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それはファンタジーじゃなくていい  作者: 異羽ようた
第二章 Go on an adventure!
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第二章 第一話


――浮遊した大陸があった。


形状は半円。平らな面の上には広がる大地や海、山脈、樹海、街が見える。


その中心には一際大きな城塞都市があった。中央にそびえる城を中心とし、その周りには規則正しく区分けされた市街がある。攻め込まれるのを想定しているのか四方は城壁に囲まれ、相当に堅固な印象を受ける。


この都市は『アルマディナ』という名前を付けられていた。

冒険者からは“始まりの街”と呼ばれ、その名の通り、この異世界に訪れた者が最初に辿り着く場所である。


この街は多くのギルドやキャラバンのホームとなっており、ここを拠点として旅に出る冒険者が多い。


――と。街の北側にそびえる、教会の尖塔から正午を示す鐘の音が響いた。

人気が絶えないこの街に、更なる賑わいが生じる時刻だ。


そんな中、彼等は――。




  ◆




「――チュートリアルを受け終わった訳だが。俺等はこれから何をすべきでしょうか」


三人はアルマディナ城の城門を出、大通りへ向かっていた。

その矢先にシュウは足を止め、他の二人に質問を投げかけた。


シュウに習って二人は足を止め、彼に向き直る。

そしてハクトが『はいっ!』と、勢いよく挙手をした。


『発言を許可しよう』と演技混じりにシュウが発言を促し、ハクトが口を開く。


「ひるごはんをつくるっ!」


「シャラップ、主夫中学生っ。っつうか炊事場も調理器具も確保するあてが無ぇのにどうやって作る気だお前はっ」


「はいっ!」


ハクトの妄言が一蹴され、即座にキリカが手を上げる。

期待をし、シュウが『じゃあ、キリカ』と応える。そして。


「ひるごはんをたべるっ!」


「うん、不覚にもちょっとお前の愛しさ指数が上昇しちまったよ。

 ――じゃねぇよっ!! これからどうするかの指針決めだよ! 装備揃えたりスキル覚えたり何処へ狩りへ行くか計画立てたり色々する事あるだろうがっ!!

っつうか何でお前等見事に息合わせて天丼ネタかましてんのっ!?」


一息でツッコミを入れた後、勢いよく頭を抱えるシュウ。芸達者である。

そんなシュウを見てハクトが、逡巡しつつ。


「う~んと、そうしたいのもやまやまなんだけどさ……大学で0時まで過ごして、更にそのままこっちでチュートリアルを受けたから――」


そこまでハクトが言った後、『くー』という情けない腹の音が彼から鳴る。


「――さすがにもう、お腹が……」


「あ~……こっち来たらいきなり朝だったからなぁ。……時間の流れがあっちと違うんだっけか。時差ボケで気付かんかった」


「というか――よくあんだけ講義受けた後で平気でいられるわね。頭使い過ぎて、もうヘトヘトよ」


「あぁ? あんくらいの頭脳労働でブドウ糖消費してんじゃねえよ。お前等、普段脳使ってんのか?」


「さすがインドアもやし。慣れた環境だと強いわね」


『もやし言うな!』とシュウが反論した後。


「ともかくじゃあ……飯食いながら会議すっか」


と、なし崩し的に昼食を摂る事が決定した。







「持ちこんだ物の中に調味料を見た時はホント馬鹿だと思ったが――今はこの上なくお前に感謝している」


南の大通りを歩き、他の冒険者が開いていた軽食の露店を見つけた三人は、そこでサンドイッチを購入した。

その後、適当な空き地を見つけ、そこに三人で座り込み食事を開始した時に、悲劇が起こった。


――味が薄かったのだ。


好意的に表現すれば『素材そのものの味を活かした』と言える。

しかし野菜は水臭く、焼かれた肉は肉の味しかせず……とんでもなく味気の無い代物だったのだ。


思えば価格が安すぎた。

レストランのメニューはどれも1k=1000オール以上、他の軽食店でも一食500オールはした。

そこに一個100オールという馬鹿げた値段の軽食を見つけた三人は嬉々として食い付いたのだが、それが間違いだったのだ。

ちなみにオールとはこの世界の通貨の呼称で、大体相場は円と一緒と考えて問題は無い。


「この世界の技術レベルは中世ヨーロッパ相当だって聞いてたからね。塩すら作るの大変だろうから……持ってきてよかったよ」


そこでハクトが持ってきた調味料によって、買ったサンドイッチを、何とか眉をしかめずに食事が出来るレベルまで引き上げたのだった。


調味料は中世の人間にとっては高価な貴重品であった。

その理由は原料の特殊さと、輸送にかかるコスト故である。


比較的安価な塩を例にとっても、塩を100g作るのには海水が4リットル必要になる。

沿岸ならまだしも、内陸では海水を手に入れる事すら困難なので、塩を自給自足しようとなると途轍もなく手間とコストがかかる。

となると塩の生産能力の無い都市は、沿岸の塩田等で生産された物を輸入する等して手に入れる他ない。

岩塩に関しても似たり寄ったりである。

よって、流通が整備されていない場所では、塩を手に入れる事が困難になるのである。


これが砂糖や香辛料となると、更に限定された特殊な地域でしか原料が生育できないので、更に入手が困難となるのである。


という訳で、『価格が安い』=『調味料が使われていない』=『マズイ』の方程式はハクトにとって容易に立てられたのだった。


「もう主夫中学生様々です」


「いや、だから主夫って言うの止めてよ……」


合掌して自分を拝み始めたシュウを見て、ハクトは苦い顔を作った。


「考えれば、飛行機も自動車も無い上に、モンスターが跳梁跋扈してる中、商品を運ばなきゃならないのよね。輸送費が凄い事になってそう。……冒険者の商売になる訳だわ」


チュートリアルの中で、キャラバンの護衛……中には自身がキャラバンになり生計を立てる冒険者も多いという話が出たのだ。

全員が『攻略組』になる訳ではない。年単位の時間をこの世界で過ごす為に、自身の適正に応じた他の役割を選択するのも必要だった。


「ああ、丁度良い話が出たな――って事で、俺等はこの世界でどんな役割を負おうかって話をしようか。……文字通り、どうロールプレイするかって事だな」


話題を切り出したシュウに、ハクトは勢いよく応じた。


「そりゃ攻略組に――と、言いたいところだけど……」


言葉を区切り、続ける。


「あんまり、攻略だけを第一にっていう風にはしたくないんだ。何て言うのかな……効率プレイも一つの手だと思うんだけど、それじゃ楽しめない気がするんだよね。――この世界に来る前に言った様に、僕はこれを“悲劇”にしたくないから」


「アンタ、“あの夜”を体験した後でよくそんな事を言えるわよね……相変わらず」


ハクトの言葉に、キリカは呆れ混じりで応える。しかしこの件に関しては話が付いているのか、ハクトの提案自体に反対する気は無い様だ。

そこでシュウは場の意見をまとめる為に、こう述べた。


「んじゃあ……文字通りの『冒険者』の役割を担うって事で良いか? 各地を巡って色んな依頼をこなしながら攻略の糸口を探しつつ、レベルアップもしていくって感じの」


「……そんなんで良いの?」


気楽な感じに告げるシュウに、危惧を抱いたキリカが疑念を呈した。


「アリだと思うぜ? 理由は三つある。――第一に、情報がこの第一階層に関してしかロクに集まってないからな。第二階層はプレイヤーによって姿を変えるらしいし、第三階層以降に関しては皆無だ。どの道、レベルアップは必要だから、情報が揃ってる第一階層で出来るだけ強くなっておかなきゃならん。他の層にこもるのは、危険過ぎる。必然的に気長にのんびりとやってかなきゃならんよな」


