数分と経っていない。《冒険者》の能力を無駄に活用した結果だろうが、無駄な早業である。


こいつ、女難の相でもあるんじゃねぇの? そうシュウが思うのも仕方ない程の、悲惨な光景だった。


「あ~……私の眼に狂いはありませんでしたっ! 首筋からニホフ石鹸の香りも滾りますねぇっ! ああ……うわぁっ! 溢れる! 溢れてきますよぉっ!! もっと、もっとくださいっ! モフモフ、クンカクンカ……」


「やめぇぃっ!!」


スパーンと『あいたー』という間抜けな音が響く。珍しくキリカがツッコミを入れた結果だ。

何故か手にはハリセンがあった。値札が付いてるのでここの売り物らしい。それでも謎が残るが。


「シュウ! いつもだったらアンタの役割でしょうが! ちゃんと仕事しなさいよ!」


ツッコミが仕事なのか。という至極もっともな疑問は置いといて。


「いいのか? 俺が今ツッコミ入れると、魔法拳が炸裂するぞ……ハクトに」


「何でよっ!?」


ちょうど《エクスプロージョン》を覚えたてなので、先日の話もあり、試してみたかった。まぁ、己の拳も爆発するのがオチだが。


(……どうすんだろうな。話だと投射魔法以外でも魔法拳できるっぽいし……特別な装備でも要んのか?)


現実逃避に、真剣に己の拳で爆発させる方法を検討したあと、正気に戻る。


……この状況は、あんまり羨ましくないや。


そう思いつつ、シュウは渋々ながら止めに入る事にした。


「あ~、お姉さん。ちょっとウチの兎さんは女性関係だけでなく、男性関係でもトラウマ作ったばっかりだから、これ以上積み重ねると人間不信になりかねん」


「……要らん解説をどうも」


全てを諦め、虚空を見つめながらハクトが自棄気味に呟く。

『男性関係とか意味不明だし、誤解必至だし』とかブツブツ続けている。


「はっ! それはいけませんねっ。じゃあ女性関係でオイシイ想いをすればトラウマ解消にっ! ――という事でウサギさん、ちょっと失礼しますよぉ」


ふと女性の手が無遠慮に、ハクトのシャツの襟元から差し入れられる。『あっ、すべすべだぁ』なんて恍惚とした呟きが漏れた。


「――あ、大丈夫ですよぉ? 不安にならなくていいです。天井のシミを数えてればすぐ終わりますよ。……痛くないですからね? 優しくしますから。すぐきも――チイィッ!」


「だからそういうのを止めろって言ってんでしょうがっ!!」


女性の言葉が最後奇妙になったのは、キリカのハリセンが入ったからだった。


「アンタも少しは抵抗しなさいっ!!」


「……僕の貞操に価値はあるのだろうか。いや、無い。ならこう考えれば良いんだ――あげちゃっても良いや、と」


「あーっ! ハクトが壊れたぁっ!」


盛大に頭を抱えるキリカを横目で見やり、そろそろ本格的に助け船を出してやるかと考えていると――再度ハリセンの快音が響いた。


「……また暴走して。だからお得意様が逃げる」


「だってっ! だってミサちゃんっ! あんな最高の素材があったらっ! 自分好みに無茶苦茶にしたはぁあああん!!」


「落ち着く」


最早言葉を紡ぐのを諦めたような奇声を挙げる女性に向かって、新たに現れた少女がハリセンを振り下ろす。


……なるほど、とシュウは呟く。ここではハリセンが必須だ。目玉商品になっているのも頷けた。


とりあえず女性が落ち着くまで待つ事になった。その間にハクトの禊……もとい着替えも執り行う事に。




  ◇




「改めまして――『アーティフィサーズ・ティーパーティー』へようこそ。私は《織職人》で、服飾と繊維素材担当の、メイと言います」


「……代表のミサ。《細工師》でアクセサリーとエンチャント担当」


「あ~。シュウです」


「キリカです。よろしくね」


「……エサです。檻に入れられて、食べられるのを待ってます」


引き続きぶっ壊れている、というか根に持っているハクトの言動を受け、ミサがメイを睨み付ける。


「ごめんなさい。メイは、可愛い子を見ると、その…………着せ替えて遊ぶの」


何でそこで沈黙した。ハクト以外の二人が心中でツッコミを入れるが、口に出すと泥沼になりそうなので、しない。


「だってっ! この男の子がミサちゃんの言ってた、ハクト君ですよね! ミサちゃんも可愛いって言ってたじゃないです、くゎっ!」


またミサのハリセンが炸裂。若干、頬が染まってる辺り、今度は照れ隠しなのだろう。

ちらりと視線がハクトに移る。少し上の方だ。


「……ボーパルバニー?」


「よく知ってるね……」


最早ハクトにはツッコミを入れる気力すら無い。

ちなみにボーパルバニーとはとあるゲームに出てくる、『殺人ウサギ』とも称される敵モンスターの事である。そのゲームではクリティカルヒットを受けると一撃死し、自キャラは『首を刎ねられた』と表現されるのだが、このボーパルバニーはそのクリティカルヒットを連発してくる。出現するや否や次々とPTメンバーの首を飛ばしていくその凶悪さにより、トラウマモンスターとして名高い。

ちなみにハクトの頭部には引き続きうさ耳が装着されている。メイが断固として譲らなかったからだ。ハクトが自暴自棄気味なのもあったし、面倒なので、そこは許す事になったのだった。


