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それはファンタジーじゃなくていい  作者: 異羽ようた
第一章 Memento mori.
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第一章 第二話

……昔の事を、思い出していた。


小学生の頃、僕は無感動な子供だった。


皆の作る輪に入りたがらず、余り笑わなかった事を覚えている。

そんな僕が唯一没頭していたのが徒競走だった。

高学年になると入るクラブで、僕は迷う事無く陸上部を選んだ。

自覚は無いが、記録会の選手に選ばれたので、そこそこの成績は出せていたのだと思う。


でも卒業する頃になって、あっさりと止めてしまった。

理由はよく分からない。ただ、自分の中にある熱が、動機が、冷めてしまった。無くなってしまった。……どうでもよくなっていた。

先生には引き留められたが、こんな気持ちで続ける訳にはいかなかった。


代わりに異世界……特に中世ヨーロッパをモチーフにしたファンタジー作品を好む様になった。RPGゲームにはまり、インドア志向に染まったのもこの頃だ。



……彼等に出会ったのはそれから――中学校に入ってからだっけ。心中でひとりごちる。



アカシくんとは校外学習で同じ班になり、何かのゲームの話をしていたのがきっかけだった。

やたら手広く、色んなゲームの情報だけは仕入れていたので、何かが彼の琴線に触れたのだろう。ぐいぐいと彼は僕に接近し、なし崩し的に今の仲になった。


魔がさして、ふと何で僕と仲良くなろうと思ったのかなんて、直球で聞いてみた。


「う~ん……ゲームの話して、効率プレイ? 自分とは違うプレイ方法しとるし、何よりセンセー、ゲーム内容だけやなくてその背景やら設定やらにもやたら詳しいやん? 自分の知らんもんに触れられたんが楽しかったからかなぁ……」


若干悩んだもののあっさりと返されて、内心恥ずかしいやら、ゲームオタクな面が違う方向から指摘されたのが痛いのやら何やらで軽く呻いていると。


「あとな――センセー、人見知りの癖にお人好しやろ? 皆から一歩引いた所におる癖に、困った奴は放っとけへんみたいな。それ見て――ああ、この人はええ人なんやなぁって」


更なる追撃で僕は完璧に打ちのめされた。



確かにサイトウ君に声をかけたのは僕からだった。僕らのしてるゲームの話に入りたそうで入っていけない様子に気が付いたからだ。

そんなの上から目線だったし、サイトウ君は一人で居るのを苦痛にしている様子は無かったので踏ん切りがつかなかったのだが、後から聞いてみると。


「同士がすぐそこに居るのに、話せないのは辛い」


「あ~。ウチ等がやっとるゲームって、メジャーとは言い難いからなぁ」


「それに……」


と続け、サイトウ君は顔を逸らして。


「……出来てる輪に入るのは怖かったから、その――嬉しかった」


気恥ずかしさでやっぱり顔を逸らしてる僕に構わず、『やっぱな! これやからセンセーはやっぱりセンセーなんやって!!』とか言いながらアカシ君が茶化しながら背中を叩いてきた。



そんな感じで。帰宅部でゲームオタクなんていう中学生にしては傍流もいい所な僕ら三人は、だからこそ仲良くやっていた。


アカシ君が先頭切っておふざけをして、それに僕がツッコミを入れて、サイトウ君がアカシ君に乗っかってまた僕がツッコんで。なんて流れがお約束になった。


そうやって今まで仲良くやってきた。


そう、三人で、仲良く――。




――電話の呼出音で、意識は現実に戻される。




酷く重い足取りでソファーから身を起こし、受話器を取った。


「――はい」


『ああ、ハクト君? 昨日、ウチの子が何も言わんと出てって、帰ってきとらんのやけど、またいつもみたいにそっちにお邪魔してるんかなぁ思て……ウチの子、居る?』


「――――いえ。確かに学校でそういう話は出てたんですけれども、昨日はこっちには来ませんでしたよ?」


「え~? ならサイトウ君トコかなぁ。そっちにも電話入れてみるわぁ。いつもゴメンねぇ、ハクトくん」


「……いえ。じゃあ、失礼します」


『……喧嘩でもしたんかな』なんて呟きを最後に残しながら、アカシ君のお母さんは電話を切った。


ソファーに戻り、両手で顔を覆った。



――朝、目が覚めて、二人の姿が無くて。



昨日の出来事は夢だったんだ、なんて希望が陰りを見せて……今の電話で完璧に打ち砕かれた。



ただの夢だったら良かった。

でも、夢なんかじゃなかった。


ただの夢じゃない――とびきりの悪夢がまだ、現実を蝕んでいる。





第一章 第二話


苦悶の記憶






――ふと顔を上げて時計を見ると、正午を過ぎていた。


起きてきたのは今しがただ。ふと思い出して家を見渡す。

リビングのテーブルに置き手紙を見つけた。


『具合悪いのかな? 大丈夫? あり合わせの物で食べたから、気にしないでね  母さんより』


母が居るはずの、スライドドアで閉じられた寝室をみやる。

……こういう事になったら怒る親も居るというのに。本当に優しい母親だった。


『ごめんね』と呟き、視線を前方に移すと、昨日やっていたゲーム機が付きっ放しだった。

見逃したのか、気を使って消さなかったのか。何となくテレビの電源を付けてコントローラーを手に取る。

昨晩、中断したままで止まっている。


ステータス画面を眺めていると、ある事に気が付いた。

装備と魔法スロットを変更し、先へ進む。


「はは……昨日の苦労は何だったんだよ」


呪術による遠距離攻撃で敵の数を減らしたら、途端、接近戦で敵を捌けるようになった。

こんな簡単な事に気付けていなかったなんて、昨日は長時間プレイでよっぽど頭が働いていなかったのだろう。

詰みポイントを楽々と通り越し、先へ進んだ。


安全地帯に立ち寄り、そのままボスエリアへ。

ここのボスは火と魔法体制が高く、こちらの手持ちだと接近戦を強いられる。しかし盾の上から削られる属性攻撃が多く、この体力ではボスの攻撃は全て回避する事が最低条件だ。