シュウは指を二本突き出し、続ける。


「第二に、俺等じゃ効率プレイってのは不可能ってのがある。マジシャンにシーフにモンク……どれも防御面に難があるからな。安定させるなら少なくとも防御面に長けた前衛と、クレリックが欲しい。どっかのギルドに入るのも手だけど……要らんしがらみに囚われるのも面白くない。この三人のまま行動する方が身軽で良いだろ」


大体のオンラインゲームにおいて効率的にレベルアップするには、『消費する時間に対して、効率の高い経験値が得られる場所とモンスター』が必要となる。

しかし経験値の高いモンスターは大抵、強力なモンスターであり、それを高回転で狩れる狩り場というのは『敵が多い、もしくはリポップの頻度が高い場所』という事である。


つまり効率的に狩りが出来る場所であるほど、『強い敵が多く存在する』傾向が高くなる。

その様な狩り場で安全に、確実に狩りをこなしていくには、敵を引き付ける前衛と回復役が必要となるのである。

三人にはその二つの要素が共に不足していたのだ。


『……っつうか、俺等が特殊過ぎて他のPTと合わんだろ、色んな意味で』と付け加えながら、シュウが最後の理由を述べる。


「あと第三に――そうした方がこの世界を生きる、って実感が沸くだろ」


「……何それ。訳分かんないわよ」


「安心しろ。俺も言ってて分からん。とりあえず今の段階で言える事は――『ここはRPGを模した世界ではあっても、RPGの世界そのものじゃない』って事だよ」


殊更に訝しげな表情をするキリカに対し、ハクトは微笑を浮かべた。

その表情を作った意図を図る事は出来なかったが、反対の意を感じられなかった為、シュウは続ける。


「――という訳で方針は決まったな。じゃあ次。旅には先立つ物が必要です。アイテム、装備品、スキル、戦術、行く先の情報や地図……色んな物を用意しなきゃなんねぇ。それらを準備するには……まぁ、RPGの基本だわな」


頭に疑問符を浮かべるキリカ。対してハクトは即座にシュウの言葉に続いた。


「――とりあえず街を周って、色んな人に話しかける。……なんか、それっぽくなってきたね」


「……アンタ等、何でノリノリなのよ」


嬉しそうに言うハクトを見て、キリカは呆れ気味にツッコミを入れる。それをシュウは無視し。


「じゃあ別れてやった方が効率的だろ。ここで一旦解散しようぜ。集合は……そうだな、夕方にもう一回鐘が鳴ったら、ここに集まるって事で」


『んじゃ散会っ!』というシュウの号令と共に、三人は立ち上がった。

それぞれ異なる行き先を思い浮かべ、各々は歩き出していった。






第二章 Go on an adventure!


第一話 チュートリアルを受けよう!






――職業による装備の制限は、一部を除き、基本的に存在しない。


例えば、全身鎧のマジシャンや、ハルバード(長柄の斧槍)を振るうシーフがこの世界では実現できる。


しかし装備の方には、装備条件が存在している。

厳密に言うと、装具が重過ぎたり、装具の能力を発動させる為に魔力が必要だったりで、腕力や魔力が無いと身に着ける事が出来ないのだ。


職業に適したステータス振りをしていると、装備できない物は出てくるであろう。

ましてや極端な振り方をしているのなら、尚更である。



――という訳で、STRがほぼ初期値のハクトは、いくら露天に並ぶ魅力的な剣や鎧を装備したくても、それは不可能なのである。



アルマディナ城を取り囲む様に走る、中央環状道路。そこは冒険者達が出した露店や、住民達の店が立ち並び、この街で一番の賑わいを見せる場所であった。

その東側。東門に繋がる大通りと接した辺りにハクトは居た。

そこに出ていた露店に並ぶ様々な武器が目に留まり、物色していた所だ。


ハクトのステータスや職業は、装備が要だ。スキルも勿論重要ではあるが、それ以上に採る戦術を左右するのはやはりこちらだろう。


一応、ステータス異常を引き起こす武器は一振り所持している。

しかしそれだけだと、耐性のある敵には苦戦を強いられるだろう……という事で、別の武器を探していたのだった。


だが。


(両手武器はおろか、片手武器も重くてまともに振れなかったよ……)


店主に頼んで武器の試し振りをさせてもらったが、自分に合わないだろうという事だけが明らかになった。

気に入ったのは、宝石や紋様によって彩られ、豪奢な造りをしたロングソードだ。


通常、ロングソードは戦士職が片手で扱えるくらいの重量で作られている。

が、ハクトはこの剣を片手はおろか、両手でも非常に重く感じてしまった。

太刀筋もへにゃへにゃの線を描いていた。


指輪を操作し、ヘルプウィンドウを表示させ、武器の必要能力値を確認してみる。

レベル帯の制限があったが、今のハクトのレベルでは余裕で装備できる。純粋に腕力が足りないのだ。


(『ある聖剣のレプリカ』って言われたから、凄く欲しかったんだけどなぁ……)


一瞬、これを装備する為だけにSTRを上げようかと血迷ったが、適正STRにするまで3つもLvを上げる必要があったので、諦める。

ただでさえステータス面でウチの参謀の頭を抱えさせているのだ。これ以上、迷惑をかける訳にはいかなかった。


剣を返し、店主に話しかける。


「今、出ている他にありませんか? ……出来れば短剣が良いんですけど」


『魔術師でも扱えるくらいの』、と最後の部分は尻すぼみになってしまいながら問うと。


「う~ん……ウチは委託店だからねぇ。扱う商品の種類も少ないのよぅ」


委託店とは、冒険者その他から物品を預かり、販売する店の事である。預かる際に委託料をもらい、売れればその分の代金を渡す。売れなければ委託料を返すかどうかは両者の契約によって変わってくる様で、特にシステム等で定められてはいないようだ。


委託店の店主にそう告げられた、『そうですか……』と項垂れたハクトに、『ゴメンねぇ』とその“男性”は謝った。


(……何でこの人、オネェ言葉を使うんだろう?)


頭を垂れたままハクトはそう考える。

店主は中性的で端正な顔つきをしていた。有り体に言えば『カッコイイ』部類に入る。

なのにオカマっぽい。

『なんか勿体無いなぁ』なんて思っていた――その時。



――自分を舐め回すような視線を、ハクトは感じた。



ハッとして視線を上げると、店主と眼が合う。その様子に変わった所は無い。

疑問符を頭に浮かべていると、店主がこう言ってきた。


「……そうねぇ。もしかしたら、ウチの倉庫に在庫が残ってるかもしれないわ。――来てみる?」


何処か艶のある表情を見て、何故か悪寒を感じながらもハクトは。


「助かりますっ」


と二つ返事でOKした。


「そう――じゃあ、ついてきてくれる……?」


見るからにワクワクという感じでハクトは店仕舞いを待ちつつ、店主に連れられ歩く。

有るはずの無い尻尾が見えてくるかの様な喜び様だ。


しかし。



――ハクトは知らなかった。


自分が小動物染みた可愛さを発揮しており、所謂『しょたこん』に馬鹿ウケな外見をしている事を。


そして先程シュンと項垂れた時、その可愛さを爆発させ、店主の性癖を刺激してしまった事を。



……ハクトは知らなかった。


この店主が『東のソドミー(男色)男爵』と称される、有名な好色家である事を。


そして自分が正に今、その毒牙にかかろうとしている事を。




――その後、郊外の貸し倉庫群の一角で、少年の絶叫が上がった。





  ◆




スキルの取得には、応じた能力値や、適した職業が必要である。


しかし。一度取得してしまえすれば、後でどんな職業に変わろうと使用が出来る。


よって魔法を使うライトウォーリアや、回復呪文を扱うヘビィウォーリアなどが実現できる。


取得したスキルの内、アクティブスキルは使用する事で熟練度が上がっていき、より強力な効力を発揮する事が出来る。

アクティブスキルとは能動的に使用を選択する事で発動するスキルの総称であり、技や魔法などがこれに当てはまる。


魔法の場合、とりあえず何か言葉を発し、『この魔法を使う』と意識する事で発動する。この際、各魔法に設定されたキャストタイムを置いて、効果が発揮される。


何かしらの技を使う場合は、一定の態勢を作り、特定の動作を行う途中に『使用する』と意識する事で発動する。

そうすればモーションアシストが発生し、スキルに応じた技を再現する事が出来るのだ。


――さて、キリカの場合は拳法スキルがこれに当てはまる。


徒手空拳が発動の条件で、武器を使用するスキルと違い、威力はそれなりだ。

故に、手数と多彩さでそれを補う形になる。

しかし。


(……種類が多すぎるのよね。空手だけに絞ってもエライ数があったし)