「ああっ! 名前もウサギさんですよねっ! って事でよろしくお願いしますね、ウサギさん!」


「今までの行動と、今の台詞と、手に持ってる首輪で、どこをどうやったらよろしく出来るのか説明してほしいですね……」


「そりゃあもう――」


「――話が一向に進まんからやめぃっ!」


皮肉気に言うハクトに、発禁な言葉を吐こうとするメイ、痺れを切らしてツッコミを入れたキリカ、という形だ。


メイは黙っていれば、如何にも淑女といった美人に見えるのに、『神は二物を与えない』とはよく言ったものだ。……その神が余計過ぎるものを追加している様な気もするが。

対してミサも、容姿だけ見れば可愛らしい少女といった所だ。しかし陰気な雰囲気と、本格的な『呪術師』っぽい恰好がそれを打ち消している。

とことん残念な女性達だった。


ふと――“彼女”がここに加わればすんなり輪に入れたんじゃないかなんて、思って。


「ハクト」


……促すシュウに心底感謝しつつ、気を取り直して顔を上げる。


「えっと。依頼があるという事でしたが……」


「うん。採ってきてもらいたい物があって」


「あぁ、あの件ですか。じゃあ私が説明をしますね~」


強引にも見える形で、メイが説明役を買って出た。ミサが何も反応しない辺り、普段からそういう役割分けがされているのだろう。


「え~と、まず……ウチは《サブ職業》専門の、職人の集まりでして。私達の他にも武器防具担当の《鍛冶師》、薬剤担当の《薬師》が居ます。主にアイテムの開発・量産・販売が目的ですかね~」


『これでも結構、人気あるんですよ』と付け足す様に言うメイ。残念ながら何でもないその言葉が、先程までの狼藉のせいで信じ難い事になってしまっている。


「それで材料は、自分達で集められる物は自分達で採ってくるんですけれども……」


「どうしようもない時は外部に委託して、クエストとして依頼していると」


シュウがメイの説明を引き継ぐと、『そうなんですよ~』と明るく返される。


「……んで、どんな危険な場所に行かせようって話なんだ?」


『もしくは危険なモンスターを倒せか』なんて続けるシュウ。


「いえいえ。場所自体はそんなに危険じゃない『はず』なんですが……」


「それは『危険な場所』っていうんだよ……」


何やら物騒な響きに、顔を歪めながらシュウがツッコミを入れ、『詳細を話してみようか』、と先を促す。


「……アルマディナから西へ続く街道から、ちょっと外れた場所に、ちっちゃな森がありまして。そこに遺跡があるんですよ」


「遺跡って……大体どれくらいの強さのモンスターが出てくるんだ?」


「中心都市の周辺ですからね、主なのはゴブリンに、時々その上位のホブゴブリン、後は虫系のモンスターくらいの……言ってみれば初心者向けダンジョンですよ」


「……で、そこがどうして危険でない『はず』のダンジョンになっちまったんだ……?」


「えっとですねぇ……」


「――ミミックの巣窟になってる」


「あ~……なるほどな」


怖がらせない為か、言葉を濁しているメイを尻目に、単純明快な結論を告げるミサ。

ポリポリと頭を掻きながらメイは続ける。


「初心者向けにしてはアルマディナから遠すぎて、かといって中堅からしてみたら全然美味しくないダンジョンなんで、調査の手が今まで碌に入らなかったんですよ~」


「それで新素材を探していた私達が調査を依頼したPTの報告で、それが分かった」


「……要は、宝箱開けなけりゃ簡単な場所だが、ミミック込みで考えて探索するとなるとヤバい所って事か……ところで、俺等より先に依頼してたPTはどうなったんだ?」


「全員が逃げ帰ってきた」


「そりゃまた……」


「何でも、『あんなの気持ち悪すぎて戦えるか』、『生理的嫌悪感を感じた』、『あれはミミックじゃない……ミミックを超えたナニカだ』、『あ、フレに呼ばれたんで退出します』だそうで」


