表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それはファンタジーじゃなくていい  作者: 異羽ようた
プロローグ
1/7

とある異世界での一幕

――異世界を冒険する。



この言葉に胸を躍らせなかった人間は居ないだろう。

そう思えるくらい、それは僕等にとって魅力的で、根強い『物語』のモチーフだ。



でも。

それは所詮ファンタジーの中でのお話。

現実に生きる僕達の手の届かない、『向こう側』の事だから惹かれるのだ。


その事を――それが現実になるという事がどういう事なのか、僕達は思い知らされる事になった。



――僕達は、異世界を冒険した。


生も死も、祈りも嘆きも、喜びも悲しみも。

全てを綯い交ぜにしたその世界を。



――これは、その異世界でのとある一幕だ。




――草原を少年と少女が歩いていた。


草原は夕陽によって茜色に染まり、点在する小さな丘がその影を伸ばしている。

そんな中を彼等はゆっくりと歩いていた。

少年は二人。少女は一人。三人とも簡素な外套で身を覆っている。


やがて三人は立ち止まり、会話をする。

少しして話は纏まったのか、少年の一人が離れて歩き出した。

恐らく、辺りの哨戒に出たのだろう。

その証拠に、残った二人は野営の準備をし始める。


少女がバッグから――恐らく重量低減効果のある、マジックバッグだろう――薪を数本取り出し、地面に並べる。

もう一人……少年がその薪に向けて手の平をかざした。


そこから拳大の火球が生まれ、薪に放たれる。

それが着弾すると、薪は勢いよく燃え盛った。


少年が使ったのは《マジシャン(魔術師)》の職業が最初に覚える、初級魔術だった。

見れば少女も杖を手にしており、残った二人共が後方支援職、哨戒を担った一人が前衛戦闘職だと予想する事が出来る。


二人は地面に座り、偵察に出た少年の帰りを待った。



そんな少年達の様子を、彼等の居る場所から少し離れた丘の上から窺っていた一団が居た。



   ◆



「おうっ、チャンスですよアニキィッ! 支援職二人だけが残りましたぜぇっ!」


そんな声が一団の中に上がる。

続けて一団の一人を除いて、『ヒャッハ―! 絶好の獲物だぜぇっ!』という歓声が上がる。

無駄に統制が取れているが、潜んでいる為か、揃って小声な故に格好がついていない。


すると歓声を挙げなかった一人が、荒げた声を放った。やはり小声でだが。


「待て落ち着けオメエ等……! 最近、『レイダー友の会』で噂になってる、凄腕の《エクスプローラー(探検家)》の事を聞いてねぇのか……!」


沸き立っていた一団が、少し鎮まる。


「そのエクスプローラーって……わざわざ低レベル帯のパーティの用心棒をして、次々とPK(プレイヤーキル、またはプレイヤーキラー)ギルドを監獄送りにしてるってあの……?」


「そう、そいつだ。……支援職をこんな見通しの良い場所に置いて偵察に出たっていう状況がまずおかしい。そいつが支援職を餌にして、『釣り』をやってんのかもしれねぇ」


一人がごくりと喉を鳴らす。


「ってぇ事は――偵察に出た奴がそのエクスプローラーで、すぐに戻って来れる場所で待機してる……?」


「その可能性があるって話だ。とにかくしばらく様子を見るぞ。少なくとも襲撃すんのは、偵察に行った奴が充分に離れてからだ」


『アニキ』と呼ばれたその男が告げた言葉で、その一団がPKを専門にしたパーティである事が分かる。

見れば『アニキ』はモヒカン頭で、一団は誰もが刺々しい鎧を纏った、『如何にも』という様相を呈していた。


モヒカン頭は苦々しい表情で舌打ちをする。


(……ったく。何でエクスプローラーっつうニッチな職業を選ぶ上に、PKK(プレイヤーキラー・キラー)なんて酔狂な真似をしてやがんだか、ソイツは)


エクスプローラーという職業は、敵やトラップという脅威を事前に察知し仲間に伝えるという能力に特化した、言わば『戦闘に直接関わらない支援職』のはずである。

故に戦闘能力は余り無い上に、人気が少なく、スキルの開発・研究が進んでいない職である。

そんな職に身を置くという事が彼には理解できなかった。


(……っつっても、酔狂ってぇ意味ではソイツと余り変わりは無いか)


そんな風にモヒカン頭は心中でひとりごちていると、偵察に行った少年が残った仲間と大分距離を開けていた。少なくとも仲間が襲われている事に気づいてからすぐにかけつける、という事が出来ない距離だ。


「――よし。そろそろ行くぞ。念の為に偵察に行った方には三人行っとけ。残りは俺についてこい」


それが了解の意を示すのか。一団は揃って『ヒャッハ―ッ!』と声を挙げ、各々行動を開始する。

一団は二手に分かれ、丘を下った。




   ◆




近付いてくる気配に気付き、少女はすぐさま立ち上がった。それを見て少年も続き、少女の見やる方へと視線を向ける。

そこに居た四人の男達の姿を見――少年は絶句した。


その少年を見たモヒカン頭が何かを勘違いしたのか、ニヤリと笑い、言葉を告げる。


「お前等、狩りの帰りだろ? 戦利品を置いてけ。でないと……分かるよな?」


モヒカン頭の言葉を受け、少女は鋭い眼つきで彼を見返した。


「……貴方達の様な者に譲れる物など、何一つありません」


「おお、言うねぇ……」


何かのテンプレートを見ている様な展開。そんなただなかにいる少年は『クッ』と声を漏らしてしまう。

そしてブルブルと震えだす。それを見たモヒカン頭は笑い、


「だがお連れさんは俺らを見て怯えちまってる様だぜ。それとも嬢ちゃん一人で俺らとやり合う気かい?」


脅しを続ける。


そこで少年の限界が来た。

もの凄い勢いで噴き出す。

見事なまでの爆笑だった。


「あははははっ!! 聞けねぇ! 今時そんな脅し文句聞けねぇっ!!」


一団の視線が少年に集まる。そして少女の白い目までも少年に向けられる。

それでも彼の発作は止まらなかった。


「っつうか何っ!? その気合い入れたファッション! 全員お揃いの革鎧に棘付きの鋲! そんな鎧売ってんの見た事ねぇ! 何それハンドメイド!? 皆でチクチク縫製したの!? あとそのトゲトゲバット! 既製品かと思ったらクラブに釘打ってるじゃねぇかっ! 何その涙ぐましい努力っ!?」