とりあえず思い浮かぶ格闘技だけで、日本武術、中国武術、ボクシング、ムエタイ、レスリング、カポエラ、テコンドー……。

日本武術と中国武術は便宜上そう分けたが、その中には空手や柔術に合気道、太極拳・八極拳・少林拳……といった感じで、無数に種類がある。

流派毎に分けると更に細分化してしまう。


その中から、自分に合った物を取捨選択していかなければならない。

時間と資金が無限にあれば片っ端から取得し、鍛え極める、といった感じで試していけるが、そういう訳にもいかない。


(空手は向こうで習ってたんだから、とりあえずそれを中心に進めていけば良いとは思うけれど――)


――実戦とスポーツは非なる物である。

稽古や試合はそれほど無数にやってきたが、『命を駆けての実戦』など経験できるはずが無い。

その実戦で、キリカの積んだ空手の経験が生きるかどうかは、疑問であった。


例えばキリカの習った空手では金的等の急所狙いや組技が禁止されているが、リアルファイトだと相手は問答無用でそれらを使ってくるだろう。自分の武術における禁じ手がそのまま弱点となる、と言うのは実戦や異種格闘技戦で良く起こる事である。

そんな訳で、考えなしに空手のスキルだけを習得していくという方針は取れない。

数ある状況に柔軟に対応していく為には、他の格闘技スキルも習得する必要があるだろう。


しかし。


(……付け焼刃になりかねないのよねぇ。どんな状況でどんな技を使えば良いか把握するだけでも時間がかかるだろうし)


とりあえず使い勝手の良さそうな《サマーソルト》や《ダブルラリアット》などの基本スキルは取得した。

後は、空手に似た用途や型の存在する武術を選んでいけば良いとは思うのだが――。


そんな感じで思考しながら、北門に続く大通りを歩いていたキリカは足を止める。

目的の場所へと辿り着いたのだ。


アルマディナの北にはギルドホールや銀行、冒険者向けの貸し住宅等の他に、スキルを習得する為の施設が立ち並んでいる。


アクティブスキルの習得は、スキル書を使用すればそれだけで行える。


スキル書の獲得の方法は二種類に分けられる。


一つは《同盟》本部や各支部を訪れ、そこでスキル書を購入する方法。《システム》を構築する際に一緒に設定された基本スキルはこの方法でほぼ網羅できる。


もう一つはそれぞれの冒険者が作成したスキル書を取得する方法だ。


冒険者は自らの技を、特定の手続きを踏んでスキル書を作成する事で、独自のスキルとする事が出来る。

例えば『自分の得意とする後ろ回し蹴りをスキルにして、それを自他に習得させる』といった事が可能なのである。


この《オリジナルスキル》の存在がアクティブスキルの多種多様さを決定付けている。

空手の変哲もない正拳突きも、複雑な動きの剣舞も、どんな動きだろうが再現できるのならスキルとして広める事が出来るのである。


このオリジナルスキルのスキル書の作成・販売や、スキル習熟の援助をするのが、冒険者の生業の一つとなっている。


それらを行う共用演武場や露店がこの街の北側に集まっているのだ。


とりあえずキリカは演武場を訪れた。400mトラックと同じくらいの広さだろうか。そこかしこに的やマネキン、場内外を表す白線があった。

誰もがマネキン相手に剣技を振るったり、的を狙い弓を射て、スキル実践の為の模擬試合を行っている。


――ふとキリカの目に留まった物があった。


皆何かと相対している中、独りで何かに没頭する人物が居る。


白黒二色の表演服に、太極図が描かれた帽子。それを纏い、静と動がハッキリと別たれた動きを繰り返している。


鳴っているのは手足が風を切る音、それに力強く響く踏み込み――震脚の音だ。


(――中国拳法? これは、八極拳かしら……?)


その人物が行っているのは型の……中国武術で言う所の套路の演武だ。

そして地面を滑る様に一歩で大きく移動し、肘や体当たりを組み込む套路は八極拳でよく見られるのだ。


(すっごく綺麗だわ……。演武を重視するお国柄が出てるわね。でも――)


――震脚の音は技の威力の凄まじさを示している。

ステータス補正もあるだろうが、技術が無ければ出せるものではない。

また華麗なだけでなく、実用性もある動きである事も、套路から見て取れる。


ぶっちゃけて言うならば、キリカの好みドストライクな動きだった。


最後に彼は、一際大きな震脚からのアッパーを披露した。

『ドン』と空間と地面に響く音から、このアッパーを喰らえば、どんな大型モンスターにも有効打を与えられる……そんな印象を与える動きだ。


ふとキリカに八極拳の代表的な伝承者の二つ名が浮かぶ。



――二の打ち要らず。


つまり、一撃必殺――



「――これだわ!!」


思わず叫んだキリカの声に驚き、その人物は固まった。




この邂逅が、後々にキリカに付いて回る物騒極まりない様々なニックネームを産み出したそもそもの原因であった事を、今の彼女が知る由も無い。







  ◆



レベルアップすると、ボーナスポイントが得られ、それを割り振る事でステータスが上昇する。

レベルの上限は99までで、レベルアップする毎に得られるポイントは3。

初期値を合わせると、最大で334の数値をそれぞれのステータスに割り振る事になる。


ステータスの最大値は99……つまり、Lv99の時点で最大三つのステータスを限界まで上げる事が出来る。


MMORPGでは大体極振りが推奨される。『一定の状況を作り出し、最大限のパフォーマンスと効率を発揮する』事が求められるからだ。

高効率で経験値を得られれば、すぐにデスペナルティ分を取り返せるし、PTを組んだ際に他の仲間の効率も上がるのである。


――しかし。


(……この世界の場合、デスペナルティは文字通り“死”だ。やり直しなんか効かない。死ねばそれでジ・エンド。そんな中で――)


――果たして極振りを行って良いのかどうか。

シュウはその事に頭を悩ましていた。


大体のMMORPGにおいて、魔術師が極振りをする場合、魔法の威力を上げる為にまずINTを、次に魔法詠唱の速度を高める為にDEXを、後は攻撃を回避する為にAGIを……という風な振り方をする。

しかしただでさえ脆い魔術師がこの様なステータスにすれば、“万が一”攻撃が当たってしまえば、即死に繋がってしまう。


ゲームであれば“万が一”が起こっても、いくらでも取り返しが効く。

しかしこの世界では“万が一”が起これば、それで終わりかもしれない。


ならばもっと防御面にポイントを割いた方が良いのではないか。


(スキルの選択にしてもそうだ。普通なら範囲魔法一択だけどよ……)


高威力広範囲の魔法は、それだけ詠唱に時間がかかる。

『詠唱中は他の行動が不能』なのでその間に殺されてしまう、というのもMMORPGでよくある事例である。


また幸いこの世界では『ダメージを受ければ詠唱はキャンセル』といったペナルティの方は無いが、『長い詠唱の間に、取り返しのつかない事が起こってしまう』という事はあり得る。

例えば、一刻も早く敵の数を減らさなければならないのに、それが間に合わず味方が死んでしまうというケースだ。


バランスの良いPTならその危険は少ないだろうが、シュウ達の場合、それが充分に起こり得る。

三人が三人共に防御面に不安を抱えているからだ。


三人共に『軽装備による高機動』が出来るので多少の危機は回避できるだろうが、余りにも敵が多すぎた場合はそうはいかない。

その様な場合は、ただちに少しでも敵の数を減らす、という選択をする必要もあるだろう。


(でも、その場合は『他の仲間を信じて、範囲魔法を詠唱すれば良い』ってならないか? いや、それでも範囲魔法は危ないかもしれん……何故なら――)