呪術は攻撃系の物は殆どが火属性。補助系の呪術は火耐性を上昇させるものか、物理防御が格段に上昇する代わりに移動速度が最低化するもの、スリップダメージを受ける代わりにこちらの与えるダメージを大きく上昇させるもの……。


以上の事を踏まえ、装備を決定していく。

武器は重量度外視で攻撃力と筋力補正を重視。代わりに防具は最低限のものに抑え、最高速で動ける重量に抑える。盾も装備しない。呪術は与ダメ上昇のものを選択。


そしてボスとの戦闘に入った。


即座に呪術を発動。接敵。


ローリングで相手の攻撃を悉くかいくぐり、隙間を縫ってこちらの攻撃を加える。


途中、足場を溶岩に変えられ接近できず、経過時間ごとのスリップダメージで少ない体力が更に削られる。

スリップダメージは毎秒に最大体力の百分の一。つまり制限時間は百秒。

それでも焦れる事無く、ひたすら正確に攻撃と回避を繰り返す。


残り六十秒。

武器に雷属性を付与するアイテムを使用。劇的に敵の体力ゲージの減りが速くなるが、それでもこのペースだと間に合わない。


残り五十秒――四十秒――三十秒――二十秒。


自キャラが赤いオーラを纏う。残り体力が二割を切ると発動する指輪。効果はやはりダメージの増加。

アイテムエンチャントによる属性付与。呪術によるダメージ上昇。それに指輪の効果が加わり、こちらが与えるダメージは元の二倍以上に増加している。


意識を切り替え、ラッシュをかける。

攻撃パターンに慣れ、無茶なタイミングで攻撃を仕掛けても回避が間に合う。

何度か危うい場面があったものの、運に助けられ、死亡は免れる。

敵の残っていた体力ゲージが、瞬く間に減少していく。


――そして四散するボスキャラクター。


大きく息を吐き、自滅しないよう回復アイテムを使用。


横を向き、口を開く。


その時点で気付くべきだった。


「ほら、過信なんかじゃな――」



――応える者が誰も居ない事に。



声が虚しく残響していく様に感じた。

どうしようもない痛みが生じる。耐えかね、顔が俯く。


……長い時間、そうしていた。


――唐突に家のベルが鳴り響く。


何だろうか。この時間に訪問する者の見当がつかず、訝しく思いながらも玄関に向かう。

ふとドアスコープを覗いて――はじかれる様にしてドアを開けた。


目の前には驚いた表情をしている、シュウと呼ばれていた人物が立っていた。


「おおう、ビックリしたじゃねえか。近くで立ってたらコントが始まってたぞ」


「どう、して……」


「ここにお前を運んでやったのは誰だと思ってんだよ。意識失ったお前の懐探って財布見つけて、住所調べて……意識不明の人間抱えるのって大変って言うけど、あそこまでとは思わんかったぞ」