少年が声を漏らし、震えていたのは、笑いを堪えていたからだった。

その明らかに馬鹿にした態度と物言いに、一団は剣呑な雰囲気を醸し出す。

それを見た少女が少年を小突くが、少年は意に介さない。


「しかもリーダー、モヒカンヘッドだし! 何処の世紀末レイダーだよっ!? や、やべっ、肺が痛いぃっ!」


一気に言った後、まだ笑いを堪えられぬ様で、草原のだだっ広い空間に哄笑を響かせていた。


そして。


「……アニキ」


「おう――やっちまえ」


ついに一団が少年の罵倒に耐えきれなくなった。

激しい怒りによって、逆に静かになった声で命令が下される。


そして一団の内、クラブを手にした男が飛び出した。


男の職業は《ライトウォーリア(軽戦士)》。対となる職業の《ヘビィウォーリア(重戦士)》と比べると防御力は劣るが、素早い動きによって迅速な敵の殲滅を可能とする、パーティの切り込み隊長を担う職業だ。


一直線に少年に向かう軽戦士。

その間に割って入る影があった。


少女だった。少女は杖を振りかぶり――それを軽戦士に向かって放り投げた。

思わず軽戦士は得物でそれを防ぐ。


――その一瞬の間に少女は間合いを詰めていた。


クラブで杖を防いだ為に、軽戦士の両腕は少し上がり気味になり、腹が空いている。

そこを目がけて、少女は勢いよく蹴りを放った。


スキル《衝撃蹴》。

ノックバック効果のあるその蹴りは、軽戦士を数メートル後方に吹き飛ばした。


予想外の反撃。

思わず一団の一人……《アーチャー(射手)》が手にしたボウガンを少女に向ける。


「――馬鹿野郎ッ! 避けろ!!」


「え――?」


リーダーの指示と、次に起こった出来事によって、射手は思わず呟く。


――少女の後ろから二発の強力無比な風弾が飛んできて、射手を襲ったのだ。


それらは正確に射手の頭部に命中し、彼の脳を揺さぶった。

脳震盪を起こし、意識を失った射手が地面に倒れ伏す。


モヒカン頭はその一部始終を見てとり、苦々しく呻く。


「……マジシャンに、《クレリック(僧侶)》の皮被った《モンク(格闘家)》かっ!」


まんまと自分達は騙され、先制攻撃を許した。

モンクの反撃で動揺を誘い、詠唱を開始したマジシャンから注意を逸らしたのだ。


「あら、本当に今はクレリックよ。モンクだった期間の方が長いけどね――って、シュウ。もう笑うのはいいわよ。大体オーバー過ぎなのよアンタ」


「いや、キリカ。これ本気笑いだから……しかし、笑い声でも詠唱できるってのはやっぱ違和感あるよなぁ」


確かに『魔法を使用する際に声を発する』という事以外に詠唱に誓約は無い。

故に少年は長い間笑う事によって、詠唱の瞬間を悟られない様にしたのだった。


しかしリーダーの関心を引いていたのはその事では無かった。


(モンクを避け、その上に頭部を狙い打ちしやがった……)


マジシャンの魔法は当たりさえすれば十分に威力を発揮するもので、わざわざ実行に高いDEX(器用さ)か修練の要る部位狙いなどする必要などない。

しかし少年はそれを軽々とやってのけた。


そこまで考えた後、モヒカン頭は残った二人に指示を出した。


「二人でモンクにかかれ。マジシャンは俺が抑える。……油断すんじゃねぇぞ。こいつ等、対人慣れしてやがる」


その言葉が発された後、彼等はそれぞれの相手へと身体を向けた。

PK一団の軽戦士、そして格闘家はモンクの少女へとじりじりと歩き寄る。

モヒカン頭のリーダーは得物を構え、マジシャンへ一気に踏み込んだ。


そして――本格的な戦闘が開始した。




   ◇




モンクの少女――キリカは羽織っていた外套を脱ぎ棄てる。

対峙するはライトウォーリアとモンクだ。

ジリジリと間合いを取りながら、両者はキリカの前後に回り込んだ。


そして両者は一斉に動いた。


軽戦士はクラブを振り上げ、格闘家は踏み込みと共にジャブを放つ。

異なる方向からの同時攻撃。それを捌くのは容易ではない。


だがキリカは迷いなく行動を開始した。

振り下ろされるクラブを避けながら、キリカは軽戦士の懐に潜り込む。それも背中を向けたままでだ。

ジャブは空を切り、クラブの一撃は対象を見失い中断される。


虚を突かれた軽戦士は思わず後ろに跳び退こうとする。

しかしそれがキリカの狙いであった。

即座に彼女はスキルを発動させる。

《寸剄背打》。密着状態から、全身の捻りだけで体当たりを放つ。

ライトウォーリアは自らの動きとキリカの打撃によって、凄まじい勢いで後方に吹き飛ばされる。


PKの二人はその動きに驚愕した。

が、腐っても彼等は対人戦のエキスパートだ。キリカの攻撃を受けなかった方――格闘家が動きを止める事無く、次の行動に出る。


スキルにはディレイ……使用後の行動不能時間が設けられている。

キリカが陥ったディレイはコンマ数秒という短い間であるが、それでもその硬直時間を狙い、格闘家が踏み込んだのだ。

同時に放ったのはスキル、《マシンガンジャブ》。高速で繰り出される連続の拳打。全てを避けきる事など叶わない。かと言って防御を選択してもHPを奪われる。


――だから、キリカはどちらも選択しなかった。


《マシンガンジャブ》は比較的ポピュラーなスキルである。だから、どの順番でどういう軌跡で拳打が放たれるか分かっていた。

キリカは急所に打たれる拳打だけを身を捩って避け、その他の拳打を構う事無く受ける。

鈍痛と共に大きくキリカのHPが削れるが、次の行動に支障が出る程ではない。


敵の最後の拳打が放たれると同時に、キリカもスキルを発動させる。

《裡門頂肘》。拳打を掻い潜り、震脚と共に強力無比な肘打ちが放たれ、格闘家の鳩尾に突き刺さる。思わず格闘家は呻きと共に息を吐き出す。

キリカはそこで止まらない。《裡門頂肘》は左脚で踏み込み、左腕の肘を打ちこむ。故に、左腕を引き、右手を突きだせば、そのまま空手の正拳打ちになる。

鈍い打撃音。キリカは続けざまにスキルを発動。《連環腿》。二連の蹴り上げ。そして振り上げられた脚をそのまま振り下ろし、踵落とし。格闘家の右肩にブーツがめり込む。最早、彼は呻き声すら出せない。


