第2章 その1
「さて、さしもの英雄ユリシーズも三日三晩続いた嵐にはすっかりくたびれてしまいました。船はどこの島かもわからぬ岬に打ち上げられ、お腹はぺこぺこです。とにかく何か食べ物を探そうと家来と二人で森に入っていきました。
そのときです。ユリシーズはごちそうの匂いに気がついて目を輝かせました。クンクンと匂いを辿り、見つけたのは深い洞窟。そっと奥を覗いてみれば噴水みたいに大きなお皿に美味しそうな羊の丸焼きが乗っているではありませんか!
ユリシーズたちは喜んで料理をむしゃむしゃ頬張りました。羊の持ち主には後でお金を払えばいいと思ったのです。ところが戻ってきた主人を見て二人はびっくり! それもそのはず、なんとその洞窟に住んでいたのは一ツ目の巨人サイクロプスだったのです!」
巧みに抑揚をつけながら、少女にしては野太い声でマヤが聴衆に語りかける。
裏で糸引く親方も息ぴったりに人形たちを震えさせ、緊迫の場面を演出した。
(さすがに二人は年季が違うぜ)
感心しつつレイモンドは任されたサイクロプスをがちゃがちゃ動かす。この手の怪物は多少動作が大味でも様になるのがありがたい。おかげで人形芝居歴二週間の自分でもなんとか舞台に加われる。
「泥棒どもめ、俺の晩飯を食べたなあ!」
吼えるマヤの声に合わせ、レイモンドは化け物の剛腕を振り回した。
人形遣いの一座は今、谷間の小さな村を訪れている。海賊が出没するという海岸部からなるべく離れ、島の中央を突っ切ってリマニを目指すルートを選択したのである。
正直いくつも峠を越えるより海沿いの平野を歩くほうがずっと楽だし早いのだが、雇い主の意向とあっては無視できない。それにルディアが親子を急かす様子もなかった。集落一つにつき四日は足止めされているというのに、文句も垂れず王女様は幕の上げ下げを手伝っている。
(あんまり先急いでねーのかなあ?)
レイモンドはサイクロプスに家来人形を襲わせながら舞台の横に屈む彼女を盗み見た。確かにもう王家も王国もルディアの手から零れ落ちて、焦って守る必要のあるものはなくなってしまったが。
「うわっ、お供が巨人に食べられたぞ!」
観客の声で芝居が進んでいるのに気づき、レイモンドはハッと舞台に視線を戻す。組み立てテーブルと厚布で拵えた人形用のステージでは連れを食われた英雄が剣を抜くか迷っているところだった。慌てて怪物を英雄に向かわせると同時、マヤの語りが滔々と響く。
「まともに戦っても勝ち目はない。そう考えたユリシーズは一計案じることにしました。肩の荷袋に入れていた葡萄酒を差し出して『今はこれで許してくれ。死ぬ前にパテル神へ祈りを捧げたいから、私を食べるなら明日にしてくれ』と頼み込んだのです」
タイラー親方は熟練の技で人形に荷袋を下ろさせる。お行儀良く飲み食いをさせる技術などないので、レイモンドのほうはサイクロプスに袋ごとグビグビやらせた。
「『おお、こりゃいい酒だ』と一ツ目の巨人は喜びました。『勝手に羊を食べたことは許せんが、名前くらいは覚えておいてお前の墓標を建ててやろう!』と言ってきます」
怪物が機嫌を直したように見せるため、操り糸を少しだけ緩める。古い伝説の英雄がどう知恵を絞るのか、集まった村人たちは固唾を飲んで見守った。
この辺りはよほど娯楽が少ないのだろう。狭い広場は村中総出で詰めかけた老若男女に占拠され、山場が来るたび押し合いへし合いが始まる。座り見の客も背中を蹴られることしばしばで、きっちりすり鉢状になったアクアレイアの劇場では考えられない荒っぽさだった。
「『お前の名前はなんという?』