「そっち系かよっ」


あと最後のは言い訳にすらなってねぇ。そう思いつつ、シュウはハクトを見やる。


「新種のミミックだってよ。俺、すっげぇ嫌な予感がすんだけど」


「ソウデスネ……」


シュウがそう言うと、ハクトは何か後ろめたい事でもあるのか、眼を背け何処か変な調子で応える。


『まぁいいや』とシュウは前へ向き直り。


「それで? どうして俺達なんだよ」


「さっき言った通り、誰も行きたがらないんですよ。私達も初心者に勧めるにも敷居が高すぎるし、かと言って実力者に頼むと依頼料がかかるしで、行き詰ってて……」


「――初心者かつ、実力者の、貴方達に目をつけた」


「……まぁ、追及は避けとくか」


何故そう思った。そう訊かずにシュウはハクトに再度目を向け。


「――どうするリーダー。ぶっちゃけ厄介だが、俺等にピッタリな依頼だぞ」


『いつの間にリーダーになったのさ』と返しつつ。


「――受けよう。困った人は見捨てられないしね」


言って、『打算的な理由もあるんだけどね』と照れた様にハクトは頬を掻いて続けた。


途端、メイがミサに抱き着く。


「やった~っ! これでウサギさんを手に入れられるよ!! あと新素材とのコネもっ!」


「……メイ、本命とついでの位置が逆」


尚も暴走を続けるメイと、ツッコミを入れるミサを眺めながら、『初依頼・初クエスト』という響きに胸を躍らせるハクトだった。




  ◆




だだっ広い平原が目の前に広がっていた。

アルマディナは大平原のど真ん中にあり、東西南北のそれぞれの門から、主要街道が各方へと伸びている。

西の街道は若干蛇行しながら伸びており、緩やかな起伏のある丘の向こうへと続いている。


馬車を利用する手もあったが、そこそこの料金がかかる為、徒歩で目的地へ向かう事にしたのだった。

目的地付近へは日没までに着くだろう。


続く地平線を歩き一時間。

街道を横断する河川の橋を渡り、更に一時間。


地平線が終わり、視界を遮る森丘が増えてくる。

その途中に、碌に利用者が居ないのであろう、轍すら無い荒れた小路が北方へと伸びていた。

白樺に似た樹木からなる、木々もまばらな雑木林に続いている。先を見ると、暗所でも生育する広葉樹に取って代わられて、鬱蒼とした森となっていた。


三人は小路の前で立ち止まった。


「さて。もうすぐ日没だし、ここらへんでキャンプしますか」


主要街道の近くだし、モンスターの夜襲の危険は少ないだろうと判断しての事だった。


シュウの提言に従い、とりあえず背負うバッグパックを降ろす。


……その時。


金属を擦りあわせる様な、複数の不快な高音。猿の鳴き声に濁点をふんだんに塗したらこうなるだろうか。

三人は鳴き音のした方へと顔を向ける。


青ざめ、灰色に近い肌色。爬虫類を思わせるギョロリとした目つき。まばらに生えた頭髪。

一メートル余りの、小柄な体躯に、碌に整備もされていないであろう、所々錆びてボロボロの武具を纏っている。


ファンタジー物の定番雑魚キャラ、ゴブリンであった。

醜悪な外見は、なるほど、モンスターと初遭遇したPTになら恐怖を与える物であるだろう。


しかし、『もっと醜悪な物』を見続けていたこの三者にとっては、どうという物では無かった。

むしろ。


「やった! 異世界での初戦闘がゴブリンってのはやっぱ定番だよね!」


「……初戦闘が変人共だった俺は邪道なのか?」


「うっわ、気持ち悪。何でこんなのと遭って喜んでんのよアンタ」


緊張感の欠片も抱いていない。


三人の様子を鑑みる知能も無いのか、再度リーダーらしきもの――ホブゴブリンだろう、この個体だけ体躯が一際大きい――が叫びを上げ、ゴブリン達は三人へと襲い掛かる。


張り切るハクトが短剣を取り出し、前に出る。自然、ゴブリン達はまずハクトに殺到する事になる。


……途端、呆気に取られた。


一歩も動かず、計三匹のゴブリンが武器を振り上げ迫るのを眺める。

一番先にハクトを襲った一撃を、半歩下がってかわし、ハクトが反撃する。


一、二、三――。

武器を持った右手に、脇腹に、掬い上げる様に首筋に、短剣の刃を入れる。

それだけで十分だったろうが、ふとこの交錯の間に何度斬撃を入れられるのか試してみたくなり、続ける。


――四、五、六。


袈裟懸けに一閃、真一文字に一閃、最後に心臓目がけての刺突を一つ。……ここまでで限界だった。

互いの身体が通り過ぎる。

続けて、他のゴブリンにも試してみて、やはり一回の交差での限度は五・六回だった。


足元には三体のゴブリンの死体が転がっている。勿論の事ながら、客観的に見ると、雑魚モンスター三体を一瞬で斬殺した様にしか見えない。ボーパルバニーの呼称が冗談では無くなっていた。


「ウィンドバレット」


その声にハクトが反応し、横目にそちらを見やると、風弾が四匹の身体を文字通り貫いた瞬間だった。

綺麗な風穴を胸や腹に作り、やはり一瞬で四つの死体が出来上がる。


「ちょ、ちょっと待って! 私も試したいってば!」


慌てて逃げ出すホブゴブリンに回り込む様にしてキリカが追い付く。

踏み込み、重心を沈ませ。


「――《立地通天炮》!!」


音声でアクティブスキルが起動し、猛烈なアッパーカットがホブゴブリンに襲い掛かり――その上半身が天を舞った。


暗色の血液と、臓物とを撒き散らしながら、見上げる程高く飛び、クルクルと舞ってから――地に陰惨な音を立てて堕ちた。


三人は黙ってその様子を眺めていた。

沈黙が長く永く、流れた。


「……第一回残虐ファイト杯、ぶっちぎり優勝――キリカ」


「なんでよっ!!」


途端、キリカの飛び蹴りがシュウを襲う。

『アンタ等も人の事言えないでしょうがっ!』と叫びながらマウント、拳の連打。

遠い目をしながらハクトはそれを眺め、思う。



――記念すべき初戦闘、これにて終了。


リザルト……錆びた剣、粗い造りの棍棒、ボロボロの鉄防具をそれぞれ数個に、用途不明のガラクタ、既に腐臭のする死体と肉片――




  ◆




パチパチと枯れ木が燃える音が、夜に響く。


ゴブリンに夜襲されては面倒臭い――何しろ奴等との戦闘で経験値すら全く得ていない。戦闘は只の時間の浪費だ――ので、先程の場所から離れた、小さな岩山の上で三人は野営を行っていた。


『魔法、マジ便利』なんてシュウが呟いていると、食糧調達に出ていたハクトが戻ってきた。


「おかえり、ハクト――それ、何?」


「ん? ――野兎だよ?」


『共食い』というワードを連想し、絶句している二人をよそに、『小骨が多くて面倒臭いんだけどね』『鴨肉みたいで美味しいよ』と解説しながら、ナイフを取り出すハクト。逆の手には二匹の兎の耳がまとめて握られている。


「……何してんだ?」


「え? 血抜きの準備」


言って、一息に二匹の首を切断するハクト。手に持つ箇所を変え逆さ吊りにし、ドバドバと血が地面に流れる。血が流れなくなった後、口を噤んでしまった二人をよそに、小型のまな板を取り出し、そこに兎を寝かせる。


「本当は逆さ吊りにするんだけど、道具作るのが面倒臭いし、臭いが肉に移っちゃうからね~。すばしっこくて、捕まえる前に殺しちゃったんだよ」


開腹、内臓を取り出し、今度は腹を地面に押し当てる様に血抜きして、皮を剥いで、骨を外し取り……恐ろしく巧みな手捌きで見る見る内に解体を終わらせてしまう。


顔を伏せ、えづいているキリカを横目に見やり少し同情し、シュウは呟く様にして問う。


「……何で俺等の前で解体ショーやろうと思った?」


「えっ。てっきり二人共慣れてるもんだと。修行で山籠もりとかしてそう……」


「さすがに動物狩ったり解体したりはしねぇよ!」


その言い分だと山籠もりはした事はある様だ。古武術道場恐るべしである。念の為、一応、記述しておくと、別に日本の古武術道場に山籠もりの修行をする傾向がある訳ではない。念の為。