モンクのスキルはどれもディレイ、キャストタイム(スキルの発動までにかかる時間)、リキャストタイム(再度同じスキルを発動するまでにかかる、そのスキルの使用不能時間)が少ない。それ故にモンクという職業は間断の無い波状攻撃を可能としている。


しかし、それでも相手の行動を許す硬直時間が生じてしまう。

その隙をキリカは、更に攻撃を繋げる事で消していっている。


直接攻撃系のスキルの多くは、発動後に使用者の動きをシステムによってアシストし、特定の動作を再現する。

勿論、無理のある態勢であれば発動自体が不可能である。よってそれらの直接攻撃系スキルを使用する為には、使用者がそのスキルに適した態勢や動きを取っていく必要がある。

しかし、それは逆に言えばどんなに無茶な態勢からでも、不可能で無ければスキル発動が可能なのだ。


スキル発動後の態勢をそのまま通常攻撃の起点に。

通常攻撃終了後の態勢をそのままスキル発動の起点に。

結果生じるのは、終わる事の無い攻撃の連鎖だ。


キリカは格闘家の右肩にめり込ませた踵に更なる力を加える。そこを支点としてもう片方の脚を振り上げ、同時にスキルを発動する。

《サマーソルト》。顎を下から打ち抜かれ、格闘家は抵抗なく宙を舞った。

彼の身体はそのまま地面に叩きつけられ、倒れ伏した。

四桁ほどもあった格闘家のHPはもう二桁になっていた。彼は意識を失い、ピクリとも動かなくなった。


その様子を起き上がった早々に目の前で見せつけられた、もう一人のキリカの相手――軽戦士は驚愕し、恐怖し、――戦意を喪失した。

表情すら作れない。人は自分の許容範囲を超える出来事に遭遇すると表情を失う様だ。


踵を返し、その場から逃げる為に全力で疾走する。

心中で彼は繰り返し呟く。


あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。


通常プレイヤー同士の戦いは、泥沼化する。

お互いの能力値が高すぎる為に、一撃で戦闘が終了するという事などあり得ないからだ。

高い敏捷で相手の攻撃を避け、高い耐久力で相手のダメージを低減し、様々なアイテムや高度なスキルで自身を保護する。

脳震盪やバッドステータスが起これば話は別だが、大抵のプレイヤーが対策を施している。

また甚だしいレベル差があれば勝負は早めに着くだろうが、その場合はそもそもシステムによってPK自体が行えない。今の戦いも、PK集団とキリカ達の間にレベル差がそれほど無かったからこそ起きた事なのだ。


だが、彼の前で常識外の出来事が起こった。

PKを……プレイヤー同士の戦いを熟知しているからこそ、彼等はその出来事がどれほど起こり得ない事なのかを理解している。


(化け物だ……アレは女の形をした、クリーチャーだ……!)