ゲームとの決定的な違い。それは『魔法で味方にダメージを与えてしまう』可能性がある事だ。


ゲームと違って、『敵・味方を識別して被害を与える魔法』という都合の良い物があるはずも無い。

魔法の有効範囲に味方が居れば、普通に味方にダメージがいく。


一応、『プレイヤーがプレイヤーに攻撃を加える場合、それが死をもたらす様な物であれば、その行動そのものが阻害される』というシステムの保護がある。

しかしそれはダメージそのものを無効化する事を意味しない。フレンドリーファイアに加え敵のダメージで味方が死んでしまった、なんて事になれば目も当ててられない。


そういう理由でも範囲魔法を選択するか否か、迷い所であった。


……そんな訳で、スキルとステータスの振り方、その二つの絡み合う問題でシュウは苦悶していた。


(――あいつ等は悩む必要は無いんだよなぁ。キリカは素で強いし、ハクトの方はもう取り返しのつく段階を超えてるし……あ~っ、もうどうすりゃ良いんだよっ!?)


――そんな風に苦悩している様子は、黄昏ている様にも見えるのかもしれない。


ちなみにシュウは南門近くの広場に来ている。中央には噴水があり、その周囲にベンチが置かれており、シュウはそこに腰かけている。

そんな場所ではあるが、冒険者が特に使用する用途は無いのか、周りに人気は少ない。これ幸いと、彼はチュートリアル時にもらったマニュアル片手に、一人思考に耽る事にしたのだった。


――そんな彼の“背後”に、誰かが立つ。


正確にはベンチを挟んで、右後方……そこにシュウは人の気配を感じた。

それを感じられる程に接近したくせに、その人物はシュウに声をかけようともしなかった。


……シュウの脳内で何故か警報が鳴り響いた。


極力、後ろの存在に関わらない方が良い。

本能はそう告げている。


結果、シュウは直感に即した反応を取る事にした。

それは、『存在ごと無視する』という行動であった。


そんな感じで、シュウは引き続き本に目を通す事にした。


後ろの人物が口を開く気配を感じた。



「――どうやら、始まったようだな」



『……何が?』とは訊けなかった。


唐突な意味不明すぎる言動。


間違い無く、こいつは変人である。

シュウはそう確信する。


――と。背後の気配が一つ増えた。

今度はベンチを挟んで中央、シュウの真後ろから気配を感じる。


そして。



「――やれやれ。やはり統計通りにはいきませんか」



再度、疑念が沸き起こる。性分上、ツッコミを入れたくてしょうがないが、シュウは何とかそれに耐える。


そしてまたまた気配が増え、今度はベンチを挟んで左(以下略)。



「――仕方が無いわね。いっちょケリを着けに行こうじゃないの」



シュウの脳内で疑問符の嵐が巻き起こった。右から左へと『?』マークが弾幕の様に流れていく。


ふとシュウは背中から視線を感じた。それは動かず、ジッとシュウを捉えて離さない。


(……なに? もしかして俺、何か期待されてんの……?)


何となく、その視線が『シュウの動向を見守っている』故の物だと感じたのだ。


さすがに脂汗が額から流れ出した。無視し続けるべきか。何かしらの反応を返すべきか。



葛藤の後――シュウは立ち上がり、脱兎の如くその場から逃げ出した。



しかし右側から追いかけてくる者の姿を捉える。

鋼鉄の鎧にサーコート、腰には直剣という、如何にもナイト然とした男だ。


「――待てっ! お前だけ行かせる訳にはいかないっ!!」


――行かせてくれ。その心からの叫びは聞き届けられず、今度は左から駆けてくる音が。


女性。半袖のチュニックにショートパンツ、革製のジャケットという軽装、そして頭のバンダナ。見るからにシーフといった感じの出で立ちだ。


「約束したじゃない!? 『私達は生きる時も死ぬ時も一緒だ』って……!!」


何時? 何処で? というかお前誰?