ようやく昨晩から今までに起こった事が繋がり、思い至らなかった自分に呆れてしまう。


「あ~、邪魔して良い?」


「え? あ、うん……はい」


『お邪魔しま~す』と終始軽い口調で玄関をくぐるシュウ。流されるまま、彼に従ってリビングまで。


「お。お前こういうのやるんだ? 話題になってたけど、どうにも手が伸びなくてな~……」


「ハハ……馬鹿みたいな難易度ですからね。えっと……シュウ、さん?」


「呼び捨てで良いよ。敬語も別に要らんし。ぜん、わっと、ゆあ、ね~む?」


「マイネーム、イ――いや、ハクトっていいます」


ノリかけて赤面し、『敬語、また使っちゃった』なんて思ってると、『ちっ、あと少しだったのに』とわざとらしく悪態をつくシュウ。

アカシ君とは違った意味で陽気な人だと感じた。


「なんか二人で出来るゲームないか? 対戦でも協力でも良いから」


「僕、テレビゲームは殆ど一人でやるヤツしか持ってなくて……」


「マジか。――ん? これやってんの?」


テレビ台の横の棚にしまってあった、カードの束を手に取って彼が訊いてくる。

外国発祥の、世界初だとかの、トレーディングカードゲームのデッキだった。

苦笑して答える。


「そんなに本格的にはやってま……ないよ。学校の誰もやってないんだもん。一応、新しいセット出る度にチェックはしてるけどさ」


「あ~、色んな意味で敷居高すぎるからなぁ」


言って、デッキを見るシュウの手が止まる。


「……お前、本格的にやってないって言わなかったっけ」


「え? うん、それ最新二つの10パックずつくらいしか使ってないよ? 殆どコモン、アンコモンしか入ってないでしょ?」


「俺にはこれがデルヴァーもどきに見えるんだが……」


「まぁ、情報サイトだけはよく見てたから……」


ちなみにデルヴァーというのは最新のセットが出てきてから流行しだしたデッキの名前である。


「――許さん。コピーデッキ、死すべし」


「は?」


「残りのカード貸してくれ。けしからん風潮に染まった少年を公正してやる」


呆気にとられ、『はぁ』と応えつつ、余りのカードを手渡すと、シュウはそのままデッキ構築し始めた。

『ビートダウンこそ漢の証』『スパイク野郎なんぞ認めん』『未開拓の荒野を進む事こそ……』とかブツブツ言っている。

その殆どの意味が分かってしまうのが我ながら嫌だ。


「できたぞっ! さぁやるぜ!!」


温度差を感じながら自分のデッキを手に取り、面と向かう。


……結果から言って、カモだった。

相手の小型クリーチャーは腹パンで潰し、大型はバウンスか除去か打消しで対応、ガラアキの空からタコ殴りだ。


「だぁっ!! 何故勝てない!? 何故俺の右手は光らない!?」


「いや、今引きに頼ってる時点でもう勝負が……」


言いかけたが口を噤む。ヒートアップしてるので、火に油を注ぐようなものだ。


「もう一戦! もう一戦!」


「はいはい――」



――唐突に思い出してしまった。


そういえば、あの二人ともこうやってやった事あるな、って――



アカシ君が見慣れないカードゲームを見つけて、余り物のカードでデッキを作って。それを僕がボコボコにして。見ていたサイトウ君がアドバイスとして加わって。

あの時も熱くなったアカシ君に付き合う形で連戦させられて。サイトウ君も止めずに悪乗りして、僕を魔王扱いして……。


気が付いたら、涙が溢れていた。


「――どうした?」


優しい声色。それだけでこの人が僕を心配して家まで来てくれた事が分かってしまった。

それに甘えるように、感情をぶつける。


「こうやって僕は、まだ前みたいにゲームやってるのに、あの二人が居ない。もう、あの二人と遊ぶ事もふざける事も騒ぐ事も、あの二人が笑う事も楽しむ事も喜ぶ事も無くって。僕がこうやって生き残ってっ……! 何でもないようにゲームやってるのに! あの二人が――傍に居ないんだ……!!」


――悪夢が、現実になった瞬間だった。


今まで夢の中でしかないような実感が、どうしようもない痛みを伴って僕に襲ってきた。

喪失感。虚無感。哀惜。悲嘆。哀悼痛惜のあらゆるものが僕の心を無茶苦茶に引き裂いていく。


「どうして、僕だけが……」


あらゆる意味を含んだ嘆きだった。


ふと、ポンと頭に何かが乗った。


「俺もさ、一緒に居たアイツ……アキラって名前なんだけどさ。アキラが居なくなって、同じ事思ったよ」


『こんな感じでも、午前中丸々うずくまって動けなかったんだぜ?』とおどけた調子で続けるシュウ。


「親友だった。気恥ずかしかったから、誰にも言ってないけど、無二の親友だと思ってた。他の誰にも言わない様な事でも、アイツにだけは打ち明けられた」


『堅物で、クソ真面目で、融通効かなかったけどな』なんて前置いてから。


「……俺さ。両親、山崩れで亡くしてんだ。それをアイツに打ち明けた時も言ったんだ。『俺も一緒に死にたかった』、『何で俺だけ生き残ったんだろう』ってさ。そしたらアイツ、いきなり殴ってきやがった」


思わず顔を上げると、シュウはグーで自分の頬に触れて。


「何でも『お前はご両親の生きた証だ』、『お前がお前自身を否定する事は、そのご両親が生きた証を貶める事になるんだぞ』、『お前の中のご両親は、そんな事を言うお前を望んでいたか? 違うだろ。なら残されたお前はご両親の分も人生を全うしろ』なんだとさ……そっから殴り返して、喧嘩の始まりだ。お互いに気が済んで爽やかに笑い合って仲直り――なんて事にはならなくて、実力伯仲の泥仕合。殴らずに組み技多用する俺に、力尽くで振り切って殴りかかるアキラ。幼馴染に無理矢理止めにかかられてさ。後日、学校で気まずく顔を合わせる二人の出来上がり、って訳だ。ま、幼馴染が間取り持ってくれたから、その後も何とも無かったけどな」


呆と、彼を見上げていると、シュウは困った様にポリポリと頬を掻いて。


「何が言いたいかって言うとさ。ソイツ曰く――俺達はソイツ等の生きた証らしいんだ。もう俺等には、ソイツ等が望んでいた事を類推する事しか……俺等の中のソイツ等が望んでた事を、信じるしかない。それでも――俺等はソイツ等の分も笑って、泣いて、生きていくしかないんだ」