真顔で冷静さに欠いた思考を展開しつつ――彼は聴いた。


「はいぱぁ〜〜っ――」


そのクリーチャーの声を、彼の後方の――上空から。


後ろを見やると、キリカは跳躍していた。

自分の身長を遥かに越え、五メートル近い高さに彼女の姿はある。


彼女は中空に向けて、蹴りを放つかの様な態勢を取っていた。

その脚先は、軽戦士の方へ向いていた。


「――きぃぃぃぃっっっっくっ!!」


その掛け声と共に右脚が伸びきり――キリカの身体が打ち出される。


両者の間の距離が瞬時に詰められ……恐ろしい威力の蹴りが軽戦士を襲う。


その後に繰り広げられた光景を、軽戦士は見る事が出来なかった。

瞬時に軽戦士は意識を刈り取られたからだ。


キリカの右足が、軽戦士の側頭部にめり込んだ。

そのまま猛烈な勢いでキリモミスピンをし、地面に数度叩きつけられながら、軽戦士の身体は宙を舞う。

そしてようやく勢いを失い、地面を二転、三転しながら、軽戦士は地に伏し、そのまま動かなくなった。




   ◆




――時を同じくして。


PK集団のリーダーはマジシャンに飛びかかった。

その左手に持つは片手斧、トマホーク。工具としても投擲用としても使える、取り回しのし易い斧だ。


リーダーは一片の容赦無く、袈裟がけに斬りかかる。


対するマジシャン――シュウは回避の為の一歩を踏み出した。

横へでも、後ろへでもない。前へ、だ。


リーダーの眼が見開く。

その間にシュウの身体は太刀筋から逃れる。振り下ろしが終わる前に、相手の身体の真横へ抜ける形だ。


そして相手の突き出された左腕へ、自分の左腕を平行になる様に沿わせる。連動して両の脚を捻り、回転を行う。

イメージは相手の腕をレールに見立て、回る滑車の動きだ。


自然、シュウは相手の背後を取った。更に回転の動きに従って右腕を突き出す。


「――ラァッ!」


放つは風属性の基礎魔法、《ウインドショット》だ。

圧縮された空気の弾丸がリーダーの背中にクリーンヒットする。


思わず呻きを上げながら、前に吹き飛ばされるリーダー。

その勢いを地を踏みしめ、殺す。


それを次なる斬撃の初動とし、今度は逆袈裟の一撃。

思わぬ反撃を受けた状態での行動としては、充分に評価に値するものだ。


だがシュウはそれを上回る動きを見せる。

斬撃を最小限の動きで回避し、下から上へ行く相手の腕に、自分の上腕を当てる。

相手の動きに従う様に自分の腕を上げ、接触点を中心に横に回転。

結果、シュウは相手の関節を決めた上で背後に回った。


後は先程の光景の焼き直しだ。

シュウの掌から生じた風弾がリーダーを吹き飛ばし、その身体を地面に這わせた。


リーダーは地面を突き放す様にして跳ね起き、シュウと対峙し直る。


その間にシュウは更なる呪文を詠唱し始めていた。

先刻、一団のアーチャーを仕留めたマジックミサイル(誘導魔法弾)、《ウィンドバレット》。

複数の風弾を発生させ敵を打ち抜くという、対集団にも有効な利便性のある魔法である。


既に両者は近接攻撃の間合いを外している。

しかしマジックミサイルにとっては必殺の間合いである。

両者間の距離はそんなものであった。


だが、リーダーは空いている方の腕を突き出し――叫んだ。


「汚物は――消毒だァッ!!」


「……ハァッ!?」


奇妙な文句は詠唱だった様だ。

即座にリーダーの掲げた手から火炎放射器の如く、焔が一直線に迸った。


結果的に、先んじてリーダーの魔法がシュウに放たれる。


動揺が残りつつも、シュウは風の取り巻く腕を掲げる。

そのまま詠唱をキャンセル。制御を失った風が弾けた。


炎は荒ぶる風に巻き込まれ、拡散する。

しかし全てを退けた訳ではない。特に前に出されたシュウの右腕に熱と火が絡みつく。


「づぅ……っ!」


痛みに声を漏らすシュウは、それでも冷静に対処をする。

ローブに移り始めた火を、更に風を生じさせ、掻き消す。


そうして両者は戦闘開始前と同じ位置取りに戻っていた。

双方にダメージを負ったが、シュウの方が優勢だったのは明らかだ。


その口惜しさと、痛みから苦々しげに呻く彼の表情は、反して戦意にみなぎっていた。


「くそがっ……! 武術を修めた魔術師たぁ……何の冗談だっ!?」


「んな大層なもんじゃねぇよ。今のはクソジジィに仕込まれた、ただの護身術だ」


不敵な口調により、謙遜に聞こえない言葉を告げたシュウは構えを直す。

軽く片腕を引き、もう一方の手を突き出すその姿は、『魔法使い』というより『武術使い』のそれに近い。


「……っつうかテメェの方こそ、そのナリして《メイジウォーリア》じゃねえか。詠唱も含めてふざけてんじゃねぇよ」


《メイジウォーリア》とはマジシャンとライトウォーリアのスキルを修め、魔法と近接攻撃を併用する戦闘スタイルの俗称である。

ステータス的には中途半端になりがちだが、遠近の両方に対応できる、柔軟なスタイルである。


そんなクレバーなイメージのあるスタイルと外見のチグハグさを指摘された上、PKの上でのロールプレイに対する侮辱に近い言葉を受け、リーダーは叫んだ。


「何処がふざけてるってんだ! 俺は拳王様を信奉する一団のリーダーだぞ!? 火炎攻撃にあの台詞を叫ぶのは当然だろうが!?」


「ああ……もうお前のあらゆる全てがふざけてるっ!」


まずこの異世界に拳王的な存在は無いし、残念ながらこの世界は北○の拳の世紀末的世界ではない。王道的な中世ファンタジーだ。そんな世界でレイダー的なロールプレイをするのは冗談以外の何物でもない。

そうシュウは心の中でツッコミを入れながらも冷静に相手の戦力を分析していた。


(発動がメチャクチャに早い火炎魔法……射程もそこそこある。加えてこっちが苦手な接近戦までしてくるときた……ヤラレ役の見た目に反して厄介だな、オイ)


先程は難なく捌いたが、近接攻撃を繰り返されると勝負を決める事のできる魔法を詠唱出来ない。威力のある魔法は概してキャストタイムが長いからだ。近接攻撃を捌き、その隙に詠唱の出来る魔法は精々、基礎魔法くらい。

かと言って距離を取ろうとしてもこちらより早く魔法を発動される。恐らく自分で開発した《オリジナルスキル》だろう。メイジウォーリアの戦法に合致した、理に適った魔法だ。つくづくイメージに反して堅実な相手だった。


……どう攻めるか。シュウが考えあぐねていた、その時。




――はいぱぁ〜〜、きぃぃぃぃっっっっくっ!!



       ――ドッガァァッ!!――



――あだばぁぁっッ!!!




気の抜ける様な口調、幼稚なかけ声。

それに反する筆舌にし難い、凄まじい音と絶叫。

その二つが両者の耳に届いてきた。


「…………」


「…………」


時が凍ったかの様に、二人は固まった。

聞こえてきたナニカに、どう対処して良いのか分からない。そんな面持ちであった。


「……なぁ」


「いや、訊いてくれるな。俺もツレの愚行にどう言って良いのか分からん。多分……聴こえなかった事にするのがベストだ」


「お、おう……じゃあ、えぇっとだなっ――も、もう我慢ならねぇっ! 野郎、ぶっ殺してやらぁっ!!」


そう言われても、気を取り直して、と言う訳にはいかないであろう。微妙にどもりつつ放たれた叫びは、ネタ元のせいもあり、絶望的に格好がつかなかった。


それでも戦闘は再開される。トマホークを高々と掲げ、モヒカンはシュウに突進した。

再び斧の一撃を捌こうとシュウが身構えたその時――モヒカンの逆の腕が唐突に突き出された。

呪文を警戒し、動きが乱れる。

その間に、モヒカンの手にあったトマホークが、唸りを上げて投げられる。


身を捩り、急所に当たる事だけは避けられたが、刃がシュウの太ももを掠めた。

鋭い痛みに表情を歪める。無事な脚に力を込め、数度のバックステップを試み、一旦距離を取った。

しかし最後の着地の際に痛みに耐えかね、足が崩れた。そのまま膝を付いてしまう。


「――もらったぁっ!!」


好機にモヒカンが歓声を上げる。

間も無く先程の火炎攻撃がシュウを襲うだろう。

秒も無い刹那の間に、シュウは選択を迫られる。


そして――


(――いちか、ばちかだ……っ!)


シュウは呪文を詠唱する。モヒカンが距離を詰め、呪文の詠唱が終わるまでに間に合うかは五分五分といったタイミングだ。


モヒカンが一歩を踏み込む。シュウの腕に風が収束する。


そしてモヒカンの二歩目。モヒカンは――両腕を掲げた。


「これから毎日――家を焼こうぜぇっ!!」


(――っ!!)