尋ねられたユリシーズは少し考えて答えました。『私の名はウーティスだ』と。これはトリナクリアの古い言葉で〈誰でもない〉という意味です。
『へんてこな名前だな』
そう嘲って巨人は酒盛りを続けました。ユリシーズの譲った酒は今年一番の美酒だったので、あっという間に酒瓶は空になり、酔っ払った巨人はぐうぐう居眠りを始めました」
ここで舞台上の英雄は洞窟の入口を見やる。唯一の脱出口は怪物が戸締りのために置いた巨岩で塞がれており、逃げるのは難しそうだった。このままでは彼もサイクロプスの餌食となるほかない。緊迫感に耐えかねたのか、最前列の少年少女が「ユリシーズ、死なないで!」と叫んだ。
苦笑を堪えてレイモンドは次なる展開に備える。親方操る主人公はすらりと腰の剣を抜き、仰向けに転がった怪物に近づいた。
「『えい!』
ユリシーズは巨人の一ツ目に刃を突き立てます。激しい痛みに飛び上がり、サイクロプスはなんとかユリシーズにやり返そうとしましたが、潰れた目では何も見ることができません。懸命に拳を振り回してもただ家が散らかるばかりです。
そこへやって来たのが騒ぎを聞きつけた巨人族の仲間でした。『どうした!? 誰にやられたんだ!?』という彼の問いに馬鹿な怪物は大喜びで答えました。そう、『ウーティス』と!」
英雄を洞窟の岩陰に引っ込め、タイラー親方がもう一匹の巨人を舞台に登場させる。巨岩をどけて入ってきた第二の怪物は友人の返事を聞いて「『なんだ、一人で転んだだけか』」と早々に去っていった。
「『違うんだ、ウーティスにやられたんだ!』サイクロプスが説明しても仲間は既にそこにはいません。巨人が岩を戻せないでいるうちにユリシーズはまんまと洞窟を逃げ出しました。盲目の巨人を振り返り、英雄は高らかに名乗ります。『私の名はユリシーズ! パテルの聖都、パトリアの王子ユリシーズだ!』
これを聞いたサイクロプスの悔しさと言ったらありません。巨人は声の限り叫び、彼に呪いをかけました。
『古き神々よ、我が願いを聞き届けたまえ! パテルの聖都、パトリアの王子ユリシーズに災いあらんことを!』
……こうして彼の苦難の旅路はまだたっぷりと続くことになるのです。でもそのお話は次の機会に!」
マヤの合図で幕が下りるとパトリア神話の上演は拍手喝采をもって終了した。待っていましたとばかりに子供たちが簡易ステージを取り囲み、人形を見せろとねだってくる。商売道具を守るタイラーを後衛とし、レイモンドはちびっ子たちと対峙した。
「言っとくけど駄目だぞー! おやっさんの人形には指一本触れさせねーからな!」
「ええーっなんでえ!? ちょっと触るくらいいいじゃん!」
「馬鹿、意外と値が張るんだよあの人形! 糸も切れると直すの面倒だし!」
「壊さないように気をつけるからあ! 私にマリオネット貸してえ!」
「俺も、俺も!」
「あたしも、あたしも!」
「だから駄目だっつってんだろ!」
威勢のいいのが飛び蹴りをかましてくるので足首を掴んで放り投げる。その隙にガードを掻いくぐろうとしたお転婆は脇をくすぐって諦めさせた。同時に向かってきた兄弟は同時にがっちり首根っこを引っ掴む。そのうち手段と目的がごちゃ混ぜになってきたらしく、悪ガキどもは舞台よりレイモンドに群がり出した。
「俺知ってる! こいつさっきサイクロプス操ってた!」
「悪い奴だな!? よし皆、やっつけるぞ!」
「こらこら! どっからどう見ても優しいお兄さんだろー!」
ちびっ子軍団は軽やかに攻撃をいなすレイモンドが面白くて仕方ないようだ。束になってきゃあきゃあ言いながら襲いかかってくる。
余計な邪魔が入らないうちにタイラーはせっせとステージを分解し、マヤとルディアは二人でおひねりを集めて回った。