『それともお前の中のお前のトモダチは、お前の泣いてうずくまってるお前を望んでたか?』と問われ、ぶんぶんと否定の意を示す。


「じゃあ――頑張っていこうか。悲しいままだけど、これから笑えるように。俺も、お前もさ」


まっすぐにシュウを見据える。その言葉には、僕はようやく応えられた。


「うん。ありがとう……シュウ」


シュウは優しく笑う。頭に乗せられた手の感触を、むず痒く感じた。


……直後、最後に母が乱入してきて『あらあら~。新しいお友達~? 仲良いわね~』なんて茶化してこなければ大変良い場面だったろう。




  ◆




「じゃあ行ってくるわね~。シュウ君も、ごゆっくり~」


「あ、はい。お邪魔させていただきます」


「……いってらっしゃい」


結局、三人で遅めの晩御飯を取り、出勤時間になって母は出かけて行った。


「……なんか、独特の雰囲気の人だな、お前の母さん」


「天然入ってる、ってハッキリ言ってくれて良いよ」


ため息交じりに呟き。横のシュウが居住まいを直すのを感じた。


「さてと。じゃあ、まあ――本題に入りますか」


――だろうな、と思い、身が固くなるのを感じる。


「昨日……『この夜が初体験な奴等』って言ってたよね――これで昨日の事はおしまい、って思うのはムシが良い話か」


『察しが良くて助かるよ』なんて苦い顔をして言うシュウを見て、ハクトは意識を切り替えた。


まだ、悪夢は終わってはいない。




「――正直言って、俺等も昨日でまだ二回目。よく分かってないっていうのが現状だ。それでも情報を入れておくのと知らないのでは違うだろうから、知ってる限りの事を伝える」


カードゲームをしていたテーブルを挟んで向かい合う。


「一昨日の晩……恐らく、零時ちょうど。突然、空が赤黒くなって、化け物が現れた。その辺は多分、お前等と一緒だな。そん時に出くわした『特異個体』は見るからにヤバそうなヤツだったんで、すぐ逃げたけどな」


『アホみたいなデカさで、腕と顔が幾つもあって、如何にもデーモンってヤツ』と続けながら。


「……運良く逃げた先で《枝》を見つけて、そん時は無事に戻れた。んで、次の日も巻き込まれるってのが予想出来たから手持ちの情報を検討して準備して……出発した所にお前等と出会った、って感じだ」


『アキラの家、このマンションにあるんだよ』と、告げられる。アキラの顔に見覚えは無かったが、すれ違っていたかもしれない。面識がある人だったらもっと辛い想いをしていただろうから、複雑だ。


「じゃあ、昨日はあの後……」


「上から見える範囲で《枝》を見つけた。その後、お前担いで部屋に置いてきて……って感じだな。ホント、連日運が良いんだか悪いんだか……」


軽い調子で続けるシュウの表情を見やると、口調とは裏腹に苦渋に満ちていた。思わず顔を伏せる。


「――んで、だ。アキラの部屋を出る前に、少し指輪を弄ってみたんだ。ステータス画面が出て、幾つか所持スキルがあった。多分、お前もそうだと思うけど――お前職業とステ振りどうした?」


「――あ」


そこでようやく思い至る。


――ゲームでそんな振り方したら、間違いなく詰むステ振りをした事に。


……恐る恐るそれをシュウに告げると。


「…………お前、囮な」


諸手で顔を覆い、たっぷりの沈黙の後、残酷な宣告を受けた。


「自業自得だけど、酷い……」


「半分、冗談だよ」


『半分て』とツッコミを入れたら、『高機動・低火力・紙装甲って言われたら……お前が敵引き寄せて避けまくって、俺が後ろから魔法撃つくらいしか有効な戦術思い浮かばんだろ?』とか返される。その通りなのでグウの音も出ない。


「まぁ――実際はRPGと同じ、って話にはならんと思うから、幾らでも手はあるだろうけどな。ちなみに武術の経験とかは? 空手とか剣道とか……この際、通信でも構わん」


「え、えと。短距離走なら得意ですっ。記録会の選手になった事もっ。……今は帰宅部だけど」


「お前、囮な」


「酷いっ」


ハクトの非難を意に介さず、『好材料が一つも無い……』と呻くシュウ。


さすがに落ち込んだハクトは沈痛な表情になり。


「……ごめんなさい」


「あ~、すまんすまん。さっきも言ったけど、ゲームそのままって訳じゃないんだ。元の自分に色々な強さが乗っかった、って感覚だしな。それに昨日、お前戦えてたろ? あの速度での突撃は武器になるぞ。 でも――あの戦い方だけは止めてくれ。自分のせいだとか、役に立たないとか、そんなん気にしなくて良いから」


言われて気付く。あの時、本当に『自分の命なんかどうでもいい』と考えていた様に思う。その上、無策無謀で突っ込んでいって命があるのは、運が良かったという何以外でもない。

再度、ハクトは謝罪の言葉を紡ぐ。


空気を変えたくて仕切り直す様に、シュウは呻きながら話を変える。


「昨日の検証の時に、な。幾らかレベルアップしてて、スキルも増えてたんだよ。俺の場合、《マジシャン》だから使える魔法が増えてたな。って事で、お前も今晩入ったら即検証が必要だな」


「……了解。あ――ちなみに僕は《シーフ》だよ」


「お前、餌な」


「言い方酷くなってない!?」


そんな風に天丼をしつつ。時間は過ぎていった。




  ◆




「それじゃあ、とりあえず家に戻るわ」


あの後も検証とレクチャーを続けていたら、夕方になり、『準備とジジイがうるさいから』とシュウは一旦家に帰った。連日の外泊になるし、家族への言い訳が必要だろう。


「――と。一番重要な事、忘れてた」


そう呟き、シュウが振り返る。


「ハッキリとは訊かなかったけど――お前は、いいのか。正直……お前が逃げる事を選んでも、誰もお前を恨めない。恨む権利も無い。俺もだし、お前自身もだ」


『何を』、と返そうとして。そこでハクトも自然と――シュウとアキラがそうした様に――“この夜”に立ち向かおうと、巻き込まれた誰かを助ける為に動こうとしている事に気づく。