相も変わらず妙な詠唱。

しかしそこから放たれたのは――先程と倍する規模の火炎放射だった。


言葉通り、小さな家屋ならば焼き尽くせる程の火勢がシュウに迫る。

それを見据え――シュウは叫んだ。


「ウィンド……バレット!!」


計四発の風弾が放たれ、猛火の中に突っ込んでいく。

火が高圧の風に貫かれた。そして弾丸が互いに引き起こす気流により、火炎が切り裂かれる。


風弾はそのまま炎の壁を突き進んでいった。


しかし――その先に標的は居ない。


「――獲ったァッ……!!」


火炎は目くらましだった。自傷も止む無しという勢いで、モヒカンは火の中に突っ込み、シュウにまっすぐ向かっていたのだ。

弧を描き、後方に着弾点を設定した風弾の間隙。そこをつき、モヒカンは猛然と疾走する。


手にはいつの間にか握られた小振りのナイフ。革鎧の何処かに仕込んでいたのだろう。


銀光が閃き、シュウに襲い掛かる。


そして――シュウは不敵に笑った。


「……よく言うだろう?」


ごう、と鳴り、風が吹いた。


響く打撃音。


呻き。そして――崩れていくリーダーの身体。


「――飛んで火に入るモヒカンは、もう死んでいる……!」


曲弾。マジシャンの代名詞とも言える『高威力広範囲攻撃による殲滅力』を敢えて捨て、『魔法弾の速射と精密操作』を突き詰めたシュウが得た、一つの極致である。

シュウは相手が魔法を目くらましに近接攻撃を仕掛けてくるという可能性を読み、それを踏まえて魔法弾を操作したのだった。


「聞いた事、ねぇよ……」


そんな声を断末魔にし、モヒカンは意識を失った。


敵が自分の横で倒れ行くのを見届けて――シュウはその場にへたり込んだ。


「……だあぁっ! 勝ったぁっ……!」


『釣り』を発案し、個々に別れ敵を撃破するというのを考えたのはシュウだった。それで一人だけ敗北したら、恰好がつかない。

喜びよりも、むしろ安堵を感じ、シュウは疲労した身を休める。


そこへ音が近付いてくる。足音と……何かを引きずる音。

シュウがその方へと振り向くと、やはり予想通りの光景が広がっていた。


「……ヘタレ」


「うっせぇ、AVP。こちとらヒ弱な身で肉弾系に挑んでイッパイイッパイなんだよ……。大の男二人を一片に引きずってこれる肉食獣と一緒にすんじゃねぇ」


呆れた声を出した主――キリカに憎まれ口を返すシュウ。

ちなみにAVPとはアトミック・ヴァイオレンス・プレデターの略である。

そんな不愉快極まりない別称を口に出され、キリカはシュウに喰ってかかる。


「ヒ弱っつったらハクトもそうでしょうがっ。アンタ以上の紙装甲で、三人相手にしてんだから。一人で済んだアンタが文句言うな」


そんなキリカの言葉に、シュウは殊更に顔を歪めてこう言った。


「ああ? それこそ一緒にすんなよ――アイツが俺等ん中で一番バケモンだろうがよ」




   ◆




――何だ? 一体何が起こった?


一団の副長である、ヘビィウォーリアは狼狽の中にあった。


つい先程、彼等三人は偵察に出た少年との戦闘に入った。

三人のクラスの内訳はヘビィウォーリア、クレリック、シーフ(盗賊)である。

近接に偏ってはいるが、バランスが悪い編成という訳ではない。ましてや相手は孤立した少年一人のみなのである。

どちらが勝利するか。語るでもなく自明であった。


しかし三人は油断なく、陣形を組んで少年に当たった。

後方中央にクレリック、前方の左翼に副長、右翼にシーフが位置取る。少々シーフが前に出ており、陣は歪な逆三角形といった形だ。


まずシーフが少年に向かって走った。彼が牽制に当たり、副長がその間に詰め、挟撃する算段であった。


シーフが手に持ったマチェット(山野で枝打ちや草木の刈払いに使われる、鉈の一種)を腰の鞘から抜き、後数歩という距離まで迫った。


――まずその時に一つ目の怪異が起きた。


シーフ、そして後ろに居た副長の視界から、少年の姿が消えたのだ。


そして次に現れた時には後方……クレリックの背後に立っていた。


そこで二つ目の怪異が起こる。クレリックが、痙攣を起こしながら地面に崩れ伏した。

副長はその倒れた音によりようやくそれに気付いた。しかしもう一人は違った様だ。


「嘘、だろ……?」


シーフがその異様に思わず呟く。その口振りからすると、少年が何をしたのか全く理解できなかった副長に対して、シーフは多少なりとも状況の理解をしている様である。

クラスのステータス補正や、推奨されるステータスの振り方からして、ヘビィウォーリアは探知能力に欠ける。状況に応じて素早く対応する、という事はどうしても苦手になりがちだ。

対してシーフは高いAGI(敏捷力)やDEX(器用さ)に加え、比して高めのPER(知覚力)を有する。それにより、今の怪異がどの様にして起こったのか、詳細に理解したのであろう。

驚愕と、戦慄と共に。


シーフの呟きが終わり、しばらくした後、少年の姿が揺れた。

そして副長の知覚能力にとっては一瞬でシーフの目の前に飛び込んできた。


注視していた事により、先程よりは幾許か詳しく少年の動きを見る事が出来た。

まず少年の姿が陽炎に包まれたかの様に歪み、捉える事が難しくなった。

次に陽炎と共に斜め前……副長の逆サイドに大きく跳び、二度目の跳躍でシーフに迫った。


「――ぁっ!?」


不明な呻きと共に、シーフがマチェットを翻す。その刃がいつの間にか抜かれていた少年の短刀にぶつかり、火花を散らせた。


少年の攻撃は止まらない。残像しか捉えられぬ程の速さで手を翻し、次なる斬撃を放つ。

シーフはバックステップをしながら、それを辛うじて弾く。


そして何度もそれが繰り返される。

結果、生じるのは無数に煌めく銀光と火花と、それに両者の腕によって起こされる風鳴りの音だ。


それらを数歩離れた距離で見る副長には介入できぬ速度の打ち合いだった。


……いや、当のシーフにも打開ができない状況だ。

ライトウォーリアすら超える、シーフの敏捷度。

更にそれを超える敵の少年の動き。

少年が圧倒しているのは、彼がひたすらに前進し、シーフがただ後退しかできない状況から見て取れる。


「お――おぉぉぉぉっ!!」


しかし、シーフは食い下がろうとする。

雄叫びを上げ、極度の集中を以て様々な角度から放たれる斬撃を的確に捌いていく。


そして――その集中が仇となった。


少年が短刀を振るうのとは逆の、左手。それが少年の腰に向かい、別の得物を抜き放つ。


その武器による一撃を、シーフは受けてしまう。

途端に、打ち合わされる火花とは別の光源がマチェットに生じる。

シーフが呻きを上げる。生じた光は電光。少年の得物から生じて、マチェットの刃を伝った電流がシーフの握り手にまで伝播する。思わずシーフは握力を緩めてしまう。


少年は左手の得物を捻る。その動き、相手の弱まった握力、そして得物の特異な形状によって容易くシーフの手からマチェットが離れる。


そして無防備となったシーフに、少年の右手の銀光が襲う。

合わせて四閃。四肢を正確に切り裂く斬撃。

やがてシーフの身体は弛緩し、先程のクレリックが如く、地面に倒れ伏してしまった。


少年は副長に振り返る。

右に片刃のナイフを――左に電光を散らす十手を手にして。




   ◆




意外と上手くいったなぁ、という気の抜けた感想を少年――ハクトは抱いた。

手に持つ十手は今回の戦闘で初導入となる武器であった。


ハクトの戦法は極めて単純。『突貫、攻撃、バッドステータス、即離脱』である。

右手のナイフは麻痺のバッドステータスを引き起こす、特注品である。対人・対モンスター問わず、これで敵を麻痺状態にし、問答無用で行動不能にさせる。治療さえされなければ、HPを0にしなくとも、それで戦闘終了である。