捕まえて振り回して、猛獣の真似をして威嚇して、子供たちが満足するまでどれくらいかかっただろう。そろそろ家に帰らなきゃと手を振られ、やっとの思いで撤収作業に戻ってくると後片付けはほとんど終わりかけていた。
「うわっ、おやっさん悪ィ! 一人でやらせちまって」
「ああ、構わねえよ。別に大した量でもないしな。それにああいう暴れん坊の相手をしてくれるのは助かるぜ」
「いやー、けどさー」
「ははは、本当に気にすんなって。お客と喋るのも仕事のうちさ。ブルーノはブルーノでまた大変そうなのを引き受けてくれてるしな」
「へ?」
親方の視線を追って振り向けば広場の隅に女だらけの人だかりができていた。よく見えないが中心にいるのはルディアだろうか。年齢層高めの女性陣に畑の作物やらワインやら持たされて――というより押しつけられているようだ。
「ブルーノさん見た目がイイから主婦の財布の紐が緩いわあ。いや、あたしの目に狂いはなかったねえ」
隣でマヤの得意げな声が響く。銅貨の重みで歪んだおひねり篭を見せられてレイモンドはなるほどと合点した。
「こりゃすげーな。そうか、そういう稼ぎ方があったか」
「ああ、やっぱ男でも女でも綺麗どころがいるってのはいいねえ! 父ちゃんの出来とは無関係にたんまり弾んでもらえるんだから!」
「おい、よせマヤ、腕より顔だなんて悲しいことを言うんじゃねえ」
タイラーの切なげな声が均された土の上に落ちる。けらけらと明るく笑い、黒髪の生意気娘は「ブルーノさんならずっといてくれてもいいなあ!」などとのたまった。
「どうせ残ってくれんなら俺はレイモンドのがいいや。ブルーノが悪いってんじゃねえが、ありゃどうも細かい動作が上達しそうに思えねえ」
「いやいや、顔の見えにくい人形使いに回しちゃいけない人材でしょ! 凄腕おひねり担当としてあたしが育ててみせるっての!」
タイラー親子は互いの意見をぶつけ合う。二人とはこの二週間で随分と打ち解けた。初めは何か盗まれるのではと危惧していた親方も真面目に稽古に励むレイモンドたちを見て考えを改めてくれたらしい。今では荷馬車の見張り役を任されるまでになっていた。
「っと、日が沈む前にもっぺん村長に挨拶しとかないとな」
「あっ本当。お金数えるのに夢中になってたらもうこんな時間。レイモンド、バラしたテーブルと垂れ幕と人形、荷台に戻しといてもらっていい?」
「ついでにブルーノにも引き揚げるように言っといてくれ!」
暮れかけた空を見て父と娘はよく似た顔で慌てふためく。「おお、任せとけ」と返事すると二人は木々の茂る小道をばたばたと駆けていった。
(さーてうちのお姫様は、と)
レイモンドは小さな広場を振り返る。もう黄昏が迫っているのに人だかりはまだ解散していなかった。ルディアはしつこいおばさま方を邪険にする風でもなく、贈り物への丁重な礼を述べている。
(見た目も確かにいいんだけど、育ちはもっといいんだよなあ)
ぼろのケープを纏っていても隠しきれないものはある。気品に満ちた彼女の佇まいはこんな農村には不釣り合いで、素朴な田舎の住人がのぼせ上がるのも無理はない。中身が女とわかったらおばさま方は金を返せと喚くだろうか。
「おーい、そろそろこっち手伝ってくれー」
ひと声かけるとルディアの顔がこちらを向く。大量の戦利品を抱え、彼女は輪から抜けてきた。名残惜しそうに見送る女たちに「私はこれで」と如才なく会釈して。
「荷物を運べばいいのか?」
「ああ、うん。全部馬車に片付けといてくれって」
一番重そうな酒瓶だけひょいと奪って脇に抱える。「それくらい持てるのに」と難色を示されたが返却はしなかった。