会った覚えすら無い女性に、プロポーズ染みた約束を捏造され、更に困惑が極まる。


そして。


頭上を飛び越える人影。思わず足を止める。


シュウを飛び越え、眼の前に現れたのはフード付きの黒のローブを身に纏った魔術師。

彼は言う。


「――フッ……では共に行きましょう。最後の戦いへ……!」



その言葉を受け、いいかげん堪忍袋の緒をずたずたに引き裂かれたシュウは――全力の魔法を三人に向かってぶちかました。




  ◆




ふらふらとした足取りで、ハクトは西通りを歩いていた。

彼の精神の平衡は先の件のショックで完全に失われていた。目も何処か虚ろで、ブツブツ『オネェ怖い、男怖い』とひたすらに呟いている。

不気味な彼の様子を見て、通り過ぎる者は皆彼から距離を取っている。


無理も無いだろう。本当に寸前の所で彼は逃げ出したのだ。

上着を剥がれ、組み敷かれる寸前にナイフを抜き、オネェ店主が麻痺するや否や、窓をぶち破って外に飛び出した。

そしてそのまま全速力で西通りまで走って来たのだった。


疲労と精神ショックでハクトは完全に自失していた。

だから全く前方など見ておらず――迫る人影に気づきなどしなかった。


背の高い男。その男はしきりに声を荒げ、前に居る誰かに向かって暴言を吐いている。

そしてその男の背中にハクトはぶつかった。


「――ああっ!?」


勢いよく振り返り、ガンを飛ばす男。

呆けた様子で見上げるハクト。


そしてハクトの表情が戦慄に染まる。


「なんだコラッ!? ぶつかっといて詫びの一言も無しかっ!?」


男が怒りにまかせ、ハクトに手を伸ばす。


恐らく襟首を掴もうとした動作を見て、ハクトは先程襲われた記憶をフラッシュバックさせた。


途端に走る恐怖。


「…………される」


不明瞭に発された言葉。男の眉が歪む。

二度目に発したハクトの声は、はっきりとしていた。


「――犯されるっ……!!」


恐慌により絶叫じみた悲鳴が上がる。


――同時に目も見えぬ速度でナイフが鞘から抜かれ、閃いた。


軽く皮膚を裂く様な斬撃。

それでもそのナイフ――禍々しい紋様や髑髏の装飾が目立つ短刀だ――が効果を発揮するには十分過ぎた。


「……ッ! なにすんだれめぇ――がっ」


唐突に男の呂律が悪くなり――白眼を剥き泡を吹いて、男は倒れる。


その向こうから見えるもう一つの人影。


小柄な、ハクトと同じくらいの背丈の少女だった。

暗色のローブとフードを纏い、表情に乏しい、陰気な雰囲気の少女だ。


彼女を見て、ようやくハクトは自失状態から立ち直った。


「……って、え? うわっ!! 何やってんだ僕は!! これじゃ辻斬り――大丈夫ですかぁっ!?」


弾かれた様に動き、倒れ伏した男を揺するハクト。

だが男はピクリともしない。段々とハクトから血の気が失せていく。


――と。

ガチャガチャと複数の足音がこちらに近づくのにハクトは気付く。

恐らくフルプレート装備の警邏部隊が立てる音だろう。


不味い、という言葉が無限にハクトの脳内でリピートされる。


自分がした行為は、イエローレベルの犯罪。

注意では済まない。聴取の上の刑罰……恐らく数日に渡る禁錮刑。


出足を挫かれる、というレベルでは無い失敗をした実感。ハクトの思考は完全にフリーズする。


だから、次にハクトの耳に届いた声に、彼は何の疑いも持たず従った。


「――こっち」


少女が手を引き、ハクトを起こした。


ハクトは少女に従い、駆けだす。


向かうは路地裏。喧騒は段々と遠くなっていった。




  ◆




「一撃必殺のスキル……デスか」


表演服の男性はヨウという名らしい。

彼は中国からこちらの大学に来た、留学生だった。

親戚がかの李氏の子孫らしく、その人物の元に付き、正式に八極拳を修めた正真正銘の武術家である。


そんな彼はキリカの要請に頭を悩ませていた。


「そうそう。空手の堅実な動きに、一撃必殺の八極拳のスキルを合わせれば無敵じゃない?」


「そうは言いまシてもネ……」


ポリポリと帽子越しに頭を掻くヨウ。

そして数歩後ずさった後、構えを作る。


「私が教えテいるスキルの中で、一番威力がアルのは――」


そう述べた後、腰を落としたかと思うと――渾身の震脚と共に猛烈なアッパーが放たれた。


音と弾けた風の余韻で空気が震える。


「――この《立地通天炮》なのデスが……」


思わず一連の動きに見惚れていたキリカは、その言葉に我を取り戻し。


「何か問題があるの? 十二分に威力がある様に見えたんだけど……」


「いえ。これでも両手武器の初級スキルと同じくらいの威力なのデス」


「……え? 何でっ」


キリカが目にした技は『通天』の名にふさわしく、まさに天を衝く勢いがあった。

それでも足りないと言うのか。


「正しく言うなら、“武器の威力補正が素手のそれを上回る”のデスね。どんなに強力なスキルを扱えても、威力では武器を扱う職業に敵いません」


それはキリカも知っていた事だ。


敵に与えるダメージは、彼我のステータス、各職業のステータス補正や威力補正、そして武器の攻撃力によって決まる。

素手で戦うのなら、その内の武器の攻撃力を捨てる事になるのだ。

モンクは素手のダメージにプラス修正を与えるが、それでも他の攻撃職が弾き出すダメージ値には及ばない。

だからこそ、『二の打ち要らず』と謳われる八極拳に期待を寄せたのだが……。


キリカは見えて肩を落とした。

その様子を見てヨウは小さく笑い。


「気を落とさないデ。モンクのスキルにはその不利を補う、『手数の多さ』と『隙の少なさ』、『状況を選ばない利便性』など、数々の長所がありまス。デスから、一撃必殺とまではいかなくても、堅実に大きなダメージを重ねていく事はデきまスよ」


「う~ん……」


キリカが『一撃必殺』を求めるのは、自分の趣味というもの以外に、理由があった。


強力な相手――例えばこちらを一撃で葬れる様な――との長時間の戦闘は危険すぎる。

それは『あの夜』を越えてキリカが得た教訓の一つだった。


その為に速やかに戦闘を終わらせる手段が必要になる。


そう思っての事だったのだが……。


尚も悩むキリカを見て、ヨウは慌てて言葉を続ける。


「モンクのスキルは発動に必要な時間も、発動後の隙も少ないデス。デスから、小刻みにスキルを当て続けていくのデス。相手が怯みさえすればスキルを重ねる事も容易デスシネ」


「……う~ん」


変わらないキリカの様子。それを見て、ヨウの狼狽は強まっていく。


「た、例えばデスねっ。この《猛虎硬爬山》っ。このスキルは一度決まれば相手に反撃を許さずに連続技を叩きこめる――」


その言葉を聞いた時、キリカの脳内に雷光の様に閃く物があった。


「――ヨウさん。今の台詞、ワンモア」


「……はい?」


「今言った事、もう一回言ってっ」


「ええっと……《猛虎硬爬山》という技は、一度決まれば相手に反撃を許さず連続で――」


「――それだわ!!」


本日二度目となる突然の大声に、思わずヨウは跳び上がって驚いてしまった。




  ◆




思わずシュウがぶちかましてしまったのは下級範囲魔法、《エクスプロージョン》。

小規模の爆発を起こし、範囲内の敵に爆炎と爆風の両方でダメージを与える魔法だ。


故にシュウの前方ではその魔法が巻き起こした爆風で土砂が巻き上がり、砂煙が生まれていた。

術の威力が相応の物であると物語る光景である。


――だが。


「フフ……それほどまでに私達を行かせたくありませんか。あくまでも一人で行く、と……」


何のダメージも負った様子の無い三人組の姿が、砂煙が薄れるにつれ見えてきた。

不敵に笑いながら黒の法衣の男が『しかし』と告げる。


「――今のでお分かりでしょう……! 貴方一人の力では、私達三人に傷すら負わす事が出来ないと……!」


「……違ぇだろっ。システムの方で街中のPKが禁止されてるからダメージがいかないんだろ!?」


無傷な理由をさも『自分達が強いから』の様に告げる法衣の男に、シュウは即座にツッコミを入れた。


「まだ分かってくれませんか……。しかし我々も貴方一人行かせたくはない。ならば――」


それを意に介さない様子で言葉を続けつつ、男がウィンドウを呼び出し、操作を始めた。

しばらく後にシュウの指輪が光り、ウィンドウが自動的に表示される。

内容は『デュエル(決闘)を申し込まれました YES/NO』だ。


「――力づくで止めるしかありませんね……!」


ルールを一応確認する。

決闘の形式はチームVSチーム。勿論こちらは一人なので、一対三という事になる。

決着はHPの10%が削れたら。

それ以上のダメージは低減され、HPが90%以下になった者から決闘から脱落していく仕組みだ。


明らかに自分が不利なルール。

だが。


「……もう良い。乗ってやる。乗ってやるから――」


シュウは迷わずYESボタンをタッチする。


「――てめぇら全員、ボッコボコにしてやる」


――そしてデュエルスタートを告げるファンファーレが鳴った。


同時に、三人組が一斉に動く。


「行きますよ――ジーン! マチルダ! ジェットストリームアタックです!!」


「おう!」

「了解っ!」


恐らくそれぞれナイト然とした男と、シーフの女のニックネームか何かなのだろう。

明らかに日本人の名前でない名が叫ばれた後、破られる運命にあるとしか思えない技名が宣言された。

あとジーンとマチルダはガン○ムに登場する、撃墜された者達の名前だ。

全てが狙っているとしか思えない。


そんなツッコミがシュウの脳内に流れるが、今は戦闘中なのでそれらを切り捨てる。

見れば、敵は見事に一列になってこっちに突っ込んで来る。

思うほどヤラレ役ではないらしい。


シュウは動じず、動かず、その突撃を迎え撃つ。


最初の一撃は先頭のマチルダからだ。

彼女は強く足を踏み込んで、まず列から突出した。


シュウは腕を掲げ、即座に魔法が詠唱できるように集中する。


そして――ラリアットの一撃が来た。


「――なんでさっ!!」


思わずツッコミながら、屈んで回避。

シーフがモンクのスキルを使う……その意外さに初動を遅らせてしまう。

その為に隙が生じた。


そこに二人目――ジーンが突っ込んでくる。


彼は手にした片手剣を振りかぶり、そのままのモーションで――


「――《メガトンパンチ》ッ!!」


――もう片方の手で猛烈なパンチを放ってきた。


「……天丼、かよっ!!」


今度は動きの虚も突かれた為、無理な体勢で回避を行う羽目になった。

前方に飛び込む様にしてそのパンチを避ける。


跳ねる様にして起き、前方を見据える。

しかし、そこに居るはずの三人目が居ない。

来るはずの三撃目が来ない。


――ふと前方に、影を見つけた。


それを認めた瞬間、弾かれたかの様に上を見上げる。


そこには――宙高く跳ぶ、三人目の姿が。


(不味いっ……! 今度こそ避けられねえっ……!)