しかしこの戦法には極めて単純かつ致命的な弱点があった。

バッドステータスに耐性のある相手には全く通用しないのである。


多少耐性があった所で、数度の斬撃でバッドステータスは引き起こせるが、完全耐性……またはそれに近い高耐性相手となるとそれも難しい。

またこちらの速さに対応してきて、斬撃自体を捌いてしまう今の様な相手も存在する。


そういう相手に対する秘密兵器としてこの雷属性の十手を購入した。


(――さて、残るはヘビィウォーリアか。この武器の試験には絶好の相手だなぁ……)


ヘビィウォーリアは高いVIT(耐久力)により、素で高いバッドステータス耐性を持っている。これに対麻痺装備でもされていたものなら、ナイフの方は全く通用しない事になる。

そこでこの十手の出番となるのだ。


ハクトは右手のナイフをしまい、サイドベルトからもう一つの十手を引き抜いた。

同時にスキル、《シャドウクローク》を起動し直す。

このスキルは自分の姿を眩ませ、敵の探知を妨害する隠密スキルの一つである。

使用後は一定時間効果が持続し、移動・行動時にもスキルは解除されないが、『戦闘中や、既に自分の存在を知覚された相手には無効』という欠点がある。

しかし『自分の姿を捉え辛くさせる』という効果は残る。ハクトはこのスキルの特性を、『高速機動と合わせて自分の動きを捉え辛くさせる』という方法で戦闘中に利用している。


次に、唐突にハクトは飛び出した。

相手の重戦士は未だ驚愕冷めやらぬといった様子だ。その内に畳みかける算段である。


踏み込み、まずは両腕に一打ずつ。

重戦士の表情が歪む。重戦士はトゲトゲの金属鎧を纏っていた。如何に防御力があろうと、金属は電流を通す。十手の物理ダメージは通らなくとも、属性ダメージは通るのだ。


重戦士が長柄斧――形状からしてクレセントアックスだろう――を振るうが、バックステップで回避。

空いた側面に回り込み、数打。

それからも何度か斧が振るわれるが、難なく回避し、間に攻撃を挟み込む。


重戦士のバカ高いHPがジワジワと削れていく。しかしそれを全部削り切るには三桁近い打撃を叩きこむ必要がある。げんなりとしながらも、動きは止めない。


と。

ハクトは重戦士がスキルを発動させるのを見て取った。


両手武器スキル、《グランドインパクト》。

武器を地面に叩きつけ、衝撃波で敵を攻撃するスキルだ。

効果範囲内に居れば問答無用で必中で、ハクトが受ければ問答無用に必倒だろう。


――効果範囲内に居れば、だが。


スキルが発動する瞬間を見たハクトは、ダメージが発生する前にその効果範囲から飛び退いた。


重戦士が放心した様にその異様を眺める。

《グランドインパクト》はディレイは長いが、キャストタイムは短く、それは秒にしてコンマ三秒だ。そして効果範囲は熟練度によるが、今の場合は、使用者の半径五メートル内といったところか。


その『間』とも言えない刹那に、ハクトは『スキル発動を見届けてから、五メートルもの距離を飛び退いた』のだ。


「お……おおおおあああぁぁぁぁっ!!」


悲鳴に近い雄叫びを上げ、重戦士はハクトに再度襲い掛かる。

しかし。


尽く重戦士の動きをハクトは避けていく。重戦士はDEX・AGI共に低く、攻撃は当て辛く避けにくい傾向があるが、幾らそんな相手でも『相手の全ての攻撃を回避する』というのは不可能に近い。


では何故ハクトはそれを実現できているのか。

それはハクトが『素早さ』というものを極限まで突き詰めたからだ。


AGIとDEXに振るのは勿論の事、敵の動きを捉える為のPER、全ての判定にボーナスを加えるLUK(運)にまで極振りをしてある。

装備品は全てこれらのステータスを上げる物で固めている。ステータスを上昇させるパッシブスキル――そのスキルを獲得するだけで効果のあるスキルの総称――も、出来る限り取得してある。


反面、他のステータスは無いも同然で、攻撃を当てても物理ダメージは通らない。高威力の武器を装備しようにも、STR(筋力)が低いので持ち上げる事すら叶わない。高い性能の武器はその分重い傾向にあるからだ。

また攻撃を当てられればどんな攻撃も致命傷になり得るほどVITもHPも低い。MEN(精神)にもポイントを振っていないので、魔法にも弱い。防御力の高い鎧は先程と同じ理由で満足に装備出来ない。


普通はそんなステータスの振り方はしない。皆、何かのステータスに極振りをしても、多少は他のステータスにもポイントを割振る。ステータスを折れ線グラフにすると、鋭角の三角形になるはずだ。そうしなければ数ある状況に対応できないからである。

対してハクトのステータスをグラフにすれば長方形が出来上がるだろう。そんなステータスでは、弱点を突かれると極端に不利になるに違いない。


だが、ハマれば強い。

それを自分も仲間も理解しているからこそ、自分の能力を十分に発揮できる。


――そんな感じで思考しながら、ハクトは八十七打目となる打撃を重戦士の首元に打ち込んだ。


重戦士は膝を地面に付き、口から泡を吐きながら失神する。

過度の疲労、断続して受けた電流、そしてトドメの急所への一撃で、彼の意識は保つ事を許されなかった。


巨体が地面に沈み、響く音を聞きながらハクトは溜飲を下げる。


「実験――終了っ」


クルクルと十手を回し、勢いよくベルトに刺し込んだ。


が、角度を誤った様で……ハクトの腿に十手の先が突き立つ。


痛みと電流に悶絶し、ハクトは頭から地面に突っ伏した。




   ◇



草原には静けさが戻っていた。

響くのは草を揺らす風の音、焚き火のパチパチという音、そして少年と少女の話声のみだ。


「――お前さ、あの《流星脚》、だっけか? あれ使う時、変な掛け声かけんの止めろよ……」


PK集団をふん縛った後、ハクトを待つだけとなったシュウが、モヒカンとの戦いの際に聞こえてきた怪音について指摘する。

あの時、シュウとモヒカンは形容し難い感情に見舞われた。

呆れとも嫌悪とも言い難い。近いのは『どんびき』だろうか。

ともかく、戦闘の度にそんな気分にさせられてはたまったものではない。


「それに物理系は何も喋んなくても発動すんだろ?」


「気分の問題なのよ。何か威力上がる気がするじゃん? それに日曜朝のヒーローもああやって無駄に叫んでんじゃないの」


「俺達のヒーローとお前を一緒にすんじゃねぇよ、おこがましい。ヒーローは悪を砕くけど、お前のは物理的に砕いてんじゃねえか」


「ヒーローも物理的に敵を砕いてんじゃんっ」


「冷静に考えるとそうだけどな――ヒーローの必殺技にはロマンがあんだよ。それがあるから子供はヒーローの残虐性に気付かない。だがお前にはそれがねぇ。残るのはただのエグさのみだ」