「っつうか俺等をどういう風に認識してんだよ……」


「なんか世紀末でも余裕で生き残りそうな気がするね」


「お前の方がたくましいよ!!」


サバイバルに関する知識や、動物に対する殺生への図太さは、間違いなくハクトが一番で持っているのは確かだ。


ハクトにこうした知識や図太さがあるのは、食育の一環でツアー旅行の最中、兎の解体に参加させられたせいだったりする。その時の記憶と直前に調べたネットの知識を動員し、ステータス補正によって無理矢理正確に再現させたのであった。決してハクトは普段から狩りに勤しんでいる訳ではない。


シュウの叫びを意に介していないかのように、素知らぬ顔で平たい鉄鍋を火の上にセットするハクト。バッグから何やら瓶を取り出し、垂らし、肉を入れ焼く。両面焼き終わったら別に採ってきた野草を入れ、違う瓶を取り出し、それはドバドバと投入した。前者は油の瓶、後者は臭いから照り焼きソースの様だ。


「兎肉と山菜の照り焼き風煮込みです。召し上がれ」


「……もういいや」


諦めて、今までより深く強く念じ『いただきます』を言う二人。

料理は言うまでもなく、文句無しに美味しかった。




  ◆




翌朝、日が昇ってから三人は森に入った。

先導はシュウで、山刀で危ない草葉や枝を払いながら進む。山歩きだけに関しては彼とキリカの方が長けていた。ハクトも探査スキルを発動させつつしばらく進む。


やがて少し視界が開け、何やら建造物が見えてきた。


盛大に半壊し、見るにボロボロの遺跡。

屋根は殆ど崩れて無くなっており、蔦や苔が好き放題に生えている。


柱の造りや残った装飾を見るに、何かの神殿跡の様だ。横に広く、一部屋一部屋の間取りが大きい。


「おーけー。じゃあ、昨日の打ち合わせ通り、ハクトが先行。中衛が俺。殿がキリカ。ハクトは常に探査スキルを発動しつつ、何かあったらすぐに報告。OK?」


「らじゃー」


緊張感の無い返事をしつつ、ハクトが前へ出る。


ちょっとした階段を上り、内部へ。乱立する柱の間を歩いていると、大部屋が前方にある。


覗くと人型の石像が左右に均等に並んでおり――中央奥にはポツンと木箱が一つ。


木箱の何メートルか手前で立ち止まり、意識をそちらに集中させる。


……箱の中には生体反応無し。


ズイと歩み寄り、木箱の蓋に手をかける。


「おい」


「大丈夫。《鷲の眼》にも、新しく買った罠探知スキルにも引っかからないから」


開けると……思った通り、箱の中身は空っぽ。どころか底が空いており――地面にはぽっかりと穴が空いていた。


「……うん。何も無し。この手のダンジョンの宝箱にある『本物の宝箱』だと期待したんだけど……ハズレもハズレだね」


笑顔で振り返る。


……二人の表情が凍り付いていた。

昨日の兎解体を思い出し、笑って声かける。


「やだなぁ。僕だって考え無しに突っ込む、無謀バカじゃ――」


「――バカっ! 後ろっ!!」


キリカが一番に動き出した。遅れてシュウが。最後にハクトが振り向く。


「……え?」


尚、事態を把握する事が出来ない。


木箱が宙に浮いている。木箱の底からナニカ伸びている。ツルリとした表皮の軟体。


一歩引き、全体を改めて見渡すと、木箱が顔に当たる、巨大な蛇の様な何かが伸びていて……。


唐突に木箱の蓋がパカっと空いた。

そして、圧迫感を感じると共にハクトの視界が暗転した。




  ◇




――宝箱にハクトが喰われた。


ヌルリと身体を動かしたソレは、頭――の様に見える箱――を天井の方へもたげ、喉に当たる部分に膨らみが生まれる。


ソレ――ミミックは、蠕動を開始し、膨らみは下へ……恐らく消化器官の方へと向かっていく。


「……まずっ!?」


「――ウィンドバレット!!」


シュウの放った風弾は膨らみの真下へ着弾し、膨らみの移動は一瞬止まるが、時間稼ぎに過ぎなかった。膨らみ……恐らくハクトは、徐々に呑み込まれていく。


「キリカっ! 同じ箇所っ! ――ハクトッ! やれっ!!」


シュウの指示を顧みる前に、キリカの身体は弾かれた様に前方へ疾走する。

勢いのままに、キリカはスキルを音声起動させる。


「――《衝撃蹴》!!」


「ウィンドバレットっ!!」


キリカのノックバック目的の足技が、再度放ったシュウの風弾が、膨らみの真下に向かって放たれる。

直前、ミミックが一瞬痙攣し、身体を弛緩させたのを認める。ハクトが体内から短剣で攻撃を加えたのだろう。あの短剣には切った相手のステータスを弱化させる追加効果がある。


蹴りがぶち当たり、周囲を魔法が直撃。

衝撃に抗う事無く、頭部が弧を作り下に振り降ろされる。


同時に勢いよく吐き出され、べちゃっと不快な音を立てて地面を転がるハクト。粘液まみれの姿が痛々しい。


即座にシュウが担ぎ上げ、ふとミミックの方を見やる。


――胴体の前方から幾つも突起が生まれ、伸び、無数の足となって蠢き、こちらににじり寄ってくる。


生理的嫌悪感を催すその様相に思わず悪寒を感じながら、シュウは叫ぶ。


「――退却っ!!」


目もくれず遺跡から脱出する。




  ◇




森の中を走る川を見つけるや否や、ハクトは飛び込み、シュウはかかった粘液を洗い落とす。

ぬめりが取れない。もしかすると強力な消化液なのかもしれない。衣服や肌の表面が溶けてしまったのだろう。ローブにもあちこちに小さな穴が空き始めている。見ると金具部分も変色している。