「僕は……」


逡巡する時間は、少しだった。


「――構わない。このまま逃げるなんて事したら、僕は僕自身を一生赦せなくなる」



――ハクトは気付かない。気付く由もない。




たった今ハクトは――この一連の事態で、最も重要な選択をしたという事に。




――決定的な何かが、ここで分岐した。



「……そっか」


どこか悲しげに、そして少し嬉しそうにシュウが呟く。

そのままシュウは去っていった。しばらくハクトはその場で佇む。


「さてと――」


呟き、ハクトも準備を進める。

晩御飯の作り置きをして、置手紙を。母は夜勤明けの夜勤なので、明日の朝には戻ってくるだろう。


「――いってきます」


――絶対に帰ってくる。自分と同じ想いに母をさせる訳にはいかない。


静かに決意しながら、ハクトは夜に備えていく。





  ◆




「なるほど、スパイクシューズか……」


「うん。コンクリ上は若干動きにくいけど、武器になるよ」


言葉通り、陸上競技用シューズに履き替えながら会話を続ける。

ダート用のピンではなく、先端の尖っていない平行ピンを選んだ。攻撃力を見るなら前者の方が良いが、土以外の地面でも動く事を考えるとこちらの方が動きやすい。

しかしスパイクの選択を『攻撃力』で選ぶ羽目になるとは……複雑な心境になる。


『使えるものは何でも使うっ』と心中で言い訳し、前を見据える。


さて。

事前の検証はしたし、すり合わせも行った。装備の確認も先程終わった。


――そして、零時を回った。


一面真っ暗になった後、ゆっくりと赤黒く灯る。

それを見届けながら、『今日は起こらないかもしれない』なんていう甘い希望が自分には残っていて、それがたった今打ち砕かれたのを感じる。


……気持ちを切り替え、前方を見据える。


現在自分達が居るのはマンションの駐車場。

そこから向かうのは、『視界が開けていて』、同じ立場の人間が『真っ先に“避難”しそうな場所』――


「――じゃあ、夜の公園へデートと洒落込もうか」


「……僕、初デートがシュウは、絶対嫌だ」


昼間、たっぷりと責められたので意趣返しをしたら、シュウに拳骨で頭部を挟み込まれた。超痛い。





道路へ出て、二人歩く。

赤黒く染まった辺りは、生物の気配が無いのも相まってやはり不気味だ。


――生物の気配が無い、というのが分かったのは、ハクトが《鷲の眼》というスキルを使っているからだ。


空から俯瞰する様に、辺りの地形全体をぼんやりと把握できている上、シュウの気配が何となく感じられる。消去法で辺りに生物の気配が無い、という訳だ。範囲は現時点では二百メートルほど。味方だけしか感知できないんじゃないかと疑ったが、それはスキルの説明を表示させて索敵もできるのは確認済みだ。

ちなみに実際に視界が空から俯瞰する様になっているのではなく、あくまでそういう風に感じるだけだ。感覚的にしか分からないので気持ち悪いが、スポーツにおいて鳥瞰という言葉がある。あながち人間の範疇から離れた力では無いのかもしれない。


「……何も居ないね」


「まぁな。そこら中に化け物が跳梁跋扈してる訳じゃない。……っつうか一歩目でボスキャラと出くわすお前等の運が悪すぎんだよ。普通、最初は雑魚キャラで慣れるもんだろ」


ハクトが『そんな事言われても……』と返し、そのまま言葉が途切れる。ハクトの様子が変わったのをシュウが感じ、そちらを見やる。

現在地は、目的地の二百メートル手前……。


「――居た。公園の真ん中。人っぽいのが三つ――いや、八つ……?」


「ビンゴだな。急ごう」


『その探査の引っかかり具合が少し気になるがな』とシュウが漏らしつつ、駆け足になる。

戦闘の気配に、ハクトの心臓が早鐘を打つ。


公園の入り口に着いた。

塀が続いていた視界が開け、公園全体を映す。その中心をハクトは見据える。


――それを何と形容すれば良いだろう。


ボロボロの衣装を纏った人影が一つ。その前には――十字架に張り付けられた人影が二つあった。


その周りを『人型の様な何か』が取り巻いて、狂喜しているかの様に踊り狂っている。


そう、それは……磔刑を処している執行者と、その犠牲者、狂気に落ちている群衆の様で――まるで『魔女狩り』を見ているかの様であった。


ふと執行者らしき人影が前方ににじり寄った。手がかざされ、十字架に架けられた者が泣け叫ぶ声が聞こえる。


――唐突に、一つの十字架に火が灯った。


瞬く間に火は炎になり、昇り、磔の者を襲う。


……耳を塞ぎたくなる様な、悲痛な絶叫が公園に響いた。


その光景を見て、まるで喜び満足したかのように身を震わせ――もう一つの十字架の元へ近寄る執行者。


執行者の頭上には――“The Executioner”の文字が認められた。


もう一人の犠牲者の表情が、歪んだ。


――既に、身体は疾走を始めている。


時間がゆっくりと流れている様な感覚があった。みるみる内に距離が詰まり、執行者の手前で跳躍――勢いそのままに飛び蹴りを放つ。


(――っ!?)