そんな良く分からない口論をしていると、ハクトが彼等の元に歩み寄って来た。

ヒョコヒョコと変な歩き方をしているが、二人は戦闘の際、怪我を負ったのだろうと納得をする。実際は実に情けない理由からだったのだが。

まず『おつかれ〜』とキリカが声をかけ、ハクトが同じ言葉を返す。

次にシュウが。


「遅かったじゃねえか。上手くいったのか?」


「うん、三人ともアッチで寝てる。一人手こずったけど、気絶させた後に他の二人が喰らったのと同じ筋弛緩毒を呑ませたから……意識が戻ってもあと二、三時間は動けないと思う」


「さらっと言ってるけど、お前すっげぇ鬼畜な事してるからな」


『Sじゃない、ノーマルなのは俺だけか』、なんて二人に聞かれたらどつかれそうな事をシュウは心中で呟く。

と。ハクトは何やら満足そうな表情で腰の得物を見やり。


「それにしても、やっぱり十手を選んで良かったよ。苦手なヘビィウォーリアを初めて完封できちゃった」


ハクトの言葉に、苦い表情を作りながらシュウが返す。


「十手って、何となく嫌なんだよな。……なんで十手がハンマーや槍より強ぇんだよ。っつうか男なら――オーラだろ。『装備は残るから大丈夫』なんて、軟弱な考えだよな、やっぱ」


ピクッと、ハクトの眉が動いた。それでも笑みを崩さないまま。


「へぇ。シュウって怨恨再録されたら意地でも使いそうなイメージあるよね。でも残念だね。あれだけ環境に優秀な除去が溢れてるとオーラにもストンピィにも未来は無いよ」


「うっせぇ、オーラ舐めんな。2013が出た暁にはエルフと合わせて毒殺してやんよ。二ターン目に怨恨二枚付けてもう半殺しだ」


「じゃあレスポンスして腹パンするね。はい、二枚墓地行き〜、ただのディスアド〜」


「アンタ等、日本語を喋れ」


二人の口論をキリカは尤もなツッコミで仲裁した。

シュウとハクトは普段仲が良いのだが、時々彼女には分からない理由で意味不明な口論を始める事があった。


と。

モヒカン頭の男が呻きを上げ、身じろぎをした。意識が戻った様だ。

しかし後ろ手にキツくロープで縛られており、満足に動く事が出来ない。


それに気付いたシュウは彼に向かって皮肉気な笑みを作り、告げる。


「お、大将。御目覚めかい?」


モヒカンはそれには応えず、怨みのこもった視線を三人に向ける。


「……テメェら、元から仲間か。三人でPKKしてやがるんだな……?」


「そゆこと。『凄腕のエクスプローラー』の噂も、ハクトだけに注意が向く様にわざと流してもらったんだよ。っつう訳で――『全員餌役にして釣り職人でした』ってオチだ」


「いや、僕は本当に一時期は用心棒してたんだけどね……何でこんな大きな話に……」


「そりゃアレだけ人気が出たら期待も集まるわよ。アンタ、動きが派手で目立つからね。ただでさえ話題になりそうなステータスの振り方してんのに」


むぅ、とハクトが呻き、非難をしようとするが、話が横道に逸れ始めている。

軌道修正する為にシュウがコホンと咳払いをし、仕切り直す。


「……ま、答え合わせは皆でやろうや。俺等からも問い質したい事もあるしな。――そろそろ他の三人も目が覚める頃だろ」


『あ、自分で歩いてこいよ。でないとそこのプレデターに原野引きずりまわしの刑を執行されて顔の原型なくなんぞ』と最後にシュウが言い捨て、キリカが蹴りを入れている間に、モヒカンは渋々起き上がった。

それを眺めながらハクトは『もしかして僕らの方がよっぽど悪人なんじゃ……』、なんて危惧を抱いていた。




   ◇



事の始まりは、先程ハクトが述べた様に、彼が低レベルPT(パーティー)の用心棒を始めた所だった。

この所、PK集団の横行が目に余り、被害を被るPTが増加していた。


PK集団は主に低レベルPTの狩りの帰りを狙い、PvP(プレイヤーVSプレイヤー)を挑む。


システムの保護によりPvPによる死者は出ないが、敗者は勝者に装備以外のアイテムを奪われてしまう。

そういったPvPを代わりに行い、PK集団から低レベルPTを守る、といった事をハクトはしていたのだ。


ハクトはそこで目覚ましい活躍を遂げる。多対一のPvPでも、難なくPK集団を返り討ちにした。のみならず、狩りの最中でもエクスプローラーの探知スキルでPTを様々な危険から保護した。

そうやってハクトが一種のヒーロー扱いをされ始めた頃、彼の元々の仲間――シュウとキリカが主たるPK集団の壊滅に乗り出した。


先刻の戦闘はその一環で起こった物である。


そんな感じの説明をシュウがした後。


「――とまぁ、そんな感じだけど……実は俺等はPK自体が嫌いでお前等と戦ったんじゃねぇんだよ」


話の流れにはそぐわないシュウの言葉を聞き、モヒカンは眉をひそめる。


「だったら何でだ? まさかお前も真面目に攻略しようとする奴等の足を引っ張ってるから、とか言うんじゃないだろうな……?」


「いんや。どうせお前等がPKしようが、攻略組の最先鋒まで影響が出る訳じゃあるめぇ。あいつ等に影響が出てたら、とっくにあいつ等自身の手で壊滅させられてるだろうからな。というか……むしろ俺等はどっちかっつうとロールプレイ推進派だよ。他のプレイヤー“だけ”に多少の迷惑をかけようが、死者が出ん範囲なら好きにやって良いとまで考えてる」