しばらく狂った様に身体を拭っていたハクトは、動きを止めて、プカっと鼻まで水面から出し、浮かんだ。


「…………」


沈黙。むすっとした表情。これまで立て続けに酷い目に遭ってるだけあって、同情を禁じ得ない。


(しっかし、コイツ……一人だけでどんだけシチュを網羅しようとしてんだ)


列挙すると、ヤンデレ気味の先輩に迫られる、オネェにケツ掘られそうになる、おねショタで服脱がされてコスプレさせられる、逆レ●プされそうになる、最後に丸呑みである。

いまそれを口に出すとさすがに激怒しそうなので、シュウは密かに心の中で呟く。


二人の様子を見やり、キリカがため息をつきながら。


「……完璧に虚を突かれたわね。でも、何で探知に引っかからなかったんだろ……? 不良スキル掴まされたの?」


「いや、多分、スキル対象の範囲外だったからだろ。『箱の中の脅威』を対象として発動させただろうからな。《鷲の眼》でも探査しようとしなけりゃ自分と同程度の高さにある地形と生物の情報しか入らんだろうし。……地中に居た存在は範囲外だろ」


さすが『ミミックを超えた何か』とか呼ばれるだけある。いくらダンジョンの何処かに居ると分かっていても、セーフと判断した後で襲ってくるとか、初見殺し以外の何物でもない。

……沸々と、前の調査PTに対して『もっと情報出しといてくれよ』という怒りが沸いてくる。


――気を取り直して。


「で、どうする? 中止するか、再開するか」


「――決まってる。アイツ等、一匹残さず駆除しよう」


珍しく怒りに染まっているハクトの一言で、次の行動が決まった。




  ◇




「……最後の部屋の宝箱も空っぽだったよ」


「――OK、これで全部回ったな」


討伐開始の前に、念の為、地上部分を全てチェックしておく。

宝物が無いかハクトが木箱の中を対象とし、先程も使用したスキル……《盗賊の勘》を使用した。

結果、全て空っぽであり――


「――全部底に穴が空いてて、地下に繋がってると」


「まぁ、地下から地上に対して『釣り』をやってたって事だよね」


――そして三人は地下へ続く大穴の前へ立っている。


石像が立ち並んでいた大部屋の丁度裏側。神殿の最奥部の小部屋にそれはあった。

状況把握が終わっている今だからこそ言えるのだが、真っ先にこれを発見しておきたかったと思う。


シュウがバッグから発炎筒を取り出し、着火。穴の中に放り投げる。

見やると、緩やかな傾斜があり、登攀道具無しに下に降りられそうだ。


「……そんなものまで」


「魔法で代替できるんだけどな。入手できるまでは便利だと思ってよ」


用意したのはこの世界に来る事になる以前だったので、そんな魔法の存在を知る由が無かった。


燃焼時間は約五分で、こちらだと補充も出来ない。だが何本も持ってきてあるし、他の手段もあるので、今回の探索だけに限れば大丈夫だろう。


そして二本目の発炎筒を手に取り、シュウが先導して穴を降りていく。

勿論、ハクトが付かず離れずの距離で後ろに付いて、スキルを常時発動しながらだ。


一定時間を進んだり、曲がり角に差し当たった時は、発炎筒を先に放り投げ、敵の存在を探りつつ進んでいく。


そして何分か空洞内を進んだ後。曲がり角の手前で、ハクトがシュウに立ち止まる様に言う。


「……この先に大部屋がある。手前にアイツ等が――五体。奥にもデカい何かが、一つ……?」


「……すっごく嫌な予感がするわ」


「俺もだ……まぁ、悩んでても仕方ねぇ。不意打ちもなさそうなんだろ?」


こくりと頷くハクト。各々、戦闘準備をし、まず発煙筒を一本放り投げた。手にも着火した一本を持ち、シュウが合図。頷くハクトとキリカが先行して、曲がり角を飛び出した。


――途端、急停止し、見上げてしまうハクト。


合わせて五体のミミック。長い胴体に、口の周りに生えた触手、そして胴体の先の大きな口……蛇と言うよりはミミズを思わせる外見のソイツらが、鎌首をもたげ、こちらを見下ろしている。


そしてソイツらの胴体の元。それが一つに繋がっている。地面に固着していた足盤が浮いたかと思うと、周りから伸びた無数の脚の様な突起が蠢き、ゆっくりとこちらに移動してくる。


木箱の穴から襲ってきたのは、独立個体ではなく、同一個体が持つ複数の首だった。

この姿と、ファンタジー世界の定番から、ハクトとシュウはあるモンスターの名前を連想した。


「――ヒュドラ」


「しかも元ネタの方じゃなくて、実在生物の方かよっ。何だよその謎チョイスはっ」


吐き捨てる様にして言うシュウの顔は裏腹に、引きつった表情をしている。


ヒュドラ。神話通りだと無限の再生力に、触れれば死ぬと言われる程の強力な毒を持つ。またゲーム等の定石通りだと、後半の強敵として登場する。実在生物基準で考えても、ミミズも刺胞生物も種によっては、ぶった切っても再生したり、寿命による死が無かったり、強靭な生命力を有している。