来るのは魔法か。それともまた体術なのか。

衝撃に備え、身構える。


そして黒の法衣の男は――



「秘奥義――《時を翔けるポーズ》ッ!!」



――諸手を後方に投げ出し、顔は上を向き、足は駆けだす様な“あの”ポーズをとった。


恐らくそうなる様にモーションアシストがかかっているのだろう。

ゆっくりと、滑空するように男は降りて行く。


そして着地。


シュウはその一部始終を無表情で眺めるしか無かった。


対して。


「……いけますっ!! もう一度ジェットストリームアタックです!!」


「へへっ……アイツ、ビビってやがるぜっ!!」


「私達の動きに見惚れていた様ねッ!」


三人は大いに盛り上がる。


どうしてここまで心に温度差があるのだろう。その熱をもっとマトモな事に向ければ良いのに。

シュウはそう思わずにいられなかった。


だが。


(三人目がマトモに動いていたら、俺はやられてた……。アレはただの無駄な動きじゃない。まさか……アレが『無駄に洗練された無駄の無い無駄な動き』ってやつか……!)


心中で熱く解説風のセリフを吐いている辺り、この三人のテンションに充てられている。

それに気付かずシュウは立ち上がり、集中して身構える。


洗練された動きには――相応の技を。


身体に染み付いた――染み付いてしまった技術を振るう決意をシュウは固める。


そして一人目が来た。


一度目と同じくシーフの女。

彼女は両手を翼の様に広げ、疾走する。


(……なるほど、左右の二択か。一発芸じゃないらしいな。だが――)


「――足元が御留守なんだよっ!!」


すれ違い様に足払いをかける。

相手は疾走とスキル発動に意識をとられている為に、それを回避できない。


『ギャンッ』という盛大な悲鳴と共に、マチルダは地面に倒れ込んだ。


次のナイト。一度目の時より攻撃を遅らせている。間合いに入るまで、剣撃か拳打か悟られない様にするらしい。


だがシュウには関係無い。

態勢を直しながら、ナイトが攻撃してくる瞬間を待ち構える。


そして間合いに入った。

ナイトは弾かれたかの様に初動を始める。


「ウラァッ!」


繰り出されたのは一度目のと同じ、拳打スキル。

速さも重さも申し分無い。

しかし。


(軌道が馬鹿正直で、読み易いっ……!)


シュウは、ナイトの突き出した左腕に、自分の左手を添えた。

そして重心を崩す様にその手を引く。


崩れたナイトの身体に、突き上げ気味に右手で触れる。


「ウィンド――」


そして詠唱を開始する。生じた風の力がナイトの身体を宙に少し浮かせる。

左手を更に引き、自分の身体を後方に――地面に触れるまでに倒す。

同時に脚は相手の腹に添えた。

出来あがるのは巴投げの形だ。


ただし投げるのは――


「――ショットッ!!」


――空中に居る、三人目の方へだ。


『ぶべらっ』とかいう妙な悲鳴を上げ、ナイトが上空にかち上げられる。

既に空中に跳躍していた法衣の男がその様子を見て表情を驚愕に染める。


「仲間を踏みだ――砲弾にしたッ!?」


どうしてもその台詞が言いたいのかお前は。

そんなツッコミを入れつつ、シュウは空中で盛大に激突する二人を見て、次の行動を開始した。


その間に地面に落下した二人は、立ち上がろうとするが――お互いの身体で邪魔し合って、即座には立ち上がれない。

マチルダもようやく身体を起こした所だ。


そんな三人の様子を見て、シュウは説明した。


「――ウィンドバレット。弾数三発。威力最大。……さて、何か言い残す事は?」


三人が一斉にシュウを見――彼の手に生じ、轟と唸りを上げ続ける風弾を見て、沈黙する。


そして、法衣の男が一言呟いた。


「……ジーク・ジ――」


「――あ、ゴメン。やっぱ言わせねェ」


男の遺言は、断末魔の悲鳴に取って代わられた。




  ◆


少女に手を引かれるままハクトは路地裏を駆けて行く。


遠く――自分達が元居た方からは喧騒が聞こえる。

自分がやらかした事を改めて実感する。いくらショックな出来事に自失していたとは言え、やった事は通り魔そのものだ。

これからどうなるのか、とグルグルと思考を巡らせていると、少女が歩を緩めて行く。


立ち止まり少女が振りかえる。


背が低く、華奢で小柄な体格。髪は三つ編みでおさげ。少女のおとなしめな印象を強めている。

纏った黒いローブは所々怪しげなアクセサリーで彩られている。如何にも呪術師、或いは魔女といった様相だ。といってもシステム的にはそんな職業はなかったりするのだが。


少女はぺこりとお辞儀をする。


「……ありがとう。取引の示談がこじれて絡まれてた」


言葉少なに感情薄く、礼を告げる少女。

思わぬ事態にハクトはあたふたとしつつ。


「い、いえっ! 」


人助けをしたという自覚が無いので思わず否定をするハクト。

頭を上げた少女は続ける。


「あの卓越した刃捌き――名うての暗殺者とお見受けする」


「なんでさ」


あんまりな言葉にハクトは思わず素に戻ってツッコミを入れた。

そして誤解をされてるのに気付き、慌て、


「……って、違います! あれは、何というかその……衝動的にやっちゃったっていうかっ!」


「なんと……私の恩人はまさかのスプリーキラー」


「うがぁああっ!!」


誤解を訂正するどころか容疑をかけられ、頭を抱え呻いた。


ちなみにスプリーキラーとは通り魔の一種で、短期的に複数の場所で殺人を起こした者の事である。大抵、確たる動機がなく――男色店主の一件も合わせて考えるとばっちりハクトのケースに当てはまっていた。

少女は深く考えて言ったのではないのだろうが、言い得て妙である。


「……冗談は置いておいて」


「冗談かどうかも分からないんですがっ」


何しろ少女の声には抑揚が無く、感情表現が希薄である。ハクトは今現在も容疑をかけられているのではないかと気が気ではない。


「凄い技能に感心したのは本当」


ハクトはそれは誤解だと否定の声を挙げる間も無く、少女は続ける。


「だって街中で――PK禁止区域の中で冒険者にダメージを与えたんだから」


ハクトは沈黙する。


そういえば。チュートリアルにて繰り返し聞かされた。大抵の街・村・集落では、PK行為が禁止されている。そういった行為を行おうとしても、『危害を加える』という意識に反応して、ダメージが発生しないのだ。


ならば、先程何故自分は男を斬りつける事が出来たのか。


「だから、相手に危害を与えられたと認識されず、システムにすら害意を感じさせず、攻撃を加えたとしか考えられない」


「そんなこと……」


と言葉を紡ごうとして。


……ふとシステムの大元――というかこの世界の創造主に対して想いを馳せる。


『彼女』なら有り得る。厳正に作り込んでいるように見えて、思わぬ所で抜けてるのがそれっぽいというか……。

というかそもそもシステムの成り立ちからして幾らでも抜け道やバグが存在していそうである。


「そんな殺人鬼さんの腕を見込んで――お願いがある」


あとお礼もしたい、と付け足して何やら手渡してくる少女。

考え込んでいたハクトはハッとしてそれを手に取り見やる。


名刺。何やら店の名前とその場所、そして彼女の名前と役職が記載されている。


(ええっと……『アーティフィサーズ・ティーパーティー 代表:ミサ』……?)