殆ど無い様な反動で飛びのき、着地。十字架を背に庇う様な位置に移動する。


(なんだ? 今の感触は……)


確かに、反動が殆ど無く――まるで軟体を蹴っているかの様な感触だった。

それに何故か、痛みに似た何かを蹴った瞬間に感じた。


ふと視線を足元に移す。


靴の底が、燃えていた。


「――は? ……えっ!?」


「ハクトっ!!」


自分を呼ぶ声に反応し、視線をそちらに移す。

シュウがペットボトルを投げる所だった。確か事前確認だと中身はミネラルウォーター。蓋は開けられ、中の水が四散しながらこちらに向かってくる。


「ちょっ!!」


飛び上がり、ペットボトルを蹴りつける。

それで確かに消火はできたのだが……。


「ナイス。ジャッキーみてぇだな」


「無茶振りしないでよ! 上手く出来なかったらどうすんのさ!?」


「あの身体能力見せつけといてよく言うよ。たぶん、世界新は余裕で出てるぞ。っていうか――お前、昼に俺が言った事忘れたのか?」


「あ……」


思わず俯き、『ごめん』と続けようとするハクト。


「ああ。危ない目に遭ってる人間が居るとはいえ、命の危険を顧みずに突っ込むのは、俺は嫌だ……嫌だが」


顔を上げ、シュウを見やる。

その表情は――喜色。


「――嫌いじゃねぇよ」


……形容しがたい感情を、ハクトは抱く。

苦笑しながら、前方――敵を見据える。


執行者と、周囲を踊り狂っていた者達が接近してくる。


ふと、背後の……燃え盛っている十字架をちらりと見やった。

……もう、火の立てる音しか聞こえてこない。


(……ごめんなさい)


目を瞑り、心中で謝罪する。


だが、悔やむのは後だ。

それは後からいくらでもできる。今、この場で生き残らないと懺悔する事すらできなくなる。それが今の自分に課された責務である。

そう自分に言い聞かせ、ハクトは再び視界に敵を映す。


「胸糞悪ぃ親玉は、俺に任せろ。見た感じ、お前と相性最悪だ。取り巻きは任せた」


任せた。その言葉に嬉しさを感じる間も無く――戦闘が始まった。




  ◇




――彼我の戦力を分析する。


相手は手に触れず対象を発火させる様な能力があるらしい。加えてハクトの靴が燃えた事から、奴自身も直接触れられぬ程の高熱を発している可能性が高い。

こちらは相手に触れずに、触れさせずに倒す必要がある。……要は近接殺し。ナイフとスパイクシューズが武器のハクトと相性は最悪。よって支援は期待できない。独力での撃破が必要である。


対してシュウは風と火の初期魔法――最初に四属性から選択する必要があった――を習得している。

火の魔法は効果が無いだろう。だとすると消去法で風属性の魔法。実際、現実にどう作用するかは分からないが、全く通用しないという事は無いはずだ。


……問題は、相手の飛び道具。

正体は不明。だがそれを確かめる暇は無い。

今の位置取りは不味い。相手がハクトを狙うと、磔にされている者が巻き添えを喰う。


敵の注意を自分に引き付ける為、シュウは詠唱を行う。


「――ウィンド、ショット!!」


詠唱の文言は何でもいい。それは事前に確認済みだ。ただ他に何も浮かばないので、その魔法の名前を叫んだ。


圧縮された風の塊が一直線に敵に向かう。


敵は風に弾き飛ばされ、地面に転がる。


「俺の相手はこっちだウジ虫野郎。本当は直接ぶん殴ってやりてぇが……」


シュウの言葉が不意に途切れる。

相手は身を震わせながらシュウに向き直り、立ち上がっていた。その時に纏っていた衣装が地面に落ちた。


「……訂正。カタツムリ野郎」


先程より気勢は弱まっている。理由は相手の異様。


人型ではない、カタツムリの様なフォルム。ずんぐりの胴体に、人と変わらぬ大きさの頭部。人と違うのは、胴体から伸びた長細い腕に、これもまた細長い三本指……何より、全身の至る所に付いているフジツボ状の口から、絶え間なく燃える――燃え続けている体液を垂れ流している事だ。


不意に、敵の腕がこちらに向けられた。


――直感的にその延長線上からシュウは飛び退いた。


何かが敵の掌から――そこにも口が付いていた――飛ばされ、シュウの元居た地面に落ちる。


地面が赤熱し、少しずつ溶けて崩れる。

確か、土の融点は溶岩と余り変わりないはず。


その温度は――約一千二百℃。


(……靴、よくあれだけで済んだな)


現実逃避に別の事を考えていると、再度敵の腕がこちらに向けられる。


「――でぇぃっ!!」


回避の跳躍を続ける。


絶対にアレに当たってはならない。


全て回避前提。その間隙に効果があるのか分かりもしない攻撃を行わなければならない。


「気の長いっ、ダンスっ、だなおいっ!!」


努めて軽薄に紡ぐ言葉が断続的に途切れる。


常に死と背中合わせの舞踏が今、始まった。




  ◇




シュウが特異個体に魔法を当てたのとほぼ同時――ハクトも戦闘を開始していた。


周囲の取り巻きが三体、こちらに襲い掛かる。

よく見るとその姿は人型ではなく、五本の細長い腕を持つ、ヒトデの様な何かだった。

人間の側転を思わせる動きで、こちらに接近するヒトデの内の一体が、黒いロープの様な腕をしならせ、ハクトに向かう。

勢いよく、その場を飛び退くハクト。


――いつの間にかハクトは、元の場所から数メートル離れた位置に立っていた。


(……え、と)