要は――目の前のコイツは、難敵だろうという事だ。


鎌首をもたげていた首が、弾かれる様に動き出した。


――戦闘、開始だ。




  ◆




――まるで暴風雨の様だった。


一斉に動いた首は、口を開けこちらに食い掛かってくるか、胴体――の様に見える部分――で薙ぎ払うに地面を削っていた。


一足飛びで致死圏内から飛び退いたハクトは――中空に居る内に再度食い掛かられる。


「うわっ!」


身を捻り、済んでの所で回避して――それで終わりではなかった。

首に力が込められ、こちらに振られようとしている。無論、このままだと弾き飛ばされる。

殆ど反射的に短剣を振るった。


一撃。

一瞬、痙攣したのが見える。でもそれだけでは攻撃は中断されない。

致死必至の攻撃が開始される。


「――っなくそっ!!」


一か八かで、スキルを発動させる。

短剣スキル《つむじ風》。猛烈な勢いで短剣が振るわれ、無数の斬撃が首に叩き込まれる。

同時に《呪い》……ステータス弱化のバッドステータスが重複して発生。目に見えるほど首の勢いが弱まった。


首を蹴り飛ばし、その場を離脱。


滑る様にして着地して、戦場を見やる。


キリカも首の一撃を捌いている。まず胴体に向かって正拳の一撃。首は怯むが、退かない。盛大に舌打ちが聞こえた後、今度はノックバック効果のする蹴りが放たれた。


シュウは少し後退した所で風弾と火球を使い分け、放っている。こちらも表情は芳しくない。


今の攻防で皆、同じ事を悟ったようだ。


(……決定打が無い。シュウの魔法も、キリカの打撃も、僕の斬撃も……大きなダメージになってない)


先までの攻撃より、強力なスキルや魔法は所持している。しかし、相手は自分達の攻撃に痛痒すら感じてない様子だ。大同小異だろう。

相性が悪い。相手は軟体で、ぬるぬるの粘液に覆われている。その時点でキリカの打撃とシュウの風弾は決定打になり得ない。

またこの生物種特有の強靭なタフネスが、巨体と相まって障害となっている。ハクトの斬撃に効果があるとは思えないし、デバフ(弱体効果)の方からも既に回復している様だ。シュウの火属性魔法もこれでは期待できない。

要は、自分達の手の内で大ダメージを与えられる物は無いと考えた方が良い。


加えて複数の首から、猛烈に繰り出される攻撃。どれも一撃で死ぬか良くて致命傷か。


つまり、常に繰り出される必死の攻撃を掻い潜り、効果の有るか分からないこちらの攻撃を無数に繰り返す必要がある。


常識で考えれば退却しなければならない。勝ち目は万に一つも無い。


だが。


「――上等じゃないか」


不敵に、凄惨に笑うハクト。


そんなレベルの戦いなんて、これまで何度もやってきた。


その全てを僕等はくぐり抜けてきたのだ。


――万に一つだろうが、奇跡だろうが何だろうが、可能性があるのならソイツを無理矢理たぐり寄せてやる。


「ハクトッ!」


決意が終わったと同時に、シュウがこちらに何かを放り投げてくる。キャッチして見ると、これも持ち込んだ物だろう、金属製の水筒だった。だが蓋は外されており、中に何やら詰められている。

訝しく思ったハクトは叫び返す。


「なにこれっ!?」


「みんな大好き――テルミット・ボムだ! 隙を見て口に放り込め!!」


――理解したハクトが、引きつり気味の苦笑を浮かべ、疾走する。


途端に殺到する、五つの首。

喰らい付く二つの首は左右のステップを入れ、かわす。速度を緩めたハクトに、別の首からの薙ぎ払う一撃が迫る。


追い付いたキリカが、鞭の様な一撃へと真っ向から立ち向かう。

正面からの正拳突きで薙ぎ払いを止め、《衝撃蹴》を繋げた。

だがやはり無理な打撃だったらしく、拳を抑えキリカが呻く。


二人に四本目の首が迫る。


ハクトは短剣を構えていない。意に介さず、前進を再開する。


――信じていたからだ。


背中を追い越す様に風弾が、ヒュドラの首へと向かう。


同時に着弾し、炸裂。勢いでその首は大きく後退。


五本目は鎌首をもたげ――液体を吐き出した。


動じる事無く、大きくサイドステップ。

衣服や肌が溶けかかっていた事から、強力な消化液は印象づいていたのだ。


元居た地面……岩が大きな音を立てて融解していく。

……顧みない様にして、足を踏み出す。


……思い出すのは、学校の体育の授業。


(いち、にの――さんっ!!)