「あんま無理すんなよ」
複雑な心境をこめて呟く。女あしらいができる程度に元気になってきたことを、喜ぶべきか案ずるべきか迷いながら。
ルディアは何も答えなかった。そっと見やった横顔はまた張り詰めたものに戻っていた。
タイラーとマヤに拾われてから、あまり彼女とゆっくり話ができていない。まさか他人の耳に入る場所で込み入った内情をぶちまけるわけにいかないし、マルゴー公国を目指すこと以外今後の方針はわからないままだった。
さっさと聞いちまわないとなとレイモンドは折り畳みテーブルの片端を持つルディアをちらりと振り返る。
こうして二人きりになれても切り出しにくい話題だった。皆と合流した後のことはともかく、カロに会ったらどうするつもりかなんてことは。
「これで全部か。今回は悪ガキに人形を蹴られずに済んで良かったな」
村外れのレモン畑にとめていた一座の馬車に荷を積みながらルディアが言う。
彼女のほうも今日まで一度もロマの名を口にしていなかった。それどころかアクアレイアが今どんな状況に置かれているか情報を集める素振りもない。
いつものルディアらしくない気がして心配だった。単に外国商人の出入りがまったくないド田舎で何を聞いても無駄と断じているだけかもしれないが。
「この人形、普通に使ってても結構傷むもんなあ。ユリシーズなんてもう腕がもげちまいそうだぜ」
幌つきの荷台に上がって道具類を整理しつつ、わざとらしくない声量で呟く。
レイモンドは大きな箱から古代の英雄を取り出した。騎士の格好をした人形は別の演目でも主役を務めることが多く、もはや崩壊寸前である。役名のせいでどうにも愛着が湧かないのだが、布でも巻いて馬車の揺れから守ってやったほうが良さそうだ。
「まさかトリナクリアであの野郎の名前聞くとは思ってなかったよなー。王国海軍も今頃どうなってるんだか。ヤケ起こして海賊なんかになってねーといいけど」
自然な流れで本題に寄せていこうとしたところ、当のルディアに「ああそうだ、海賊といえば」と話の舵を奪われる。藪から棒に「タイラーたちの事情は聞いたか?」と問われ、レイモンドはきょとんと目を丸くした。
「おやっさんたちの事情? 海岸沿いは危ねーからでかい街にしか寄らないぞって言われたやつ?」
「違う、ここの一座が海賊の襲撃を受けた話だ。マヤの骨折もそのときのものらしい」
「えっ!? い、いや、聞いてない」
驚いて首を振りつつ立ち上がる。うっかり天井の布を突き破りそうになり、レイモンドは慌てて長身を縮こまらせた。
「昨日タイラーに人さらいはどこに奴隷を売りにいくのか聞かれてな。どうも旅の途中で奥方と長男が連れ去られたようだった」
「つ、連れ去られたって海賊にか?」
「ああ。奴隷狩りを目的にするような連中は武装船より陸の無力な人間を狙う。この頃急に物騒になったと言っていたから十中八九カーリス人の仕業だろう」
カーリス人と耳にしてレイモンドは顔をしかめた。
「なんであいつらが奴隷狩りなんて危ない商売するんだよ? アクアレイアをやり込めて、今が一番勢いに乗ってんじゃねーの?」
そう問い返すとルディアは「いいや」と否定した。
「それはローガン派の商人だけだ。カーリス共和都市は有力家系の不仲が酷い。長らくショックリー商会と対立してきたラザラス派が街を追われ、近辺の海を荒らすようになったんだろう」
「え、ええ!?」
「敵対勢力の追放はカーリスのお家芸だ。トリナクリアとカーリスは地理的に近いし、港町には古くからのカーリス人居留区もある。顔の広い男なら潜伏先にも人身売買のツテにも事欠くまい。それに海賊の着ていた服が酷く間抜けな形をしていたとタイラーも言っていたしな」