しばらくの硬直の後、ヒトデがハクトに再度接近してくる。

今度はハクトの周囲を取り囲んでからの攻撃だ。


一斉にヒトデが腕を振るう。


――その一連の動きを、ハクトはまるでスローモーションを見ているかの様に眺めていた。


遅い。そうハクトは感じるが、実際は違う事にすぐ思い至る。

何故なら先程、敵の腕から破裂音――恐らくウィップクラッキングという現象だろう――が鳴っていた。

先端の速度は音速に達しているはずだ。


――それを遅いと感じる程にハクトの感覚が鋭敏になっている。


そして波の様に次々に襲い掛かる敵の攻撃を、縫う様にしてハクトは難なく回避していく。

先程の様に大きく飛び退くのではなく、小さくコンパクトな、無駄の無い動き。

感覚がハクトの身体能力に慣れ、追いついたのだろう。よりイメージ通りの、正確な動きになっていくのがハクトには分かった。


……現時点でのハクトが確信を持つ事は無いが、指輪で設定した初期能力値の内、DEX・AGI・PERが現実に及ぼす影響はそれぞれ、『どれだけ正確に、繊細に肉体を動かせるか』、『どれだけ素早く肉体が動けるか』、『どれだけ強く、広く自分の感覚を持てるか』になる。

つまりハクトは『常人の何倍も肉体を正確に素早く動かし、常人の何倍も強く鋭く物事を知覚している』のだった。


しかしそれにハクトは大きく動揺はしなかった。似た様な感覚を陸上競技の中で感じていたからだ。

時間が何倍もゆっくりと伸ばされていく様な、あの感覚。

懐かしさすら覚え――ハクトはその感覚を武器に敵を相手取る。


ナイフを抜き、腕に刃を入れる。

強烈な抵抗を感じるが、腕は降りぬかれ、ヒトデの一部が斬り飛ばされる。


……なるほど。繊維製のボディアーマーに使われる素材には耐衝撃性・耐摩耗性に優れるが、耐刃性には難がある物がある。同物質とは考えにくいし、考えたくないが、類似の性質を持つのだろう。軟体の様に良くしなり、かつ音速に達する速度で振るっているのに自切が起こらず、その癖に刃物は通したという事から、ハクトはそう推論立てる。


そう心中でひとりごちながら――ハクトは二体目のヒトデの腕を切断した。地面に落ちたその腕は尚もウネウネと動いている。

『気持ち悪い』と感じるより先に、『厄介だ』とハクトは思考する。見ると最初に斬撃を加えた先の一体も、問題無く動き回っている。


ヒトデは頭部に当たる部分が存在せず、加えて胴体部が引き裂かれても再生し、分断すると二匹になる。中には腕だけでも本体が再生されるものもあるらしい。同じ棘皮動物であるナマコは内臓を体外に放出するものがあるが、これも再生する。今の相手がそれらの性質を備えていない、という考えは楽観的に過ぎるだろう。

弱点らしい弱点は無い。一部を切断しても問題ない程、生命力が強い。


――ならば。


掬う様に大きくナイフを払う。奴等の内、一体の地面に着いていた腕が二本切断され、宙に浮く。他の個体の攻撃を身を振りながら避け、その度にナイフを振るう。斬撃は四回。それ以上に分割されたヒトデの肉片が宙を舞う。


――再生しきれないほど細切れにしてやる。


数体に分裂する事を恐れていたが、肉片はしばらく痙攣を続けた後、活動を止めた。その点は幸運だ。


残りは――


ふと背後から迫る感覚。慌てる事無く身を捩り、回避する。

十字架だと思っていたもの……それはこのヒトデ状の生物が変形していたのだろう。ソイツが変形を解き、後ろから急襲してきたのだ。


しかし、ハクトは戦闘中も《鷲の眼》を継続して使用していた。肉眼で捉えるより精度は落ちるが、背後からでも『何かが迫り襲い来る気配』ぐらいは察知できる。


(……そういう化学繊維は対燃性に難アリ、のはずなんだけどなぁ。反則だよ)


そんな思考を巡らせる余裕があるくらいに、悠々と敵の攻撃を避け、斬撃を繰り出していくハクト。


やがて――ハクトの周囲は活動を止めた無数の肉片だけになった。


戦闘が終わり、周囲の時間が正常に流れ始める。自然に止めていた呼吸を、再開する。

荒い呼吸が、ハクトの身体を上下させる。


「……もう、囮とか餌とか言わせない」


地味に根に持っていたハクトはそう呟いて、ナイフを鞘に仕舞った。


「――っと」


思い至り、駆け出す。

ヒトデから解放された二人。……内、一人は物言わぬ骸となっていたが、もう一人。


近寄ると……幸い目に見える外傷は無い様だ。

ハクトは声をかける。


「……大丈夫ですか? ケガとか、その――もう心配ないですからっ」


かけるべき言葉に迷い、妙にしどろもどろになりつつもハクトは続ける。


もう一人は――少女だった。

確かゴシックスタイルというファッション……ネクタイ付きのシャツにベスト、モノトーンのミニスカート、肘までかかる手袋という中々に先鋭的な衣装で身を包んでいる。


彼女はジッとハクトを見つめながら、何も言葉を返さない。


「その……もう一人は、ごめんなさい。助けられませんでした」


「……彼女は、知人だけど、仲良くはなかったよ。ゴメンと言うのなら、彼女の死に心動かされてないボクの方が口にするべきだろうね」


(……ボクっ娘? リアルで?)