心の中の掛け声と一緒に、三歩目を大きく踏み抜く。


高く、飛び上がった。


消化液を吐いた口内へ向かって、レイアップシュートを放つ様に、水筒を放り込む。


……そこは蛇に似た習性なのか、口内に入り込んだものを咀嚼せずに呑み込む。


着地。すかさず前方に跳躍した。


巨大な胴体の元へ潜り込み、叫ぶ。


「――《つむじ風》っ!!」


短剣による連続攻撃が胴体に叩き込まれ、ヒュドラが首を含めて動きを止め、痙攣を始める。


「後退しろっ!!」


それを見届けたシュウが号令の叫びを上げる。


キリカは一直線に駆ける。ハクトは地に伏した首を飛び越え、身を捻り宙を返り、無駄にアクロバティックな動きをしながらシュウの元へ戻ってきた。

二人が後退を終えたと同時に――シュウが手に持っていた機械を作動させた。


……長い沈黙があった。


ヒュドラがデバフから立ち直り、胴体と首を起こし始める。


「ちょっ、ちょっとっ!」


慌てるキリカに対し、シュウとハクトは動じない。


やがて、ヒュドラがビクッと身じろぎした。


「水筒の中身はアルミニウムと酸化鉄の粉末状混合物。その中に、トランシーバーの部品を流用した、着火装置を仕込んだ。このボタンを押すとその着火装置は無線で起動する」


「それがどうしたってのよ!?」


慌てながら構えるキリカをよそに、シュウは解説を続ける。


「着火されたアルミニウムは金属酸化物を猛烈な勢いで還元しながら、高温を発生させる」


巨体が痙攣を始めた。《呪い》の時の様に一過性の物ではない。長く、徐々に大きく、全身に伝播していく。


「還元された金属はその高熱により融解し……水筒を突き破り、弾ける」


――つんざく絶叫。


無茶苦茶に頭部が振り回され、天井や壁の岩石が破壊される。

キリカとハクトは思わず腕で体を庇う。


「その融解金属の温度は――約三千℃。灼熱のマグマに匹敵するその高熱……耐えるなら耐えてみせろよヒュド――らぁっ!!」


――飛んできた石片がシュウの顔面に直撃した。


「馬鹿じゃないの!?」


「なに中学レベルの科学知識をカッコつけて解説してるのさ……」


融解金属によって腹を破られ、体液を垂れ流しながらヒュドラは絶命。

ついでにシュウは気絶した。


やはり最後まで締まらないボス戦であった。




  ◇




目を覚ましたシュウと一緒に地下空洞を見て回る。


筆舌にし難い何かがそこかしこに散乱していて……その中に金属塊を認めた。


「なにこれ? これ……もしかしてお宝?」


キリカがその一つを手に取り、何処か喜色を帯びた表情でシュウに振り返る。


「……あの消化液って、金属まで溶かすと思うか」


「うん。岩が即、ドロドロになってたから……金属でも反応するだろうと思う」


「服の金具も変色してたしなぁ。にしても、岩が即ドロドロて……超酸ってヤツか。それを生物が吐くとか、何でもアリだなファンタジー世界」


「――珍しくノッてんのに反応しなさいよアンタ等!!」


そのまま蹴りかかりそうな勢いで迫るキリカを『どうどう』と宥めるシュウ。また動物扱いである。


「いや、無視してた訳じゃねえんだって。――奴等、獲物を丸呑みにして、その後どうする?」


「え……そりゃ、胃に送って消化する……」


「獲物……ファンタジー世界の住人だと、全身金属で武装してたりするよな? さっきのゴブリンもそうだし……っつうか、主食は多分そいつらだな。まぁ、それまで消化できたとして……その金属はどうなる?」


「え? 多分、栄養にはならないから、吸収されなくて……」


キリカの表情が見る見るうちに蒼ざめていく。


「そう。吸収されず、そのまま不要物として体外に排出される」


「じゃ、じゃあこれって――うんがつく……」


『ザッツライト』とシュウが返すと、キリカはゴトリと手からその金属を取り落とす。固まったまま、絶句していた。


「いや、強力過ぎる消化液で雑菌とか付きそうにないけどよ。まぁ、お宝だったってのはあってるよ」


言って、拾い、ヒュドラの排泄物をバッグにつめていくシュウ。


「いや、ちょ、ま」


「多分、これ天然の合金だぞ? この世界の技術レベルでは再現不可能。大規模な化学工場施設が要る。しかも鋼やらステンレスやら、この世界で有用かつ貴重な合金が含まれている可能性大だ」


極々簡単に言うと、鋼やステンレスは鉄に一定量の炭素、クロムやニッケルが混じった合金である。自然化合されている可能性は無いとは言えない。


一段落したのちに、シュウはヒュドラの死体へと向かう。

冷めて付着した金属と体液と体組織とでぐちゃぐちゃでえらい事になっている。


「――ま、本当のお宝はこっちなんだけどな」




  ◆




一日かけて街道を戻り、アルマディナに帰った。

日を改めて『アーティフィサーズ・ティーパーティー』に入ると、メイと一緒に見知らぬ人物が居た。


メイが姿を認めるや否や、三人に駆け寄る。思わず身構えてしまったハクトの姿が哀愁を誘う。


「良かったぁ。無事に戻られたんですね! それで……」


「おおよ。新素材らしきものもゲットしてきたぞ。――で、そちらさんは?」


椅子に掛け、お茶を飲んでいたその人物が立ち上がり、会釈を行った。


「どうも、《鍛冶師》のカナだ。武器防具の製作に金属の精錬、後は新しい武器や機構の開発もやってる」


一言で表すならば、『男装の麗人』といったところか。中性的な凛々しい顔だちに、軽くカールの入った短髪が特徴的だった。野暮ったくカッターシャツと革のズボンを着ているが、だらしなさは感じさせない。


「素材を欲しがってたのは、カナちゃんなんですよ~」


「直接の依頼主か……丁度いいや。ちょっとお話が」


「ああ、喜んで」


言ってカウンターの裏側、客間に通される。長方形の大きめのテーブルと、椅子はどれも白樺らしき木材が使われており、ログハウス風に作られている内装も相まって、くつろぎやすい空間になっている。

メイが人数分の茶を出してくれて、話が始まった。


「まずは代表に代わって、礼を言う。あそこの調査は本当に誰も受けたがらなくてな」


「どういたしまして……その代表さんは?」


「クライアントとの打ち合わせに出てる。ああ見えても、ミサは交渉が得意でね。クライアントの無茶振りもズバッと断ってくれるよ。私は開発でこもりがちだし、メイは……まぁ、色々と問題あるしで、助かってるよ」


メイについては、どうやら共通認識であるらしい。何処となく三人はホッとしていると『問題があるってなんですかっ。冤罪反対~』とぷんすか怒っている。

三人の脳内で『ギルティ』という共通の言葉が浮かぶ。


しかし。ミサが交渉担当だという事だが……その割には先日、揉めていた様である。

そんな疑問が顔に出ていたのか、カナが続けてこう述べる。


「私とミサが作る物は、何処も真似できないのが多くてね。しつこく私達の商品を要求するクライアントとこじれてしまったんだろう。多分、専属になってくれ、とでも言われたんじゃないかな。客商売の面もあるが、媚びるまでする必要は無い」