「間抜け……? も、もしかしてあのコットンで肩と胸が異様に膨れた?」
ローガンのぱんぱんに張ったビロードの上着を思い出す。「あんなおかしな服が流行るのはカーリスくらいだ」と断言されては頷くしかなかった。
「けどそれが本当なら、おやっさんの奥さんと息子はどこに売られちまったんだ?」
この問いには無言で首を振られた。ルディアにも連れ去られた先までは特定ができないらしい。
「探す方法はないでもないが、今の我々にはどうしようもない。見つけるにも買い戻すにも莫大な金がかかる。タイラーはそれでも諦めきれないという顔をしていたが……」
「…………」
訝りながらもレイモンドたちを同行させてくれたお人好しの親方が力なく肩を落とす姿が脳裏をよぎった。どこへ行ってもろくな真似をしないカーリス人には怒りが湧く。政敵だからと同郷の人間を追い出したことも信じがたいが、追われた先で悪行三昧というのはもっと信じがたかった。アクアレイアなんて君主自ら民のために王都を旅立ったのに。
「トリナクリア島にはカーリスの没落貴族だけでなく、ジーアン帝国との統合を嫌って逃げてきた東パトリアからの移民も多いそうだ。元々あちこちの民族が入れ代わり立ち代わりで治めてきた国だしな。人種が入り乱れているうえにパトリア聖王の干渉もほぼない。善人悪人を問わず、今はここが一種の避難先になっているんだろう」
自分も今は避難民の一人に過ぎないというようにルディアは呟いた。淡々とした響きの中に無力感を読み取ってレイモンドも黙り込む。
「……とにかく世話になっていることだし、タイラーたちには良くしてやれ。お前はそういうの得意だろう」
与えられた命令には少し戸惑った。「そりゃ親切には親切で返すけど」と答えつつ、あんたのほうが気がかりだよと目線を送る。だがレイモンドのすぐ横で人形を片付け始めたルディアにこちらを振り向く様子はなかった。
「『ウーティス』か……」
関節の外れかかった英雄を布にくるんで彼女がぽつりと独白を漏らす。
「ん? ウーティスじゃなくてユリシーズだぞ?」
レイモンドは騎士を指差して訂正した。ついでにもう一度アクアレイアに話を戻そうとしたところで「ただいまー!」と声が響く。マヤとタイラーが村長宅から帰ってきたらしい。
「ねえねえ、もう二、三日この村でお芝居続けていいって! これもブルーノさんのおかげだよ!」
「村の女がわらわら引き留めに来ててなあ! へへっ、久々にいい気分だったぜ!」
滞在許可が延長されたと親子は嬉しげに報告する。「がっぽがっぽ稼ごうね!」と明るい少女に釣られてかルディアも硬い頬を緩めた。
「私は何もしていないよ」
「いやいや、ブルーノさんはいるだけで華があるんだって! うーん、きっと女にガツガツしてないところもウケてるに違いないわ!」
身内が安否不明とは思えないほどマヤは元気だ。思うように動かない腕にも苛立ちを見せたことがないし、気丈なのだなと感心する。ルディアも我慢強いタイプだから、自然とマヤたちを案じてしまうのかもしれない。
(けどやっぱ、今はお姫様こそ一人にしておけねーよ)
手狭になった荷台の奥でレイモンドは嘆息した。
やはり一度、今後のことをきちんと話し合わなければ。次にまた二人きりになれたときに。
(アイリーンがカロをなだめててくれたらなあ)
頭に浮かんだ儚い希望は振り払う。気弱な彼女では役立たずだと言っているのではない。今のカロには誰の言葉も届く気がしないというだけだ。
――あの日をやり直せたらいいのに。それこそ願ったってどうしようもない願いだけれど。