尚も訝しがるモヒカンに対し、シュウはヒントを言う事にした。


「PK集団の壊滅を願ってるのは――プレイヤーだけじゃねぇって事だよ」


外見に似合わず、モヒカンは頭も切れる様だ。その言葉だけで、シュウの意図を汲み取り、怒気混じりで反論をし始めた。


「そっちの方が納得いかねぇよ。NPC(ノンプレイヤーキャラ)共はいくら生きてるっつっても――『現実』に生きる人間じゃねぇ。そいつ等が被害を被ろうが、関係ねぇだろうが」


そう。PK集団の被害を被っているのはプレイヤーだけではなく……NPCもだった。

多くのPK集団はPvPのみではなく、NPCの家屋を襲撃し強奪を行う、という行為をしていた。


この世界のNPCは、他のMMORPGと同じく、攻略のヒントを与えたり通常アイテムの販売を行うなど、プレイヤーの援助役を担っている。

だが彼等は《冒険者》と違い、《攻略》に直接参加している訳でもなく、強大な力を持つ訳でも、プレイヤーと同じ様に“この世界が出来る前から生を受けている存在”ではない。

とある人物の手による、“被造物”。それを相手に、彼等に自分達と同じ倫理を適応できないという意見も分かる。


しかし――


「そうか……? 彼等が“夢の世界だけの住人”だとしても、それが生きているのなら、同じ人間にしか思えねぇよ」


――現実世界の人間と同じ様に、彼等も生き、そして彼等の生活を営んでいるのだ。


自分達と同じ様に喜び、悲しみ、それぞれの人生を歩んでいる。

自分達と彼等が、どう違うと言うのか。

そして同じ様な存在ならば――彼等の助けを求める声も聞き入れなければなるまい。


それがシュウ達三人の意見であった。


「……っつうか、“冒険者システム導入前にこの世界に囚われた”奴等からも依頼が来てたから、どの道お前等を倒す理由はあんだけどな」


「――あっ」


《冒険者システム》の恩恵無くば、人間の力を遥かに凌駕するモンスターが跋扈するこの世界を冒険するなどままならない。

それ故にNPCと同じ様な、前時代的な……中世レベルの生活を余儀なくされた人達が少なからず居る。

そういう者達は一見してNPCと見分けがつかない為、PK集団の被害を受けるという事例が多くあった。


プレイヤー同士が“ゲーム”の範囲で争うならば、干渉はしない。

しかしプレイヤーでない者を傷つける様な真似をするならば、放ってはおけない。


そういった理由でシュウ達は、PK集団討伐に乗り出したのだった。


自分達が知らずの内に、自分達の倫理をも犯していたと気付き、モヒカンは愕然とした様子で項垂れる。


「俺達は……間違ってたみてぇだな」


モヒカンの瞳から何かが零れる。

そんなモヒカンの悲痛な様子を見、『アニキぃっ!!』と叫ぶ者や、もらい泣きを始める者が出始めた。

それを見て、シュウは何となくいたたまれなくなり。


「まぁ……なんだ。これ以上は俺等からのお咎めは無しだ。でも、とりあえず罰は受けにゃならんだろうから、監獄で頭を冷やしてこいよ」


「ああ、これから俺達は――」


うんうんとシュウは頷く。

モヒカンは決心した様子で顔を上げ、告げた。


「――高らかに騒音を奏で上げる、暴走族になるぜっ!!」


「…………は?」


シュウを始めとする三人の表情が凍る。

それを意に介していないのか、それとも全く気付いていないのか、モヒカンはテンションを天井知らずに上げながら妄言を続ける。


「っつってもこの世界にバイクは無ぇからな! AGIにガン振りでこの足で街中を駆け巡ってやる!! そこのエクスプローラーの動きを見て、何かインスピレーションが沸いたんだよ! 俺達ならバイクなんぞ無くても、音速の壁を突破できる!!」


周りのレイダー共がリーダーに賛同して『最高だぜアニキィッ!!』だの戯言を叫び始める。

彼等は既にバイクもクスリも無しに、ランナーズハイに達していた。


「勿論、掛け声は『ヒャッハー!』だ! ……燃えて来たぜぇぇっ!! 行くぞ野郎共!! まずは手始めに監獄を俺達の雄叫びで――――ひでぶっ!!」


モヒカンの宣言は奇妙な断末魔で締めくくられた。キリカが彼の後頭部にヤクザキックを放ったからだ。

そしていつの間にか設置された《ワープストーン》に額を打ち付ける。ワープストーンはその衝撃により起動を始め、魔法陣を形成し――その中に入ったモヒカンを即座に転送した。


『アニキィィィィッ!!』という悲鳴がレイダー達から上がる。

彼等を笑顔で睨むという器用な事をしながら、キリカは告げる。


「もういいから――消えて良いから。今みたいに私の蹴りで強制転送されるか、大人しく自分達で転送するか、選びなさい」


そのプレッシャーに、殺気に。有無を言えず、彼等は沈黙を保ったままキリカの指示に従った。





   ◇




「――ったく、もう。最後までうっとうしい奴等だったわ」


「あの濃いメンツ共をすげなくあしらえるお前に敬意を表する」


心からそう思い、シュウはキリカへの賛辞の言葉を口にする。視線を彼女から逸らしながら。


と。何やら物思いに耽っている様子のハクトがシュウの目に留まる。


「どうした。お前、さっきから何も喋ってねぇじゃん。俺だけじゃ奴等の全方位ボケに対応しきれんかったから、お前もツッコミに参加してほしかったのに」


『ん』と声を漏らし、逡巡した後にハクトは応える。


「いや、ね……。――こんな世界でも、この世界を楽しもうとする人が他にも居たんだな、って」


そんな彼の言葉を受け、シュウとキリカは言葉を失った。

しばしの後、シュウはため息を吐き……ハクトの頭をグリグリと撫で回しながら。


「――あんな奴等を評価してる暇があんなら、こっちを手伝え馬鹿野郎」


「シュウ、痛い、痛い痛いっ」


シュウが笑い、ハクトが非難の声を上げ、キリカが二人の様子を見て笑った。


草原はもう夜闇に包まれ始めていた。

光源は空に昇る月の光、自分達が灯した焚き火のみ。そんな頼りの無い灯りの中に居ると、否が応でも自分達は異世界に居るのだと実感する。




――そう。


僕達は異世界に――一人の少女の夢に囚われた。


現実を侵食し、多くの人間を取り込み、尚も広がり続けていく、悪夢の中に。




→第一章 第一話 殺戮の先陣 へ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