怪訝な表情をして顔を上げる。


「……この場所に来て」


少女――ミサはそう告げると踵を返し、スタスタと歩いていった。


ポカンとしながら佇み、見送るハクト。

終始彼女のペースに巻き込まれ、流されるままに、何やら会話が終わってしまった。


そしてハクトは気付いた。


「……容疑、晴らしてないっ!!」


――ちなみにこのハクトに対する物騒なイメージは、大小の差異こそあれ、この先ずっと付いて回る事になるのはまた別の話である。



  ◆




キリカは使い勝手の良い小技を中心にヨウからスキルを伝授してもらった後、自分が先程思い付いた事を実践してみる事にした。


キリカは呼吸を整え、半身の構えを作る。


空手も八極拳も構えのコツは一緒だ。

軽く膝を曲げ、腰を落とす。

重心は垂直に、爪先に乗る様に意識する。でなければバランスが崩れ、対応が遅れるのだ。


構えが整った後に、キリカはスキルを発動させた。


不可視の力が働き、右脚が前へ踏み込まれ、下から突き上げる様に右の肘が突き出される。

《裡門頂肘》。発動が早く、返し技にも使える肘打ちだ。


動きが止まり、反動が身体に伝わる。

そしてコンマ数秒のディレイタイムが発生する。この間は何も動作を行う事が出来ない。


その間にキリカは身体に命じ続ける。

次の動きを。右脚を軸に、腰を捻り、左腕を打ち出す動作を。


そしてディレイタイムが終了したと同時に、空手の正拳突きが打ち出される。


間髪入れずに次のスキルを発動。


右脚の震脚と共に、重心の移動無しに、地面を滑走する様に動く。

モーションアシストにより八極拳の独特の歩法――活歩が再現されたのだ。


そして再び震脚が鳴り、強力無比な突き上げが放たれた。


先程キリカがその目で見たスキル――《立地通天炮》だ。


一連の動きは『小刻みに』ではなく、正真正銘連続して行われた様に見える、見事な連携だった。


空間が震える余韻の中、ヨウの拍手がそこに加わる。



「凄いデス……キリカさん……! まるで――コングデス!!」



――即座にキリカがヨウの頭部に拳骨を振り下ろした。


岩を殴った様な轟音。

思わずヨウは痛みでうずくまる


「ご、ごめんヨウさん……思わず幼馴染にするのと同じ様なツッコミを入れちゃって……」


「い、いえ。前にも似た様な事がありましたから。また私、言い間違っちゃったんデスね……?」


「また?」


「はい。まだ私、日本語が苦手で、よく言い間違えちゃって相手を怒らてしまう事がよくあるんデス。例えば……『陰気にならないで、元気出してください』を『インキンにならないで、ゲンキン出してください』とか……」


「一応聞いとくけど、それ悪意無いよね?」


頷くヨウを見て、キリカは一応信用する事にした。


「それで、何を本当は良いたかったの……?」


「ええと、コングではないから……コンゴ? 違いまスねぇ……」


尚も続くゴリラ押し。やっぱりわざとじゃないのだろうか、とキリカは訝しみつつも、ヨウの言葉から似た響きの単語を連想した。


「もしかして、『コンボ』?」


「そうそう! それデス!! 私の大学の友人が言ったんデスよ! 私が太極拳を使えると知って、『コンボ見せてコンボ!!』って! 最初はよく分からなかったんデスが……彼の家にお邪魔した時にゲームを見せてもらってやっと分かりまシた。先程のキリカサンの動きはそれにそっくりだったんデス」


「……ようやく理解したわ」


シュウがやっていた対戦ゲームにそういう用語が使われていたから覚えている。確かそのゲームにも太極拳を操るキャラクターが登場していた。有名なゲームらしいから、ヨウの友人も持っていたのだろう。

そこまで考えながら、『う~ん』と唸り、キリカは続ける。


「けど……結局、『一撃必殺』じゃないじゃん」


落胆するキリカに『そんな事はないデスよ』と置いた後ヨウは。


「強力な攻撃は相手をスタン(怯み状態)させる事が出来まス。そこへスタン状態から回復する前に、次々と攻撃を繰り出せば――」


「――相手を倒れるまで攻撃を続けられる……そうか、結果的に『必殺』になるって訳ね!」


頷くヨウにキリカは満面の笑みを向け、彼の手を取った。


「ありがとうヨウさん! 貴方をこの世界の師匠と呼ばせて!」


「……シッショー?」


『ああ』とキリカは苦笑する。


「師匠は師父を意味する言葉よ。貴方が師父。私が門下生。ちょくちょく習いに来るつもりだから――これからよろしくお願いします、師父」


キョトンとしていたヨウは、やがて屈託の無い笑みを浮かべ、こう言った。


「私がキリカさんのスーフ(師父)デスか……。ウカウカしていると、キリカさんにすぐ襲われて、上に乗られますね」


本日二度目になる弟子から師匠への鉄拳制裁が放たれた。


ちなみに『すぐ追い越されて、上に行かれる』と言いたかったらしい。





  ◆



公園の原っぱの地面に、シュウは先程のデュエルの相手だった三人と腰かけていた。

ジーンと呼ばれていたナイト風の男が、頭を掻きつつ豪快に笑い声を上げている。


「――まぁ、ってな訳でさ。初心者っぽい奴を見かけたらあんな感じのロールプレイで絡んでんだよ」


『ノリが良い奴は乗っかって来て、そのままPT組んだりするんだぜ?』と続ける。


冒険者システムの恩恵と、“初日”の経験により自粛する為、無謀な事をしでかして死亡する新参冒険者は意外と少ない。

しかしそれでもモンスター等による死亡の危険は多い為、彼ら三人は初心者を見つけたらアドバイスをしたり護衛を買って出るらしい。

要はこの三人がやろうとしていたのは初心者援助である。


ジーンと呼ばれていた男は本名がジン、マチルダはマチらしい。二人は同じ大学の新歓委員だという事だ。

ちなみに黒ローブの男の詳細はまだ教えてもらっていない。


シュウは不可解……というか、奇妙珍奇な先程の出来事の裏側を明かされて、なお憮然としながら呟く。


「……俺が初心者だってのはその通りだから良いけど。何で俺があのノリに付いていけると思ったんだよ」


「だってよ――本片手に公園のベンチで黄昏てる奴が居たら、同類だと思うだろ?」


『チューニ病、って言うんだよね!』とマチがよく分かってなさそうな感じで言ってくる。

シュウは『黄昏てねぇし、カッコつけてもねぇよ』と、重く呻く様に言葉を漏らすしか出来ない。先の自分が、記憶に新しい漫画のワンシーン殆どまんまだったのに思い至ったからだ。検索ワードは土手、文学少女、『この風、少し泣いています』である。


ジンは『しかも読んでる本がマニュアルって』と言いつつ吹き出している。

シュウがそれを見て青筋を立てていると、誰かの声が聞こえた。

見ると黒フードの男が離れた所に立っており。


「――ああ。例の彼等の内、一人と接触した。フフ……噂以上だったよ。彼等には期待できる」


虚空に向かって誰かに話しかけている。


「……あれは?」


「あれは本物だ」


「よくああやって架空の相手と話してるよ~」


一応、冒険者システムによって離れた場所の相手と念話できるが、そもそもその相手が居るかどうか怪しい。というか某科学ADVの主人公を訪仏させる節があるので、恐らく居ない。

重篤患者を前に心の中で手を合わせるシュウ。


「っつうか、固有結界張ってたんじゃねえなら、何してたのお前さん?」


「止めろよ俺あの作者好きなんだから! ……ステ振りとスキル選択で迷ってただけだよ」


「ほう」


何やら琴線に触れてしまったのか、ジンとマチの表情が喜色に染まる。

『ほらほら、おにぃさんとおねぇさんに教えてみなさい』と迫る二人に渋々先程の悩みの詳細を打ち明けると、ジンが深く頷いた。


「うん。結論から言って――どうにでもなるぞ」


「んな簡単に言うなよ。ミスったら取り返しのつかない事に繋がるんじゃねえかと俺は……」


「ああスマン。言い方が悪かったな。そもそもゲームと違って自分の身体を操作せにゃならんし、『システム』もプログラムと違ってあやふやなもんだしで、どんだけ緻密に計画立てたって崩れる時は崩れるからなぁ……」


「それなら推奨されるテンプレートに従うより、自分のやり易い様にやったら良いんじゃないか、ってのが私らの持論だね」


「効率より安定を取るって訳だな。例えると……あ~、アレアレ。TASとRTAの違いだよ」


「あ~……」


そこまで話されて納得してしまう。

何よりそれは“あの夜”にシュウが実感していた事だったからだ。


「さっきのジンじゃないけど。結構、変なやり方してても何とかなっちゃうよ? 私らが格闘スキル取ってるのだって、戦闘中に武器を落として困った事が良くあるからっていう、成り行き以外の何物でもない理由だったりするからね~。こんなんでもオークレベルくらい余裕なんだし」