ようやく喋った少女の一人称に面食らった、というか中々にアレな感慨を抱くハクト。


――と。

少女の表情が、言葉では形容しがたい、複雑な何かに変わる。


「――ありがとう。キミが思い至る事は無いだろうけど。キミは、ボクの命以上のものを救ってくれた。……これは、払い切れない感謝の気持ちの表現だよ」


そんな言葉を聞いて――ハクトの視界が少女の顔だけになった。




  ◇




(……ヤバい。アイツ、本当にぶん殴りてぇ)


――時は少し遡っている。


ひたすらに高熱の粘液を飛ばしてくる敵に辟易しながら、シュウはそんな事を考えていた。


この手でぶん殴りたい。しかしそれが叶わないジレンマ。そしてこの状況。苛立ちは最高潮に達していた。


(はぁ……やぁめた)


そう思いながら――跳躍を止めるシュウ。


燃え盛る粘液が、シュウに迫る。


それを――目を遣る事無く避けるシュウ。


地面に向け、閉じていた視線を、前方に戻す。


「……馬鹿の一つ覚えで、ワンパターン。腕を向けて、飛ばすだけ。工夫も変化も無い。そら猿でも覚えるわな。それ以上手札が無いなら――ゲームを終わりにすんぞ」


正体不明の敵に対し警戒し、新たな攻撃手段の有無を探っていたシュウは、言葉を発しない化け物に向かってそう告げる。

意に介さぬ様に、敵は腕を再度シュウに向ける。


――再度、告げた。


「――終わりだっつんってんだろ」


風弾が粘液ごと敵を弾き飛ばす。

シュウは敵に向かって歩みだした。


苦し紛れか、崩れたままの態勢で粘液が飛ばされるが、シュウはわずかに身体を傾け、かわす。粘液が飛び、避ける……飛ばされ、かわし――避けかわし避ける――。


シュウは前進を続ける。相手の攻撃は微塵も当たる気配を感じさせない。


「……さっき、良い事を思い付いたんだよ。今からする事、全部八つ当たりだから、そこんとこよろしく」


――つっても、聞く耳も考える脳も持たねえか。


心中でそう続けながら――腕を振りかぶる。

掌打を放ち、それが相手の身体にぶつかる瞬間――。


「――ウィンドショットっ!!」


――寸前で風に敵が吹き飛ばされる。


ダッキングして回避を続けながら、距離を詰める。


「ウィンドショット! ショット――ショット!!」


何度も吹き飛ばされ、腕を向け。

何度も身を振り、掌打を放ち。


同一のそれに見える両者の動きとは裏腹に、状況は一方的に過ぎた。


「――ハクトの分っ! ハクトのダチの分っ! もいっちょっ! そんでこれは俺の分でっ――アキラの分っ!!」


軽薄に響く言葉とは裏腹に、シュウの表情は鬼気迫るものがあった。


――色々な何かと決別するかの様に。


シュウは叫びと共に、それをぶつけていく。


そして――


「――ラストぉっ!!」


最後の風弾が大きく敵の身体を吹き飛ばした。

その段階になると、さすがの軟性の肉体もグチャグチャに攪拌され、見るも無残な姿になっていた。


「よし――八つ当たり終了っ!! ……って、アッついわっ!!」


さすがに熱伝播までは防げなかったのか、シュウの掌はⅡ度熱傷にまで至っていた。その他の箇所にも、ギリギリの回避を続けていたせいか、浅くはない火傷が幾つも出来ている。

強烈な痛みが生じているが、それでもいつもの態度は崩さない。それはもう頑なですらあった。


「さぁてと、ハクト君は大丈夫かな? いや、チラチラ見えてたから大丈夫なのは分かってるけど……」


『何だよあの動き。指輪弄っただけでアレとかマジ反則じゃね? 血の滲む様なジジイのしごきに耐えてきた俺の十年は何だったの?』とブツブツ言いつつ、シュウがハクトの方へ視線を移す。



――ハクトと少女が、口づけをかわしていた。



……チューだ。それも熱烈な。何秒間も続いている。


やがて少女が身を離し、上気した顔でほう、と息を吐きつつ。


「――キミを、愛してる」


熱烈な告白がなされた。


ハクトを見つめる少女。

慌てふためき、呻くだけのハクト。


そんな両者を眺め、シュウが呟いた。


「よし――ハクト、頬を貸せ。掌か風魔法か、どちらか選ばせてやる」


「なにその嫌な二択っ!?」


『最終的に両方だけどな』とシュウは続け、心中で思う。


――ああ、爆裂魔法って無いのかな、と。



時を経て、その爆裂魔法をシュウは習得するが、それは後の話である。




→第二章 第二話 初クエストに挑戦しよう! へ

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