「あ~。専属になると要らんしがらみとかもあるし、自分等の意見が通り辛くなるからな」


「あと、商品を独占されると、お得意様に行き渡らなくなる。こんな所だし、繋がりは大事にしないとな」


「なるほどな。……っと。戦利品の話だった」


何やら妙なビジネス論的な話になってしまい、軌道修正を図る。

シュウはバッグから例の金属塊を一つテーブルに置いた。


「これは?」


「とあるモンスターの排泄物。多分、合金だ。鉄やら何やら、色々混じってると思う」


「……見せてもらって良いかい?」


『勿論』と答えると、排泄物と知ってもカナは躊躇なくそれを手に取る。その稀少性を即座に理解した様だ。


「……鉄が大部分で、その他は金・銀・銅に錫、炭素、ケイ素といった所か。それが細かく、複雑に絡み合っている。不純物は……多いが、大体錆び――酸素だからどうにかなるな。また硬質な部分と、軟質な部分が鎖状に絡み合ってる」


「そこまで分かるのか」


「《サブ職業》のどれからでも取れる、《鑑定眼》スキルのおかけだよ。専門分野になるとより精密に鑑定でき、DEXやPER、INT値が高くても補正がかかる」


感心していると、興奮した様に金属塊を手の中で回しながら。


「――これは面白いなっ。加工は難しそうだが、複合装甲に似た防具を作れそうだ」


「おお、こっちも当たりだったか。――でも本命はこっち」


取り出したるは、爆弾に使った物とは違う、スポーツ用水筒だ。


「これは?」


「超酸」


「……ほう」


「あ、そっか」


「え? 何? どういう事?」


シュウの言葉に三者三様の反応を示す。シュウがヒュドラの死体から消化液を採取し始めたときは、武器にでも使うのかとキリカは思っていたのだろう。

ちなみにスポーツ用水筒は濃硫酸にも耐えられる、クロムメッキ仕様だ。現代化学様々である。


キリカの疑問に、シュウが答える。


「防弾チョッキとかに使われる化学繊維は、硫酸で加工されるものがある。塊を溶かしてから紡糸するんだな。……要は強い酸は、軽くて丈夫な防具を作るのに役立つって訳だ」


「ああ、なるほどね」


得心がいったキリカが頷く。機動性と防御力を両立させる為に、三人にそれは必須な物であった。


カナが大きく頷き、シュウの説明を引き継ぐ。


「鋼線や薄い紙も作り易くなるし、薬剤や精錬にも使えそうだ。……確かにコイツが本命だ。加工の幅が大きく広がるな。――ところでこいつは何のモンスターの?」


「ん、ヒュドラ」


――沈黙。


シュウが何か不味いことを言っただろうか、なんて心配していると、メイが質問してきた。


「えっと……ヒュドラって、あの、神話とかに出てくる怪物ですよね……?」


「あ~、多分そう。蛇じゃなくてミミズというか、クラゲとかポリプの仲間な実在する方の奴だったけど。すんげぇでかかったし、イメージしてる奴に相当するモンスターなのは確かだな。マジで手強かったぁ」


「……皆さん、この世界に来られたのは最近ではありませんでしたっけ?」


「最近っつうか、三日前だよ」


再度、メイは絶句した。

ハクトも動揺したのか、不安げに尋ねる。


「えと、そんなおかしいですか……?」


「おかしいというか、なんというか……来て三日目に出来る功績ではありませんね。……その、討伐したんですよね?」


「おう、キッチリと」


「内政チートもイイとこだけどね……というか、アレ大量に持ってきてたら、凄い楽なんじゃ……」


「アホか。三千℃の金属の液体が花火みてぇに飛び散るんだぞ? 危な過ぎて使い所に困るわ。システム補正も無いから高位のモンスターほど効くかどうか分からんし」


「じゃあ逆に何でそんな危険物作ろうと思ったのよ……」


「馬鹿野郎っ。異世界物の定番外せるわきゃねぇだろっ」


「……ちょっと待った。アルミニウム粉末って、購入規制無かったっけ?」


ぐっと、親指を立てるシュウ。引きつるハクト。

ちなみに違法売買や窃盗に手を染めた訳ではなく、祖父の伝手で近所の塗料屋に頼み込んだだけである。

知らぬハクトは『その場のノリと勢いでなにやってんのさっ』と喰ってかかる。


ふと、カナが急に笑い始めた。


じゃれ合いに似たやりとりをしていたシュウとハクトは、二人してカナに向き直ると。


「いや、すまん。……本当に面白い人達に出逢えた。是非とも、これからよろしく頼む」


『ミサに感謝だな』と小さく呟きながら、カナが手を差し出した。


「喜んで、だ。これから色々作ってもらえそうだし」


二人が握手をかわす。

それを見届けて、メイがパンと手を鳴らす。


「それではお互いの親睦を深めるという事で……乾杯しましょうかっ」


『お茶で、ですけどね』、と舌を出しながらメイがおどけて言う。


皆がカップを手に取り、掲げる。

『乾杯』という声がダイニングに響く。


しばらく、思い思いに談笑していると、メイが『そういえば』と言い出し。


「皆さん、ギルドか何か作られるんですか? これからどういう活動をする予定で?」


「ギルドは作んねぇよ。活動は……そうだなぁ、色んな所と色んな人を巡って、『何でも屋』でもしてみるかな」


『それじゃあ』とメイが続け。


「――PT名を付けましょうよ。そうですねぇ……」


メモとペンを取り出し、サラサラと文字が書き出される。そこには。


「――『マイグラトリィ・ラビッツ』……?」


「『渡り兎』って意味です。人から人へ、場所から場所へ……色々な所を行き来する、皆さんにはピッタリじゃないですか?」


「……うん。そうしましょう。丁度、兎も居る事だし」


「僕の事、兎扱いなのは確定してるんだ……良いけどさ」



そんな感じの会話を交わしながら。


異世界での初クエストを終えた。




――この『マイグラトリィ・ラビッツ』の名は、『突然現れ、難題を次々とこなしていく冒険者PT』として一躍有名になるのだが。


それはまた後のお話し――

→第一章 第三話 群がりの庭 へ

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