ちなみにオークを一対一で倒せるかどうかというのが、この世界での『NPC』達にとって一流と呼ばれる強さの尺度らしい。

この場合の一流というのが、『NPC』達が十年を掛けてその域に達する事が出来るかどうかという事だから、彼等の強さは相応の物なのだろう。


「そうそう。ソイツもマジシャンの癖にオーク殴り倒せるからな」


「どういう事だよ……」


「殴りながら同時に魔術を炸裂させるんだ。魔法拳の創始者らしいぞ、ソイツ」


「本当にどういう事だよ……」


果てしなく胡散臭いが、残念ながら同じPTメンバーの言葉であるし、別所で魔法拳なる言葉も耳にした事があるので、どうやら恐ろしい事に大体は本当の事であるらしい。


頭を抱えていると、ジンがシュウの背中をバシンと叩いてきた。

思わず悪態をつきながらそっちを見やると。


「まぁ、お前さんなら何とかなるって。初日かつ初PvPだったんだろ、さっきの。それであそこまで強ぇなら大丈夫だろ」


「ほんとビックリしたよ。後衛職が前衛職に技術だけで勝っちゃうなんてね~」


「んなことぁ……」


シュウの言葉は尻すぼみに終わる。


確かに、先程のデュエルで用いたのは初級魔術と護身術でしかない。身体能力は『システム』の恩恵で多少なりとも上がっているが、それは向こうも同じ事。しかも前衛職のあちらの方が恩恵は大きいのだ。


……要はこちらのリアル戦闘技能とも言うべきものが、他の冒険者より高いのだろう。


――自分達は文字通り死線である“あの夜”を、しかも何度も超えたのだ。


そこから見出した物も、そこから身に着けた物も、何より自分達の強みになるだろう。


知らぬ間に、方針が自身の中で定まっていた。


「……さんきゅ。何か悩み解決したっぽい」


「そりゃなによりだ」


破顔するジンを見て、苦笑する。自分の事の様に喜ぶその様子を見て、何処ぞのお人好しを連想してしまう。


シュウは立ち上がった。


「じゃあ――悩みが解決したところで、仲間の所に戻らなきゃな」


「おう。いけいけ。もはや俺等がお前に教えられる事は何も無い!」


「なんだそれ」


また苦笑するシュウにジンは『いや、割とマジで』と返す。


「それは別にして――初心者よ、また俺等に構ってくれ。臨時でも良いから今度PT組もうぜ」


「あいよ」


手を振る世話好きな彼等を背にして、シュウは仲間達の元へと向かった。





  ◆




アルマディナの東大通りに面する、冒険者向けの宿屋兼酒場に三人は集まっていた。

安宿で、酒宴で夜でもやかましいのが難点だが、大衆食堂も兼ねているこの宿屋に人は集まり易い。情報収集も兼ねてこの宿を取る事にしたのだった。

そんな建物の一階、酒場の一角で彼等は円卓を囲んでいる。


手を組み肘を付き、シュウは話題を切り出す。


「さて各々の成果を――三行でまとめろ」


「え? えっと……スキル道場に行った、師父に出会った、コンボを身に付けた……?」


「……覗いたそこは男色地獄、逃げる僕はスプリーキラー、助けた彼女はアーティフィサー」


「ごめん、ハクト。訳分かんないわ」


「まさかお前の方にツッコミを入れにゃならんとは思わんかった」


途端、週刊誌の見出しの様になったハクトの報告を問い質す羽目になる二人。


詳細を聞くと、最初の方は同情し、次に呆れ、最後には得心をしたシュウは。


「そりゃその“お茶会”を訪ねにゃならんな。しかもサブ職専門のギルドとコネが出来そうだし、願ったり叶ったりだ。それに《クエスト》の依頼があるっぽいしな」


サブ職というのは、《シーフ》や《マジシャン》といったメイン職業とは別枠で設定できる職業群の事で、武器・防具を作る《鍛冶師》、アクセサリーを作る《細工師》、薬や特殊効果のあるアイテムなどを作る《錬金術師》といった生産職が中心である。

“アーティフィサーズ・ティーパーティー(職人達のお茶会)”という名前からして、こうしたサブ職業での生業を主としている集まりなのだろう。

そして戦闘職にとって、優秀なアイテムを製作するサブ職業とのコネクションの有無は、死活問題である。

そんなサブ職業との繋がりを、ハクトは早々に得た事になる。


「でかした。お手柄だ、ハクト。お前が今日一番のMVPだ」


「一番やらかしてるのもハクトだけどね。一歩間違えたら初日で監獄送りだったじゃないの」


喜ぶシュウとは対照的に呆れ気味のキリカ。

二人を見比べてハクトは思わず苦笑してしまう。


「お前だってツッコミ所満載だぞ? 『一撃必殺の技を目指して、八極拳の師匠に出会い、新たな技を見出す』って、何処の少年漫画だよ。しかも初対面の外国人を拳骨で殴るな、日本人の印象をお前基準にされたらどうすんだ」


「だ、だってしょうがないじゃん! その人、シュウの憎まれ口みたいな言葉に言い間違えるんだもん!」


「……俺の頭はかち割って良いもんじゃないぞ?」


そこから『誰がかち割るか!』という叫びから、轟音と共に落とされるキリカの拳骨、砕かれる円卓と、『早速かち割ってんじゃねぇかっ!』と叫び返すシュウ、『あ、すみません。弁償します』と店員に告げてからため息を吐くハクト、と繋がり、いつもの応酬が始まるのだった。





  ◆






「――だぁかぁらっ! 床で寝ると疲れが取れないってばっ!」


その夜。

三人はその酒場の二階、宿屋に宿泊するが――他の宿泊客で一杯で、部屋が一つしか取る事が出来なかった。

その部屋には一つしかベッドは無く、男二人は床で寝ると言い出したのだが。


「いいってっ! 一緒のベッドでなんか寝れないよっ!!」


キリカは『別に気にしない』と言い出したのであった。


要は――ハクトも一緒にベッド寝ようと譲らないのである。


「何でそんな頑なになるかなぁ……私は別に気にしないって言ってるのに」


『僕は気にするっ』『寝れないっ、疲れなんか取れないっ』など、様々なツッコミがハクトの頭の中に浮かんだが、泥沼の口論になりそうなので敢えて閉口する。


一応、ハクトも思春期男子の一人なのであった。


そんなやりとりをしている二人を見て、シュウは口を挟んだ。


「正解だぞ、ハクト。コイツ、寝相が凄まじく悪いから、一緒に寝たりなんかしたらベッドから蹴り出されるぞ。ステータス補正も相まってあ――ぶっ!!」


『危ない』と続けようとしたシュウの顔面に、キリカが投げた枕がぶち当たった。


「何年前の話よっ!!」


「三年前だよっ! わりと最近の事じゃねえかっ!!」


ギャーギャー言い合う二人を尻目に、ハクトは考える。


(三年前って――二人が十四歳の頃だよね……)


自分と同じ歳の頃に、同じベッドで寝た経験があるの……?


思わずそんな質問を投げかけたくなるが、ハクトは疑念を自分の中で押し殺した。

この二人の間柄について深く考えたら負けである。


考える事を放棄して、毛布代わりの布を被る。


その様子を見て、シュウが。


「あっ、てめっ、抜け駆けすんじゃねえよっ。この暴れ馬の相手を俺だけに押し付けんなっ」


「誰が暴れ馬だっ!」


尚も二人の罵り合いは続く。

それを子守唄にして、ハクトは眠りにつく。



こうして――異世界での一日目は騒がしく終わりを告げた。


→第一章 第二話 苦悶の記憶 へ

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